シンガポール法を準拠法とする不法行為(名誉毀損等)に基づく損害賠償請求について

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成23年(ワ)第30817号、平成24年(ワ)第1884号、判決 平成25年10月28日 、判例タイムズ1419号331頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 シンガポール法を準拠法とする不法行為(名誉毀損等)に基づく損害賠償請求について,法の適用に関する通則法22条1項により,日本民法の不法行為についての要件該当性を検討した結果,不法行為を構成しないとして,請求が棄却された事例 

 

      

2 シンガポールに在住する日本人に対する内縁の不当破棄を理由とするフィリピン人の不法行為に基づく損害賠償を求める訴え(反訴)について,我が国の国際裁判管轄が認められ,請求の一部が認容された事例 

 

      

3 法の適用に関する通則法22条2項に基づく日本民法724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)の累積的適用による消滅時効の主張を排斥した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の本訴請求を棄却する。

  2 原告は,被告に対し,100万円を支払え。

  3 被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

  4 訴訟費用は,本訴反訴ともに,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

  5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

 

        

 

 

事実及び理由

 

  

 

第1 請求

  

1 本訴請求

  被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成23年10月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  

2 反訴請求

  原告は,被告に対し,400万円を支払え。

  

第2 事案の概要

  

1 本件は,シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)に在住する日本人男性である原告が,かつて原告とフィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)において婚姻手続を了したフィリピン人女性である被告に対し,被告がインターネットのウェブサイト上に,原告が重婚をしているとの事実を摘示したこと等により名誉等を毀損されたと主張して,不法行為に基づき,損害賠償金(慰謝料)の内金及び遅延損害金の支払を求めた(本訴)のに対し,

 

被告が,

 

①原告が,日本人女性及び被告以外のフィリピン人女性とそれぞれ婚姻していたにもかかわらず,被告に対して日本人の妻とは既に離婚していると述べたほか,上記フィリピン人女性と婚姻していた事実を秘して被告と婚姻したこと,

 

②原告が被告との婚姻関係を不当に破棄したこと(婚姻が無効であるとしても内縁の不当破棄に当たること),

 

③被告との婚姻ないし内縁関係成立後,原告が他の女性と不貞関係ないし内縁関係を持ったことが,いずれも被告に対する不法行為を構成すると主張して,原告に対し,損害賠償金(慰謝料)の支払を求めた(反訴)事案である。

  

 

2 前提事実

  

(1) 原告(昭和31年11月*日生)は,日本国籍を有する男性であり,昭和58年10月9日,乙川花子(以下「花子」という。)と婚姻し,同人との間に,長女(昭和59年6月*日生),二女(昭和60年10月*日生),長男(平成2年7月*日生)をもうけたほか,

 

平成21年6月*日,マレーシア国籍を有する女性(A’ことA,以下「A」という。)の子(2009年4月*日生)を認知し,現在,A母子とともに肩書住所地で生活をしている(争いのない事実,乙1,弁論の全趣旨)。

  

 

(2) 被告(1969年12月*日生)は,フィリピン国籍を有する女性であり,1999年(平成11年)8月*日に男児(甲野Y2,以下「Y2」という。),

 

2003年(平成15年)6月*日に女児(甲野Y3,以下「Y3」といい,Y2と併せて,「Y2ら」という。)をそれぞれ出産し,現在,Y2らとともに肩書住所地で生活している(乙2,3,ただし,枝番を含む。以下同じ。弁論の全趣旨)。

  

 

(3) 原告及び被告は,平成11年4月16日,フィリピンのメトロマニラ州ケソン市において,フィリピンの方式に従い,婚姻の手続を了した(乙4ないし7)。

  

 

(4) 被告は,Y2らの法定代理人として,平成22年7月9日頃,東京家庭裁判所に対し,原告を相手方とする認知請求訴訟を提起した。同裁判所は,平成23年12月27日,Y2らの請求を認める判決を言い渡し,東京高等裁判所は,平成24年5月31日,同判決に対する原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。(甲6の1,乙19,20)

  

 

(5) 平成22年ないし23年にかけて,インターネットを利用したいわゆるソーシャルネットワーキングサービスの1つであるフェイスブックのウェブサイト上に,Y2の名義で,別紙1記載の記事(ただし,英文部分)及び原告の顔写真(以下「本件記事等」という。)が掲載された(争いのない事実,甲4,5,弁論の全趣旨)。

  

 

(6) 原告は,平成23年9月20日,本件本訴を提起し,被告は,平成24年1月25日,本件反訴を提起した(顕著な事実)。

  

 

(7) フィリピンの家族法35条4号の規定(別紙2参照)によれば,同国法上,重婚は,婚姻の無効原因とされている。

  

 

 

 

3 当事者の主張

  

(1) 本訴請求

  

(原告の主張)

 

  被告は,平成22年7月頃から平成23年9月にかけて,Y2の名義を利用してフェイスブックのウェブサイト上に本件記事等を掲載したが,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件記事等から原告が重婚していることを読み取ることができるから,本件記事等が原告の社会的評価を低下させることは明らかであり,原告の顔写真をも含む本件記事等を原告に無断で掲載することが原告のプライバシー権や肖像権等の人格権を侵害するものであることもまた明らかであって,被告が本件記事等を掲載したことは原告に対する不法行為を構成する。原告は,被告の不法行為により,多大な財産的損害を被ったほか,著しい精神的損害を受けたが,かかる精神的損害を慰謝するに足りる慰謝料の額は300万円を下らない。よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,300万円のうち200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年10月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

  

 

(被告の主張)

 

  原告の主張事実は否認する。本件記事等を掲載したのは,Y2本人である。仮に,本件記事等が原告の名誉を毀損し,又は肖像権若しくはプライバシーを侵害する可能性があったとしても,当時所在等が不明であったY2の父である原告を探すためにある程度具体的な情報を掲載することは必要であり,その内容も全て真実であるから,違法性はないというべきである。

  

 

(2) 反訴請求

  

(被告の主張)

  

① 原告は,上記2(1)に記載のとおり,昭和58年10月9日,花子と婚姻していたほか,平成6年11月6日,フィリピン人女性であるB(以下「B」という。)とも婚姻手続を了しており,いずれの妻とも離婚した事実がないにもかかわらず,被告との交際中,被告に対し,花子とは既に離婚したと述べ,また,Bとの婚姻の事実を告げなかったため,被告は,原告との婚姻に応じ,その旨手続を執ったところ,フィリピン法により同婚姻は無効となったほか,Y2らも嫡出子の身分を取得できなかった(請求原因1)。

  

② 原告と被告との婚姻がフィリピン法上無効であるとしても,原告と被告との間には内縁関係が成立しているというべきところ,原告は,正当な理由がないにもかかわらず,平成15年3月以降,フィリピンにある被告宅を訪れることを止め,また,同年7月にはそれまで行っていた被告への送金を停止するなどして,被告との内縁関係を不当に破棄した(請求原因2)。

  

③ 原告は,平成13年9月頃,通称Cと名乗るフィリピン人と,また,平成15年にも氏名不詳のフィリピン人とそれぞれ不貞関係を持ったほか,被告との内縁関係を破棄した後,Aと内縁関係を持つに至った(請求原因3)。

  原告のこれらの行為はいずれも被告に対する不法行為を構成する。かかる原告の不法行為により被告は著しい精神的苦痛を被ったが,かかる精神的損害を慰謝するに足りる慰謝料の額は400万円を下らない。よって,被告は,原告に対し,フィリピン国民法2219条(4)の規定(別紙3参照)に基づく損害賠償として,400万円の支払を求める。

  

 

 

(原告の主張)

  

ア 国際裁判管轄

  本件において,反訴の請求原因事実と本訴の請求原因事実との間に関連性があるということはできないから,本件反訴は反訴の要件を欠く。また,被告の主張を前提とすれば,原告による不法行為の結果の発生地は,当時被告が居住していたフィリピン内であって,本件反訴請求に係る訴えについて我が国の裁判所に国際裁判管轄はないというべきであるから,却下されるべきである。

  

イ 請求原因について

 被告の主張事実はいずれも否認する。原告と被告との婚姻手続は被告に懇請されたためやむなく行ったものであり,原告及び被告には婚姻意思もなく,その後,原告がフィリピンにおける被告宅を不定期に訪れた事実はあったものの,その実態は婚姻ないし内縁関係というには遠く及ばないものであったし,そもそも,被告と原告との婚姻はフィリピン法の法的要件を欠く無効なものである点で,婚姻ないし内縁関係の要保護性は認められない。いずれにしても,被告の請求は理由がない。

  

ウ 消滅時効

  法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)

 22条2項の規定は,不法行為の効果について,日本法の累積的適用を認めており,我が国の民法上,不法行為について3年の消滅時効が認められているところ,仮に原被告間に内縁関係の成立が認められたとしても,原告は平成14年には被告との内縁関係を終了させているから,内縁関係の不当破棄を理由とする損害賠償債務はすでに時効により消滅している。そこで,原告は,被告に対し,本件口頭弁論期日において,上記時効を援用する旨の意思表示をした。

  

 

 

 第3 当裁判所の判断

  

 

1 事実関係

  上記第2の2「前提事実」に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告が婚姻手続を行うに至る経緯及びその後の経過等につき,以下の事実が認められる。

  

(1) 被告は,平成10年11月初旬,東京都内にあるクラブのダンサーとして稼働していたところ,当時D株式会社(以下「D社」という。)に勤めていた原告と,同クラブの客として知り合い,次第に親密な関係になり,性的関係を持つに至った(甲8,乙17)。

  

(2) 被告は,平成10年11月19日,フィリピンに帰国したが,帰国後妊娠していることが判明し,翌12月,原告にこのことを報告すると,原告は「新しい家族を作る準備はできている」などと述べて非常に喜んだ様子を見せていた(乙17,被告本人)。

  

(3) その後,原告と被告は婚姻の約束をしたが,被告の第1子(1994年11月*日生)がフィリピンで生活していること等の事情から,被告はフィリピンにとどまり,原告が毎月又は2か月に1度程度フィリピンを訪れて短期間滞在する生活がしばらく続いた(甲9,乙17,23,原告本人,被告本人)。なお,原告は,生活費として毎月3万ペソ程度を持参又は送金するなどして被告に渡していた(原告本人,被告本人)。

  

(4) 原告と被告は,1999年(平成11年)4月16日,フィリピン国内で同国の方式により婚姻手続を了したが,その際,原告の戸籍謄本等,同国の婚姻手続に必要な原告の婚姻要件具備証明書は提出されないまま手続が行われた(上記第2の2(3),甲8,10,乙17,原告本人)。

  

(5) 原告と被告は,婚姻手続を行った日に被告の親族を招いて結婚披露パーティーを催しており,同年4月ないし5月には,原告が資金(270万ペソ)を出して被告の名義でフィリピンのリサール州カインタに一戸建ての住宅を購入し,自家用車,同住宅に備え付ける家具や電化製品等も原告が購入した(乙5,14,16,17,原告本人,被告本人)。

  

(6) 原告は,平成13年頃から,フィリピンを訪れない月があったり,フィリピンに来ているのに被告に連絡をしないことがあったりしたため,浮気を疑う被告から問い詰められるようになり,被告のそのような態度を次第に負担に思うようになっていった(乙17,原告本人)。

  

(7) 原告は,平成15年4月からマレーシアに赴任することになったが,その頃,原告の浮気を疑う被告との間で口論となり,同年6月,被告との関係を打ち切る旨を宣言し,同年7月を最後にそれまで行っていた被告への生活費の支払を停止するとともに,同年11月以降,被告との連絡を完全に絶った(甲8,乙17,原告本人,被告本人)。

  

(8) 原告は,平成16年4月からベトナムに転勤になったが,同年12月末をもってD社を退社して転職し,その後はシンガポールで生活している(甲8,原告本人)。

  

(9) 被告は,平成22年に来日し,原告の戸籍謄本を調べたところ,原告がいまだ花子と離婚しておらず,Aの子を認知したことを知った(乙17,被告本人)。

  

(10) 被告は,平成22年7月9日頃,Y2らの法定代理人として,原告を相手方とする認知請求訴訟を提起したが,その訴状には,平成15年5月に原告がマレーシアに住所を登録した旨の届出があったものの,その送達先は不明であると記載されている(上記第2の2(4),甲6の1)。

  

(11) 原告は,平成22年11月24日に本件原告訴訟代理人等に訴訟手続を委任するなどして上記認知請求訴訟に応訴しており,同訴訟で,被告には不特定多数の男性と交際があり,原告とY2らとの父子関係を認定するためにはDNA鑑定が必要であるなどと主張する一方,Y2らからされたDNA鑑定の申出に対しては,日本への渡航費用を負担するのが困難であるなどとしてこれに応じず,シンガポールであればDNA鑑定には応じるつもりであるなどと述べている(甲6の2,乙19,20,原告本人)。

  

 

 

2 本訴について

 

(1) 被告は,本件記事等は原告の所在を探すためにY2が掲載したものであると主張し,被告本人もその旨供述するが,本件記事等の内容に加えて,Y2名のフェイスブックの掲載内容等を併せてみる限り,平成22,23年当時,11歳前後の子供であったY2が本件記事等を作成・掲載したものと考えることは困難であり,被告本人の上記供述をそのまま信用することはできない。

  

(2) その点はさておき,原告の本訴請求は,被告の不法行為によって原告の名誉等が毀損されたことを請求原因とするものであるところ,通則法19条の規定によれば,「他人の名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,被害者の常居所地法による。」とされているから,原告の常居所地であるシンガポールの法律が適用されることとなるが,他方,同法22条1項によれば,「当該外国法を適用すべき事実が日本法によれば不法とならないときは,当該外国法に基づく損害賠償その他の処分の請求は,することができない。」とされている。そこで,本訴請求の当否については,まず,本件記事等を掲載する行為が民法709条の不法行為を構成するかどうかを検討する。

 

  原告は,本件記事等を一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,原告が重婚していることを読み取ることができるから,本件記事等が原告の社会的評価を低下させることは明らかであると主張する。確かに,本件記事等をみれば,日本人である原告が,日本及びフィリピンそれぞれで別の女性と婚姻関係にある上,さらに,A’,すなわちAとも婚姻ないし婚姻に準ずる関係にあることを読み取ることができる。

 

しかし,本件記事等が掲載されたのは,上記1(7)に記載のとおり,それまで被告の家族として振る舞っていた原告が,平成15年11月以降,被告及びY2らとの連絡を一方的に絶ったことにより,同人らにおいて原告の所在を知り得なかった状況の下,Y2らの法定代理人である被告が提起した認知請求訴訟の相手方である原告の住所地を見つけ出すことがその動機であったと推認できる(乙22)。

 

そして,原告と被告及びY2は,断続的とはいえ,もともと家族同様に暮らしていたこと,本件記事等が掲載されたのもフェイスブック上のY2のページ部分であって,自らの父親の所在を探しているという事実摘示の手法を採っており,後記3(2)に記載のとおり,摘示された事実の内容も真実であると認められること,原告が平成23年9月9日に代理人弁護士を通じて本件記事等の削除を求めたところ,被告は遅滞なくこれに応じていること(甲1ないし3,乙22)等の事情を考慮すると,重婚の事実を摘示されたことにより原告の社会的評価が低下するおそれがあることは否定できないにせよ,本件記事等が掲載された経緯やその動機,原告の生活歴に照らせばある程度やむを得ない結果ともいえ,本件記事等の内容が不法行為を構成する程の違法性を有すると認めるのは相当でない。

  

 

(3) 原告は,原告の顔写真をも含む本件記事等を原告に無断で掲載したこともプライバシー侵害等の不法行為に当たると主張するが,本件記事等における原告の顔写真は,被告がY2の誕生日に撮影していたものであること(被告本人)や,上記(2)に説示した本件記事等が掲載された経緯,当事者の関係及び本件記事等の内容等の事情を総合的に考慮すれば,かかる掲載行為による不法行為の成立も否定すべきである。

  

 

(4) 以上によれば,本件記事等の掲載行為は,日本法である民法709条による不法行為を構成しないというべきであるから,シンガポール法における要件該当性を検討するまでもなく,被告は,原告に対する損害賠償義務を負わない。

  

 

 

 

3 反訴について

 

(1) 国際裁判管轄について

 

 原告は,本件反訴請求は,本訴請求との関連性を欠き,かつ我が国の裁判所の国際裁判管轄も認められないから却下されるべきであると主張する。しかし,本訴請求における不法行為の要件たる本件記事等の掲載の違法性の有無を判断するに当たっては,上記2(2)で検討したとおり,

 

 

本件記事等が掲載されるに至った経緯や当事者の関係等の事実関係を審理することが不可欠であるというべきところ,これと本件反訴請求の発生原因である原被告間における内縁関係の成否や内縁関係に至る経緯ないし内縁関係破棄の有無等の事実関係については共通性が認められるから,本件反訴請求と本訴請求は関連性があるというべきであるし,我が国に住所等を有しない相手方に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟について,民事訴訟法の裁判籍の規定(平成23年法律第36号附則2条1項,同法による改正前の民事訴訟法5条9号)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,加害者の我が国においてした行為により被害者の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解される(最高裁平成13年6月8日第二小法廷判決・民集55巻4号727頁参照)ところ,

 

 

上記1(1)に記載のとおり,原被告の交際は日本において開始され,後記(2)アに記載のとおり,少なくとも,原告が花子及びBと婚姻しており,いずれの妻とも離婚した事実がないにもかかわらず,被告との交際中,被告に対し,花子とは既に離婚したと述べ,また,Bとの婚姻の事実を告げなかったと認められるから,本件においては,原告の我が国においてした行為により被告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されているといえる。したがって,本件反訴請求は反訴の要件及び国際裁判管轄を欠くとの原告の上記主張を採用することはできない。

  

 

 

(2) 反訴請求原因について

 

ア 請求原因1について

 

 上記第2の2(7)に記載のとおり,重婚は,フィリピン法の規定上,婚姻の無効原因とされているところ,被告は,原告が既に花子及びフィリピン人であるBと婚姻しており,いずれの妻とも離婚した事実がないにもかかわらず,被告との交際中,被告に対し,花子とは既に離婚したと述べ,また,Bとの婚姻の事実を告げなかったことは不法行為に当たると主張する。

 

  上記第2の2(1)に記載のとおり,原告は花子と婚姻中であるほか,証拠(乙1,8)によれば,原告は,平成6年11月6日,Bとフィリピンの方式で婚姻手続を了していたとの事実が認められるところ,被告本人は,原告との交際中,原告から花子とは離婚したと聞かされていたほか,原告がBと婚姻していた事実を知らなかった旨供述する(乙17)。

 

これに対し,原告は,被告と交際するに当たり自分が妻帯者であることを告げており,被告は原告と婚姻することができないことをあらかじめ熟知していたと供述し(甲8),被告からY2を出産するに当たり,フィリピンでの体面上,偽装の婚姻手続及び結婚式に協力して欲しいと懇請されたとも供述する。しかし,原告が既婚者であると被告が知っていたとすれば,そのような婚姻不適格者である原告に婚姻手続の依頼をするというのは不可解であるし,他に原告の供述を裏付ける証拠も見当たらないことからすれば,原告の上記供述はいずれもたやすく信用することはできない。そうすると,原告は,被告との交際中,花子とは既に離婚したと述べていたと認めるのが相当である。また,原告が,Bとの婚姻の事実を被告に告げたと認めるに足りる証拠はない(そもそも原告は,Bとの婚姻の事実を否認している。)。

 

  そして,重婚は,多くは婚姻の無効ないし取消原因であるから,一般的に,婚姻をしようとする者は,相手方に対し,配偶者の存在を告知すべき義務を負うのは当然というべきであり,かかる義務に反して,既婚者であるにもかかわらず既に離婚したなどと虚偽の事実を述べることはもちろん,これを告げないという不作為も相手方に対する不法行為を構成することは言をまたない。そして,上記に説示したとおり,原告は,被告との交際中,花子とは既に離婚したと述べ,また,Bとの婚姻の事実を告げなかったことが認められるから,かかる原告の行為が被告に対する不法行為に当たることは明らかというべきである。

 

 

  

 

イ 請求原因2について

 

 被告は,正当な理由がないにもかかわらず,原告が平成15年3月以降,フィリピンにある被告宅を訪れることを止め,また,同年7月にはそれまで行っていた被告への送金を停止するなどしたことは,被告との内縁関係を不当に破棄するものであり不法行為に当たると主張する。

 

  これに対し,原告は,もともと被告と原告には婚姻意思もなく,その実態は婚姻ないし内縁関係というには遠く及ばないものであったし,そもそも,被告と原告との婚姻はフィリピン法の法的要件を欠く無効なものである点で,婚姻ないし内縁関係の要保護性は認められないと主張するが,上記1(2)ないし(5)に記載のとおり,原被告が婚姻手続を行うに至った契機は被告によるY2の妊娠が明らかになったことにあり,両者は,婚姻手続後,被告の親族を招いて結婚披露パーティーを催し,その婚姻手続を行った月ないし翌月には,原告が資金を出して新居を購入して,被告を居住させるとともに,原告が毎月フィリピンを訪れた際は,短期間であれ定期的にそこで生活をしていた(被告本人)というのであるから,婚姻の有効無効はともかく,原被告に婚姻関係又はこれに準ずる関係を形成する意思があったことは優に認められる。

 

  そうすると,婚姻手続を行った平成11年4月16日の時点で原被告には内縁ないしこれに準ずる関係が成立していたというべきである。なお,原告は,認知請求訴訟の控訴審判決に対しても上訴しており,Y2らが自分の子であることを否認するが,同人らに原告以外の父親が存在するのではないかとの疑いを抱かせる事情は見当たらない上,Y2らの名前のうち「Y2’」,「Y3’」という各ミドルネームの一部はいずれも原告が希望して名付けたもの(原告本人)であり,Y2が生まれて以降,原告はY2に対して実の父親がするのと同様に振る舞っていたことがうかがえるから(被告本人),少なくとも,原告が定期的にフィリピンを訪ね,短期間にせよ被告とともに生活していた当時,原告はY2らを自分と被告との間に生まれた子であると認識していたことも明らかな事実であり,かかる事実も内縁関係の成立を基礎付ける一事情といえる。

 

 

  そして,原告は,平成15年7月,被告への生活費の送金を止め,さらに,同年11月,一方的に被告との関係を打ち切ったことを認めている(原告本人)上,かかる打ち切り行為について,これを正当化する事情も見当たらないのであるから,原告のかかる行為は内縁関係の不当破棄として被告に対する不法行為を構成する。

  

 

ウ 請求原因3について

 

 原告は,平成13年9月頃,通称Cと名乗るフィリピン人と,また,平成15年にも氏名不詳のフィリピン人とそれぞれ不貞関係を持ったほか,被告との内縁関係を破棄した後,Aと内縁関係に持つに至ったことは,いずれも不貞行為として不法行為責任を負うと主張するが,原告が,上記各女性との間で不貞関係を持ったと認めるに足りる証拠はない。また,現在,原告はAと内縁関係にある(弁論の全趣旨)が,同人と原告との間の内縁関係が成立したのは平成18年初め頃のことであると認められ(原告本人),これは,原告が被告との内縁関係を破棄してから2年以上の経過した後のことであることからすると,仮にかかる事実によって原告に精神的苦痛が生じたとしても,そのこと自体によって不法行為が成立したものと認めるのは相当でなく,この精神的苦痛は内縁関係の不当破棄による慰謝料をもって,同時に慰謝されると解するのが相当である。

  

 

(3) 慰謝料額について

 

 以上によれば,原告の不法行為により,原告と被告との婚姻は当初から無効となったほか,Y2らも嫡出子の身分を取得できなかったことに加え,原告から内縁関係を不当に破棄されたことにより,原告は精神的苦痛を被ったということができる。

 

  ところで,平成18年法律第78号附則3条4項により,同法の施行日(平成19年1月1日)前に加害行為の結果が発生した不法行為によって生ずる債権の成立及び効力については,同法による改正前の通則法(改正前の題名は「法例」。以下「法例」という。)が適用され,法例11条1項は,不法行為の準拠法につき不法行為地法主義を採用していたところ,上記に認定した原告の各不法行為の請求原因事実は主としてフィリピンで発生し,かつ,被告の損害もフィリピンで発生しているというべきであるから,本件各不法行為の準拠法はフィリピン法であると解される。

 

 

そこで,フィリピン国民法2219条(4),2217条の各規定(別紙3参照)により,被告は,原告に対し,不法行為に基づき慰謝料の支払を請求することができるというべきところ,

 

同法2216条の規定(別紙3参照)によれば,慰謝料の額を判断するに当たっては,我が国の民法が適用される場合と同様,当該事案で認められる一切の事情を斟酌するのが相当というべきであるから,原被告が内縁関係を有するに至る経緯,両者が内縁関係にあった期間,その家族構成や子供の年齢,原告が内縁関係を破棄した動機や態様,その後の原告の対応等,本件で認められる一切の事情を斟酌すると,原告の不法行為により被告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は100万円(請求原因1につき30万円,同2につき70万円)が相当と認める。

  

 

(4) 消滅時効の成否について

 

 原告は,通則法22条2項により,不法行為についての3年の消滅時効という日本民法の規定(724条)が適用される結果,原告による内縁関係の不当破棄を理由とする損害賠償債務は既に時効により消滅していると主張する。

  しかし,通則法22条2項の規定の文言から,民法の消滅時効や除斥期間といった損害賠償請求権の消滅に関する諸規定までが累積的に適用されるものと直ちに読み取ることはできない上,準拠法とされた外国法の全規定とともにかかる民法の諸規定の累積的適用も認めることになれば,法律関係がいたずらに複雑になるおそれがあるから,かかる民法の諸規定の累積的適用をそのまま認めるのは相当でないというべきである。

 

 

  もっとも,かかる民法の諸規定の累積的適用を認めるとしても,民法724条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば,

 

同条にいう「加害者を知った時」とは,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であり,被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的確に知らず,しかも当時の状況においてこれに対する賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合においては,その状況が止み,被害者が加害者の住所氏名を確認したとき,初めて「加害者を知った時」に当たるものと解される(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)ところ,

 

被告は,原告に内縁関係を破棄されて以降,Y2らの法定代理人として提起した認知請求訴訟において原告が応訴する頃までの間,原告の住所を的確に知ることができなかったものと認められる(上記1(10),甲6の1,乙22)から,同時点までは,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれを知ったということはできない。

 

そうすると,被告において,同条にいう「加害者を知った時」とは,認知請求訴訟において原告が応訴し,被告が原告の住所を知った日と解され,それまで原告の不法行為による損害賠償債務の時効は進行しないというべきである。したがって,被告が反訴を提起した時点においては,いまだ民法724条による3年の時効は完成しておらず,原告による時効援用の意思表示は無効といわざるを得ないから,いずれにしても消滅時効に関する原告の主張を採用することはできない。

  

 

4 結論

 

  結局,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,被告の反訴請求は100万円の支払を求める限度で理由があるからこの範囲で認容することとして,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官吉田徹,裁判官本多哲哉,裁判官坂本雅史)