納税告知処分等取消請求事件

 

 

 

 

 最高裁判所第1小法廷判決/平成26年(行ヒ)第167号 、判決 平成27年10月8日、 裁判所時報1637号223頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

権利能力のない社団の理事長及び専務理事の地位にあった者が当該社団からの借入金債務の免除を受けることにより得た利益が所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に当たるとされた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  原判決を破棄する。

  本件を広島高等裁判所に差し戻す。

 

 

 

 

 

        

理   由

 

 

 

 

  上告代理人都築政則ほかの上告受理申立て理由について

 

 

 1 本件は,被上告人が,その理事長であったAに対し,同人の被上告人に対する借入金債務の免除をしたところ,所轄税務署長から,上記債務免除に係る経済的な利益がAに対する賞与に該当するとして,給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため,上告人を相手に上記各処分(ただし,上記納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)の取消しを求める事案である。

 

 

  2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 

 

  

 

(1) 被上告人は,青果物その他の農産物及びその加工品の買付けを主たる事業とする権利能力のない社団である。

  Aは,昭和56年頃,被上告人の専務理事に就任し,平成6年3月17日から同22年6月17日までの間,被上告人の理事長の地位にあった。

  

 

(2) Aは,昭和56年頃から,被上告人及び金融機関から繰り返し金員を借り入れ,これを有価証券の取引に充てるなどしていたが,いわゆるバブル経済の崩壊に伴い,借入金の弁済が困難であるとして被上告人に対し借入金債務の減免を求めた。これに対し,被上告人は,平成2年12月以降,Aに対し度々その利息を減免したものの,その元本に係る債務の免除には応じなかった。

  

 

(3)ア Aは,平成17年7月31日,株式会社Bから借入金債務の免除を受けたが(以下,この債務の免除による経済的な利益を「平成17年債務免除益」という。),その後は後記(4)イの債務の免除を受けた同19年12月まで,Aの資産に増加はなかった。

  

 

イ Aは,同人の平成17年分の所得税の更正処分等を不服として異議申立てをしたところ,所轄税務署長は,平成19年8月6日,上記異議申立てに対する決定をし,その理由中において,平成17年債務免除益について平成26年6月27日付け課個2-9ほかによる改正前の所得税基本通達36-17(以下「本件旧通達」という。)の適用がある旨の判断を示した。本件旧通達は,その本文において,債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする旨を定めていた。

  

 

(4)ア 被上告人は,平成19年12月9日の理事会において,Aからの被上告人に対する借入金債務の免除の申入れについて,A及び上記借入金債務を連帯保証していた同人の元妻が所有し又は共有する不動産を買い取り,その代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺し,相殺後の上記借入金債務を免除することを決議した。

  

 

イ Aの被上告人に対する借入金債務の額は,平成19年12月10日当時,55億6323万0934円であったところ,被上告人は,A及び同人の元妻から,その所有し又は共有する不動産を総額7億2640万9699円で買い取り,その代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺するとともに,Aに対し,上記相殺後の上記借入金債務48億3682万1235円を免除した(以下,この債務の免除を「本件債務免除」といい,これによりAが得た経済的な利益を「本件債務免除益」という。)。

  

 

ウ なお,本件債務免除当時の被上告人の専務理事であり,Aが被上告人の理事長を退任した後に被上告人の理事長に就任したCは,Aが納税義務を負う所得税に係る調査を担当した所轄税務署の職員に対し,被上告人が本件債務免除をした理由について,前記(3)イの異議申立てに対する決定において平成17年債務免除益に本件旧通達の適用がある旨の判断が示されており,その後もAの資産が増加していないことから,Aに資力がなく,被上告人に対する借入金の弁済が不可能であると判断するとともに,被上告人に対するAの理事長及び専務理事としての貢献を考慮したものである旨を述べている。

  

 

(5) 所轄税務署長は,平成22年7月20日付けで,被上告人に対し,本件債務免除益がAに対する賞与に該当するとして,本件債務免除等に係る平成19年12月分の源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をした。

  被上告人は,上記各処分を不服として異議申立てをし,所轄税務署長によりこれを棄却する旨の決定がされたことから,審査請求をしたところ,国税不服審判所長は,上記納税告知処分のうち一部を取り消す旨の裁決をした。

  

 

 

 

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件債務免除益がAに対する賞与に該当するとしてされた前記2(5)の各処分(ただし,納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの。以下「本件各処分」という。)は違法であり,取り消されるべきものであるとした。

  被上告人のAに対する貸付金は元本の弁済のめどの立たない不良債権であったところ,平成17年債務免除益に本件旧通達の適用があるとの判断が所轄税務署長により示された後にAの資産の増加がなかった状況の下で本件債務免除がされたことからすると,本件債務免除の主たる理由はAの資力の喪失により弁済が著しく困難であることが明らかになったためであると認めるのが相当であり,Aが被上告人の役員であったことが理由であったと認めることはできない。したがって,本件債務免除益は,これを役員の役務の対価とみることは相当ではなく,所得税法28条1項にいう給与等に該当するということはできないから,本件債務免除益について被上告人に源泉徴収義務はないというべきである。

  

 

 

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

  所得税法28条1項にいう給与所得は,自己の計算又は危険において独立して行われる業務等から生ずるものではなく,雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供した労務又は役務の対価として受ける給付をいうものと解される(最高裁昭和52年(行ツ)第12号同56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁,最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁参照)。そして,同項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与とは,上記の給付のうち功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与される給付であって,その給付には金銭のみならず金銭以外の物や経済的な利益も含まれると解される。

 

  前記事実関係によれば,Aは,被上告人から長年にわたり多額の金員を繰り返し借り入れ,これを有価証券の取引に充てるなどしていたところ,被上告人がAに対してこのように多額の金員の貸付けを繰り返し行ったのは,同人が被上告人の理事長及び専務理事の地位にある者としてその職務を行っていたことによるものとみるのが相当であり,

 

 

被上告人がAの申入れを受けて本件債務免除に応ずるに当たっては,被上告人に対するAの理事長及び専務理事としての貢献についての評価が考慮されたことがうかがわれる。これらの事情に鑑みると,本件債務免除益は,Aが自己の計算又は危険において独立して行った業務等により生じたものではなく,同人が被上告人に対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として,被上告人から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。

 

 

  したがって,本件債務免除益は,所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである。

 

 

  5 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件債務免除当時にAが資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であったなど本件債務免除益を同人の給与所得における収入金額に算入しないものとすべき事情が認められるなど,本件各処分が取り消されるべきものであるか否かにつき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

 

 

  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕)