荒川民商事件(3)

 

 

 

  最高裁判所第3小法廷決定/昭和45年(あ)第2339号 、判決 昭和48年7月10日 、最高裁判所刑事判例集27巻7号1205頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1、所得税法234条1項所定の質問検査の範囲、時期、場所等 

 

      

2、所得税法234条1項にいう「納税義務がある者」、「納税義務があると認められる者」の意義 

 

 

 

 

【判決要旨】

 

1、所得税法234条1項所定の質問検査の範囲、程度、時期、場所等は、質問検査の客観的必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである。 

 

      

2、所得税法234条1項にいう「納税義務がある者」とは、既に法定の課税要件が満たされて客観的に所得税の納税義務が成立し、いまだ適正な税額を納付していない者のほか、当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、これによつて将来終局的に納税義務を負担するにいたるべき者をもいい、「納税義務があると認められる者」とは、税務職員の判断によつて、右の意味での納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいう。 

 

 

 

 

 

主   文

 

  本件上告を棄却する。

 

        

 

 

理   由

 

  一、弁護人上田誠吉、同池田輝孝、同秋山昭一、同澁田幹雄、同西嶋勝彦、同福田拓、同鶴見祐策の上告趣意(昭和四六年四月三〇日付上告趣意書記載のもの。)第一点について所論は、原認定にそわない事実関係を前提とする違憲(一一条、一三条、一四条、一五条、二一条、三一条)の主張および訴訟手続に関する単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 

 

  二、同第二点について

 

 所論のうち、所得税法二三四条一項、二四二条八号の規定が不当な拡大解釈と濫用の可能性を有する条項であり、質問検査に対する不協力がすべて所定の重刑の対象とされていることは不合理であるとして右規定の違憲(三一条)をいう点は、右規定の不当解釈と濫用を招来すべき危険性が右規定上明白に存するものとは認めがたく、また、質問検査制度の趣旨目的にてらし、同法二四二条所定の刑が著しく不合理、不均衡であるとも認められないから、所論の前提を欠き、所論のうち、調査目的を達するについて他に可能な調査手段が存する場合には質問検査は許されないと解すべきであるとして違憲(三一条)および法令解釈の誤りをいう点は、実質は所得税法の前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張に尽き、いずれも上告適法の理由とならない。

 

 

  三、同第三点について

 

 

 所論は、質問検査権の行使は明白かつ現在の必要性の存在を要件としなければ許されないとしたうえ、被告人に対する本件質問検査は差し迫つた必要もないのに、事前の通知もなく、かつ調査の理由および範囲を明白に示すことなく行なわれようとしたものであり、いまだ適法な質問検査の着手にいたらなかつたものであるとして違憲(三一条、三五条、三八条一項)および法令解釈の誤りをいうが、実質はすべて所得税法の前記規定の解釈に関する単なる法令違反、事実誤認の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

 

 

  四、同第四点について

 

 

 所論のうち、所得税法の前記規定の違憲(三五条一項、三八条一項)をいう点は、実質は前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張であり、また、前記規定の犯罪構成要件としての不明確性を主張して違憲(三一条)をいう点は、右規定の文言の意義は後記一〇、において示すとおりであつてなんら明確を欠くものとはいえないから、その前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 

 

  五、同第五点について

 

 

 所論は、所得税法の前記規定は、「当該職員」の範囲を定める法令が存せず、白地刑法を許容する結果となるとして右規定の違憲(三一条)をいうが、「当該職員」の意義は、後記一〇、に示すとおり規定上明確であり、前記規定はなんらいわゆる白地刑罰規定と目すべきものではないから、所論の前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

 

 

  六、同第六点について

 

 

 所論のうち、質問検査に応ずるか否かを相手方の自由に委ねる一方においてその拒否を処罰することとしているのは不合理であるとし、所得税法の前記規定の違憲(三一条)をいう点は、前記規定に基づく質問検査に対しては相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負い、その履行を間接的心理的に強制されているものであつて、ただ、相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合にはそれ以上直接的物理的に右義務の履行を強制しえないという関係を称して一般に「任意調査」と表現されているだけのことであり、この間なんら実質上の不合理性は存しないから、所論の前提を欠き、所論のその余の点は、すべて前記規定の解釈に関する単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

 

 

 

  七、同第七点について

 

 

 所論は、違憲(三一条、三二条、三七条)をいうが、実質は原審における裁判長の具体的訴訟指揮を非難する単なる法令違反の主張であり、上告適法の理由にあたらない。

 

 

 

  八、同第八点について

 

 

 所論のうち、原裁判所は被告人に無罪を言い渡した第一審判決を事件の核心たる主要な事実について実質的な事実の取調を行なうことなく破棄し、自判において有罪を言い渡したものであるとして判例違反をいう点は、記録によれば、原審において右の点に関する事実の取調が行なわれていることが明らかであるから、その前提を欠き、また、原審における自判の結果被告人の審級の利益が害されたとして判例違反をいう点は、引用の各判例はなんら所論のごとき趣旨の判断を示したものではないから、本件に適切でなく、また、所論のうち、原審における訴訟手続が直接審理主義、口頭弁論主義に反するとして違憲(三一条、三七条)をいう点は、記録によれば、原審における事実の取調は適法な公判手続において行なわれ、証人に対する弁護人の尋問も尽されていることが認められるから、その前提を欠き、被告人の審級の利益が害されたとして違憲(三一条、三七条)をいう点は、実質は刑訴法四〇〇条但書の解釈適用に関する単なる法令違反の主張であつて、所論はいずれも上告適法の理由にあたらない。

 

 

 

  九、同第九点、第一〇点、第一一点について

 

 

 所論第九点は、単なる法令違反の主張であり、同第一〇点、第一一点は、各事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

 

 

 

  一〇、所得税法二三四条一項の規定の意義についての当裁判所の見解は、次のとおりである。

 

 

  所得税の終局的な賦課徴収にいたる過程においては、原判示の更正、決定の場合のみではなく、ほかにも予定納税額減額申請(所得税法一一三条一項)または青色申告承認申請(同法一四五条)の承認、却下の場合、純損失の繰戻による還付(同法一四二条二項)の場合、延納申請の許否(同法一三三条二項)の場合、繰上保全差押(国税通則法三八条三項)の場合等、税務署その他の税務官署による一定の処分のなされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行なわれることは法の当然に許容するところと解すべきものであるところ、

 

 

 所得税法二三四条一項の規定は、国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であつて、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく

 

 また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではない。

 

 そして、質問検査制度の目的が適正公平な課税の実現を図ることにあり、かつ、前記法令上の職権調査事項には当然に確定申告期間または暦年の終了の以前において調査の行なわれるべきものも含まれていることを考慮し、なお所得税法五条においては、将来において課税要件の充足があるならばそれによつて納税義務を現実に負担することとなるべき範囲の者を広く「所得税を納める義務がある」との概念で規定していることにかんがみれば、同法二三四条項にいう「納税義務がある者」とは、以上の趣意を承けるべく、既に法定の課税要件が充たされて客観的に所得税の納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者のほか、当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、これによつて将来終局的に納税義務を負担するにいたるべき者をもいい、「納税義務があると認められる者」とは、前記の権限ある税務職員の判断によつて、右の意味での納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうと解すべきものである。

 

 

  一一、以上のとおりであつて、所論は、すべて刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。

 

  よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

 

   昭和四八年七月一〇日

      最高裁判所第三小法廷

          裁判長裁判官    天   野   武   一

             裁判官    関   根   小   郷

             裁判官    坂   本   吉   勝

             裁判官    江 里 口   清   雄

             裁判官    高   辻   正   己

 

 

 

 

最高裁判所第3小法廷 昭和45年(あ)第2339号 所得税法違反被告事件 昭和48年7月10日