ビデオ出演の専属契約に違反したタレント事件

 

 

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成9年(ワ)第19752号、平成10年(ワ)第960号 、判決 平成12年6月13日 、判例タイムズ1092号199頁 について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

一 アダルトビデオ出演の専属契約に違反したタレントにつき、タレントからの契約解除は許されるが、不利な時期の解除により生じた損害の賠償義務を負うとされた事例(本訴) 

 

      

二 未払出演料につき、債務の免除及び相殺が認められた事例(反訴) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

一 甲事件被告甲野春子は、甲事件原告に対し、金四八〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

二 甲事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 

三 乙事件原告の請求を棄却する。

 

四 訴訟費用中、甲事件原告(乙事件被告)と甲事件被告甲野春子(乙事件原告)との間に生じた費用については、甲事件乙事件を通じこれを五分し、その四を甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、その余を甲事件被告甲野春子(乙事件原告)の負担とし、甲事件原告と甲事件被告株式会社A、甲事件被告株式会社B及び甲事件被告株式会社Cとの間に生じた費用については、全部甲事件原告の負担とする。

 

五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

 

第一 請求

 

一 甲事件

  

1 甲事件被告甲野春子(以下「甲野」という。)は、甲事件原告(以下「乙野」という。)に対し、金三九二〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

2 甲事件被告株式会社A(以下「A」という。)、甲事件被告株式会社B(以下]B」という。)及び甲事件被告株式会社C(以下「C」という。)は、乙野に対し、連帯して金三三三〇万円及びこれに対する平成九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 

 

 

二 乙事件

  

1 乙事件被告(以下「乙野」という。)は、乙事件原告(以下「甲野」という。)に対し、金四七八万円及びこれに対する平成一〇年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

2 甲野は、反訴請求(乙事件)につき、平成一二年三月八日付け訴えの変更申立書により、「乙野は、甲野に対し、金一八五八万円及び内金四七八万円に対する平成一〇年一月二三日から、内金一三八〇万円に対する平成一二年三月九日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との訴えの追加的変更を求めた。

 

 

  これに対し、乙野は、右変更申立ては口頭弁論終結直前の申立てであり、民事訴訟法一四三条一項但書の「著しく訴訟手続を遅滞させることとなる」場合に該当するとして、右申立ての却下を求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二 事案の概要

  

 甲事件は、タレントの売り込み等を業とする乙野が、主にアダルトビデオの女優として活動していた甲野に対し、専属契約に違反してA及びBの制作販売したアダルトビデオに出演したとして、債務不履行に基づく損害賠償を請求すると共に、甲野を売り込んだC並びに制作販売を担当したA及びBに対し、共同不法行為に基づく損害賠償を請求したところ、甲野が、専属契約は無効であり、仮に有効であるとしても解除されたとしてこれを争い、これに対し、乙野が、仮に契約が解除になったとしても、予備的に民法六五一条二項による損害の賠償を求めるとした事案である。

 

  乙事件は、甲野が乙野に対し、出産前の契約に基づく未払出演料の支払いを求めると共に、専属契約の無効に基づく不当利得の返還又は右契約が有効である場合には未払出演料の支払いを求めたところ、乙野が、前者に対しては、免除、相殺等を主張してこれを争い、後者に対しては、契約の有効を前提として相殺を主張してこれを争った事案である。

 

 

 

一 争いのない事実等(争いのある部分は書証番号を示す。)〈省略〉

 

 

二 争点に対する当事者の主張〈省略〉

 

 

第三 判断

 

一 乙事件の訴え(反訴)の追加的変更の許否について

 

 前記第二の6の(一)の(1)ないし(4)の訴えの追加的変更の内容につき、順次検討する。

  

 まず、同(3)については、復帰前に乙野が制作会社から出演料とは別に受領した金員の性質を問うという点で、これまで審理の対象となっていなかった全く新しい争点を提示するものであり、その内容からしても、復帰前については報酬金請求を、復帰後については本件専属契約が無効であることを前提とする不当利得返還請求(右契約が有効であった場合は報酬金請求)を求めるこれまでの請求と比較し、請求の基礎を同一にするとは言い難いから、民事訴訟法一四三条一項本文により、同(3)の訴えを追加することは許されない。

 

 次に、同(1)及び(2)については、不当利得の根拠として、マネージメント料を五割以上とることは許されないとの新しい主張を述べるものであって、これまでの本件専属契約の無効を前提とするものとは異なるが、いずれにしても乙野が制作会社から受領した出演料につき、甲野との関係で不当利得を主張するとの大枠においては共通するから、請求の基礎には変更がないと解することができる。

 

 しかし、甲事件が平成九年九月一九日に提起され、乙事件(反訴)が平成一〇年一月二一日に提起され、九回の口頭弁論期日を経て同年一〇月二九日に乙野の本人尋問、平成一一年一月二一日に甲野、C代表者甲山の各本人尋間、同年六月三日にA及びBの各代表者本人尋問が実施されたこと、

 

 その後、和解勧告がされたが和解打切りとなり、判決手続に向けて主張整理のための弁論準備手続期日が実施されたこと、

 

 これらを経て、平成一一年四月の裁判官交替を考慮し、特にもう一度証拠調べを実施するとの趣旨において、平成一二年二月三日、乙野、甲野の各本人尋問、乙野の妻の証人尋問が実施されたこと、

 

 同日、直ちに弁論を終結することはせずにもう一度最終段階における和解勧告との趣旨で、和解期日が同年三月一〇日に指定されたこと等の本件の審理経過に鑑みれば、

 

 甲野が平成一二年三月八日になって、同日付け訴えの変更申立書にかかる変更申立てをしてきたことは、著しく訴訟手続を遅滞させることとなると言えるから、同法一四三条一項但書により、同(1)及び(2)のとおり訴えを変更することは許されないと解すべきである。

  

 

 なお、同(4)については、同(1)の中の復帰前の出演料二五〇万円の請求のうちの写真集五〇万円の請求と全1重複するから、これを追加することが許されないのは明らかである。

 

 以上より、甲野の平成一二年三月八日付け訴え変更申立目にかかる訴えの変更申立ては許されないから、右申立てを却下する。

 

 

 

 

 

 

 

二 争点に対する判断

  

1 証拠(甲一ないし七、八の1ないし4、九、一〇の1、2、一一の1、2、一二の1、2、5一三の1ないし3、一四ないし一八、一九の1、2、二〇の1、2、二二の1、2、二三、二四、二五の1、2、二六、二七、乙一の1、2、二の1、2、五ないし九、乙野本人、甲野本人、C代表者、A代表者、B代表者、証人乙野秋子)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実を認めることができる(一部、前記争いのない事実と重複する)。

   

(一) 乙野は、平成六年五月、それまで勤務していた同業の会社から独立し、タレントの売り込みやマネージメントを業とする会社(D)を始めた。なお、右会社は法人登記をしていない。

   

(二) 平成六年六月、乙野は甲野を写真集のモデルとしてスカウトし、さっそく売り込みを初めたところ、○○出版株式会社(以下「○○出版」という。)から、写真集の撮影予定であったタレントの代役として、写真集出版の話が来た。そこで、甲野は同年七月ころから各地で撮影に入り、芸名についても「乙山夏子」と決定された。

   

(三) 写真集の撮影の後、○○出版から甲野をアダルトビデオに出演させ、○○出版の関連会社である株式会社E(以下「E」という。)からビデオを出したらどうかとの話があった。これに対し、甲野は出演を承諾したが、右写真集の宣伝のため甲野のヘアヌード写真が週刊誌に掲載されたことをきっかけに、出演を断る意向を示した。

 

 その後、甲野の希望を取り入れることを条件に、甲野は最終的にアダルトビデオの出演を承諾するに至った。

 

 甲野の希望とは、両親や友人に知られないように、スポーツ新聞やアダルトビデオ雑誌等に甲野の広告を載せないこと、アダルトビデオのパッケージに過激なタイトルを付けたり卑猥なシーンを載せないこと、ビデオ中でも過激なシーンを規制すること、将来、歌手としての活動もしたいこと等であった。

   

 

(四) 以上の経緯により、甲野のアダルトビデオ出演が決まり、これを受けて、平成六年九月ころ、Dこと乙野と甲野とは同月一二日付けのタレン卜活動を内容とする契約書を取り交わし、同日から平成七年九月一二日までの間に一〇本のアダルトビデオに出演すること、甲野への支払額は総額一〇○○万円であること、契約期間中に甲野の都合でキャンセルをする場合、当日の実費については甲野が負担すること等を合意すると共に、甲野が同年九月二〇日付けで同趣旨の契約書(さらに、受けた仕事のキャンセルはできないこと、契約期間中の解除の場合には甲野に費やした費用は甲野が負担すること等が付加されている。)を承認するに至った。いずれも保証人欄に記載はなかった(既に述べたとおり、これらを総称して「本件復帰前契約」という)。

   

 

(五) 平成六年九月二七日、Dこと乙野とEとは契約書を取り交わし、同社が企画制作する作品につき、乙野が有する企画制作に関するノウハウを詞社に供与することを承諾する(第1条)、契約本数は四(六)本であり、Eは乙野に対しノウハウ使用の対価として四八〇万円を支払う(第2条)、契約期間は同日から平成七年六月三〇日とする(第5条)等が合意された。また、乙野はEとの間で、甲野が出演するビデオ一本につき四〇〇万円の支払いを受ける旨を合意していた。

   

(六) 本件復帰前契約を受けて甲野はアダルトビデオ出演を開始したが、第一作目は甲野の希望による女ねずみ小僧の役柄であり、結局、平成六年中に三本のアダルトビデオに出演した。また、平成六年一〇月三日、前記(二)記載の写真集が出版され、同年一二月には甲野のファンクラブが結成された。

   

(七) 乙野は、平成六年一一月ころ、甲野を売り込むために芸歴についてのプロフィール(甲第一七号証がテレビ・出版社用、甲第一八号証がヌード雑誌用)を作成すると共に、過去に乙野がタレント丁山冬子を売り込むためにそのプロフィールを登載した同じ雑誌に、甲野のプロフィールを登載した。このとき、甲野は既に二四歳であったが、プロフィールには一九歳と記載された。

   

(八) 甲野は、平成七年一月下旬ころ、乙野に対し、妊娠したので相手の男性と結婚予定であることを打ち明けた。驚いた乙野は、妻の乙野秋子(以下「秋子」という。)と共に、甲野と話し合い、甲野に対して出産後には仕事に復帰するよう依頼した。また、甲野は、当時、結婚費用、新婚旅行の費用等を捻出する必要があったので、乙野との間で、腹部の日立たない期間についての仕事については出演することを合意した。なお、甲野は、婚約者と共に、妊娠初期と思われる平成六年一二月にハワイ旅行に行っていた。

 

  その後、乙野は、甲野の出演予定の入っていたビデオ制作会社や映画会社等にキャンセルの連絡をし、プロ意識に欠ける等のクレームの対応に追われた。

   

(九) 前記合意を受けて、甲野は、平成七年二月七日付けで誓約書を作成したが、その内容は、(1)妊娠三か月であるが、サイパンでの写真集、グラビア、アダルトビデオの仕事につき自分の意思で行うこと、(2)右期間中及びそれ以降、いかなる事態が起きても全て甲野の責任において処理することであった。甲野は日付のない(2)についての誓約書を別途三通作成し、乙野、E、○○出版にそれぞれ提出した。

 

 なお、甲野は、同日付けの同意書もEに提出しているが、その内容は、同社が企画制作するビデオソフト等を出版物、広告、販売等に使用すること、甲野が前記(五)記載の乙野とEとの間の契約に従い作品に出演すること、同社が作成する作品の一切の権利が同社に帰属することを同意するものであった。

   

(一〇) 平成七年三月三〇日、甲野はDこと乙野に対し同意書を提出した。その内容は、両名間において本件復帰前契約を締結していたが、甲野の一身上の都合により一時契約期間の破棄、延長のため、以下の条項により双方同意するというものであり、甲野は乙野の承諾なく作品の出演、販売はできないこと、甲野はファンクラブにおける活動はすること、甲野は平成九年三月末日までは乙野に所属するタレントとしての自覚を持つこと等が定められていた。

   

(一一) 乙野は、平成七年七月上旬ころ、甲野の自宅を訪間し、出産後のタレント活動への復帰を依頼したが、甲野は子供を産んで地道に生活したいから復帰したくないとの意向を示した。

   

(一二) 甲野は、平成七年九月一五日に出産した。甲野が復帰するか否かは不明であったため、乙野が一〇月二七日に予定していたファンクラブ向けのバースディパーティーは実施できなかった。

  そこで、乙野は、再度、甲野に対し、復帰についての話合いを申し入れたところ、同年一一月ころ、甲野が夫と共に乙野を訪れた。夫は甲野の復帰に反対していた。

   

(一三) その二、一一有後、甲野の代理人であるとして水戸守弁護士(以下「水戸守」という。)から乙野に対し連絡があり、甲野が復帰するつもりがないとのことなので、五〇万円の違約金を支払うからこの件は収めてほしい旨の申入れがあった。これに対し、乙野は、あくまで甲野の復帰を求めるとして、この申入れを断った。

   

(一四) 乙野は、甲野との話が進展しないため、平成八年四月ころ、本件訴訟代理人弁護士(以下「本件乙野代理人」という。)に交渉を委任し、本件代理人を通じて、甲野に対し、平成八年五月二日付け内容証明郵便により、甲野が前記(一〇)記載の同意書に違反して復帰しないことにより、このままでは乙野に莫大な損害が発生してしまうので、タレント活動に復帰することを求める旨を通知し、右郵便は同月四日に到達した。

   

(一五) 本件乙野代理人は、平成八年七月四日付け書面及び同月二六日付け書面により、それまでの甲野との交渉において同人を代理していた水戸守に対し、依然として水戸守が代理人であるか否かの確認を求めたが、返答がなかった。

   

(一六) 甲野は、平成八年一二月一六日、本件乙野代理人の弁護士事務所に電話をし、乙野か秋子に会いたいので連絡先を教えてほしいと依頼した。これを受けて、本件乙野代理人から秋子に連絡がされ、秋子が甲野の自宅に電話をした。甲野は、夫と離婚する予定なので、もう一度Dで仕事をしたいと依頼した。

 

 翌一七日、秋子のみが甲野と会い、甲野の意向を確認した。甲野は、妊娠をきっかけにタレント活動をやめてしまったことを後悔していること、夫との夫婦生活がかなり辛いものであったこと、子供を育てていくためにも仕事に復帰したいこと等を話した。これに対し、秋子は、甲野に対し、出産やブランクがあるので乙野に話してみるとして、その日は別れた。

 

  同月一九日、Eの担当者が甲野の面接をしたが、体のラインが崩れているかもしれないので検討させてほしいとの話があった。その後、乙野及び秋子が甲野と食事をした際、甲野から「残っているお金」はどうなるのかとの質問がなされたが、乙野はその件に関しては考える旨を答えた。

 

 同月一三日ころ、乙野は甲野の実家を訪ね、甲野がタレント活動に復帰することにつき両親と話をした。

 

 同月二四日ころ、Eの担当者が甲野の顔、身体全体のヌード等を撮影し、検討に入った。

 

 同月二七日ころ、甲野は、乙野に対し、夫が離婚を承諾せず、離婚をするなら甲野の実家にアダルトビデオのことを話す、離婚しても子供は渡さない等と言われているとして電話をかけてきた。乙野が秋子と共に甲野に会い、夫とよく話し合うようにアドバイスをした。その際、乙野が、本気で仕事に復帰する気があるなら事務所に契約に来るよう言ったところ、甲野は、同月三一日ころが都合が良いので契約をしに行くと答えた。

   

(一七) 以上のような経緯を経て、平成八年一二月三一日、Dこと乙野と甲野との間で本件専属契約が締結された。

 

  右契約書には、前記第二の一の5の各条項のほか、第3条1で定められた出演期間中、甲野は健康に十分注意し、第2条で出演対象として定められた出演に支障が出ないようにする(第3条3)、契約金は二〇〇万円、ビデオは出演一回につき八〇万円、写真集は出演一回につき五〇万円とする、但し、アダルトビデオ等の制作者が販売を中止したときは右出演料を支払わないものとする(第4条1)、契約金については出演期間満了時(原文は「本日」であるが訂正されているこに支払い、出演料については半額を出演後二か月以内に残額を出演期間満了時に支払う(第4条2)、甲野は第2条の出演に際し不本意なポーズ等が求められたときはその場で直ちに異議を述べられるが、異議を述べなかったポーズ等はその後異議を述べられない(第6条)、甲野が第2条の出演をしなかったときは、乙野は契約金二〇〇万円の返還を求めると共に、甲野のために支出した費用(スタジオ代、カメラマン代、メイク代、人件費、売り込み費用、写真現像代)の支払いを求める(第7条)等の条項がある。

 

  右契約書を取り交わすにあたっては、秋子が一か条ずつ読み上げた後、乙野が特に重要と思われた第2条(出演対象)、第4条(契約金・出演料)及び第5条(専属等)につき説明をした。その上で、甲野は右契約書に署名捺印をした。また、乙野が甲野に対し、連帯保証人を誰にするか聞いたところ、甲野は父を連帯保証人にするが両親にはアダルトビデオのことを知られたくないから自分が署名すると述べ、連帯保証人欄に父の名を記載し、捺印はしなかった。

 

 契約金二〇〇万円については、一度に多額の金員をもらうと、離婚後に児童扶養手当を受給する際に差し支えるとの甲野の希望により、ビデオ一〇本に応じ一〇分割し、一本につき二〇万円を上乗せしていくこと、すなわちビデオ一本八〇万円に二〇万円を足した一〇〇万円ずつ支払うことが合意された。また、一〇〇万円の支払時期については、復帰前と同様、一本ずつリリースされた後にその都度支払っていく旨が合意された。

   

(一八) 平成九年一月一四日、Dこと乙野とEとの間で契約書(以下「本件出演契約」という。)が取り交わされたが、その内容は、乙野が、乙野に所属する甲野を、E及びそのグループ会社が企画、制作するあらゆる著作物作品に出演することを承諾する(第1条)、契約期間は平成九年一月一四日から同年九月末日、作品内訳はアダルトビデオ五本とする(第2条)、Eは乙野に対し出演料として総額二八〇〇万円を支払う(第4条)、乙野は、契約期間中に、発売、上映、放送する他社のあらゆる映像作品に、甲野の出演交渉及び出演作品の制作を行わないことを了承する(第8条1)等であった。なお、五本で二八〇〇万円という趣旨は、以下のとおりである。乙野は、甲野の出産及び長期のブランクというリスクを負っていたため、Eに対し出演料以外に別途プロモーション費用がかかると要求していた。そこで、一本当たりの出演料を四〇〇万円、プロモーション費用を五〇万円とし、本来五本で二二五〇万にしかならないところを、既に撮ったフィルムを利用するかあるいは新しく撮る等してさらにもう一本出すことがあるからとの趣旨で、合計二八○○万円と定められた。

 

  同日付けで、甲野はEに同意書を提出したが、その同意の対象は、Eが企画制作するビデオソフト等を出版物、広告、販売等に使用すること、甲野が本件出演契約の内容に従い作品に出演すること、Eが制作する作品の一切の権利が同社に帰属することであった。

   

(一九) 甲野は、平成九年一月二一日、夫と正式に協議離婚をすると共に、児童扶養手当の需給を申請し許可された。

   

(二〇) 平成九年一月二三日ころから二四日ころにかけて、甲野出演の一本目のアダルトビデオの撮影がなされた。

   

(二一) 平成九年一月二七日ころ、乙野は、甲野から、児童扶養手当の関係で、一本出演するごとに一〇〇万円というのではなく、給料のような形で支払いを受けたいと依頼され、具体的には一か月四〇万円ずつを二年間で支払っていくことが合意された。これを受けて、乙野は、甲野に対し、同年二月五日ころ、源泉徴収分を差し引いた三六万円を、同年三月六日ころ、同じく三六万円を振り込んだ。

   

(二二) 甲野は、平成九年二月一三日ころ、乙野に対し、出演料を上げてほしい、車を買ってほしい等と言い出した。すなわち、甲野は、本件復帰前契約においては、一本一〇〇万円で一○本を撮り、一一本目から二〇本目までは一本二〇〇万円に上げることになっていたとして、乙野に対し、今回の出演料を一本二〇〇万円にしてくれるよう依頼した。これに対し、乙野は、制作会社から甲野が痩せすぎでキャンセルが来るかもしれないので太らせるようにと言われていたことや、実際に同年一月ころ、○○出版から写真集のキャンセルがあったこと等から、これを受け入れることはしなかった。

   

(二三) 平成九年二月中旬ころ、甲野は丙山を通じてCの甲山に対し、乙野が出演料を支払ってくれないこと、制作会社からの出演料の大半を持っていかれていること等から、Dを辞めたい旨を相談した。そして、甲野が本件専属契約があるため辞めることについて乙野の了解が得られない可能性があると話したので、甲山は、乙野に対し内容証明郵便を出して本件専属契約を解消するようアドバイスした。また、甲山は、甲野から生活のため今後の夕レント活動についての相談も受けたが、その時点では即答を避け、乙野の反応を見てからということになった。

   

(二四) その後、甲山は、甲野と共に、Eの社長である甲川某(以下「甲川」という。)と話合いに行った。甲川は、甲山に対し、甲野と二人きりで話したいと希望した上、甲野に対し、乙野とのトラブルに巻き込まれたくないので、あと一本アダルトビデオに出演すれば、Eとしてはこの件を収めるとの意向を示した。

 

 なお、後記(二五)の後に、甲野出演の三本目のアダルトビデオが制作されているが、右ビデオ制作については乙野を通さずに、直接Eから甲野に対して出演料として一〇〇万円が支払われている。したがって、甲野の復帰後に乙野が関与したアダルトビデオは二本のみであるが、一方で、乙野の訴状に記載のあるとおり、Eから乙野に対しては、アダルトビデオ三本分として、前記(一八)記載の合意通りの一三〇〇万円(一本の出演料四〇〇万円にプロモーション費用五〇万円を上乗せしたものの三本分)が支払われている。

   

(二五) 平成九年二月二二日ころから二四日ころにかけて、甲野の二本目のアダルトビデオの撮影が行われた。

   

(二六) 秋子は、平成九年二月二八日ころ、甲野から相談があると言われて二人で会うことにした。その際、甲野は、メーカーからAランクの女優のギャラは一本二〇〇万円から三〇〇万円であるところ、自分のギャラはBランクかCランクであると聞いたので、ぜひ出演料を値上げしてほしいと依頼した。これに対し、秋子は、甲野が出産せずあのまま活動していたのであればともかく、現在出演料を上げることは難しいと思うが、とにかく乙野に伝えると話した。

   

(二七)平成九年三月九日ころ、甲野の婚約者と名乗る丙山から、乙野に対し、甲野の仕事をやめさせたいので話があるとの電話連絡があった。同月一一日、乙野が丙山と会い、今甲野がタレント活動をやめると本件専属契約違反になると伝えたところ、丙山が右契約書を見せるよう言ったので、乙野は、丙山の素性がわからないこともあって、甲野が同伴する席であれば見せる旨を伝えた。

  同月一七日、丙山が男性二名と甲野を同伴してホテルのロビーに現れたので、乙野が甲野に結婚の話を尋ねたところ、結婚は急に決まったとのことであった。乙野はその場で甲野に対し本件専属契約の契約書を手渡した。

   

(二八) その後、甲野は、予定されていたアダルトビデオや写真集の撮影等をキャンセルし始めた。

   

(二九) 前記(二七)のような事情もあり、乙野は、平成九年四月五日ころに予定していた甲野への三六万円の振込みは実施しなかった。

   

(三〇) 甲野は、甲山のアドバイスに基づき、乙野に対し、平成九年四月七日付けの第一通知書により、本件専属契約が無効であることを宣言し、右契約に基づく拘束を今後一切受けない旨の内容を通知すると共に、復帰前の平成七年制作分のビデオ等の未払出演料、復帰後の平成九年制作分のビデオの出演料の支払いを求めた。右通知書は翌八日に乙野に到達した。

   

(三一) これに対し、乙野は、甲野に対し、平成九年四月一〇日付け内容証明郵便により、本件専属契約が有効である旨反論すると共に、復帰前の出演料については甲野がこれを「放棄」したこと、復帰後の出演料については支払時期未到来であること等を理由にこれらの支払いを拒絶し、かえって本件専属契約に基づく債務(出演)の履行を求め、違約金等の請求の可能性も示唆した。

   

(三二) 乙野の対応を見た甲山及び甲野は、弁護士に頼むしかないと考え、本件甲野代理人に相談をしたところ、同人から、乙野に未払いの出演料があり債務不履行があるから本件専属契約には縛られないし、甲野自身の生活の問題もあるからタレント活動をしてもよいのではないかとのアドバイスを受けた。

  これを受けて、甲野は本件甲野代理人を通じて、乙野に対し、平成九年四月二八日付けの第二通知書により、本件専属契約が既に第一通知書により解除された旨を改めて通知すると共に、復帰前後の出演料の支払いを求めた。

   

(三三) Cの代表者である甲山は、乙野に第一通知書を送付したころに、アダルトビデオ販売会社であるAの関連会社で制作会社である株式会社F(以下「F」という。)に対し、甲野の売り込みをしていた。当時、Aの現代表者である丙野次郎(以下「丙野」という。)がFの代表者であったところ、丙野は、Cの売り込みに対し、F及びAに何ら法的責任が発生しないなら、甲野出演のアダルトビデオの制作販売をしてもよいが、本件専属契約に伴う乙野と甲野のトラブルに巻き込まれたくないとして、制作販売に躊躇していた。しかし、平成九年五月上旬ころ、本件甲野代理人から丙野に対し、直接前記(三二)記載の法的見解が伝えられたため、Fはアダルトビデオの制作に踏み切った。

   

(三四) 丙野は、Cから甲野の売り込みがあったころ、この話を販売会社であるBの担当者にも話していた。Bもまた、丙野から本件甲野代理人の法的見解を聞いた上で、甲野出演のアダルトビデオの販売に踏み切ることにした。

   

(三五) 乙野は本件乙野代理人を通じて、甲野に対し、平成九年五月一六日付け内容証明郵便により、甲野の第二通知書における主張に反論した。この写しは、甲山を通じて、丙野及びBの担当者に交付された。丙野が甲山に対し制作をして大丈夫かと再度確認したところ、甲山は問題ないと答えた。

   

(三六) 乙野は、平成九年五月中旬ころ、Eの甲川から、甲野の売り込みが来ている旨の電話連絡を受けていた。

   

(三七) Fは、甲野出演のアダルトビデオの撮影を平成九年五月中旬ないし下旬ころから開始し、一本目は同年八月一五日にリリースされ、二本目は同年八月中旬ころ撮影され、同年一一月二八日にリリースされ、三本目は同年一〇月中旬ころ撮影され、平成一〇年一月二三日にリリースされ、四本目は平成九年一一月中旬ころ撮影され、平成一〇年二月二〇日にリリースされた。これらのアダルトビデオはAにより販売されたが、一本目は三五〇〇本位売れたものの、三本目からは二〇〇○本を切るようになった。

  また、Fが制作し、Bが販売したアダルトビデオは三本であり、一本目は平成九年六月中旬ころ撮影され、同年一〇月一日にリリースされ、二本目は同年七月下旬ころ撮影され、同年一一月五日にリリースされ、三本目は同年九月下旬ころ撮影され、同年一二月二五日にリリースされた。これらのアダルトビデオは一七〇〇本前後が売れたが、徐々に販売本数は減っていった。

   

(三八) 乙野は本件乙野代理人を通じて、A及びBに対し、平成九年六月二七日付け内容証明郵便により、甲野出演にかかるビデオの制作、販売の話を聞いたとして、右制作、販売を実施すれば、本件専属契約に違反し、共同不法行為に該当するとして、右制作、販売の中止を申し人れ、右郵便はいずれも同月三〇日に到達した。

   

(三九) 右通知を受けた丙野が再度甲山に相談したところ、甲山を通じて、乙野の請求には法的根拠がない旨の本件甲野代理人の見解が示されたので、Fはアダルトビデオの制作を続行した。また、丙野は本件甲野代理人の右見解をBの担当者にも伝えた。

   

(四〇) 乙野は、平成九年九月一九日、甲事件を提訴し、甲野は、平成一○年一月二一日、乙事件を提訴した。

   

(四一) 甲野は、Dを離れた後、平成九年四月ないし五月ころから、Cの一〇〇パーセント子会社であリプロダクション業務を行う有限会社G(以下「G」という。)に所属してタレント活動を行うようになったが、Gとの間で正式に契約書を交わすことなく「G預り」の形で今日に至っている。

 

 G所属中、平成一〇年六月ころまでの間に、甲野がタレント活動により得た収入は、F制作の前記(三七)記載のアダルトビデオ七本への出演料として、うち四本につき一本一五〇万円(なお、甲野及び甲山は、当初、各陳述書で一本三〇〇万円と述べていたが、証拠調べにおいて確認したところ、甲山が一本一五〇万円であると供述するに至り、これを甲野に確認したところ右金額であることを認めた。)、残りの三本につき一本一一二万五〇〇〇円(当初の一三五万円が同様の経緯により半額であることが確認された。また、甲野の陳述書では四本とあるが三本であることが確認された。)のほか、写真集一冊二〇万円(証拠調べの結果、供述に変遷があるが半額であると認められる。)であった。

   

(四二) 甲野は、平成一〇年九月から一〇月にかけて、各地を回りながらストリップショーに出演した。また、甲野が出演したアダルトビデオの広告は、現在ではスポーツ新聞やアダルトビデオ雑誌に掲載されている。

   

(四三) 甲野は、平成一一年一二月ころ、週刊誌に「伝説のビデオ女優」として二頁のグラビアが登載された。

  

 

 

 

 

2 本件専属契約の効力について

  

(一) 公序良俗違反の抗弁について

 

 甲野は、本件専属契約が暴利行為であるにもかかわらず、甲野の無知、軽卒さに乗じて締結されたと主張するのでこれを検討する。

 

 前記第二の一の事実及び第三の二の1の事実(以下、これらを総合して「既に認定した事実」という。)によれば、本件出演契約において乙野がEから出演料として受領する旨合意していたのはアダルトビデオ一本につき四〇〇万円であること、乙野は甲野に対し、契約金を分割し上乗せの上、一本当たり一〇〇万円を支払う約束をしていること、本件専属契約締結にあたっては乙野は秋子と共にその内容を詳しく説明し、その上で甲野に署名押印させていること、甲第一八号証と乙第九号証の二丁表裏を比較すると、出産及び加齢の影響により、復帰前と復帰後とでは、甲野の容姿、バストの大きさや張り、身体全体の豊満さやみずみずしさ等にかなりの違いがあること、A及びB販売にかかるアダルトビデオ計七本はすぐに売り上げが落ちたこと、したがって、復帰前にはトップクラスのアダルトビデオ女優であった可能性は否定できないものの、復帰後は到底トップクラスとは言い難いこと、甲野は復帰後わずか一本のアダルトビデオに出演しただけの段階において、乙野に対し出演料を二〇〇万円に上げるよう要求しているが、出産及びブランクを考慮すると、客観的にみても時期尚早と言えること、乙野は本件復帰前契約においても甲野をタレントとして大切に育ててきたことが窺われること、

 

したがって、

 

 甲野は突然の妊娠により乙野に多大な迷惑をかけたにもかかわらず、結局は乙野を頼って、再度の契約締結を懇願したことが窺われること、乙野としては出産及び加齢によるリスクを念頭に置きながらも本件専属契約を締結したこと、甲野はGとの間では正式の契約を締結しておらず「預り」の状態であることが認められるが、これらの事実は、むしろ、本件専属契約が暴利行為ではなく、公序良俗には違反しないことを示すものである。

 

 

  また、甲野がG預りの間に出演したアダルトビデオにつき、甲山は、制作会社であるFないしAからアダルトビデオ一本につき三〇〇万円を受領し、甲野にその半額の一五〇万円を渡したと供述し、これを受けて、甲野は、Gの出演料のシステムはガラス張りでDと全く異なる旨を供述するが、一方で、丙野は、アダルトビデオ一本につきGに三〇〇万円か四〇〇万円を支払った旨を供述し、さらに乙野の陳述書(甲一五)中には丙野とBの担当者がそれぞれアダルトビデオ五本で三〇〇〇万円の契約(一本六〇〇万円)を締結したことを乙野が丙野らから直接聞いた旨の記載があり、これらの供述等からすれば、Gの受領額が三〇〇万円であるとの甲山の供述は信用し難く、Gの受領額は甲山の供述額よりも高額であった可能性が高い。

 

 そして、既に認定したとおり、甲野の受領金額は一本当たり一五〇万円ないし一一二万五〇○○円であったから、結果的に、四〇○万円のうち一〇〇万円を受領していた本件専属契約とその内容においてそれほど差がないと言うことができ、Gのシステムの方がガラス張りであったとの甲野の供述はこれを信用することができない。

 

 

 以上の点を総合して検討すると、本件専属契約が甲野の無知、軽 さに乗じて不当な利 を得る暴利行為であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証 もない。したがって、本件専属契約が公序良俗違反であるとの甲野の主 は理由がない。

   

 

(二) 錯誤無効の抗弁について

 

 甲野は、そもそも本件出演契約に基づきEが乙野に対して支払う出演料は、甲野のアダルトビデオ出演に対する対価であり、乙野は甲野の代理人としてEと本件出演契約を締結しているにすぎないから、Eから受領する出演料及び乙野が控除して取得するマネージメント料は、本件専属契約の重要な要素であるところ、

 

 甲野は本件専属契約の契約書の交付も受けておらず、この点につき錯誤があったと主張する。

 

 しかし、既に認定した事実によれば、本件出演契約はあくまで乙野とEとの間の契約であって、乙野が甲野の代理人として締結したものではないこと、その内容も、Dに所属する甲野がE等制作の作品に出演することを乙野が承諾し、これに対しEが乙野に出演料を支払うというものであり(第1条、第4条)、

 

 実質が甲野とEとの間の契約であるとは到底言えないこと、乙野とEとの間では、Eから乙野に対していくらを支払うかについての合意があるだけであって、乙野がEから受領した出演料のうちいくらを甲野に支払うかについては何ら取り決めがないこと、本件専属契約は平成八年一二月三一日に締結されているが、本件出演契約は平成九年一月一四日に締結されていることが認められる。

 

 これらの事実に鑑みれば、本件出演契約において乙野が受領する出演料とそこから控除するマネージメント料が本件専属契約の重要な要素であるとまでは言えない。

 

 また、既に認定した事実によれば、本件専属契約の契約書を甲野に交付しなかったのは、専ら両親に知られたくないとの甲野側の事情によるものであると認められること、既に認定したとおり、本件専属契約締結にあたっては詳しい説明がなされていることに鑑みれば、本件専属契約締結にあたって甲野に錯誤があったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

 したがって、本件専属契約が甲野の錯誤により無効であるとの主 は理由がない。

   

 

(三) 以上より、本件専属契約は有効である(なお、損害についての主張は、後記3で述べるとおり本件専属契約の解除を認める関係から、検討の必要がない)。

  

 

 

 

3 本件専属契約の解除について

  

 

(一)債務不履行の有無について

 

 既に認定した事実によれば、甲野は、乙野に対し、第一通知書により本件専属契約の解除の意思表示をしたものと認められるところ、まず、これが乙野の債務不履行を原因とする解除であるか否かにつき検討する。

 

 まず、後記5で述べるとおり、乙野には復帰前の出演料の未払債務はない。

 

 次に復帰後の出演料について検討すると、既に認定した事実によれば、甲野は本件専属契約に基づき二本のアダルトビデオに出演したこと、

 

 契約時の取決めによれば二〇〇万円を受領すベきところ八〇万円しか受領していないこと(なお、甲野は受領額が七二万円であると主張するが、源泉徴収額を無視する主張であり、甲第一六号証から八〇万円であると認められる。)、

 

 平成九年一月二七日ころ、乙野と甲野との間で、一本リリースされるごとに一○○万円を支払うのではなく、月々四○万円ずつを給与の形で支払っていくことが合意されたこと、

 

 右合意に基づき同年二月五日に四〇万円、三月六日に四〇万円が支払われたが、同月中旬ころ甲野が丙山を同伴して本件専属契約があるにもかかわらずタレント活動をやめる旨の申入れをしたこと、

 

 したがって乙野は同年四月五日分の四〇万円の振込みをしなかったこと等が認められ、右事実に既に認定した事実を総合した検討すると、本件第一通知書が発送された同年四月七日の時点において、乙野の右四〇万円分の不払いにつき、乙野の責に帰すべき事由があったとまでは言い難いから、右不払いが乙野の債務不履行になるということはできない。

 

 また、甲野は、二本目のアダルトビデオに出演する前の同年二月中旬ころ出演料の支払いを求めたところ、乙野からトラブルになった以上は全て支払えないと言われたと供述するが、その後の同年三月六日に乙野が四○万円を振り込んでいる事実と矛盾するものであり、甲野の右供述は信用できない。

 

 

 次に、甲野は乙野の告知義務違反を主張するが、既に認定した事実及び前記2の(二)記載の検討結果によれば、本件専属契約において、本件出演契約により乙野が受領する出演料及び乙野が取得するマネージメント料が、契約の重要な要素であるとまでは言えないこと、

 

 既に認定したとおり甲山も実際に制作会社から受領した出演料の額を甲野に告げていない可能性があること、甲野は専ら本件専属契約の性質から右告知義務を導くが、既に認定したとおり本件専属契約を甲野主張のような代理構成とみることはできないこと、他に右告知義務を導く実体法上の根拠はないこと等に鑑みれば、本件専属契約において甲野主張のような告知義務が乙野に存在すると認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

  以上により、乙野の債務不履行を原因とする本件専属契約の解除は認められない。

   

 

 

(二) 民法六五一条による解除の成否について

 

 本件専属契約の性質については、当事者双方それぞれの主張を展開しているが、本件専属契約はその専属の取決めから乙野に債務不履行がない限り甲野による解除が許されないのか、あるいは委任契約における解除の規定を適用することが可能なのかとの観点から検討する。

 

 既に認定した事実によれば、本件専属契約の内容は、

 

甲野が乙野の専属タレントとして出演等の業務を行うこと、

 

乙野は甲野に対し出演料及び契約金を支払うことを内容とするものであるところ、

 

乙野サイドからみれば、委任者てある乙野が受任者てある甲野に対し、事実行為である出演等の事務を委任し、これに対して出演料等の報酬を支払うとの準委任契約関係であるとみることが可能であり、

 

一方、甲野サイドからみれば、委任者である甲野が受任者である乙野に対し、自己の出演すべき仕事のマネージメントの事務を委任したとみることもできる(但し、この関係が無償であれば準委任と考えることができるが、乙野は甲野ではなく制作会社から右当事者間の別個の出演契約に基づき出演料を受領しているので、本来の準委任契約関係とは言い難い)。

 

したがって、本件専属契約は純然たる準委任契約関係か否かはともかくとして、

 

少なくとも準委任契約に類似した無名契約関係であり、委任の要素は含まれていると解される。

 

なお、乙野は、本件訴訟の終盤になって、本件専属契約が雇用契約又は請負契約の性質を有すると主張するに至っているが、既に認定した事実からすれば、乙野と甲野との間に指揮命令関係、使用従属関係があるとは言い難く、また、特定の仕事の完成を目的とするものでもないから、純然たる雇用契約関係又は請負契約関係にあるとは言えない。

 

 

 

 そして、本件専属契約の拘束力は、本来契約締結時に二〇〇万円という高額の契約金を支払うことがその大きな根拠となると考えられるところ、既に認定したとおり、乙野は契約締結時に右契約金を支払っていないこと(これが児童扶養手当の関係で甲野の希望を容れてのことであっても、支払っていないとの事実に変わりはない。)、

 

 本件専属契約とは別個の契約関係てはあるが、本件専属契約に事実上影響を及ぼす立場にある本件出演契約の当事者であるEが、甲野が乙野との本件専属契約を解消することに同意していること、既に述べたように本件専属契約には委任の要素も含まれること等を総合して検討すると、本件専属契約につき、民法六五一条一項を適用ないし類推適用して、甲野から解除をすることは許されるというべきである。

 

 よって、本件専属契約は、甲野の第一通知書の乙野への到達により、平成九年四月八日をもって解除されたものと認められる。

   

 

 

(三) 民法六五一条二項に基づく損害賠償責任について

 

 甲野の損害賠償責任の有無を検討するにあたっては、まず、相手方である乙野の不利な時期に解除をしたか否かが問題となるが、既に認定した事実によれば、甲野が乙野に解除の意思表示をした平成九年四月八日の時点においては、既に乙野はEとの間で本件出演契約を締結していたこと、乙野は右契約により少なくとも五本分の利益を得られるはずであったところ、二本を撮った段階で本件専属契約を解除されていることが認められ、右事実に既に認定した事実を総合して検討すると、甲野による解除は乙野にとって不利な時期になされたものと認めることができる。

 

 そして、その損害は、解除の時期の不当なことによる損害のみをいうところ、既に認定した事実によれば、

 

 乙野は本件出演契約において六本で二八〇○万円の合意をしているが、そのうち甲野の出演が具体化していたのは五本のみであり、実際に甲野が出演したのは二本であること、三本目については乙野は関与していないにもかかわらず、Eから三本分として一三五〇万円の支払いを受けていること(既に認定したとおり、Eは甲野にも三本目のアダルトビテオ出演に対し一〇〇万円を支払っているが、トラブルを避けようとしたEが、乙野と甲野に二重払いをしたものと推認される。)が認められるから、

 

 これらの事実によれば、時期の不当なことにより乙野が受けた損害は、アダルトビデオ二本分であると認めることができる。

 

 そして、既に認定したとおり、本件出演契約においては、一本につき出演料四〇〇万円及びプロモーシヨン費用五〇万円の計四五〇万円が合意されていたが、

 

 プロモーション費用については甲野が出演しないことにより乙野もその支払いを免れたのであるから、乙野が得るはずてあった利益は、一本につき、その出演料四〇○万円から甲野に支払うべきであった一〇〇万円を控除した三〇〇万円であると認めることができ、

 

 結局、解除の時期の不当なことにより乙野の受けた損害は、二本分の計六〇〇万円であると認められる。乙野は、将来の得べかりし利益全額と違約金全額を損害として請求するが、既に述べたとおり民法六五一条二項にいう損害は解除の時期の不当なことによる損害のみをいうこと、本件専属契約が解除されている以上違約金を請求する根拠がないことからすれば、乙野の請求は、六〇〇万円を超える金額についての損害の支払いを求める部分につき理由がない。

   

 

(四) 以上により、甲事件について、甲事件被告甲野は、甲事件原告乙野に対し、民法六五一条二項に基づき、六〇〇万円の限度で損害を賠償する責任を負う。

  

 

 

 

 

 

4 共同不法行為について

 

 既に認定した事実によれば、甲野出演のアダルトビデオを制作したのは被告となっていないFであるが、当時の代表者である丙野は、直接本件甲野代理人の法的見解を聞いて、法的責任を問われることはないと考え、制作を決意し撮影を開始したこと、その後、丙野は、直接A宛てに内容証明郵便が届くに至って甲山に相談し、再度甲山を通じて本件甲野代理人の法的見解を聞いた上、撮影を続行したこと、また、Aとして販売に踏み切ったこと、Bは丙野から右経過を聞いて販売に踏み切ったこと、甲山は、甲野が乙野に第一通知書を送付するまでは、表立って甲野を売り込むことをせず、本件甲野代理人の法的見解を聞いた上、法的責任を問われることはないと考え、改めてCとして甲野を売り込んだことが認められる。そして、専門家である弁護士が一応の法的見解を述べ、当事者がこれに従った場合において、右見解を聞いただけでは足りず、さらに甲野の主張が法的に通るのかを確認しなければならない注意義務が、C、A及びBに存在したとまでは言えないから、既に認定した事実においては、右三名が弁護士の法的見解を聞いた上で甲野を売り込み、あるいは甲野と契約関係に入ったことが、道義的にはともかく、不法行為にまで該当するとは認め難い。

 

  したがって、甲事件において、甲事件原告乙野の甲事件被告C、同A及び同Bに対する請求はいずれも理由がない。

 

 

  

5 復帰前の出演料について

  

(一) 復帰前の未払出演料の金額につき争いがあるので検討する。証拠(甲二五の1)によれば、甲野には前借金一〇万円があったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、当初の未払出演料二五〇万円から一〇万円を差し引くことは認められる。しかし、甲野の歯の治療費七〇万円については、既に認定した本件復帰前契約の内容からすれば、本来、乙野の業務において必要経費として別途計上すべきものであり、甲野に対する出演料から差し引くべきものではないから、右七〇万円を差し引くことはできないと解すべきである。

 

 したがって、復帰前の未払出演料の額は二四〇万円であったと認められる。

  

(二) 次に甲野による免除がなされたか否かにつき検討する。

 

 既に認定した事実によれば、甲野が出産前に乙野に対して復帰したくない旨を表明した際、これで契約関係が終了するにもかかわらず未払出演料の支払いを要求していないこと、甲野が水戸守を通じて解決金五〇万円の提示をした際にも未払出演料の請求はなされていないこと、本件専属契約を締結するにあたっても甲野は未払出演料の請求をしなかったこと、乙野は、従前甲野が本件復帰前契約を締結したのに復帰しなかった際、内容証明郵便(甲一○の1)により復帰しないのてあれば計一七九五万円の損害賠償を請求する旨を通知しており、その後甲野が復帰しなかったにもかかわらず、甲野に対し一切右復帰前の損害賠償を請求することなく本件専属契約を締結していること等が認められるから、右事実に既に認定した事実を総合して検討すると、甲野は、乙野に対し、遅くとも本件専属契約締結までの間に、未払出演料二四〇万円の支払債務を免除する旨の意思表示をしたものと認められ、一方、乙野も甲野に対し、遅くとも本件専属契約締結までの間に、復帰前の事由に基づく損害賠償債務を免除する旨の意思表示をしたものと認められ、本件専属契約締結によって、両名間の復帰前における債務がそれぞれ清算されたものと認めることができる。

 

 

 これに対し、甲野は、復帰の際に未払出演料の支払いを要求し、乙野及び秋子がこれを納得していた、復帰すれば支払うと言われた、秋子がその支払いを承諾した等と供述するが、乙野及び秋子がその供述及び証言中でこれを否定していること、甲野のいう「残ったお金」との表現が仮に損害賠償債務だけでなく未払出演料も含むものであったとしても、既に認定した経緯からすれば一切の清算がなされたと認められること、その他既に認定した事実関係に鑑みれば、甲野の右供述を信用することはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

   

(三) 以上より、乙野の復帰前の未払出演料二四〇万円の支払債務は消滅したものと認められる。

  

 

 

6 復帰後の出演料について

  

(一)甲野は、主位的請求として、本件専属契約の無効を前提とする不当利得の返還を求めるが、既に認定したとおり、本件専属契約は有効であるので、右請求は理由がない。

   

(二) 次に、本件専属契約の有効を前提とする未払出演料につき検討すると、前記3(一)で検討したとおり、甲野は二本のアダルトビデオに出演し、二〇〇万円の支払いを受けるべきところ八〇万円のみの支払いを受けているので、甲野の復帰後の未払出演料の額は一二〇万円であると認められる。なお、甲野は、その陳述書(乙六)中で、三本目のアダルトビデオに出演した際にEから一〇〇万円を受領したのは餞別的な意味合いであった旨を述べるが、既に認定したとおり、甲野の三本目のアダルトビデオ出演にあたっては乙野は全く関与していないから、甲野が三本目の出演につき、乙野に対して出演料を請求できる実体法上の根拠はない。

 

 したがって、復帰後の未払出演料は一二〇万円であると認められる。

   

 

(三)しかし、乙野が甲野に対し、平成一〇年五月二八日の第七回口頭弁論期日において、右出演料債権を、甲事件に基づく損害賠償請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、甲野の右一二〇万円の債権は消滅したものと認められる。

   

(四)以上により、乙事件原告甲野の請求は全部理由がない。

 

 

三 結論

  

 以上を総合すると、甲事件原告乙野の甲事件被告甲野に対する請求は、前記二の3で認定した六〇〇万円から、前記二の6において相殺に供された一二〇万円を控除した四八〇万円の限度でこれを認めることができ、その余は理由がない。また、甲事件原告乙野の甲事件被告C、A及びBに対する請求はいずれも理由がない。また、乙事件原告甲野の乙事件被告乙野に対する請求は、前記二の6の相殺の結果、全部理由がない。

 

 よって、主文のとおり判決する。

       

 

(裁判官・釜井裕子)