アパート及び倉庫が恒久的施設に該当するとされた事例 (3)

 

 

 

 

 

 

 

 引き続き 東京地方裁判所判決/平成24年(行ウ)第152号 、判決 平成27年5月28日、について検討します。  

 

 

 

 

 

 

  

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に関する当事者の主張

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 争点1(実特法省令9条の2第1項又は7項の定める届出書を提出しなければ,日米租税条約7条1項による税の軽減又は免除を受けることができないのか否か。)について

  

 

 

(1) 被告の主張

    

 

 

ア 相手国の居住者である個人が,所得税法165条の規定の適用を受ける国内源泉所得に対する所得税につき当該相手国居住者に係る相手国との間の租税条約の特定規定に基づき軽減又は免除を受けようとする場合には,その適用を受けようとする年分の所得税の確定申告書に,実特法省令9条の2第1項1号から9号までに掲げる事項を記載した届出書を添付するか,当該年分の所得税の確定申告書を提出していない場合は,上記事項に準ずる事項を記載した届出書を,その年の翌年3月15日までに,所轄税務署長に提出しなければならない(同条1項及び7項)。

      

 

 しかしながら,原告は,本件アパート等を管轄する処分行政庁に対し,実特法省令9条の2第1項又は7項の定める届出書(以下「実特法省令に基づく届出書」という。)を一切提出していないから,租税条約の特定規定による軽減又は免除を受けられないこととなる。そして,日米租税条約における特定規定とは,日米租税条約の規定のうち特典条項(日米租税条約22条1項,2項及び4項)の適用がある規定をいうところ(本件総務大臣等告示),日米租税条約7条1項は,特典条項(日米租税条約22条1項)の適用がある規定といえるから,特定規定に当たる。

      

 

 したがって,原告は,実特法省令に基づく届出書を一切提出していない以上,特定規定である日米租税条約7条1項による軽減又は免除を受けられないこととなり,本件販売事業から生じた所得については,本邦の国内法である所得税法によって課税されることとなる。

    

 

イ 本件アパート等は,後述するとおり(後記2(1)ウ参照),商品を保管・管理するほか,商品に日本語取説書を同梱し,P7を介して顧客に商品を引き渡し,顧客から不良品の返品を受けて代替品を引き渡すなど,本件販売事業における本質的かつ重要な活動を行う場所であるから,所得税法施行令289条2項に規定する恒久的施設の除外規定に該当せず,所得税法164条1項1号及び所得税法施行令289条1項3号に規定する恒久的施設に該当する。

      

 

 したがって,原告の本件販売事業に係る全ての所得は,国内源泉所得に該当することとなり,非居住者に対する所得税の総合課税の規定(所得税法165条)に基づき,日本国内で課税されることとなる。

    

 

ウ(ア) この点,原告は,実特法省令により課税に関して義務を課すること自体が,租税法律主義(憲法84条)に違反して無効であるなどと主張している。しかしながら,実特法は,その制定時から,租税条約による特典の適用を受けるに当たっての届出の書式や方法等については,法律ではなく省令によって定めることを予定していたのであり,実特法12条は,その規定どおり,租税条約の実施を前提として,租税条約による特典の適用を受けるに当たっての手続的な事項の定めを省令に委任することを定めた委任規定である。また,日米租税条約による特典の適用を受けるための実体的要件そのものは日米租税条約によって明確に規定されているのであり,実特法省令9条の2は,実特法12条の委任を受けて,日米租税条約による特典の適用を受けるための実体的要件の存否,内容を確認するための手続的な事項を規定したものにすぎない。よって,実特法省令9条の2の規定に従うことは,租税法律主義に反するものではなく,原告の上記主張には理由がない。

     

 

(イ) 原告は,実特法省令に基づく届出書の提出は,税務当局が納税義務者の判断が正しいかどうか(租税条約の特典条項の適用により税が軽減又は免除されるかどうか)の調査を効率的に実施できるようにしたにとどまり,当該納税義務者がその義務を履行するか否かが,租税条約の適用の可否には影響しない旨主張している。

       

 

 しかしながら,日米租税条約22条の特典条項は,平成16年に発効された日米租税条約において新たに設けられたものであるところ,その趣旨については,日米租税条約が投資所得に対する源泉地国免税の範囲を拡大したことから,第三国居住者が形式的に締約国の居住者となることにより条約特典を濫用することを防止するため,日米租税条約に基づく特典を享受しようとする締約国の居住者に対し,その者が真に特典を受けるべき立場にあることに関する所定の条件を具備するように求めたものである(乙38〔364頁〕)。また,日米租税条約が新たに特典条項を設けたことを踏まえ,実特法12条の委任を受けた実特法省令9条の2において,届出等の手続に関する規定が設けられたものであるところ,同条1項の趣旨については,特典条項のある租税条約の特典の適用を受ける場合に当たり,その特典条項に定められた条約を満たすことを明らかにするための届出書を提出することとしたものである(乙38〔282,283頁〕)。

       

 

 日米租税条約22条の上記趣旨に鑑みれば,同条は,特典条項の適用がある租税条約の規定に基づく税の軽減又は免除の特典が,条件なく誰でも当然に適用できることとしたものではなく,同条の適用に当たっては,居住者適格の確認が当然に予定されているものということができ,実特法省令9条の2の上記趣旨等からすれば,実特法省令に基づく届出書を提出することによって初めて,適格者基準等を満たしていることを明らかにすることができるのであり,その提出がなければ,特典条項に定める条件を満たす者であるかどうかを判断することはできない。

       

 

 したがって,原告が特典条項の適用がある租税条約の規定に基づき税の軽減又は免除を受けるためには,実特法省令に基づく届出書を提出する必要があるというべきであり,その提出いかんによって租税条約の適用の可否に影響しないとする原告の上記主張には理由がない。

     

 

(ウ) 原告は,日米租税条約上認められた特典を国内法規により排除することは,憲法98条2項に違反して無効である旨主張している。しかしながら,同項の解釈上,租税条約が国内法規に優先して適用されるとしても,国内法の立法による手当ないし補充が必要なものについては,その部分は国内法に従うこととなるのであり実特法は,租税条約の規定のうち,国内法による手当ないし補充が必要なものを具体的に規定したものである。日米租税条約22条が設けられた趣旨は,条約濫用の防止にあり,日米租税条約に基づく特典を享受しようとする締約国の居住者に対し,その者が真に特典を受けるべき立場にあることに関する所定の条件を具備するよう求めたものである。そして,我が国では,本来租税条約の定める税の軽減又は免除の特典を享受する資格のない者が,不当にもこれを享受することのないようにするため,国内法として租税条約の適用に関する実特法及びその委任を受けた実特法省令を定めて,税の軽減又は免除を受けるには一定の手続を要するとしたのであり,正に同条の趣旨(条約濫用の防止)を達成するために設けられたものである。したがって,実特法12条及びその委任に基づく実特法省令9条の2は,日米租税条約22条を補充するものであり,同条による特典の適用を制約するものではないから,原告の上記主張には理由がない。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

(2) 原告の主張

    

 

ア(ア) 国際条約である租税条約は,国内法規に優先して適用される(憲法98条2項)。条約の中には,プログラム規定として,国内の立法措置を待って初めて適用されるものもあるが,我が国が締結している租税条約は,条文の規定が不明確な場合又は条文の規定上国内の立法措置を想定していることが明らかな場合を除き,一般に,国内の立法措置を待たずに直接適用されることとなる。そして,租税条約上の軽減又は免除の規定は,明確かつ完全であり国内法規による措置を待たずして,かつ,国内法規に優先して適用されることとなるから,国内法規によって,日米租税条約による特典を排除して課税を行うことは許されない。

     

 

(イ) この点,被告は,条約濫用の防止という日米租税条約22条の趣旨に照らせば,実特法省令9条の2は日米租税条約22条による特典の適用を制約するものではない旨主張している。しかしながら,同条は,条約の特典を享受しようとする締約国の居住者に対し,日米租税条約の条文に規定された一定の実体的な条件を満足することを求めることによって,その者が真に特典を受けるべき立場にあることを求める規定であり,それに付け加えて,何らかの手続要件を求めるものではない。また,実特法省令に基づく届出書の提出がなくとも,税務当局は税務調査によって同条の定める条件を満たすか否かを判断することは十分に可能であり,実特法省令に基づく届出書の提出が租税条約の適用の要件ではないと解することによって,同条の趣旨が損なわれることもない。

    

 

イ(ア) 実特法省令に基づく届出書の提出を規定しているのは,法律よりも下位の規定である実特法省令であるところ,課税に関する規定を省令によって定めるためには,法律上の根拠がなければならず(憲法84条)課税要件に関する定めを省令に委任する場合においても,個別・具体的な委任に限って許容されるものである(課税要件法定主義)。しかしながら,実特法省令の上位規定である実特法には,租税条約の適用を受けるための条件として届出書を提出する義務を省令によって定めることを,具体的,個別的に委任した規定は含まれていない。したがって,実特法省令によって,租税条約による特典を受けるための要件を設定するなど,課税に関する義務を課することは,それ自体が憲法84条(租税法律主義)に違反して無効であると解すべきである。

     

 

(イ) この点,実特法省令9条の2第1項及び第7項は,相手国居住者等に対し,実特法省令に基づく届出書を添付し又は提出しなければならないとしているが,実特法省令や,その上位規定である実特法には,実特法省令に基づく届出書を期限内に提出しなかった場合において,租税条約の規定に基づく税の軽減又は免除を受けることができないとは規定しておらず,実特法省令に基づく届出書を提出しなければ,租税条約に基づく税の軽減又は免除を受けることができない旨の被告の主張は,租税法律主義(憲法84条)に加えて,実特法省令の文理解釈にも反する。なお,被告は,一方において,実特法省令9条の2が手続的な事項を規定したものにすぎず,課税に関する義務を課するものではないと主張しているが,他方において,実特法省令に基づく届出書を提出せずに日米租税条約による特典の適用を受けることはできないと主張しており,これらの主張は明らかに矛盾している。

     

 

(ウ) 実特法省令9条の2第1項及び第7項については,条約優先主義(憲法98条2項)や租税法律主義(憲法84条)の要請と整合的に解するならば,納税義務者が租税条約の特典条項の適用により国内源泉所得に対する所得税が軽減又は免除されると判断した場合には,実特法省令に基づく届出書を提出させることによって,税務当局が当該納税義務者の判断が正しいかどうか(租税条約の特典条項の適用により,所得税が軽減又は免除されるのかどうか)の調査を効率的に実施できるようにしたものであり,当該納税義務者が実特法省令に基づく届出書の提出義務を履行するか否かは,租税条約の適用の可否や税の軽減又は免除の結果には影響しないと解すべきである。