民法733条1項の規定(再婚禁止期間を設ける部分)(4)

 

 

 

 

 

 引き続き最高裁判所大法廷判決/平成25年(オ)第1079号 、判決 平成27年12月16日 、裁判所時報1642号9頁、補足意見について検討します。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判官櫻井龍子,同千葉勝美,同大谷剛彦,同小貫芳信,同山本庸幸,同大谷直人の補足意見は,次のとおりである。

 

 

  私たちは,本件規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分(以下「100日以内部分」という。)について憲法14条1項又は24条2項に違反するものではないとする多数意見に賛同するものであるが,再婚禁止による支障をできる限り少なくすべきとの観点から,上記100日の期間内であっても,女性が再婚をすることが禁止されない場合を認める余地が少なくないのではないかと考えており,100日以内部分の適用除外に関する法令解釈上の問題について補足しておきたい。

 

 

  多数意見が判示するとおり,本件規定の立法目的は,父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解され,女性の再婚後に生まれた子につき民法772条の規定による父性の推定の重複を避けるため100日の再婚禁止期間を設けることは,国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものではなく,上記立法目的との関連において合理性を有するということができる。

 

 

  ところで,100日以内部分の適用を除外する場合に関する民法733条2項は,除外する事由として,女性が前婚の解消等の後にその前から懐胎していた子を出産した場合を挙げているところ,これは,その出産後に懐胎した子については,当然に前夫との婚姻中に懐胎したものではないから,同法772条の規定による父性の推定を及ぼす必要がないとの理由によるものであると思われる。

 

 

 そうすると,女性にのみ再婚禁止期間が設けられた立法目的が上記のとおり父性の推定の重複を回避することにあることからすれば,民法733条2項は,上記の場合以外であっても,およそ父性の推定の重複を回避する必要がない場合には同条1項の規定の適用除外を認めることを許容しているものと解するのが相当であろう。また,そのように解することは,婚姻をするについての自由を尊重する多数意見の立場にも沿うものということができる。

 

 

  具体的には,女性に子が生まれないことが生物学上確実であるなど父性の推定の重複が生じ得ない場合,離婚した前配偶者と再婚するなど父性の推定が重複しても差し支えない場合及び一定の事由により父性の推定が及ばないと解される場合(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁昭和43年(オ)第1310号同44年9月4日第一小法廷判決・裁判集民事96号485頁,最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁等参照)には,民法733条1項の規定の適用がないというべきである。

 

 

  従来の戸籍実務においても,前婚の夫との再婚の場合(大正元年11月25日民事第708号民事局長回答),夫の3年以上の生死不明を理由とする離婚判決によって前婚を解消した場合(大正7年9月13日民第1735号法務局長回答,昭和25年1月6日民事甲第2号民事局長回答),女性が懐胎することのできない年齢(67歳)である場合(昭和39年5月27日民事甲第1951号民事局長回答)及び3年前から音信不通状態にあり悪意の遺棄を理由とする離婚判決によって前婚を解消した場合(昭和40年3月16日民事甲第540号民事局長回答)などにおいて,再婚禁止期間内の婚姻届を受理してよい旨の取扱いがされており,このような取扱いは,民法733条1項の規定の適用除外についての上記のような理解に沿ったものと思われる。

 

 

  以上の理解に立つと,女性がいわゆる不妊手術を受けている場合についても,これをもって当該女性に子が生まれないことが生物学上確実であるときは,上記の各場合と同等に取り扱って差し支えないものと解されるであろう。また,前婚の解消等の時点で懐胎していない女性については,民法733条2項に規定する前婚の解消等の後にその前から懐胎していた子を出産した場合と客観的な状況は異ならないのであるから,100日以内部分の適用除外の事由があるとしても不相当とはいえないであろう。

 

 

  このように,本件規定の立法目的との関連において考えれば,100日以内部分の適用除外の事由に当たると解される場合は,民法733条2項に直接規定されている場合や従来の戸籍実務において認められてきた場合に限られるものではないということができるのである。

 

 

  もとより,婚姻届の提出の場面においては,戸籍事務管掌者が行う形式的審査の限界から,その届出の時点で民法733条1項の規定の適用除外とされる事由の範囲に影響があること自体はやむを得ず,上記のように前婚の解消等の時点で懐胎していないという事由は,医師の作成した証明書など明確性・客観性の上で確実な証明手段による認定を要するという制約は受け入れなければならないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

 

  私は,再婚禁止期間を定める民法733条1項(本件規定)の合憲性審査についての考え方と違憲の法律の改正等を怠った立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無についての判断の枠組みに関して,次のとおり多数意見に付加して私見を補足しておきたい。

 

  

 

1 再婚禁止期間を定める本件規定の合憲性審査についての考え方

  

 

(1) 多数意見は,今回,本件規定の立法目的について,「父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにある」としているが,これは,父性の推定の重複を回避することを直接的な立法目的であることを明確に示し,これによって紛争の未然防止が図られる関係にあることを判示したものと解される。ところで,旧民法767条1項においては,理論的には推定の重複を回避するのに必要な期間を超えて再婚禁止期間が6箇月と定められており,それは,多数意見の述べるとおり,当時の医療や科学技術の未発達であった状況を前提にし,現実的に父子関係をめぐる紛争を防止するためにある程度の期間の幅が必要であるという見解によるものであろうが,今回,多数意見は,本件規定の立法目的を上記のとおり明確に整理して判示したため,再婚禁止期間のうち100日を超える部分は,医療等の進歩により妊娠の時期が容易に明らかになる今日,もはや推定重複を回避するために必要な期間とはいえず,立法目的との関連でいわゆる合理的な関連性を有しないことが明らかであり,事柄の性質上,超過部分について国会の合理的な立法裁量の範囲内であると認めることはできないとしたものである。

  

 

(2) 今回,6箇月間のうち100日の女性の再婚を禁止する期間を設ける部分については,父性の推定の重複を回避するという立法目的が明確に整理されてその合理性が是認された以上,それとの関連において目的達成の手段としての合理性は理論的には当然に認められるところである。ところで,従前,当審は,法律上の不平等状態を生じさせている法令の合憲性審査においては,このように,立法目的の正当性・合理性とその手段の合理的な関連性の有無を審査し,これがいずれも認められる場合には,基本的にはそのまま合憲性を肯定してきている。これは,不平等状態を生じさせている法令の合憲性の審査基準としては,いわゆる精神的自由を制限する法令の合憲性審査のように,厳格な判断基準を用いて制限することにより得られる利益と失われる利益とを衡量して審査するなどの方法ではなく,そもそも国会によって制定された一つの法制度の中における不平等状態であって,当該法制度の制定自体は立法裁量に属し,その範囲は広いため,理論的形式的な意味合いの強い上記の立法目的の正当性・合理性とその手段の合理的関連性の有無を審査する方法を採ることで通常は足りるはずだからである。

 

  しかしながら,立法目的が正当なものでも,その達成手段として設定された再婚禁止期間の措置は,それが100日間であっても,女性にとってその間は再婚ができないという意味で,憲法上の保護に値する婚姻をするについての自由に関する利益を損なうことになり,しかも,多数意見の指摘するとおり,今日,晩婚化が進む一方で,離婚件数及び再婚件数が増加する状況があり,再婚への制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情の下で,形式的な意味で上記の手段に合理的な関連性さえ肯定できれば足りるとしてよいかは問題であろう。このような場合,立法目的を達成する手段それ自体が実質的に不相当でないかどうか(この手段の採用自体が立法裁量の範囲内といえるかどうか)も更に検討する必要があるといえよう。多数意見が,「婚姻に対する直接的な制約を課すことが内容となっている本件規定については,その合理的な根拠の有無について以上のような事柄の性質を十分考慮に入れた上で検討をすることが必要である。」としているのは,この趣旨をも含めた説示であろう。

  

 

(3) ところで,このように,上記の立法目的・手段の合理性等を審査する際に,採用した手段自体の実質的な相当性の有無の判断をも行う必要があるのであれば,合憲性審査においては,平成25年の嫡出でない子の相続分に関する最高裁大法廷の違憲決定(最高裁平成24年(ク)第984号,第985号同25年9月4日大法廷決定・民集67巻6号1320頁)が説示したように,

 

 最初から,女性に対してのみ再婚を禁止するという差別的取扱いを端的に問題にして,それに関連する諸事情すべてを総合考慮した上で合理的な根拠を有するものといえるか否かを判断するという説示の仕方をすべきであるとする見解もあり得よう。

 

 しかしながら,上記の平成25年大法廷決定が対象とした民法900条4号ただし書前段については,その立法理由について法律婚の尊重と嫡出でない子の保護の調整を図ったものとする平成7年の大法廷決定(最高裁平成3年(ク)第143号同7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁)の判示があり,その趣旨をどのように理解するかということも検討した上での平成25年大法廷決定の説示があるのである。

 

 

 ところが,本件規定については,多数意見は,前記のとおり,その立法目的を,直接的には「父性の推定の重複を回避する」と明示しており,立法目的が単一で明確になっているため,本件については,正に,立法目的・手段の合理性等の有無を明示的に審査するのにふさわしいケースであるから,全体的な諸事情の総合判断という説示ではなく,そのような明示的な審査を行っており,「手段として不相当でないかどうか」(手段の相当性の有無)の点も,その際に,事柄の性質を十分考慮に入れた上で,合理的な立法裁量権の行使といえるか否かという観点から検討しているものといえる。

  

 

(4) 以上を前提に,手段の相当性の有無について更に付言すると,女性に対し再婚禁止期間を設けることについては,たとえ100日間であっても女性が被る不利益は重大であり,再婚禁止期間の設定自体が手段として不相当であり,女性に対する不合理な差別的内容となっているとした上,再婚禁止期間を設けるのではなく,父性の推定の重複する事態が生じた場合には,子と後夫ないし前夫らのDNA検査の実施や,父を定めることを目的とする訴えの提起,その制度の拡充等の方法で対処すべきであるとする見解があろう。多数意見でも触れているとおり,諸外国においても,このような再婚禁止期間の制度を設けていない国は少なくなく,立法政策としてはあり得るところである。

 

  もっとも,これによると,推定の重複が生ずると,子が出生した時点では法律上の父が定まらないため,DNA検査の実施や父を定めることを目的とする訴え等によることになるが,これでは法律上の父の決定がかなり遅れる事態も想定される(女性と後夫との関係がその後に悪化し,協力が得にくくなっていたり,訴訟が遅延する事態もあり得よう。)。この点は,正に,多数意見が指摘するように,生まれた子の福祉の観点から不都合な事態が起こることも想定され,子の利益に反するものである。

 

  以上によれば,どちらの制度にも,一方は女性の自由な婚姻の利益を一定程度損なうこととなり,他方は生まれた子の利益に反する事態が生ずるという問題があり,いずれも利害得失があって,当然に一方が他方を凌駕する合理性を有するものと評価することはできない。そうであれば,前者の制度,すなわち,本件規定のうちの100日の再婚禁止期間を定めるという手段が不相当で国会の立法裁量を逸脱・濫用し違憲であると評価することはできない。

 

  

 

 

(5) なお,前者の制度については,次のような懸念が生じかねない。すなわち,女性が不妊手術を受けていたり,あるいは,具体的な状況において前婚の解消等の時点で懐胎がないことが客観的に明確となる場合があり,そのような場合には,民法772条2項が定める妊娠の時期の推定を問題とする余地はなく,前婚の解消後に出生した子の父性の推定の制度を前提にその推定の重複を回避することを直接の目的とした本件規定による再婚禁止の措置をとる必要はないはずであるが,多数意見は,一律に100日間の再婚を禁止する限度で立法裁量の範囲内であるとしている。これは,自由な結婚を必要以上に規制することになって,やはり手段として不相当であるというものである。

 

  しかし,このような場合には,共同補足意見が説示するとおり,100日以内であっても,本件規定の適用が否定されることになると解されるので,上記の懸念には及ばないと思われる。