アパート及び倉庫が恒久的施設に該当するとされた事例 (7)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き続き 東京地方裁判所判決/平成24年(行ウ)第152号 、判決 平成27年5月28日、第3争点について検討します。      

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

争点3(本件アパート等が恒久的施設に該当する場合において,日米租税条約7条に基づき課税できる所得の範囲はどこまでか。)について

  

 

 

 

(1) 被告の主張

    

 

 

ア(ア) 非居住者は,国内源泉所得を有する場合において,所得税を納める義務があり(所得税法5条2項1号),課税の前提として,国内源泉所得の範囲を決定する必要があるところ,事業所得に関する源泉所得地については,日米租税条約に規定がないため,同法の規定により決定することとなる。そして,同法及び所得税法施行令の各規定によれば,本件においては,原告の商品(たな卸資産)の購入者(譲受人)に対する引渡しの時の直前において,その引渡しに係るたな卸資産が国内(本件アパート等)にあったといえるから,所得税法施行令279条4項により,国内において譲渡があったものと認められ,同条1項1号により,その国内における譲渡により生ずる全ての所得が所得税法161条1号の国内源泉所得に該当することとなる

    

 

 

(イ) 国内源泉所得のうちいかなる範囲が課税対象となるかについて,所得税法164条1項1号は,非居住者が国内に支店等の恒久的施設を有する場合には,全ての国内源泉所得を対象として総合課税を行うことを規定し,当該所得が当該恒久的施設に帰属するか否かを問わず課税を行うとの考え方(総合主義)を採用しているが,日米租税条約7条1項第2文は,恒久的施設を通じて事業を行う相手国の企業につき,その利得のうち恒久的施設に帰属する部分に対してのみ課税できるという考え方(帰属主義)を採用しており,当該恒久的施設に帰属しない国内源泉所得については同第2文により源泉地国での課税が直接禁止され,当該恒久的施設に帰属する部分のみが課税対象となる。また,同条2項は,「3の規定に従うことを条件として,一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う場合には,当該恒久的施設が,同一又は類似の条件で同一又は類似の活動を行う別個のかつ分離した企業であって,当該恒久的施設を有する企業と全く独立の立場で取引を行うものであるとしたならば当該恒久的施設が取得したと見られる利得が,各締約国において当該恒久的施設に帰せられるものとする」と規定している(以下,この所得金額の算定基準を「独立企業原則」という。)。

    

 

 

イ(ア) 原告による販売活動の全ては,日本国内の恒久的施設である本件アパート等を通じて行われており,国内源泉所得は全て本件アパート等に帰属することとなる(日米租税条約7条1項第2文)。そこで,本件アパート等及び米国における各活動について,独立企業原則に基づき,国内源泉所得のうちいかなる範囲が本件アパート等に配分されるか(課税対象となるか)を検討することとなるが,本件アパート等及び米国における各活動が所得発生に寄与した役割や機能等に照らし,本件アパート等が取得したとみられる利得が本件アパート等に配分される所得(課税金額)になるものと解される。

     

 

 

(イ) 原告は,本件税務調査において,本件調査担当職員から再三にわたり調査への協力及び帳簿書類等の提示を求められたにもかかわらず,帳簿書類等を提示せず,本件訪問調査における質問に応じたのみであった(原告は,本件異議申立て後の調査においても,当初は帳簿書類を提出する用意がある旨申述したが,その後の提示要請には応じず,本件訴訟における求釈明にも応じていない。)。このため,本件調査担当職員は,本件各処分までに,原告が米国において取得したとみられる利得が存するとの資料を入手することはできなかった(なお,原告は,米国において,本件販売事業につき何ら税務申告を行っていない〔乙30〕。)。

     

 

 

(ウ) 被告が本件税務調査によって把握し得た事情に基づき,本件アパート等と米国における各活動の役割や機能等をみるに,原告は,前述のとおり(前記2(1)ウ),本件アパート等において,本件従業員をして,本件販売事業の本質的かつ重要な部分を形成する一連の事業活動を行っていた。これに対し,米国での活動については,原告が顧客との間で販売契約の締結に関するメールのやり取りを行い,商品の仕入れをしていたことがうかがわれるのみである。さらに,前述のとおり(上記(イ)),本件調査担当職員が再三求めたにもかかわらず,原告は,帳簿書類等を提示せず,本件アパート等及び米国における具体的な活動内容を自ら明らかにしなかった。

     

 

 

(エ) 以上によれば,本件販売事業に係る所得の全てが日米租税条約7条1項の規定により本件アパート等に帰属すると認められることはもとより,本件アパート等及び米国における各活動が所得発生に寄与した役割や機能等に鑑み,米国に配分される所得はなく,国内源泉所得の全てが本件アパート等に配分されるものというべきである。

    

 

 

ウ 日本国内にある恒久的施設に帰属する事業所得の存在及び金額については,原則として課税庁側が立証責任を負う。しかしながら,恒久的施設の関与なく,本国において本店直取引をするなどして得た国内源泉所得の存在は,必要経費や損金と同様,納税者にとって有利な事柄であり,納税者がこれを認識し,証拠資料を整えておくことは困難ではなく,その主張・立証は,通常の場合,納税者の方が課税庁側に比べてはるかに容易である。

      

したがって,これを納税者が積極的に主張・立証しないということは,事情によっては,恒久的施設の関与なく得た国内源泉所得の不存在について事実上の推定が働くものというべきである。

      

本件においても,日米租税条約7条1項は本邦における恒久的施設の関与なくして得た国内源泉所得について本邦の課税を減免する規定である上,本件税務調査における協力度合い及び証拠との距離等の諸事情を考慮すると,本件アパート等に帰属しない所得(原告が米国内にあるとする事務所に帰属する所得)については,原告が,その存在及び金額を合理的に推認させるに足りる程度に主張・立証すべきであり,これをなし得ない場合には,そのような所得が存在しないものと推定されるというべきである。そして,本件アパート等及び米国における各活動の役割や機能等(前記イ(ウ))に加え,原告が本件アパート等に帰属しない事業所得の存在等を具体的に主張立証しないことに鑑みれば,そのような事業所得は存在しないものと推定されるべきである。

    

 

 

エ(ア) この点,原告は,日米租税条約7条2項によれば,恒久的施設に帰属すべき所得とは,本件アパート等において行われたものと同内容の業務を請け負った独立の倉庫業者の利益に相当する金額であるなどと主張している。しかしながら,同項は,恒久的施設に帰属すべき所得配分に関する具体的な算定方法を明らかにしているわけではなく,本件アパート等及び米国における各活動の役割や機能等(前記イ(ウ))からすれば,米国に配分される所得はなく,その全てが本件アパート等に配分されるものというべきであり,上記主張には理由がない。

     

 

(イ) 原告は,日米租税条約7条2項について,OECDコメンタリー(2008年)に従った解釈をすべきであるなどと主張している。OECDコメンタリー(2008年)は,恒久的施設に配分される利得について,遂行された機能,使用された資産及び引き受けられた危険を基に,関係企業間における独立企業原則の適用について展開されてきた原則の類推適用によって算定すること(いわゆる機能的分離企業アプローチ)を説明しているが,OECDコメンタリーがこのような説明をしたのは,この時が初めてであり,その後,2010年(平成22年)のOECDモデル租税条約の改訂において,いわゆるOECD承認アプローチ(Authorized OECD Approach。以下「AOA」という。)として,機能的分離企業アプローチが採用された。このような経緯に照らせば,原告の上記主張が,2010年以前のOECDモデル租税条約7条2項や日米租税条約7条2項の解釈において,機能的分離企業アプローチ又はAOAに従うべきであるという趣旨であるならば,これを採用することはできない。

   

 

 

 

 

(2) 原告の主張

    

 

 

ア(ア) 原告が日本国内に恒久的施設を有し,その恒久的施設を通じて事業を行った場合には,我が国は,もし当該恒久的施設が別個の分離独立した企業であって,独立の企業として当該恒久的施設と同一又は類似の活動を行った場合において当該恒久的施設が取得したとみられる利得に対してのみ課税することができる(日米租税条約7条2項)。

     

 

 

(イ) 本件アパート等が恒久的施設に該当すると仮定しても,日米租税条約7条2項によれば,我が国は,本件販売事業によって得られた所得全体に課税できるわけではなく,日本にある独立した倉庫業者が,非居住者である原告から,本件アパート等で行われたような活動(商品の受入れ,保管,発送等の作業)を請け負った場合に得ることのできる所得(当該活動について支払われる手数料から人件費・固定費・その他諸費用を差し引いた僅かな額)についてのみ課税することができると解すべきである。

 

この点,国連モデル租税条約のコメンタリー(2001年版)においては,倉庫が恒久的施設に該当する場合であっても,当該倉庫に帰属するとして,源泉地国で課税することのできる所得は極めて少額であることが指摘されている。

       

なお,本件アパート等で行われていた活動を独立した企業が行ったとした場合に,その独立企業が得るべき利得の額を検討するに当たっては,本件販売事業のうち,本件アパート等がどのような機能を有し,どのような活動をしていたのかなどを考える必要があるものの,前述のとおり(前記2(2)ウ),米国における原告の活動が本件販売事業にとって必要不可欠であるのに対し,本件アパート等における本件従業員の活動が単純作業であることに鑑みても,本件アパート等に帰属するものとして課税できる所得は極めて限定的であると解すべきである。

     

 

 

(ウ)a 日米租税条約7条2項は,OECDモデル租税条約7条2項と同文であるところ,OECDコメンタリー(2008年)は,同項について,「本項は,恒久的施設に帰属する利得は,当該恒久的施設が当該企業の他の部門と取引するのではなく,通常の市場における条件及び価格で完全に別個の企業と取引する場合に当該恒久的施設が得たであろう利得である,という見解を具体化している。」と述べており(甲27),これに従って解釈すべきである(なお,2008年以前のOECDコメンタリーにも同旨の記述がされている。)。

      

 

b この点,被告は,原告の上記主張について,OECDモデル租税条約(2010年)が採用した機能的分離企業アプローチが日米租税条約にも適用されるという趣旨であるならば,これを採用することはできないと指摘している。

        

OECDが2008年7月17日付けで発表した「REPORT ON THE ATTRIBUTION OF PROFITS TO PERMANENT ESTABLISHMENTS」(以下「PE報告書」という。)には,OECDモデル租税条約7条1項の解釈として,機能的分離企業アプローチと関連事業活動アプローチの2つが加盟国の間で用いられていたこと,関連事業活動アプローチを採用した場合には,恒久的施設に帰属する利得は,企業全体の利益を超えることができないという上限が設けられることがあること,機能的分離企業アプローチが妥当であると考えられること等が記載されている(甲37)。そして,OECDは,OECDコメンタリー(2008年)において,機能的分離企業アプローチをいわゆるAOAとして採用し,さらに,2010年のOECDモデル租税条約の改訂により,同アプローチを採用することを明確にした。

        

しかしながら,機能的分離企業アプローチと関連事業活動アプローチの対立は,OECDモデル租税条約7条1項の「企業の利得」についての解釈の対立であり,同条2項についての解釈の対立ではない。原告は,これらのアプローチのいずれを採用するかに関係なく,同条2項(独立企業原則)に従って,所得を配分すべきであり,本件アパート等が商品の受入れ,保管,発送等のみを行う独立した業者であるとしたならば取得したとみられる利得のみが本件アパート等に帰属する旨主張しているのであって,被告の指摘は,原告の主張を曲解するものである。

    

 

 

イ(ア) 被告は,本件アパート等における活動の重要度を考慮して,本件販売事業による所得の全てが本件アパート等に帰属するなどと主張している。しかしながら,日米租税条約7条2項は,本店における活動と恒久的施設における活動の重要性を比較して,その重要度に応じて所得を配分するなどという規定ではなく,被告の上記主張は,同項の規定を全く無視するものである。

       

なお,独立企業原則を適用した結果として,恒久的施設に全ての利得が帰属するのは,当該恒久的施設がそれだけで独立した企業として完結した機能を有しており,非居住者や他の事業所の活動が全く存在しなくとも,当該恒久的施設だけでも同じ利得を得ることができ,かつ,当該事業から損失が生じた場合のリスクを負担する能力をも有しているような場合(例えば,海外の小売業者が日本国内に支店を有しており,本店の支援を受けないで独立して事業を行っているような場合)に限られるものと解される。

 

しかしながら,本件は,そのような場合ではなく,前述のとおり(前記ア(イ)),本件アパート等が有している機能のみでは,商品の受入れ,保管,発送等の手数料程度の利得しか得ることができないというべきである。

     

 

 

(イ)a 被告は,本件販売事業から得られた所得を推計しているところ,これはあくまで,非居住者が国内に恒久的施設を有している場合において,所得税法164条1項1号に基づいて課税できる所得(原告の全所得)を推計するものにすぎない。本件において日米租税条約7条2項に基づき課税できる所得の範囲は,租税条約が適用されない場合において,所得税法164条1項1号に基づいて課税することができる所得よりも狭い範囲に限定されるはずであり,前述のとおり(前記2(2)ウ(イ)),本件アパート等の機能が極めて限定的であることに鑑みても,その差異は著しいというべきである。したがって,被告の主張する課税所得については,日米租税条約7条2項に沿って計算されたものであるということはできない。

      

 

 

b この点,被告は,本件アパート等に帰属しない所得(米国に帰属する所得)については,原告がその存在及び金額を合理的に推認させる程度に主張・立証すべきであり,これをなし得ない場合には,本件アパート等に帰属しない所得は存在しないものと推定されるなどと主張している。

 

しかしながら,被告が主張立証責任を負っているのは,原告の恒久的施設(本件アパート等)に帰属する所得の存在及び金額であって本件アパート等に帰属しない所得(米国の事務所に帰属する所得)の有無や金額は,本邦における課税所得に影響を及ぼすものではなく,その主張立証は問題とならない。

 

被告は,端的に本件アパート等に帰属する所得(本件アパート等における活動と同内容の業務を請け負った倉庫業者の利益に相当する額)の存在と金額を主張立証すべきであるにもかかわらず,これをしていないのであり,課税所得についての主張立証を尽くしていないというべきである。