内容虚偽の源泉徴収票

 

 

 

 京都地方裁判所判決/平成25年(わ)第786号、平成25年(わ)第921号、平成25年(わ)第1091号、平成25年(わ)第1210号、平成26年(わ)第209号 、判決 平成27年11月10日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 被告人が,共犯者と共謀し,得度制度を悪用して,複数回の住宅ローン詐欺を行い,巨額の金員を騙し取ったとする詐欺被告事件。裁判所は,被告人は,本件各犯行に必要不可欠で極めて重要な役割を果たした等として,懲役4年10月に処した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

 

  被告人を懲役4年10月に処する。

  未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

 

        

 

 

 

理   由

 

  

【罪となるべき事実】

  

被告人は,

 

 第1 A2・A3・A4ことA1(以下「A1」という),B2・B3・B4ことB1(以下「B1」という)及びC2・C3ことC1(以下「C1」という)らと共謀の上,申込人又は親族の居住等を融資の条件とする長期固定金利型住宅ローン「フラット35」の融資名下に現金を詐取しようと企て,あらかじめB1を虚偽の養子縁組によりB4に氏名を変更した上,平成22年5月31日,京都市中京区(以下略)所在の株式会社D1銀行ローン営業部京都住宅ローンセンター(現京都ローンプラザ)において,同センター融資担当者のE1に対し,真実はB1又はその親族が居住する意思がなく,また,B1がF1株式会社の社員として稼働し,同会社から給与収入を得ている事実はなく,確実に返済する意思も能力もないのに,これあるように装い,かつ,B1が株式会社G1から購入する同市下京区(以下略)所在のマンション「△△」301の購入代金は2370万円であるのに,お申込人欄のおなまえ欄に「B4」,勤務先名欄に「F1」,今回取得する住宅の入居予定家族欄に「1名(お申込人を含む人数)」等と記載された内容虚偽の借入希望額2970万円の【フラット35】長期固定金利型住宅ローン(機構買取型)借入申込書(その1)と共に,B4名義の旅券等を提出する等して,2970万円の住宅ローンの借入れを申し込むとともに,同年7月13日頃,B1が平成21年に前記F1から合計723万9350円の給与が支払われた旨記載された内容虚偽の源泉徴収票2通を同銀行担当者に提出するなどし,前記E1及び前記京都住宅ローンセンター長H1らをして,B1が住宅ローン融資を受けるための条件を満たしており,前記借入申込書等記載のとおり,借入金はB1が居住する住宅の購入資金に充て,B1が前記F1で稼働し,前記金額の給与収入を得ているもの等と誤信させて,前記E1及び前記H1らをして大阪住宅金融業務センターを介し,同住宅ローン債権の買取機関である独立行政法人住宅金融支援機構の買取承認を得させた上,同年7月16日頃,貸付決定権者である前記H1をしてB1に対する金額2970万円の融資を決定させ,よって,同月29日,前記銀行京都支店に開設されたB4名義の普通預金口座に事務手数料等を差し引いた2956万3700円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(以下,「第1事件」「第1の犯行」等という)。

 

 

第2 A1,I2・I3ことI1(以下「I1」という)及びJ2・J3・J4・J5・J6ことJ1(以下「J1」という)らと共謀の上,名の変更許可申立により前記I2の氏名を前記I3に変更していたことを奇貨として,申込人又は親族の居住等を融資の条件とする長期固定金利型住宅ローン「フラット35」の融資名下に現金を詐取しようと企て,平成22年4月14日,不動産の売買・賃貸・仲介・管理等を営む株式会社K1(現株式会社K1’)の実質的経営者であるL1を介して,東京都千代田区(以下略)のM1株式会社に対し,真実はI1又はその親族が居住する意思がなく,また,I1がF1株式会社の社員として稼働し,同会社から給与収入を得ている事実はなく,確実に返済する意思も能力もないのに,これあるように装い,かつ,I1が株式会社K1から購入する京都市伏見区(以下略)所在の住居用建物(土地付き)の購入代金は約3000万円であるのに,お申込人欄のおなまえ(自署)欄に「I3」,勤務先名欄に「F1」,今回取得する住宅の入居予定家族欄に「1名(お申込人を含む人数)」等と記載された内容虚偽の借入希望額3600万円の長期固定金利型住宅ローン(機構買取型)借入申込書(その1)と共に,I1に対して平成21年に前記F1から合計565万7460円の給与等が支払われた旨記載された内容虚偽の源泉徴収票の写し等を郵送で提出して到達させた上,前記M1株式会社に対し,3600万円の住宅ローンの借入れを申し込み,同社審査部長N1らをして,I1が住宅ローン融資を受けるための条件を満たしており,前記借入申込書等記載のとおり,借入金はI1が居住する住宅の購入資金に充て,I1が前記F1で稼働し,前記金額の給与収入を得ているもの等と誤信させて,同住宅ローン債権の買取機関である独立行政法人住宅金融支援機構の買取承認を得させた上,平成22年5月7日,貸付決定権者である前記N1をしてI1に対する金額3600万円の融資を決定させ,よって,同月17日,京都市東山区(以下略)の株式会社京都銀行東山支店に開設されたI3名義の普通預金口座に事務手数料等を差し引いた3565万5575円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(以下,「第2事件」「第2の犯行」等という)。

 

第3 A1,O2・O3ことO1(以下「O1」という)らと共謀の上,長期固定金利型住宅ローン「フラット35」の融資名下に現金を詐取しようと企て,あらかじめ前記O2を名の変更許可申立により前記O1に氏名を変更した上,平成21年11月20日頃,不動産の売買・賃貸・仲介・管理等を営む株式会社K1(現株式会社K1’)の実質的経営者であるL1を介して,滋賀県近江八幡市(以下略)所在のP1信用金庫本店において,同店営業部のQ1に対し,真実は,O1が有限会社R1の社員として稼働し,同会社から給与収入を得ている事実はなく,確実に返済する意思も能力もないのに,これあるように装い,また,O1が前記K1から購入する滋賀県野洲市(以下略)所在の住居用建物(土地付き)の購入代金は2730万円であるのに,お申込人欄のおなまえ(自署)欄に「O1」,勤務先名欄に「R1」,年収の前年欄に「5400000」,同前々年欄に「5040000」等と記載された内容虚偽の借入希望額3460万円の【フラット35】長期固定金利型住宅ローン(機構買取型)借入申込書(その1)と共に,O1が平成19年に504万円及び平成20年に540万円の給与収入を得た旨記載された内容虚偽の市・府民税所得証明書等を提出する等して,前記Q1を介して,同県野洲市(以下略)所在の同信用金庫野洲支店融資担当者のS1に対し,3460万円の住宅ローンの借入れを申し込み,同人及び同支店支店長T1らをして,O1が住宅ローン融資を受けるための条件を満たしており,前記借入申込書等記載のとおり,借入金はO1が居住する住宅の購入資金に充て,O1が前記R1で稼働し,前記金額の給与収入を得ているもの等と誤信させて,同住宅ローン債権の買取機関である独立行政法人住宅金融支援機構の買取承認を得させた上,平成22年1月7日,貸付決定権者である前記T1をしてO1に対する金額3460万円の融資を決定させ,よって,同月12日,前記P1信用金庫野洲支店に開設されたO1名義の普通預金口座に事務手数料等を差し引いた3442万3700円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(以下,「第3事件」「第3の犯行」等という)。

 

 

第4 A1,U2・U3ことU1(以下「U1」という)らと共謀の上,長期固定金利型住宅ローン「フラット35」の融資名下に現金を詐取しようと企て,あらかじめ前記U2を名の変更許可申立により前記U1に氏名を変更した上,平成21年8月24日,V1らを介して,大津市(以下略)所在のW1銀行瀬田駅前ローンプラザ(現W1’銀行瀬田駅前ハウジング営業部)において,同プラザ住宅ローン担当者のZ1に対し,真実は,U1が株式会社D2(以下「D2」という)の社員として稼働し,同会社から給与収入等を得ている事実はなく,確実に返済する意思も能力もないのに,これあるように装い,また,U1がE2株式会社から購入する同市(以下略)所在の住居用建物(土地付き)の購入代金は2660万円であるのに,お申込人欄のおなまえ(自署)欄に「U1」,勤務先名欄に「D2」,年収の前年欄に「6000000」,同前々年欄に「4988800」等と記載された内容虚偽の借入希望額3340万円の【フラット35】長期固定金利型住宅ローン(機構買取型)借入申込書(その1)と共に,U1が平成19年に498万8800円の給与収入を,平成20年に600万円の所得をそれぞれ得た旨記載された内容虚偽の市・府民税所得証明書等を提出する等して,3340万円の住宅ローンの借入れを申し込み,同プラザ長F2らをして,U1が住宅ローン融資を受けるための条件を満たしており,前記借入申込書等記載のとおり,借入金はU1が居住する住宅の購入資金に充て,U1がD2で稼働し,前記金額の給与収入等を得ているもの等と誤信させた上,前記F2らをして,同銀行本店融資事業部の担当者を介し,同住宅ローン債権の買取機関である独立行政法人住宅金融支援機構の買取承認を得させた上,平成21年9月7日頃,貸付決定権者である前記F2をしてU1に対する金額3340万円の融資を決定させ,よって,同月28日,同市(以下略)所在の同銀行C2支店(現W1’銀行C2支店)に開設されたU1名義の普通預金口座に事務手数料等を差し引いた3322万8000円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(以下,「第4事件」「第4の犯行」等という)。

 

 

第5 金融機関からG2名義の預金通帳及びキャッシュカードをだまし取ろうと考え,同人と共謀の上,平成20年4月16日,大津市(以下略)所在の株式会社みずほ銀行大津支店において,同支店職員H2(旧姓H2’)に対し,真実は,前記G2名義の預金口座の開設に伴って交付される預金通帳及びキャッシュカードを同人が利用せず,被告人に交付する意図であるのにこれを秘し,前記G2が利用するかのように装って,同人名義の預金口座の開設並びにこれに伴う預金通帳及びキャッシュカードの交付を申し込み,前記H2らにその旨誤信させ,よって,その頃,同所において,同人から,預金通帳1通の交付を受け,さらに,同月下旬頃,同市(以下略)所在の前記G2方に同人名義のキャッシュカード2枚を郵送させてその交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた(以下,「第5事件」「第5の犯行」等という)。

  

 

 

 

【証拠の標目】

  

 

  

【事実認定の補足説明】

 

 1 争点

   第5事件につき争いはなく,第1ないし第3事件に被告人が関与したこと自体も争いがない。しかし,弁護人は,① 第1ないし第3事件については幇助犯にとどまる,② 第4事件については,明確に詐欺行為への加担をしたという主観的な認識も,加担の客観的な行為もなかったばかりか,詐欺の結果発生の事実を全く認識していなかったから無罪である,とそれぞれ主張するので,以下に検討する。

 

2 前提事実

   以下の事実は当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠により明らかに認められる(以下,括弧内に名字と頁数が記載されている場合,公判調書中の同名字を持つ証人の証人尋問調書の速記録又は反訳書の頁数を,括弧内に被告人○頁とあるのは第12回公判調書中の被告人の供述調書の速記録又は反訳書○頁をそれぞれ指すものとする)。

  

(1) 第1ないし第4事件の概要は次のとおりである。

   

(ア) 被告人は本件当時,宗教組織のトップであり,弟子と認めた人物を得度(僧侶が弟子を持つ布教活動)して法名を授ける宗教的な権限を有していた(乙2・2頁)。

   

(イ) 判示融資申込みをした共犯者(B1,I1,O1及びU1)は,過去の債務超過等により金融機関のブラックリストに名前が載っていたため,通常の金融機関から融資を受けられない状態であったが,いずれも被告人の得度を受けて法名を授けられ,家庭裁判所の許可を得て名前を法名に変更したことなどから(B1は養子縁組で名字も変更した),各金融機関において共犯者がブラックリスト登載の人物であると見抜けず,融資が実行された。

   

(ウ) 共犯者らは,判示のとおり購入代金が高額であるように偽装し,融資金との差額を分配していた(以下,家庭裁判所の許可を得て被告人が授けた法名に名前を変更する等の方法で金融機関から融資金を騙し取る手口の詐欺を「得度詐欺」という)。

   

(エ) 被告人は,共犯者らを得度したり,家庭裁判所へ名の変更申立てをする際に協力したり,融資を申し込む際に金融機関へ提出すべき書類作成に協力したりしているが,その間における被告人及び共犯者らの行動は以下のとおりである。

    

① 後に第2事件の共犯となるJ1は,平成20年12月末頃,被告人の得度を受けて「Y1’」との法名を授かった。得度を受けた日が記載された度蝶という書面(被告人が作成したと考えられる)には,平成19年12月に得度を受けた旨記載されている(証人J1 3頁)。J1は金銭に窮しており,平成21年始め頃にA1から得度詐欺の話を持ち掛けられ,これに加担することとした(甲48・1,2頁,甲93・5,6頁)。J1は,平成21年3月頃,家庭裁判所に名の変更を申し立てたり養子縁組をするなどして氏名を「J5」と変更し(甲48・2頁,甲25・6頁),同年11月頃,金融機関に融資を申し込んだが,最終的に融資審査は通らなかった(甲48・3,5頁)。

    

② 金銭に窮していたU1は,名前を変えて金儲けするとの話に加担するため(U1 3頁,甲90・5頁),実質的な宗教活動をする気持ちは一切なかったが(甲90・9頁),被告人がいる寺へ行って2回目(U1 4頁)の平成21年2月初旬から中旬頃,被告人の得度を受けて法名を授けられた(甲90・8頁)。被告人自身は,得度をする際にU1と初めて会った記憶である(被告人11頁)。U1は,被告人から得度等に要する費用は50万円であり,原則は前払いだが今回は後払いでよいとの説明を受けた(U1・5,6頁)。なお,U1は,得度に際して袈裟や度蝶を被告人から受け取っておらず,月1回の護摩へ参加する以外に宗教活動をすることはなかった(U1 8頁)。平成21年2月下旬頃,得度詐欺の計画が具体化し(U1 9頁),同年4月16日,京都家庭裁判所園部支部に対し,平成20年2月に僧侶になったため法名へ名を変更したい旨の申立てを行い(甲90添付資料・右上に2146と記載された頁),その後その旨の許可を得た。被告人は,上記申立ての日にU1と合流して裁判所の近くまで同行し,髪の毛は短い方が良いとアドバイスしたり(被告人13,15,16,20頁,U1 13頁),申立書の書き方や説明の仕方(1年間修行して位が上がったので名前を変えますと言えばよい等)をレクチャーしたり(U1 13,14,42頁),申立時に提出する僧籍証明書を作成してU1に渡したりした(被告人は,同書の得度授戒日の欄に「平成20年2月」と記載したが(甲90・15頁,被告人15頁),これは実際よりも1年ほど遡った日付である)。U1は,平成21年8月,変更後の氏名で判示融資を申し込み,第4の犯行が行われた(甲91・7頁)。

 

 

 上記申込みに際し,源泉徴収票等が金融機関に提出されたが,これらはU1がもともと持っていた書類であったか,A1の協力を得て取得したものである(甲91・3~5頁)。なお,融資実行後,被告人から「得度料は,ほかのやつは払わへんやつも多い中,お前の分はもうとるしな」と言われたことから,U1は,得度料50万円は被告人の手に渡ったものと認識した(U1 15頁)。

    

③ 金銭に窮していたI1は,名前を変えて銀行の融資を受けやすくする等の話に加担するため(甲46・10頁),平成21年5月下旬頃(甲46・16頁),被告人がいる寺を訪れて得度を受けて法名を授かり,平成21年6月,大阪家庭裁判所堺支部に対し,法名に名を変更する旨の申立てを行い(甲46・15頁),その後その旨の許可を得た。被告人は同裁判所まで同行し(被告人25頁),家事審判官の審問手続に同席して質問に答えた(甲46・14,16頁)。上記申立時に提出された被告人作成の度蝶には,法名を受けた日が平成19年6月と記載されたが(甲46・16,17頁,添付資料),これは実際よりも2年遡った日付である。I1は,平成22年4月,変更後の氏名で判示融資を申し込み,第2の犯行が行われた(甲46添付資料)。上記申込みに際し,I1に係る健康保健被保険者証や給与所得の源泉徴収票が金融機関に提出されたが(甲36添付資料・右上に266及び270と記載された頁),被告人は,上記健康保険被保険者証の作成に協力したり,収入を実際よりも多く見せるための書類であると認識しながらも上記源泉徴収票をパソコンで作成したりしている(被告人26,27頁)。なお,I1は,被告人の得度を受けた際,要求された得度料をその場で支払えなかったが,その後金融機関から騙し取った金から得度料が支払われるものと理解していた(甲46・13,14頁)。

    

 

④ 金銭に窮していたO1は,得度詐欺に加担して利益を得るとの話に興味を持ち(甲76・1,2頁),被告人がいる寺へ行って二,三回目である平成21年7月下旬頃(O1 7,9頁),僧侶として活動する気はないが得度詐欺をする前提として,被告人の得度を受けて法名を授かった(甲76・2頁)。O1は僧侶になるための修行を受けたり被告人から宗教的な教えを受けたことはない(O1 7,8頁)。得度する際に必要な50万円については,融資実行後に支払うこととされた(O1 8頁)。O1は,平成21年10月,大津家庭裁判所彦根支部に対し,法名に名を変更する旨の申立てを行い(甲76添付資料1),その後その旨の許可を得た。被告人は,同裁判所近くでO1と会い(被告人21頁),袈裟を着るようにとか申立書をこう書くように等とアドバイスした(甲76・6,7頁)。上記申立時に提出された被告人作成の度蝶には,法名を受けた日は平成20年7月(実際よりも1年ほど遡らせた日)であると記載された(甲76添付資料)。O1は,平成21年11月,変更後の氏名で判示融資を申し込み,第3の犯行が行われた(甲76添付資料5)。上記申込みに際し,O1に係る健康保健被保険者証及び市・府民税所得証明書を金融機関に提出しているが(甲76・9,11~13頁,添付資料4,5),被告人は,同証明書の前提となる内容虚偽の源泉徴収票(甲76・9,10頁,添付資料3)の作成や内容虚偽の上記被保険者証の取得に協力した(被告人21,22頁)。

    

 

⑤ 金銭に窮していたB1は,名前を変更して住宅ローンを組む等の話に加担するため(B1 2頁),平成21年8月(甲20・3頁),被告人がいる寺を2度目に訪れた際(B1・3,4頁)に得度を受けて法名を授かり,平成21年10月,福井家庭裁判所敦賀支部において,法名に名を変更する旨の許可を得た(B1 6頁,甲21)。被告人は,B1の得度詐欺に協力することとし(被告人29,32頁),騙し取った融資金で購入する物件として福井県の家を一緒に下見したり(B1 6頁),福井県の話が流れた後,滋賀県の家に係る得度詐欺を試みるため,B1に住所変更を提案したりした(B1 11,12頁)。被告人は,平成21年12月頃,得度詐欺が成功したら,得度料50万円等を被告人に支払うよう要求している(B1 8,9頁)。福井県及び滋賀県の住宅に係る得度詐欺はいずれも失敗したところ(B1 11,14頁),別の詐欺を成功させるために名字も変えることとなり(B1 17頁),B1は平成22年4月にC1の養子となり(甲21),同年5月,名の変更許可及び養子縁組による変更後の氏名(B4)で判示融資を申し込み,第1の犯行が行われた(甲20添付資料2)。養子縁組の話は当初,B1及びA1がC1に依頼したものの,C1はこれを断った(C1 10頁)。その後で被告人からC1に養子縁組の依頼があったため,C1は渋々これを承知してB1と養子縁組した(C1 11頁及びB1 18頁のとおり,両名が一致して供述している)。なお,公訴事実においては,平成22年5月31日,金融機関担当者に判示源泉徴収票2通を提出したとされており,同担当者がその旨供述している(甲8・12,14頁)。しかし,判示源泉徴収票2通には「22.7.13」とのスタンプが押されていること(甲8資料4・右上に305と記載された頁参照),同じ金融機関に提出された平成22年7月8日付け納税義務者B4に係る平成22年度分市・府民税課税証明書にも「22.7.13」とのスタンプが押されていること(甲6添付資料・右上に223と記載された頁参照)に照らせば,判示源泉徴収票2通は,平成22年7月13日頃に提出されたものと認められる。これに被告人供述を併せれば,被告人は,平成22年7月上旬頃,A1から「判示第1の物件に係るローン審査を通すため,必要なものである」旨の話を聞き,第1の犯行に協力するために判示源泉徴収票2通を作成し(被告人52,53頁,乙3・18頁),それが同月13日頃に金融機関へ提出されたものと認められる。したがって,判示第1のとおり認定した。

  

 

 

3 争点に対する判断

   

(1) A1の捜査段階での供述

     

 

 第1ないし第4事件の共犯者であり,被告人の実弟でもあるA1は,検察官調書において,次のとおり供述している。

     

 

① 以前,多重債務に陥った人物でも養子縁組して名前を変えれば書類上別人となり,多重債務に陥っていることを金融機関に悟られることなくローンを組んだりできると聞いたことがあった。

 

② 平成20年秋頃,金融機関の警戒が強まったため養子縁組をしただけでは簡単に融資が下りない状況になっていたが,僧侶の子として生まれ育った私や被告人には馴染みが深い得度を用いて詐欺をする方法を思い付いた。

 

③ 得度詐欺の概要を被告人やJ1に説明したところ,被告人は私の提案に賛成してくれた(①~③・甲25・8~10頁)。

 

④ 得度詐欺を起こすきっかけは,自分たちの父が亡くなった平成16年以降,私や被告人の間で得度制度を利用した金儲けをしようとの話が出ていたことであった(甲94・2頁)。

 

⑤ 平成20年末頃か平成21年1月中旬頃には,被告人,J1及び私の間では,得度制度を利用して住宅ローン詐欺を行い,金儲けをする話があがっていたが具体化していなかった(甲94・6,7頁)。

 

⑥ J1から頼まれて金貸しであったC1,U1(又はU1の面倒をみていたW2某)らに対し,得度詐欺の概要を話した。その後,その場にいたC1らの紹介で金銭に窮した人間が得度を申し込み,得度詐欺に関与するようになった(甲94・7,8頁)」

   

 

(2) 上記供述の信用性

     

 上記供述の信用性を検討するに,②の自分が得度詐欺の方法を考案したという不利益事実を含めて真摯に供述している。

 

③⑤のとおり平成21年1月中旬頃までに得度詐欺の概要を被告人へ話していた事実等は被告人に不利であるが,実弟であるA1が被告人を陥れる動機は窺われない。

 

④⑤については,特段の問題がなく信用性の高いG2証言(平成19年中頃から平成20年4月までの頃,被告人から「名前を変えたら借金ちゃらにできるけど」等と聞いた旨。G2 7~11頁)とも整合する内容である。

 

③⑤については,信用性に特段の問題がないC1供述(A1から得度詐欺の概要を聞いた際,僧侶である兄に頼めば得度してくれる等の話を聞いた旨。兄であるとはいえ被告人の賛同なくA1が安請け合いしたとは考え難い。甲92・4,5枚目)や信用性の高いU1証言(得度式の日等に被告人らと雑談していると,被告人が

 

「得度料はもうけが出た後に支払えば良い」

 

「お坊さんになったら何でもできる」

 

「名前を変えてすぐどっか行くやつがおる。最低でも半年ぐらいは支払をしてから飛ぶんやったら飛べよ」

 

等と言った旨。U1 6,7,10,31頁。信用性を検討するに,U1には被告人を陥れるまでの動機は窺われず(U1 20,21頁),記憶にあることとないことを区別して供述し,被告人に不利な事実を誇張している様子もない(U1 12頁等)。記憶が曖昧な部分は年月の経過に起因すると考えられ,争点に関連する核心部分は一貫しており,A1やJ1の供述とも符合して相互に信用性を補強している)とも整合し,同様に信用性に問題がないJ1の捜査段階での供述(平成20年暮れ頃,A1から得度詐欺の提案を受けて賛同した旨〈甲47・7,8頁〉。同年暮れから平成21年初め頃,被告人,A1,C1らと協力し合って,ブラックリストに載っている人物を被告人が得度して,名前を変えて別の人物に成り済まし,取り分を上乗せした融資を得て分け前を分けることを決めた。私も,被告人も,A1も,C1も,これが詐欺になることはよく分かっていた旨〈甲129・8頁〉)とも一致する。

 

また,③⑤⑥に係る事実を前提とすれば,被告人が当初から得度詐欺に加担し,融資実行後に得度料等を回収する意図があったものと推認されるから,被告人の行動を合理的に理解することができる

 

((ア) 詐欺の目的で形式的に得度すれば良いと分かっていたから,初見又は一,二度しか会っていないU1らの話をよく聞きもせず簡単に得度してやり,その後もU1らが僧侶として宗教活動にほとんど従事しないことを意に介さなかった,

 

(イ) 融資実行後に回収できると分かっていたから,原則前払いの得度料をU1らに厳しく請求しなかった,

 

(ウ) 得度詐欺の前提である名の変更を是が非でも成功させねばならないから,わざわざ遠方の家庭裁判所まで同行してU1らに具体的かつ詳細なアドバイスを送ったり,U1らの僧侶としての活動実績が一,二年あることを家事審判官にアピールすべく内容虚偽の証明書類を作成したりしたものと,それぞれ理解できる)。

     

 

 

 A1の上記供述は,前提事実や信用性の高い関係者らの供述等とよく整合しており,合理的かつ自然な内容であるから,その信用性は高いものと認められる。

   

 

 

 

 

 

 

 

(3) 被告人の捜査段階での供述

     

 被告人は,最初に起訴される前の平成25年7月10日,検察官に対し,「平成20年暮れ頃に電話でA1から得度詐欺の話を持ちかけられ,金を得るためにその話に乗ることにして承諾した。最初に平成21年2月頃,J1が名を変更して平成21年11月頃,融資申込を実行して失敗した。私の役割は,ブラックの人に得度して法名を与えて証明書を交付し,さらに,名の変更手続について家庭裁判所を指示して,必要な住所を用意したり,裁判所に提出する回答書の内容を指示して協力し,その許可を得られるようにした上,架空の所得証明を偽造するなどして,返済能力があると銀行員を騙すのに必要な内容虚偽の源泉所得票の取得手続に協力し,銀行員を騙すための嘘の書類の作成の協力を担当した」旨供述した(乙2・7~10頁)。

     

 捜査の初期段階における供述であるため,やや不正確な部分もあるが,前提事実及び信用できるA1の検察官調書と概ね整合しているから,その信用性は高いものと認められる。

   

 

 

 

(4) 結論

     

 

 前提事実並びにA1及び被告人の捜査段階における供述によれば,被告人は,U1を得度する前から,得度詐欺に加担して後に得度料名目の金銭を得る目的を有しつつ,第4事件に必要不可欠な役割(僧侶の権限でU1を得度して法名を与え,家庭裁判所での名の変更申立手続において,同変更許可を得るために内容虚偽の証明書類を作成し,それに基づく受け答え等をU1に詳しくレクチャーする役割)を果たしたことが認められる。主観面及び客観面において判示第4に係る詐欺罪の成立に欠けるところはなく,被告人が第4事件の正犯であることに合理的な疑いは残らない。

 

 また同様に,第1ないし第3事件においても,被告人は上記目的を有しつつ犯行に必要不可欠な役割(第2事件・第3事件では更に,共犯者の収入や職業等を偽るための書面作成に協力し,第1事件では更に,共犯者の収入を偽るための書面作成や名字を変えるための養子縁組に協力した)を果たしたことが認められる。したがって,被告人は,自己の犯罪として第1ないし第3事件を犯したものと評価できるから,同事件の正犯であることに合理的な疑いは残らない。

   

 

 

(5) これに対し,被告人は,公判廷において,詐欺の計画を全く知らなかったので,U1の件で詐欺に関与したとは思っていない,O1やI1の件では得度した当初は詐欺の計画を知らなかったが,その後に源泉徴収票の作成や健康保険被保険者証の申請等を行って詐欺に協力した,B1の件では得度した当初は詐欺の計画を知らなかったが,経済的に立ち直らせてやろうと思い,早い段階から詐欺に関与した等と供述する(被告人32頁)。上記に一部沿う証拠として,A1(被告人はU1の件については知らないと思う。A1 33頁),J1(U1の得度と事件は別であり,被告人は事件自体を知らないと思う。J1 12,41頁),V2(V2 8頁)の各証言がある。

     

 そこで検討するに,被告人の公判供述のとおりであれば,被告人はU1の得度や名の変更申立手続に大きく貢献したものの,その時点では得度詐欺の計画を全く知らぬまま共犯者らに利用された,同様にO1やI1についても,得度詐欺の計画を全く知らぬまま共犯者らに利用されたが,その後,内容虚偽の源泉徴収票等の作成に協力したこととなる。しかし,被告人は得度詐欺の計画を知らないのであるから,得度を受けた者らがいつ得度料を支払えるかも知らないはずである。被告人がいくら僧侶であるといっても,自分に何のメリットもないのに手間暇かかる得度を施し,遠方の家庭裁判所まで同行して詳細なアドバイスを送り,内容虚偽の証明書を作成して名の変更手続に協力するとは考えにくい(単なる得度をしてあげるのならまだしも,よく知らない者のために経済的な見返りもなく,実質的に裁判所を欺くというリスクの高い行為をしてあげる僧侶がいるとは考えられない)。また,関係各証拠に照らせば,共犯者らが当初から得度詐欺を意図していたことは明らかであるところ,被告人にその意図を隠しつつ得度等の協力だけさせようと試みた理由は,全く明らかではない(被告人がおよそ犯罪に加担しそうにない等と共犯者らが認識していた様子も窺われない)。事情を知らない被告人が何らかの理由で協力を拒めば得度詐欺の計画が頓挫するというのに,合理的な理由もなく被告人だけに計画を知らせないというのはいささか不自然である。また,途中から得度詐欺の計画に気付いたというのであれば,いつ誰からどんな話を聞き,今まで被告人を騙して利用していたことをどう思ったのか,どういう気持ちでその後の手続に協力したのか等につき,具体的で詳細な供述ができて然るべきであるが,被告人はそうした供述をほとんどしていない。以上により,被告人の公判供述の内容は著しく不自然であり,何らの迫真性もないのであって,全く信用できない。

     

 念のため,A1及びJ1の各証言の信用性を検討するに,A1は被告人の実弟であり,J1は宗教上の弟子であることを自認することに照らせば,被告人を庇いだてする動機が認められること,被告人が得度詐欺の計画を知らなかったとの結論だけは明確に証言するものの,その根拠や被告人が得度詐欺の計画を知った時期等を詳細に証言できず,自らの捜査段階の供述と齟齬する理由を合理的に説明できないこと等に照らし,およそ信用することができない。なお,V2の証言が信用できるとしても,後記のとおりその証拠価値はない。

 

 

 

 

 

  

(6) なお,弁護人は,U1の件につき,

 

① 被告人は勤務実態のない者の健康保険被保険者証の申請や,事実と異なる源泉徴収票の作成に関与しておらず,その点が第1ないし第3事件と全く違う,

 

② 被告人は宗教行為としての得度を行っただけである,

 

③ 名の変更申立にも付添程度で行った認識である,

 

④ U1の記憶は曖昧であり信用できない,

 

⑤ V2の証言(U1の得度式の際に一緒に寺へ行ったが,雑談などする場所はなかったし,その際に被告人と会話していない等)は信用でき,被告人の公判供述に沿う等と主張する。

     

 

 そこで,弁護人の主張①~③を検討するに,

 

 

確かに

 

①の事実は認められるものの,

 

② 被告人は,僧侶として活動する気がないU1とほとんど会話することもなくいきなり得度の儀式を行って法名を与え,

 

③ 名の変更申立手続においても手取り足取りU1をリードし,内容虚偽の証明書を作成するまでして家庭裁判所を騙したのである。これら被告人の行動は,宗教的によくある得度行為であるとか,付添程度にで同行したなどとは到底いえないから,

 

①の書類作成を行っていなくとも,被告人が得度詐欺の全体像を知って上記得度等の役割を果たしたものと推認せざるを得ない。

 

弁護人の主張④を検討するに,U1の記憶に一部曖昧な点はあるものの,上記認定した限度では一貫しており,前提事実とも沿うなどの理由で十分に信用することができる。

 

弁護人の主張⑤を検討するに,V2の証言によれば,「寺の中にお堂はないが,話をする広場のような場所はあるし(V2 25頁),U1の得度式の際,V2は寺の外にいて,二,三十m離れたところで見ていたに過ぎない」(V2 21,22頁)から,V2の証言が被告人の公判供述に沿うものとまではいえない。

   

 

 

(7) したがって,第4事件につき否認する被告人の公判供述,これに沿う関係者らの証言は到底信用できない又は証拠価値がないから,弁護人の主張を考慮しても,(4)記載の結論は左右されない。

  

 

 

 

 

 

  

【量刑の理由】

  

 

 量刑判断の中心となる第1ないし第4事件について検討する。被告人らは,得度制度を悪用するなどして,多重債務者で金融機関から借入れできない共犯者らの名前を変更し,実際よりも高額で売買したように仮装して自分たちの利益分を上乗せした金額の融資を受け,合計1億数千万円もの巨額の金を騙し取ったのである。組織的かつ計画的な犯行であり,その態様は誠に巧妙かつ悪質である。被害結果も重大であるというほかない。僧侶として活動していた被告人は,共犯者らを得度する権限を有しており(被告人の弟も僧籍を有していたが,実質的に活動しておらず,得度する権限を実際上行使できるのは,共犯者の中で被告人だけであった),これまでの経験等から家庭裁判所での名の変更申立手続に精通していることから,内容虚偽の証明書類を作成するなどして,共犯者らが名の変更許可の審判を得るために様々なサポートをした。一部の事件では更に金融機関へ提出する源泉徴収票等の特殊な書類(関係者の供述によれば,源泉徴収票をパソコンで作成できる技能を持っていたのは被告人だけであった)を作成するなどして協力している。このように,被告人は,本件各犯行に必要不可欠で極めて重要な役割を果たしたものであるから,実際の利得がそれほど多額であるとはいえないことを十分に考慮しても,被告人の刑事責任は重い。さらに,被告人は,第4事件で無罪を主張するなど不合理な弁解も一部行っており,十分に反省しているか疑問が残る。被告人は共犯者を巻き込んで第5事件も犯したことを加味すれば,被告人を実刑に処することもやむを得ない。

  

 

 なお,第1ないし第4事件の主犯格であるとまでは評価できないこと,重い前科がない被告人は,第5事件を全面的に認めるほか,第1ないし第3事件は幇助犯の限度で認め反省の弁を述べていること,その他弁護人が主張する情状も考慮し,A1に下された1審判決の内容(A1は,第1ないし第4事件において被告人と同程度に重要な役割を果たしたところ,同事件で起訴されて全て自白し,当裁判所により懲役3年10月の刑に処せられ,控訴中に死亡して公訴が棄却された〈当裁判所に顕著な事実〉)も一つの参考として,主文の刑にとどめた。

  

 

【求刑-懲役5年6月】

   平成27年11月10日

     京都地方裁判所第1刑事部

            裁判官  高橋孝治

 

 

 

 

京都地方裁判所 平成25年(わ)第786号、平成25年(わ)第921号、平成25年(わ)第1091号、平成25年(わ)第1210号、平成26年(わ)第209号 詐欺被告事件 平成27年11月10日