プライバシー権

 

 

 

 

 津地方裁判所四日市支部判決/平成26年(ワ)第178号,判決 平成27年10月28日 、LLI/DB 判例秘書について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】 多数の死傷者を出した爆発事故の被害者Aの母(原告)が,Aの遺影を無断で撮影し,テレビ報道に使用したことが,原告の遺影を公表されない自由や静穏に故人を悼む利益,敬愛追慕の情を侵害したとして,テレビ放送会社に損害賠償を求めた事案。裁判所は,本件遺影はAを撮影したもので,原告のプライバシー権として本件遺影を公表されない自由があるとは言えないし,本件報道は社会的関心の高い事故の内容を報道する過程で他の被害者と並べて報道されたもので,不必要な報道とか不当な目的によるものとは言えないとして,請求を棄却した事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  1 原告の請求を棄却する。

  2 訴訟費用は,原告の負担とする。

 

        

 

 

 

 

事実及び理由

 

 

 

第1 請求

    被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成26年1月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

第2 事案の概要

  

 

1 本件は,原告が,被告が原告の子であるA(以下「A」という。)の遺影を撮影し,テレビ報道に使用したのは,情報プライバシー権としての原告の遺影を公表されない自由や,幸福追求権としての静穏に故人を悼む利益,敬愛追慕の情を侵害するもので違法であると主張し,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,100万円及びこれに対するテレビ報道の日である平成26年1月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

  

 

2 前提事実(当事者間に争いのない事実,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

   

(1) 当事者等

    

ア 原告等

     

(ア) Aは,平成26年1月9日,後記(2)の事故(以下「本件事故」という。)により死亡し,当時25歳であった(乙2)。

     

(イ) 原告は,Aの母である。

   

 

 イ 被告

      被告は,株式会社Bをキー局とする東海地域における系列局であり,キー局を通じた全国の系列局共通のニュース番組を報道している。

      また被告は,東海地域で起きたニュースの取材及び編集を行い,自社エリアのローカルニュース番組として,C○○テレビ×○ニュース等を報道している。

   

 

 

(2) 本件事故

     平成26年1月9日,D四日市工場において,水素精製設備から取り外した水冷熱交換器の開放洗浄作業中に爆発が起き,本件事故が発生した。本件事故は,死者5名及び負傷者13名を出したもので,本件事故直後の社会的関心は高かった。

   

 

(3) Aの葬儀及び本件遺影等

     Aの葬儀は,平成26年1月12日,葬儀社E(以下「E」という。)で行われ,被告は,Aの遺影を遺族の同意を得ずに撮影(以下「本件撮影」という。)した。

     Aは,ネクタイを着用したスーツ姿で,胸から上が遺影に写っている(甲6,乙1,2)。

   

 

(4) 本件報道

     本件事故について,Dが事故調査委員会を設置し,平成26年1月22日,初会合が開かれた。これを受けて,被告は,同日午後5時11分から17分まで,C○○テレビ×○ニュースにおいて,本件事故発生の経緯,被害状況を踏まえ,本件事故が地域住民に与えた影響及びDの対応等を報道した。

     そして,午後5時13分ころ,同ニュースにおいて,約7秒間,本件事故による被害の状況として,画面4分の1程度の面積に,Aを含む死亡した被害者5名全員の氏名及び顔写真を並べて報道し,その際,Aの顔写真として,Aの遺影を撮影した画像(遺影とこの画像を併せて「本件遺影」という。)を報道(以下「本件報道」という。)した。

     本件報道は,被告のローカルニュースとして,愛知,岐阜及び三重県において報道された。

  

 

 

3 争点

   

 

(1) 権利侵害

   

 

(2) 損害及び因果関係

  

 

 

4 争点(1)(権利侵害)について

 

 

(原告の主張)

   

(1) 原告の権利

   

 

 

(ア) 本件遺影は,原告が,参列者を限定した葬儀で使用するために,Aの写真の髪型等を修正加工し作成したもので,単に本件事故に対する興味関心から報道を見る人に広く公開することを望まない性質の写真である。

     

(イ) 葬儀には,関係者以外立入禁止と記載した立て看板を置く等して,親族及び友人以外の参列を禁止していた。

       また,原告は,葬儀の前後を通じ,本件遺影が参列者以外の目に触れないよう厳重に管理しており,出棺の際本件遺影を持っていたAの妻も,参列者の中に隠れたり霊柩車と建物の間に移動したりして,本件遺影を撮影されないようにしていた。

     

(ウ) 上記本件遺影の性質及び管理状況からすれば,原告には,情報プライバシー権として,本件遺影を公表されない自由がある。

    

イ 原告は,幸福追求権として,静穏に故人を悼む気持ちを他者から害されない利益を有し,遺影をみだりに撮影されたり公表されたりすることで故人を悼む気持ちを害されない自由を有する。

    

ウ 原告は,長男Aを女手一つで大切に育て,Aと精神的にも経済的にも深い関わりがあり,本件報道は,本件事故からわずか2週間後にされたものであることから,原告は,Aに対する敬愛追慕の情等の人格的法益を有する。

   

 

(2) 権利侵害

    

ア 本件事故の被害者であるAの存在は,氏名や年齢を示すことで明らかにでき,顔写真として本件遺影を報道する必要はない。

    

イ 被告は,遺族の同意なく,関係者以外立入禁止の掲示がされていたにもかかわらず,私有地であるEの隣接店舗の敷地内に脚立等を置き,境界塀の上にカメラを構え,原告を含む遺族らが厳重に管理していた本件遺影をのぞき見るようにして撮影したもので,撮影に際して遺族の感情を一切配慮していない。

    

ウ 上記報道の必要性がないことや撮影態様からすると,本件撮影及び報道は,原告の本件遺影を公表されない自由,静穏に故人を悼む利益,敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものである。

  

 

 

 

 

(被告の主張)

   

 

(1) 原告の権利

    

 

(ア) 原告を含む遺族らは,出棺の際,報道機関を気にして霊柩車と建物の間に移動する等のことをしていない。

     

(イ) 遺影という故人の写真が他者のプライバシーを構成することはなく,原告の情報ではないことからも,原告に本件遺影を公表されない自由はない。

    

イ 法律上保護される利益として,遺族が静穏に故人を悼む利益まで認められるものではない。

   

(2) 権利侵害

    

ア 本件報道は,本件事故の重大性に鑑み,再発防止のため本件事故の経緯や被害状況を取りまとめ,企業側の安全管理体制について問題提起するために,公共の利害に関する事柄を公共の目的をもって,事実に基づいて報道したものである。

      そして,報道内容の真実性を担保するため,被害者の顔写真として本件遺影を報道する必要がある上,そもそも報道内容については,報道の自由を有する報道機関が自主的に決定する権利を有する。

    

イ 被告は,誰でも自由に行き来ができる葬儀場敷地外から,遺族が出棺のために位牌や遺影等を抱えて会場から出てきた様子を,通常の取材で用いるビデオカメラで撮影したもので,原告を含む遺族らは,被告ら報道機関の存在を認識していたが撮影を拒んでいない。

    

 

(ア) 上記撮影態様等や,本件報道において,原告についての報道はされていないことから,原告のプライバシー権を侵害することはない。

     

(イ) 遺影は,遺族が故人を偲んで,故人を送るために選んだ写真であり,遺族の故人に対する敬愛追慕の情を損なうことのない写真である。

       そして,本件報道は,本件事故発生の経緯や被害状況を取りまとめ,安全管理体制について問題提起をするためのもので,本件報道によりAの名誉を毀損したり,社会的評価を低下させることはなく,原告の敬愛追慕の情を害することもない。また,そもそも撮影方法により故人の名誉を毀損したり社会的評価を低下させることはないから,原告の敬愛追慕の情を侵害するものではない。

     

(ウ) 上記(イ)からすれば原告が静穏に故人を悼む利益を侵害することもない。

  

 

 

5 争点(2)(損害及び因果関係)について

 

(原告の主張)

    原告は,心身ともに疲弊していた本件事故直後に本件報道を見て,非常に驚き,本件遺影を多くの視聴者が目にしていることに耐えることができず,双極性感情障害を発症し,現在も通院中である。また,平成26年1月末以降現在まで,口唇ヘルペス及び胃痙攣が断続的に続いている。

    これに加え,原告の長女が自殺未遂を起こし,次男も心身に不調を来し,原告の心労は計り知れないもので,原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は100万円を下らない。

  

 

(被告の主張)

    本件事故後の原告の症状や精神科への通院,原告の家族の状況は,本件撮影及び報道によるものではなく,本件事故によりAが死亡したことによるものである。

 

 

 

第3 当裁判所の判断

  

 

1 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   

 

(1) 本件遺影(原告本人)

     本件遺影は,原告が所持していたAの写真を,原告がEの担当者と相談しながら,眼鏡の光具合や,乱れている髪を整える等の加工修正することを決め,引き延ばしたものである。

   

 

(2) 葬儀の状況と本件撮影(甲1,2,乙1,原告本人)

    

ア Aの葬儀においては,親族及び友人の参列のみを許可し,Eの正面入口及び裏口に関係者以外立入禁止と記載した立て看板を置いていた。

    

イ 葬儀終了後,出棺のため参列者がエントランスポーチに移動した際,Aの妻は,本件遺影に布をかけずに持っており,参列者以外も本件遺影を見ることができる状況であった。

      被告は,E東側に隣接する店舗の敷地から,脚立を使用し塀越しに,上記出棺の際,本件遺影を撮影した。

    

ウ 原告は,葬儀開始前に,E2階の葬儀会場に到着した際,窓から外を見たところ,Eの道路を挟んで向かい側の歩道に二,三人,東側隣接店舗近くに脚立に乗った二,三人等の報道機関がおり,カメラを構えているのが見えた。

      また,原告は,出棺のためにエントランスポーチに出た際も報道機関がカメラを構えているのに気付いたが,原告を含む遺族等は,撮影を制止する等はしなかった。

  

 

2 争点(1)(権利侵害)について

  

 

(1) 本件遺影を公表されない自由

     原告は,原告には,プライバシー権として本件遺影を公表されない自由があり,本件撮影及び報道はこれを侵害するものであると主張する。

     しかし,前記前提事実(3)及び認定事実(1)のとおり本件遺影は,Aを撮影したもので,原告は,眼鏡の光具合や髪等の加工修正に関与したにすぎないことからすると,原告としては,可能な限り報道機関に撮影されない措置を採っていたと考えていたとしても,原告のプライバシー権として本件遺影を公表されない自由があるということはできない。

   

 

(2) 静穏に故人を悼む利益,敬愛追慕の情

    

ア 原告は,本件撮影及び報道により,静穏に故人を悼む利益や敬愛追慕の情が侵害されたと主張する。

    

イ そこで検討するに,前記前提事実(1)ア(3),(4)のとおり,被告は,Aの死亡から3日後に行われた葬儀の際に本件撮影をし,その10日後には,愛知,岐阜,三重県において本件報道をしており,死後間もない時期に本件撮影及び報道がされ,相当広範囲に報道されたものではある。

      

 しかし,前記前提事実(3)及び認定事実(1)のとおり,本件遺影は,スーツ姿のAの胸から上を撮影したもので,修正加工がされているものの,これは原告において髪の乱れを整える等見映えを良くするために行ったものであり,通常の一般人を基準とするとき,公表されることを欲しないものとはいえない。そして,前記前提事実(2)(4)のとおり,本件報道は,多数の死傷者を出し社会的関心の高かった本件事故の内容等を報道する過程で,被害者であるAの顔写真として,他の被害者と並べて本件遺影を報道したもので,本件遺影を報道することが不必要であるとか,不当な目的によるものであるということはできない。

      

 また,前記認定事実(2)のとおり,本件撮影は,遺族の同意を得ずに行われたものではあるが,葬儀会場のエントランスポーチでAの妻が布をかけず遺影を持ち,参列者以外も本件遺影を見ることができる状況で行っており,原告及び他の遺族は,カメラを構えていることに気付きながらも撮影を制止するなどの明確な拒絶の意思を表示していない。

      

 以上によれば,被告が,遺族の同意を得ず,隣地敷地から塀越しに撮影したこと等を考慮しても,本件撮影及び報道により,社会生活上受忍すべき限度を超えて原告の静穏に故人を悼む利益や,敬愛追慕の情を侵害したということはできない。

  

 

3 結語

    以上認定判断したところによれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

     津地方裁判所四日市支部

         裁判長裁判官  岡田 治

            裁判官  関 洋太

            裁判官  安田裕子