不当利得返還請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件

 

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成25年(ワ)第2980号、平成25年(ワ)第7261号 、判決 平成26年11月28日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 在留資格の変更等の手続を行政書士の被告に依頼した原告が,被告に対し,主位的に詐欺を理由に不法行為による損害賠償,予備的に消費者契約法4条により意思表示を取り消したとして不当利得返還,被告は本訴で名誉が毀損されたとして不法行為による損害賠償の反訴を,それぞれ求めた事案で,双方の不法行為の主張は採用せず,消費者契約法4条による取消を認めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 被告は,原告に対し,36万2250円及びこれに対する平成25年2月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  2 原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟費用は,本訴反訴を通じてこれを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

  4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

 

        

 

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

  

1 本訴請求

    

被告は,原告に対し,150万2250円及びこれに対する平成25年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

2 反訴請求

    

原告は,被告に対し,200万円及びこれに対する平成25年2月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

 

 

第2 事案の概要

  

1 本訴事件は,バングラデシュ国籍の親族のためにその在留資格の変更等の手続を行政書士である被告に依頼した原告が,被告に対し,次のとおりの各請求をする事案である。

   

(1) 主位的請求

     

被告が,不可能な解決策を可能であるかのように提示する詐欺商法により,原告から着手金を詐取したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償(着手金支払額36万2250円,経済的,精神的損害100万円,弁護士費用14万円の合計150万2250円)及びこれに対する平成25年1月7日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求

   

(2) 予備的請求

    

ア 被告が,消費者である原告との契約締結に当たり,重要事項について事実と異なる事実を告げたので,原告が,消費者契約法4条に基づき,契約締結の意思表示を取り消したことを理由とする不当利得返還(着手金支払額36万2250円)及びこれに対する平成25年2月16日(本訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求

    

イ 原告が被告との間で締結した準委任契約を中途解約したことを理由とする民法646条に基づく受領物返還(着手金支払額36万2250円)及びこれに対する平成25年1月8日(解約日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求

  

 

2 反訴事件は,被告が,原告に対し,被告の受任した内容は実現可能であるのに,原告が本訴状においてこれを実現不可能な内容について契約を締結させた詐欺商法であると断言したことにより,被告の名誉が毀損されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償(慰謝料200万円)及びこれに対する平成25年2月6日(本訴提起日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。

  

 

 

3 前提事実(争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

   

(1) 原告は,バングラデシュ国籍を有し,群馬県太田市に居住しており,同市内でレストランを経営している(甲6)。

     

被告は,東京都内に事務所を有する行政書士である。

   

 

 

 

(2) 原告は,原告のいとこであるバングラデシュ国籍の男性(A。以下「A」という。)が覚醒剤輸入の罪で起訴されたことから,平成24年12月26日,Aの妻子と共に,被告の事務所を訪問して,被告に対し,A及びその妻子が在留を継続する方法について相談した。

 

同日の時点で,Aは,妻及び3人の子らと共に日本国内に居住しており,Aは会社代表者兼レストラン経営者として投資経営の在留資格を有し,妻及び子らは家族滞在の在留資格を有していたが,実際には,Aが経営していたレストランは既に閉店しており,Aを代表者とする株式会社の登記が存在するのみであった。Aは,係属中の刑事事件において,公訴事実を認めていた(甲6,乙6)。

   

 

(3) 被告は,上記の相談を受けて,原告に対し,Aの妻の在留資格を投資経営に変更し,Aの在留資格を家族滞在に変更すればよいと助言した。原告は,即日,被告との間で,上記の在留資格変更及びこれに伴う株式会社の役員変更及び増資に係る手続を原告が被告に委任することを内容とする契約(以下「本件契約」という。)を締結し,その着手金として36万2250円(以下「本件着手金」という。)を支払った(甲2,3の1・2)。

     

その際,被告は,いったん支払われた金員の返金には応じない旨の記載がある確認書(甲4,乙2)への署名を原告に求め,原告はこれに署名した(以下,上記記載のとおりの合意を「本件返金免除合意」という。)。

   

 

(4) 原告は,平成24年12月27日,被告の従業員から,電話で本件契約に基づく手続に必要な書類等の説明を受けた。

   

(5) 原告は,平成25年1月7日までに,被告に対し,本件着手金の返還を求めたが,被告はこれに応じなかった。

   

(6) 原告は,平成25年2月6日,被告に対し,本訴を提起し,同月15日,本訴状が被告に送達された。原告は,本訴状において,被告が原告に本件契約を締結させた行為が詐欺による不法行為を構成する旨主張し,また,被告に対し,消費者契約法4条に基づき本件契約締結の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

  

 

 

 

 

4 争点及びこれに関する当事者の主張

   

(1) 被告の詐欺による不法行為の成否

    

(原告の主張)

     

Aについては,退去強制手続にかけられることが確実で,在留資格の変更は現実に不可能な状況にあり,Aの妻についても,大金を投じて店舗を新規開店してその経営を行うことは現実に不可能であるのに,被告は,これらが可能であるかのように説明して本件契約を締結させ,本件着手金を詐取したものであって,その行為は不法行為を構成する。

     

被告の不法行為により,原告は本件着手金36万2250円を支払わされたほか,被告への対応による経済的損失,精神的苦痛により合計100万円を下らない損害を被った。また,弁護士費用相当額は14万円である。

    

 

 

 

 

 

(被告の主張)

     

被告は,原告から聴取した事情によれば,A及びその妻の在留資格の変更が可能であったので,その手続を受任することにして本件契約を締結したものであって,不法行為は成立しない。

   

 

 

 

 

(2) 消費者契約法4条による契約取消しの可否

 

    

(原告の主張)

    

ア 本件契約は,消費者契約に該当するところ,被告は,本件契約の内容とされた在留資格の変更は不可能であるか又は極めて困難であったにもかかわらず,これが可能であるかのように説明して本件契約を締結させたから,重要事項について事実と異なることを告げたものというべきである。

      

原告は,消費者契約法4条に基づき,本件契約締結の意思表示を取り消したから,被告は本件着手金につき不当利得返還義務を負う。

    

イ 本件返金免除合意は,消費者契約法10条により無効である。

    

 

 

 

 

 

 

 

 

(被告の主張)

    

ア 被告は,原告に対し,在留資格変更の困難さや実現可能性について十分に説明しており,重要事項の不実告知はない。

    

イ 原被告間には,本件返金免除合意が有効に成立しているので,被告に本件着手金の返還義務はない。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

(3) 中途解約による受領物返還請求の可否

    

(原告の主張)

    

ア 原告は,平成25年1月7日に本件契約の中途解約の意思表示をしたから,民法646条に基づき,準委任契約解除に伴う受領物の返還請求として,本件着手金の返還を求めることができる。

    

イ 本件返金免除合意は,消費者契約法10条により無効である。

    

 

 

 

 

 

(被告の主張)

    

ア 原告は,平成25年1月7日に本件着手金の返還を要求したが,本件契約解除の意思表示はしていない。

    

イ 原被告間には,本件返金免除合意が有効に成立しているので,被告に本件着手金の返還義務はない。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(4) 原告の名誉毀損による不法行為の成否

    

(被告の主張)

     

被告は,十年来の経験や入管手続の裁量の幅の広さに照らし,A及びその妻の在留資格の変更が可能であると判断して本件契約を締結したものであるのに,原告は,本訴状において,原告を騙して不可能な内容な契約を締結させた詐欺商法であると断言している。このような原告の行為は,被告の名誉を毀損するものであって,不法行為を構成する。

     

原告の不法行為により被告が被った精神的苦痛の慰謝料は200万円を下らない。

    

 

(原告の主張)

     

被告の主張事実は否認する。

     

被告の主張事実が真実であるとしても,本訴における原告の主張は不法行為に該当しない。

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 本訴請求について

  

(1) 前提事実のとおり,

 

Aは,本件契約が締結された当時,覚醒剤輸入の罪で起訴され,その公訴事実を認めていたのであるから,出入国管理及び難民認定法24条4号チに該当するものとして退去強制処分を受けることが当然に予想される状況にあり,

 

同法50条の規定による在留特別許可がされれば退去強制を免れる余地はあるものの,その許可がされるか否かは法務大臣の裁量的判断により決せられるものであるから,

 

Aが退去強制を免れて在留を継続することができるかは相当に危ぶまれる状況にあったといわざるを得ない。

 

 

そのような状況の中で,Aの妻の在留資格を投資経営に変更し,Aの在留資格を家族滞在に変更する申請をしても,これが認められるかは客観的にみて疑わしく,不可能とはいえないまでも相当不確実であったというべきである。

 

 

これに加えて,前提事実のとおり,本件契約が締結された当時,Aは投資経営の資格で在留していたものの,Aが経営していたレストランは既に閉店しており,Aを代表者とする株式会社の登記が存在するのみであったのであるから,Aの妻の在留資格を投資経営に変更するためには,まず,Aの妻がレストランを新規に開店してこれを実際に経営したり,Aを代表者とする株式会社にAの妻が実際に数百万円の増資をするなどして,Aの妻が自ら投資経営活動を行っているという実態を整える必要があり,それには多額の資金と労力が必要であることが明らかである。

     

 

そうすると,本件契約の締結に当たっては,その内容とされた在留資格変更の実現の不確実性,困難性に鑑み,これを実現するためにはどのような条件を充足することが必要であるか,また,その実現のためにはどの程度の資金や作業が必要であるかといった事項について,具体的で明確な説明がされなければ,原告において契約を締結するか否かについて真摯な判断をすることはできないというべきであるが,

 

本件全証拠によっても,

 

これらの事項について被告が原告に対し本件契約締結の段階で具体的な説明をしたとは認められない。

 

そして,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件契約の締結に当たり,被告から,これらの事項について具体的な説明がないまま,Aの妻の在留資格を投資経営に変更し,Aの在留資格を家族滞在に変更すればよいとの助言を受けたことにより,その助言に従うことによりA及びその妻子が在留を継続することができると誤認して契約を締結したものの,

 

その翌日に被告の従業員から必要書類等の説明を受けた後,

 

冷静に考えれば助言された方法によってA及びその妻子の在留継続を実現することは現実には困難であることを理解して,本訴を提起し,本件契約締結の意思表示を取り消すに至ったものであると認められる。

     

 

したがって,原告による本件契約締結の意思表示の取消しは,消費者契約法4条1項1号の要件を充足しており,これにより本件契約は効力を失ったというべきである。

     

 

そして,本件返金免除合意は,消費者の利益を一方的に害する内容であることが明らかであるから,消費者契約法10条により無効というべきである。

   

 

 

(2) もっとも,被告が,本件契約の締結に当たり,自らが助言した在留資格変更がおよそ実現不可能であると認識しながら,あえてこれが可能であるとの虚偽の説明をしたとまでは証拠上認めるに足りないから,被告が原告に本件契約を締結させた行為が詐欺に当たり不法行為を構成するとの原告の主張は採用することができない。

   

 

(3) 以上によれば,原告の本訴請求は,本件着手金の不当利得返還及びこれに対する催告後である平成25年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

  

 

2 反訴請求について

   

上記において説示したとおりの事実関係に照らすと,本訴請求中,被告の詐欺による不法行為の成立をいう原告の主張を採用することはできないものの,原告がその主張をしたことには相応の法律的,事実的根拠があったというべきであり,原告が訴訟活動に名を借りた個人攻撃等の不当な意図でその主張をしたとは認められない。

    

 

したがって,原告の本訴における主張が不法行為を構成するとの被告の主張は採用することはできず,被告の反訴請求は理由がない。

  

 

3 結論

    

よって,原告の本訴請求は,被告に対し36万2250円の不当利得返還及びこれに対する平成25年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で認容し,その余の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

     

 

東京地方裁判所民事第6部

            裁判官  谷口園恵