公判前整理手続で明示された主張

 

 

 

 

 最高裁判所第2小法廷決定/平成25年(あ)第1465号 、判決 平成27年5月25日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

【判示事項】 公判前整理手続で明示された主張に関しその内容を更に具体化する被告人質問等を刑訴法295条1項により制限することはできないとされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件上告を棄却する。

  当審における未決勾留日数中500日を本刑に算入する。

 

        

 

 

理   由

 

  弁護人桃川雅之及び被告人本人の各上告趣意は,いずれも,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 

  所論に鑑み,弁護人の被告人に対する供述を求める行為(質問)及びこれに応じた被告人の供述の一部を制限した第1審裁判所の措置の適法性について,職権により判断する。

 

  

1 記録及び原判決の認定によれば,第1審裁判所における審理の経過は,次のとおりである。

  

(1) 被告人は,「平成24年4月25日午後5時50分頃,和歌山市内の路上において,真実は被害者が運転する普通乗用自動車に故意に被告人の身体を接触させたのに,被害者の過失により同車に接触されて右腕を負傷したように装い,その頃,同市内の駐車場において,同人に対し,治療費名目で金員を要求し,よって,同日午後5時55分頃,同人から現金5000円の交付を受けた。」旨の詐欺の公訴事実(以下「本件公訴事実」という。)のほか,同年5月及び7月の同種詐欺2件につき公訴を提起され,第1審裁判所は,いずれも公判前整理手続に付した。

  

(2) 公判前整理手続中,本件公訴事実につき,弁護人は,公判期日でする予定の主張として,犯人性を否認し,「被告人は,平成23年8月頃,和歌山県内へ行ったが,それ以来,平成24年7月18日まで同県内には来ていない。」「被告人は,本件公訴事実記載の日時において,犯行場所にはおらず,大阪市西成区内の自宅ないしその付近に存在した。」旨のアリバイの主張を明示したが,それ以上に具体的な主張は明示せず,第1審裁判所がその点につき釈明を求めることもなかった。

 

 以上を受け,第1審裁判所は,本件公訴事実に係る争点の整理結果を「争点は,被告人が本件詐欺行為を行った犯人であるか否かである。」と確認した。

  

 

(3) 公判手続中,本件公訴事実につき,冒頭手続及び弁護人の冒頭陳述において,被告人及び弁護人は,いずれも前記予定主張と同趣旨の陳述をするにとどまっていたところ,被告人質問において,被告人が,「その日時には,自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから,午後4時30分頃,西成の同知人方に行った。」との供述をし,弁護人が更に詳しい供述を求め,被告人もこれに応じた供述を行おうとした(以下「本件質問等」という。)。

 

 これに対し,検察官が「公判前整理手続における主張以外のことであって,本件の立証事項とは関連性がない。」旨を述べて異議を申し立て,第1審裁判所は,異議を容れ,本件質問等を制限した。

 

 なお,被告人は,最終陳述において,「平成24年4月25日午後4時30分から,20分ないし25分の間に,福祉で世話になった知人夫婦と話をしており,私から梅干しか蜂蜜の品物を送ったりしたという事実がある。私にはそういう現場に存在できなかったという事実もある。」旨の前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており,第1審裁判所がこれを制限することはなかった。

  

 

2 公判前整理手続は,

 

 充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため,事件の争点及び証拠を整理する手続であり,訴訟関係人は,その実施に関して協力する義務を負う上,

 

 被告人又は弁護人は,刑訴法316条の17第1項所定の主張明示義務を負うのであるから,

 

 公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず,これを明示しないということは許されない。

 

 こうしてみると,公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく,公判期日で新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないものの,

 

 公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。),

 

 新たな主張がされるに至った経緯,新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し,前記主張明示義務に違反したものと認められ,

 

 かつ,

 

 公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが,公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合

 

(例えば,公判前整理手続において,裁判所の求釈明にもかかわらず,「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合

 

 には,新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で,公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が,

 

 刑訴法295条1項により制限されることがあり得るというべきである。

  

 

3 本件質問等は,被告人が公判前整理手続において明示していた

 

「本件公訴事実記載の日時において,大阪市西成区内の自宅ないしその付近にいた。」旨のアリバイの主張に関し,

 

具体的な供述を求め,

 

これに対する被告人の供述がされようとしたものにすぎないところ,

 

本件質問等が刑訴法295条1項所定の「事件に関係のない事項にわたる」ものでないことは明らかである。

 

また,前記1(2)のような公判前整理手続の経過及び結果,並びに,被告人が公判期日で供述しようとした内容に照らすと,

 

 前記主張明示義務に違反したものとも,本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず,

 

本件質問等を同条項により制限することはできない。

 

そうすると,検察官の異議申立てを容れて本件質問等を制限した第1審裁判所の措置は是認できず,原判決が同措置は同条項に反するとまではいえない旨判示した点は,同条項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

 

 

  もっとも,原判決は,本件質問等を制限した措置が違法であったとしても,被告人が,最終陳述において,前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており,この陳述は制限されなかったことなどを指摘し,前記法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすものではない旨判示しており,その結論は相当であるから,原判決に,判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえない。

 

  よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官小貫芳信の補足意見がある。

 

 

  裁判官小貫芳信の補足意見は,次のとおりである。

 

 

  法廷意見に賛成であるが,公判前整理手続終了後の新たな主張について制限される場合のあることの根拠と本件の訴訟遂行に関し,以下のとおり,意見を補足しておきたい。

  

 

1 公判前整理手続の核心は,当事者に対し公判における主張・立証を予定している限り,それらを手の内に留めないことを求めることにあり,このことをなくしては公判前整理手続の存在理由はないといっても過言ではなく,主張明示義務は,主張についてこの核心を支えるものである。

 

 また,被告人は,弁解する権利を有するが,訴訟上の権利は誠実にこれを行使し,濫用してはならない(刑訴規則1条2項)のであり,主張明示義務に意図的に反する権利行使はその濫用として許されない。したがって,法廷意見が例示するような,公判前整理手続の核心を害し,弁解権の濫用と認められる事例については,刑訴法295条1項の「その他相当でない」ものとして制限されることがあり得ると解すべきである。

 

 

  なお,刑訴法が被告人の主張明示と証拠調べ請求の各義務を定め(刑訴法316条の17),公判前整理手続終了後の証拠調べ請求については「やむを得ない事由によって」公判前整理手続において請求できなかったものに制限しているが,あえて主張については制限する規定を置いておらず,両者を区別していることが明らかである。

 

このような刑訴法の規定によれば,新たな主張に沿った被告人の公判における供述について,公判前整理手続において主張しなかったことのみを理由として,証拠調べ請求と同様の制限を認めるのは困難であろう。

  

 

2 公判前整理手続は,特に裁判員裁判にとって極めて重要な意義を有し,その適正な運用のためには法曹三者の協力と力量が問われている。前記の法解釈を前提としつつ,このような観点から,本件の訴訟遂行に関し,在るべき審理について検討してみると,次のとおり指摘できよう。

  

(1) 被告人は,公判前整理手続において,

 

「自宅ないしその付近にいた」旨アリバイを主張し,

 

公判の被告人質問において,「その日時には,自宅でテレビを見ていた。知人夫婦と会う約束があったことから,午後4時30分頃,西成の同知人方に行った。」と供述し,

 

弁護人が更に詳しい供述を求めたところ,

 

検察官が「関連性がない」旨の異議を申し立て,第1審裁判所は,異議を認め,それ以上の質問等を制限したというのである。

 

 

 被告人は前記のとおり公判前整理手続においてアリバイを主張しているのであるから,関連性がないとする異議は無理であろう。

 

 また,検察官は,公判における供述が公判前整理手続において予定されていなかった証人尋問等を要することから,公判前整理手続における主張とは別個の新たな主張と考えた可能性もあるが,公判における被告人の供述は公判前整理手続の主張をより具体化したにすぎず,主張の変更ないし新たな主張とまではいえないとの評価も十分あり得たところであり,

 

 仮に証拠調べ請求の問題が生じればこれには別途の対応をすべきこととなろう。このように考えると,検察官としては,被告人の供述の信用性を吟味し,真偽確認に必要な反対質問をするのが相当であったと思われる。

 

 

  他方,公判前整理手続終了後に主張内容に追加・変更があることは被告人質問に先立って判明することが多いであろうから,弁護人としては,それが判明したときは,刑訴法295条1項の相当性判断に意味を有することもあり得るので,速やかに主張内容の追加・変更があることを明らかにすることが期待される。

 

 

  

(2) 本件公判において,前記のような事態に至ったそもそもの原因の一つは,

 

 第1審裁判所が,公判前整理手続段階で被告人主張をあいまいなままにしておいたことにあると思われる。

 

「自宅付近にいた」との主張については,釈明を求めて具体的内容を明らかにさせ,それが不可能であるというのであればその理由も含めて記録として残しておくべきであったものである。

 

その上で,公判段階において,公判前整理手続段階で具体的な主張をしていなかったにもかかわらず,新たな主張に沿った供述を始めた理由を含め,当該供述の信用性を吟味することこそが重要であったと思われる。

 

 

 (裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)