裁決等無効確認請求事件

 

 

 

 

 

 

  東京地方裁判所判決/平成26年(行ウ)第551号、平成26年(行ウ)第563号、平成26年(行ウ)第564号 、判決 平成27年11月17日、 LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告らの請求をいずれも棄却する。

  2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

        

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

  

1 東京入国管理局長が平成24年12月11日付けで原告X1に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決が無効であることを確認する。

  

2 東京入国管理局主任審査官が平成24年12月20日付けで原告X1に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。

  

3 東京入国管理局長が平成24年12月11日付けで原告X2に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決が無効であることを確認する。

  

4 東京入国管理局主任審査官が平成24年12月25日付けで原告X2に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。

  

5 東京入国管理局長が平成25年8月23日付けで原告X3に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決が無効であることを確認する。

  

6 東京入国管理局主任審査官が平成25年9月30日付けで原告X3に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。

 

 

第2 事案の概要

    

 本件は,いずれもベトナム社会主義共和国(以下「ベトナム」という。)国籍を有する外国人女性である原告X1(以下「原告母」という。),外国人男性である原告X2(以下「原告父」という。)及び両名の子である原告X3(以下「原告子」という。)が,

 

原告母と原告子については出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に,

 

原告父については同号ロ(不法残留)及びリ(刑罰法令違反)の退去強制事由に該当し,

 

かつ,

 

出国命令の対象者に該当しない旨の認定及びこれに誤りのない旨の判定を経た上,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法49条1項の規定による異議の申出には理由がない旨の裁決

 

(以下,

 

原告母に係る裁決を「本件裁決1」,

 

原告父に係る裁決を「本件裁決2」,

 

原告子に係る裁決を「本件裁決3」といい,

 

これらを併せて「本件各裁決」という。)を受けるとともに,

 

東京入国管理局(以下「東京入管」という。)主任審査官から退去強制令書の発付処分

 

(以下,原告母に係る処分を「本件退令処分1」,

 

原告父に係る処分を「本件退令処分2」,

 

原告子に係る処分を「本件退令処分3」といい,

 

これらを併せて「本件各退令処分」という。)を受けたことに対し,

 

原告らに在留特別許可を付与しないでした本件各裁決につき,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるなどとして,本件各裁決及びこれに基づく本件各退令処分の無効確認を求める事案である。

  

 

 

 

 

1 前提事実(争いのない事実)

   

(1) 原告らの身分関係

    

ア 原告母は,1983年(昭和58年)○月○日,ベトナムにおいて出生したベトナム国籍を有する外国人である。

    

イ 原告父は,1991年(平成3年)○月○日,ベトナムにおいて出生したベトナム国籍を有する外国人である。

    

ウ 原告子は,平成22年○○月○○日,埼玉県三郷市において出生したベトナム国籍を有する外国人である。

   

 

 

 

 

 

(2) 原告母の入国及び在留状況

    

ア 原告母は,平成15年4月17日,新東京国際空港(現在の成田国際空港,以下「成田空港」という。)に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて本邦に上陸した。

    

イ 原告母は,平成15年4月18日,埼玉県川口市長に対し,居住地を「埼玉県川口市(以下略)」,世帯主を「A」,続柄を「妻」として,外国人登録法(平成21年法律第79号による廃止前のもの。以下「外登法」という。)3条1項に基づく新規登録の申請をし,その旨の登録を受けた。その後,原告母は,平成15年6月5日,平成20年11月25日,平成22年6月21日に変更登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

ウ 原告母は,平成16年5月25日,在留期間を「1年」とする在留期間更新許可を受け,その後,平成17年3月22日,平成20年3月17日,にそれぞれ在留期間を「3年」とする在留期間更新許可を受けた。

    

エ 原告母は,平成23年5月20日,在留期間を「1年」とする在留期間更新許可を受けた。

    

オ 原告母は,平成23年8月1日,埼玉県吉川市長に対し,世帯主を「X2」,続柄を「妻」として外登法9条2項に基づく変更登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

カ 原告母は,平成24年4月6日,在留期間更新許可申請をしたが,東京入管局長は,同年7月20日,同申請を不許可とした。

    

キ 原告母は,平成24年7月20日を超えて,本邦に不法に残留した。

   

 

 

 

(3) 原告父の入国及び在留状況

    

ア 原告父は,平成21年3月27日,成田空港に到着し,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて,本邦に上陸した。

    

イ 原告父は,平成21年3月27日,埼玉県吉川市長に対し,居住地を「埼玉県吉川市(以下略)」,世帯主を「○○○○」,続柄を「夫の子」として,外登法3条1項に基づく新規登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

ウ 原告父は,平成22年3月2日及び平成23年5月20日にそれぞれ在留期間を「1年」とする在留期間更新許可を受けた。

    

エ 原告父は,平成23年8月1日,埼玉県吉川市長に対し,世帯主を「X2」,続柄を「本人」とする外登法9条2項に基づく変更登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

オ 原告父は,平成23年8月28日,盗品等有償譲受けの被疑事実により逮捕され,同年9月16日及び11月7日にも同様の被疑事実により再逮捕された。

    

カ 原告父は,平成24年3月26日,横浜地方裁判所川崎支部において,盗品等有償譲受けの罪により,懲役1年4月及び罰金30万円の有罪判決を受けた。同判決は,平成24年4月10日に確定し,原告父は黒羽刑務所に収容された。

    

キ 原告父は,在留期限である平成24年5月20日を超えて,本邦に不法に残留した。

   

 

 

 

 

 

(4) 原告子の在留状況

    

ア 原告子は,平成22年○○月○○日,原告母及び原告父の子として埼玉県三郷市において出生した。

    

イ 原告子は,平成23年1月4日,埼玉県吉川市長に対し,居住地を「埼玉県吉川市(以下略)」,世帯主を「○○○○」,続柄を「夫の子の子」として外登法3条1項に基づく新規登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

ウ 原告子は,平成23年1月21日,在留資格を「定住者」,在留期間を「1年」とする在留資格を取得した。

    

エ 原告子は,平成23年8月1日,埼玉県吉川市長に対し,世帯主を「X2」,続柄を「子」として外登法9条2項に基づく変更登録の申請をし,その旨の登録を受けた。

    

オ 原告子は,平成23年12月6日,在留期間を「1年」とする在留期間更新許可を受けた。

    

カ 原告子は,平成25年1月21日,在留期間更新許可申請をしたが,東京入管局長は,同年2月21日,原告子に対し,「定住者」の在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められないことを理由として,申請どおりの内容では許可できないが,申請内容を出国準備を目的とする申請に変更するのであれば申出書を提出するよう通知し,原告子は,同日,申請内容変更申出書を提出し,在留資格を「特定活動(出国準備)」,在留期間を「30日」とする在留資格変更許可を受けた。

    

キ 原告子は,平成25年3月21日,在留期間更新許可申請をしたが,東京入管局長は,同日,同申請を不許可とした。

    

ク 原告子は,在留期限である平成25年3月23日を超えて,本邦に不法残留した。

   

 

 

 

(5) 本件退令処分1に至る経緯等

    

ア 東京入管入国警備官は,平成24年7月23日,原告母に対する違反調査を行い,同年10月15日,原告母が入管法24条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受けた。

    

イ 東京入管入国警備官は,平成24年10月18日,原告母に係る収容令書を執行して,原告母を東京入管収容場に収容し,同日,入管法24条4号ロ該当容疑者として,東京入管入国審査官に引き渡した。

    

ウ 東京入管入国審査官は,平成24年10月18日,原告母に係る違反審査を行い,その結果,原告母が入管法24条4号ロに該当し,かつ出国命令対象者に該当しない旨認定し,原告母にこれを通知したところ,原告母は,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。

    

エ 東京入管主任審査官は,平成24年10月18日,原告母に対し,仮放免許可をした。

    

オ 東京入管特別審理官は,平成24年11月30日,原告母に係る口頭審理を行い,その結果,原告母に係る東京入管入国審査官の認定には誤りがない旨の判定をし,これを原告母に通知したところ,原告母は,同日,法務大臣に対して異議の申出をした。

    

カ 東京入管局長は,平成24年12月11日,本件裁決1をし,同日,東京入管主任審査官に同裁決を通知した。

    

キ 上記通知を受けた東京入管主任審査官は,平成24年12月20日,原告母に対し,本件裁決1を通知するともに,本件退令処分1をし,東京入管入国警備官は,同日,これを執行し,原告母を東京入管収容場に収容した。

    

ク 東京入管主任審査官は,平成24年12月20日,原告母に対し,仮放免を許可した。原告母は,現在,仮放免中である。

   

 

(6) 本件退令処分2に至る経緯等

    

ア 東京入管入国警備官は,平成24年9月7日,黒羽刑務所において原告父に対する違反調査を行い,同年10月11日,東京入管入国審査官は,原告父に係る違反事件を引き継いだ。

    

イ 東京入管入国審査官は,平成24年11月21日,黒羽刑務所において原告父に係る違反審査を行い,原告父が入管法24条4号ロ及びリに該当する旨認定した。

    

ウ 東京入管入国審査官は,平成24年12月6日,黒羽刑務所において上記認定を原告父に通知したところ,原告父は,同日,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。

    

エ 東京入管特別審理官は,平成24年12月6日,黒羽刑務所において原告父に係る口頭審理を行い,その結果,原告父に係る東京入管入国審査官の認定には誤りがない旨の判定をし,これを原告父に通知したところ,原告父は,同日,法務大臣に対して異議の申出をした。

    

オ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成24年12月11日,本件裁決2をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決2を通知した。

    

カ 上記通知を受けた東京入管主任審査官は,平成24年12月25日,原告父に対し,本件裁決2を通知するとともに,本件退令処分2をした。

    

キ 原告父は,平成25年1月8日,黒羽刑務所から仮釈放され,東京入管入国警備官は,同日,原告父に係る本件退令処分2を執行し,原告父を東京入管収容場に収容した。

    

ク 東京入管入国警備官は,平成25年5月23日,原告父を入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)へ移収した。

    

ケ 東日本センター所長は,平成27年1月9日,原告父に対し,仮放免を許可した。原告父は,現在,仮放免中である。

   

 

 

 

(7) 本件退令処分3に至る経緯等

    

ア 東京入管入国警備官は,平成25年4月25日,原告母に対して原告子に係る違反調査を行い,同年6月3日,原告子が入管法24条4号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受けた。

    

イ 東京入管入国警備官は,平成25年6月6日,原告子に係る上記収容令書を執行して,原告子を東京入管収容場に収容し,同日,入管法24条4号ロ該当容疑者として,東京入管入国審査官に引き渡した。

    

ウ 東京入管入国審査官は,平成25年6月6日,原告母に対し原告子に係る違反審査を行い,その結果,原告子が入管法24条4号ロに該当し,かつ出国命令対象者に該当しない旨認定し,原告母にこれを通知したところ,原告母は,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。

    

エ 東京入管主任審査官は,平成25年6月6日,原告子に対し,仮放免許可をした。

    

オ 東京入管特別審理官は,平成25年8月2日,原告母に対し原告子に係る口頭審理を行い,その結果,原告子に係る東京入管入国審査官の認定には誤りがない旨の判定をし,これを原告母に通知したところ,原告母は,同日,法務大臣に対して異議の申出をした。

    

カ 東京入管局長は,平成25年8月23日,本件裁決3をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決3を通知した。

    

キ 上記通知を受けた東京入管主任審査官は,平成25年9月30日,原告母に対し,原告子に係る本件裁決3を通知するともに,本件退令処分3をし,東京入管入国警備官は,同日,これを執行し,原告子を東京入管収容場に収容した。

    

ク 東京入管主任審査官は,平成25年9月30日,原告子に対し,仮放免を許可した。原告子は,現在,仮放免中である。

  

 

 

 

2 争点

   (1) 本件各裁決の無効事由の有無

   (2) 本件各退令処分の無効事由の有無

  

 

 

3 争点に関する当事者の主張の要旨

   

 

(1) 争点(1)(本件各裁決の無効事由の有無)について

   

 

(原告らの主張の要旨)

     

 法務大臣等(法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長をいう。以下同じ。)が在留特別許可の許否の判断をするに際しては,一定の裁量が認められているものの,日本は法治国家であり,最高法規である日本国憲法(98条2項)に従って国際人権法を含む国際公法にあらゆる行政庁が拘束される国家であるから,その裁量は無制限なほど極端に広範なものではあり得ず,憲法・条約・法律・条理・法の一般原則に拘束される。このような観点からすると,本件各裁決は,以下に述べる事由を適切に考慮していない。これらの事由は,児童の権利に関する条約3条1項,平等原則,比例原則等の条項あるいは法務省入国管理局が定める「在留特別許可に係るガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)といった審査基準に該当する事由であり,本件各裁決はこのような事由が多数あるにもかかわらず,これらを看過しあるいは過小評価しており,裁量権の範囲を逸脱・濫用したもので重大かつ明白な違法がある。

    

ア 原告母について

    

(ア) 原告母は,前夫であるA(以下「A」という。)と2001年(平成13年)12月頃に婚姻し,「定住者」の資格を得て,平成15年4月に来日した。原告母は,平成20年6月にAと離婚したが,その後,原告父と出会って日本で生活を送って来た。原告母は,11年以上日本に居住しており,定着性は十分にあり,ベトナムには身元を引き受けてくれる身寄りもなく,生活の本拠はベトナムより日本にある。

     

(イ) 原告母は本件裁決1当時から卵巣腫瘍を患っており,平成23年5月に診療所を受診し,平成25年6月24日には卵巣腫瘍の摘出手術を受けており,今後も日本での治療が必要である。

     

(ウ) 原告母が在留資格を失ったのは,原告父が盗品等有償譲受けの罪によって服役していたために在留期間の更新手続を行うことが不可能であったためであり,原告母に落ち度はない。

    

 

イ 原告父について

    

(ア) 原告父も,ベトナムに帰国しても身寄りがないうえ,幼少の原告子及び病気の治療のために稼働できない原告母を経済的,精神的に支えていく必要がある。

     

(イ) 原告父は,盗品等有償譲受けの罪により有罪判決を受けているが,犯罪において主導的な役割を果たしたものではないし,事実を認め,贖罪寄附をするなど率直に反省しているのであって,過度に消極要素としてしんしゃくするべきではない。また,被告の指摘する外登法違反の点は,形式犯に過ぎないことからこれも重視すべき消極要素ではない。

    

 

ウ 原告子について

    

(ア) 原告子は,日本国内で生まれ,埼玉県吉川市内の幼稚園に通園しており,幼児期における成育環境の重要性からして,成育環境が著しく変わることは望ましいことではない。原告子は,ベトナム語を話すことができず,現在の幼稚園での適切な教育が引き続き施されるべきである。

     

(イ) 行政当局の判断にあっては,児童の最善の利益(児童の権利に関する条約3条1項)が考慮されるべきであるが,原告子が原告母,父とともに日本において従前通り生活できることが,最善の利益といえる。

     

(ウ) 原告子が在留資格を失ったのは,原告父が盗品等有償譲受けの罪によって服役していたために在留期間の更新手続を行うことが不可能であったためであり,原告子に落ち度はない

  

 

(被告の主張の要旨)

     

 法務大臣等には在留特別許可の許否について極めて広範な裁量権が認められていることから,その判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとして違法とされるのは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があるにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。

    

ア 原告母について

    

(ア) 在留特別許可は,当該外国人に何らかの在留資格が認められる可能性があることを前提とするものであるところ,原告母は,「定住者」として在留していた原告父の配偶者として定住者告示5号ロに該当していたことから「定住者」の在留資格を有していた。しかし,後記イで述べるとおり,原告父は入管法24条4号ロ及びリ(不法残留及び刑罰法令違反)に該当するものとして本件退令処分2により退去強制されるべき外国人であることから,原告母は,もはや定住者告示に該当しない。原告母には,「定住者」としての在留資格が認められない上,その他の在留資格該当性を基礎づける事情もないから,このような原告母に在留特別許可を付与されることは基本的にはあり得ない。

     

(イ) 原告母が不法残留となったことに帰責性のないという点は,法務大臣等が当該外国人に対して特別に在留を許可すべきか否かの判断をする際にしんしゃくされ得る事情の一つにすぎず,入管法は,不法滞在に至る帰責性の有無をもって,法務大臣等の在留特別許可をすべきか否かの判断に関する裁量権の行使に対し,法律上の制約を課しているとはいえない。

     

(ウ) 原告母は,卵巣腫瘍等により今後も日本での治療が必要であると主張するが,治療の必要性について具体的な立証はされていないし,医療体制等は国や地域によって異なるものであり,第一義的には国籍国及び地域の責任で整備されるべきものである。また,一定の医療を受け得る経済的な基盤を有するか否かといった事情は,個々人によって様々であって,その居住地や経済的な事情から,その受け得る医療の内容等に差異が生じることは,やむを得ないことである。

    

イ 原告父について

    

(ア) 原告父は,盗品等有償譲受けの罪により,懲役1年4月及び罰金30万円の有罪判決を受けているところ,犯行の態様は,担当大量な盗品を買い受けるなど悪質であり,常習的な犯行の一環である。原告父は,違反調査においても,約7か月間に渡り同様の犯行を繰り返し,1か月に5ないし7万円の報酬を得ていたと供述しており,原告父が入管法24条4号リ所定の退去強制事由(刑罰法令違反)に該当することは明らかであり,このことは,原告父に在留特別許可を付与すべきではない消極事情として十分考慮される。

     

(イ) 原告父は,平成22年3月頃に埼玉県吉川市(以下略)に転居しており,新居住地に移転した日から14日以内に居住地登録変更の申請をすべき義務があった(外登法8条1項)にもかかわらず,居住地変更登録申請をせず,外登法に違反しているのであり,このことは消極事情として当然にしんしゃくされる。

    

ウ 原告子について

    

(ア) 原告父が本件退令処分2を受けていることから,その子である原告子がもはや定住者告示に該当せず,基本的には在留特別許可が与えられないこと,不法残留となったことに帰責性のないことという点は,法務大臣等が当該外国人に対して特別に在留を許可すべきか否かの判断をする際にしんしゃくされ得る事情の一つにすぎないことは,原告母と同様である。

     

(イ) 原告子は本件裁決3当時,2歳であって,順応性や可塑性に富む年齢であることからすると,原告母及び原告父に協力を得て,ベトナム語や現地の生活習慣を身につけるなどして生活環境に適応することは十分に可能である。また,原告子が国籍国であるベトナムに帰国した際に生ずる困難は,両親が外国で生活中に当該外国で生まれた育った子が,両親と共に本国に帰国する際に一般に生ずるものであるから,現代のように国際化が進んだ社会においてはある程度起こり得るものであり,特殊なものとはいえない。

     

(ウ) 原告らは,本件裁決3が児童の権利に関する条約に違反するとも主張するが,同条約は,外国人の自国への上陸,在留について主権国家の広範な裁量を認めた国際慣習法上の原則を前提としており,原告らが主張する「最善の利益」は,飽くまで在留制度の枠内で保障されるにすぎないものである。

    

エ 原告らは,本件各裁決はガイドライン又は平等原則若しくは比例原則に反する旨主張する。しかし,在留特別許可は,諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって,その許否を拘束する行政先例ないし一義的基準は存在せず,ガイドラインも,在留特別許可の許否の判断に当たり考慮する事項を例示的に示したものにすぎず,原告らの主張は理由がない。

   

(2) 争点(2)(本件各退令処分の無効事由の有無)について

  

(原告らの主張の要旨)

     

 前記(1)(原告らの主張の要旨)で述べたとおり,本件各裁決は無効であるから,本件各裁決に基づく本件退令処分もまた無効である。

   

(被告の主張の要旨)

     

 退去強制手続において,法務大臣等から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないのであるから,前記(1)(被告の主張の要旨)で述べたとおり,本件各裁決が適法である以上,本件各退令処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

1 争点(1)(本件各裁決の無効事由の有無)について

  

(1) 在留特別許可に関する法務大臣等の裁量権について

    

 憲法は,日本国内における居住・移転の自由を保障する(22条1項)にとどまり,外国人が本邦に入国し又は在留することについては何ら規定しておらず,国に対し外国人の入国又は在留を許容することを義務付ける規定も存在しない。このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるものとされていることと,その考えを同じくするものと解される。したがって,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由を保障されていないことはもとより,本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもなく,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。

     

 そして,入管法の定めについて見ると,

 

法務大臣は,退去強制手続の対象となった外国人が退去強制対象者(同法45条1項参照)に該当すると認められ,

 

同法49条1項の規定による異議の申出に理由がないと認める場合においても,その外国人が同法50条1項各号のいずれかに該当するときは,

 

その者の在留を特別に許可することができるとされ(同項柱書き),

 

同項に規定する法務大臣の権限は地方入国管理局長に委任することができるとされているところである(同法69条の2,出入国管理及び難民認定法施行規則61条の2第11号)。

     

 本件では,専ら入管法50条1項4号に基づく在留特別許可をすべきであったか否かが問題となるところ,

 

同号は,「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって,

 

文言上その要件を具体的に限定するものはなく,

 

同法上,

 

法務大臣が考慮すべき事項を掲げるなどしてその判断を覊束するような規定も存在しない。

 

また,このような在留特別許可の判断の対象となる者は,

 

在留期間更新許可の場合のように適法に在留している外国人とは異なり,

 

既に同法24条各号の退去強制事由に該当し,

 

本来的には退去強制の対象となるべき地位にある外国人である。

 

さらに,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,諸般の事情をしんしゃくして,時宜に応じた判断を行うことが必要といえる。

     

 

 このような点に鑑みると,

 

入管法50条1項4号に基づき在留特別許可をするか否かの判断は,

 

法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねられており,

 

その裁量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解するのが相当であって,

 

法務大臣等は,

 

国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,

 

特別に在留を求める理由の当否のみならず,

 

当該外国人の在留の状況,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。

 

 

したがって,

 

同号に基づき在留特別許可をするか否かについての法務大臣等の判断が違法となるのは,

 

その判断が全く事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるものというべきである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。

 

 

     

 なお,ガイドラインは,上記のような法務大臣等の裁量権を前提とした上で,在留特別許可の許否の判断の際に積極要素又は消極要素として考慮される事項を類型化して例示的かつ一般的・抽象的に示す趣旨のものと解される。

 

したがって,積極要素として記載された事情が認められるからといって直ちに在留特別許可の方向で検討されるべきというものではなく,退去強制対象者につきガイドラインの積極要素に該当する事実が一部認められたとしても,そのことのみをもって,同対象者に在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできない。

   

 

 

 

(2) 認定事実

     

前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

    

ア 原告母は,1983年(昭和58年)○月○日,ベトナムにおいて,ベトナム人の両親の間に10人きょうだいの末子として出生し,2001年(平成13年)3月頃ベトナム国内の高校を中退した。ベトナムにおける稼働歴はない。(甲16,乙6の2)

    

イ 原告父は,1991年(平成3年)○月○日,ベトナムにおいてベトナム人の両親の間に,双子の兄として出生し,ベトナム国内の中学校を中退した(甲16,乙6の1)。

    

ウ 原告母は,2001年(平成13年)12月,ベトナム国内においてベトナム人男性であるAと婚姻し,平成15年3月24日,在留資格「定住者」,在留期間「1年」とする在留資格認定証明書の交付を受け,同年4月17日,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて本邦に上陸した。原告母は,その後4回の在留資格更新許可を受けた。(甲16,乙1の2,6の2)

    

エ 原告母は,日本に入国後,埼玉県川口市内にAとともに居住し,平成15年6月5日に埼玉県三郷市内に転居し,埼玉県草加市内の会社でテレビ部品の製造工員として約4年間,埼玉県三郷市内の工場で野菜の箱詰めや加工をする作業員として約1年,埼玉県八潮市内の工場でカメラカバーの検品作業員として約1年稼働したほか,平成17年4月頃足立区の中学校(夜間制)を卒業した(乙1の2,6の2)。

    

オ 原告母は,平成20年6月,Aと離婚し,埼玉県吉川市内の実姉B(以下「B」という。)の家に居住し,昼間,工場で働きながらBとその夫が経営するベトナム料理店を手伝っていた(乙6の2,13の2)。

 

なお,Bは,平成17年12月26日福島地方裁判所いわき支部において窃盗罪により懲役1年6月(4年間執行猶予。平成19年9月10日その猶予取消し)に処せられ,平成21年10月6日その刑の執行を受け終わり,平成19年6月22日さいたま地方裁判所において上記猶予中に犯した窃盗罪により懲役10月に処せられ,平成20年4月6日その刑の執行を受け終わった(乙3)。

    

 

カ 原告父は,平成21年3月4日,在留資格「定住者」,在留期間「1年」とする在留資格認定証明書の交付を受け,同月27日,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて本邦に上陸した。原告父は,その後2回の在留期間更新許可を受けた(乙1の1)。

    

キ 原告父は,「永住者」の在留資格を有する父の妻が居住する埼玉県吉川市内に父,父の妻,妹らとともに居住し,平成21年7月頃から同市内に所在するクリーニング工場で稼働した(乙6の1)。

    

ク 原告母と原告父は,原告父が来日して間もなく,Bとその夫が経営していたベトナム料理店で出会い,平成22年3月頃に同市(以下略)に転居して同居を開始した。原告母及び原告父は平成22年6月21日に埼玉県吉川市役所に婚姻届を提出し,同月29日にはベトナム大使館へ婚姻届を提出した。(甲11ないし13,乙6の1,13の2)

    

ケ 原告母は,平成22年○○月○○日,原告子を出産した。原告母及び原告父は,平成23年1月4日,埼玉県吉川市役所に原告子の出生届を提出し,その頃,ベトナム大使館にも出生届を提出し,同月17日,ベトナムのパスポートを取得した。原告子は,平成23年1月21日,在留資格を「定住者」,在留期間を「1年」とする在留資格を取得した。原告子はその後2回の在留期間更新許可を得たが,最終在留期限は,平成25年3月23日であった。(甲15,乙1の3,6の3の1)

    

コ 原告父は,平成22年8月頃からBと共謀してベトナム人グループが窃取した米,ビール,カミソリの刃,化粧品等を同グループから買い取ることを始め,これによって,月5万円ないし7万円の報酬を得ていた(乙3,6の1)。

    

サ 原告らは,平成23年8月5日付けで再入国許可を得た上で,同月28日成田空港からベトナムへ出国しようとした。しかし,出国手続中に,原告父が盗品等有償譲受けの被疑事実で逮捕され,原告母及び原告子は日本国内に留まった。(乙1の1ないし1の3,6の1)

    

シ 原告父は,上記逮捕後勾留され,平成23年9月16日及び11月7日にも盗品等有償譲受けの被疑事実により再逮捕され,平成24年3月26日,横浜地方裁判所川崎支部において,盗品等有償譲受けの罪により,懲役1年4月及び罰金30万円の有罪判決を受けた。

 

また,Bは,同罪により,懲役2年6月及び罰金50万円の有罪判決を受けた。(乙3)

      

上記判決で罪となるべき事実として認定されたものは,

 

原告父がBと共謀の上,

 

①平成23年2月17日,埼玉県吉川市内の店舗駐車場において盗品(販売価格合計約29万2280円)を盗品と知りながら買い受け,

 

②同年5月18日,上記駐車場及び原告らの居宅において盗品(販売価格合計約26万4853円)を盗品と知りながら買い受け,原告父が単独で

 

③同市内のドラッグストア駐車場で盗品(販売価格合計1万0340円)を盗品と知りながら買い受けたというものである(乙3)。

      

原告父に係る上記判決は,平成24年4月10日,確定し,原告父は黒羽刑務所に収容された(乙1の1,乙4)。

    

ス 原告母は,平成23年12月,埼玉県吉川市内の団地に転居し,日中は原告子とともにBの居宅に行き,原告子及び身柄拘束されていたBの子の世話をした(乙13の2)。

    

セ 原告父は服役中であったことから,在留期間更新の申請を行わず,原告母は,平成24年4月6日に在留期間更新の申請を行ったものの,同年7月20日,不許可とされた。原告父は在留期限である同年5月20日を超えて,原告母は,在留期限である同年7月20日を超えてそれぞれ本邦に不法に残留した。原告子は,平成25年3月21日,在留期間更新の申請をしたが,不許可とされ,在留期限である平成25年3月23日を超えて,本邦に不法に残留した。(乙1の1,1の2,1の3,13の2,13の3)

    

ソ 原告らは,入国警備官及び入国審査官による違反審査,特別審理官による口頭審理を経て,東京入管局長から本件各裁決を,東京入管主任審査官から本件各退令処分をそれぞれ受けた。原告母及び原告子は,東京入管収容場に収容されたが,即日,仮放免の許可を受け,現在仮放免中である。原告父は,平成25年1月8日,黒羽刑務所から仮釈放され,同日,東京入管収容場に収容され,同年5月23日,東日本センターへ移収されたが,平成27年1月9日,仮放免の許可を受け,東日本センターを出所した。原告父は,現在仮放免中である。

    

タ 原告母は,稼働能力のある成人女性であり,母国語であるベトナム語については読み書き会話ともに不自由なくできるほか,日常会話程度の日本語は問題なく話すことができる。原告母の父は死亡したが,3番目の姉であるBを除く他のきょうだいと母は,ベトナムに居住している。Bは,埼玉県吉川市内に居住している。原告母には,Aと婚姻する前にベトナムで産んだ娘がおり,同女は,原告母の一番下の兄が養育しており,原告母は,ベトナムの家族や娘とは月に2~3回電話やインターネットで話しをしている。(乙6の2,13の2)

      

 原告母は,原告子の妊娠中,平成22年4月頃下腹部痛を訴え,平成22年○○月○○日原告子を帝王切開術により出産後,平成23年5月6日,手術後より継続的に疼痛が見られるとして,埼玉県三郷市内に所在する永井クリニック(以下「永井クリニック」という。)を受診し,平成25年2月27日,卵巣腫瘍と帝王切開術後癒着による慢性腹膜炎と診断され,同年6月24日,卵巣腫瘍の摘出術を受けた(甲22,23,27,原告母本人)。

    

チ 原告父は,稼働能力のある成人男性であり,母国語であるベトナム語が話せるほか,日常会話程度の日本語を話すことができる。原告父の母はすでに死亡しているが,父は本邦の永住資格を持つベトナム人女性と結婚し,「永住者」として本邦に在留している。(乙6の1,13の2)

    

ツ 原告子は,本件裁決3当時2歳9か月の幼児であり,平成26年4月10日から埼玉県吉川市内の幼稚園に通っている。

   

(3) 上記(2)の認定事実を踏まえ,上記(1)の判断の枠組みに従って,原告らに在留特別許可を付与しなかった東京入管局長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえるか否かについて検討する。

    

ア 原告母の入国状況及び在留状況について

    

(ア) 原告母は,平成15年4月17日,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて本邦に上陸し,その後4回の在留資格更新許可を受けた。しかしながら,原告父は,平成24年3月の前記有罪判決後の同年5月から不法残留となり,原告母は,「定住者」の在留資格を有する原告父の配偶者であったために「定住者」の在留資格を有していたことから,その在留期間更新許可申請は不許可となり,在留期限である平成24年7月20日を超えて本邦に滞在するに至ったものであって,入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当する。

     

(イ) 上記在留期間更新許可申請不許可の契機となった原告父の犯罪は,

 

原告の実姉であるBと共謀の上,ベトナム人グループがスーパーマーケットから万引きしてくる商品を購入し,それを転売していたというものであって(乙6の1),

 

有罪判決においては,

 

「…相当大量で,相当多額な盗品を買い受けたと言える。

 

被告人両名は,本件以前から,本件で盗品を売り渡した者らから盗品を買い受けることを繰り返してきており,被告人両名による本件盗品買受けの犯行は,そのような常習的な犯行の一環である。

 

被告人両名が買い受けた盗品は,これらを売り渡した者らが,スーパーマーケット等で大量に万引きしてきた商品であり,被告人両名に売り渡した者らは,

 

被告人らが買い受けてくれるからこそ,このような万引きをしていたのであって,

 

被告人両名による本件盗品買受けの犯行は,このような悪質な万引きを助長するものといえ,強い非難は免れない。」とされている(乙3)。

 

 

Bは,それまでも2度にわたり窃盗罪で有罪判決を受け,懲役刑に服していたにもかかわらず,再び上記のような犯罪に手を染めていたのであって,その犯罪傾向には根深いものがあるといわざるを得ないし,先にも見たとおり,盗品の買受けには,原告らの居宅も使われていたのであり,

 

さらにいえば,原告母自身も,起訴こそされなかったものの,かつて窃盗の容疑で逮捕されたことがあったというのであって(乙13の2),

 

原告母を取り巻く環境には誠に芳しくないものがあったといわざるを得ない。原告母が上記判決に係る犯罪行為に直接関わったものではないとしても,

 

以上のような事情は,外国人に退去強制事由があるにもかかわらずなおも本邦に在留を許すかどうかという在留特別許可の許否の判断に当たり,消極要素として考慮されることはやむを得ないというべきである。

     

 

(ウ) 原告母は,11年以上日本に居住しており,定着性は十分にあること,不法残留となったことに帰責性のない旨を主張する。

 

この点,

 

原告母の本件裁決1までの本邦での滞在期間は約9年8月であること,

 

原告母が在留期間の更新の許可が受けられなかったのは,

 

原告父が盗品等有償譲受けにより有罪判決を受け,刑務所に収容されたことから,

 

在留期間の更新手続ができなかったためであることが認められるが,

 

退去強制事由のある外国人について本邦への定着性が認められることや,

 

不法残留となったことに帰責性のないことは法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かを判断する際にしんしゃくされる事情の一つになるにすぎないものである。

    

 

 

イ 原告父の入国状況及び在留状況について

    

(ア) 原告父は,平成21年3月27日,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格「定住者」,在留期間「1年」の上陸許可を受けて本邦に上陸した後2回の在留期間更新許可を受けたが,在留期限である平成24年5月20日を超えて本邦に滞在しており,入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当する。

     

(イ) また,原告父は,平成24年3月26日,横浜地方裁判所川崎支部において,盗品等有償譲受けの罪により,懲役1年4月及び罰金30万円の有罪の実刑判決を受け,これが確定しており,

 

入管法24条4号リ(刑罰法令違反)に該当する。

 

入管法24条4号リは,退去強制事由として,

 

「無期又は1年を超える懲役若しくは禁錮に処せられた者。ただし,執行猶予の言渡しを受けた者を除く。」と定め,

 

犯罪を犯して実刑に処せられた者について,その刑の重さに着目し,一定の重さを超える刑に処せられた外国人を,本邦にとってその在留が好ましくない類型に属するものとして,退去強制の対象としている。

 

また,上記判決の判断の概要については既に見たとおりであるが,その認定するところによれば(乙3),

 

原告父は,原告母の姉であるBと共謀の上で2件の盗品等有償譲受けの犯行を行い,

 

さらに,

 

単独でも盗品等有償譲受けの犯行を行っており,

 

これらの犯行はいずれも窃盗グループがスーパーマーケット等で大量に万引きした商品を同グループから譲り受けるというものであり,計画的なものである上,常習的に盗品を買い受ける者の存在は,組織的に犯行を重ねる窃盗グループにとって不可欠な存在であって悪質な万引き行為を助長させるものであり,

 

原告父がBからの指示に基づいてこれらの犯行を行っていた点を考慮しても悪質なものといわざるを得ない。

 

さらに,原告父は,上記判決で罪となるべき事実とされた犯行以外にも,平成22年8月頃からBと共謀し,盗品等を買い受けることを繰り返し,

 

少なくとも7か月間にわたって,

 

これらの犯行により1か月に5万円ないし7万円の報酬を得ており,

 

原告父は,常習的に盗品等の有償譲受け行為を行っていたものと認められる。

 

原告父は,これら犯行に及んだ理由について,「私の小遣いがなかったからです。」などと供述しており(乙13の1),

 

更にこれら犯行によって得た報酬をパチンコに費消していたものと認められ(甲16)その動機においても汲むべき点はない。

       

 

原告父の在留状況は極めて悪質であって,原告父が犯罪を犯して実刑に処せられたことを含め,原告父の在留状況が在留特別許可の許否の判断に当たって重大な消極事由として考慮されるのはやむを得ないことである。この点,原告らは,原告父が犯行を十分に反省して更正しており,引き続き原告父に本邦における在留資格を認めることに何ら問題はないなどとも主張するが,これらは内心の事情あるいは将来の予測に係る事情であって,犯行についての上記のような評価を減殺するほどのものとはいい難い。

    

 

 

 

 

ウ 原告子の在留状況について

    

(ア) 原告子は,平成22年○○月○○日に出生し,平成23年1月21日,在留資格を「定住者」,在留期間を「1年」とする在留資格を取得し,その後2回の在留期限更新許可を得たが在留期限である平成25年3月23日を超えて本邦に滞在しており,入管法24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当する。

     

(イ) 原告子は,原告父が刑務所に収容されたことから在留期間の更新の許可を受けられなかったものであるが,在留資格の喪失について原告子に帰責性がないという点は法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かを判断する際にしんしゃくされる事情の一つになるにすぎないものであることは原告母について検討したとおりである。

     

(ウ) 原告らは,原告子が本邦で幼稚園に通っていることから,成育環境を変えるべきではないと主張するが,原告子が幼稚園への通園を開始したのは,平成26年4月10日であって(甲17)本件裁決3後の事情であり,このことを考慮しないことが本件裁決3の違法事由となるものではない。

    

 

エ 原告らが本国へ帰国した場合の支障の程度について

    

(ア) 原告らは,原告らの身元を引き受けてくれる家族はほとんどおらず,日本国内で生活するほかないと主張し,ベトナムに在住する家族とは連絡を取ることができない旨供述する(甲21,24,原告母本人)。しかし,原告らは,平成23年8月5日に再入国許可を取得した上,同月28日にベトナムへの一時帰国を計画する(成田空港で原告父が逮捕されたことにより,中止した。)など,本国に在住する原告母の家族とは良好な関係を継続していたことがうかがわれ,その後に,原告母がその親族との間で連絡を取れなくなるような事情が生じたことも認められないこと,原告母が口頭審理の際にベトナムに在住する娘や家族とは月2~3回電話等で話をしている旨供述していること(乙13の2)から,原告らの上記供述は採用できない。

       

そして,原告母及び原告父はベトナムで生まれ育ち,教育を受け,母国語であるベトナム語ができるほか,いずれも稼働能力のある成人であること,原告母のきょうだい及び母はその多くがベトナム国内に居住しており,原告ら家族が原告母の家族と良好な関係を保っていることからすれば,原告ら家族が本国であるベトナムに帰国し,生活することに特段の支障があるとは認められない。

     

(イ) 原告母は,本件裁決1当時から卵巣腫瘍等の疾患を抱えており,日本での治療が必要であると主張する。

 

しかし,医療体制等は国や地域によって異なるものであり,第一義的には国籍国及び地域がその責任において自国民の健康を保護すべきものであるし,

 

原告母が原告子の妊娠中である平成22年4月頃に下腹部痛を訴えていることや

 

平成25年2月27日,永井クリニックで卵巣腫瘍と帝王切開術後癒着による慢性腹膜炎と診断され

 

同年6月24日,卵巣腫瘍の摘出術を受けていることが認められるものの,

 

原告母は原告子の出産以後,卵巣腫瘍の摘出手術を受けるまで,上記疾患について医療機関で治療を受けておらず,

 

違反調査の際に健康状態は良好である旨供述し(乙6の2),

 

口頭審理の際にも,出産の際,腸と子宮に異常があると言われたものの,

 

特に日常生活に支障はなく治療は受けていない旨供述している(乙13の2)こと,

 

卵巣腫瘍摘出術後に第3子を妊娠していること(原告母本人)からすれば,

 

本件裁決1当時,原告母の疾患が重篤なものであったか疑問があり,

 

ベトナムに帰国したのでは当該疾患に対する治療が困難であるため本邦での治療の継続が不可欠であるなど特別の配慮をすべき事情があったとは認められない。

     

 

(ウ) 原告らは,原告子はベトナム語を話すことができず,現在通園する幼稚園での教育が引き続き施されるべきであると主張する。

 

しかし,原告子の幼稚園への通園は本件裁決3後に生じた事情であって本件裁決3の無効事由となるものではないことは前記ウのとおりである。

 

また,原告母と原告父との家庭内での会話は,ベトナム語であり(原告母本人),

 

原告子は日常的にベトナム語に接してきたものといえ,

 

原告子が本件裁決3当時2歳9か月であって,順応性や可塑性に富む年齢であることからすると,

 

原告ら家族が本国であるベトナムに帰国したとしても,

 

原告子は,原告母及び原告父の協力を得て,ベトナム語や現地の生活習慣を身につけるなどして生活環境に適応することは十分に可能である。

 

原告子が母国語であるベトナム語を話せないことは,仮にこれが認められたとしても原告子がベトナムに帰国し,生活するに当たって特段の支障となるものとは認められない。

    

 

 

オ 小括

      

 以上に検討した原告らの在留状況,在留資格を喪失するに至った事情,本国に帰国した場合の支障の程度等の諸事情を総合考慮すると,原告らに有利な事情を踏まえても,原告らに対して在留特別許可を付与しなかった本件各裁決が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとはいえない。

    

 

 

カ 原告らのその余の主張について

     

 原告らは,本件各裁決が児童の権利に関する条約3条1項,平等原則及び比例原則にも違反するとも主張する。

     

(ア) 児童の権利に関する条約違反について

      

 前記1(1)に述べたとおり,外国人は,特別の条約がない限り,国際慣習法上も我が国の憲法上も,我が国に在留する権利が保障されているものではなく,外国人を自国内に受け入れるか否か,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,国際慣習法上,当該国家が自由に決することができるというのが原則である。

 

児童の権利に関する条約には,上記国際慣習法上の原則を制限する旨の規定は存在せず,上記国際慣習法上の原則を当然の前提として,外国人の入国及び在留を制限する権限を各締結国に留保したものと解されるのであって,我が国に在留する外国人については,入管法に基づく外国人在留制度の枠内において,児童の権利に関する条約の趣旨が考慮されるにすぎないというべきであるから,本件各裁決が児童の権利に関する条約に違反する旨の原告らの主張は採用することができない。

     

 

(イ) 比例原則及び憲法14条(平等原則)違反について

      

 入管法50条1項の規定の下における在留特別許可に係る法務大臣等の裁量については,前記1(1)に述べたとおりであることに加え,その判断は個々の事案における諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるものであること,

 

 退去強制により原告らに生ずべき不利益を含め,諸般の事情を総合的に考慮して本件各裁決がされたものであって,その判断の内容の合理性についても,これを否定すべきものとは認め難いことからすると,

 

 本件各裁決が比例原則及び平等原則に違反する旨の原告らの主張は,採用することができない。

  

 

2 争点(2)(本件各退令処分の無効事由の有無)について

   

 前記1で検討したとおり,本件各裁決について,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえないところ,退去強制の手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのであるから,本件各裁決が適法である以上,本件各退令処分も適法である。

 

 第4 結論

    

 よって,原告らの請求には理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

     

 東京地方裁判所民事第51部

         裁判長裁判官  小林宏司

            裁判官  武見敬太郎

            裁判官  水野峻志

 

 

 

(別紙)

        

 

指定代理人目録

 

 大津由香,池村正之,濱中淳一,下村祐子,川上順子,石川直人,榎本邦子,藤永卓人,洌鎌典之,佐藤志麻,木村仁美,藤山翔,安部知佳,村山哲史