在留期間更新許可申請不許可処分等取消請求事件

 

 

 

 

  東京地方裁判所判決/平成24年(行ウ)第763号、平成25年(行ウ)第640号、平成26年(行ウ)第164号、 平成27年2月4日判決、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 原告(韓国籍の女性,留学の在留資格・資格外活動許可有す)が,入国審査官から入管法24条4号イ号に該当するとの認定(本件認定),同管理局長から本件更新不許可処分(原告の在留期間更新申請不許可の決定)・同条ロ号に該当する認定,及び同認定に対する異議申出は理由がない旨の本件裁決,並びに入国管理局主任審査官から退去強制令書発付処分(本件退令発付処分)を各受けたことから,本件認定等の前記各処分等はいずれも違法である等として,同認定・各処分等の取消し及び国賠法に基づく損害賠償を求めた事案。裁判所は,原告は,本件認定時に入管法24条4号イ号に該当すると認められることから,本件認定は適法であるとし,原告の在留状況は悪質であることから本件変更不許可処分は適法であり,本件裁決・本件退令発付処分も適法である等として,請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

        

 

 

 

 

事実及び理由

 

 

 

 

 

第1 請求

  

1 東京入国管理局入国審査官が原告に対して平成24年8月17日付けでした出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条(平成26年法律第74号による改正前のもの。以下同条について同じ。)4号イに該当するとの認定(以下「本件認定」という。)を取り消す。

  

2 東京入国管理局長が原告に対して平成24年10月29日付けでした原告の同年8月22日付けの在留期間の更新の申請(以下「本件申請」という。)を不許可とする旨の決定(以下「本件更新不許可処分」という。)を取り消す。

  

3 東京入国管理局長が原告に対して平成25年8月19日付けでした入管法49条1項に基づく原告の異議の申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

  

4 東京入国管理局主任審査官が原告に対して平成25年9月19日付けでした退去強制令書発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)を取り消す。

  

5 被告は,原告に対し,117万5000円及びこれに対する平成26年5月30日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

 

 

 

 

第2 事案の概要

    

 本件は,大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する外国人の女性であり,留学の在留資格を受け,かつ,いわゆる資格外活動の許可を受けていた原告が,

 

 

 

(1)東京入国管理局入国審査官から本件認定を受け,東京入国管理局長から本件更新不許可処分を受け,東京入国管理局入国審査官から入管法24条4号ロに該当するとの認定を受け,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下,法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長を総称して,「法務大臣等」という。)から本件認定及び上記の同号ロに該当するとの認定に係る原告の異議の申出には理由がない旨の本件裁決を受け,東京入国管理局主任審査官から本件退令発付処分を受けたことにつき,

 

①原告は同号イには該当しないから本件認定は違法であり,本件認定を前提とする本件更新不許可処分,本件裁決及び本件退令発付処分も違法である,

 

②原告は日本人の男性と婚姻を前提に同居していたことなどからすれば,在留を特別に許可すべきであって,本件裁決には法務大臣等の裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があり,これに基づく本件退令発付処分も違法であると主張して,本件認定,本件更新不許可処分,本件裁決及び本件退令発付処分の各取消しを求めるとともに,

 

 

 

(2)本件退令発付処分により原告が収容されていた入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)の所長が原告に対してした仮放免を許可しない旨の処分(以下「本件仮放免不許可処分」という。)は,処分の時点では配偶者となっていた上記の日本人の男性が身元保証人となっていることや原告の健康状態等を考慮しなかったもので同所長の裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があり,原告はこれにより精神的苦痛を受けたとして,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の規定に基づく損害の賠償として117万5000円及びこれに対する本件仮放免不許可処分の日の後である平成26年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

  

 

 

 

 

1 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

   

 

(1) 原告の身分事項

    

ア 原告は,1979年(昭和54年)○月○○日に韓国において出生した韓国の国籍を有する外国人の女性である。

    

イ 原告は,平成25年9月17日,日本人の男性であるD(以下「D」という。)と婚姻した。

   

 

 

(2) 原告の入国及び在留の状況

    

ア 原告の前回(1回目)の入国及び在留の状況について

    

(ア) 原告は,平成23年9月17日,東京国際空港(以下「羽田空港」という。)に到着し,東京入国管理局羽田空港支局入国審査官から,在留資格を短期滞在とし,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した(以下,この入国を「前回の入国」という。)。

     

(イ) 原告は,平成23年12月15日,羽田空港から本邦を出国して韓国に帰国した。

    

イ 原告の今回(2回目)の入国及び在留の状況について

    

(ア) 原告は,平成24年1月4日,成田国際空港に到着し,東京入国管理局成田空港支局入国審査官から,在留資格を短期滞在とし,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した(以下,この入国を「今回の入国」という。)。

     

(イ) 原告は,平成24年3月14日,東京入国管理局千葉出張所において,在留資格を留学とし,在留期間を6月とする在留資格の変更を受けた。

     

(ウ) 原告は,平成24年4月12日,入管法19条2項の規定に基づくいわゆる資格外活動の許可を申請し,同日,「新たに許可された活動内容」を出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「入管法施行規則」という。)19条5項1号に規定する活動とし,許可期限を同年9月14日とする資格外活動の許可を受けた。

       

 なお,同号は,1週について28時間以内(留学の在留資格をもって在留する者については,在籍する教育機関が学則で定める長期休業期間にあるときは,1日について8時間以内)の収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動(風俗営業若しくは店舗型性風俗特殊営業が営まれている営業所において行うもの又は無店舗型性風俗特殊営業,映像送信型性風俗特殊営業,店舗型電話異性紹介営業若しくは無店舗型電話異性紹介営業に従事するものを除き,留学の在留資格をもって在留する者については教育機関に在籍している間に行うものに限る。)旨を定めている。

     

(エ) 原告は,平成24年5月2日,再入国の許可を受け,同月3日,本邦を出国し,同月6日,上記の再入国の許可により本邦に入国した(乙1,2)。

     

(オ) 原告は,平成24年8月22日,本件申請をした。

     

(カ) 東京入国管理局長は,平成24年10月29日,本件更新不許可処分をし,原告にその旨を通知した。

     

(キ) 原告は,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けることなく,前記(カ)の本件更新不許可処分の通知を受けた日である平成24年10月29日を超えて本邦に残留した。

   

 

 

 

 

(3) 原告に係る退去強制の手続の状況等について

   

ア 原告の摘発等

     

(ア) 東京入国管理局千葉出張所入国警備官は,平成24年7月3日,千葉県警察本部及び千葉県千葉中央警察署と合同で,千葉市中央区中央2丁目所在のいわゆる風俗営業(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)2条1項2号)が営まれている営業所である飲食店「□□」(以下「本件就労先」という。)に立入調査を実施した際,同所において就労中の原告を摘発した(乙9。以下,このことを「本件摘発」という。)。

     

(イ) 千葉件(ママ)千葉中央警察署の警察官は,平成24年7月4日,入管法70条1項4号違反の罪に係る現行犯人として原告を逮捕した(乙12。以下,この逮捕に係る被疑事件を「本件刑事被疑事件」という。)。

     

(ウ) 千葉地方検察庁検察官は,平成24年7月24日,本件刑事被疑事件について公訴を提起しない処分(いわゆる起訴猶予)をした(乙1,10,12)。

    

 

 

イ 本件認定

     

(ア) 東京入国管理局千葉出張所入国警備官は,原告につき入管法24条4号イに該当すると思料される容疑者として違反調査をし,平成24年7月24日,原告が同号イに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入国管理局主任審査官から収容令書の発付を受け,同収容令書を執行し,原告を東京入国管理局収容場に収容した(乙1,10から14まで。以下,このときの収容を「1回目の収容」という。)。

     

(イ) 東京入国管理局千葉出張所入国警備官は,平成24年7月25日,原告を東京入国管理局入国審査官に引き渡した(乙15)。

     

(ウ) 東京入国管理局入国審査官は,原告につき,平成24年7月26日に1回目の違反審査をし,同年8月2日に2回目の違反審査をし,同月6日に3回目の違反審査をし,同月9日に4回目の違反審査をした(乙1,16から20まで)。

     

(エ) 東京入国管理局主任審査官は,平成24年8月16日,原告の収容期間を30日間延長した(乙1,22)。

     

(オ) 東京入国管理局入国審査官は,平成24年8月17日,原告につき5回目の違反審査をし,その結果,本件認定をするとともに,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,東京入国管理局特別審理官に対し口頭審理を請求した(乙23)。

     

(カ) 東京入国管理局特別審理官は,平成24年8月29日,Dを立会人として,原告につき口頭審理をし,その結果,本件認定が誤りがないと判定し,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し異議の申出をした。

     

(キ) 東京入国管理局主任審査官は,平成24年9月19日,原告を仮放免した(以下,この仮放免を「1回目の仮放免」という。)。

    

 

 

 

ウ 本件裁決及び本件退令発付処分等

     

(ア) 東京入国管理局入国警備官は,平成24年11月8日,原告につき入管法24条4号ロに該当すると思料される容疑者として違反調査をし,同日,同事件を東京入国管理局入国審査官に引き継いだ(乙1,31,32)。

     

(イ) 東京入国管理局入国審査官は,平成24年11月12日,原告につき違反審査をし,その結果,同日,原告が入管法24条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しないとの認定をし,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,東京入国管理局特別審理官に対し口頭審理を請求した。

     

(ウ) 東京入国管理局特別審理官は,平成24年11月26日,Dを立会人として,原告につき口頭審理をし,その結果,同日,前記(イ)の認定が誤りがないと判定し,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し異議の申出をした。

     

(エ) 東京入国管理局長は,平成25年8月19日,原告の前記イ(カ)及び前記(ウ)の各異議の申出に対し,本件裁決をし,東京入国管理局主任審査官に本件裁決を通知した。

     

(オ) 前記(エ)の通知を受けた東京入国管理局主任審査官は,平成25年9月19日,原告に本件裁決を通知するとともに,本件退令発付処分をし,東京入国管理局入国警備官は,同日,これを執行し,原告を東京入国管理局収容場に収容した(以下,この収容を「2回目の収容」という。)。

    

 

 

 

エ 本件仮放免不許可処分等

     

(ア) 東京入管入国警備官は,平成25年11月1日,原告を東日本センターへ移収した。

     

(イ) 原告は,平成25年11月5日,東日本センター所長に対し,仮放免を請求したが,東日本センター所長は,同年12月17日,原告の仮放免を許可しない旨の処分をした。

     

(ウ) 原告は,平成26年1月7日,東日本センター所長に対し,再び仮放免を請求した(以下,この請求を「本件仮放免請求」という。)が,東日本センター所長は,同年2月25日,本件仮放免不許可処分をした。

     

(エ) 原告は,平成26年4月4日,東日本センター所長に対し,仮放免を請求した(乙53)。

     

(オ) 東日本センター入国警備官は,平成26年5月14日,原告を東京入国管理局収容場へ移収し,同月16日,原告を東日本センターへ移収した(乙50)。

     

(カ) 東日本センター所長は,平成26年5月30日,前記(エ)の請求により原告を仮放免した。

   

 

 

 

 

(4) 本件訴えの提起等(当裁判所に顕著な事実)

    

ア 原告は,

 

①平成24年11月6日,本件認定及び本件更新不許可処分の各取消しを求める訴え(同年(行ウ)第763号事件)を提起し,次いで,行政事件訴訟法19条1項前段の規定に基づき,

 

②平成25年10月1日,本件裁決及び本件退令発付処分の各取消しを求める訴え(同年(行ウ)第640号事件)を,

 

③平成26年4月9日,本件仮放免不許可処分の取消しを求める訴え(同年(行ウ)第164号事件)を,それぞれ上記①の訴えに併合して提起し,さらに,

 

④同年6月13日,同法21条1項に基づき,上記③の訴えの目的たる請求を前記第1の5記載のとおり被告に対する損害の賠償の請求に変更することを申し立て,当裁判所は,同年7月1日,同申立てに係る変更を許す決定をした。

    

 

イ 平成26年5月15日,東京入国管理局収容場において,本件訴えに係る原告本人尋問及びDの証人尋問がされた。

  

 

 

 

 

 

2 争点

   (1) 本件認定の適法性(争点1)

   (2) 本件更新不許可処分の適法性(争点2)

   (3) 本件裁決の適法性(争点3)

   (4) 本件退令発付処分の適法性(争点4)

   (5) 本件仮放免不許可処分の国賠法上の違法性の有無及び損害(争点5)

  

 

 

 

 

 

3 争点に関する当事者の主張の要点

   

 

(1) 争点1(本件認定の適法性)について

   

(原告の主張の要点)

    

ア 入管法24条4号イの該当性の判断について

     

 入管法24条4号イは,「第19条第1項の規定に違反して収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者(人身取引等により他人の支配下に置かれている者を除く。)」と規定し,同法19条1項違反の事実を直ちに退去強制事由としていないことや,同法が,無許可の資格外活動を刑事罰の対象としつつ,上記活動を「専ら行っている」と明らかに認められる者という要件に該当しない限り,無許可の資格外活動によって刑罰を受けたこと自体では退去強制事由としていないこと(同法73条,70条1項4号,24条4号リ)などに照らせば,同法24条4号イの定める退去強制事由に当たるか否かは,原告の本邦における学生としての生活及び就労等の状況,就労に至った経緯,学費及び生活費の支出状況,本国からの送金の状況及び使途等を総合考慮して在留を正当化する本来の在留資格である留学が実質的に変更されたものと認められるか否かという観点から判定すべきである(東京地裁平成17年(行ウ)第368号同18年8月30日判決・判例タイムズ1305号106頁参照)。

      

 被告の主張するように,他の事情を考慮せずに,報酬を受ける活動が,本邦滞在中の必要経費を賄おうとする程度に至っていたか否かを唯一の判断事情として,入管法24条4号イにいう「専ら行っていた」か否かを判定しようとするのは,上記のような裁判例の判断枠組みと一定の要件の下に留学生に資格外活動の許可を与え得るとした同法の趣旨を超えて,留学生らの報酬を受ける活動それ自体を厳しく制限しようとする解釈論であり,不当である(東京高裁平成18年(行コ)第244号同19年3月28日判決参照)。

    

イ そして,以下に述べる事情に照らせば,原告の在留資格である留学が実質的に変更されたとはいえず,原告は入管法24条4号イ(資格外活動)に該当しない。

     

 

(ア) 原告は真に留学目的で本邦に入国したこと

     

 原告は,2010年(平成22年)頃からソウルで小規模のカフェを経営していたが,2011年(平成23年)春頃,高速道路で追突事故(以下,この事故を「韓国における交通事故」という。)に巻き込まれ,当時運悪く自動車保険が切れていたため,約5000万ウォンの多額の負債を抱え,経営していた店舗も手放すに至っていた。そうしたところ,原告に対し,「日本に行けば働きながら勉強ができる」と日本行きを勧める人物(実はホステスを本邦における就労先に斡旋するいわゆるブローカーと思われる。以下,この人物を「韓国の知人」という。)が現れ,原告自身も学生時代にしていたデザインの勉強を日本でしたいと考え,日本行きを決意し,来日した。

       

 原告が真に勉強することを目的として本邦へ入国したことは,原告の学問への熱意を原告が在籍していた△△学院(以下「本件学校」という。)の校長や友人等が等しく認めていること,原告は,平成25年7月に施行された独立行政法人国際交流基金及び公益財団法人日本国際教育支援協会主催の日本語能力試験において,N2レベルに合格し,文字・語彙及び文法いずれもA判定を受けていることからも明らかである。

     

 

(イ) 資格外活動が学業を阻害したものではないこと

      

 原告が本件就労先においてホステスとして就労することにより資格外活動をしていたことは事実であるが,後記ウに詳述するとおり,原告は,原告の経済的困窮に乗じたブローカーやブローカーと密接な関係にある本件就労先の経営者であるE(以下「E」という。)から多額の借金を負わされ,本件就労先で就労することを余儀なくされていたものであり,ブローカー組織による違法なホステス斡旋行為,いわば人身取引の被害者であって,本件就労先で稼働することは原告の自由意思に基づくものではなかった。

       

 そして,原告は,後記ウのとおり,借金を背負わされ店に拘束される中でも,平成23年11月頃から本件学校の短期聴講生として日本語の勉強を始めている。このような逆境の中にあって勉学を始めた原告の姿勢は,原告の勉学への強い意欲を示している。

       

 原告は,本件学校の短期聴講生を終えた後,平成24年4月から本件学校の日本語本科進学コース(2年)に入学したが,その頃から腹部に圧痛を感じるようになり,同月3日頃から××クリニックに通院せざるを得なくなり,さらに同年6月19日頃,腹痛で動けないほどになり,同クリニックの紹介で千葉市立青葉病院(以下「青葉病院」という。)で受診し,上行結腸憩室炎と診断された。同病院では入院を勧められるほどに病状が悪かったが,金銭的余裕がないことや学校をなるべく休みたくないことから,入院を断り通院治療を受けた。病気のために同年4月と同年6月の本件学校への出席日数はそれぞれ52%,61%にとどまったが,比較的体調がよかった同年5月には出席率84%であった。

       

 そのような状況にあっても,原告の勉強態度は熱心であり,成績も極めて優秀であった。本件学校の校長及び原告の友人たちもその学業成績を重んじて,原告のために入国管理局に対し寛大な処置をお願いする旨の書面を作成して提出している。

       

 被告は,原告は本件学校を欠席しても本件就労先はほとんど欠勤していないと主張するが,そもそも店舗の営業時間は病院の受付時間と重なっていないから,通院のために店舗を欠勤していないとしても当然のことである。また,原告が稼働先を休んだ日数が少ないのは,後述のとおり原告が稼働先から事実上の拘束を受けていて,病気を理由で休むことすら許されなかったためである。

       

 以上のとおり,原告が本件学校を休んだことはやむを得ない不可抗力によるものである。

     

 

(ウ) 以上,前記(ア)及び(イ)に述べた諸般の事情を勘案すれば,原告の在留資格である留学が実質的に変更され,原告が報酬を受ける活動を「専ら行っている」と認められるほどに在留資格の実質的な変更があったとはいえず,原告について,入管法24条4号イの規定に違反した事実はない。

    

 

 

 

ウ 原告が人身取引の被害者であること

    

 

(ア) 「人身取引」の定義等について

     

a 入管法2条7号が平成17年の改正により「人身取引等」の規定を置く契機となった国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し,抑止し及び処罰するための議定書(甲28の1。以下「人身取引議定書」という。)は,人身取引について,「この議定書の適用上,(a)人身取引とは,搾取の目的で,暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使,誘拐,詐欺,欺もう,権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて,人を獲得し,輸送し,引き渡し,蔵匿し,又は収受するこという。搾取には,少なくとも,他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取,強制的な労働もしくは役務の提供,奴隷化若しくはこれに類する行為,隷属又は臓器の摘出を含める。(b)(a)に規定する手段が用いられた場合には,人身取引の被害者が(a)に規定する搾取について同意しているか否かを問わない」と定義している(同議定書3条)。

        

さらに,同議定書は上記の定義を前提としつつ,人身取引の被害者の地位について,「1 締結国は,前条の規定に基づく措置をとることに加え,適当な場合には,人身取引の被害者が一時的又は恒久的に当該締約国の領域内に滞在することを認める立法その他の適当な措置をとることを考慮する。2 締結国は,1に規定する措置を実施するに当たり,人道上の及び同情すべき要素に適当な考慮を払う。」(同議定書7条)と規定している。

      

 

b 我が国は平成17年6月の国会において人身取引議定書を承認し,これを受けて刑法に人身売買罪を新設するなどの法の改正が行われたのであって,このような法の改正の経緯に照らせば,入管法24条4号イを解釈するについても,同議定書の「人身取引」についての定義を念頭に入れなければならない。同法2条7号にいう「人身取引等」の定義からは,同議定書にいう「権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずる」という手段を用いた場合が抜け落ちているように見えるが,我が国が意図的に,同議定書の内容に反してこれらの手段を用いることを容認したのではなく,むしろそのような手段を用いる場合も当然同号にいう「略取」「誘拐」に合まれるものと解すべきである。

      

c ところで,「人身取引」とは,人身取引議定書の定義規定に従って解釈するとしても,必ずしも一義的に明確な概念ではないところ,具体的にいかなる事情があれば「人身取引」に該当するといえるかについては,NPO法人人身取引被害者サポートセンター◇◇の提示する「人身取引チェックリスト」(甲52)の指標が非常に有用である。この指標は,人身取引による支配の結果として被害者に定型的に現れやすい現象を一般化したものであり,外形的な事実による判断材料として有用である。

     

 

 

(イ) 原告が人身取引の被害者に該当すること

      

 以下に述べる本件の各事情に照らせば,原告は正に前記(ア)に述べたような人身取引の被害者であるといえる。

      

a 原告の本件就労先における就労は,ブローカーによる強制に基づくものであり,原告には稼働先を選択する自由はなかったこと

       

原告の来日の口利きをした人物は,いわゆるブローカーとみられ,原告は韓国における交通事故により多額の借金を負っていたという窮状につけこまれ,韓国において,本邦への渡航費用等,当該ブローカーから多額の借金を負わされていた。そして,原告は,当該ブローカーの手引きで来日したその日に,Eによる面接を受けたが,原告が就職を断るかどうか決めるような場面ではなく,原告が上記のとおりブローカーから多額の借金をしていたことや,Eがブローカーと密接なつながりを有しており,ブローカー等の紹介で不法就労者を受け入れることが常態化していたことを勘案すれば,原告には本件就労先において稼働するかどうかや稼働先を選択する自由はなかった。

      

b 原告はEから経済的に拘束されていたこと

      

 

 

(a) 違法な前借金などにより拘束されていたこと

        

 Eは,原告が本件就労先で稼働するに当たり,多額の前貸しをし,その返済の名目で原告の毎月の給与から多額の差引きをしていたところ,そもそも将来の労働を前提として労働者に金銭を貸し付け,これを将来の賃金から差し引くことは明確に労働基準法(以下「労基法」という。)に違反しており,罰則をもって禁じられる違法性の高い行為であって(同法17条,同法119条1項),場合によっては公序良俗違反として無効とされることすらあり得る(最高裁昭和28年(オ)第622号同30年10月7日第二小法廷判決・民集9巻11号1616頁)。

         

本件においては,

 

①Eからの前借金の中にはブローカーが負担した航空券代や当座の生活費が含まれており,少なくともその程度の前貸しをすることは原告の本邦への入国の前から決まっていたと考えられること,

 

②原告はEからの働きかけにより前借りをするに至ったのであることからすれば,ブローカーから紹介された原告を本件就労先に引き止めて拘束する手段として多額の前貸しがされていたことは明白であって,原告がその自由意思により前借りをしたものではない。

         

 また,本件就労先においては,深夜労働に対する割増賃金の不払,遅刻に対する法外なペナルティの給与からの一方的な差引きなどの労基法に違反する行為も行われており(同法24条1項),最終的に原告が受け取っていた給与の手取り額は3万円に満たないことすらあった。さらに,原告は,本件就労先と連携するブローカーでもある衣料品店「○×」から衣服を購入することを強制され,給与支給日には衣服購入代金を強制的に徴収されていたが,これは実質的には「○×」が原告を本件就労先へ斡旋したことに対する斡旋料の支払であった。原告は,このように本件就労先はもとより,本件就労先と連携するブローカーからも経済的に搾取されていた。

       

(b) 原告が居住していた本件就労先の寮(以下「本件寮」という。)の賃料等の名目により搾取されていたこと

        

 本件寮は,6畳間とキッチン兼リビングがあるのみであったが,そこには多い時で5,6名も寝泊まりさせられるという劣悪な環境であり,電気料が支払われず電気が止められることが3回もあった。それにもかかわらず,Eは,本件寮の賃料や光熱費名目で原告の給与から毎月約4万5000円を差し引いていたのであって,これは明らかに暴利であり,賃料等名目での搾取にほかならない。

       

 

(c) 本件就労先において休暇を取る自由や退職する自由がなかったこと

        

 原告は前記イ(イ)のとおり,平成23年6月頃から上行結腸憩室炎により本来入院しなければならないほどの病状であったが,Eに対し病状を具体的に話して休暇の希望を申し入れても拒絶されており,病気であっても休暇を取ることができなかった。

         

 また,原告は多額の前借金により本件就労先を円満退職の形で任意に退職することは不可能であったし,前借金により経済的束縛を受けていたばかりでなく,留学生として日本語学校に通学していたのであるから,逃げるためには本件学校を辞めるしか方法がないところ,本件学校を辞めることは在留資格を失い不法滞在者になることを意味するから,原告は逃げることすらできなかった。Eは,原告の一時帰国も許しているが,それはこのように原告が留学生であって学校を辞めることは在留資格を失うことを意味することを熟知していたからにほかならない。Eは,ブローカーを通じて他の店から逃げたがっているという女性を受け入れた経緯もある。いったんブローカーの手に落ちた女性は店から店へ回されて搾取の対象とされるのである。

      

 

c 原告が,E又はその関係者から行動を監視され束縛を受けていたこと

       

本件寮の鍵は,Eから管理を任されていたいわゆるチーママことF(以下「F」という。)が一つ所持しており,同人は度々本件寮の様子を確認しに来ていた。

        

また,Eは,原告が平成23年12月に韓国へ一時帰国した際にも,韓国で原告と連絡を取り,追い貸しをして経済的な束縛を強め,さらに,平成24年1月4日,原告と同日に日本に再入国するなど,原告の帰国時も原告がEの手から逃れることのないように,原告の行動を逐一見張っていた。

        

そして,原告は逮捕直前に本件寮から出ているところ,転居先の賃貸借契約の名義人であるGなる人物は,本件就労先の常連客であり,原告に対し何度も賃貸借契約の名義人となることを申し出たこと,原告の帰国時にも同行していること,原告の前借金を一部肩代わりしていること,後日原告に対しストーカー的行為をしていることに鑑みれば,退寮を希望している原告をつなぎ止め囲い込むことを目的として原告に近づき,退寮後の住居を世話したことは明らかである。このように,原告が退寮しても拘束状態はなお続いていた。

     

 

(ウ) 以上の事実関係からは,原告は,原告の経済的困窮に乗じたブローカー組織による違法なホステス斡旋行為の被害者であり,原告は,経済的にも,また日常生活の上でも実質的拘束を受け,経済的,性的搾取を受けていたといえる。

       

これらの原告の事情を前記「人身取引チェックリスト」と照らし合わせても,特に「仕事や生活への影響」として挙げられた8項目については,未成年者を対象とする項目を除くとほとんど全てが原告に当てはまる。特に前借金による経済的束縛や割増賃金の不払による経済的搾取,就労先の選択や退職の自由がなかったことは極めて重大であり,経済的束縛・抑圧と評価するに十分すぎる。

       

したがって,原告は入管法24条4号イ括弧書きにいう「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」又はこれに準ずべき境遇にあったといえる。

    

 

エ なお,以上のような苦境の中にあっても勉学意欲を持ち続け,日本語を学んでいた原告の勉学に向けた姿勢が真摯かつ真意に出たものあることは疑う余地がない。

      

よって,万一,原告が入管法24条4号イにいう「専ら行っていると明らかに認められる」としても同括弧書きにより除外されるべき者であり,さらに百歩譲って原告が厳密な意味での「人身取引等」の被害者とはいえないとしても,前記の諸事情によれば,原告の本件就労先における就労は,原告に対する経済的束縛の結果であって,原告の自由意思によるものとは到底認められないから,結局原告は自ら報酬を受ける活動を「専ら行っている」ということはできず,いずれにしても,原告に対し同号イを適用すべきではない。

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(被告の主張の要点)

    

 

ア 入管法24条4号イの退去強制事由

      

本邦に在留する外国人が入管法24条4号イの上記退去強制事由に該当するというためには,

 

①同法19条1項の規定に違反していること(以下「要件①」という。),

 

②当該外国人が行った活動が「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動」(以下「報酬活動」という。)であること(以下「要件②」という。),

 

③当該外国人が報酬活動を「専ら行っている」こと(以下「要件③」という。),

 

④当該外国人が報酬活動を専ら行っていると「明らかに認められる」こと(以下「要件④」という。)が必要である。

    

 

 

イ そして,以下に述べるとおり,原告については,前記アの各要件をいずれも満たしており,入管法24条4号イの退去強制事由に該当する。

     

 

(ア) 原告が入管法19条1項の規定に違反していること(要件①)

       

原告は,前提事実のとおり,平成24年4月12日に留学の在留資格に基づく資格外活動の許可を受けた。しかし,原告は,入国当日から本件摘発を受けた同年7月3日までの間,上記許可の対象外である風俗営業が営まれる本件就労先において,「X1’」の通称名でホステスとして継続して稼働していた。

       

このように,原告は,資格外活動の許可を受ける前の入国当日から不法に就労活動に従事し,同許可を受けた後も,その対象外である風俗営業(風営法2条1項2号,入管法施行規則19条5項1号)が営まれる営業所においてホステスとして稼働していたのであるから,かかる原告の活動が,入管法19条1項の規定に違反していることは明らかである。

     

 

(イ) 原告が行った活動が報酬活動であること(要件②)

       

 

「報酬を受ける活動」とは,一定の役務の提供に対する対価を受ける活動をいう。

       

原告は,本件就労先においてホステスとして働いていたところ,その勤務内容は,勤務日が定休日である日曜,祝日を除くほぼ毎日で,少なくとも1か月に20日は出勤し,原告が本件就労先から得ていた給与は1か月当たり額面平均約35万円であり,本件就労先から少なくとも計300万円の収入を得ていた。

       

このように,原告は,本件就労先においてホステスとして働き,給与(報酬)を得ることにより,その労務の提供に対する対価を受けていたのであり,かかる原告の活動が「報酬を受ける活動」に該当することは明らかである。

     

 

(ウ) 原告が報酬活動を「専ら行っている」こと(要件③)

      

a 入管法24条4号イは,本邦に在留する外国人について,報酬活動を「専ら行っている」と明らかに認められる者を退去強制の対象としており,同法19条1項に違反するだけでは直ちに退去強制の対象とはしていない。そして,「専ら行っている」とは,在留の目的たる活動が,本来の在留資格の活動から実質的に変更されたと評価できる程度まで在留資格外の活動を行っていることをいう。

      

b 短期滞在の在留資格と要件③との関係等

        

短期滞在の在留資格を基礎付ける活動は,飽くまで本邦に一時的に滞在することで達し得る非就労活動を想定しているのであって,上記の在留資格では,日常生活に伴う臨時の報酬を受ける活動を行うことは可能であるものの,原則として,就労活動をすることができない。しかし,原告は,短期滞在の在留資格による上陸許可を受けた当日から一貫して,報酬活動に従事していたのであり,上記の在留資格を基礎付ける活動とはおよそかけ離れた活動に従事していたといえるから,原告は報酬活動を専ら行っていたといえる

     

 c 留学の在留資格と要件③との関係

        

留学の在留資格を有する者が本邦において行うことができる活動は,「本邦の大学,高等専門学校,高等学校(中等教育学校の後期課程を含む。)若しくは特別支援学校の高等部,専修学校若しくは各種学校又は設備及び編制に関してこれらに準ずる機関において教育を受ける活動」(入管法別表第一の四の表の留学の項)に限定され,報酬活動を行ってはならないと定められており(同法19条1項2号),留学の在留資格を取得するためには,本邦に滞在するための費用を支弁する十分な資力や支弁のための手段を有することが必要とされていることからすれば,我が国は,就労しつつ勉学する活動を行う外国人を受け入れる出入国管理政策を採用せず,同法は,本邦において,報酬を受ける活動をしながら,その報酬によって勉学する活動を維持しようとする者には,そもそも留学の在留資格を付与せず,本邦への上陸及び在留を認めない立場を採っていると解される。したがって,留学の在留資格をもって本邦に在留する外国人が,たとえ就労と勉学を両立させ,真面目に大学等に通学して良好な成績を修めていたとしても,そのような就労活動は,留学という在留資格によって同法が保護を予定する活動ではないのである。

        

以上に述べたことからすれば,留学の在留資格で在留する外国人が在留資格外の報酬活動を行い,その程度が本邦滞在中の必要経費を賄おうとするまでに至っている場合には,学業の遂行自体が就労によって阻害されていないとしても,もはやそれは,入管法の予定する留学の在留資格たる活動には当たらないことになる。この場合,当該外国人は,在留目的たる活動が留学の在留資格たる活動から変更されたと評価される程度まで資格外の報酬活動を行ったことになるのであるから,同法24条4号イにいう報酬活動を「専ら行っている」との要件に該当するというべきである。

        

なお,入管法は,平成21年法律第79号(平成22年7月1日施行分)による改正により,新たに,資格外活動を理由に禁錮以上の刑に処せられたことを独立の退去強制事由とすることが規定され(入管法24条4号),さらに,同号は執行猶予の言渡しがないことを要件としない旨が規定された。したがって,本件においては,前記の改正経緯を踏まえた検討が求められるべきであり,原告が資格外活動としてもそもそも許されない風俗営業に従事していたことの違法性,悪質性は,「専ら行っている」ことの認定判断において十分しんしゃくされるべきである。

      

 

d 原告の真の入国目的は就労目的であったこと

       

たとえ原告の本邦への入国の動機中に留学等の学業に係る目的が一部あったとしても,それは飽くまでも原告が以後も永年にわたって本邦で就労しながら生活を続けるための副次的なものにすぎず,原告に係る違反調査における原告の供述,実際の原告の本件就労先における就労状況及び当該就労で得た金員の使途等に照らせば,原告の本邦への入国の真の目的は,本邦で就労して収入を得ることにあったというべきである。

        

また,本件刑事被疑事件の取調べにおける原告の供述(乙43・6,7頁)によれば,原告自身,資格外活動の許可を得ていたとしてもホステスとして働くことが違法であることを認識していたことや,本件就労先が摘発を受けることも想定し,その場合の対応についても周到に準備していた状況が認められることからも,原告が当初から本邦での就労について確固たる意思,意欲を持って入国したことが強くうかがわれる。

      

e 原告が本件就労先における報酬活動によって本邦滞在中の必要経費を賄っていたこと

       

前記cにおいて述べたとおり,外国人が留学の在留資格に該当する活動を行うためには,本邦に滞在するための費用を支弁する十分な資力や支弁のための手段を有することが必要とされるところ,原告が提出した在留資格認定証明書交付申請書(乙3)及び在留資格変更許可申請書(乙39)には,この経費支弁者として,原告の父の氏名が記載されていた。しかしながら,原告に係る退去強制の手続における原告の供述によれば,実際に,原告の両親が原告に係る上記経費を支弁していた事実は認められない。

        

他方,原告は,本件就労先の経営者から,本邦での生活費や就学先とされる本件学校の授業料等を前借金として借り受け,本件就労先においてホステスとして働いて得た給与(収入)から同前借金を返済していたものである。

        

以上からすれば,そもそも原告には留学の在留資格を受けるに足りる経費支弁能力はなく,本件就労先からの給与(収入)のみによって本邦滞在中の一切の経費を賄っていたといえる。

      

 

 

f 本件就労先における報酬活動が原告の学業を阻害していたこと

      

(a) 原告は,平成24年4月から本件摘発を受ける同年7月3日までの間,本件学校の日本語本科進学コース(2年)に在籍していたものであるが,同校が作成・提出した出席証明書等(乙40及び41)を前提として原告の就学状況をみたとしても,原告の出席時数率は,同年4月が約48パーセント,同年5月が約75パーセント,同年6月が約53パーセントにとどまっており,「出席率一覧表」(乙41)に記載されている他の学生の出席時数率と比較しても低い数値となっている。

         

また,本件学校から提出された出欠簿(乙42)によれば,原告が在籍する上記コースの授業カリキュラムが開始された平成24年4月3日から本件摘発を受けた同年7月3日までの総授業日数は61日であったが,そのうち,原告が1時限でも授業に出席した総日数は41日にとどまっており,残りの20日間は終日欠席していたことが認められる。さらに,原告が出席したとされる各日の出席状況の詳細をみても,1時限目の授業を遅刻又は欠席した日数が13日,2時限目の授業まで遅刻又は欠席した日数が4日,3時限目の授業まで欠席した日数が1日,4時限目の授業を欠席した日数が1日あることが認められ,これらを差し引くと,原告が遅刻等することなく授業に終日出席した日数は,上記総授業日数の僅か約3分の1にすぎないこととなる。

         

この点,原告は,上記のように平成24年4月からの授業に満足に出席できなかったのは,上行結腸憩室炎による体調不良のためであった旨主張し,その証拠として通院先であった××クリニック等の診療録(甲14,15)を提出するが,原告は,同年6月19日に上行結腸憩室炎に罹患しているとの診断を医師から受け,翌日の同月20日にも診察を受けているところ,原告は同日に本件寮から引っ越しを行い,一人暮らしを始めたというのであるから,上記のような授業への出席状態となるほどに,原告の病状が重篤な状態にあったとはおよそ考え難い。実際に原告は,その翌々日である同月22日から,学校については欠席をしているものの,本件就労先への出勤を再開していることを併せ鑑みれば,原告の出席状況の悪さの主たる原因が,原告が主張する病気による体調不良ではないことは明らかである。

         

原告自身も,原告に係る退去強制の手続や本件刑事被疑事件の取調べにおいて,自己の就労が学業を阻害していたことを認めている。

       

(b) 以上からすれば,前記(a)で明らかにした平成24年4月以降の原告の授業への出席状況の悪さの原因は,決して原告の病気による体調不良のみによるものではなく,その大半は,むしろ本件就労先における報酬活動にあったことは明らかである。すなわち,かかる原告の報酬活動が,留学の在留資格の本来の目的たる学業を阻害していたといえる。

      

g 以上のとおり,原告は,前回の入国当初から就労目的で本邦に入国し,その入国当日から本件就労先においてホステスとして働き始めたものである上に,留学の在留資格への在留資格変更許可を受けた後も,違法に在留資格外の報酬を受ける稼働を行い,その程度が本邦滞在中の必要経費を賄う以上にまで至っていたというべきであるから,もはやそれは,入管法の予定する留学の在留資格たる活動には当たらないものに至っていたというほかない。したがって,原告は,在留の目的たる活動が留学の在留資格の活動から変更されたと評価される程度まで,報酬活動を行ったことになるから,同法24条4号イにいう報酬活動を「専ら行っている」ものと認められる。

     

(エ) 原告が報酬活動を専ら行っていると「明らかに認められる」こと(要件④)

       

報酬活動を専ら行っていると「明らかに認められる」とは,証拠資料,本人の供述,関係者の供述等から,当該資格外活動を専ら行っていることが明白であると認められることを意味する。

       

これを本件についてみると,前記(ウ)のとおり,原告は,入管法24条4号イにいう報酬活動を「専ら行っている」ものであるが,この事実は,原告の供述のほか,上記関係各証拠によって明らかに認められる。

    

 

ウ 原告は人身取引の被害者には該当しないこと

    

(ア) 入管法第2条7号について

      

入管法2条7号は,「人身取引等」について,「イ 営利,わいせつ又は生命若しくは身体に対する加害の目的で,人を略取し,誘拐し,若しくは売買し,又は略取され,誘拐され,若しくは売買された者を引き渡し,収受し,輸送し,若しくは蔵匿すること。」などと定義している。

       

「略取」とは,暴行・脅迫を手段として,人をその生活環境から不法に引き離し,自己又は第三者の事実上の支配下に置くこと,「誘拐」とは,欺もう・誘惑を手段として,人をその生活環境から不法に引き離し,自己又は第三者の事実上の支配下に置くこと,「売買」とは,代価を伴う人の売り買い,すなわち人に対する不法な支配の移転をいう。

     

(イ) 入管法50条1項3号について

      

入管法50条1項3号は「人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであるとき。」と規定しているところ,同号は,法務大臣が在留を特別に許可することができる者として,人身取引等の被害者である外国人を掲げたものである。

       

ここでいう「人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留する」とは,人身取引等により本国の生活環境から不法に引き離されて,その行動に制限を加えられ自由を奪われた状況下で本邦に在留している状態をいう。現時点では暴行・脅迫等がなくても,従前の暴行等の影響が続いていることにより,他人の支配から逃れることができない状態にあると認められれば,これに該当する。

     

 

(ウ) 原告が人身取引等の被害者ではないこと

     

a 原告の本件就労先における就労等はブローカーによる強制に基づくものではないこと

       

原告の真の入国の目的が就労目的であったと認められることは,前記イ(ウ)dに述べたとおりである。そして,原告は,本邦への入国に当たり原告自ら韓国の知人に来日や就労に係る手配を依頼し,本邦への入国前に本邦での労働内容,労働条件について予め説明を受け,本件就労先における給与や前借金の金額についても本件就労先の経営者と自らの意思で対等に交渉した上で決定しており,本件就労先での就労を拒否した状況はうかがわれない上,本件就労先の経営者に辞職の意思を伝えたこともなかった。

        

これらに加え,前記(ア)に述べたとおり,人身取引等とは,入管法2条7号イないしハに掲げられたものをいうところ,原告は,18歳未満の者には該当しない上,「略取」,「誘拐」又は「売買」されて本邦に入国したものでもないことから,同法50条1項3号にいう「人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するもの」には当たらない。更にいえば,本件訴えのうち本件認定及び本件更新不許可処分の取消しを求める訴えを提起した後に実施された原告の不法残留に係る口頭審理において,原告は,借金は自発的に行ったものであり,自らの借金のために働きに来たこと,自ら借金を申し出たことを自認している。

        

以上から明らかなとおり,原告が,暴行・脅迫を手段としてブローカーに略取されるなどして,本件就労先における就労を強制されていたものとは到底いえず,人身取引等の被害者に当たらないことは明らかである。

      

b 原告がEから経済的に拘束されていた事実は認められないこと

      

(a) 原告は前記aに述べたとおり,自らの意思に基づいてEと対等に交渉した上で前借りをしたものであり,さらに,この前借金については,利息や連帯保証人もなく,不当に搾取されていたともいえない。

         

また,原告が真に経済的に拘束されており,強制的に労働をさせられていたというのであれば,拘束から解放されるために借金を減らすことに専念するはずであるが,原告は,前借金の返済を優先することなく,本国に月々約8万円から10万円もの金員を送金し,本件学校の授業料についてもEから借り入れることで自己の借金を増やした上,本件寮の賃料に比して倍額以上する部屋に転居している。さらに,原告は,前借金が返済されていることを明らかにする給与明細書を自らの意思で廃棄し,保管していなかったというのであり,このような原告の行動には経済的な拘束を受けていた者としての切迫感は何ら感じられない。そして,Eも,原告の前借金が残っていた状態であったにもかかわらず,原告の韓国への帰国を容認していた。

         

以上からすれば,原告は自己の意思でEから前借金をしたものであって,およそEから経済的拘束を受けていたとはいえない。

       

(b) 労働基準法17条に違反する給与の天引きがされていたとしても,これにより直ちに,原告の本件就労先における就労が人身取引等に該当する拘束となるわけではないし,実質的にみても,本件就労先が原告の給与から前借金の返済や本件寮の賃料の名目で天引きをしている状況は認められるものの,上記のとおり前借金の返済についてEとトラブルになったこともないこと,原告が本件寮の賃料や光熱費についても,原告が過分な支払をしていたという状況も認められないこと,さらに,原告が本件就労先から支払われていた報酬(一晩当たり2万2千円ないし2万7千円)は,本件就労先の所在地である千葉県の平均賃金(日給5984円)と比較しても極めて高額であったことからすれば,給与からの前借金等の天引きをもって,原告に対する経済的搾取ないし拘束であるとはいえない。

      

c 原告が行動を監視され束縛を受けていた事実は認められないこと

      

(a) 本邦における原告の行動についてみると,原告は前回の入国後,本件寮で生活しながらホステスとして稼働し,平成23年11月以降は本件学校に聴講生として在籍し,在留期限が到来する前には,本件就労先に対して未返済の前借金が残っていたにもかかわらず,本件就労先の経営者から強制的に引き留められるなどといったこともなく,特段問題なく本邦を出国して帰国した。

         

また,原告は,今回の入国後も本件寮で暮らしながら,本件学校において聴講生として,平成24年4月からは正規生として日本語本科進学コースに在籍し,同年5月には,再入国許可を得て特段問題なく出入国したのみならず,同年6月には,本件寮を出て一人で暮らし始めた。

         

さらに,原告の日常生活をみても,本件学校の授業がない土曜日及び日曜日は自分のために時間を使っていたというのである。以上からすれば,原告が,強制的に働かされ,行動の自由を奪われていたことをうかがわせる事実すら何ら認められず,この点からも原告は人身取引等の被害者とは到底いえない。

       

(b) 原告は,原告が平成23年12月に韓国へ一時帰国をした際に,Eがあえて韓国でも原告に連絡をとり,追い貸しをして経済的束縛を強めただけでなく,原告と同じ日に本邦に再入国して原告の行動を逐一見張っていたなどと主張するが,原告が本邦を出国してから再入国するまでの期間は,同月15日から平成24年1月4日の間であるところ,Eが本邦を出国したのは平成23年12月30日であって,原告が出国した同月15日から2週間以上も後のことである。また,本件就労先の休業日が日曜日又は祝日であることをも併せ鑑みれば,Eが上記日時にその本国である韓国に帰国をし,本件就労先の営業が再開する平成24年1月4日に本邦に再入国したとしても何ら不自然ではない。

         

それをおくとしても,原告に係る退去強制の手続における原告の供述によれば,原告は,韓国において,Eに対し金銭に困っていることを明確に述べた上で,自らの意思でEから新たに前借金を借りることができる状況にあったことが見て取れる。

         

また,原告が転居先の住居においてGから行動の自由を奪われていたことをうかがわせる事実は何ら認められないし,原告の供述を見ても,Gからストーカー行為を受けていたとの事情もうかがえない。

         

むしろ,原告は,原告に係る退去強制の手続において,当初,Gのことを恋人だと供述しており,Gに新たな住居に転居する際の賃借名義人となってもらった上,敷金,礼金も払ってもらっているほか,70万円以上の金員を借りているところ,かかる借金については借用書も作成されておらず,利息もかからないものであったというのであるから,Gが原告に対して連絡をとるなどの対応をしたとしても殊更不自然であるとはいえず,そのことからGが本件寮からの退寮を希望していた原告をつなぎ止める目的で原告に近づいていたなどとは到底いえない。

      

d 原告が性的搾取を受けていた事実は認められないこと

       

原告の本件就労先における業務内容は,一般的なホステスが行う活動であり,原告は,本人尋問においても,性的サービスとか売春といった類の行為を客に提供したことはない旨を述べているのであるから,原告が本件就労先において「性的搾取」を受けていたと認めることはできない。

      

e 以上のとおり,原告に係る具体的事情を併せみれば,原告が本邦に入国した動機・経緯や,前回の入国及び今回の入国の後の本件就労先における一連の就労状況等は,いずれも原告の自発的意思に基づくものであることは明らかであり,原告が人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであったとは到底認いえない。したがって,この点に関する原告の上記主張には理由がない。

    

エ まとめ

     

以上のとおり,原告は,要件①ないし④のいずれも満たし,かつ,人身取引により他人の支配下に置かれている者でもないから,短期滞在及び留学の在留資格により在留していた間の原告の就労状況が,入管法24条4号イの退去強制事由に該当することは明らかである。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2) 争点2(本件更新不許可処分の適法性)について

   

(原告の主張の要点)

     

前記(1)の(原告の主張の要点)で述べたとおり,本件認定処分は事実を誤認した違法な処分であり,これに基づいた本件更新不許可処分も明らかな事実誤認に基づいた処分であって,東京入国管理局長の裁量の範囲を明らかに逸脱する違法なものであるから,取り消されるべきである。

    

 

(被告の主張の要点)

    

ア 在留期間の更新に係る法務大臣等の裁量が極めて広範であること

    

 国家は,外国人を受け入れる義務を国際慣習法上負うものではなく,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に受け入れるか否か,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決することができるのであり,憲法上も,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁)。

      

入管法21条が原則として一定の期間を限って外国人の我が国への上陸及び在留を許し(同条1項,2項),その期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは(同条3項),法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況,在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり,在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは,更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ,その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からであると解されるから,同法21条3項の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣の裁量権の範囲が広範なものとされているのは当然のことである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決)。この理は,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長にも妥当する。

      

そうすると,同法21条3項の在留期間の更新の許否の判断については,その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる。

    

イ 本件更新不許可処分が適法であること

    

(ア) 原告は,本件更新不許可処分の時点において,本件就労先においてホステスとして稼働しており,専ら報酬活動に従事することで,資格外活動をしていたことが明らかに認められる者であり,かつ,人身取引等により他人の支配下に置かれている者に当たらないから,入管法24条4号イの退去強制事由に該当し,法律上当然に退去強制されるべき外国人に当たることは前記(1)の(被告の主張の要点)で述べたとおりである。同条に列挙された退去強制事由に該当する者は,類型的に見て,我が国社会に滞在させることが好ましくない外国人といえる。我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその根幹に取り込んで成立しているのであって,外国人が我が国において許可なく資格外活動を行うという事態は,我が国の出入国管理政策の根幹に反するものである。

     

(イ) 原告に係る退去強制の手続における原告の供述によれば,故意に違法な資格外活動を行っていたものであり,本件摘発がなければ,本件就労先での報酬活動を継続していたものであって,この点に関する原告の遵法意識は欠如しているものというほかない。

       

そして,平成24年4月からの本件学校における就学状況は決して芳しくない上,原告は,その提出した在留資格認定証明書交付申請書(乙3)及び在留資格変更許可申請書(乙39)において,その経費支弁者について原告の父の氏名を記載していたが,実際には原告の両親が原告に係る経費を支弁していた事実がなかったのみならず,原告に係る退去強制の手続におけるその供述によれば,今回来日する以前から親に仕送りを頼む気持ちは一切なく,親にも自分で働いてやっていくと話していたというのであり,内容虚偽の上記各申請書に基づいて不正に留学の在留資格を得ていた。かかる原告の行為は,入管法22条の4第1項3号ないし4号に該当し,在留資格の取消しの対象となり得る行為である。

       

さらに,原告は,本件学校の入学手続において,これを容易にするため,自らブローカーに連絡を取り,10万ウォンの謝礼を支払った上で虚偽の残高が記載された残高証明書の交付を受け,これを同校に提出するという不正行為もしていた。

     

 

(ウ) 以上のような原告の姿勢は,我が国の適正な出入国管理制度を阻害するものであることは明らかであって,到底看過し得ない。

     

(エ) 以上のとおり,原告の在留状況は悪質であり,東京入国管理局長が本件更新不許可処分において原告に「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」がないと判断したことは,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえないから,本件更新不許可処分は,東京入国管理局長の裁量権を逸脱又は濫用するものとはいえず,適法である。

   

 

 

 

 

 

 

 

(3) 争点3(本件裁決の適法性)について

   

(原告の主張の要点)

    

ア 在留特別許可の許否の判断についての法務大臣の裁量権の範囲について

     

在留特別許可の許否を判断するに当たり,法務大臣に裁量権が認められるとしても,その判断が事実的基礎を全く欠き,又は社会通念上妥当性を著しく欠くことが明らかである場合は,裁量権の逸脱・濫用があるといわざるを得ない。

      

そして,裁量権の逸脱・濫用の有無を検討するに当たっては,憲法24条1項及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権B規約」という。)17条1項,23条1項の趣旨により,当該外国人と日本人との婚姻関係が存在する場合には,婚姻に至った経緯及び今後の両名の精神的肉体的結合の継続可能性という観点からその当否を判断し,配慮することが要請されているというべきである。また,平成16年の入管法の改正時,国会においては,「退去強制手続,在留特別許可等の運用に当たっては,当該外国人の在留中に生じた家族的結合等の実情を十分考慮し,画一的な運用とならないよう留意すること」との附帯決議がされており,平成18年に法務省入国管理局が作成し公表した「在留特別許可に係るガイドライン」(甲42。以下「ガイドライン」という。)においても外国人の在留中に生じた婚姻関係は重要な積極的要素とされている。したがって,被告が主張するように「不法残留という違法状態の上に築かれた婚姻は法的保護には値しない」として画一的な許否判断を行うことはそもそも許されるべきではなく,そのような画一的な基準による在留特別許可の許否判断を行うこと自体が裁量権の逸脱・濫用になるというべきである。

    

イ 本件裁決は,原告が入管法24条4号イに該当するとして原告の在留期間の更新を不許可としたことが適法であることを前提とした処分である。しかし,そもそも本件認定及び本件更新不許可処分が違法であることは前記のとおりである。

      

さらに,次のとおり,原告の異議は認められるべき事情があるが,それにもかかわらず原告の異議の申出には理由がないとした本件裁決は,処分庁が本来考慮すべき事情を考慮することなく行ったものであって,処分庁に許された裁量権の範囲を逸脱した違法がある。

     

 

(ア) 原告は,日本人の男性であるDと婚姻を前提として同居していること

      

原告は,逮捕の前である平成24年5月頃から,Dと結婚を前提として交際していた。

       

Dは,新聞販売等を業とし,約80名の従業員を使用する有限会社の代表者であり,年間1500万円余の給与収入を得て,安定した生活を送っている。Dは,原告との交際を開始した当時,日本人女性(以下「元妻」という。)と婚姻していたが,平成11,12年頃から完全別居の状態であり,両名の婚姻関係は既に実質的に破綻していた。Dは,原告が本件摘発に伴い逮捕され,それまで毎日やりとりしていた原告との連絡が途絶えると,消息を尋ねて,警察に逮捕されたことを知り,金銭,衣服類の差し入れをし,警察から東京入国管理局に身柄が移り面会が可能になると,ほぼ毎日面会に行った(Dは,2回目の収容後も東京入国管理局,東日本センターにほぼ毎日通っていた。)。また,Dは,原告の逮捕後,原告が多額の借金をさせられていることを知ると,D自身の自発的な発案により,原告の借金を解消するために経済的援助をした。

       

さらに,Dは,本件更新不許可処分を知りつつも「どうしても原告と一緒にいたい」という強い想いで,平成24年9月19日,原告が仮放免されるとともに原告と同居を開始し,平成25年8月6日付けで元妻との離婚が成立したのを受けて,同年9月17日付けで松戸市役所に婚姻届を提出して原告と婚姻した。

       

以上のとおり,原告は,Dとの真摯な愛情に基づく共同生活を1年余り経て,婚姻したもので,両名の精神的肉体的結合は真摯かつ強力なものであり,将来にわたって継続するであろうことが容易に予測できるのであって,Dと深い愛情で結ばれている原告を韓国に送還することは,その関係を物理的に切断するという極めて非人道的な結果をもたらすことが予測される。

       

また,原告とDの関係は,それぞれの親族,周囲の多数の友人知人が認め,祝福をしているものであって,両名の関係は社会的にも認知された成熟した関係である。

       

以上の諸事情に鑑み,また,憲法24条1項,国際人権B規約17条1項,23条1項,さらに平成16年の入管法改正時の附帯決議において「当該外国人の在留中に生じた家族的結合等の実情を十分考慮」すべしとされていること,またそれを受けてガイドラインが制定され公表されたほか,在留特別許可の事例が毎年公表されるに至ったこと等を勘案すれば,原告とDの婚姻関係は,真摯な愛情に基づいた安定した実態を伴うものとして法的に保護すべきである。

     

 

(イ) 原告の在留状況の悪質性は軽微であること

      

原告が本件刑事被疑事件において逮捕されたことを考慮に入れたとしても,そもそも,原告は入管法24条4号イに該当しないというべきであるし,万一,該当するとしても,原告は多額の前貸しやその返済等の名目での給与からの天引き等明らかに違法な労働条件により経済的に拘束されていた人身取引の被害者とみるべきであること,他方,本件で原告が争う同法違反の点(不法残留の点を含む。)を除けば,原告は,我が国においても本国においても,格別法令違反を犯してはおらず,善良な市民生活を送ってきた者であって,留学生としての勉学態度も誠実であった。

       

したがって,先に述べた憲法24条,国際人権B規約17条,23条の精神に鑑みるならば,原告が本件認定を受けたこと(もちろんそれ自体が事実誤認であることは,再三主張しているとおりである。),あるいはその後の本件更新不許可処分の結果として不法残留の状態となったことを過大視し,原告の在留の状況が悪質であり,「違法状態の上に築かれた婚姻関係は保護に値しない」などとするのは不当である。更にいうならば,被告の主張する「違法状態」なる原告の形式的な不法残留の状態は,上記のような事実誤認による本件更新不許可処分と,それを争う間に必然的に生じたものであるから,これを一般の不法在留と同一視することは許されないというべきである。なぜなら,それは結果として東京入国管理局長の処分を争う者への不利益な扱いを一般的に容認することとなり,外国人の手続上の権利主張を抑圧し,萎縮させる結果をもたらすからである。

       

むしろ,我が国が人身取引議定書を批准しこれに伴う法改正等を行った趣旨に鑑みるなら,原告は形式的に非難し退去強制の処分を行う対象ではなく,法的庇護の対象とされなければならないはずである。人身取引の被害者を形式的な不法滞在者として検挙して退去強制の手続に乗せることは,人身取引の被害者がその被害を当局に申告することをためらわせるのに十分であり,その結果,人身取引の発覚を送らせ,困難ならしめる。それは結局,当局がブローカーの手助けをするのと同様の効果をもたらしている。その意味でも,本件裁決には,法務大臣等の裁量権の逸脱濫用があることは明らかであり,違法といわざるを得ない。

     

 

(ウ) 本件裁決は他の事例と比較して均衡を欠くこと

      

また,法務省が公表する在留特別許可の事案と比べても,原告の在留特別許可はむしろ認められるべきものであることは明白である。すなわち,そもそも人身取引の被害者については全員について在留特別許可が認められている。また,逮捕を端緒とした事案で違反期間が20年7月と相当長期にわたる事例でも,在留特別許可が認められているケースもある。原告にはこれらの場合と比べて特に悪質とみるべき事情はなく,むしろ酌量すべき事情が存するのは明らかであるから,原告についての本件裁決等は明らかに均衡を失する判断というほかなく,処分庁にある程度の裁量権があることを考慮に入れたとしても,法務大臣等の裁量権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。

    

ウ 以上のとおり,原告はそもそも入管法24条4号イに該当しないが,仮に該当するとしても,Dとの真摯な愛情により結ばれた婚姻関係は法的に保護されるべきであり,それを無視してされた本件裁決及び本件退令発付処分は,事実的基礎を全く欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明白であるから,裁量権の範囲を逸脱し濫用したものであることが明白であり,取り消されるべきである。

    

 

 

 

 

(被告の主張の要点)

    

ア 国家は,外国人を受け入れる義務を国際慣習法上負うものではなく,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に受け入れるか否か,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決することができるのであり,憲法上も,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもないことは,前記のとおりである。

      

在留特別許可は,入管法上,退去強制事由が認められ退去させられるべき外国人につき,法務大臣等が恩恵的措置として特別に与え得るものにすぎず,その許否の判断に当たっては,在留期間の更新と比較しても,法務大臣等に極めて広範な裁量が認められている。

      

そして,在留特別許可の許否の判断に当たっては,退去強制事由に該当する外国人が類型的に本邦に滞在させることが好ましくない者といえることも踏まえた上で,当該外国人の個別的事情のみならず,諸般の事情をその時々に応じて総合的に考慮し,我が国の国益を害さず,むしろ積極的に利すると認められるか否かを検討すべきであり,そのような判断は,出入国管理行政全般について国民や社会に対して責任を負う法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねるのが相当である。そうすると,在留特別許可をしないという法務大臣等の判断が裁量権の逸脱,濫用に当たるとして違法とされるような事態は容易には想定し難いというべきであり,極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,それは,在留特別許可の制度を設けた同法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られる。

    

 

イ 既に述べたとおり,本件認定及び本件更新不許可処分はいずれも適法であり,原告が入管法24条4号イ(資格外活動)及びロ(不法残留)の退去強制事由にいずれも該当することに誤りはないから,原告は,法律上当然に退去強制されるべき外国人に該当する。

      

そして,本件においては,以下のとおり,原告の在留を特別に許可すべき特別な事情があるとはいえないから,本件裁決に裁量権の範囲からの逸脱又はその濫用はなく,本件裁決は適法である。

    

ウ 原告は,入管法24条4号イの退去強制事由に該当する上,在留資格取消しの事由となるような虚偽の記載をすることで不正に留学の在留資格を得ていたものであって,その在留の態様は甚だ悪質であることは,既に述べたとおりである。

    

エ 原告とDとの関係は在留特別許可の許否の判断において格別有利にしんしゃくすべき事情とはいえないこと

    

(ア) 在留特別許可も,在留資格制度(入管法2条の2)を前提とするものであり,およそ在留資格の該当可能性のない者に対し,在留特別許可を付与することはあり得ないから,本件において「考慮すべき事情」を検討するにしても,在留資格の該当性を基礎付けるような事情でなければならない。

     

(イ) 日本人との婚姻関係があることでさえ,在留特別許可の許否の判断に当たりしんしゃくされる事情の一つにすぎないこと

      

前記アのとおり,法務大臣等の在留特別許可の許否に関する裁量の範囲は極めて広いものであって,入管法は,在留特別許可を付与するか否かの判断に関して,特定の事項を考慮しなければならないとはしていないし,同法のその他の規定を検討しても,その判断において,日本人や永住者等の配偶者について,そうでない者と区別して,一律に特別の取扱いをすべき法的地位を付与しているものとは解されない。

       

このように,退去強制事由に該当する外国人と日本人との間に法的に婚姻が成立していても,当然に保護されなければならないものではないから,かかる事案との対比からいえば,本件のように本件裁決時点において婚姻が成立していない事案では,日本人との関係を考慮するとしても,それが婚姻の本質に適合した実質を備えたものであるか否かを問わず,より保護の必要性が低い。

     

(ウ) 不法残留という違法状態の上に築かれた婚姻は法的保護に値しないこと

      

原告とDとの婚姻関係は,原告の不法残留という違法状態の上に築かれたものであって,当然には法的保護に値しない。

     

(エ) 原告とDとの関係は安定かつ成熟した関係と認めることはできないこと

      

婚姻は,「両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的とした真しな意思をもって共同生活を営むことを本質とする」ところ(最高裁平成11年(行ヒ)第46号同14年10月17日第一小法廷判決・民集56巻8号1823頁),原告とDとの間には安定かつ成熟した婚姻関係と同視し得る関係が形成されていたとはいえない。すなわち,原告とDとの関係については,本件摘発時には,法律上の婚姻関係が成立していなかった上,原告の主張を前提としても,結婚を前提に交際を開始したとされる平成24年5月頃からの交際期間は,本件裁決がされた平成25年8月19日の時点で,およそ1年3か月にすぎず,同居をした期間をみても,本件摘発後の平成24年9月19日から本件裁決までの僅か11か月にすぎない。

       

また,原告は,当初,同年7月24日に行われた違反調査では,「G」なる人物が恋人であるとした上で,同人名義の部屋に居住している旨供述していたのであり,その後,自身の恋人はDであると供述を変遷させているのであって,このような供述の経過からすれば,そもそも原告が本件摘発の前の同年5月頃から結婚を前提に交際をしていたとの主張自体,その真偽は非常に疑わしいといわざるを得ない。さらに,原告は,同年7月26日に行われた違反審査当時においても,Dが他の日本人女性と婚姻関係にあることを知らなかったことなどに照らせば,本件摘発時点はもとより,退去強制の手続当時においても,両名の間に確固たる婚姻意思があったとは評価し難い。

       

以上のとおり,原告とDとの関係については,たとえ原告の主張を前提としたとしても,交際期間及び同居期間が短期間であることに加え,そもそも両者の関係についての原告の主張自体に疑義があることに照らせば,本件裁決時点において,両名の間に十分に安定かつ成熟した婚姻関係と同視し得る関係が形成されていたとは到底認められないから,在留特別許可の許否判断において格別積極的にしんしゃくすべき事情とはいえない。

    

オ 原告が本邦に入国した動機,経緯や,前回の入国及び今回の入国における一連の就労の状況は,いずれも原告の自発的意思に基づくものであることは明らかであり,原告が人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留する者であったとはいえないことは既に述べたとおりである。

    

カ 原告を本国へ送還することに特段の支障はないこと

     

原告は,本国である韓国において生まれ育ち,韓国において教育を受けた後,飲食店を経営するなど,韓国において仕事に従事していたのであって,本邦に入国するまで,我が国とは何ら関わりのなかった者である。また,原告は,本邦においても本件就労先において就労するなど,稼働能力を有する成人である上,本国にいる両親と連絡を取り合っていることからすれば,本国との結び付きも相当程度有しているといえる。したがって,原告が本国に帰国したとしても,本国で生活する上で特段支障があるとはいえない。

    

キ 原告のその余の主張も失当であること

     

在留特別許可は,諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって,その許否を拘束する行政先例ないし一義的基準なるものは存在しない。したがって,在留特別許可を付与された他の事例と比較して本件裁決の違法をいう原告の主張は失当である。

    

 

ク 以上を総合すると,本件において,法務大臣等の極めて広範な裁量権を前提として,原告に在留を特別に許可しなければ入管法の趣旨に反するような極めて特別な事情があるとは認められない。

      

よって,原告に在留特別許可を付与しなかった東京入国管理局長の判断に裁量権の逸脱,濫用はないから,本件裁決は適法である。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(4) 争点4(本件退令発付処分の適法性)について

   

(原告の主張の要点)

     

前記(3)の(原告の主張の要点)のとおり,本件退令発付処分は,違法な本件裁決を前提とするものであって違法であるから,取り消されるべきである。

    

 

 

 

(被告の主張の要点)

     

退去強制の手続において,法務大臣等から「異議の申出が理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),退去強制令書を発付するについて主任審査官の裁量の余地はない。

     

よって,本件裁決が適法である以上,本件退令発付処分も当然に適法である。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

(5) 争点5(本件仮放免不許可処分の国賠法上の違法性及び損害の有無)について

   

(原告の主張の要点)

    

ア 仮放免の許否に関する入国者収容所長等の裁量権等

     

(ア) 自然権思想に基礎を置く憲法の保障する基本的人権は,原則として日本人のみならず外国人にも等しく保障されていると解すべきことは当然である。前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決は,「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は,権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」と判示し,外国人への基本的人権の保障についていわゆる権利性質説を採用しているものと解される。

       

上記判決は,同時に外国人の基本的人権は外国人在留制度の枠内で与えられているにすぎない旨判示するが,仮にそうであるとしても,入管法上の退去強制の手続において,外国人に人身の自由の保障や適正法定手続の保障が及ばないというわけではない。すなわち,人身の自由・適正法定手続の保障の問題と外国人在留制度上,外国人にいかなる要件の下でいかなる形の在留を認めるかとは全く別の問題であり,両者には何の関連性もない。

     

(イ) また,退去強制の対象となる外国人について,住居及び行動範囲の制限,出頭義務その他必要な条件を付して仮放免することができることは,入管法の許容するところであって(同法54条),退去強制の対象となる外国人を収容せずに手続を進めることが一般的に在留資格制度に対するびん乱につながるかのような被告の主張は,そもそも同法の定める仮放免制度そのものを否定するものにほかならず,不当である。

       

ところで,退去強制の手続における収容には期間制限が設けられていないことについて,国際連合の2011年(平成23年)3月11日付けの「移住者の人権に関する特別報告者 ホルヘ・ブスタマンテによる報告書」(甲50)は,「拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(以下「拷問等禁止条約」という。)3条に違反するものであって,入管法は送還を待つ間の収容の最長期間を導入する改正をするべきであるなどと日本国政府に勧告している。平成17年6月の刑法改正に伴う附帯決議が仮放免制度の運用について透明性を要請しているのも,このような国際社会における批判を受けてのことである。そして,これらの国際的な批判の高まりの中で,仮放免制度の現実の運用としても,昨今はより柔軟に仮放免を認める運用が行われ,過度に人身の自由を制限しないよう人権に配慮する扱いとなりつつある。

       

我が国は国際人権B規約の締結国であることはもちろん,平成11年には拷問等禁止条約を批准していること等も踏まえて仮放免の在り方を解釈すべきであり,処分庁の裁量を万能とする権威主義的な解釈は厳に慎むべきである。そうであるなら,仮放免の許否にある程度の裁量権が認められるとしても,裁量権の濫用逸脱が明らかに認められる場合には,当該仮放免を許可しない処分は違法となる。

    

イ 本件仮放免不許可処分の違法性

      

本件仮放免不許可処分は,そもそも先行する本件更新不許可処分及び本件退令発付処分が適法であることを前提とし,原告の収容を継続するものであるところ,これらの処分がいずれも違法であることは既に主張したとおりである。

      

また,上記の点をおくとしても,本件仮放免不許可処分は,裁量の範囲を超えた違法がある。すなわち,

 

①原告は,Dと婚姻しており,既に述べた同人の社会的地位,経済力,原告への真摯で強い愛情に照らせば,保護監督能力に欠けるところはないこと,

 

②原告は,現在,本件訴訟を遂行中であり,逃亡するおそれはないこと,

 

③原告の既往症,健康状態に鑑みれば,長期間の収容を継続するのは不適切である。

 

上記③については,既に主張しているように,原告は平成24年春頃から上行結腸憩室炎により治療を受けていた事実があり,油抜きの食事による対応を依頼していた。このように健康状態に不安を抱える原告を,何ら逃亡のおそれがなく,適切な身柄引受人があるにもかかわらず,長期間劣悪な環境に収容することは著しく妥当性を欠くというべきである。

      

本件仮放免請求について不許可としておきながら,東日本センター所長はそのわずか3か月後に態度を翻して仮放免を許可したことも,実際には原告の健康に不安を抱いてのことと推測される。なぜなら,その3か月間で特段の事情の変化は存しないからである。

      

このように,特段の事情の変化なくして平成26月5月30日に仮放免が許可されたことからすれば,同年2月25日付けの本件仮放免不許可処分の時点で,本来は仮放免を許可すべきであったということになる。

      

本件仮放免不許可処分と2回目の仮放免との間で,もしも何らかの事情の変更があるとすれば,それは,本件訴えに係る証拠調べの実施(同年5月15日)しかない。そして,証拠調べの実施後2週間で原告は仮放免されたこと,原告は本件訴えのうち本件認定及び本件更新不許可処分の取消しを求める訴えを提起した後,それまで仮放免されていたものが2回目の収容をされるに至ったという経緯に鑑みれば,要するに2回目の収容は,訴えを提起した外国人への実質的な懲罰であり,また,証拠調べに向けた代理人や関係者との打ち合わせを困難ならしめるためのものであったとみざるを得ない。現に,一旦仮放免され,仮放免の条件を遵守していた原告について,2回目の収容をしなければならなかった具体的な必要性は何一つ主張されていないからである。しかし,そのような懲罰の目的や訴訟遂行を妨害する目的で収容制度を利用することそれ自体が収容制度の本来の目的を越えた制度の濫用であり,違法であるといわざるを得ない。

      

以上の次第であるから,本件仮放免不許可処分は,原告の逃亡を防止するという目的と収容により原告が受ける精神的肉体的苦痛や健康状態悪化の具体的危険性とを比較考量するとき,著しく均衡を失するといわざるを得ず,裁量権の逸脱濫用により違法があることは明らかである。

    

 

 

 

ウ 原告の損害等

      

原告は,本件訴えのうち本件仮放免不許可処分の取消しを求める訴えを提起した後,平成26年5月30日付けで仮放免されたが,その間に特段の事情の変化はなく,本件仮放免不許可処分が違法であったことは変わらない。また,処分庁も本来仮放免を許可すべき事情があることを知りつつ故意又は重大な過失により本件仮放免不許可処分を行ったことは明らかである。

      

本件仮放免不許可処分により,原告は,本来ならより早期に仮放免されるべきであったにもかかわらず,平成26年2月25日から同年5月30日までの94日間,違法な身柄拘束を受けざるを得なかった。特にこの間の同月15日,本件訴えに係る証拠調べが行われているところ,原告はその当時収容中であったため,いわゆる所在尋問の日程の調整のために審理の長期化を余儀なくされたほか,代理人との打ち合わせに不便を来たし,原告本人が証人尋問に立ち会うこともできない等の不都合を強いられた。その他,原告の収容が長期化したことによる精神的肉体的苦痛には計り知れないものがあり,原告は少なくとも刑事補償法4条に定める刑事補償金上限額(身柄拘束期間1日当たり1万2500円)に相応する程度の慰謝料の支払として117万円(及びその遅延損害金)を受けるべき権利を有する。

    

 

 

 

(被告の主張の要点)

    

ア 仮放免の許否に関する入国者収容所長等の裁量権等

      

退去強制の手続は,容疑者の身柄を収容して行うのが原則である。退去強制の手続における収容の目的は,

 

①送還のための身柄の確保,

 

②在留活動を禁止することの2点である。

      

仮放免は,在留資格制度を根幹とする出入国管理制度の下,本来,本邦における在留活動が許されない者について,特別の事情が存する場合に例外的に認められる措置であって,入管法が仮放免許可の要件について何ら具体的な定めを置いていないことを併せ考えると,入国者収容所長等に広範な裁量が与えられているといえる。

      

それゆえ,仮放免を許可しないとの決定が違法となるのは,当該決定が仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど著しく裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたる場合に限られる。

    

 

イ 本件仮放免不許可処分の適法性

     

(ア) 本件更新不許可処分及び本件退令発付処分がいずれも適法であることは既に述べたとおりであるから,これら各処分の違法を前提とする原告の主張は理由がない。

     

(イ) 前記アに述べたとおり,仮放免の許否の判断については,入国者収容所長等に広範な裁量が与えられているのであるから,仮放免中の身元保証人があることは,仮放免の許否の判断の一事情にすぎず,これをもって当然に仮放免が認められるものではない。本件においても,原告は,平成24年1月4日に在留資格を短期滞在とする上陸許可を受けた当初から,同年3月14日に在留資格を留学とする在留資格の変更許可を受けて以降も,本件就労先で不法就労に従事していた上,在留資格認定申請及び在留資格変更申請において虚偽の記載をして不正に留学の在留資格を得ていたことなどに照らせば,原告に身元保証人があることを考慮しても,なお仮放免を許可することはできないと判断されたとしても,本件仮放免不許可処分には,仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど著しく裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたるとされるような特別の事情があるとはいえない。

     

(ウ) 前記アに述べたとおり,仮放免の制度は例外的な措置にすぎない上,退去強制令書に基づく収容の目的の一つは,退去強制を受ける者を隔離してその在留活動を禁止することにあり,入管法52条5項も,収容の要件として,退去強制を受ける者に逃亡のおそれがあることを要件としていない。したがって,たとえ原告に逃亡のおそれがないとしても,そのことが直ちに本件仮放免不許可処分の違法事由とはなり得ない。

     

(エ) また,①原告が収容されていた東日本センターにおいては,入管法及び同法61条の7第6項の規定に基づいて定められた被収容者処遇規則を踏まえ,十分な診療体制が整っており,専門的な診療が必要な場合は外部病院での受診も可能であること,②収容中の原告の健康状態や診療状況に照らしても,原告が収容に耐え難い状況であることをうかがわせる事情はなく,原告の健康状態は,本件仮放免不許可処分時において,収容の継続が困難なほど重篤な状態にあったとはいえないことからすれば,原告の健康状態や診療状況を踏まえても,本件仮放免不許可処分に裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用にわたる特段の事情はない。

     

(オ) 平成26年5月30日にされた仮放免は,本件仮放免不許可処分から約3か月後にされたものであり,その間原告の収容は継続していたことのみをもってしても,その間に特段の事情の変化はないとする原告の主張は,その前提において理由がない。

     

(カ) 以上のとおり,原告が主張する事由はいずれも理由がなく,これらをもって,本件仮放免不許可処分が仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するとはいえないのであり,その他,本件仮放免不許可処分に係る東日本センター所長の判断に裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたると認められるような特別の事情はないから,本件仮放免不許可処分は適法である。

    

ウ 国賠法1条1項における「違法」の意義

      

国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁等)。このように,同項にいう違法は,単に権利侵害の事実が認められるだけでは足りず,法律による行政の原理に基づき,公権力の行使には国民の権利ないし法益の侵害の危険を内包していることを前提として,公務員が職務上課せられている法的義務,すなわち,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するか否かという視点から判断されるべきであり(職務行為基準説),職務上の法的義務違背が肯定されるのは,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と公権力を行使したと認め得るような事情がある場合に限られると解すべきである(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成7年(行ツ)第116号同11年1月21日第一小法廷判決・裁判集民事91号27頁等)。

    

エ 以上によれば,本件仮放免不許可処分に係る東日本センター所長の措置等が国賠法上違法と評価されるのは,東日本センター所長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく,漫然と本件仮放免不許可処分をしたと認められるような事情がある場合に限られることになるところ,既述のとおり本件仮放免不許可処分は,それ自体もとより適法である上,東日本センター所長が,その広範な裁量権の下,前記イに述べた本件仮放免請求に係る事実関係に照らして本件仮放免不許可処分をしたことからすれば,東日本センター所長が職務上尽くすべき注意義務に違背した状況も何ら認められず,かかる東日本センター所長の行為に同法1条1項の適用上違法と評価されるようなものはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 前提事実及び各項末尾記載の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(以下,1記載の事実を「認定事実」という。)。

   

(1) 前回の入国の経緯等

    

ア 原告は,韓国で生まれ育ち,韓国の大学を3年生で休学した後,モデル,ホステスなどとして稼働し,2010年(平成22年)12月頃からはソウル市内で喫茶店を経営していた。

      

原告は,2011年(平成23年)春頃,韓国の高速道路において交通事故(韓国における交通事故)を起こし,この事故の被害者に対する示談金等の支払のため上記の喫茶店を閉店して清算をし,さらに,銀行等からも借り入れをし,最終的に約5000万ウォンの債務(以下「韓国における債務」という。)を負った。原告は,上記の喫茶店を閉店した後,韓国で仕事が見つからなかったところ,同年夏頃,韓国の知人から,日本に行けばホステスとして働きながら勉強することができると聞いたことをきっかけに,日本に行きたいと考えるようになった。

      

原告が韓国の知人にそのことを伝えると,同知人から,本邦で洋服店を経営する人物を紹介され,その人物にホステスとしての就労先を探してもらうことになった。原告が本邦に入国する直前の韓国における債務の額は,約2000万ウォンほどであった。

      (甲7,乙10,12,16,17,23,27,43,原告本人)

    

イ 原告は,本邦に入国する前に,韓国の知人から,本邦におけるホステスの業務の内容が客の隣に座って酌などをするものであることをはじめ,その労働条件,労働時間,賃金などの概要を聞いた(原告本人)。

   

(2) 本件就労先での就労の経緯等

     

原告は,前回の入国をした後,羽田空港まで迎えに来ていた男性に連れられて,衣料品店「○×」に行き,そこで同店の経営者であるH’ことH(以下「H’」という。)に会い,H’から本件就労先の経営者であるEを紹介された。

     

Eは,同所で原告と面接し,原告からこれまでの職歴,出身,年齢,入国の目的,韓国における債務を返済したいと思っていることなどを聞いた。Eは,原告の言動から,原告は短期滞在の在留資格で本邦に上陸したと思ったものの,当時,本件就労先ではホステスの数が少なかったことから,原告を採用することを決めた。Eは,面接の1,2日後,原告から直接,短期滞在の在留資格で本邦に在留していることを聞いた。

     (甲7,20,21,24,乙11,12,25,26,43,原告本人)

   

 

(3) 原告の本件就労先における稼働状況

    

ア 業務内容

      

本件就労先において,原告は,ホステスの業務に従事していたが,その内容は,客の隣に座って酌をしたり,客のたばこに火を付けたり,客と会話をしたりするというものであった。これに加えて,客と共に出勤するいわゆる同伴出勤をすることがあり,その回数等により,給与が加算されたり,ペナルティが課せられたりしていた。また,原告は,ホステスの業務に関連して,ほぼ毎日のように本件就労先の閉店後に客と食事に行っていた。原告の帰宅時間は平均して午前3時であった。

     (乙12,17,18,19,25,26,43)

    

イ 勤務時間等

     

(ア) 前回の入国時

       

原告は,前回の入国時は,入国の日である平成23年9月17日から韓国に帰国する前日である同年12月14日まで,本件就労先の休業日である日曜日及び祝日を除くほぼ毎日,午後7時から翌日の午前零時40分頃まで本件就労先で就労しており,就労した日数は,例えば,同年11月は23日,同年12月は12日であった(甲20,21,乙17,19,26,43,原告本人)。

     

(イ) 今回の入国時

       

原告は,2回目の入国時も,入国の日である平成24年1月4日から本件摘発の日である同年7月3日まで,病気で休んだ日のほかは,基本的には1回目の入国の際と同様の形態で就労しており(ただし,同年4月と5月の出勤時間は午後8時からであった。),就労した日数は,同年1月が23日,同年2月が24日,同年3月が26日,同年4月が24日,同年5月が21日,同年6月が22日であった。(甲20,21,乙12,16,18,19,23,31,43,原告本人)。

    

ウ 給与等

     

(ア) 原告は,本件就労先で稼働を開始してからしばらく後,Eに対して本件就労先における日給として1万7000円を原告に対し支払うことを要求し,Eは,仕事ぶりで変動することがあることを伝えた上で,これを承諾した。ただし,原告が同伴出勤をすることができなかったことから,1万6000円に減額されることもあった。

      (甲7,乙17,18,19,25,26)。

     

(イ) 原告の給与は,毎月末締めの翌月10日払いであり,Eから,現金,給与明細書及び対応する月のタイムカードが入った封筒を渡されていた。

       

給与明細書には,①基本給,②給与等の上乗せ分,③税金,Eからの前借金,本件寮の賃料及び光熱費,遅刻の場合のペナルティ等の差し引き分,④その時点の前借金の残額等が記載されていた。

      (乙12,17,18,26,原告本人)

     

(ウ) 原告の給与の額は毎月約35万円から40万円であったが,本件前借金の返済分が毎月約10万円から26万円,本件寮の賃料及び光熱費が毎月約4万円から4万5000円がそれぞれ差し引かれ,さらに遅刻の場合のペナルティ(1分100円)などが差し引かれることにより,原告の手取り額は,毎月おおむね10万円前後であり,多い月には約16万円のことがあったが,少ない月には1万1000円のこともあった。なお,本件就労先では,深夜の割増賃金は支払われていなかった。(甲7,27,乙12,17,18,19,26,原告本人)

   

(4) 前借金等

    

ア 原告は,本件就労先での就労を開始した数日後,Eに対し,給与の前借りとして,とりあえず100万円ほどを借りたい旨を申し入れ,平成23年9月21日に同人から110万円を借りた(以下「平成23年前借金」という。)。その使途の内訳は,韓国における債務の借換え分として100万円,H’が立て替えていた日本までの航空券の料金の支払分と給料日までの生活費として10万円であった。

     (甲7,21,乙12,17,19,26,35,43)

    

イ 原告は,前回の入国後,平成23年12月15日に韓国に帰国し,平成24年1月4日に今回の入国をしたところ,原告は,韓国に帰国していた間,同じく韓国に滞在していたEに金を借りたい旨を申し入れ,Eから500万ウォンから600万ウォンを手渡された(乙12,19,26)。

    

ウ 原告は,平成24年1月,Eに対し,給与の前借りとしてさらに140万円を借りたい旨を申し入れ,同月13日,同人から140万円を借りた(以下「平成24年前借金」といい,平成23年前借金と併せて「本件前借金」という。)。その使途は韓国における債務の残額の借換え分と平成23年前借金の残債務30万円の返済等であった。(甲7,乙12,17,26,35)

    

エ 原告は,平成24年1月頃,本件前借金により,韓国における債務を完済した。本件摘発の時点で,本件前借金の残額は,約70万円から75万円であった。(甲7,乙17,26)

   

 

(5) 原告の就学の状況

    

ア(ア) 前回の入国時

       

原告は,平成23年11月16日頃から,本件学校の短期聴講生として日本語の勉強を開始し,午後の「初級Ⅰレベル」の授業に参加した。短期聴講生であった同月から平成24年3月までの間,授業は月曜日から金曜日までの週5日で,授業時間は午後零時30分から午後4時30分までであり,同月から平成24年3月までの原告の授業日数中の出席日の割合(以下「出席日数率」という。)は32パーセント(71日中23日),授業時間中の出席時間の割合(以下「出席時数率」という。)は26パーセント(284時間中75時間)(内訳は,同年11月が出席日数率50パーセント及び出席時数率42パーセント,同年12月が出席日数率31パーセント及び出席時数率25パーセント,平成24年1月が出席日数率37パーセント及び出席時数率31パーセント,同年2月が出席日数率19パーセント及び出席時数率15パーセント,同年3月が出席日数率37パーセント及び出席時数率28パーセント)であった。

        (甲7,9,乙21,23,31,40)

     

(イ) 今回の入国時から本件摘発まで

      

原告は,平成24年4月2日,本件学校の日本語学科進学コースに正式に入学し,初級の最終段階から中級にかけての日本語を勉強する「A2」のクラスに在籍した。同日から同年7月までの間,授業は月曜日から金曜日までの週5日で,授業時間は午前9時15分頃から午後零時35分頃までであり,原告の出席日数率は67パーセント,出席時数率は60パーセント(244時間中147時間)(内訳は,同年4月が出席日数率52パーセント及び出席時数率48パーセント,同年5月が出席日数率84パーセント及び出席時数率75パーセント,同年6月が出席日数率61パーセント及び出席時数率53パーセント,同年7月が出席日数率100パーセント及び出席時間数率100パーセントであった。

        (甲7,8,9,乙12,21,23,40)

    

イ 原告の平成23年度後期の成績は,SA(90点から100点まで),A(80点から89点まで),B+(70点から79点まで),B(60点から69点まで),C+(50点から59点まで),C(49点以下)の6段階評価のうち,総合評価でB+(聴解B+,会話A,文字・語彙A,文法B+,読解B+,作文B+)であり,原告は,授業中に居眠りすることもなく,その授業態度は真面目であった。もっとも,原告は,本件就労先からの帰宅が遅くなった際などには,まだ酒酔いが抜けていない状態で翌日の授業に参加することもあり,また,短期聴講生であった期間は出席率が良くなかったことから,教員らが,原告に対し,もっと授業に参加するようにと指導したこともあった。(甲10,11,乙17,18,21,原告本人)

    

ウ 原告は,平成23年12月14日,本件学校に対し,平成24年1月分からの短期授業料として,平成23年前借金から15万3000円を支払った。また,原告は,平成24年2月28日,本件学校に対し,同年4月分から6か月分の授業料等として,29万1000円を支払った。(甲12,乙21)

    

エ 原告は,本件学校に入学する際,本件学校の教師兼受付の女性から,残高証明書の残高が低いと本件学校で勉強できないが,手数料を支払えば残高が多い残高証明書を用意できるとの話を聞き,平成23年12月末頃,韓国に帰国した際に上記の女性から紹介されたブローカーに連絡をとって,残高を水増しした残高証明書の作成を依頼し,手数料として10万ウォンを支払った。そして,原告は,上記の残高証明書を取得し,これを本件学校に提出した。(乙17)

   

(6) 原告の健康状態

    

ア 本件摘発以前

      

原告は,平成24年4月3日,上腹部痛の症状のため××クリニックで受診し,その後,腹部痛,下痢等の症状のため,同月9日及び同年5月14日,同クリニックで受診したが,同年6月19日,激しい腹痛により動けなくなり,同日,同クリニックの紹介で,青葉病院で受診したところ,上行結腸憩室炎と診断された。

      

原告は,青葉病院への通院のため,本件学校については,同日から同月21日までと同月25日の4日間にわたり欠席し(なお,同月18日及び同月26日の2時限目までも欠席した。),本件就労先については,同月19日から同月21日までの3日間にわたり欠席した。原告は,青葉病院において点滴を受け,鎮痛剤を処方されるなどの治療を受けた。

     (甲7,13,14,15,36,乙17,18,57,原告本人)

    

イ 本件摘発以後

      

原告は,1回目の収容の間も,排便困難などによる体調不良を訴えており,1回目の仮放免の後も1回目の収容の間よりは軽快したものの,体調不良が続いたため,平成24年10月末頃,病院で胃腸のCT検査を受けたが,異常はなかった。

      

原告は,2回目の収容の間は,平成25年11月5日に「1週間前からこつばんのあたりがいたむ。おりものは3週間前からはじまりました。」(甲48の1)として診療願いの申出をし,東日本センター内で医師の診察を受け,その後も腹部圧痛等により継続的に医師の診察を受け,市販の鎮痛剤を服用するなどしていたが,同年12月16日,同センター外で婦人科の診察を受けることとなり,平成26年1月31日,東京医科大学茨城医療センターの産婦人科において超音波検査を受け,月経困難症と診断された。もっとも,同婦人科では,原告の子宮や卵巣に問題はなく,現状では鎮痛剤による対症療法で十分であるとして,原告に鎮痛剤を処方した。原告は,その後も鎮痛剤を服用することがあった。

     (甲48の1,3,5から9まで,11,12,14,54,55,乙18,23,27,33,35,原告本人)

   

(7) 前回の入国から本件摘発前の生活の状況

    

ア 原告は,本件就労先での就労を開始した平成23年9月17日から平成24年6月20日まで,本件寮に居住していた。本件寮の鍵は,本件就労先の経営の一部を担っていたFも所持しており,Fは時々,本件寮の様子を確認しに来ていた。

      

原告が本件寮に居住していた間,本件寮では電気料金が支払われていなかったことから電気が止められたことが3回位あったが,原告からの苦情などを受けて,最終的には,本件就労先が電気料金を支払った。

     (甲20,27,乙12,17,26,原告本人)

    

イ 原告は,平成24年6月20日に転居したが,転居先の住居の賃貸借契約の賃借人の名義人は,本件就労先の客であるGという人物とされ,その敷金及び礼金はGが支払った。この住居の賃料は月額8万1000円であり,毎月の賃料は,原告が支払う予定であったが,本件摘発により,実際には原告が支払うことはなかった。

       (甲27,乙12,16,17,33,原告本人)

    

ウ 原告は,前記(3)ウ(ウ)のとおりの毎月の給与の手取り額から,韓国における健康保険及び積立年金保険の保険料のほか,韓国で飼っていた犬を預けていたペットセンターへの支払(毎月約3万5000円)などの費用として,毎月約8万円から10万円を韓国に送金して支払い,残りは食費や衣料品などに使っていた。原告は,韓国へ送金する費用が足りないときは,両親に借りたり,Eから借りたりしていた。

      

原告は,授業がない土曜日は,買物をしたり,テストの準備をしたり,本件就労先の客や友人と出掛けたりして,自分のために時間を使っていた。

     (乙18,19,原告本人)

   

(8) 1回目の仮放免後から2回目の収容までの生活の状況

    

ア Dとの婚姻に至る経緯等

     

(ア) 原告は,平成24年2月頃,本件就労先に客として来ていたDと知り合い,同年5月頃から交際を開始した。

       

Dは,千葉県松戸市内で新聞販売の会社を経営しており,原告と知り合った当時は元妻と婚姻していたが,同人とは平成11,12年頃から別居していた。

      (甲36,乙17,18,27,31,33,D,原告本人)

     

(イ) Dは,本件摘発後,原告が逮捕され,引き続き勾留されている間,原告に差入れをし,1回目の収容の間,毎日面会に行くなどし,原告が,平成24年9月19日に1回目の仮放免をされた後,本件学校に聴講生として通学することになり,本件学校の寮に居住していた間,本件学校の寮の部屋で原告と一緒に寝泊まりするなどしていた(甲36,乙27,35,D,原告本人)。

     

(ウ) 原告とDは,平成24年10月26日から,千葉県市川市において同居を開始した。原告は,平成25年2月に本邦を訪れた母に対し,Dを将来の婚姻の相手として紹介し,Dは,同年6月初め頃,自己の親族に原告を将来の婚姻の相手として紹介し,その後,父にも原告を紹介し,原告と婚姻することの承諾を得た。また,Dは,友人や会社の従業員にも原告を紹介した。Dは,同年8月6日に元妻と離婚し,原告とDは,同年9月17日に婚姻した。(甲36,37の11,37の13の1から11まで,37の23,37の24の1,37の24の2,乙31,33,35,D,原告本人)

    

イ 経済状況等

      

原告は,平成24年8月頃から,Dから定期的に約25万円の生活費等を受領し,また,韓国の両親に依頼して,同年9月に学費として30万円を送金してもらい,その後も不定期に学費や生活費として送金してもらうようになった。

      

原告は,同月末頃には,Dが原告の預金口座に振り込んだ金員により,Eに対して本件前借金の残金を全て返済し,また,Gに対し,本件摘発時にGが原告のために依頼した弁護士の報酬の立替え分として,約20万円を支払った。

     (甲7,37の4から37の9まで,37の22,乙33,35,D)

  

 

 

 

 

 

 

2 争点1(本件認定の適法性)について

  

(1) 前提事実(2)イ(ア)のとおり,原告は,今回の入国時において,在留資格を短期滞在とする上陸許可を受け,その後,在留資格を留学とする在留資格の変更を受けたものであるから,いずれの時においても,入管法19条2項の規定に基づくいわゆる資格外活動の許可を受けて行う場合を除き,報酬活動を行ってはならなかった(同条1項2号)。そして,前提事実(2)イ(ウ)のとおり,原告は,上記資格外活動の許可を受けたが,その許可における「新たに許可された活動内容」は,入管法施行規則19条5項1号に規定する活動とされており,同号に規定する活動からは,風俗営業が営まれている営業所において行うものが除かれていた。

     

しかるに,前提事実(3)ア(ア)及び認定事実(3)のとおり,原告は,今回の入国の当初から,風俗営業が営まれている営業所である本件就労先においてホステスの業務に従事する就労をし,その対価として給与を得ていたのであるから,風俗営業が営まれている営業所において「報酬を受ける活動」を行っていたといえる。

     

そうすると,原告は,入管法19条1項の規定に違反して報酬活動を行っていたことになる。

     

そして,本件認定は,原告が入管法24条4号イの退去強制事由に該当することを認定したものであるところ,本件認定が適法であるといえるためには,原告が上記の活動を「専ら」行っていると明らかに認められ,かつ,原告が「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」でないことが必要となる。

   

(2) そこで,原告が報酬活動を「専ら」行っていると明らかに認められるかを検討する。

    

ア 報酬活動を「専ら」(入管法24条4号イ)行っているといえるためには,当該外国人の在留の目的たる活動が,その在留資格に応じ,同法別表第一の下欄に掲げられている活動(以下「本邦において行うことができる活動」という。)と実質的に異なるものと評価できる程度にまで,報酬活動を行っていることを要すると解される。

      

そして,原告が取得した短期滞在及び留学の在留資格はいずれも,その在留資格により就労をすることが予定されていないものであること(入管法19条1項2号),ただし,その在留資格に応じ本邦において行うことができる活動の遂行を阻害しない範囲内で,当該活動に属しない報酬活動等を行うことを許可されることがあること(同条2項)からすると,報酬活動を「専ら」行っていると明らかに認められるか否かは,報酬活動をするに至った経緯,報酬活動の時間の程度,継続性,報酬の多少,報酬活動をすることが当該在留資格に応じ本邦において行うことができる活動の遂行を阻害してはいないか等を総合的に考慮して判断すべきものと解される。

    

イ 前記アを基に,原告が上記の報酬活動を「専ら」行っていると明らかに認められるかを検討する。

     

(ア) 報酬活動をするに至った経緯

      

a 前提事実及び後掲の証拠によれば,①原告は,韓国における債務を負った後,韓国では仕事が見つからなかったところ,韓国の知人から,日本に行けばホステスとして働きながら勉強することができると聞いたことが前回の入国のきっかけであったこと(認定事実(1)ア),②原告は,前回の入国の直前においても韓国における債務の残額として約2000万ウォンの債務を負っていた上(認定事実(1)ア),原告に係る退去強制の手続において,「今回来日する以前から,親に仕送りを頼む気持ちは全くなく,親にも自分で働いてやっていくと話してあった。」(乙18)と述べており,前回の入国をするに当たり,韓国の両親からの仕送りの予定もなかったことが認められることからすれば,原告は,前回の入国時において,本邦における必要経費を支弁できる資力はなかったこと,③原告は,前回の入国の以前から,韓国の知人が紹介した人物に本邦でのホステスとしての就労先を探してもらうことになったこと(認定事実(1)ア),④原告は,前回の入国の当日から本件就労先における就労を開始した一方,原告が本件学校の短期聴講生として日本語の勉強を開始したのは,それから約2か月後の平成23年11月16日頃であったこと(認定事実(3)イ,(5)ア),⑤原告は,本件就労先における就労を開始した数日後には,韓国における債務の借換え分や生活費等を使途として,Eから平成23年前借金を借りていたこと(認定事実(4)ア)を併せ考慮すれば,原告は,前回の入国時から,本邦において就労し,韓国における借金を返済したり,自己の生活費を稼いだりすることを主な目的として,本邦に入国し,実際に就労して報酬活動をしたものと認められる。

        

そして,今回の入国についても,上記の点に加え,原告が入国の当日から本件就労先における就労を開始したこと(認定事実(3)イ),平成23年前借金を充てることでは韓国における債務を完済するには至らなかった上,平成23年前借金によってEに対し新たな債務を負っていたため,原告は,本邦における就労により収入を得る必要があったこと(認定事実(4))からすれば,原告は,やはり本邦で就労することを主要な目的として本邦に入国し,報酬活動をしたものといわざるを得ない。

      

b なお,原告は,デザインの勉強をしたいと考えて本邦に入国した旨の主張をし,その旨の供述をするが,仮にかかる目的が存在したとしても,前記aで述べたところに照らし,本邦に入国する主要な目的であったということはできない。

     

(イ) 報酬活動の時間の程度,継続性,報酬の多少

       

原告は,前回の入国の当日から本件就労先における就労を開始し,本件摘発に至るまで,日曜日及び祝日を除くほぼ毎日,1日につき少なくとも4時間半以上の時間,毎月(本邦に15日間しか滞在しなかった平成23年12月及び本件摘発がされた平成24年7月を除く(前提事実(3)ア参照)。)20日以上にわたり,継続的に就労していた。また,原告は,本件就労先において就労することによる給与(本件前借金を含む。)を,学費,生活費などの本邦での必要経費に充てていたところ(認定事実(3),(5)ウ,(7)ウ),本件全証拠によっても,少なくともGやDからの援助を受けるようになるまでは,上記の給与のほかに,本邦での必要経費に充てることができる収入があったことはうかがわれず,本邦での必要経費は,専ら上記の給与により賄われていたと認められる。

     

(ウ) 報酬活動をすることが原告の在留資格(留学)に応じ本邦において行うことができる活動の遂行を阻害してはいないか等について

     

a 原告の出席した授業における態度は真面目であり,短期聴講生であった平成23年度の成績は,総合評価で6段階評価の上から3段階目であったこと(認定事実(5)イ)からすれば,原告の学習意欲はそれなりに高かったとみられなくもない。

        

しかし,原告の授業への出席状況は,認定事実(5)アのとおりであって,原告は,短期聴講生であった期間において,出席率が良くなかったことから,もっと授業に参加するようにと教員らから指導を受けるほどであり(認定事実(5)イ),また,原告が本件学校の日本語学科進学コースに正式に入学した平成24年4月以降の出席率も,他の学生と比較するとなお低い値にとどまっており,同月以降,本件摘発までの間,原告が授業に終日参加した日数は,総授業日数の3分の1程度にすぎなかった(乙42,57)。

      

b そして,認定事実(3)のとおりの本件就労先における就労の状況に鑑みると,前記aのように原告の本件学校における出席率が良くなかったことについては,本件就労先における就労が影響しているものとみるのが自然である。

        

原告は,病気のために平成24年4月及び6月の本件学校における出席率が低かった旨を主張するが,このことは,同年3月までの出席率が良くなかったことの根拠にはならない上,同年4月及び6月も本件就労先における就労は基本的には継続していたのであるから,これらの時期の出席率が低かったことの説明としても説得力を欠くというべきである(なお,原告が通院した日数は,同年4月において2日,同年5月において1日,同年6月において4日にとどまるから(甲14,15,乙57),通院が本件学校における出席率に与えた影響は大きくなかったと考えられるし,原告が休暇を取ることを希望したにもかかわらず,本件就労先からそれが許されなかったことを認めるに足りる証拠もない。)。

      

 

c 以上によれば,原告の報酬活動は,留学の在留資格に応じ本邦において行うことのできる活動を阻害するものであったといわざるを得ない。

     

 

 

(エ) 前記(ア)から(ウ)までの事情を総合すれば,原告は,今回の入国時において,その在留の目的たる活動が,その在留資格に応じ本邦において行うことができる活動と実質的に異なるものと評価できる程度にまで,報酬活動を行っていたと認められるから,報酬活動を「専ら」行っていると明らかに認められるということができる。

   

 

(3) 次に,原告が人身取引等により他人の支配下に置かれている者でないかについて検討する。

    

ア 「人身取引等」の存否について

     

入管法2条7号イからハまでは,同法における「人身取引等」の意義について規定するところ,まず,同号ロ及びハは,人身取引等に当たる行為の対象を18歳未満の者としているので,原告が,同号ロ及びハの人身取引等をされた者といえないことは明らかである。

      

次に,同号イは,人身取引等に当たる行為の対象となる者が,略取,誘拐,又は売買をされることを前提としているところ,「略取」とは,暴行又は脅迫を手段として,人をその生活環境から不法に引き離し,自己又は第三者の事実上の支配下に置くこと,「誘拐」とは,欺もう又は誘惑を手段として,人をその生活環境から不法に引き離し,自己又は第三者の事実上の支配下に置くこと,「売買」とは,この場合においては,代価を伴う人の売り買い,すなわち人に対する不法な支配の移転をいうものと解される。

      

しかるに,前回の入国の経緯等及び本件就労先における就労の経緯等については,認定事実(1)及び(2)のとおりであり,そのほか,原告が,本邦に入国し,本件就労先における就労をするに当たり,暴行又は脅迫を受けたことをうかがわせる証拠は見当たらず,自らの生活環境から不法に引き離されたとまで評価し得る欺もう又は誘惑に当たる行為を受けたことをうかがわせる証拠もない(なお,証拠(原告本人)によれば,原告は,本件就労先における就労の内容等について,自分の目で確認してから仕事をするかどうか決めようと考えて,前回の入国をしたと認められ,原告が,前回の入国後,Eとの面接を経て,本件就労先で就労することに決めたこと(認定事実(2))も併せると,原告は,自ら得た情報(その情報に虚偽のものが含まれていたことをうかがわせる証拠は見当たらない。)を基にして,本件就労先における就労をすることを選択し,今回の入国後も引き続き本件就労先において就労したものということができる。)。また,原告について代価を伴う売り買いがされたことを認めるに足る証拠もない。

      

したがって,本件において,入管法における「人身取引等」はなかったものと認められる。この点に関する原告の主張は,「人身取引等」の意義及びその該当性の判断要素についていうところを含めて,採用することができない。

    

イ 「他人の支配下に置かれている者」といえるか否かについて

    

(ア) 外国人が「他人の支配下に置かれている者」(入管法24条4号イ)であるといえるためには,他人によりその行動に制限を加えられ,自由を奪われた状況に置かれていると認められる必要があると解される。

     

(イ) まず,前記アのとおり,原告は,自ら得た情報を基にして,本件就労先における就労をすることを選択したということができるほか,原告が,本件就労先における就労を辞めたり,休暇を取ったりすることを希望し,それを本件就労先に伝えたにもかかわらず,本件就労先からそれが許されなかったと認めるに足る証拠はない。

     

(ウ) 次に,認定事実(3)ウ及び(4)のとおり,原告は,Eから本件前借金を借り,本件寮の賃料及び光熱費を負担する必要があり,本件就労先における就労により得た給与は,本件前借金の返済分等や上記の賃料及び光熱費が差し引かれた上で原告に支払われていたものであって,原告は,本件就労先から,ある程度の経済的負担を課せられていたとみることもできないではない。

       

しかし,原告の給与の手取り額は,増減があるとはいえ,毎月おおむね10万円前後であり(認定事実(3)ウ),原告は,その手取り額から,食費や衣料品等を賄うほか,韓国における健康保険及び積立年金保険の保険料や,韓国で飼っていた犬を預けていたペットセンターへの支払などの費用を賄い,生活費が足りないときには,両親やEから借入れをすることができ,Gからの援助を受けたこともある(認定事実(7))のであって,上記の経済的負担が深刻なものであったとはいい難い。なお,認定事実(8)イのとおり,原告の本件前借金等による経済的な負担は,本件摘発後にDからの援助を受けることによって,全て解消されている。

     

(エ) さらに,原告は,本件就労先における就労をしながら,平成23年11月からは本件学校で日本語の勉強を開始し(認定事実(5)),同年12月から平成24年1月にかけて韓国に帰国し(前提事実(2)ア(イ)。なお,原告がこの帰国の際にEから監視されるなどしたことを認めるに足りる証拠はない。),授業がない土曜日には,買い物をしたり,テストの準備をしたり,本件就労先の客や友人と出掛けたりして,自分のために時間を使っていた(認定事実(7)ウ)のであって,原告は,Eやその関係者(Gを含む。)から,本件就労先における就労をしていない間に,行動に制限を加えられることはなかったものと認められる。また,本件寮の鍵は,本件就労先の経営の一部を担っていたチーママであったFが所持しており,Fが時々本件寮の様子を観察しに来ていたものであるが(認定事実(7)ア),上記に述べたところからすると,上記のFの行為により,原告の行動が監視され,その行動に制限が加えられたということはできない。

     

(オ) 以上に加え,この点に関する原告の主張に鑑み本件全証拠を検討しても,原告が「他人の支配下に置かれている者」であったということはできない。

    

ウ 以上によれば,原告は,人身取引等により他人の支配下に置かれている者ではなかったというべきである。

   

(4) 以上によれば,原告は,本件認定時において,入管法24条4号イに該当すると認められるから,本件認定は適法である。

  

 

 

 

3 争点2(本件更新不許可処分の適法性)について

  

(1) 在留期間の更新の許否の判断における法務大臣等の裁量権の範囲について

    

国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策に委ねられており,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているということもできない(前掲最高裁昭和32年6月19日大法廷判決,同昭和53年10月4日大法廷判決)。

     

入管法21条が原則として一定の期間を限って外国人の我が国への上陸及び在留を許し(同条1項,2項),その期間の更新は法務大臣がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているのは(同条3項),法務大臣に一定の期間ごとに当該外国人の在留中の状況,在留の必要性・相当性等を審査して在留の許否を決定させようとする趣旨に出たものであり,在留期間の更新事由が概括的に規定されその判断基準が特に定められていないのは,更新事由の有無の判断を法務大臣の裁量に任せ,その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からであると解される。

     

したがって,同法21条3項の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断における法務大臣等の裁量権の範囲は広範なものであるといえる(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決)。

     

もっとも,法務大臣等の裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣等の判断が裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法になることがあるものと解される。

   

(2) 本件更新不許可処分の適法性について

   

ア 原告は,入管法24条4号イの退去強制事由に該当するところ,同条各号の退去強制事由に該当する外国人は,類型的に見て本邦に在留させることが好ましくない外国人であるといえることは明らかである。

      

また,我が国は,外国人の在留について,外国人が在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類型化した在留資格を定め,有効な旅券等を所持することを前提に上陸の拒否の事由の存否等につき上陸のための審査を経た上で,在留資格として定められた活動又は身分若しくは地位を有するものとしての活動を行おうとする場合に限り,それぞれの在留資格に応じて定められた在留期間の範囲内において在留を認めるものとしているところ,一定の在留資格をもって在留する者以外には,本邦において報酬活動をすることを原則として許容せず,これを許容した者についても,それぞれの在留資格に応じて定められた活動のみを許すという制度を採用しているものであり(入管法2条の2,5条から7条まで,9条,19条並びに別表1及び第2参照),原則として報酬活動をすることが許容されていない留学の在留資格をもって在留し,いわゆる資格外活動許可を受けながら,あえてその許可の対象となっていない本件就労先における就労をした原告の行動は,このような制度の根幹に関わる問題があるものとして,公正な出入国管理制度の秩序を乱すものとの評価を受けることを免れない。

    

イ そして,原告の供述(乙43)によっても,原告は,本件就労先での就労について,少なくとも今回の入国後は,資格外活動の許可を受けていても違法であることを認識しながら,その就労を継続していたというのであって,この点に関する原告の遵法意識は低いといわざるを得ない。

    

ウ さらに,証拠(乙3,39)によれば,原告は,その提出した在留資格認定証明書交付申請書(乙3)及び在留資格変更許可申請書(乙39)において,その経費支弁者について原告の父の氏名を記載していたと認められるが,前記2(2)イ(ア)aに認定したとおり,親に仕送りを頼む気持ちは一切なく,親にも自分で働いてやっていくと話していたのであって,内容虚偽の上記各申請書に基づいて不正に在留資格の変更を受けたといえる(なお,認定事実(5)エのとおり,原告は,本件学校の入学の手続において,ブローカーに手数料を支払って残高を水増した残高証明書を取得し,これを本件学校に提出するという不正行為もしていた。)。

    

エ 以上を総合すると,原告の在留の状況は悪質であり,かかる在留の状況を基にすると,本件更新不許可処分は,その判断が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念に照らし,著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえないから,東京入国管理局長の裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用するものとはいえず,適法である。

  

 

 

 

 

 

4 争点3(本件裁決の適法性)について

  

(1) 在留特別許可の許否の判断における法務大臣等の裁量権の範囲について

   

ア 国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているということもできないこと,

 

そして,憲法等に関する以上に述べたような理解に基づき制定されたものとされる入管法50条1項の在留特別許可については,同法24条各号が定める退去強制事由に該当する退去強制対象者について同法50条1項1号ないし4号の事由があるときにすることができるとされているほかは,その許否の判断の要件ないし基準とすべき事項は定められておらず,このことと,上記の判断の対象となる退去強制対象者は,本来的には本邦からの退去を強制される法的地位にあること,外国人の出入国の管理及び在留の規制は国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保持の判断については,広く情報を収集し,その分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ること等を勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣等の広範な裁量に委ねられていると解すべきである。もっとも,法務大臣等の裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣等の判断が裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法になることがあるものと解される。

    

イ 在留特別許可は,諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき措置であり,その許否の判断につき,一義的な基準を定めることができる性質のものではないというべきであって,ガイドラインは,在留特別許可の判断に当たり考慮する事項を例示的に示したにとどまるものであり,前記アに述べた法務大臣等の裁量権を何ら拘束するものではなく,ガイドラインに違反したからといって,直ちに平等原則違反や比例原則違反となるものではない。

      

また,国際人権B規約も,前記アに述べた国際慣習法上の原則を当然の前提としているというべきであって,我が国がこれを批准していることにより,前記アに述べた法務大臣等の裁量権が左右されるものではないというべきである。

    

ウ 上記に述べたところに反する原告の主張は採用することができない。

   

(2) 本件裁決の適法性について

   

ア 前記2のとおり,本件認定は適法であるから,原告は入管法24条4号イに該当する(したがって,原告が同法50条1項3号に該当しないことは明らかである。)。また,前記3のとおり,本件更新不許可処分は適法であり,前提事実(2)イ(イ),(カ)及び(キ)のとおり,今回の入国における従前の在留期間の末日が平成24年9月14日であったところ,原告は本件更新不許可処分がされた日である同年10月29日を経過して本邦に残留したから,原告は,同号ロに該当し,また,出国命令対象者に該当しないことは明らかである。

    

イ そこで,前記(1)のような観点から,以下,本件裁決に裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があるか否かを検討する。

     

(ア) 原告の本邦における在留の状況の悪質性

       

原告の本邦における在留の状況が悪質であったことは,前記3(2)に述べたとおりである。

     

(イ) Dとの関係について

      

法務大臣等の在留特別許可の許否の判断に関する裁量権が極めて広範なものであることに加えて,入管法には,上記の判断に当たり,日本人と婚姻関係にある外国人を特別に扱うべきことを定めた規定等が見当たらないこと等からすれば,退去強制対象者に該当する外国人が,日本人と婚姻関係にある場合でさえ,法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かの判断をする際にしんしゃくされ得る事情の一つにとどまるものというべきである。

       

そして,原告とDが千葉県市川市で同居を開始してから本件裁決までの期間は約11か月(交際を開始した時から本件裁決までは約1年3月)にすぎず,本件裁決の時点では,原告とDはまだ婚姻するには至っていなかったこと,原告が韓国に送還された場合にも,Dが原告を訪ねることの障害となるような事情を認めるに足りる証拠もないことからすれば,東京入国管理局長が,本件裁決の時点において,原告とDとの関係につき,原告に対して在留特別許可をするか否かを判断する上で特別に重視すべき事情であったとまではいい難いと考えたとしても,そのことをもって,当該判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであったとまでいうことは困難である。

     

(ウ) 韓国へ送還した場合の支障について

      

さらに,認定事実(1)アのとおり,原告は,韓国で生まれ育ち,韓国の大学に通うなどした後,韓国において,喫茶店の経営などをしていたことが認められ,また,原告は,これまで述べてきたとおり,本邦においてもホステスの業務に従事してきたものであって,原告に稼働能力があることは明らかである。また,証拠(乙27)によれば,原告の両親は,韓国内に居住し,原告との間で,週に3,4回電話をするなどの連絡を取り合っていることが認められ,また,認定事実(7)ウ及び(8)イのとおり,原告は,原告の両親から金銭的な援助を受けていたものであるから,原告の韓国における生活に当たっては,原告の両親の援助を受けることが可能であると認められる。そして,上記のとおり,原告が韓国に送還された場合にDが原告を訪ねることの障害となるような事情も認められない。そうすると,原告を韓国に送還することについて特段の支障はないというべきである。

     

(エ) 以上に述べたところからすれば,本件裁決は,その判断が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえないから,東京入国管理局長の裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用するものとはいえず,適法である。

  

 

 

5 争点4(本件退令発付処分の適法性)について

   

法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は,入管法49条1項による異議の申出を受理したときには,異議の申出に理由があるかどうかを裁決し,その結果を東京入国管理局主任審査官に通知しなければならず(同条3項),東京入国管理局主任審査官は,東京入国管理局長から異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたときには,速やかに当該容疑者に対してその旨を知らせるとともに,退去強制令書を発付しなければならない(同条6項)のであって,東京入国管理局主任審査官としては,前提事実(3)ウ(エ)のとおり東京入国管理局長から本件各裁決に係る通知を受けた以上,原告につき退去強制令書を発付するほかない。

    

そして,本件裁決が適法であることは前記4に述べたとおりであるから,本件裁決を前提とする本件退令発付処分も適法であるというべきである。

  

 

 

 

 

 

6 争点5(本件仮放免不許可処分の国賠法上の違法性の有無及び損害)について

  

(1) 仮放免の許否の判断に関する入国者収容所長等の裁量権等

     

仮放免は,在留資格制度を根幹とする出入国管理制度の下,本来,本邦における在留活動が許されない者について,特別の事情が存する場合に例外的に認められる措置であって,入管法が仮放免の許可の要件について何ら具体的な定めを置いていないことを併せ考えると,入国者収容所長等には広範な裁量が与えられているということができる。したがって,仮放免を許可しない旨の処分が国賠法上違法となるのは,その判断が仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど著しく裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたる場合に限られると解すべきである。以上と異なる原告の主張は,採用することができない。

   

(2) 本件仮放免不許可処分の国賠法上の違法性について

   

ア 本件更新不許可処分,本件裁決及び本件退令発付処分がいずれも適法であることは前記3から5までに述べたとおりであり,これらの各処分の違法を前提とする原告の主張は理由がない。

    

イ 原告は,①原告は,Dと婚姻しており,既に述べた同人の社会的地位,経済力,原告への真摯で強い愛情に照らせば,保護監督能力に欠けるところはなく,②原告は,本件訴訟を遂行中であり,逃亡するおそれはなく,③原告の既往症,健康状態に鑑みれば,健康状態に不安を抱える原告を,何ら逃亡のおそれがなく,適切な身元保証人があるにもかかわらず長期間劣悪な環境に収容することは著しく妥当性を欠く旨の主張をする。

      

しかし,前記(1)のとおり,仮放免の許否の判断については入国者収容所長等に広範な裁量が与えられていることからすれば,仮放免中の身元保証人の有無や,逃亡のおそれの有無等は,仮放免の許否の判断をするに当たり考慮される事情の一部にすぎないというべきである。

      

また,本件摘発以後の東日本センターにおける原告の健康状態は,認定事実(6)イのとおりであり,原告は,2回目の収容の間,平成25年11月初め頃から体調が悪いときは同センター内で医師の診察を受け,市販の鎮痛剤などを服用するなどしていたほか,平成26年1月には,同センター外の病院の産婦人科で診療を受け,対症療法で十分であるとして,鎮痛剤を処方されていたことからすれば,原告の健康状態が収容に耐え難い状況であったとまでは認め難い。原告について仮放免を許可することはできないと判断されたとしても,その判断が仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど著しく裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用にわたるとまではいえないというべきである。

    

ウ 原告は,2回目の収容は,訴えを提起した外国人への実質的な懲罰であり,また,証拠調べに向けた代理人や関係者との打ち合わせを困難にさせるためのものであったとみざるを得ないとも主張するが,2回目の収容は,本件裁決の通知を受けてされた本件退令発付処分を執行することにより行われたものであり,原告が本件訴えを提起したことへの実質的な懲罰であったことや,証拠調べに向けた代理人や関係者との打ち合わせを困難にさせるためのものであったことをうかがわせるに足りる証拠はない。

    

エ 以上のとおり,原告の主張に照らして検討しても,本件仮放免不許可処分に係る判断が仮放免の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど著しく裁量権の範囲を逸脱し又は濫用にわたるとまではいえず,そのほかに,そのように評価すべき事情は認められないから,本件仮放免不許可処分が国賠法上違法であるとはいえない。

   

(3) 以上によれば,その余(原告の損害等)の点を判断するまでもなく,争点5に係る原告の主張は採用することができない。

 

第4 結論

    

以上によれば,原告の請求は,いずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

     

東京地方裁判所民事第3部

         裁判長裁判官  舘内比佐志

            裁判官  大竹敬人

            裁判官  高畑桂花