無罪を言い渡すべき新たな証拠を発見したとき

 

 

 

 

 

 大阪高等裁判所決定/平成27年(く)第104号 , 判決日付  平成27年10月7日 について検討します。

 

 

 

 【判示事項】 被告人が,Aが実質的に経営する風俗営業店5店舗に対する滞納処分の執行を免れるため,Aとその会社財産の仮装譲受人となったBと共謀の上,財産隠しのため仮装譲渡を装うなどして,その会社財産を隠蔽した国税徴収法違反事件。原審は,被告人を有罪認定(確定)し,被告人の再審請求を棄却したことから,即時抗告がされた事案。抗告審は,共犯者Aの新供述などの本件主要新証拠によれば,共犯者A調書・B調書の信用性に大きな疑問が生じ,被告人の共謀認定には合理的疑いが残り,本件は刑訴435条6号の「無罪を言い渡すべき新たな証拠を発見したとき」に該当するとして,原決定を取り消し,再審開始決定をした事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主   文

 

  原決定を取り消す。

  本件について再審を開始する。

 

        

 

 

 

理   由

 

  本件即時抗告の趣意は,弁護人田邉信好及び同永井光弘連名作成の即時抗告申立書に記載のとおりであるから,これを引用する。

  論旨は,要するに,無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとは認められないとして本件再審請求を棄却した原決定は誤っているから,これを取り消し,再審を開始する旨の裁判を求める,というのである。

 

 

第1 原決定までの経緯等

 

 

1 公訴事実

   請求人は,平成20年3月31日,国税徴収法違反の公訴事実で起訴された。その要旨は,「被告人は,キャバレーの経営等を目的とする有限会社Aの実質的経営者であるB及び友人のCと共謀の上,Aの財産に対する法人税等の滞納処分の執行を免れる目的で,Aが経営する風俗営業店5店舗の営業をCに譲渡したかのように装って同社の財産を隠蔽することを企て,①平成17年5月11日頃から同年10月17日頃までの間,4回にわたり,Aが不動産賃貸借契約を締結していた相手方らに対し,Aが返還を受け得る賃借保証金債権をCに譲渡したように装い,その旨通知するなどしてその承諾を得,もって,Aが有する賃借保証金債権(合計1465万円)をCに仮装譲渡し,②上記5店舗のA宛の風俗営業許可証を返納して各店舗を廃業した旨届け出るとともに,C宛で上記5店舗の風俗営業許可を受けるなどして,その営業主体を偽った上,Aがクレジット加盟店契約を締結していたクレジット会社3社に対し,クレジット売上金の入金口座をC名義の普通預金口座に変更する旨届け出て,平成17年11月15日から平成19年9月18日までの間,合計79回にわたり,クレジット会社の係員をして,Aに帰属すべきクレジット売上金(合計654万5967円)をC名義の預金口座に振込入金させ,もって,いずれも滞納処分の執行を免れる目的で財産を隠蔽した。」というものであった。

 

 

 

2 確定審における争点及び審理経過

 

   上記のとおり,本件の公訴事実は,Aの財産に対する滞納処分の執行を免れる目的で,B,C及び請求人が共謀の上,BがAの経営する風俗営業店5店舗の営業をCに譲渡したかのように装って上記賃借保証金債権及びクレジット売上金を隠蔽したことを内容とするものであるが,確定審における主たる争点は,上記目的でなされたBからCに対する営業の仮装譲渡(以下「本件仮装譲渡」という。)についての請求人とB及びCとの共謀の有無であった。

 

   検察官は,平成17年4月頃,Bが仮装譲受人の紹介を請求人に依頼したところ,請求人がCを仮装譲受人とすることを提案し,Bもそれに賛同し,その後,請求人がCに連絡してその旨の了承を得たことで,請求人,B及びCが本件犯行を順次共謀したと主張したのに対し,請求人は,B及びCとの共謀を否認したが,第一審裁判所(以下「確定一審」という。)は,Bの公判証言及び検察官調書謄本(不同意部分を除く。以下,併せて「B旧証言」という。),Cの検察官調書謄本(確定一審甲7のうち,刑訴法321条1項2号後段書面として取り調べた部分。以下「C調書」という。),C名義での風俗営業許可の申請手続に関与したD行政書士の検察官調書謄本(不同意部分を除く。同甲16,以下「D調書」という。)並びにBが本件犯行以前に仮装譲渡先にしようと試みて設立した有限会社Eの代表であったFの公判証言(以下「F証言」という。)の各信用性を認める一方,請求人の弁解の信用性を否定して,請求人を有罪とした。確定一審における判断の要旨は,以下のとおりである。

 

  (1) 請求人との共謀があったというBの供述自体は,具体的かつ詳細とまではいえないが,①BとCの間にもともと深い信頼関係はなく,双方からの信頼が厚い請求人が仲介の労を取ったという事態は十分あり得る,②Bは,本件犯行以前に,Eへの仮装譲渡を試みていたが,同社の取締役であるFが,請求人から同社の代表者になってほしいと頼まれた旨証言していることなど,BやFが述べる犯行に至る経緯の供述などとも整合する,③C調書の内容とも符合する,④BとCは,平成17年9月頃,営業譲渡が仮装のものであることを確認する旨の「覚書」(確定一審甲50,以下「本件覚書」という。)を交わしたが,その中に「親しい友人の仲介により」「名義上の新経営者となる」という文言があることによっても裏付けられている,⑤本件における共犯者間の利害関係や立場,利益分配等からみて,Bが本件の主犯となることは明らかで,請求人を首謀者として共犯に巻き込んでも責任転嫁できるような関係にはないから,自己の罪責を軽くするという動機から,請求人を共犯者に引き込んだ可能性は低い,したがって,その供述内容の信用性は高い。

 

  (2) D調書の内容は,「E名義での営業許可申請の相談を取り下げた1週間後頃の平成17年4月下旬頃,この仕事を紹介してくれた先輩の行政書士であるGと一緒にAの事務所に行き,今後はG行政書士がC名義での申請手続をやり,Dが書類の作成をすることに決まったところ,Bと請求人が『それで頼みます。』などと言って了承した。前後ははっきりしないが,途中でCも事務所に来て,請求人からCを紹介された」というもので,その信用性に特に疑問はない。

 

 (3) C調書の内容は,「平成17年4月下旬頃,請求人から,『Cちゃんどないかなあ。名義人になってくれへんかなあ。』と言われたことから,Bと会って話を聞いた上で仮装譲受人になることを引き受けた,その後,Aの事務所で,Bから営業許可申請の手続をしてくれる行政書士として,GとDを紹介されたが,この時請求人もAの事務所にいたように思う」などというものであるが,その供述内容は,B旧証言等や本件覚書とも整合しているほか,Cの立場からしても,請求人の紹介や説明,指示等がなければ,あえてBの違法行為の一部を担い,捕まるリスクまで冒してこれに協力する特段の理由がなかったことに照らすと,合理的かつ自然で,信用性は高い。

 

    他方,請求人との共謀を否定するCの公判供述(以下「C証言」という。)は,①Cが,自身の公判では請求人との共謀を争っていなかったのに,請求人の公判では供述を変遷させたことについて合理的な理由が述べられていない,②証言内容も,CがB方に就労した経緯や2人だけで共謀に至った理由など曖昧である,③その後にCとBが経営を巡って対立することになったことに照らしても,請求人の関与なくして,両者の間に犯罪を共謀するほどの強い信頼関係が形成され得ることは考え難いから,その証言は到底信用できるものではない。

 

  (4) 以上の相互に符合し,信用性の高い関係各証拠を総合すれば,請求人がBにCを推薦した上で,Cに仮装譲受人になるよう依頼し,Cがこれを引き受けた等の事実が認められ,これによると,請求人とB及びCとの間で本件仮装譲渡に関する共謀が成立したとの事実は優に認めることができる。

   以上のような内容の第一審判決に対し,請求人は控訴,上告したが,いずれも棄却されて,平成22年6月10日,同判決が確定した。

 

 

3 確定一審の証拠構造及び新証拠の概要

   上記のとおり,確定一審は,共謀の直接証拠であるB旧証言及びC調書並びに共謀をうかがわせる間接証拠であるD調書を根拠に,請求人を有罪としている。

   これに対し,本件再審請求において提出された新証拠のうち主要なものは,Bの公証人に対する平成25年12月24日付け宣誓供述書(以下「B宣誓供述書」という。また,当審におけるBの証言と併せて「B新供述」ともいう。)と,G行政書士の公証人に対する平成25年11月1日付け,平成26年4月4日付け各宣誓供述書(以下,併せて「G新供述」という。)であり,これらの新証拠は,いずれも,B旧証言及びC調書の信用性を弾劾するものとして提出されている(以下,上記の新証拠を「本件主要新証拠」という。)。

 

 

 

4 原決定の判断

   本件再審請求に対し,原決定は,①証言が虚偽であったことが再審事由となるのは,その旨確定判決で証明されたときとされているところ(刑訴法435条2号)本件においてはそのような確定判決がないから,Bの供述書が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たる余地はないとも解される,②その点をおいても,B証言の信用性が高いことは,確定判決及び控訴審判決が判示するとおりであり,弁護人は,Bは,虚偽供述をして請求人を首謀者とすることにより,執行猶予判決を獲得したなどと主張するが,本件ではBが主犯となることは明らかであり,請求人を首謀者として本件の共犯に巻き込み,責任転嫁できる関係にはないから,上記主張は前提を欠くし,Bは,証言時までに3度執行猶予付の有罪判決を受けたことがあり,執行猶予制度を理解していたと考えられるところ,執行猶予中に偽証罪の制裁を受ける危険を冒してまで虚偽の供述をする方が不合理である,などとして,弁護人提出の各証拠及び本件記録上の全証拠を総合し,弁護人が指摘する諸点を十分検討しても,原確定判決の事実認定に合理的な疑いは生じず,無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとは到底認められない,と説示して,本件再審請求を棄却した。

   これに対して,請求人が即時抗告を申し立てた。

 

 

 

第2 当裁判所の判断

 

 

1 本件主要新証拠に明白性が認められるか否かについては,これらが確定審の審理中に提出されていれば,確定一審と同様の事実認定に到達したか否かという観点から,確定一審において取り調べられた証拠に本件主要新証拠及び当審における事実取調べの結果を加えて総合的に評価し,本件主要新証拠が確定一審における事実認定に合理的な疑いを生じさせるものであるか否かを検討すべきであるところ,当裁判所は,原決定の上記結論は,これを是認することができないと判断した(なお,原決定の説示①は,証言が虚偽であったことが再審事由となるのは,その旨確定判決で証明されたときに限られるという趣旨とも解されるが,刑訴法435条2号は,偽証等が確定判決により証明される場合には,直ちに前の有罪判決に疑義を差し挟む余地が生じることから,そのことのみで再審事由になり得ることを規定したにすぎず,確定判決による証明が得られない場合を同条6号から排除する趣旨ではないと解されるから,原決定の説示①の趣旨が上記のようなものであったとすれば,この点においても,原決定の説示は是認することができない。)。以下,理由を付言する。

 

 

 

(1) B新供述及びB旧証言について

  

 

ア まず,B新供述の信用性について検討する。

     

 B新供述は,要するに,本件仮装譲渡の方法は,平成17年1月頃,当時Aの顧問税理士であったH税理士から,Aの事務所で,G行政書士も一緒にいた時に教わった,Eの設立に請求人が関与した事実はない,Cへの口利きを請求人に依頼したが断られたため,仕方なく自分でCに連絡を取り,Cが仮装譲受人になることが決まった,Cとは仕事などを通じてかなりの信頼関係があったが,仮装譲渡がばれないよう,深い付き合いはなかったかのように口裏を合わせた,請求人を主犯にすれば自分の罪が軽くなり,実刑を免れられると考えたため,捜査段階でも確定一審でも,請求人と共謀したとうそをついた,というものである。

     

 

 B旧証言が虚偽であるとすれば,同証言について偽証罪が成立し,その公訴時効はいまだ完成していないから(平成28年3月8日の経過をもって時効完成),Bが偽証罪で処罰される可能性があるところ,Bはそのことを知らないまま宣誓供述書を作成したものと認められるが,当審における証人尋問において,偽証罪で処罰される可能性があることを知った後も,新供述を維持し続けているのであって,この点は,B新供述の信用性を高める大きな事情であるといえる。また,Bは,当審において,偽証の警告を受け,B自身が刑事処罰を受けるおそれがある事項については証言を拒むことができる旨の証言拒絶権を告知された上で,証言しているところ,仮に,当審における証言が虚偽であるとすれば,これについて偽証罪に問われ得ることになるのであって,結局,現段階では,旧証言又は当審における証言のいずれかについて,必ず偽証罪に問われ得るという立場に立たされているが,Bにおいて,請求人のためにわざわざこのような危険を引き受けるような利益があるとはうかがわれないなお,Bは,上記のとおり宣誓供述書を作成しているところ,公証人に対し,証書の内容が虚偽であることを知りながら宣誓をした場合には,10万円以下の過料に処せられるという制裁もある。公証人法60条の5,58条の2)。

     

 

 そして,Bが虚偽供述に及んだ理由として述べるところは,旧証言時にBが置かれていた状況に照らすと,十分に理解できるものであるといえる。すなわち,Bは,平成13年12月に法人税法違反,所得税法違反で懲役1年6月,4年間刑執行猶予の判決を受けており,本件犯行当時は執行猶予中であったこと,Bに対する国税徴収法違反被告事件の裁判当時,上記執行猶予期間は満了していたものの,Bには,平成19年10月に風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反で懲役10月及び罰金100万円,3年間懲役刑執行猶予に処せられた確定裁判があったことに照らすと,本件で実刑に処せられる可能性は十分にあったといえるし,少なくともBにおいて,実刑になるのでないかと考えたであろう可能性は大いにあったと認められる。

     

 

 確かに,請求人を巻き込んだとしても,客観的にBが主犯であることには変わりがないともいえるが,請求人が犯行を発案した上,犯行の実現に不可欠な仮装譲受人への口利きまでしたという場合には,これらを全てBが行った場合と比べ,情状が軽くなると考えられるし(現に,Bに対する国税徴収法違反被告事件の判決でも,仮装譲渡という手段を発案したのがBではないことが,量刑上酌むべき事情として挙げられている。),少なくともBにおいて,情状が軽くなるかもしれないと考えたとしても,そのことが不自然であるとはいえない。むしろ,偽証罪の制裁を受けるかもしれないという危険を冒してでも,実刑に処せられる可能性を少しでも減らそうと考え,請求人を巻き込もうとすることは,自然な心情であるともいえる。

     

 

 さらに,Cは,営業譲渡の内容次第では,第二次納税義務(国税徴収法39条)を負うこととなる可能性があり,現に,国税局でもCへの課税の可否が検討されたが,結局,営業譲渡に係る対価の額が適正に算出されているという理由でこれを免れているところ(確定一審甲4)徴収を逃れるために名義を変更するという手段自体は,素人でも容易に思い付くようなものであったとしても,仮装譲渡の譲受人も含めて,確実に納税を免れるためには,税務に関する相応の専門知識が必要であったと考えられるのであって,上記のように,Cが第二次納税義務を免れたという事実は,本件仮装譲渡の方法を教わったのが請求人からではなくH税理士からであって,本件仮装譲渡後に,CがH税理士にいろいろ聞きながら,国税への説明資料を作成したという内容のB新供述と整合的であるといえる。

     

 

 

 そして,このようなB新供述は,請求人から仮装譲受人になってくれなどと言われた事実はなかったというC証言とも合致する上,平成17年1月頃,Aの事務所で,H税理士から,「1億円も払ったらもう十分,Aがなくなったら国税も取ることはできない。ほかの会社にするか,誰かに仮に会社を譲った形にする」と聞いたというG新供述とも矛盾するものではない(なお,当審で取り調べた証拠によると,G行政書士は既に死亡しており,その供述の信用性を吟味することができないほか,名義貸しであるとは,知らなかったと述べている点を併せ考慮すると,その信用性には限界があると考えられるが,公証人の面前で宣誓の上,供述をしていることに照らすと,その供述には一定の信用性が認められるというべきである。)。

     

 

 

 そうすると,自らの刑責を少しでも軽くするために偽証に及んだというB新供述は,直ちにこれを虚偽であるとして排斥することができないというべきである。

     

 もっとも,B新供述のうち,請求人の名前を出すに至った経緯(勾留質問時に,裁判官から,請求人が本件仮装譲渡を計画したのではないかと断定的に尋ねられたため,それに乗ったと述べる部分)については,Bの逮捕状の被疑事実や検察官に対する弁解録取書中には,請求人の名前が挙げられていないとうかがわれることや,Bが,本件で逮捕される以前にも,国税局の事情聴取に対し,請求人の関与を匂わせる発言を繰り返していたこと(確定一審甲53,54)に照らすと,その信用性は乏しいといえるが,仮にこの点に虚偽ないし誤りがあるとしても,偽証を認めた点についての信用性までもが低下するとはいえない。

   

 

 

イ これに対して,B旧証言は,請求人との共謀を認める内容となっているが,その証言ぶりは,確定一審も,「具体的かつ詳細とまではいえない」とか,「記憶がないと述べて具体的な供述を避けたり,被告人に遠慮しているような態度も見受けられた」などと説示しているとおり,甚だ曖昧で歯切れの悪いものであり,そのこと自体がB旧証言の信用性に疑問を抱かせる事情の一つであるといえる。

     

 そして,上記で検討したとおり,Bが虚偽供述に及ぶことが不自然であるとはいえなかったことに照らすと,Bに虚偽供述の動機がなかったということはできない。

     

 

 また,B旧証言及びC証言を踏まえても,本件仮装譲渡以前から,BとCの間には,BがAの元経理責任者に対して横領金の支払を求めるための書面をCが作成し,その打合せをしたり,謝礼を支払ったりするというつながりがあった(B旧証言調書34頁,65頁,66頁,C証言調書20頁)というのであり,B新供述も,BとCの間には,本件仮装譲渡以前から相応の信頼関係が存していた旨述べていることに照らすと,BとCの間に深い信頼関係がなかったなどと認めることはできないから,そのことがB旧証言の信用性を支える事情であるとすることはできない。このような両者の関係に加え,仮装譲受人を探していたBと,事業に失敗し,就職先探しが思うように進んでいなかったというCの利害が一致していたことに照らすと,請求人の仲介がなかったとしても,両者が連絡を取り合って,本件仮装譲渡を共謀するということは十分にあり得るといえる。

     

 

 さらに,Bは,旧証言において,本件仮装譲渡以前にEヘの仮装譲渡を試みた経緯として,国税からの差押えを免れつつ事業を継続する方法について請求人に相談した際,Bが仮装譲受人の候補者としてFの名前を出したところ,請求人が直接話してみようと言ったなどと述べているが,他方では,最初は請求人が休眠会社を探してみようかなどとも言っていたとか(B旧証言調書20頁),Bが勝手にEの設立を決めた(同19頁)などとも述べているのであって,本件仮装譲渡に至るまでの経緯の重要な点について,一貫した説明をしていない(なお,Bは,旧証言において,請求人に対して,Aの経営状況について具体的に話したり,税金のことなどを話したりしたことはなかったとも述べているが(B旧証言調書41,42頁),そのような請求人に対して,なぜ突然上記のような相談をするに至ったのかについても,十分な説明をしていない。)。加えて,Fの証言との一致については,F証言は,請求人がFの経営するスナックに来店し,仮装譲受人になってほしい旨のメモを渡してきたなどというものであるが,元警察官で,本件当時現職の市会議員であった請求人において,国税の徴収逃れ(要するに脱税)という違法行為についてのあからさまな証拠を残すなどとは通常考え難く,それ自体にわかに信じ難い内容であること,Fについても,証言当時,B同様にC(ひいては同人と密接な関係にあった請求人)に恨みを抱いていたことがうかがわれる上,弁護人が主張するようにBと男女関係にあったかどうかはともかく,少なくとも経済的に相当密着した関係にあり,Bと同様に,同人が実刑判決を受けることを避けたいという動機があったと認められることに加え,B新供述も併せ考慮すると,F証言には,その信用性に疑問を差し挟むべき事情があるといえる。そうすると,本件犯行に至る経緯についてのB旧証言がF証言と整合するとしても,そのことがB旧証言の信用性を支える事情であるということはできない。

     

 

 なお,本件覚書には,請求人の仲介によって,国税の追徴金を逃れるために,Cが風俗営業店5店舗の名義上の経営者になったという趣旨の記載があるところ,本件仮装譲渡が全く発覚していない段階で,B及びCがこのような内容の覚書を作成していたことは,本件仮装譲渡について請求人が関与したことを裏付けていると考えられないではない。しかしながら,Bは,新供述において,名義変更後,Cの仕事ぶりが次第に気になり出すとともに,その振舞いが目に余ることが多くなり,自身の健康状態にも不安があったことから,自分が倒れた後に病気がちの妻が困らないよう,仮装譲渡であることを明確にする意味で一筆書いてもらうよう依頼したところ,Cにおいて,Bが請求人を信頼していることから,あらかじめ請求人に言及しておくことで何かの時に責任逃れができるよう,本件覚書の中に,「親しい友人の仲介」という言葉を使ったのだと思う旨述べているところ,上記新供述は,上記文言を入れたのがBあるいはCいずれの希望であったのかという点を除いては,本件覚書の作成に至る経緯についてのC証言と符合する上,Bにおいて,口頭での約束に不安を感じて,そのような文書の作成を思い付くことや,これを思い付いたついでに,BあるいはCにおいて,違法な仮装譲渡であることが発覚した際の責任を他者に転嫁することをも思い付き,その旨の文言を付加することが不自然であるともいえない。そうすると,本件覚書の上記記載が,本件仮装譲渡についての請求人の関与を裏付けるものであるとはいえない。

     

 

 結局,本件主要新証拠を踏まえると,B旧証言の信用性を支える事情が大きく崩れるといわざるを得ない。

   

 

 

ウ なお,検察官は,①B旧証言当時,Bに対する国税徴収法違反被告事件は,執行猶予付の有罪判決が確定済みであり,Bが確定一審でどのような証言をしたとしても,B自身の刑が重くなるおそれは全く存しなかった,②仮に,本件仮装譲渡の手段方法を教示したのがH税理士であったとすれば,旧証言当時,既に同人は死亡していたのであるから,H税理士に迷惑が掛かる状況にはなく,その旨証言することが十分可能であったのに,Bは,「H税理士に相談しても役に立たない」旨証言し,H税理士から滞納処分免脱の手段方法を教示された旨の証言は一切していない,したがって,B宣誓供述書の内容は不合理であるから,信用することはできない,さらに,③B宣誓供述書の作成経過については,その記載内容と当審におけるBの証言とが変遷しているほか,B自身が主体的に宣誓供述書の作成に関わっていないことが推認されるなど,その信用性が低いというべきである,などと主張する。

     

 

 しかしながら,①については,客観的には,検察官の主張するとおりであることは,B自身も当審において認めるところではあるものの,Bは,自らに執行猶予付の判決が言い渡された後も虚偽の証言に及んだ理由として,検察官から,捜査段階の供述を変更すると不利になるなどと言われ,執行猶予が取り消されるのではないかと思ったなどと述べているところ,Bに正確な法的知識があったとはうかがわれないことに照らすと,Bがそのように考えたとしても,そのことが直ちに不自然であるとまではいえない。②については,確かに,検察官が指摘するところに照らすと,BがH税理士から本件仮装譲渡の手段,方法を教示された旨供述することには特段の支障がなかったともいえるが,他方で,Bは,本件仮装譲渡後に関係が悪化したCへの恨みから,その友人である請求人に対しても恨みがあったとも述べており,また,元警察官で,現職の市会議員でもある請求人から教示されたという方が,より刑責の軽減を導きやすい上,Cの友人である請求人を巻き込むことによって初めて,Cを紹介されたことをも含めて,自らの責任を他者に転嫁するような説明が可能であったといえること,さらには,本件仮装譲渡後におけるC名義での風俗営業許可申請に際し,請求人が一定の関与をしていたことから,心理的にも請求人に責任を押し付けやすい面があったといえることに照らすと,Bが,H税理士ではなく,請求人から教示された旨のうそを述べることも十分に考えられ,一旦そのような決断をすれば,その後もH税理士の有用性を否定する証言をするのは自然な流れであったというべきである。③については,Bは,当審において,当初は,公証人が宣誓供述書の陳述書部分を作成した旨述べていたが,最終的には,請求人の弁護人と何度か会い,陳述書を作成した上で公証役場に行った旨述べるなど,その供述には変遷が見られるが,19丁に及ぶ陳述書を公証人が作成したなどとはおよそ考え難いところであって,この点について,あえてうそをつく理由がないことに照らすと,上記供述の変遷は,単に記憶が混乱していたためであったとみるのが相当であるし,Bが新供述をするに至った経緯を見ると,B自らが,請求人の知人である国会議員秘書に連絡を取り,請求人の連絡先を教えてもらったものと認められること(当審資料16)に照らすと,仮に,宣誓供述書の作成について請求人弁護人の助けを借りているとしても,主体的な意思によりその作成に関与したものとみるのが相当である。

  

 

(2) C調書について

   上記のとおり,本件犯行以前からのBとCの関係に照らすと,請求人の仲介がないにもかかわらず,CがBに就労を申し込むに至ったとしても,そのことが不自然であるとはいえない。また,本件犯行以降に,CとBが風俗営業店の経営を巡って対立するに至ったとしても,そのことが,本件犯行当時,BとCの間に信頼関係がなかったことの現れであるなどとはいえない。

 

    さらに,Cは,C調書及びC自身の国税徴収法違反被告事件の裁判においては,請求人との共謀を認める旨の供述をしていたのに,確定一審においては,これを否定する旨の証言をしているところ,C調書において上記のとおり供述した理由について,検察官の取調べが請求人の関与ありきという方向で進められた上,請求人がC名義での風俗営業許可が早期に下りるよう動くなど,少なからず本件に関与していたことや,請求人から仮装譲受人になるよう依頼されたという点を除いては,調書の内容がおおむね記憶どおりであったこと,取調べの際,検察官から,請求人が容疑を認めたと聞いたことなどから,抵抗しても仕方ないと思ったなどと述べ(C証言調書35頁,37頁),また,自身の裁判の際には,請求人とBとのやり取りは分からないし,自らが本件仮装譲渡に及んだことは明らかであったことや,弁護人から,自分のことだけ一生懸命考えればよいと言われていたため,特に反論はしなかった(同1,2頁)旨述べるところ,その述べるところが直ちに不自然であるとはいえない。

    そうすると,本件主要新証拠も踏まえると,C調書の信用性に疑義が生じる一方,C証言については,B新供述と整合しており,信用性が高いというべきである。

  

 

 

(3) D調書について

 

   D調書は,C名義での風俗営業許可を得るための手続について,G行政書士とD行政書士との間で役割分担を決めたところ,Bと請求人が,「それで頼みます。」などと了承したというものであるが,このような発言があったからといって,そのことから直ちに本件仮装譲渡についての請求人の共謀が裏付けられるということにはならないというべきである。

 

    すなわち,請求人は,確定一審において,国税の徴収を逃れるという目的については知らなかったし,共謀もしていないものの,平成17年5月10日頃には,G行政書士からCが風俗営業の名義貸しをすることを聞いており,それが違法であるという認識はあったこと,その後,CからAの風俗営業許可の返納理由をどうすればよいかと相談を受けたり,B及びCから,早期にC名義での風俗営業許可が下りるよう警察に働き掛けてほしいなどと言われたりしたことがあったかもしれないこと,さらに,風俗営業許可の前提となる調査の担当機関である風俗浄化協会を訪れ,調査の実施時期についての情報を得たことなどを認めている(確定一審第7回被告人質問調書26から29頁,43頁)。

 

    国税徴収法187条1項における財産の隠蔽行為は,滞納処分の執行を免れる目的でされることを要するが,単に滞納処分の実行を失わせることを認識しているだけでは不十分で,積極的にこれを意図することが必要であると解される。しかし,上記のような請求人の関与の態様及び程度は,名義貸しであることを薄々認識しつつも,C名義での営業許可申請手続を行ったと考えられるGやD(B宣誓供述書8頁)とほとんど変わらない。しかも,Gには,上記申請手続を行うことにより,1店舗当たり25万円(合計125万円)の報酬が約束されていたのに対し(同8頁),請求人が本件に関与したことによる経済的利益を全く得ていないことを併せ考慮すると,請求人において,上記のような積極的な意図があったと直ちに認めるのは困難といわざるを得ない(なお,請求人は,検察官調書(確定一審乙2)において,Bへの便宜を図ることによって,自らが所属していた政党の党勢拡大を図りたいという思惑があった旨述べているが,このような利益は余りに漠然としたものである上,そもそも,請求人は,過去にBから月15万ないし20万円という少なくない額の顧問料を受領していたことがあったものの,市会議員に当選後は,1万円のパーティー券を1回購入してもらったことと,選挙の陣中見舞いとして5万円程度もらったことがあっただけであった(確定一審第7回被告人質問調書31頁)というのであって,共謀があったとされる当時のBからの支援がその程度のものにとどまっていたことや,風俗業界では従業員が住民票を異動していることが少ないため,選挙の得票にはつながりにくく,Bから政治活動について支援を受けることを期待し難い状況にあったといえること(同32頁)に照らすと,「党勢拡大」という動機にも疑問が残るというべきである。)。

 

 

    そうすると,以上のとおり,本件主要新証拠を踏まえると,B旧証言及びC調書の信用性には大きな疑問が生じ,請求人の共謀を認定することには合理的な疑いが残るというべきであるから,その他の新証拠について検討するまでもなく,本件は刑訴法435条6号所定の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」に該当するといえる。

 

 2 以上のとおりであって,Bには確定一審で虚偽供述をする理由がなかったから,B新供述は不合理である一方,B旧証言の信用性は高いなどとして,無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとは到底認められないという原決定の説示②及び結論は,是認することができない。

 

 第3 結論

 

  以上によれば,本件即時抗告は理由があるから,刑訴法426条2項により,原決定を取り消し,同法448条1項により本件について再審を開始することとして,主文のとおり決定する。

 

 

   平成27年10月7日

     大阪高等裁判所第1刑事部

         裁判長裁判官  的場純男

            裁判官  細井正弘

            裁判官  沖 敦子