撮影キャンセル損害賠償請求事件

 

 

 

 

 

 

 

 裁判年月日平成27年9月9日、事件番号平26(ワ)25782号、損害賠償請求事件、東京地裁裁、出典、ウエストロー・ジャパン、2015WLJPCAO9096004について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主文

 

 

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1請求

 被告は,原告に対し,2460万円及びこれに対する平成26年○月○日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

第2事案の概要等

 

1 事案の概要

 本件は,芸能プロダクションの運営等を業とする原告が,出演が予定されていたアダルトビデオの撮影等をキャンセルした被告に対し,営業委託契約違反の債務不履行に基づき,アダルトビデオ製作会社から支払われるはずであった出演契約料1980万円等の合計2460万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年OAO日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 

2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠により容易に認定できる事実)

 

(1)当事者

 

 原告は,芸能プロダクションの運営,インターネットを利用した通信販売業務等を目的とする株式会社である。

被告は,平成○年○月○日生まれの女性である。

 

(2)営業委託契約書への署名指印

 被告は,当時18歳の未成年であり高校在学中であった平成○年○月○日,被告の「テレビ・ラジオ放送・映画・レコード・舞台・コマーシャル・雑誌等の取材・写真集・ヌード・イベント等の活動(以下,「タレント活動」という)」に関して,被告の「肖像パブリシティ権に関連して発生する金銭および関連した財産権の管理業務(以下「プロダクション業務」という)」を原告に委託し,原告はこれを受託する旨の営業委託契約書に署名指印した(カギ括弧内は契約書1条の原文通り引用した。以下「第1次契約」という。)。

 

 その後,被告は,成年に達した後の平成○年○月○日に,被告の「アダルトビデオ・テレビ・ラジオ放送・映画・舞台・コマーシャル・雑誌等の取材・写真集・ヌード・撮影会・ライブチャット・オークション等様々なイベント活動(以下,「タレント活動」という)」に関して,被告の「肖像パブリシティ権に関連して発生する金銭および関連した財産権の管理業務(以下「プロダクション業務」という)」を原告に委託し,原告はこれを受託する旨の営業委託契約書に署名指印した(同じく.カギ括弧内は契約書1条の原文通り引用した。以下「第2次契約」という。)。

 

(3)被告の業務及び損害賠償に関する契約書の規定(甲1,2)

 第1次契約及び第2次契約の各契約書には,以下の内容の規定がある。

 

 

 3条 本契約の有効期間は本契約締結時から2年とする。(後略)

 

 7条1項 本契約に定める被告の肖像パブリシティ権の利用により日本国内外でライセンス料が発生した場合,

     被告は,原告に対して,本契約のプロダクション業務の報酬として,被告の肖像パブリシティ権に関す

     るライセンス行為毎に被告原告の相談により決定した割合の金額を支払う。

 

 7条2項 被告が原告に支払う際の支払方法は,被告原告相談の上に決定する。

 

 8条1項 被告は原告に対し,被告の肖像パブリシティ権について,日本国内外において,被告の出演やライセン

     ス等の許諾行為を原告が単独で独占的に行う権限を与え,被告は原告の決定に従うものとする。(後

     略)

 

 9条1項 被告は,原告のプロダクション業務によって取得したタレント活動等のライセンス許諾行為に対し

     て,正当なる理由なくしたがわなかった場合,それにより発生した損害を原告に支払わなければならな

     い。

 

 また,第2次契約の契約書には,以下の規定が加えられている。

 

 

 9条6項 既に決定しているプロダクション業務を予定通り遂行できなかった場合,それによって生じた損害金

     等は被告の負担とする。

 

 

(4)解除の意思表示

 

 被告は,平成○年○月○日,支援者を通じて,原告に対し,原告に関連するタレント活動は一切行わないことを通告し,同月○日に,被告代理人を通じて,契約の無効及び取消しを主張するとともに,予備的に契約解除を通告する書面を送付した。

 

 

 

 

3 争点及びこれに対する当事者の主張

 

(1)争点1一債務不履行の有無

 

【原告の主張】

 

 第2次契約は,被告の成人後,あらためて契約し直したものである。第2次契約は,第1次契約の4条の「キャンペーン」という文言が削除されたほかは,第1次契約の内容を全て包摂する。したがって,第1次契約は第2次契約の成立により効力を失った。

 第2次契約では,被告においてタレント活動を行うこと,原告においてその対価(報酬)の管理を行うとともに,日常的に被告にタレントとして仕事が入ってくるようプロモーション活動を展開することが,中心的な契約内容とされている。したがって,第2次契約上,原告には被告がタレント活動により得た対価(報酬)の管理及び被告のタレントとしての仕事を獲得するために日頃から被告をメーカーに売り込む営業義務があり,他方被告には原告が

営業活動の結果受注した仕事にっいては,正当な理由がある場合を除き,それを行う義務がある。

 第2次契約に基づき,被告のタレント活動として,株式会社aの発行する「△△」のグラビア撮影を平成○年○月○日に行うことが決定していた。また,b(以下「b社」という。)が製作するコンテンツ合計9作品に女優として出演すること,その○○作品目の撮影を同月○日に行うことも決定していた。被告が出演する予定だった作品は,いずれも一般市民が容易に購入できる,いわゆるビデ倫等の審査を通過した作品で,「アダルトビデオ」である

。この撮影・出演の「決定」とは,原告の執行役員である●●●が被告から予定を聞き,被告本人が出演を承諾したものであり,その意味で被告が「決定」したといえる。しかし,被告は,同月○日の未明に突然,明確な理由を述べることなく「△△」の撮影には行けない旨原告に連絡し,また,その翌日のb社製作の撮影にも現れず,結局これらのタレント活動をキャンセルした。

 被告がこれらの撮影をキャンセルしたことは,第2次契約の債務不履行にあたる。

 

 

 

 

 

【被告の主張】

 

 第2次契約は,下記ア及びイのとおり,無効であるか又は平成○年○月○日に解除されたものであるから,被告は,同月○日以降の撮影に出演しなくても,債務不履行にあたらない。

 

 

ア 第2次契約の無効

 

(ア)自由意思により締結していないこと

 

 被告は未成年であった平成○年に第1次契約に署名指印しているが,被告にはあまりにも難解な文言であり,そもそも内容を全く理解しないまま契約を締結した。それにもかかわらず原告は,第1次契約とその違約金条項を盾にわいせっな仕事を被告に強要し,第2次契約を締結する直前の平成○年O下旬に,第1次契約に基づく「違約金」の脅しでアダルトビデオ出演を被告に強要した。被告は脅されてアダルトビデオの撮影をさせられてしまい,生まれて初めてのアダルトビデオの撮影が終わった直後に,第2次契約の締結を迫られたものである。第2次契約の対象となるタレント活動に「アダルトビデオ」の文言が入っているが,最初のアダルトビデオ作品の撮影はその後も続くこととなっており,いったん撮影に臨んでしまった被告にはもはや断ることはできなかった。被告に諾否の自由は事実上なく,第2次契約の締結は強制的なものであった。

 このように,第2次契約は,未成年時に全く内容を理解しないまま締結させられた第1次契約の蝦疵を引き継いでいる上,上記のような経緯でアダルトビデオが対象範囲に加えられたことは被告の自由意思に基づく契約締結とは到底認められない。よって,第2次契約は被告の意に反するもので無効である。

 

(イ)公序良俗違反

 

 原告は,平成○年○月にはさらに9本のアダルトビデオに出演するよう被告に強要し,「違約金は1000万円にのぼる。」「あと9本AVの撮影をしないとやめられない。」などと被告を脅迫した。原告がその都度,脅迫文言として示唆した「違約金」は,当初は100万円であったが,被告の解約直前には1000万円であった。1000万円という金額を提示したことは原告も認めている。未成年,あるいは○○歳になったばかりの被告には到底支払うことができない著しく過大・高額なものであり,原告は被告の無知と困窮に乗じ,「違約金を支払えない以上アダルトビデオに出演するしかない。」と脅し,被告をアダルトビデオ出演に追い込んだものである。現に,原告は,原告が受注したアダルトビデオ9本に被告が出演しないことを理由に2400万円という桁違いに高額な違約金の支払を求めて本件提訴に至った。

 本件提訴は,原告による違約金の示唆が単なる冗談や軽い脅しではなく,真剣なものであったことを裏付けている。

 第2次契約の契約書の8条1項及び9条1項の規定の趣旨は必ずしも明らかでないものの,仮に,被告の出演について原告が独断で決定することができ,いかなる内容であっても被告が拒絶することができず,それによってプロダクション業務が遂行できなければ被告が損害を違約金として支払うと解釈される余地がある。契約文言がそのように解釈されるとすれば,肖像権を有する被告を委託者とする委託契約の本来の趣旨を明らかに逸脱して,被告の

諾否の自由を奪うものである。

 そして,被告の諾否の自由を認めず,高額な違約金の制裁によって強制されたのは,アダルトビデオ出演という行為であった。見知らぬ複数の男性との性行為を長時間にわたり他人に見られ,撮影された上,映像を不特定多数の者に頒布・販売されるという女性の人格と尊厳性的差恥心,プライバシーに深くかかわる行為について,高額な違約金の威嚇の下に出演を義務づけ,強要する行為は,強制売春にも等しく,女性の人権を侵害する著しく人倫に

もとる行為である。

 第2次契約の実態,とりわけ,①契約の「委託者」であり肖像権の主体である被告に諾否の自由を一切与えることなく出演義務を課し強要すること,②出演義務の対象がアダルトビデオの女優としての出演であること,③出演を拒絶すれば極めて高額な違約金支払義務を課すことに鑑みれば,本件「営業委託契約」の運用と違約金条項は明らかに公序良俗に反し,民法90条により無効である。

 

 

イ 第2次契約の解除

 

(ア)準委任契約の解除

 

 第2次契約は,その契約書の表題が「営業委託契約書」となっている上,各条項によると,被告を委任者,原告を受任者とする準委任契約ではないかと考えられる。準委任契約では,各当事者はいつでもその解除をすることができるとされ(民法656条,651条),被告は当然にその権利を行使したものである。

 民法656条の準用する民法651条は,相手方に不利な時期に委任の解除をした場合に相手方に対する損害賠償義務を負うと規定するが,やむを得ない事由があったときはこの限りでないとする。本件において,○○歳の女性がアダルトビデオ出演を強要されたという経緯に鑑みれば,やむを得ない事由があることは明らかであり,被告は賠償責任を負わない。

 

(イ)労働契約の解除

 

 第2次契約は,委託契約とは名ばかりであり,委託者であるはずの被告は,原告が決定した仕事に関し,諾否の自由なく出演をさせられてきた。第2次契約の契約書8条1項の規定と,「被告には原告が営業活動の結果受注した仕事については,正当な理由がある場合を除き,それを行う義務がある。」との原告の主張に照らしても,実態としては被告が原告の指揮命令に従っていたと認めることができ,第2次契約の実態は準委任契約ではなく,原告を

使用者,被告を労働者とする労働契約というべきである。よって,契約の実態に即して考えれば,民法623条以下の規定及び労働基準法等の労働法規が適用されるべきとも考えられる。

 被告の解除は,被告には,意に反してアダルトビデオ出演を強制されたくないとい「やむを得ない事由」(民法628条)があったといえるものであり,同条に基づき,直ちに原告との契約の解除をすることができる。アダルトビデオに出演させる行為は,衆人環視のもとで不特定多数の男性との長時間複数回に及ぶ性行為を強制され,その映像が不特定多数の者に頒布されるものであって,本人の意に反してそのような行為を強制することは,女性の

人権を侵害する性暴力に他ならないものであり,人間の尊厳,性暴力から保護される権利,性的自己決定権プライバシー権等の本質的な人権を著しく揉躍するものである。こうした行為は有害である以上,本人の意に反して労働契約によって強要することは絶対にあってはならず,本人が意に反すると考えた場合,労働契約から直ちに離脱することが認められるべきである。

 民法628条は,やむを得ない事由に基づく解除にっいて,「その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う。」とするが,意に反してアダルトビデオの出演を強要されたくないという状況は,被告の過失によって生じたものとは到底認められず,原告が賠償責任を負うことがあっても被告に賠償責任が生ずることはあり得ない。

 

 

 

 

 

(2)争点2一損害の有無及び数額

 

【原告の主張】

 

 被告のキャンセルにより,原告には,以下のとおり合計2460万円の損害が発生した。

 

①1980万円

 ただし,b社から支払われるはずであった出演契約料等として,1作品あたり300万円から被告への報酬80万円を差し引いた220万円の9本分である。

 

②50万円

 ただし,b社の平成○年○月○日の撮影を直前にキャンセルしたことにより生じた衣装代,ロケバス代,人件費等の損害である。

 

③30万円

 ただし,「△△」の撮影を当日キャンセルしたことにより生じた損害である。

 

④400万円

 ただし,被告のタレント活動の売り込みのために要したグラビア仕事用の経費200万円の2回分である。

 

 

 

【被告の主張】

 

 いずれも理由がない。

 

 

(3)争点3一権利濫用に該当するか

 

【被告の主張】

 

 原告に何らかの損害賠償請求権が認められるとしても,その請求をすることは,本件全体の人権侵害性に照らせば,権利の濫用に該当する。

 

 

【原告の主張】

 

 被告は自らの自由意思により原告との間で契約を締結し,それに基づくアダルトビデオへの出演も他者の強制ではなく自ら決め,演技したのであるから,本件に人権侵害性など全くなく,権利の濫用に該当しない。

 

 

 

 

 

 

第3当裁判所の判断

 

1 認定事実

 

 上記前提事実,証拠(甲2~7)及び弁論の趣旨によれば,以下の事実が認められる。

 

(1)原告が第1次契約を締結した目的と,契約書の記載内容

 

 原告は,被告をしてアダルトビデオに出演させ,ヌードにさせることを主たる目的として,当時未成年であった被告との問で,親権者の同意を得ることなく,業務内容に「アダルトビデオ」を明示しない第1次契約を締結した。この契約は,民法5条2項により取り消しうべき契約である。

 

(2)第1次契約に基づくアダルトビデオの撮影

 

 そして,原告は,第1次契約に基づき,被告が未成年の間は露出度の高いグラビア撮影等に従事させ,●●●平成○年○月に,1本のアダルトビデオのため複数回にわたり撮影に従事させた。

 

(3)第2次契約に基づき1000万円くらいの違約金がかかることの告知

 

 原告は,平成○年○月○日,●●●被告をして,業務内容に「アダルトビデオ」を明示した第2次契約の契約書に署名指印させた。そして,原告は,被告に対し,あと9本のアダルトビデオへの出演が決まっていること,これを拒否した場合には1000万円くらいの違約金がかかることを告げて,第2次契約に基づき,被告をアダルトビデオの撮影に従事させようとした。

 

(4)被告が解除の意思表示をした理由

 

 被告は,グラビア撮影の内容及びアダルトビデオへの出演が,第1次契約の当初より被告の意に反する業務であったため,平成○年○月○日のグラビア撮影及び翌○日のアダルトビデオ撮影の直前である同月○日に,支援者を通じて,原告に対し,第1次契約及び第2次契約を解除する旨の意思表示をした。

 

 

 

 

2 検討

 

 上記前提事実及び認定事実に基づき,被告の不出演が債務不履行にあたるかを検討する。

 

 

(1)契約の性質

 

 第1次契約及び第2次契約の内容は,被告が出演するものについて原告の決定に従わねばならず(8条1項),出演しなかった場合に損害賠償義務を負うとされているのに対し(9条1項,6項),被告の得られる報酬の額や支払方法にっいて具体的な基準は定められていない(7条1項,2項)。実際にも,被告がどんなグラビア撮影やアダルトビデオ撮影に従事するかについては,被告の意思にかかわらず,原告が決定していた。また,原告が芸能プロダクションの運営等を目的とする会社であり,被告以外にもアダルトビデオに出演する女優を多数マネジメントしてきたと考えられるのに対し,被告は,第1次契約の当時は18歳になって間もない高校生であり,第2次契約を締結したのも●●●であった。

 これらの実情に照らすと,第1次契約及び第2次契約はいずれも,被告が原告に対してマネジメントを依頼するというような被告中心の契約ではなく,原告が所属タレントないし所属AV女優として被告を抱え,原告の指示の下に原告が決めたアダルトビデオ等に出演させることを内容とする雇用類似の契約であったと評価することができる。

 そうすると,被告の解除は,2年間という期間の定め(3条)のある雇用類似の契約の解除とみることができるから,契約上の規定にかかわらず,「やむを得ない事由」があるときは,直ちに契約の解除をすることができるものと解するのが相当である(民法628条)。

 

 

(2)直ちに解除することの可否

 

 アダルトビデオへの出演は,原告が指定する男性と性行為等をすることを内容とするものであるから,出演者である被告の意に反してこれに従事させることが許されない性質のものといえる。それなのに,原告は,被告の意に反するにもかかわらず,被告のアダルトビデオへの出演を決定し,被告に対し,第2次契約に基づき,1000万円という莫大な違約金がかかることを告げて,アダルトビデオの撮影に従事させようとした。したがって,被告には,このような原告との問の第2次契約を解除する「やむを得ない事由」があったといえる。

 

(3)債務不履行の有無

 

 そうすると,仮に第2次契約に基づき被告に平成○年○月○日のグラビア撮影及び同月○日のアダルトビデオ撮影等への出演義務があったとしても,被告の民法628条に基づく同月1日の解除により,第2次契約に基づくこれらの義務は消滅したと認められる。

 

 したがって,被告がこれらの撮影に出演しなかったことは,債務不履行にあたらない。以上により,その余の点を判断するまでもなく,被告は原告に対し,債務不履行による損害賠償義務を負わない。

 

 

第4結論

 

 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 原克也 裁判官 外山勝浩 裁判官 藤田直規)