夫婦がハワイ州で開設したジョイント・アカウント預金

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成24年(ワ)第17988号 、判決 平成26年7月8日 、判例タイムズ1415号283頁について検討します。

 

 

 

【判示事項】 夫婦がハワイ州で開設したジョイント・アカウント預金は夫の死亡による相続財産に該当しないとされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の請求を棄却する。

  2 訴訟費用は,原告の負担とする。

 

        

 

 

事実及び理由

 

 

 

第1 請求

    

 被告は,原告に対し,2337万4200円及びこれに対する平成22年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

第2 事案の概要

  

 

1 被相続人が金融資産等について子である原告に10分の6妻である被告に10分の4相続させる旨の遺言をしていたところ,バンク・オブ・ハワイの預金が相続財産であり,遺言で定めた金融資産等に当たるとして,原告が,被告に対し,その10分の6の支払を求めたのに対し,被告が,上記預金はジョイント・アカウント(共同名義口座)であり,相続財産を構成しないと主張して争った事案であり,上記預金が相続財産を構成する財産にあたるか否かが主たる争点である。

  

 

2 前提となる事実

    

 以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠により容易に認められる事実である。

   

(1) A(昭和13年○○月○○日生。以下「亡A」という。)は平成22年1月1日死亡し,相続人は妻である被告(昭和15年○月○○日生)と,亡Aと先妻との間の子である原告(昭和42年○月○○日生)である。(甲1の1から3)

   

(2) 亡Aは,平成20年11月26日付公正証書遺言(東京法務局所属公証人B作成。平成20年第936号。以下「本件遺言」という。)により,不動産を被告に相続させるほか,以下の金融資産等については遺言執行者が必要に応じて換価換金の上,10分の4を被告に,10分の6を原告に相続させるとし,これ以外の財産一切並びに公租公課及び債務は被告に相続させ,遺言執行者及び祭祀承継者をいずれも被告とする旨の遺言をした。(甲2)

    

ア みずほ銀行青山支店の預金債権

    

イ みずほインベスターズ証券に保護預け,一時預け中の有価証券及びその他の債権

    

ウ 新光証券に保護預け,一時預け中の有価証券及びその他の債権

    

エ その他金融機関の預貯金債権

   

(3) 被告は,遺言執行者として,平成22年5月11日付「遺言執行対象財産目録」(以下「本件財産目録」という。)を作成して原告に提示した。(甲3)

   

(4) 原告と被告は,平成22年10月15日付合意書(以下「本件合意書」という。)により,本件財産目録により提示された金融資産について,それぞれが相続税の申告をすること,相続税の申告後に被相続人の遺産が現れたときは,本件遺言書に従うことなどを合意した。(甲4)

   

(5) 被告は,平成23年12月6日,渋谷税務署に対し,本件財産目録に記載されていなかったバンク・オブ・ハワイ(Bank of Hawaii)の預金3895万7000円(以下「本件預金」という。)などを亡Aの遺産とする修正申告をし,追加税額として原告名義で394万6200円,被告名義で1777万1100円の合計2171万7300円を納税した。(乙8の1から3)

   

(6) 本件預金は,亡Aと被告の共同名義口座であり,ハワイ州法の一つである統一遺産管理法典(UNIFORM PROBATE CODE.以下「統一遺産管理法典」という。)上のジョイント・アカウント(joint account)に当たる。

  

3 原告の主張

   

(1) 原告の相続分の侵害

     

 本件預金は,本件遺言の金融資産に当たるから,原告はその10分の6を相続した。

     

 本件遺言の「その他金融機関」とは,本件遺言で特定されていない金融機関すべてを指すものと解するのが素直であり,本件預金はハワイ州の銀行預金であって,「その他の金融機関の預貯金債権」に該当する。

     

 先になされた本件預金に係るバンク・オブ・ハワイとの預金口座設定契約(以下「本件預金契約」という。)による死因贈与ないし生存者への権利帰属の予約と,後にされた本件遺言による遺贈とのいずれが優先するかは,相続準拠法である日本法により決定されるべき問題であり,後からされた本件遺言による遺贈が効力を生ずる。

     

 原告は,相続人として本件預金の払戻請求権が原告にあると主張しているのではなく,被告が,遺言執行者として本件預金の10分の6を原告に交付する義務を負っているのに,これを交付せず,原告の相続分2337万4200円を侵害していることを主張するものである。

   

(2) 遺言執行者としての善管注意義務違反

     

 被告は遺言執行者として,本件遺言の執行につき善管注意義務を負っており,必要に応じて本件預金を換金処分し,原告に配分する義務を負っているにもかかわらず,本件財産目録に本件預金を表示せず,原告に本件預金の存在を明らかにしなかった。

     

 原告は本件預金の現状がわからず,被告は遺言執行者として相続財産の管理処分について報告義務を負っているにもかかわらず,その義務の履行を拒絶して,本件預金の明細を開示しない。

     

 被告の善管注意義務違反により,原告は,少なくとも,本件預金の原告相続分である2337万4200円相当の損害を被った。

   

(3) 本件預金の相続についての主位的主張

     

 配分的適用説によると,対象財産(権)の移転可能性の有無については財産所在地法により,移転可能性が認められる場合には相続準拠法により相続が判断されることになり,本件の相続準拠法は日本法であり,日本法により相続財産を構成する属性を判断すると,日本法では被相続人の財産に属する一切の権利義務で,一身に専属したもの以外が相続財産となり,

 

 個別準拠法であるハワイ州法で,本件預金が被相続人に属していたか,一身専属的なものではないかを判断することになる。

 

 ハワイ州法において,ジョイント・アカウントは,名義人の死亡と同時に,死亡名義人の持分が生存名義人に移転するとされているから,移転可能性があり,一身専属的ではないから,後は,相続準拠法である日本法において検討されるべきであり,その具体的内容は以下のとおりである。

     

 なお,もともと,生命保険金や死亡退職金,遺族給付金は被相続人の生前には被相続人の権利としては存在していないから,本件預金と同様に扱うことはできない。

    

ア 亡Aの相続については,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)36条により日本法が適用される。

    

イ 相続財産の構成は日本法により定められ,日本法では被相続人の財産に属した一切の権利義務から一身に専属したものを除いたものが相続財産である。

    

ウ 本件預金が一身専属的債権か否かは,債権の効力であるから,預金契約の準拠法によることになり,通則法7条により,本件預金契約によりハワイ州法が適用されるところ,本件預金契約では,ジョイント・アカウントの死亡者の持分は自動的に生存者に移転するとされているから,一身専属ではない。

    

エ 本件預金が亡Aに帰属する債権であったか否かも債権の効力の問題であるから,通則法7条によりハワイ州法が準拠法になる。

      

 ハワイ州法では,各自の拠出額の割合に応じて各口座名義人に帰属するものとされているから,無職無収入であり,固有財産を有していなかった被告の拠出はなく,本件預金の全額が亡Aに帰属していた。

    

オ 本件預金が,亡Aの死亡によりどのように扱われるかは,相続の問題であるから,日本法が適用され,ジョイント・アカウントの名義人の一人が死亡した場合,その持分が自動的に生存所有者に移転することを日本法から評価すると,亡Aが被告と共に本件預金を開設した時点で,亡Aの死亡時に本件預金の残額を被告に移転するという預金債権の死因贈与を定めたものと解される。

 

 このように理解しなければ,日本法上存在しないジョイント・アカウントを海外で開設することにより,本来相続財産を構成する資産を特定の者に取得させることを認めることになり,日本の相続法の潜脱を許すことになるから,このような結論に至ることは認められない。

    

カ 本件遺言では「その他金融機関の預貯金債権」を原告に10分の6,被告に10分の4の割合で配分するとしており,これはジョイント・アカウントの開設により本件預金の残高を被告に贈与すると定めたことと抵触するが,本件遺言の効力は通則法37条により日本法を準拠法とするから,本件遺言により,ジョイント・アカウントの開設によって本件預金の残高を被告に贈与すると定めたことが撤回されたものとみなされる。

    

キ ハワイ州法による遺産管理手続(プロベート)上,原告に本件預金の分配を請求する権利がないことは,日本の裁判所に継続する本件訴訟では考慮する必要がなく,遺言執行者である被告は,原告に対し,本件預金の10分の6相当額を支払う義務を負う。

      

 本件預金がジョイント・アカウントであることは,被告がバンク・オブ・ハワイへの新たな届出等をせず,遺産管理手続(プロベート)も必要なく,検認裁判所の関与もなく,単独で預金を引き出すことができる点で,被告の遺言執行者としての義務の履行を容易にするものであるから,その10分の6の払戻を受けて原告に交付すべきである。

   

 

 

(4) 本件預金の相続についての予備的主張

    

ア 仮に,本件預金の相続の効力についてもハワイ州法が準拠法になるとすると,本件遺言が本件預金を除外していないことの解釈が問題となる。

    

イ ハワイ州法によると,ジョイント・アカウントの残額は名義人の一人が死亡すると生存する名義人に移転するとされ,これは遺言でも変更できないとされている。

      

 したがって,ジョイント・アカウントは,プロベートの対象とならないノン・プロベート・アセット(nonprobate asset)となる。

    

ウ 本件遺言はノン・プロベート・アセットを遺言で処分しようとしたものであるが,

 

 本来,ノン・プロベート・アセットをプロベート外で受領するはずであった受益者(ジョイント・アカウントの生存名義人)が,ノン・プロベート・アセットを対象とする遺言において,

 

 他の資産の処分の受益者にもなっている場合には,

 

 当該受益者は,ノン・プロベート・アセットをプロベート外で受領する権利を放棄して遺言による受益を受けるか,

 

 遺言による受益を放棄してノン・プロベート・アセットをプロベート外で受領するかを選択すべきことになるとするウィスコンシン州裁判所判決(シェック遺言事件)があり,

 

 ハワイ州裁判所が本件遺言と本件預金に対するハワイ州法上の扱いの抵触の問題を判断する際には説得的権威として当然に参照することになる。

      

 被告は,本件遺言の遺言執行者として遺産の一部を配分しており,本件遺言による受益を選択している。

    

 

エ したがって,被告は,本件遺言に従って,原告に対し,本件預金を換価換金し,その6割を支払う義務を負う。

   

 

 

 

(5) 本訴請求は信義則違反に当たらない。

     

 本件預金の存在を税務署から指摘されて修正申告の必要が生じたのであるから,納税についても被告が責任をもって対処するのは当然であり,信義則の問題にはならない。

     

 なお,本件預金の侵害分が原告に支払われるのであれば,原告は,これに相当する相続税額について,遅延損害金や訴訟費用等を控除しても残額がある場合には,負担する用意がある。

   

(6) よって,原告は,被告に対し,本件預金に関する原告相続分の侵害の回復請求権及び遺言執行者の善管注意義務違反による損害賠償請求権に基づき,本件預金の10分の6に当たる2337万4200円及びこれに対する本件財産目録作成の日である平成22年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

   

(7) 相殺の抗弁について

    

 被告が相続税追加額を負担することは,本件合意書において合意しており,被告に求償権は発生しない。

     

 本件預金の6割を原告が取得することによる税額は,修正申告により増加した財産が7998万4035円であり,増加した税額が2171万7300円であることから,本件預金の6割相当額である2337万4200円に対応する額となり,634万6572円である。

  

 

 

 

 

4 被告の主張

   

 

(1) 本件預金は相続財産を構成しない。

    

ア 本件預金は,債権の当事者の一方が外国に関連する法律関係であり,通則法により相続財産を構成するか否かが決定されることになるところ,

 

相続財産の構成に係る準拠法の決定について,

 

累積的適用説,

 

配分的適用説

 

及び

 

個別準拠法適用説などがあるが,

 

いずれにしても相続準拠法のみが適用されることにはならず,個別準拠法が単独で,あるいは,相続準拠法と併用して適用されるのであり,

 

在外財産である本件預金が相続財産を構成するためには,個別準拠法上当該財産が相続人に承継させられ得ない場合には,

 

相続の実効性を欠くことになるから,相続準拠法のみならず個別準拠法が相続財産であることを認める必要があるものと解すべきである。

      

 

 なお,通則法7条又は8条が,法律行為から生じる権利義務の譲渡性・相続性等の法律効果に関する準拠法を定めていることに照らし,通則法も個別準拠法でも相続性を認める必要があることを前提としている。

      

 

 相続準拠法は通則法36条により日本法であり,本件預金の個別準拠法は,通則法8条により銀行の常居所地法であるハワイ州法となる。

      

 ジョイント・アカウントは,

 

共同預金者と金融機関との間で生存者権(survivorship.複数の権利者中に死亡者があった場合に,死亡者の権利を生存者が取得する権利)を発生させる複数当事者口座の一つで,

 

二人以上の口座名義人による金融機関との間の金銭の寄託契約であり,

 

現在又は将来において一人以上の請求により支払われるものである。

 

ジョイント・アカウントについて,統一遺産管理法典第560条6-104節は,口座名義人が死亡した場合,預金債権は相続財産を構成せず,生存者権に基づき生存名義人に帰属し,遺言によっても変更することができないと定めているから,

 

ハワイ州法上相続性がないことが規定されている。

 

日本法には存在しないジョイント・アカウントや生存者権を解釈するにあたり,日本法に組み入れて解釈したり,解釈方法を取り入れたりすべきではなく,ハワイ州の法秩序の構成部分として,その法秩序全体との関連において解釈されなければならないのであって,

 

遺言により生存者権を変更することはハワイ州法では認められていないから,本件遺言により本件預金契約による生存者権が否定されるとの原告の主張は失当である。

    

 

イ 本件預金契約では,口座名義人が二人以上である場合には預金口座はジョイント・テナンシー(合有)として口座名義人に帰属し,

 

口座名義人の一人が死亡したときは,死亡者の持分は自動的に生存所有者に移転するとされているから,

 

プロベート(probate.遺言検認・遺産処理)手続が回避され,生存名義人が自動的に資金を承継することができる。

 

これは,統一遺産管理法典におけるジョイント・アカウントの法的効果を規定したものであり,

 

ジョイント・アカウントは,単に共同名義の預金口座であって,単独名義の預金口座と異なる特殊な預金契約があるものではない。

    

ウ なお,被告が本件預金を課税対象とする修正申告を行ったのは,課税当局が,ジョイント・アカウントは,私法上相続性はないものの,税務上実質的に死因贈与契約による取得に該当するとして,課税対象になると主張したため,これに従ったものであり,

 

課税実務上,実質的な死因贈与契約であるとして課税対象になると取り扱われることがあるとしても,私法上,相続財産を構成するものではない。

    

 

エ 以上のとおり,個別準拠法であるハワイ州法上,ジョイント・アカウントには相続性が認められないから,相続準拠法である日本法により相続性が認められるとしても,

 

亡Aの相続財産を構成せず,本件遺言にいう金融資産等には含まれないのであって,原告は本件預金を相続していないし,これを本件財産目録に記載しないことについて,被告に遺言執行者としての善管注意義務違反もない。

    

 

オ 仮に配分的適用説による場合には,

 

相続準拠法である日本法において相続されるあるいは相続されないための属性を抽出し,

 

個別準拠法により一定の属性を有するかをチェックすることになるが,

 

日本法において包括承継の例外となるのは,一身専属権のみならず,被相続人の死亡を契機として別の者に帰属することとなる請求権(生命保険金請求権,死亡退職金及び遺族給付金)があり,

 

これらは契約又は法律の規定に基づき,

 

原始的に受給者が取得する固有の権利であることによる。

 

ハワイ州法上,本件預金は,契約上受給者が定められ,法律の規定に基づいて民法の規定と異なる受給者の範囲又は順位が定められているから,

 

結局,相続財産を構成しないことになることは同じである。

      

 

 

 

原告の主張する配分的適用説は,

 

個別準拠法上で成立している権利義務を,相続準拠法上で成立しているように仮定して判断する点で不当であり,

 

結果の妥当性もない。

 

また,ハワイ州法において,ジョイント・アカウントの預金残高は,生存名義人に移転(transfer)するのではなく,帰属する(belong to)のであって,

 

そもそも移転可能性は肯定されていない。

    

 

 

カ 原告が予備的主張で指摘するシェック遺言事件は,ウィスコンシン州の裁判例であり,アメリカ合衆国においては他の州では法的拘束力を持たず,

 

説得的権威を持つにすぎない。

 

また,その後にされたウィスコンシン州最高裁のジョン・アール・リレー事件の判決において,

 

その後に制定された制定法が要件を定めており,

 

遺産分配,遺贈の承認又はプロベート手続への参加は選択を構成しないことについて推定の余地はなく,

 

選択を構成することを遺言書において明確に創設しなければ,遺言に基づく相続と生存者権の双方が維持されるとし,

 

シェック遺言事件の判決は制定法により覆されたと判示している。

   

 

(2) 原告に損害はない。

     

 仮に亡Aの相続財産として,原告が本件遺言により本件預金について取得すべき部分がある場合には,預金債権は可分債権であるから,バンク・オブ・ハワイに払戻請求すれば足りるのであって,原告に損害は生じていない。

 

 日本法において,預金債権は可分債権であって,相続開始と同時に各相続人に帰属するから,遺言執行者には払戻権限も義務もないとされており,ハワイ州法においても,ジョイント・アカウントはプロベートを要しない資産であり,何らの手続を要することなく生存名義人に帰属するから,遺言執行者が銀行に対して権利行使することができない。

     

 したがって,日本法及びハワイ州法のいずれによっても被告が遺言執行者として本件預金を換金処分する必要も義務もなく,換価換金しないことについて,被告に帰責性はないから,責任を負わない。

     

 そもそも,原告が本件預金の分配を要求するのであれば,被告に請求するのではなく,

 

ハワイ州の裁判所に対し,遺産管理手続(probate)を申し立てる必要があり,

 

本件預金の口座番号等は明らかであるから,原告が遺産管理手続を申し立てることに何ら障害はない。

 

ハワイ州法は清算主義を採用しているから,遺産は遺産財団(estate)となり,遺言で指名された遺言執行者ではなく,ハワイ州の裁判所が選任する遺言執行者(executor)及び遺産管理人(administrator.両者を総称して人格代表者personal representative)によって管理され,

 

債権を回収し,

 

債務を支払い,

 

残余を相続人又は受遺者に分配して終了することになるのであって,

 

遺言執行者である被告には換価処分する権限も義務もない。

 

そして,ハワイ州法上本件預金が相続財産を構成しない以上原告に分配されることはない。

     

 

原告の請求は,遺産の管理分配に遺産管理手続が要求されるハワイ州において,遺言執行者がバンク・オブ・ハワイに対し本件預金を直接払い戻す権限を有することを前提とするものであって,失当である。

     

 

したがって,いずれにしても原告の損害を観念することはできない。

   

 

 

(3) 損害賠償請求権は催告により遅滞となるのであり,本件財産目録作成により遅滞となるのではないから,原告の遅延損害金の請求も失当である。

   

 

(4) 本件預金は,本件遺言の「その他金融機関の預貯金債権」には含まれない。

     

 本件遺言では,金額的に重要性の高い預金のみが明記されており,亡A名義の預金のうち明記されていない預金もある。一般に,遺言者は,遺言の解釈に関する争いを回避するため,金額的に重要性の高い預金は明記し,本件預金のように共同名義の際には,これを特定した上持分を記載するのが通常である。亡Aは,ハワイ州に昭和55年頃から平成13年頃まで居住しており,本件預金を被告と共同名義で開設して利用していたから,相続財産を構成せず,生存名義人である被告に移転することを熟知しており,ハワイ州においてジョイント・テナンシー(合有)で所有していた不動産についても記載していないことから,亡Aは,相続財産を構成せず,生存者権により被告に移転する財産は本件遺言に記載しなかったといえる。

     

 

 したがって,亡Aの真意は,本件預金が相続財産を構成しないために本件遺言に明記しなかったものと解するのが合理的である。

   

(5) 信義則違反

     

 原告は,平成23年12月6日,被告が本件預金全部を取得することを認識しつつ,これを前提として追加相続税額を計算し,相続税の修正申告を行った。仮に,原告が本件預金の6割を相続していたのであれば,本件合意書に基づき,追加税額の6割を原告が負担すべきであったところ,原告が追加税額の全額を被告が負担すべきであると主張したため,被告は,本件預金を被告が取得することについて,原告に異議がないものと理解して,追加税額全額を支払った。

     

 原告の本訴請求は,先行行為と直接矛盾しており,先行行為に基づき納税した被告の信頼を害するものであるから,信義則上許されない。

   

(6) 相殺の抗弁

     

 被告は,原告が負担すべき相続税追加税額394万6200円を平成23年12月5日納付しているから,同額の求償権を取得した。上記金額は,被告が本件預金の全額を取得することを前提として算出した税額のうち,累進課税による適用税率が上がったために発生した原告負担額である。本件合意書には,適用税率が上がった場合の合意はないから,租税法規に従い負担すべきである。

     

 また,仮に,本件預金のうち10分の6を原告が取得するのであれば,被告はこれに相当する相続税追加税額を原告に代わって負担したことになるから,同様に711万0700円の求償権を取得した。

     

 被告は,原告に対し,上記求償権合計1105万6900円及びこれに対する平成23年12月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金と本訴請求債権とを対当額で相殺する。(被告が,平成25年8月5日,第7回弁論準備手続期日において相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。)

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

 

1 本件預金が,亡A及び被告がバンク・オブ・ハワイとの本件預金契約により開設したジョイント・アカウントであることは前提となる事実に記載のとおりであるところ,まず,本件預金が亡Aの相続財産となるかについて検討する。

   

(1) 亡Aの相続については,通則法36条により亡Aの本国法である日本法が準拠法となるから,どのような財産が亡Aの相続財産となるかについては相続準拠法である日本法によって定められる。他方,ある財産ないし権利が相続財産となるためには,相続の客体性,被相続性を有することが必要であるところ,相続の客体となり得るか否かは当該財産ないし権利の属性の問題であって,当該財産ないし権利に内在するものというべきであるから,法律行為の成立及び効力の問題として,通則法7条及び8条が定める準拠法によって判断されることになる。

     

 

そして,バンク・オブ・ハワイとの本件預金契約では,預金口座は,預金口座が所在する地の法律により規律されるとの定めがあるから(乙1,19),本件預金に適用される個別準拠法はハワイ州法である。

     

 

以上のとおり,本件預金が相続の客体となり得るか否かは,ハワイ州法によって判断すべきであり,相続の客体となり得ない場合には,本件預金が亡Aの相続財産を構成することはないものというべきである。

   

 

 

(2) 本件預金はジョイント・アカウントとして,亡A及び被告が合有により所有していたものであり,日本法には同様の預金契約ないし共同名義人が合有により所有する預金債権はそもそも法制度として存在していないことから,本件預金が相続の客体となり得るか否かを判断するについては,ハワイ州法において,ジョイント・アカウントをどのような制度としてハワイ州法の法秩序全体が構成されているかに配慮しつつ検討すべきである。

    

ア そこで,バンク・オブ・ハワイとの本件預金契約(乙1,19)では,預金口座が二人以上の名前によって保有されている場合は,預金口座は,ジョイント・テナント(合有所有者)としての名義人に帰属しており,所有者のいずれかが死亡した場合には,死亡した所有者の持分は自動的に生存所有者に移転するとされ,預金口座が所在する地の法律により規律されると定められている。

      

また,ハワイ州が採用している統一遺産管理法典(乙2,37)によると,統一遺産管理法典第560の6-103節では,ジョイント・アカウントは,全ての口座名義人が生存している間,それとは異なった意思であったことの明確で説得的な証拠がない限り,預金の合計額に対し,各々の総拠出額の割合に応じ,口座名義人に帰属するとされ,同104節では,名義人死亡時におけるジョイント・アカウントの預金残高合計は,当該口座が設定された当時,それとは異なった意思であったことの明確で説得的な証拠がない限り,故人の遺産ではなく,その生存名義人に帰属し,本項の定めによって生じる生存者権は,遺言によっても変更することはできないとされている。

    

イ ハワイ州における相続手続は,統一遺産管理法典の定めによるものであり,死亡者の遺産は遺産財団(estate)となり,遺言執行者や遺産管理人によって管理され,債権を回収し,債務を弁済して,残余があれば相続人ないし受遺者に交付される(乙4,5,23,24)。

      

他方,統一遺産管理法典には,死亡を原因とする財産移転の制度として,ジョイント・テナンシー(合有)と呼ばれる形態で財産が保有されている場合の財産移転が定められており,不動産や有価証券,預金口座について,共同名義人の一人が死亡した場合には,死亡名義人が有していた財産の全てを生存名義人が絶対的,自動的に所有することになるのであり,その財産移転は相続ではなく,生存名義人が取得する権利(生存者権)は遺言によって変更することはできず,相続の対象ともならないから,上記の相続手続において管理承継されることはない(乙2,4,5,23,24)とされている。

    

 

ウ 上記のとおり,ハワイ州法は,相続手続のほかに,死亡を原因とする財産移転の制度としてジョイント・テナンシー(合有)の概念を持っているのであり,ジョイント・アカウントを含め,ジョイント・テナンシーにより財産を保有する場合に,単に二人以上の名前で保有することで足り,共同名義人の資格や親族関係等の要件を必要としていないこと,共同名義人の一人の死亡により,生存名義人が自動的に死亡名義人の財産を所有するとされ,死亡名義人の遺産を構成しないことが明示されている上,遺言によって生存者権を変更することができないとされていることからは,ジョイント・アカウントの死亡名義人の財産は,少なくとも死亡時においては,制度として定められた生存名義人が所有するという以外の財産の移転を予定していないものといえるのであり,他への一般的な移転可能性はないものと解されるから,

 

ジョイント・アカウントは,共同名義人の死亡時においては,相続により移転することができず,他への一般的な移転可能性もない財産としてハワイ州法が定めているものと認めるのが相当である。

      

 したがって,ジョイント・アカウントは,個別準拠法上,相続の客体とならないものとして,法秩序に組み込まれた制度であるというべきであり,本件預金は相続の客体とはなり得ないから,亡Aの相続財産を構成しないものと解される。

    

 

エ なお,被告が,本件預金を取得したことについて,相続税の修正申告をしていることは前提となる事実に記載のとおりである。

      

 ハワイ州法において,相続のほかに,ジョイント・テナンシー(合有)で保有されていた死亡名義人の財産を生存名義人が取得する制度が,死亡を原因とする財産移転の制度の一つとして定められているのであり,死亡を原因とする財産移転であるという性質をとらえて,日本において,課税上,死因贈与(遺贈)による取得であると評価する(乙7,23)ことはあり得るとしても,そのことと,ジョイント・アカウントの死亡者の財産が相続の対象となるか否かとは別個の問題であって,被告が修正申告したこと,あるいは,課税上,死因贈与(遺贈)による取得であると評価されることは上記認定を左右するものではない。

      

 また,日本法において,相続人固有の財産とされ,相続の対象ではないとされている生命保険金や死亡退職金等について,特別受益性の判断や遺留分算定の基礎への算入の可否については,相続人固有の財産であるということとは別に検討されており,相続及び遺言については,通則法36条及び37条で被相続人及び遺言者の本国法が準拠法とされていることから,ジョイント・アカウントについても,遺産分割や遺留分算定の場面においては,生命保険金等と同様考慮されることがあり得るが,そのことから,ジョイント・アカウントが被相続人の遺産となるものでないことは,日本法における生命保険金等と同様であって,上記認定を左右するものではない。

   

 

(3) 上記のとおり,ハワイ州法において,本件預金は相続の客体性を有しないから,亡Aの相続財産を構成せず,したがって,本件遺言の「その他の金融機関の預貯金債権」には含まれていないものというべきである。

  

 

 

2 原告は,本件預金が相続財産を構成しないにもかかわらず,亡Aが本件遺言において,本件預金を除外しないまま「その他の金融機関の預貯金債権」の10分の6を原告に,10分の4を被告に相続させるとしたから,このような場合,ハワイ州法においては,ウィスコンシン州のシェック遺言事件の判決(甲14)が参照され,被告が本件遺言による財産の取得か,プロベート外の財産取得かを選択すべきことになり,被告は既に本件遺言による財産の取得を選択していると主張する。

   

(1) アメリカ合衆国においては,他の州の判決は法的拘束力を持たず,説得的権威を持つにすぎない(乙36)上,ハワイ州は統一遺産管理法典を採用しているが,ウィスコンシン州は採用していない(乙37)というのであり,原告が指摘するシェック遺言事件判決(甲14)がハワイ州においても参照されるべき裁判例であるか否かは明らかではない。

     

また,ウィスコンシン州最高裁判決(ジョン・アール・リレー事件。乙38)は,選択すべきである場合には,遺言又は遺言補足書において表明することが要求されているとし,シェック遺言事件の判決は制定法により覆されたと判示していることから,原告が指摘するシェック遺言事件の判決は,ウィスコンシン州においても既に先例としての価値を失っている可能性が高い。

   

(2) さらに,本件遺言においては,本件預金を明示してこれを相続させると遺言しているのでないことは前提となる事実に記載のとおりであるものの,亡Aがどのような預貯金債権を念頭において「その他の金融機関の預貯金債権」と記載したのかは,本件遺言の記載上明らかではない。

     

しかし,亡Aが被告と共に,バンク・オブ・ハワイと本件預金契約を締結してジョイント・アカウントを開設したことからすれば,自己の死亡により本件預金の全額が被告の所有となることを認識していたものといえる。そして,それにもかかわらず,亡Aが本件預金を「その他の金融機関の預貯金債権」として原告と被告にそれぞれ所定の割合で相続させたいのであれば,遺言をしただけではハワイ州法にも本件預金契約にも抵触して実現することが不可能であったのに対し,これを実現するためには,本件預金の亡Aの拠出額に応じた割合で預金を引き出し,別途単独名義の預金口座を開設して入金するなどの措置を採った上で遺言をすればよかったのであり,このような措置を採ることは容易であって,特段の障害があったことは窺われない。

     

したがって,

 

亡Aが,このような措置を採らず,本件預金をそのまま残した上,本件遺言において「その他の金融機関の預貯金債権」を原告と被告にそれぞれ所定の割合で相続させるとしたのは,亡Aの相続財産を構成する預貯金債権について指定したものと解するのが合理的であり,あえてハワイ州法に抵触する内容の遺言をしたものと解するのは,遺言者の合理的意思に反するものというべきである。

   

 

(3) 以上のとおり,本件遺言の「その他の金融機関の預貯金債権」には,本件預金は含まれていないものと解するのが相当であるから,ハワイ州法に抵触することを前提とする原告の主張は採用できない。

  

 

3 本件預金は,亡Aの相続財産を構成するものではないから,原告の本訴請求は理由がない。

   

(1) なお,原告は,相続回復請求権及び遺言執行者の善管注意義務違反による損害賠償請求権により,被告に対し,本件預金の10分の6に相当する額の支払を求めているところ,本件預金に対する原告の相続権の侵害として原告が本件訴訟において主張する被告の行為は,被告が本件預金を全部取得したとして行った相続税の修正申告のみである。そして,本件合意書により,相続税の申告はそれぞれ行うこととされていることから,原告も,本件預金を被告が全部取得したことを内容とする相続税の修正申告(甲5)を行っているから,被告が上記内容の修正申告をすることについては了解していたものというべきであり,他に具体的な相続権の侵害行為がされたことの主張はされていない。

   

(2) また,遺言執行者の善管注意義務違反として,原告は,本件財産目録に本件預金の記載がないことを主張するところ,仮に,本件預金が亡Aの相続財産を構成するのであれば,その記載をしなかったことは遺言執行者としての善管注意義務に反する可能性はあるものの,本件財産目録に記載しないことから直ちに本件預金の10分の6相当額の損害が原告に生じるものでないことは明らかである。

     

そして,亡Aの相続について,通則法36条により日本法が相続準拠法になるから,遺言執行者の権限及び義務についても日本法により判断すべきところ,本件預金が亡Aの相続財産であるとすれば,原告は,本件遺言によりその10分の6を取得しており,遺言執行の余地はなく,遺言執行者は,金融機関に対して払戻を求める権限を有しておらず,その義務もない。本件遺言も,遺言執行者において必要に応じて換価換金することを記載しているのみであるから,被告は遺言執行者として,原告に対し,その10分の6を交付する義務を負っていないというべきである。

     

仮に,本件預金について被告が遺言執行者として払戻請求すべきであると解するとしても,ハワイ州法上,遺産管理手続(プロベート)は予定されておらず,被告が本件遺言の遺言執行者として,バンク・オブ・ハワイに対して,払戻請求する手続は存在していないから,これを行わなかったとしても遺言執行者としての善管注意義務に反するとはいえない。これについて,原告は,被告が本件預金の共有名義人であり,共有名義人としての払戻請求をすることができることをもって,遺言執行者としての善管注意義務違反を主張するが,遺言執行者の善管注意義務の内容が,遺言執行者が預金の共有名義人である場合とそうでない場合とで異なると解すべき合理的な理由は見当たらず,遺言執行者の権限行使としての払戻請求ができない以上,共有名義人として預金の払戻ができるからとい(ママ)て,遺言執行者としての注意義務違反にあたるということはできない。

  

4 以上のとおり,原告の本訴請求はいずれにしても理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

     

東京地方裁判所民事第24部

            裁判官  石栗正子