民法733条1項の規定(再婚禁止期間を設ける部分)(2)

 

 

 

 

 

 

 引き続き最高裁判所大法廷判決/平成25年(オ)第1079号 、判決 平成27年12月16日 、裁判所時報1642号9頁について検討します。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 本件規定の立法目的について

 

 

(1) 昭和22年法律第222号による民法の一部改正(以下「昭和22年民法改正」という。)により,旧民法(昭和22年民法改正前の明治31年法律第9号をいう。以下同じ。)における婚姻及び家族に関する規定は,

 

憲法24条2項で婚姻及び家族に関する事項について法律が個人の尊厳及び両性の本質的平等に立脚して制定されるべきことが示されたことに伴って大幅に変更され,

 

憲法の趣旨に沿わない「家」制度が廃止されるとともに,

 

上記の立法上の指針に沿うように,妻の無能力の規定の廃止など夫婦の平等を図り,父母が対等な立場から共同で親権を行使することを認めるなどの内容に改められた。

  

 

 

 その中で,女性についてのみ再婚禁止期間を定めた旧民法767条1項の「女ハ前婚ノ解消又ハ取消ノ日ヨリ六个月ヲ経過シタル後ニ非サレハ再婚ヲ為スコトヲ得ス」との規定及び同条2項の「女カ前婚ノ解消又ハ取消ノ前ヨリ懐胎シタル場合ニ於テハ其分娩ノ日ヨリ前項ノ規定ヲ適用セス」との規定は,

 

父性の推定に関する旧民法820条1項の「妻カ婚姻中ニ懐胎シタル子ハ夫ノ子ト推定ス」との規定及び同条2項の「婚姻成立ノ日ヨリ二百日後又ハ婚姻ノ解消若クハ取消ノ日ヨリ三百日内ニ生レタル子ハ婚姻中ニ懐胎シタルモノト推定ス」との規定と共に,現行の民法にそのまま引き継がれた。

 

 

 

  

(2) 現行の民法は,嫡出親子関係について,妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し(民法772条1項),夫において子が嫡出であることを否認するためには嫡出否認の訴えによらなければならず(同法775条),この訴えは夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない(同法777条)と規定して,父性の推定の仕組みを設けており,これによって法律上の父子関係を早期に定めることが可能となっている。

 

しかるところ,上記の仕組みの下において,女性が前婚の解消等の日から間もなく再婚をし,子を出産した場合においては,その子の父が前夫であるか後夫であるかが直ちに定まらない事態が生じ得るのであって,そのために父子関係をめぐる紛争が生ずるとすれば,そのことが子の利益に反するものであることはいうまでもない。

 

 

  民法733条2項は,女性が前婚の解消等の前から懐胎していた場合には,その出産の日から本件規定の適用がない旨を規定して,再婚後に前夫の子との推定が働く子が生まれない場合を再婚禁止の除外事由として定めており,

 

また,同法773条は,本件規定に違反して再婚をした女性が出産した場合において,

 

同法772条の父性の推定の規定によりその子の父を定めることができないときは裁判所がこれを定めることを規定して,父性の推定が重複した場合の父子関係確定のための手続を設けている。

 

これらの民法の規定は,本件規定が父性の推定の重複を避けるために規定されたものであることを前提にしたものと解される。

  

 

 

(3) 以上のような立法の経緯及び嫡出親子関係等に関する民法の規定中における本件規定の位置付けからすると,本件規定の立法目的は,女性の再婚後に生まれた子につき父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解するのが相当であり(最高裁平成4年(オ)第255号同7年12月5日第三小法廷判決・裁判集民事177号243頁(以下「平成7年判決」という。)参照),

 

 

父子関係が早期に明確となることの重要性に鑑みると,このような立法目的には合理性を認めることができる。

  

 

(4) これに対し,仮に父性の推定が重複しても,父を定めることを目的とする訴え(民法773条)の適用対象を広げることにより,子の父を確定することは容易にできるから,必ずしも女性に対する再婚の禁止によって父性の推定の重複を回避する必要性はないという指摘があるところである。

 

 

  確かに,近年の医療や科学技術の発達により,DNA検査技術が進歩し,安価に,身体に対する侵襲を伴うこともなく,極めて高い確率で生物学上の親子関係を肯定し,又は否定することができるようになったことは公知の事実である。

 

 

  しかし,そのように父子関係の確定を科学的な判定に委ねることとする場合には,父性の推定が重複する期間内に生まれた子は,一定の裁判手続等を経るまで法律上の父が未定の子として取り扱わざるを得ず,その手続を経なければ法律上の父を確定できない状態に置かれることになる。

 

 

 生まれてくる子にとって,法律上の父を確定できない状態が一定期間継続することにより種々の影響が生じ得ることを考慮すれば,子の利益の観点から,上記のような法律上の父を確定するための裁判手続等を経るまでもなく,そもそも父性の推定が重複することを回避するための制度を維持することに合理性が認められるというべきである。

 

 

 

3 そうすると,次に,女性についてのみ6箇月の再婚禁止期間を設けている本件規定が立法目的との関連において上記の趣旨にかなう合理性を有すると評価できるものであるか否かが問題となる。以下,この点につき検討する。

  

 

(1) 上記のとおり,本件規定の立法目的は,父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解されるところ,

 

民法772条2項は,「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。」と規定して,

 

 出産の時期から逆算して懐胎の時期を推定し,その結果婚姻中に懐胎したものと推定される子について,同条1項が「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。」と規定している。

 

 そうすると,女性の再婚後に生まれる子については,計算上100日の再婚禁止期間を設けることによって,父性の推定の重複が回避されることになる。

 

 夫婦間の子が嫡出子となることは婚姻による重要な効果であるところ,

 

 嫡出子について出産の時期を起点とする明確で画一的な基準から父性を推定し,父子関係を早期に定めて子の身分関係の法的安定を図る仕組みが設けられた趣旨に鑑みれば,

 

 父性の推定の重複を避けるため上記の100日について一律に女性の再婚を制約することは,

 

 婚姻及び家族に関する事項について国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものではなく,上記立法目的との関連において合理性を有するものということができる。

 

 

  よって,本件規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は,憲法14条1項にも,憲法24条2項にも違反するものではない。

  

 

(2) これに対し,本件規定のうち100日超過部分については,民法772条の定める父性の推定の重複を回避するために必要な期間ということはできない。

 

 

  旧民法767条1項において再婚禁止期間が6箇月と定められたことの根拠について,旧民法起草時の立案担当者の説明等からすると,その当時は,専門家でも懐胎後6箇月程度経たないと懐胎の有無を確定することが困難であり,父子関係を確定するための医療や科学技術も未発達であった状況の下において,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,再婚後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けようとしたものであったことがうかがわれる。

 

 

 また,諸外国の法律において10箇月の再婚禁止期間を定める例がみられたという事情も影響している可能性がある。上記のような旧民法起草時における諸事情に鑑みると,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることが父子関係をめぐる紛争を未然に防止することにつながるという考え方にも理解し得る面があり,このような考え方に基づき再婚禁止期間を6箇月と定めたことが不合理であったとはいい難い。このことは,再婚禁止期間の規定が旧民法から現行の民法に引き継がれた後においても同様であり,その当時においては,国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものであったとまでいうことはできない。

 

 

  しかし,その後,医療や科学技術が発達した今日においては,上記のような各観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難になったといわざるを得ない。

 

 

  加えて,昭和22年民法改正以降,我が国においては,社会状況及び経済状況の変化に伴い婚姻及び家族の実態が変化し,

 

 特に平成期に入った後においては,晩婚化が進む一方で,離婚件数及び再婚件数が増加するなど,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっている事情も認めることができる。

 

 また,かつては再婚禁止期間を定めていた諸外国が徐々にこれを廃止する立法をする傾向にあり,ドイツにおいては1998年(平成10年)施行の「親子法改革法」により,フランスにおいては2005年(平成17年)施行の「離婚に関する2004年5月26日の法律」により,いずれも再婚禁止期間の制度を廃止するに至っており,世界的には再婚禁止期間を設けない国が多くなっていることも公知の事実である。

 

 それぞれの国において婚姻の解消や父子関係の確定等に係る制度が異なるものである以上,その一部である再婚禁止期間に係る諸外国の立法の動向は,我が国における再婚禁止期間の制度の評価に直ちに影響を及ぼすものとはいえないが,再婚をすることについての制約をできる限り少なくするという要請が高まっていることを示す事情の一つとなり得るものである。

 

  そして,上記のとおり,婚姻をするについての自由が憲法24条1項の規定の趣旨に照らし十分尊重されるべきものであることや妻が婚姻前から懐胎していた子を産むことは再婚の場合に限られないことをも考慮すれば,再婚の場合に限って,前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって,父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から,厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間を超えて婚姻を禁止する期間を設けることを正当化することは困難である。

 

 他にこれを正当化し得る根拠を見いだすこともできないことからすれば,本件規定のうち100日超過部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとなっているというべきである。

 

 

  以上を総合すると,本件規定のうち100日超過部分は,遅くとも上告人が前婚を解消した日から100日を経過した時点までには,婚姻及び家族に関する事項について国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものとして,その立法目的との関連において合理性を欠くものになっていたと解される。

 

 

  

 

(3) 以上の次第で,本件規定のうち100日超過部分が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記当時において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていたというべきである。