各退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件

 

 

 

 東京高等裁判所判決/平成24年(行コ)第351号、判決 平成25年4月10日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

被控訴人(1審原告)A(当時17歳)及び同B(当時16歳)に対する出入国管理及び難民認定法(入管法)24条4号ロ(不法残留)容疑による退去強制手続において,入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の裁決を受け,退去強制令書の発付処分を受けたため,各裁決及び各退去強制令書発布処分の取消しを求めた事案(原審は,被控訴人らの請求認容)。裁判所は,被控訴人らにつき,定住者告示6号ニにいう在留資格をもって在留するものの「扶養を受けて生活する」未成年で未婚の実子にあたるとは認められず,また定住者として在留資格があるなどの事情も認められないこと,被控訴人らの入国の経緯が適正な出入国管理行政を害するものであること,直ちに在留特別許可をすべきであるとは認められないなどとして,原判決を取消し,被控訴人らの請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原判決を取り消す。

  2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

 

        

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

 

第1 控訴の趣旨

    

主文1項及び2項と同旨

 

 

 

第2 事案の概要

  

1 被控訴人らは,いずれもフィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)国籍を有する男性であり,被控訴人Aが兄,被控訴人Bが弟であって,「日本人の配偶者等」の在留資格で在留するCの未成年,未婚の実子である。

    被控訴人らは,被控訴人らに対する出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)容疑による退去強制手続において,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)からそれぞれ入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の裁決を受け,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)横浜支局主任審査官からそれぞれ退去強制令書の発付処分を受けた。

    

 本件は,被控訴人らが控訴人に対し,上記各裁決及び上記各退去強制令書発付処分は違法である旨を主張して,これらの取消しを求める事案である。

    

 原審は,被控訴人らの請求をいずれも認容し,控訴人が控訴した。

  

 

 

2 事案の概要の詳細は,後記3のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「理由」中「第2 事案の概要等」2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁5行目の「C」を「C(昭和▲年(▲年)▲月▲日生)」と改め,同8頁24行目の「原告らの母親」から同9頁1・2行目の「十分ではなく,」までを削除する。)。

  

 

3 当審における当事者の主張

   

(1) 控訴人

    

ア 被控訴人らは,当初から居住目的で来日したにもかかわらず,「親族訪問」を目的とした「短期滞在」の上陸申請をして,その在留資格を受けて本邦に入国したものであって,仮に居住目的による「定住者」の在留資格で上陸申請をした場合,平成22年2月からCが生活保護の受給を開始しており,入管法5条1項3号の「生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのある者」に該当するとして,入管法7条1項4号の上陸条件不適合により上陸が認められなかった可能性が高く,上陸拒否事由該当性に係る審査等を潜脱し,不法残留になる可能性があることを十分に認識した上で本法に入国したものであり,また,Cは,母親としての心情があるにせよ,同居生活によって被控訴人らに不法残留の法律違反をさせたことになり,C自身,これまでに,他人名義旅券を用いた3回の入国歴があって,3回目には不法残留をしており,本邦で生活する上で,遵法意識の欠如していることが明らかである。

    

イ Cは,これまで,Cの給与及びCとDの2人分として支給される生活保護費をもって,C,D及び被控訴人ら4人の生活費等に充てているが,本件各裁決の通知前,Cの給与額と生活保護費の支給額は,別表2記載のとおりであり(なお,本件各裁決の後の上記額は,別表3記載のとおりである。),これらの月額平均の給与額9万9119円及び生活保護費の支給額8万5039円に照らせば,Cが生活保護を受給することによって初めて被控訴人ら2人の生活の維持ができたというべきであるから,経済的観点からみて,Cの自立的な収入によって被控訴人らの生計が維持されておらず,家族として相互扶助しながら共同生活を営んでいるとしても,被控訴人らについて,Cの「扶養を受けて生活する」者ということはできず,定住者告示6号ニに該当する者といえないことが明らかである。

    

ウ 外国人の上陸に当たっては,入管法施行規則別表第三(同6条,6条の2第2項)により,例えば,定住者であれば「在留中の一切の経費を支弁することができることを証する文書,当該外国人以外の者が経費を支弁する場合には,その収入を証する文書」の提出が要求され,また,入管法5条1項3号が「貧困者,放浪者等で生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのある者」の上陸を拒否することを定める趣旨からすれば,生活保護などの社会保障による給付によって生活費を賄っている者の扶養を受ける者については,本邦で生活を送るための経済的基盤が整っていないことから,国家財政上からも,当然,在留特別許可の許否の判断における消極要素となるべきところ,仮に被控訴人らに対して在留特別許可が付与された場合,被控訴人らに経済的基盤はなく,Cの世帯の生活保護費は,その申請によって増額されることが予想されるのであって,上記条項にいう「負担となるおそれ」のあることが明らかである。

    

エ 被控訴人らは,これまで約14年間にわたってフィリピンの祖父母によって育てられ,本件各裁決の時点で被控訴人Aが17歳,被控訴人Bが16歳であって,現在,いずれもフィリピンの成人である18歳を超えており,フィリピンにおける稼働の実情に照らしても,高校を卒業して就職することが一般的であることから,フィリピンにおける十分な稼働能力を有しているといえるのであって,フィリピンに帰国しても特段の支障のないことが明らかである。

    

オ 被控訴人らの本邦における在留期間は,約1年5か月であって,このうち正規の在留期間は5か月と短く,その間の在留資格も「短期滞在」や出国準備を目的とした「特定活動」にすぎないのであるから,この間に日本語の勉強などに取り組んだことがあったとしても,そのような定着性や生活の意欲が在留特別許可の許否の判断における積極要素として重視できないものであることは明らかである。

    

カ 以上によれば,本件各裁決における東京入管局長の判断について,全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとして,上記判断が裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があると認められるものといえないことが明らかである。

      

 そして,本件各裁決が適法である以上,東京入管横浜支局主任審査官がした本件各退令発付処分も適法というべきである。

   

 

 

 

 

 

(2) 被控訴人ら

   

ア Cは適法な在留資格を得て本邦に在留する外国人であり,Dは日本国籍を有する日本人であって,同人らに対して憲法上の要請から最低限度の生活を維持するために支給された生活保護費について,その健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要な金額をさらに切り詰めて,被控訴人らのための生活費としたとしても,Cには,親として被控訴人らの扶養の義務があるのであり,被控訴人らを扶養していたのは,国ではなく,Cであるのである。また,被控訴人らは,在留特別許可が付与されれば,学費や進学費用等は被控訴人らのアルバイト等によって賄い,生活保護は打ち切りたいとのCの希望があることからしても,Cの「扶養を受けて生活する」未婚で未成年の実子として,定住者告示6号ニに該当するものというべきであり,被控訴人らについて在留特別許可がされるべき事情がある。

    

 

イ 本件各裁決の当時,被控訴人Aは17歳,被控訴人Bは16歳であり,被控訴人らにおいて,フィリピンに帰国することなく,実母のC,妹のDの家族とともに暮らす権利(児童の権利に関する条約9条1項,市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)17条,23条1項)は最大限に保障される必要があり,フィリピンにおける祖母の病状等からしても,フィリピンで被控訴人らのみで生活するには相応の困難が伴うというべきである。

    

ウ 被控訴人らは,多大な努力によって,日本語の能力を短期間に向上させ,地元のNPO主催の行事に参加するなどして日本社会に急速に定着しつつあるのであって,将来にわたって日本で真摯に生活する意欲のあることからしても,在留特別許可がされるべきである。

    

エ 以上によれば,被控訴人らについては,在留特別許可がされるべき事情があり,これを考慮せずに在留特別許可をしないという判断に至った本件各裁決は,裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものであって,違法であり,また,本件各退令発付処分も,本件各裁決が適法に行われたことを前提として発付されるものであるから,その根拠を欠き,違法である。

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 当裁判所は,被控訴人らの請求について,いずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次項以下のとおりである。

  

2 本件各裁決の適法性について

  

(1) 入管法50条1項の在留特別許可をすべきか否かの判断は,

 

法務大臣の広範な裁量に委ねられているというべきであるが,

 

その裁量は無制約のものではなく,

 

法務大臣の在留特別許可をすべきか否かの判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,

 

その判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となり,

 

法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下,法務大臣を併せて「法務大臣等」という。)についても同様と解される。

 

その理由は,原判決10頁18行目の「国家は」から同11頁16行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,同11頁5・6行目の「判断については,」の次に「当該外国人の在留中の一切の行状,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲など諸般の事情につき」を加える。)。

   

 

 

(2) 被控訴人らは,いずれも入管法24条4号ロ号所定の退去強制事由(不法残留)に該当し,

 

原則として本邦から退去強制されるべき外国人に当たると認められる。

 

その理由は,原判決11頁17行目の「前提となる事実」から同頁23行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。

   

 

(3) 事実関係は,次のとおり補正するほかは,原判決11頁25行目の「証拠」から同15頁23行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。

    

ア 原判決12頁13行目の「他人名義の旅券」の次に「(ただし,氏名を「E」,生年月日を「▲年▲月▲日」とするもの)」を加え,同頁14行目及び18行目の各「乙9」を「乙9,32」とそれぞれ改める。

    

イ 同12頁19行目の「Cは,」の次に「平成22年に被控訴人らが来日するまで,」を加え,同頁21行目の「達する」を「達し,被控訴人らが来日してからは,母親への仕送りとして,毎月2万円を送金している」と改める。

    

ウ 同13頁1行目の「平成18年4月ころ」を「平成18年3月17日」と,同頁4行目の「平成20年11月ころ」を「平成20年11月6日」と,同頁5行目の「約1週間」を「約2週間」と,同頁10行目の「平成21年4月ころ」を「平成21年3月28日」と,同頁13行目の「乙14の3」を「乙14の3,乙32」とそれぞれ改める。

    

エ 同14頁23行目の「過程」を「課程普通科」と改める。

    

オ 同14頁25行目の「Cは」から同15頁1行目末尾までを

 

「Cは,パート従業員として株式会社Fで稼働しているが,その給与だけでは家族を賄うことができず,平成22年2月10日から,自身とDの2人分の生活保護を受給しており,同年2月から平成23年2月までの給与額と生活保護費の支給額は,別表1記載のとおりであり,月額平均で,給与額が9万6784円,生活保護費の支給額が8万5039円となり,このほか,最低生活費(受給開始時点で18万7950円,平成22年3月1日時点で19万5950円,なお平成23年4月1日時点で19万1950円)から控除される収入充当額中には,こども手当及び児童扶養手当が含まれている。(甲12,乙9,14の3,乙24,30の1,2,乙40)」と,

 

同頁3行目の「給料及び生活保護費」を「給与と生活保護等の社会保障給付」とそれぞれ改める。

    

カ 同15頁19行目の「Cの母親は,」を「Cの母親(G,▲年(▲年)▲月▲日生)は,平成21年9月に来日して約3か月間Cらと一緒に滞在したことがあるが,現在,」と,同頁23行目の「57」を「57,乙29」とそれぞれ改める。

   

 

 

 

 

(4) 前記第2の2(前提となる事実)及び前記(3)の事実を前提として,在留特別許可をせずにした本件各裁決の判断が法務大臣等に委ねられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるか否かについて検討する。

    

 

ア 被控訴人らは,日本人の配偶者等の在留資格で在留するCの扶養を受けて生活する未成年で未婚の実子に当たるのであるから,在留特別許可がなされるべき事情があり,これを考慮せずに在留特別許可をしないという判断に至った本件各裁決は,裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものであり,違法である旨を主張する。

     

(ア) 入管法は,本邦への入国,在留を認めるべき外国人について,外国人が本邦において在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類型化して,「在留資格」を定めており,外国人の本邦において行う活動が,在留資格に属するものとして定められている活動に該当するか,上記の身分又は地位を有する者としての活動に該当する場合に限り,その入国及び在留が認められる旨を規定している(入管法2条の2第1項,2項,7条1項2号)。

       

 入管法別表第二の「定住者」の在留資格は,当該活動の基礎となる本邦において有する身分又は地位として,「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」(同表第二の定住者の項の下欄)と規定しているところ,

 

入管法が「定住者」という在留資格を設けた趣旨は,社会生活上,外国人が本法において有する身分又は地位は多種多様であり,

 

別表第二の「永住者」,「日本人の配偶者等」及び「永住者の配偶者等」の各在留資格の下欄に掲げる類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者としての活動を行おうとする外国人に対し,

 

人道上の理由その他特別な事情を考慮し,その入国,在留を認めることが必要となる場合があり,

 

また,我が国の社会,経済等の情勢の変化により,これらの在留資格の項の下欄に掲げる類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者としての活動を行う外国人の入国,在留を認める必要が生じる場合もあると考えられることから,

 

このような場合に臨機に対応できるようにするためであると解される。したがって,「定住者」の在留資格該当性の判断に当たっては,前記(1)判示の諸般の事情を総合して的確な判断がされるように,法務大臣等には広範な裁量が付与されていると解される。

       

 

 そして,入管法は,「定住者」の在留資格について,

 

上陸の申請をした外国人が,法務大臣からあらかじめ告示をもって定める地位を有する者としての活動を行おうとする者でない限り,

 

入国審査官は上陸許可の証印を行うことができない旨を規定し(入管法7条1項2号,9条1項),

 

これを受けて定住者告示(「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2項の規定に基づき同法別表第二の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」(平成2年法務省告示第132号))が定められているのであるから,

 

定住者告示の内容は,入管法別表第二の「定住者」の項の下欄に掲げる地位を有すると認めるべき類型の外国人を網羅的に列挙したものであり,法務大臣等の裁量的判断を具体化したものと解される。

       

 

 このように定住者告示は,直接的には,上陸申請の場合の原則的な許否の要件を定めるものではあるが,上陸許可をすべきか否かの判断と,

 

在留特別許可をすべきか否かの判断が余りに整合性を欠くことは,外国人の出入国ないし在留全般を公正に管理するという入管法の目的に適うものではなく,

 

また,

 

上記判示の定住者告示の性質をも考慮すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断においても,定住者告示の内容趣旨は,十分に尊重されるべきものと解される。

     

 

(イ) 定住者告示6号ニは,

 

「日本人,永住者の在留資格をもって在留する者,特別永住者又は1年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」と規定している。

       

 これは,未成年で未婚の子は,通常,独立して生活費等在留中に要する経費を支弁して生活を維持することが困難であり,通常,その実親の扶養を受けて生活せざるを得ないのであって,現に未成年で未婚の子が実親の扶養を受けて生活している場合には,出入国管理行政上も,そのような生活状況を保護すべきものと解されることから,定住者告示6号ニは,日本人の配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子についても,「定住者」の在留資格を認めることにしたものであると解される。

       

 そして,前記(ア)判示のように,定住者告示が,上陸申請の場合の原則的な許否の要件を定めたものであることからすれば,

 

定住者告示6号ニにいう「扶養を受けて生活する」の意味内容についても,入管法,同法施行規則の趣旨を踏まえて解釈することを要するものというべきである。

 

そこで,入管法は,外国人が定住者の在留資格により本邦に上陸するに当たって,その活動が定住者としての身分又は地位を有する者としての活動に該当することに適合している旨の証明書の交付を申請しようとする者は,

 

「在留中の一切の経費を支弁することができることを証する文書,当該外国人以外の者が経費を支弁する場合には,その収入を証する文書」を資料として提出しなければならない旨を規定し,

 

また,他の在留資格から定住者に在留資格の変更を求めるに当たっても,同様の文書を資料として提出しなければならない旨を規定しているのである(入管法7条1項2号,7条の2第1項,20条2項,同施行規則6条,6条の2第2項,20条2項,別表第三)。

       

 上記の点に,入管法が,

 

「貧困者,放浪者等で生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのある者」に該当する外国人は,本邦に上陸することができない旨を規定していること(5条1項3号)

 

及び定住者告示6号ニにいう「扶養を受けて生活する」という文理を総合すると,

 

定住者告示6号ニにいう,日本人の配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって在留するものの「扶養を受けて生活する」これらの者の未成年で未婚の実子に当たると認められるためには,

 

国又は地方公共団体の負担する給付によることなく,日本人の配偶者が,未成年で未婚の実子の在留中に要する一切の経費について,主として支弁して負担すると認められることを要するものというべきである。

     

 

(ウ) これを,本件についてみるに,Cは,日本人であるHの配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって本邦に在留するものであり,被控訴人らは,いずれもCの未成年で未婚の実子であって,来日以来,これまでに稼働経験がなく,生活費等その在留中に要する一切の経費について,Cの給与のほか,C自身とDの2人に支給される生活保護費等の社会保障給付によって賄われているものと認められる。

       

 そして,生活保護の受給決定がされた平成22年2月から本件各裁決がされた平成23年2月までの給与額と生活保護費の支給額は,別表1記載のとおりであると認められ,月額平均で,給与額が9万6784円,生活保護費の支給額が8万5039円となり,このほか,最低生活費(受給開始時点で18万7950円,平成22年3月1日時点で19万5950円)から控除される収入充当額中には,こども手当及び児童扶養手当が含まれていることをも総合すれば,被控訴人らの生活費等その在留中に要する一切の経費について,国又は地方公共団体の負担する給付によることなく,Cが主として支弁して負担したものとは認められないというべきである。

       

 したがって,被控訴人らが,定住者告示6号ニにいう,日本人の配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって在留するものの「扶養を受けて生活する」これらの者の未成年で未婚の実子に当たると認めることはできないし,これに準じてその趣旨を汲むべき特別な事情があるとも認められない。

     

(エ) これに対し,被控訴人らは,CとDの最低限度の生活を維持するために支給された生活保護費について,その健康で文化的な最低限度の生活を維持するために必要な金額をさらに切り詰めて,被控訴人らのための生活費としたとしても,Cには,親として被控訴人らの扶養の義務があり,被控訴人らを扶養していたのは,国ではなく,Cであって,被控訴人らは,Cの「扶養を受けて生活する」未婚で未成年の実子として,定住者告示6号ニに該当する旨主張する。

       

しかし,Cの給与額と生活保護費の支給額等,前記(ウ)判示の事実に照らせば,生活保護の受給を含む社会保障給付がなければ,被控訴人らの在留中の生活に要する経費を賄うことができなかったものと認められ,国又は地方公共団体が負担する給付によることなく,Cが被控訴人らの在留中の生活に要する一切の経費を主として支弁して負担したものとは認められないことは前記(ウ)判示のとおりであって,前記(イ)に判示するところに照らせば,被控訴人らの主張は採用することができない。

       

 また,被控訴人らは,在留特別許可が付与されれば,学費や進学費用等は被控訴人らのアルバイト等によって賄い,生活保護は打ち切りたいとのCの希望があることも考慮すれば,被控訴人らが定住者告示6号ニにいう,日本人の配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって在留するものの「扶養を受けて生活する」これらの者の未成年で未婚の実子に当たる旨を主張するようであるが,被控訴人らの主張するところは,本件各裁決後の事情である上,現在発生していない将来の不確定な事情でもあって,前記(イ)及び(ウ)判示の各点に照らせば,前記(ウ)判示の判断を左右するに足りるものではない。

       

 

被控訴人らの主張は,採用することができない。

    

 

 

 

 

 

イ 被控訴人らは,来日後に在留資格変更許可の申請手続が執られた経緯やCの供述調書(乙9)の記載に照らし,当初から居住目的で来日したにもかかわらず,「親族訪問」を目的とした「短期滞在」の上陸申請をして,その在留資格を受けて本邦に入国したものと認められる。その上,最初の定住者への在留資格変更許可の申請手続が許可できない旨の通知を受け,出国準備を目的とする在留資格変更申請に変更された結果,在留資格を「特定活動」,在留期間を「2月」として許可されたところ,その在留期限の前日に2回目の定住者への在留資格変更許可の申請手続を執って,そのまま在留期限の平成22年2月11日を超えて,不法残留するに至ったものであって,このような被控訴人らの行為は,我が国の適正な出入国管理行政を害するものであったことは否めないものというべきである。そして,Cにおいて,日本人の配偶者等の在留資格を有することから,未成年の実子である被控訴人らも容易に定住者の在留資格を得られると考えたことにやむを得ない事情があったとも認められない。

      

 その上,本件各裁決時において,被控訴人Aが17歳,被控訴人Bが16歳であって,フィリピンにおいては,18歳が成人年齢とされ,同国には,Cの母親である祖母のほか,Cの3人の兄弟が生活していること(乙9)を総合すれば,被控訴人らが同国において自活して生活することは,相応の困難を伴うとしても,十分に可能なものであるというべきである。

    

ウ これに対し,被控訴人らは,多大な努力によって日本語の能力を短期間に向上させ,地元のNPO主催の行事に参加するなどして日本社会に急速に定着しつつあり,将来にわたって日本で真摯に生活する意欲のあることからしても,在留特別許可が与えられるべきである旨を主張するようである。

      

 しかし,被控訴人らは,約14年間にわたってフィリピンで生育しており,被控訴人らの本邦における在留期間は,本件各裁決まで約1年5か月であって,このうち在留資格に基づく在留期間は5か月と短く,他は不法残留であることに加えて前記ア及びイ判示の点をも総合すれば,仮放免後,平成23年4月に被控訴人Bが夜間中学3年に入学し,平成24年4月に被控訴人らが定時制高校に進学したとしても,そのような定着性や生活への意欲のあることをもって,直ちに,在留特別許可をすべきものであるとは認められないというべきである。

   

(5) 以上によれば,被控訴人らについて,定住者告示6号ニにいう日本人の配偶者で日本人の配偶者等の在留資格をもって在留するものの「扶養を受けて生活する」これらの者の未成年で未婚の実子に当たるとは認められず,

 

定住者としての在留資格があるとか,これに準ずるような事情を認めることができないこと,

 

被控訴人らの入国の経緯が適正な出入国管理行政を害するものであったこと,

 

本件各裁決時に被控訴人Aが17歳,被控訴人Bが16歳であって,

 

フィリピンにおいては,18歳が成人年齢とされており,Cの母親や兄弟が居住し,自活して生活することも,十分に可能であること,

 

被控訴人らが約14年間にわたってフィリピンで生育しており,その本邦における在留期間は,本件各裁決まで約1年5か月であって,このうち在留資格に基づく在留期間は5か月と短く,他は不法残留であることが認められ,

 

 

以上に照らすと,被控訴人らの日本社会への定着性や生活意欲があることから直ちに在留特別許可をすべきであるとは認められないこと等の前記(4)判示の事情を総合すれば,

 

入管法50条1項に基づく在留特別許可をせずにした本件各裁決の判断について,全く事実の基礎を欠き又は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に当たるとは認められず,法務大臣等に委ねられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであると認めることはできない。

   

 

 

(6) なお,被控訴人らは,本件各裁決の当時,被控訴人らはいずれも未成年であり,児童の権利に関する条約,市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)に照らせば,被控訴人らにおいて,フィリピンに帰国することなく,実母のC,妹のDの家族と共に暮らす権利は最大限に保障される必要があり,在留特別許可がされるべきである旨を主張するようである。

     

 

 しかし,児童の権利に関する条約,市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)は,いずれも,法律に基づく退去強制手続を禁止するものではなく,退去強制の措置の結果,父母と児童とが分離されることも禁止するものとは認められないこと(同条約9条4項,同規約13条1文各参照)及び前記(5)判示の各点に照らすと,被控訴人らの上記主張は採用することができない。

  

 

3 本件各退令発付処分の適法性について

   

 前記2判示のとおり,本件各裁決が適法である以上,東京入管横浜支局主任審査官がした本件各退令発付処分も適法というべきである。

  

 

4 よって,原判決は不当であって,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上,被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

     

 東京高等裁判所第5民事部

         裁判長裁判官  大竹たかし

           裁判官  平田直人

            裁判官  田中寛明

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(原裁判等の表示)

 

        

 

 

主   文

 

  

1 東京入国管理局長が平成23年2月14日付けで第1事件原告に対してした異議の申出に理由がない旨の裁決を取り消す。

  

2 東京入国管理局横浜支局主任審査官が平成23年3月3日付けで第1事件原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

  

3 東京入国管理局長が平成23年2月14日付けで第2事件原告に対してした異議の申出に理由がない旨の裁決を取り消す。

  

4 東京入国管理局横浜支局主任審査官が平成23年3月3日付けで第2事件原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

  

5 訴訟費用は被告の負担とする。

 

        

 

 

理   由

 

 第1 請求

  1 第1事件

    主文1項及び2項と同旨

  2 第2事件

    主文3項及び4項と同旨

 

 

 

 

 

 

 

 

第2 事案の概要等

  

1 本件は,いずれもフィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)の国籍を有する男性であって兄弟である第1事件原告A及び第2事件原告B,原告Aと併せて「原告ら」という。)が,原告らに対する出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)容疑での退去強制手続において,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)からそれぞれ入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を受け,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)横浜支局主任審査官からそれぞれ退去強制令書の発付処分を受けたことから,原告らは,「日本人の配偶者等」の在留資格で在留している母親の扶養を受けている未成年で未婚の実子であり,日本への定着性も認められ,東京入管局長は原告らに在留特別許可をすべきであったのにこれをしなかったものであるから,上記各裁決及び上記各退去強制令書発付処分は違法であるとして,それらの取消しを求めた事案である。

  

 

2 前提となる事実(認定に用いた証拠は各文の末尾に記載した。)

   

(1) 原告らの身分事項

    

ア 原告Aは,平成▲年(▲年)▲月▲日,フィリピンにおいて,Cを母として出生したフィリピン国籍を有する外国人の男性である。(甲4,乙1の1)

    

イ 原告Bは,平成▲年(▲年)▲月▲日,フィリピンにおいて,Cを母として出生したフィリピン国籍を有する外国人の男性である。(甲5,乙1の2)

    

ウ Cは,フィリピン国籍を有する外国人の女性であって,日本国籍を有するHと婚姻し,同人との間に娘のD(平成▲年▲月▲日生まれ。)をもうけ,「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するものである。(甲3,6,7)

   

(2) 原告らの入国及び在留状況

    

ア 原告らは,平成21年9月12日,成田国際空港に到着し,東京入国管理局成田空港支局入国審査官から,それぞれ在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。(乙1の1,2)

    

イ 原告らは,平成21年10月19日,東京入管横浜支局において,在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請をした。(乙3の1,2)

    

ウ 東京入管局長は,平成22年1月7日,東京入管横浜支局入国審査官を介し,原告らの上記イの在留資格変更許可申請は,「定住者」の在留資格について法務大臣が予め告示で定めた地位を有しているとは認められず,他に本邦への居住を認めるに足りる特別な理由も認められないため,原告らの申請内容では許可できないが,出国準備目的とする申請内容であれば許可できる旨の通知をした。(乙4の1,2)

    

エ 原告らは,平成22年1月7日,東京入管横浜支局において,上記イの在留資格変更許可申請を「出国準備を目的とする在留資格変更申請」に変更する申出書を提出し,これを受けて,東京入管局長は,同日,原告らに対し,それぞれ在留資格を「特定活動」,在留期間を「2月」とする在留資格変更許可をした。(乙1の1,2,乙5の1,2)

    

オ 原告らは,平成22年2月10日,東京入管横浜支局において,Cを代理人として,在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請をしたが,東京入管局長は,同年4月27日,原告らに対し,在留資格変更を不許可とする処分をし,原告らにこれを通知した。(乙6の1,2,乙7の1,2)

    

カ 原告らは,その最終の在留期限である平成22年2月11日を超えて本邦に不法残留するに至った。(乙1の1,2,乙8の1,2)

   

 

 

 

 

(3) 原告らに対する退去強制手続

    

ア 東京入管横浜支局入国警備官は,平成22年4月27日,原告らが入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして違反調査を開始し,同年10月26日,Cから原告らに係る事情聴取を行った。(乙8の1,2,乙9)

    

イ 東京入管横浜支局入国警備官は,平成23年1月21日,原告らが入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管横浜支局主任審査官から原告らに対する各収容令書の発付を受け,同月24日,同収容令書を執行するとともに,同号に該当する容疑者として,原告らを東京入管横浜支局入国審査官に引き渡した。(乙11の1,2,乙12の1,2)

    

ウ 東京入管横浜支局主任審査官は,平成23年1月24日,原告らに対し,仮放免を許可した。(乙13の1,2)

    

エ 東京入管横浜支局入国審査官は,平成23年1月24日,東京入管横浜支局において,原告ら及びCから事情聴取を行い,原告らに係る違反審査を行い,その結果,原告らが入管法24条4号ロ(不法残留)にそれぞれ該当し,かつ,いずれも出国命令対象者に該当しない旨認定し,原告らにその旨通知したところ,原告らは,同日,特別審理官による口頭審理の請求をした。(乙14の1ないし3,乙15の1,2)

    

オ 東京入管横浜支局特別審理官は,平成23年2月10日,東京入管横浜支局において,原告らに係る口頭審理を行い,その結果,入国審査官の前記エの認定に誤りはない旨判定し,原告らにその旨通知したところ,原告らは,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。(乙16の1,2,乙17の1,2,乙18の1,2)

    

カ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成23年2月14日,前記オの異議の申出にはいずれも理由がない旨の裁決(以下「本件各裁決」という。)をするとともに,同日,東京入管横浜支局主任審査官に本件各裁決を通知した。(乙19の1,2,乙20の1,2)

    

キ 前記カの通知を受けた東京入管横浜支局主任審査官は,平成23年3月3日,原告らに対し,本件各裁決を通知した上で,それぞれ退去強制令書を発付し(以下「本件各退令発付処分」という。),東京入管横浜支局入国警備官は,同日,上記各退去強制令書を執行した。(甲1,2,乙21の1,2,乙22の1,2)

    

ク 東京入管横浜支局主任審査官は,平成23年3月3日,原告らに対し,仮放免を許可した。(乙23の1,2)

  

 

 

 

 

 

 

 

 

3 争点及び当事者の主張

    

 本件の争点は,本件各裁決の適法性(東京入管局長が原告らに対し在留特別許可をしなかった判断が,裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用したものであるか。)及び本件各退令発付処分の適法性である。

   

 

 

(1) 原告らの主張

    

ア 法務省入国管理局が,平成18年10月に作成して公表し平成21年に改訂した「在留特別許可に係るガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)によれば,在留特別許可をする方向で考慮する積極要素として,当該外国人が,入管法別表第二に掲げる在留資格で在留している者の扶養を受けている未成年・未婚の実子であることを掲げているところ,原告らは,来日後,「日本人の配偶者等」の在留資格で本邦に在留しているCの扶養を受けて生活しており,本件各裁決時において,原告Aは17歳,原告Bは16歳であって,婚姻もしていないから,原告らは,上記ガイドラインにいう入管法別表第二に掲げる在留資格で在留している者の扶養を受けている未成年・未婚の実子に当たる。

      

 Cは,原告らの来日後の約2年半にわたり,C自身の給料とC及びDの2人分を基準とした生活保護費で原告らを養育してきており,Cには原告らを扶養するにつき十分な経費支弁能力を有しているといえ,その実績も十分に認められ,原告らの高校の学費についても,高校との間で分割して納入するとの協議が整っており,学費を負担しても生活はできている。また,Cが現在受給している生活保護費は月に約4万円であるから,原告らが在留資格を得ることができ,週に数日,短時間のアルバイトをすれば,学業に支障を来すことなくその程度の収入を得ることは十分に可能であり,生活保護を受給することなく生活することも見込まれるのであって,その意味でもCの経費支弁能力に問題はない。

      

 他方,フィリピンにおいて,原告らは,母方の祖父母,すなわち,Cの両親により養育されていたが,祖父は▲年(平成▲年)に死亡し,祖母も○が悪化し,○により片目はほとんど見えず,もう片目もよく見えない状態である上,最近では○の症状も現れており,原告らを扶養することは到底不可能である。

    

 

 

イ また,ガイドラインは,在留特別許可をする方向で考慮する積極要素として,その他人道的配慮を必要とするなど特別な事情があることを掲げているところ,原告らは,幼い頃からCと離れて生活していたが,頻繁に電話を架け,写真を送るなどして交流をはかり,互いにいつかは一緒に暮らすことを切望しており,原告らが来日し,ようやくCと一緒に暮らすことができるようになったものであって,原告らと妹のDとの関係も非常に良好である。そして,原告らは,日本の学校に進学する夢を持ち,フィリピンでも日本語の勉強をし,さらに,来日直後からNPO法人が主催する日本語教室に通い,真摯に日本語の勉強を続けたことにより,自ら漢字も用いた陳述書(甲10,11)を作成することができるまでに日本語を習得し,平成24年4月には,そろって定時制高校に進学した。

      

 このような原告らと実母Cとの関係,原告らと原告らと異父兄妹にあたる日本人Dとの関係,高校への進学の状況等に鑑みれば,原告らに家族と共に過ごす機会及び学ぶ機会を保障するという観点から,原告らには人道上特に配慮すべき事情がある。

    

ウ 原告らは,「短期滞在」の在留資格で入国し,その後「定住者」への在留資格の変更を申請したが認められず,「特定活動」の在留資格となり,その在留期限の満了前,再度「定住者」への在留資格の変更を申請したが認められなかったため不法残留に至ったものであって,原告らは在留期限が満了する前に入国管理局に出頭し,適法な方法により在留資格を得るために可能な限りの努力をしており,原告らの行為が日本の入国管理制度の根幹を揺るがすほどの悪質性があるとは認められない。

      

 また,原告らとHとの間の養子縁組は成立していないが,これは,原告らと養子縁組をする話はCとHが結婚した当初からあったものの,Cが在留資格を得てから手続をとろうと考えていたところ,Cが「日本人の配偶者等」の在留資格を得るとほぼ同時期に,Hが逮捕され,その後服役することになったため,養子縁組の手続を進められなかったものであって,原告らには何らの責任もない。原告らとHとは,共に暮らしたことはないが,原告らがフィリピンにいるころから定期的に手紙のやり取りをしており,実質的に親子としての関係を築いている。

    

エ 以上によれば,本件各裁決は,上記ア及びイの積極要素を十分に考慮して原告らに在留特別許可をすべきであったにもかかわらずこれをしなかったものであるから,違法である。

      

 また,本件各裁決が違法である以上,それに基づく本件各退令発付処分も違法である。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

(2) 被告の主張

    

ア 原告らは,当初から本邦に居住する目的で来日したにもかかわらず,本来の入国目的を偽り,入国審査官から,在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて入国したものであって,そもそも不法残留になる可能性があることを認識した上で本邦に入国し,かつ居住目的であるにもかかわらずこれを偽って短期滞在の在留資格を受けて本邦に入国し,不法残留に至ったのであり,原告らの本邦への入国及びその後の在留状況は悪質であり,出入国管理行政上看過することができない。

    

イ 在留特別許可の許否の判断において,当該外国人が本邦で生活するに当たっての経済的基盤が整っているか否かは十分に考慮されるべき要素であるところ,原告らの母親であるCの1か月の収入は,勤務先からの給料約11万円及び生活保護費4万円の合計約15万円であって,仮に,原告らが本邦においてCと生活することとなった場合,Cの扶養家族は3名となり,Cの収入は3人の子を養うには十分ではなく,原告らについては経済的基盤が整っていない。

      

 また,Cは,不法残留が入管法に違反することを承知しながら,原告らを不法残留させたものであり,その遵法精神には疑問があるといわざるを得ず,また,原告らの来日までの間,原告らとHとの養子縁組の準備を怠るなど,Cが本邦において原告らを真摯に扶養する意思を有しているか疑問があり,未成年者に適した生活環境が整っていない。

      

 このように,原告らについては,「定住者」の在留資格を付与するに足りる経済的基盤や生活環境が整っていない。

    

 

ウ 原告らの在留期間は,本件各裁決時までの約1年5か月間であって短期間である上,このうち,原告らが正規の在留資格によって本邦に在留していた期間はわずか5か月間であり,その在留資格は「短期滞在」や出国準備を目的とした「特定活動」であって,いずれも短期間の在留を目的とした在留資格によって本邦に在留していたにすぎない。

      

 また,原告らは,Cが日本へ出稼ぎに行ったため,原告Aが1歳10か月,原告Bが10か月の頃から,原告らの来日までの約14年間,フィリピンにおいて,原告らの祖父母に扶養されており,Cは,平成7年(1995年)7月22日に来日して以降,原告らに会うためにフィリピンに渡航したのは,平成18年,平成20年,平成21年の3回のみである上,Cが本邦において原告らを養育していた期間は最長でも約1年5か月間にすぎず,原告らが祖父母に扶養されていた期間と比較して非常に短期間であるから,原告らとCとの関係は希薄であるといわざるを得ない。

      

 そして,原告らが我が国の高校に入学したことは本件各裁決後の事情である上,原告らの本邦への入国が真摯な勉強目的であったとは認められず,仮に原告らに本邦における勉学意思があったとしても重要視されるべき事情ではない。また,Cの収入状況等に照らし,原告らが高校への通学を続けることができるか疑問があるといわざるを得ない。

      

 このように,原告らは本邦への定着性が認められない。

    

 

 

エ 原告らは,いずれもフィリピンで出生して成育し,フィリピンの教育を受け,原告Aについてはフィリピンの高校を卒業しており,本邦に入国するまで我が国と何ら関わりがなかったものである。そして,原告らがフィリピンに帰国したとしても,Cから金銭的な援助を受けることができ,フィリピンには,従前原告らを養育してきた祖母及びCの兄弟3人が居住しており,これらの親戚による原告らへの生活支援,援助が期待できるから,原告らのフィリピンにおける生活に支障はない。

    

 

 

オ 以上によれば,原告らに在留を特別に許可しなければ入管法の趣旨に反するような極めて特別な事情はないから,原告らに在留特別許可をしないとの東京入管局長の判断に裁量権の逸脱又は濫用がないことは明らかであって,本件各裁決は適法である。

      

 

また,本件各裁決が適法である以上,本件各退令発付処分も適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 本件各裁決の適法性について

  

(1) 国家は,国際慣習法上,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは専ら当該国家の立法政策に委ねられており,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているということもできない(最高裁判所昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。

     

 そして,入管法50条1項の在留特別許可は,同法24条各号が定める退去強制事由に該当する者について同法50条1項1号から4号までの事由があるときにすることができるとされているほかは,その許否の判断の要件ないし基準とすべき事項は定められておらず,外国人の出入国管理は国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保護の判断については,広く情報を収集しその分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ることを勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣の広範な裁量に委ねられているというべきである。

     

 もっとも,法務大臣に広範な裁量が認められているといっても,その裁量は無制約なものではなく,在留特別許可をするか否かについての法務大臣の判断が,全く事実の基礎を欠き又は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,その判断は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるというべきであって,このことは,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下,法務大臣と併せて「法務大臣等」という。)についても同様というべきである。

   

 

 

(2) 前提となる事実(第2の2(2))のとおり,原告らは,平成21年9月12日,それぞれ在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸し,その後,在留資格を「特定活動」,在留期間を「2月」とする在留資格変更許可を受けたが,その最終の在留期限である平成22年2月11日を超えて本邦に不法に残留した者であるから,入管法24条4号ロ所定の退去強制事由(不法残留)に該当し,原則として本邦から当然に退去強制されるべき外国人に当たることは明らかである。

   

 

(3) そこで,本件各裁決が,上記の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるか否かについて検討するに,証拠(各文の末尾に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

    

 

ア 原告Aは,▲年(平成▲年)▲月▲日,フィリピンにおいて,Cとフィリピンの国籍を有する男性であるIの間の子として出生し,本件裁決時には17歳の未成年であり,本国においても我が国においても,婚姻歴はない。(甲4,乙1の1,乙9)

      

 原告Bは,▲年(平成▲年)▲月▲日,フィリピンにおいて,CとIの間の子として出生し,本件裁決時には16歳の未成年であり,本国においても我が国においても,婚姻歴はない。(甲5,乙1の2,乙9)

    

 

イ CとIは,法律上の婚姻をしておらず,原告Bが出生した前後にIが所在不明となったことから,Cは,原告らを養うため日本で仕事をして金を稼ごうと考え,フィリピンに居住する自らの両親に原告らを預け,平成7年7月22日,他人名義の旅券を使用して本邦に不法入国した。(乙9)

      

 その後,Cは,日本人であるHと知り合い,平成16年3月29日,Hと婚姻し,平成17年2月9日,「日本人の配偶者等」の在留資格を取得し,平成▲年▲月▲日,Hとの間の子であるDを出産した。(甲3,6,7,乙9)

    

ウ Cは,本邦で稼働して得た給料のうち毎月約4万円を原告らの生活費としてフィリピンの母親に送金しており,その総額は約850万円に達する。(乙9,14の3)

      

 また,Cは,原告らが幼いうちは,母親から電話で原告らの様子を聞き,原告らが話せるようになった後は,週に2回程度,直接電話で原告らと話をし,その他,相互に写真を送ったり,手紙のやり取りをするなどして,日常的に交流を図っていた。(甲10ないし12)

   

エ Cは,本邦に入国後,3回フィリピンに帰国して原告らと会った。

      

1回目は,平成18年4月ころ,原告Bの小学校の卒業式に出席するため,Dを連れてフィリピンに帰国し,約1か月間滞在して原告らと共に過ごした。

      

2回目は,平成▲年▲月ころ,Cの父が亡くなったため,フィリピンに帰国し,約1週間滞在して原告らと共に過ごした。その際,Cは,Cの母から,以前から患っていた○及び○が悪化したため,これ以上原告らの面倒をみることはつらいなどと言われたことから,原告Bが高校を卒業した後,原告らを日本に呼び寄せようと考えるようになった。

      

3回目は,平成21年4月ころ,原告Bの高校の卒業式に出席するため,Dを連れてフィリピンに帰国し,約2週間滞在して原告らと共に過ごし,その際,原告らが来日するためのパスポートを取得した。(以上につき,甲12,乙14の3)

    

 

 

 

オ 原告らは,平成21年9月12日,それぞれ在留資格を「短期滞在」,在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。(乙1の1,2)

      

原告らは,平成21年10月19日,それぞれ在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請をしたが,平成22年1月7日,東京入管局長から,上記申請内容では許可できないが,出国準備目的とする申請内容であれば許可できる旨の通知を受けたため,同日,その旨の変更申出書を提出し,東京入管局長から,それぞれ在留資格を「特定活動」,在留期間を「2月」とする在留資格変更許可を受けた。(乙1の1,2,乙3の1,2,乙4の1,2,乙5の1,2)

      

原告らは,平成22年2月10日,再度それぞれ在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請をしたが,東京入管局長は,同年4月27日,原告らに対し,在留資格変更を不許可とする処分をしたことから,その最終の在留期限である平成22年2月11日を超えて不法残留するに至った。(乙6の1,2,乙7の1,2)

    

カ 原告らは,本邦に入国後,肩書地において,C及びDと同居し,家の掃除や洗濯,Dの保育園への送迎など,Cの家事の手伝いをしたり,横浜市α区に所在するNPO法人が週に3回開いている日本語教室に通って日本語の勉強をするなどして過ごした。原告らは,当初,日本語教室の初級クラスに所属していたが,平成23年4月には上級クラスに進級し,漢字を交えて文章を書くことなどもできるようになった。また,原告Aは,上記のNPO法人が主催する日本語スピーチ大会に出場し,「○」という題で,日々の生活や文化の違いなどについて日本語でスピーチをした。(甲10ないし12,14ないし20)

      

 また,原告Aは,平成23年8月,日本の専門学校に進学することを目指し,日本の高校卒業資格を得るべく,高等学校卒業程度認定試験を受験したが,英語の科目しか合格しなかったことから,まずは,日本の高校に進学することを目指すことにした。(甲9,10,12,13の1,2)

      

 他方,原告Bは,日本の高校に進学することを目指し,平成23年4月,夜間中学に3年生として入学したが,

 

 金銭的余裕がないために片道1時間以上かけて徒歩で通学を続け,平成24年3月,同中学校を卒業した。(甲11,12,63ないし65)

      

 そして,原告らは,平成24年2月,それぞれ神奈川県立J高校の定時制過程を受験して合格し,同年4月以降,同高校に通っている。(甲10ないし12,60の1,2)

    

 

キ Cは,パート従業員として稼働し,1か月に約11万円の給料を得ているほか,CとDの二人分の生活保護費として1か月に約4万円を受給している。(甲12,乙9,14の3,乙24)

      

 他方,原告らは,稼働経験がなく,原告らの来日後の生活費等は,専ら上記Cの給料及び生活保護費により賄われている。(甲10ないし12,乙14の1ないし3)

    

ク CとHは,婚姻したころから,原告らを日本に呼び寄せ,原告らとHとの養子縁組をしようと考えており,Hと原告らも,原告らが来日する前から日本語(ローマ字)で手紙のやり取りをするなどして交流を図っていたが,Cが不法在留中であったため,Cが在留資格を取得した後に養子縁組をすることとしていたところ,平成17年2月9日,Cが「日本人の配偶者等」の在留資格を取得したが,同日,Hが逮捕され,その後,強盗殺人未遂等の罪により○の有罪判決の宣告を受けて服役することになったことから,原告らとHとの養子縁組をすることができなかった。(甲12,乙9,14の3)

      

 また,Hは,平成22年2月8日,横浜家庭裁判所に対し,原告らとの養子縁組許可の申立てをしたが,同裁判所からHが刑務所に収容中であることを理由に申立ての取下げを勧告されたため,同申立てを取り下げたことから,現在まで,Hと原告らとの養子縁組は成立していない。(甲12,乙28)

    

ケ Cの母親は,持病の○及び○のため,杖を使用せずに歩行することはできず,片目はほぼ失明し,もう片目も視力が著しく衰えており,平成23年12月ころからは○の症状も現れている。また,Cの父親は,平成▲年▲月に死亡した。(甲10ないし12,56,57)

   

 

 

 

 

(4) 以上の事実関係を前提に検討する。

    

ア 入管法は,外国人が本邦において一定の活動を行って在留するための法的資格を「在留資格」として定め,外国人の本邦において行う活動が在留資格に対応して定められている活動のいずれかに該当しない限り,その入国及び在留を認めないこととしている(入管法2条の2第1項,2項,7条1項2号)。そして,「定住者」の在留資格については,当該活動の前提となる身分又は地位として,「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」と規定されており(入管法別表第2の定住者の項の下欄),入管法7条1項2号に基づき,入管法別表第2の定住者の項の下欄に掲げる地位であらかじめ定めるものとして,いわゆる定住者告示(「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の規定に基づき同法別表第2の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」(平成2年法務省告示第132号))が定められている。

      

この定住者告示は,その6号ニにおいて,「日本人,永住者の在留資格をもって在留する者,特別永住者又は一年以上の在留期間を指定されている定住者の在留資格をもって在留する者の配偶者で日本人の配偶者等又は永住者の配偶者等の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」と規定している。

      

このように定住者告示6号ニが,日本人等の配偶者で「日本人の配偶者等」等の在留資格をもって在留する者の扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子について,定住者としての地位を認めることとしている趣旨は,未成年で未婚の子は,独立して生活を維持することが困難であり,通常,その実親が生活費等を負担し,同居して身の回りの世話をするなどして,その庇護の下で生活することが必要不可欠であって,現に未成年で未婚の子が実親の庇護の下で生活している場合には,出入国管理行政上も,そのような生活状況を保護すべきものと解されるところ,実親が「日本人の配偶者等」等の在留資格をもって本邦に在留している場合,その子にも在留資格を認めなければ,本邦に在留する実親の庇護の下で生活することが困難となることから,「日本人の配偶者等」等の在留資格をもって本邦に在留する者の扶養を受けて生活している未成年で未婚の実子についても,「定住者」の在留資格を与えることにしたものであると解される。

      

そうすると,このような定住者告示6号ニの趣旨に照らせば,同規定にいう「扶養を受けて生活する」とは,生活費等の負担という経済的な観点のみならず,家族関係及び生活状況の実態に照らし,実親の庇護の下で生活していると認められるか否かという観点からも検討すべきと解するのが相当である。

    

 

 

 

イ これを本件についてみるに,まず,前記(3)ア,イのとおり,Cは,日本人であるHの配偶者で「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するものであり,原告らは,いずれもCの未成年かつ未婚の実子である。

      

次に,経済的な観点からみると,前記(3)キのとおり,原告らは,稼働経験がなく,原告らの来日後の生活費等は,専らCの1か月に約11万円のパート従業員としての給料及びCとDの2人分として受領する1か月約4万円の生活保護費により賄われており,原告らの生活費等の全額ではないものの,その大部分は,Cの収入により賄われているといえる。そして,上記金額は,4人分の生活費として必ずしも十分な金額であるとはいい難いものの,現に,原告らが来日してから現在まで,上記金額の範囲内で,原告らを含めた4人で生活を維持してきている。

      

 

 そして,家族関係及び生活状況の実態をみるに,前記(3)カのとおり,原告らは,本邦に入国後,C及びDと同居して生活しており,掃除や洗濯をしたり,Dの保育園への送迎,家事の手伝いをするなど,家族として相互扶助しながら共同生活を営んでいるのであって,原告らは実親であるCと同居しその庇護の下で生活しているといえる。

      

これらの事実によれば,原告らは,Cの「扶養を受けて生活する」ものというべきである。

    

 

ウ そして,前記(3)カのとおり,原告らは,本邦に入国後間もなくから日本語教室に通い始め,その上級クラスに進級し,漢字を交えて文章を書くことができるほどに日本語を習得し,原告Aにおいては,日本の専門学校に進学することを目指し,日本の高校卒業資格を得るべく,高等学校卒業程度認定試験の受験に向けて準備し,原告Bにおいては,日本の高校に進学するために日本語の勉強に励んでいたものであって,極めて熱心に日本語を勉強することによって短期間にその能力を高め,日本社会への定着性を急速に高めつつあったものといえる。

      

 さらに,本件各裁決後の事情ではあるが,原告Bは,平成23年4月には,日本の夜間中学に3年生として入学し,原告らは,平成24年4月から県立高校の定時制過程に進学するなど,原告らが真摯に行ってきた日本社会への定着性を高める努力は,その後も継続され成果を上げている。

    

 

 

 

エ そうすると,そもそも原告らは,日本人の配偶者で「日本人の配偶者等」の在留資格をもって在留するCの扶養を受けて生活している未成年で未婚の実子であり,定住者告示6号ニにいう「日本人…の配偶者で日本人の配偶者等…の在留資格をもって在留するものの扶養を受けて生活するこれらの者の未成年で未婚の実子」に当たる上,原告らの多大な努力によって日本語の能力を短期間に向上させ,漢字を用いて文章が書けるまでに至り,妹Dの送迎や地元のNPO主催の行事による地域交流などを通じて日本社会に急速に定着しつつあり,そして将来にわたって日本で真摯に生活していくべく意欲的に取り組んでいる春秋に富む原告らに対し,我が国の在留資格を与えないことは,前記(1)のとおり法務大臣等の裁量権が広範であることを前提としても,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるとして,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるというべきである。

   

 

(5)ア これに対し,被告は,原告らは,当初から本邦に居住する目的で来日したにもかかわらず,入国目的を偽って在留資格を「短期滞在」とする上陸許可を受けて入国したものであって,そもそも不法残留になる可能性があることを認識した上で本邦に入国し,不法残留に至ったのであり,原告らの入国及び在留状況は悪質である旨主張する。

      

確かに,入管法は,在留資格に応じて本邦において行うことができる活動を定め(入管法19条,別表第一),入管法施行規則は,本邦において行うことができる活動に応じて,上陸申請に当たり提出すべき資料を定めており(入管法施行規則6条,別表第二),特に,「短期滞在」の在留資格は,その入国目的が観光等であって就労を目的とせず,かつ,滞在期間も比較的短期間に限られていることから,査証が比較的容易に発給され又は査証を要求されることなく,簡便な入国審査により上陸が認められることからすると,原告らが,本邦に居住する目的で来日したにもかかわらず,在留資格を「短期滞在」とする上陸許可を受けて本邦に入国した行為が,我が国の適正な出入国管理行政を害するものであることは否めない。

      

しかしながら,Cは,原告らが「短期滞在」の在留資格で入国しても,直ぐに「定住者」への在留資格変更ができ,不法残留になるとは思っていなかった旨供述しているところ,このような供述は,原告らが,本邦に入国して約1か月後に「定住者」への在留資格変更申請をしたこととも整合し,また,自らが扶養する未成年の息子である原告らが「定住者」の在留資格を得られると考えたとしてもやむを得ない面があるのであって,他に,Cないし原告らが,「短期滞在」の在留資格が,査証が比較的容易に発給され,簡便な入国審査により上陸が認められることを悪用し,積極的に入国目的を偽って本邦に入国したと認めるに足りる証拠はない。

      

 そうすると,原告らが,本邦に居住する目的で来日したにもかかわらず,在留資格を「短期滞在」とする上陸許可を受けて入国し,その後,不法残留に至ったことをもって,原告らの入国及び在留状況が,在留特別許可をするか否かの判断に当たり,特に重視すべきほど悪質であるとはいえない。

    

イ 次に,被告は,Cは,不法残留が違法であることを承知しながら,原告らを不法残留させたものであり,その遵法精神には疑問があり,また,原告らの来日までの間,原告らとHとの養子縁組の準備を怠るなど,Cが本邦において原告らを真摯に扶養する意思を有しているか疑問があり,未成年者に適した生活環境が整っていない旨主張する。

      

確かに,Cは,原告らが不法残留となった後も本国に帰国させようとしておらず,このような行為は,我が国の適正な出入国管理行政を維持するという観点からは,看過し難いものではある。しかしながら,Cは,前記(3)イないしエのとおり,

 

原告Bが生まれて間もなく,原告らを養うために,原告らを両親に預けて本邦に入国し,それ以来,電話で話をしたり,手紙や写真のやり取りをするなどして交流を継続してきたが,実際に会ったのは,Cが本国に帰国した際の3回のみであったところ,ようやく原告らを日本に呼び寄せ,親子が同居して生活をすることができるようになったものであって,このような状況にあったCが,原告らを強制的に本国に帰国させようとしなかったことは,母親の心情として十分に理解できるものがあり,このことをもって,Cは遵法精神が欠けるとか,未成年者に適した生活環境が整っていないなどと評価するのは酷に過ぎるものであって相当とはいい難い。

 

むしろ,Cは,10代後半の原告らに決してアルバイト等で稼働させたりせず,原告らが在留資格を得て日本で生活ができるようになるまで,貧しくてもCの収入等で生計を維持していこうとしていたのであって,そこには法を遵守して原告らと共に日本で生活していこうとする強い意思さえ見られる。

      

 

また,Hと原告らと養子縁組がされていない経緯は,前記(3)クのとおりであり,CとHは,婚姻したころから養子縁組をしようと考えていたが,Cが不法在留中であったことから,Cが在留資格を取得した後に養子縁組をすることとしていたところ,Hが逮捕されて服役することになったため,養子縁組をすることができず,現在に至ったというのであって,原告らとHとの養子縁組がされていないことには相応の理由があり,このことをもって,Cが本邦において原告らを真摯に扶養する意思を有していないとは認められない。

      

 そうすると,上記の被告が指摘する点を考慮しても,Cが本邦において原告らを真摯に扶養する意思を有していないとか,原告らを養育するに適した生活環境が整っていないなどとはいえない。

    

 

ウ また,被告は,原告らは,Cが日本へ出稼ぎに行き,原告らが来日するまでの約14年間,フィリピンにおいて,原告らの祖父母に扶養されており,Cが原告らに会うためにフィリピンに渡航したのは3回のみであり,Cが本邦において原告らを養育していた期間は最長でも約1年5か月間にすぎず,原告らが祖父母に扶養されていた期間と比較して非常に短期間であるから,原告らとCとの関係は希薄であると主張する。

      

しかし,前記(3)ウのとおり,Cは,来日した後も,原告らが幼いうちは母親から電話で原告らの様子を聞き,原告らが話せるようになった後は,週に2回程度,直接電話で話をしていたほか,手紙や写真のやり取りをするなど,原告らが本国において祖父母に養育されていた間も,親子としての交流を継続していたものであって,Cが原告らと同居して養育していた期間が短いからといって,原告らとCの関係が希薄であるとはいえない。

    

エ さらに,被告は,原告らは,いずれもフィリピンで出生して成育し,フィリピンの教育を受けたものであり,フィリピンに帰国したとしても,Cから金銭的な援助を受けることができ,フィリピンには,従前原告らを養育してきた祖母及びCの兄弟が居住しており,これらの親戚による原告らへの生活支援,援助が期待できるから,原告らのフィリピンにおける生活に支障はない旨主張する。

      

しかし,原告らは,本件各裁決時において,原告Aが17歳,原告Bが16歳であり,いずれも未成年であり,現在でも,原告Aが18歳,原告Bが17歳であって,フィリピンにおいて,原告らのみで生活するには相応の困難が伴うことが推認されるところ,前記(3)ケのとおり,本国において原告らを扶養してきた祖母は,杖を使用せずに歩行することはできず,片目はほぼ失明し,もう片目も視力が著しく衰えており,最近では,○の症状も現れており,祖父は平成▲年に死亡したことが認められるのであって,従前のように祖父母が原告らの面倒をみることは不可能といわざるを得ない。

      

また,確かに,証拠(乙9)によれば,本国には,Cの3人の兄弟が居住していることが認められるものの,その生活状況等は必ずしも明らかではなく,むしろ,Cは,3人の兄弟はそれぞれ家庭を持ち,自分達の生活で精一杯であるなどと述べていること(乙9)などに照らすと,原告らの生活支援,援助を期待することができる状況にあるとは認め難い。

      

よって,この点について被告の主張に与することはできない。

   

 

 

 

(6) 以上によれば,法務大臣の権限の委任を受けた東京入管局長が原告らに対して在留特別許可をせずにした本件各裁決の判断は,原告らが日本人の配偶者で「日本人の配偶者等」の在留資格をもって在留するCの未成年かつ未婚の実子であり,原告らの努力によって日本社会に急速に定着しつつあることなど,原告らに本邦における在留を認めるべき上記のような事情を十分に考慮しない一方,Cの収入が一般的には原告らを養育するに十分とは認め難いことや原告らが本邦に居住する目的で来日したにもかかわらず,在留資格を「短期滞在」とする上陸許可を受けて入国したことなどを殊更に重視した結果,原告らに在留特別許可をしないという判断に至ったというべきであり,前記(1)のとおり法務大臣等の裁量権が広範であることを前提としても,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであり,裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものというべきであるから,本件各裁決は違法であって,取り消されるべきである。

  

 

2 本件各退令発付処分の適法性について

  

 主任審査官は,法務大臣等から入管法49条1項の異議の申出は理由がない旨の裁決をしたとの通知を受けたときは,同条6項により,速やかに退去強制令書を発付しなければならないとされているところ,退去強制令書は,異議の申出は理由がない旨の裁決が適法に行われたことを前提として発付されるものであるから,前記1のとおり,本件各退令発付処分の前提となる本件各裁決が違法である以上,本件各退令発付処分もその根拠を欠くものであって,違法なものとして取消しを免れない。

 

 

第4 結論

    

 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。

     

 

 東京地方裁判所民事第38部

         裁判長裁判官  定塚 誠

            裁判官  中辻雄一朗

            裁判官  渡邉 哲