ビデオ販売差止等請求事件

 

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成15年(ワ)第17086号、判決 平成16年11月4日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

        

 

事実及び理由

 

 

 第1 請求

  

1 被告有限会社Y1は,別紙物件目録のビデオフィルムにおいて,原告の出演部分を抹消しなければこれを特定又は多数の者に観覧させるために上映し,又は第三者に販売・引渡し・賃貸・譲渡・頒布その他一切の処分をしてはならない。

  

2 被告有限会社Y1は,既に第三者に販売・引渡し・賃貸・譲渡・頒布その他の処分をした別紙物件目録のビデオフィルムを回収せよ。

  

3 被告有限会社Y1は,原告に対し,600万円及びこれに対する平成15年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

4 被告株式会社Y2は,原告に対し,60万円及びこれに対する平成15年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

第2 事案の概要

    

 本件は,原告が,被告有限会社Y1(以下「被告Y1」という。)に対し,同人との契約に基づいて出演した別紙物件目録記載のビデオフィルム(以下「本件ビデオ」という。)の撮影において,事前に知らされたシナリオにない暴行シーンが含まれていたなどとして,人格権・プライバシー権が侵害されたと主張して,本件ビデオの販売等の差止等を求め,被告株式会社Y2(以下「被告Y2」という。)に対し,同人との契約で定めた出演条件に反する態様で本件ビデオの撮影が行われたにもかかわらず,被告Y2は本件ビデオの撮影及び販売を差し止める努力をしなかったとして,不法行為に基づき,慰謝料等の請求をした事案である。

  

1 争いのない事実等

  

(1)当事者

    

 ア 原告は,Aを卒業し,舞台女優の演劇活動やライブコンサート等の仕事をしている女性であり(甲13),「X1”」の芸名で,市販される成人向けのいわゆるアダルトビデオの女優やアダルト向け雑誌などのモデルをしていた(甲13,乙第1号証の1)。

    

イ 被告Y1は,いわゆるアダルトビデオの製作,販売を業とする会社である。

    

ウ 被告Y2は,アダルトビデオ出演者のマネジメントをする会社である(丙6)。

  

(2)原告と被告Y2との専属契約の締結

     

 原告は,平成14年11月13日,被告Y2の事務所で面接を受け,専属女優の契約を締結した(丙1,6,以下「本件専属契約」という。)。

  

(3)本件ビデオ撮影の実施

    

ア 平成15年2月27日,原告は,本件ビデオの撮影のために中野区(以下略)のスタジオに向かい,その移動の自動車の中で初めて,本件ビデオ撮影のシナリオを手渡された。

    

イ 本件ビデオ撮影は,平成15年2月27日午後4時ころに開始され,午後11時ころにいったん中断した後,同年2月28日の午前中に再開され,同年3月1日午前6時過ぎころに終了した。

  

 

 

 

 

2 争点

    

 本件の争点は,本件ビデオの撮影において,原告に対して,事前に渡されたシナリオに記載されておらず,また,演技ではない現実の暴行が加えられる態様で暴行シーンの撮影が行われ,その結果として,原告に損害が発生したか否かである。

  

(1)原告の主張

     

 本件ビデオの撮影においては,事前に撮影内容についての十分な打ち合わせがされておらず,本件ビデオの撮影において,シナリオにはない暴行シーンの撮影が行われ,その暴行シーンも演技ではなく,現実に暴行が加えられたものであったため,原告は,身体に傷害を負うとともに,精神的障害が発生した。

  

(2)被告Y1の主張

     

 本件ビデオのシナリオにおいては,暴行シーンは明示されていた。その暴行シーンも,実際に暴行を加えるものではなく,実際に暴行が行われたかのように演技力でカバーするものである。

  

(3)被告Y2の主張

     

 本件ビデオのシナリオは,原告に対して,撮影当日に渡されており,実質的な打合せは,撮影前に撮影現場で行われた。

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

  

1 前記争いのない事実等に証拠(甲第1号証ないし第14号証,乙1号証の1ないし3,乙第2号証ないし第6号証,丙第1号証,第2号証,第3号証の1ないし21,第4号証ないし第6号証)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。

  

(1)原告は,平成6年に婚姻したが,平成10年に離婚し,精神的に不安定な状態となっていたことがあり,自殺未遂をしたことがあると周囲の者に漏らしていた(丙4,6)。

  

(2)本件専属契約の際に記入したアンケートにおいて,原告は,原告がアダルトビデオの仕事をすることについて,兄,親,彼氏に知られることがないようにしたい旨を記入した(丙2)。

  

(3)原告は,平成14年12月から平成15年1月にかけて,「B」,「C」などの会社のアダルトビデオに出演した(甲13,弁論の全趣旨)。

     

 そのころ,被告Y2と業務提携をしている有限会社Dの営業部長である,E”ことE(以下「E」という。)が原告のマネージャーとなって,原告と共に営業で業者を回り,さらにいくつかのアダルトビデオに出演した(甲13,丙6)。

  

(4)原告は,平成15年1月下旬,被告Y1方において,監督であるF,G(以下「G監督」という。)からも面接を受けて同社の製作・販売するアダルトビデオ3本に出演することが決まった(甲13)。

  

(5)平成15年2月27日,原告は,G監督による「●●●●●●・●●●●●●」の撮影が(以下略)のスタジオの地下であると言われたが,事前に打ち合わせはなく,スタジオに行く車の中で初めて本件ビデオ撮影のシナリオを渡され,これに目を通した。

  

(6)本件ビデオには,原告が複数の男性俳優から暴力が振るわれるシーンがある(乙3)。

  

(7)原告は,平成15年2月28日,同年3月1日の撮影終了後,被告Y2の代表取締役HやEに対し,業務報告をしていなかった。

  

(8)平成15年3月3日,原告は,澤江診療所(東京都中野区中央4-1-22)において,澤江寿夫医師から,「外傷性頚腕症候群及び全身打撲傷」により,約2週間の安静治療を要するとの診断を受けた(甲4,14)。

  

(9)平成15年3月4日,Eは,被告Y1の事務所近くの喫茶店で,原告とG監督との3人による,本件ビデオの撮影に関して話し合いの席を設けた。その席上で原告は,「誠意を見せろ」などと主張してG監督に対して謝罪を要求したが,G監督はこれに応じなかった。

  

(10)Eは,被告Y1から,平成15年3月3日,原告の本件ビデオへの出演料として38万8888円を受領し(乙5),被告Y2は,原告に対し,同日,31万9999円を本件ビデオへの出演料として支払った(丙5)。

  

(11)平成15年3月6日,原告は,東京都立大久保病院(東京都新宿区歌舞伎町2-44-1)において,神経科の石黒雅浩医師により,反応性うつ状態との診断を受けた(甲5)。

  

(12)平成15年3月7日,原告は同病院において,歯科口腔外科の小林茂勝医師により,疼痛と歯牙動揺の診断を受けた(甲6)。

  

(13)本件ビデオは,日本ビデオ倫理協会の審査を受け,平成15年3月13日,終了証が交付された(乙4)。

  

(14)原告は,被告Y1に対し,代理人を通じて平成15年4月3日付の内容証明郵便で本件ビデオの販売中止を求めたが(甲8),被告Y1は,平成15年4月17日付の回答書でこれを拒否し(甲9),平成15年4月10日に本件ビデオを販売した(甲7)。

  

(15)原告は,平成15年4月4日付の仮処分命令申立書により,被告Y1を債務者として,東京地方裁判所に対して,本件ビデオの販売差止などの仮処分を申し立てたが,被告Y1が回収に応じなかったため,これを取り下げた(甲10,弁論の全趣旨)。

  

(16)原告の主治医である,東京都精神医学総合研究所副参事研究員で医学博士,精神保健法指定医である妹尾栄一医師は,平成15年4月14日付及び2003年9月12日付の各意見書において,原告を急性ストレス障害と診断し,その治療のためには本件ビデオの販売を中止することが必須であるとの意見を示した(甲11,12)。

  

 

 

 

2 以上の認定事実を踏まえて,以下,検討を加える。

    

 前記認定事実によれば,本件ビデオの撮影においては,原告が暴力を振るわれるシーンなどがあり,原告は,本件ビデオの撮影後,反応性うつ状態,疼痛・歯牙動揺,急性ストレス障害との診断を受けたことが認められる上,原告の陳述書(甲13)には,原告の主張に沿う記載部分がある。

    

 しかしながら,前記認定のとおり,直前ではあるものの,本件ビデオ撮影の前にそのシナリオは渡されていること,同シナリオと本件ビデオの内容との間に,大きな食い違いはないこと(乙2,3),本件ビデオには,演技・演出の範囲を超えるような激しい暴力が原告に加えられたようなシーンはなく(乙3),共演者であるもう一人の女優に対しても原告が受けたのと同様の暴力が加えられるシーンがある(乙3)が,同女と被告らとの間においては,特段の問題は生じていないこと(弁論の全趣旨),原告の主張する暴行によって原告の身体に打撲傷等の傷を受けたことを示す診断書は提出されてないことに加え,乙第6号証及び丙第4号証の記載内容を考慮すると,原告の前記陳述書の記載部分は,にわかに採用できず,他に,本件ビデオの撮影において,原告が主張するようにシナリオにはない暴行シーンの撮影が行われ,その際,演技ではなく現実に原告に対して暴行が加えられ,その結果として,原告に前記のような症状が生じたということを認めるに足りる証拠はない。

  

 

3 よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

     

 

東京地方裁判所民事第32部

         裁判官  井上哲男

 

 

 

 

(別紙)

 物件目録

 1 ビデオフィルム

 タイトル 「●●●●●●・●●●●●●」

  監督   G