ほ脱犯(4)  行為計算の否認







 東京高等裁判所判決/平成26年(行コ)第208号 、判決 平成27年3月25日 、判例時報2267号24頁について検討します。




【判示事項】 同族会社が、一〇〇%子会社に当該子会社の株式を譲渡し、みなし配当額を譲渡対価額から控除して計算した譲渡損失額を損金の額に算入したことにつき、税務署長が法人税法一三二条一項に基づき否認した更正処分を違法と判断した事例 













 



 




主   文


  本件控訴を棄却する。

  控訴費用は控訴人の負担とする。


        




事実及び理由




  (前注)略称は,特に断らない限り,原判決の例による。

  第1 控訴の趣旨

  1 原判決を取り消す。

  2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。




  第2 事案の概要




  1 米国Aの100%子会社であり外国法人である米国Bにより全持分を取得された被控訴人(内国法人である同族会社)は,平成14年4月米国Bから日本Aの発行済株式全部(153万3470株)を代金1兆9500億円で購入し(本件株式購入),その後,平成14年12月,平成15年12月及び平成17年12月の3回にわたり同株式の一部を日本Aに代金総額約4298億円(1株当たりの譲渡価額は本件株式購入における取得価額と同じ)で譲渡した(本件各譲渡)。


  被控訴人は,平成14年12月期,平成15年12月期及び平成17年12月期(本件各譲渡事業年度)の法人税について,本件各譲渡により日本Aから交付を受けた譲渡代金額からみなし配当の額を控除した額を譲渡対価の額とし,これと譲渡原価の額との差額を本件各譲渡に係る譲渡損失額(総額約3995億円)として本件各譲渡事業年度の所得の金額の計算上損金の額にそれぞれ算入し,欠損金額による確定申告をした。また,被控訴人は,平成20年1月1日連結納税の承認を受け,同年12月期連結期の法人税について,被控訴人の本件各譲渡事業年度の欠損金額を含む欠損金額を翌期に繰り越す連結欠損金額として確定申告をしたところ,処分行政庁が,法人税法132条1項の規定を適用して,本件各譲渡に係る上記の譲渡損失額を本件各譲渡事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することを否認する旨の更正処分(本件各譲渡事業年度更正処分)をそれぞれするとともに,そのことを前提として,①平成16年12月期,平成18年12月期及び平成19年12月期並びに平成20年12月連結期の各法人税の更正処分,②平成21年12月連結期及び平成23年12月連結期の各法人税の更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分並びに平成22年12月連結期の法人税の更正請求について更正をすべき理由がない旨の通知処分をそれぞれした。



  本件は,被控訴人が,控訴人に対し,処分行政庁がした本件各譲渡事業年度更正処分は,法人税法132条1項を適用する要件を満たさずにされた違法なものであり,ひいては本件各更正処分等が違法であると主張して,これらの取消しを求める事案である。


  原審は,被控訴人の請求をいずれも認容した。これに対し,控訴人が控訴した。




  2 関係法令の定め,前提事実,本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する控訴人の主張


  次のように補正するほかは,原判決の事実及び理由の第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。


  (1) 原判決87頁15行目から16行目にかけての「。時価純資産価額」を削る。(原判決93頁10行目の「(時価純資産価額)」も削る。)


  (2) 原判決91頁21行目の「又は」から「(平成17年譲渡)」までを削り,同行目末尾の次に「ただし,平成16年3月30日に発効した日米租税新条約は,日米間の持株割合50%を超える親子会社間の配当には源泉所得税を課すことができないものとし(10条3項),同年7月1日以後に支払を受けるべきものから適用された。」を加える。







  3 争点及び争点に関する当事者の主張



  争点1(本件各譲渡による有価証券の譲渡に係る譲渡損失額が本件各譲渡事業年度において被控訴人の所得の金額の計算上損金の額に算入されて欠損金額が生じたことによる法人税の負担の減少が,法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価することができるか否か)について,控訴人の原審における主張に代えて,控訴人の当審における新主張を(1)のとおりに付加し,これに対する被控訴人の当審における補充的反論を(2)のとおりに付加するほかは,原判決の事実及び理由の第2の4及び5(ただし,原判決別紙6(被告の主張の要点)の第1を除く。)に記載のとおりであるから,これを引用する。




  (1) 控訴人の当審における新主張


  ア 控訴理由の骨子


  控訴人が,原審において,法人税法132条1項にいう「不当」性の評価根拠事実として,①被控訴人を中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと,②本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資,本件株式購入及び本件各譲渡)を構成する本件融資は,独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること及び③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められることを主張したのに対し,原判決は,上記①ないし③のいずれの評価根拠事実も認定し難いとして,本件各譲渡を容認して法人税の負担を減少させることが,法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価されるべきであると認めるには足りない旨判示した。


  しかし,法人税法132条1項の文理解釈及び改正経緯からすれば,同項の適用に当たり,同族会社に租税回避の意図があることは要件ではない。同項の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否かは,同族会社の行為又は計算が,経済的,実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきである。そして,同族会社の行為又は計算が,独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)とは異なり,当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し,又は損金が増加する結果となる場合には,特段の事情がない限り,経済的合理性を欠くものというべきである。控訴人は,原審において,本件一連の行為の不当性を強調するあまり,上記①及び③の各評価根拠事実の主張をしたが,これを撤回する。


  控訴人は,当審においては,本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資,本件株式購入及び本件各譲渡)は,Aグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国Aに還元すること(以下「本件税額圧縮」という。)の実現のために一体的に行ったものであるところ,本件一連の行為は,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なるもので経済的合理性を欠くものであり,その結果,被控訴人は,本件税額圧縮を実現しただけでなく,本件各譲渡による巨額の有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上し,法人税の負担を減少させたものであるから,本件一連の行為を構成する本件各譲渡を容認した場合には「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」に当たると主張するものである。









  イ いかなる場合に同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠くものと認められるかについての具体的な判断基準




  法人税法の同族会社の行為計算の否認規定については,昭和25年法律第72号による改正前は「法人税を免れる目的があると認められる場合」と規定されていたが,昭和25年改正で「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」と改められ,昭和40年の全部改正においても法人税法132条1項がこの表現を踏襲した。昭和25年改正前の規定の解釈においても,会社の機関又は代理人にほ脱の意思があったか否かを問う必要はなく,客観的に観察して,ほ脱の意思があると認められれば足りるとされていたが,昭和25年改正後の規定は,納税者の意図,目的は一切問題としていない。そうすると,法人税法132条1項の文理解釈及び改正経緯からすれば,同項の適用に当たり租税回避の意図が存在することは要件ではなく,同項の「不当」性が認められるか否かの判断に当たって,被控訴人に租税回避の意図があったか否か,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的があったか否かを判断する必要はないというべきである。

  そして,法人税法132条1項が同族会社についてのみ行為又は計算の否認を認めているのは,同族会社関係にない法人間においては通常なし得ないような行為又は計算が,同族会社関係にあるがために容易に行われることにより,当該同族会社の法人税の負担が減少する結果となれば,当該同族会社は,同族会社でない法人に比して税負担を免れることとなり,それが税負担公平の観点から不当と認められるためと解される。

  そうすると,法人税法132条1項の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」とは,同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠く場合をいい,当該行為又は計算が,独立当事者間の通常の取引とは異なり,それによって当該同族会社の益金が減少し,又は損金が増加する結果となる場合には,特段の事情がない限り,経済的合理性を欠くというべきである。







  ウ 本件一連の行為が,独立当事者間の通常の取引と異なるものであり,経済的合理性を欠くこと





 (ア) 本件一連の行為が,本件税額圧縮(Aグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国Aに還元すること)の実現のために行われたこと


 被控訴人が設置される以前は,米国Bは,日本Aから配当又は同社株式の同社への売却の方法により利益の還元を受けていた。その際,当該収入は,日本の所得税法上配当所得という国内源泉所得であるため,米国Bは当該配当所得について所得税を負担し,日本Aはその支払に当たって源泉所得税の徴収,納付義務を負っていた。当該源泉所得税額については,米国Aが米国において外国税額控除を受けるべきものであったが,米国連邦税法上外国税額控除を受けられる金額に制限があり,米国Aは,上記源泉所得税額の全額を控除し切れない状態であった。そこで,米国Aは,被控訴人を設置し,日本Aから米国Bへの送金に被控訴人を介在させることにより本件税額圧縮を図ることを目的として,本件一連の行為を行った。


  すなわち,



米国Bは,



平成14年2月,休眠会社である被控訴人を700万円で買収し,



被控訴人に日本A株式を取得させるため,被控訴人の本件増資に応じ,被控訴人に10年間無担保等の条件で1兆8000億円余の本件融資を行い,



被控訴人は,米国Bから日本Aの発行済株式全部を1兆9500億円で取得(本件株式購入)した結果,




被控訴人は,米国Bの100%子会社になり,日本Aの100%親会社となった。



被控訴人は,平成14年12月期以降,米国Bに代わり日本Aから配当又は同社株式の同社への売却の方法により利益を受けた。



また,被控訴人は,日本Aから配当又は同社株式の同社への売却の方法により利益を受ける際,その配当所得に係る所得税を負担することとなり,


日本Aは,総額約901億8619万円の源泉所得税を徴収,納付していたところ,



被控訴人は,本件融資に係る借入金の利息及び本件各譲渡により発生した有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上しており,課税所得がなかったため,上記源泉所得税額の全額還付を受けた。






  また,被控訴人は,上記利益を米国Bに還元する際,同社に対する本件融資に係る借入金の返済として支払をしているところ,元本返済分は米国Bの国内源泉所得ではないから課税されることはなく,利息返済分についてのみ米国Bが負担する源泉所得税の徴収,納付義務を負うことになった。被控訴人が,平成14年12月期から平成17年12月期にかけて,上記利息返済分につき徴収,納付した源泉所得税額は,約25億9670万円であった。



  したがって,被控訴人が設置される以前と比較して,Aグループは,日本国内で負担する源泉所得税額を大幅に圧縮することができたもので,本件一連の行為が本件税額圧縮の実現の目的で行われたことは明らかである。




  (イ) 本件融資は独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり,経済的合理性を欠くこと



 米国Bは,わずか700万円で買収した休眠会社であった被控訴人に対し,約1兆8000億円もの金額を,10年間,無担保等の条件で本件融資をしており,その異常さは明らかである。


  すなわち,被控訴人は,平成14年4月当時,本件融資に見合う資産を有していなかったし,弁済期とされた10年後の平成24年12月末時点で被控訴人には本件融資に係る借入金残高が9000億円も残っていたのであり,被控訴人には本件融資の返済能力はなかった。めぼしい資産を持たず,収益力の乏しい借主に対し,無担保で約1兆8000億円もの巨額の融資をすることは経済的に極めて不合理,不自然である。借主にとっても,確実に元利金を返済できる見込みがないのに巨額の借入れをすれば企業の存続自体が危ぶまれることになるから,確たる返済計画なしに融資を受けることは考えられない。


  したがって,本件融資は,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なっており,経済的合理性を欠く。





  (ウ) 本件増資も独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり,経済的合理性を欠くこと


 被控訴人は,本件増資を行い,米国Bから1332億円の送金を受け,これを日本A等4社の株式の代金として米国Bに還流し,続いて2回目の増資を行い,再度米国Bから上記還流した資金を含む1332億円の送金を受け,これを米国Bへ借入金の返済として再び還流した。このような増資は実体がなく,米国Bにのみ有益であって,被控訴人にとっては不合理,不自然である。


  被控訴人が本件増資をしたのは,本件税額圧縮の実現のため,本件株式購入の資金の送金を米国Bから受けるという理由によるものである。


  したがって,本件増資は,被控訴人が米国Bの子会社であるという同族会社関係があったからこそ実現したものであるから,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なっており,経済的合理性を欠く。






  (エ) 本件株式購入も独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり,経済的合理性を欠くこと


 被控訴人は,米国Bから日本Aの発行済株式全部を取得したが(本件株式購入),その取得価額は総額1兆9500億円と巨額であるところ,当該取得価額は,米国Aの依頼を受けたPwCAが作成したPwCA株式評価書のDCF法による評価額(1株当たり127万1625円)のみを根拠として決定された。


  独立当事者間の通常の取引であれば,買主が売主の言い値で価額を決定することは考えられない。また,被控訴人が米国Bに買収される前は,日本Aは,簿価純資産価額を基に算出した1株当たり約15ないし19万円で米国Bから日本A株式を取得していたから,簿価純資産価額を基に算出した評価額を採用する余地もあったのに,被控訴人は,PwCA株式評価書の評価額を一方的に提示されてそのまま受け入れており,評価の妥当性を検証した形跡もない。


  このように被控訴人による日本A株式の取得価額の決定過程が不自然であるのは,被控訴人が米国B(ひいては米国A)の支配下にある同族会社であったからであり,本件株式購入は,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なっており,経済的合理性を欠く。




  (オ) 本件各譲渡も独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり,経済的合理性を欠くこと


 被控訴人は,平成14年譲渡において,当初は,日本Aに対し,同社株式69万7000株を1株当たり30万5586円,合計2129億9344万2000円で譲渡することとし,その旨を財務大臣に報告していた。


被控訴人は,米国Bから日本A株式を1株当たり127万1625円で取得していることから,当該譲渡をすれば,受取配当等の益金不算入規定(法人税法23条1項)の適用を考慮しなくても,譲渡価額約2130億円から取得価額約8863億円を差し引けば約6733億円の譲渡損失が生じ,また,上記規定を適用すれば,譲渡価額からみなし配当の額を控除した譲渡対価(約617億円)から取得価額を差し引き,約8247億円の譲渡損失額が発生するはずであった。このように平成14年譲渡における当初決定した譲渡価額は,経済的に不合理,不自然なものであった。


  また,被控訴人は,平成14年譲渡においては,上記のとおり当初決定した譲渡単価を,本件株式購入における取得単価(127万1625円)と同額となるよう事後的に変更し,平成17年譲渡においては,日本Aが株主総会で同社株式15万3000株を,総額1954億円を上限として取得する旨決議し,被控訴人も,財務大臣に対し,日本A株式15万3000株を1945億5862万5000円で処分した旨報告していたのに,その後,日本Aは,株主総会で,上記株主総会決議を無効とし,改めて取得株式数の上限を15万2531株に修正する等の決議をし,取締役会で,改めて15万2531株を1939億6223万2875円で取得する旨決議した。このように,平成14年譲渡や平成17年譲渡において,日本Aの自己株式取得につきその株式数や価額を事後的に修正することができたのは,被控訴人が日本Aの100%親会社であり,米国B及び米国Aが日本Aの意思決定を自由になし得る状況であったからである。


  さらに被控訴人は,本件各譲渡において,日本A株式を1株当たり127万1625円という本件株式購入における取得価額と同額で譲渡している。当該取得価額の根拠とされたPwCA株式評価書は,日本Aのフリー・キャッシュ・フローは大幅に増加すると予想していたが,平成14年12月期から平成16年12月期にかけての日本Aの営業収益はむしろ減少しており,本件各譲渡がされた各時点で,同評価書は日本A株式の時価を正しく評価していなかったのに,本件各譲渡において譲渡価額を見直した形跡がない。また,日本Aは自己株式取得をする度にこれを消却しており,その都度,1株当たりの価値が上昇していたと考えられるが,被控訴人はこの点についてさしたる検討もせずに本件株式購入による取得価額と同額で譲渡している。


  このように,日本A株式については,本件株式購入以降,その価値の低下を裏付ける事情や,価値の上昇を裏付ける事情が認められ,本件株式購入における取得価額が本件各譲渡の時点における適正な価値を表していたものとはいい難い。したがって,被控訴人が,本件株式購入の取得価額をそのまま本件各譲渡における譲渡価額として引き継いでいることは,本件各譲渡が,独立当事者間の通常の取引とは異なったものであり,経済的合理性を欠くことを裏付けるというべきである。





  (カ) まとめ


 本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資,本件株式購入及び本件各譲渡)は,本件税額圧縮の実現のために一体的に行われたものであり,その結果,被控訴人は,本件税額圧縮を実現しただけでなく,本件各譲渡により巨額の有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上し,法人税の負担が減少したのである。このような結果は,本件一連の行為を構成する個々の行為を一体的に行ったからこそ得られたものであり,各行為は互いに他の行為の前提となっているから,本件一連の行為を一体として行わなければ意味がないものである。そのため,本件一連の行為が独立当事者間の通常の取引と異なり全体として経済的合理性を欠くのであれば,本件一連の行為を構成する本件各譲渡を容認した場合には,被控訴人の法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるというべきである。そして,これらの行為を一連のものとして組み合わせて実行することができたのは,米国A及び米国Bが,その完全子会社である被控訴人及び日本Aの意思決定を自由になし得たからであり,本件一連の行為は,独立当事者間の通常の取引とは異なったものであって,全体として経済的合理性を欠くというべきである。

  また,本件一連の行為を個別的に見ても,被控訴人が米国Bや日本Aとの間において同族会社関係にあったからいずれも実現し得たものであり,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なるものであって,経済的合理性を欠く。




  エ 本件一連の行為を容認することが租税負担の公平維持という法人税法132条1項の趣旨に反すること

 被控訴人に計上された約3995億円の有価証券譲渡に係る譲渡損失額は,本件一連の行為に,法人税法上のみなし配当の規定(24条1項5号),受取配当等の益金不算入規定(23条1項1号)及び有価証券の譲渡損益計算規定(61条の2第1項)を形式的に当てはめた結果算出されたものであり,被控訴人が実際に行った営業活動によって生じた損失ではなく,法律の規定により計算上発生した見せかけの損失である。日本におけるAグループは,日本における個人,法人の税負担により整備されたインフラ等を前提に事業活動を行い,平成20年12月連結期から平成23年12月連結期までの間に,日本国内において約5006億円もの利益を上げたにもかかわらず,本件一連の行為により被控訴人に発生した約3995億円の有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上して,法人税の負担を軽減させた。これは,Aグループが,応分の税負担を拒否したに等しく,本件一連の行為を容認することは,税負担の公平という法人税法132条1項の趣旨に反する。






  (2) 被控訴人の当審における補充的反論


  ア 控訴人が当審で主張する「独立当事者間の通常の取引と異なる場合には,原則として,経済的合理性を欠く」とする具体的判断基準は誤りであること

 法人税法132条1項の「法人税の負担を不当に減少させる」とは,否認対象である行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合,すなわち当該行為又は計算が異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であって,当該行為又は計算に基づき課税所得を計算した場合の法人税額が,合理的経済人であれば選択したであろう行為又は計算に置き換えて課税所得を計算した場合の法人税額と比較して少額になる場合を指すものと解すべきである。控訴人の主張は,法人税法132条1項の適用範囲を過度に拡大して,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を付与するに等しく,租税法律主義に違反するというべきである。

  すなわち,「独立当事者間の通常の取引と異なる」ことを主張立証しさえすれば,具体的な意味で「経済的合理性を欠く」ことを主張立証する必要がなくなるというのであれば,税務署長は,「純粋経済人の行為又は計算として不合理,不自然なもの」という不当性を基礎付ける事実の立証負担なしに不当性を認定し得ることになる。しかし,租税回避行為の是正という法人税法132条1項の趣旨等に照らしても,そのような税務署長の立証負担を軽減するような解釈は許されない。また,何が非同族会社であるがゆえになし得ない行為に当たるかを一義的に判断することは困難であるから,「独立当事者間の通常の取引と異なる」という基準は,最高裁昭和53年判決がいう「客観的」な基準とはいい難い。仮に,僅かでも独立当事者間の通常の取引と異なるところがあれば,取引における取引価格その他の経済条件が具体的に経済的合理性を欠くか否かの検討を要せず,また,その差異がどれほど重要なものであるかを吟味せずとも,同項の適用が可能になるとすれば,同項の適用範囲を過度に拡大することになる。そのような解釈は,課税庁の立証負担を不当に緩和し,否認されるべきでない行為を適用対象とするもので,租税法律主義に違反する。


  イ 米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件株式購入,本件融資及び本件各譲渡を,本件税額圧縮実現のための一連の行為であるとする控訴人の主張が誤りであること

 本件一連の行為のうち,本件各譲渡以外の各行為は,米国Aによって企画され,①日本におけるAグループを成す会社を全て持株会社である被控訴人の下に統合すること,②被控訴人を米国Aが精力的に行っていた事業買収取引における日本の受皿会社とすること,③被控訴人をして資金のより効率的な配分を行う機能を担わせること及び④被控訴人をして日本において新規事業を行う場合の受皿会社とすることという4つの目的で,日本に被控訴人を中間持株会社として設置する日本再編プロジェクトの実行行為として行われたから,各取引が相互に牽連関係にあることは当然である。他方,本件各譲渡は,日本再編プロジェクトの企画実行とは関係なく,日本Aが各事業年度における株主への利益還元のための個別の判断に基づき自己株式取得を決定した際に,株主であった被控訴人が応じた結果としてされた取引である。日本Aは,平成9年から自己株式取得による利益還元を行っており,被控訴人が株主になった後に行われた自己株式取得もその延長線上で行われたものである。したがって,日本再編プロジェクトによる組織再編(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件株式購入及び本件融資)と本件各譲渡が一体として行われなければ意味がないというような主張は,根拠のない決めつけである。

  また,被控訴人を中間持株会社とする組織再編により日本Aの株主が変更された結果,外国法人であった旧株主(米国B)と異なり,内国法人である新株主(被控訴人)が日本Aから受けた配当に課される源泉所得税の縮減という税効果は,日本Aの利益還元が,配当で行われる場合でも,みなし配当が計算される自己株式取得又は有償減資で行われる場合でも同じである。本件各譲渡がされなかったとしても源泉所得税については同じ税効果が生じる以上,被控訴人を中間持株会社として設置した後にされた本件各譲渡が,控訴人が主張するような本件税額圧縮を目的とする本件一連の行為として一体的に評価されるべき理由は全くない。


  ウ 本件融資,本件増資,本件株式購入及び本件各譲渡という各取引がいずれも独立当事者間の通常の取引と異なるという控訴人の主張が誤りであること


 (ア) 本件融資について

 本件融資は,本件株式購入の代金債権を目的とした準消費貸借としてされたから,本件融資時には,被控訴人は,既に日本A等4社の株式を借入金に見合う資産として取得済みであった。企業買収における資金調達の手段として,買収先企業の資産・収益力を返済財源として,買収の受皿として設立された会社に買収実行前の保有資産を大きく上回る融資を受ける,レバレッジ・バイアウト・ファイナンスは,経済界で広く行われている。本件株式購入を前提に本件融資を行うことが,独立当事者間の通常の取引と異なるとはいえない。

  また,被控訴人には第三者と債権債務関係が発生することが想定されていなかったから,本件融資が無担保でされたとしても経済的合理性を欠くとはいえない。本件融資が行われた平成14年当時の同業種の企業(株式会社東芝,日本電気株式会社,富士通株式会社)を見ても,同年3月末当時の長期借入金は,無担保の割合が約96ないし98%と圧倒的に高かったし,大手金融機関でも無担保の貸付は珍しくない。本件融資が無担保であることをもって,独立当事者間の通常の取引と異なるともいえない。加えて,本件融資時には,被控訴人は日本A等4社からの配当収入を予想して合理的な収益計画を作成しており,返済の実績が遅れたのは経済環境の変化によるものであり,返済計画が不合理であったということもできない。


  (イ) 本件増資について

 本件増資による資金は,被控訴人において日本A等4社の株式の取得及び本件融資の返済に充てられており,被控訴人は日本A等4社からの利益還元を期待できる地位を得たほか,本件株式購入により被控訴人が中間持株会社としての機能を果たすことになったのであるから,本件増資に実体がないとか,米国Bにとってのみ有益であるという控訴人の主張は失当である。そもそも,被出資会社は増資完了後も増資資金を保持し続ける義務はなく,借入金の返済として出資者に支払うこともデット・エクイティ・スワップの一種として独立当事者間でも行われている。本件増資は,独立当事者間の通常の取引と異なるものではない。


  (ウ) 本件株式購入について

 控訴人は,本件株式購入の際の取得価額がPwCA株式評価書のみを根拠として決定されたことをもって,独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なると主張する。しかし,法人税法は,売買は時価によることを原則としており(22条2項),独立当事者間であれ同族関係者間であれ,適正な時価により売買が行われていれば,通常の取引ということができる。独立当事者間であれば価格交渉により決定された価格は適正な時価と認められる場合が多いのに対し,同族関係者間においては交渉で価格を決定しても時価としての客観性が担保されるとはいい難いため,外部専門家に対し時価による評価額を客観的に算定した評価書の作成を依頼するのが通常である。PwCA株式評価書は,日本A株式をインカム・アプローチの代表的な手法であるDCF法によって評価しているところ,独立当事者間の取引においてもインカム・アプローチによる評価が行われることが通常であり,控訴人も当審においてPwCA株式評価書自体の合理性は争っておらず,PwCA株式評価書により算定された価格が時価として適切なものであることを否定できない以上,価格が交渉により決定されたものではなく,取得価額の決定過程が独立当事者間の取引と異なっていたとしても,本件株式購入が,独立当事者間の通常の取引と異なり,経済的合理性を欠くということはできない。


  (エ) 本件各譲渡について

 控訴人は,平成14年譲渡の修正前の価格が経済的合理性を欠くと主張するが,最終的に実行されなかった取引の経済的合理性を論じても無意味である上,そのような経緯があったことと平成14年譲渡の経済的合理性の有無とは無関係である。

  また,控訴人は,平成14年譲渡及び平成17年譲渡の取引内容の事後的変更を指摘するが,平成14年譲渡の変更は,事務処理の誤りに基づく取得単価により経済的合理性を欠く取引が実行されるのを回避するために行ったものであり,平成17年譲渡の変更は,株主総会決議の決議内容を配当可能利益の範囲内に変更したものである。いずれも法令遵守のために必要な変更であり,変更後の行為が経済的合理性を有するか否かは,実行された当該行為の内容に即して判断されるべきである。

  さらに,控訴人は,本件各譲渡の譲渡単価をPwCA株式評価書に基づき決定したように主張するが,本件各譲渡の譲渡単価は,直近の取引事例である被控訴人の取得価額を取引事例比較法による時価として採用したものであり,本件各譲渡で同一価格を継続したのは,本件各譲渡が利益還元取引である自己株式譲渡であり,資産譲渡取引でないことから,改めて多額の費用をかけて鑑定するだけの必要性が乏しいこと等の理由による。控訴人は,平成15年譲渡及び平成17年譲渡の譲渡価額が独立当事者間の通常の取引価額とどれだけ異なるのかについては具体的な主張をしていないところ,価格決定が不合理というのであれば,引き直すべき正当な価格を示すことにより,法人税法132条1項の適用が可能になるのであり,それができないのであれば,本件各譲渡を不合理,不自然ということはできない。










  第3 当裁判所の判断




  1 争点1(本件各譲渡による有価証券の譲渡に係る譲渡損失額が本件各譲渡事業年度において被控訴人の所得の金額の計算上損金の額に算入されて欠損金額が生じたことによる法人税の負担の減少が,法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価することができるか否か)


  (1) 法人税法132条1項の意義について


 ア 法人税法132条1項は,税務署長は,内国法人である同族会社(同項1号)に係る法人税につき更正又は決定をする場合において,その法人の行為又は計算で,これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為又は計算にかかわらず,税務署長の認めるところにより,その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる旨を定めている。


  これは,同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため,当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み,税負担の公平を維持するため,当該会社の法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に,これを正常な行為又は計算に引き直して当該会社に係る法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。このような法人税法132条1項の趣旨に照らせば,同族会社の行為又は計算が,同項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは,専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理,不自然なものと認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきものと解される(最高裁昭和53年4月21日第二小法廷判決・訟務月報24巻8号1694頁(最高裁昭和53年判決),最高裁昭和59年10月25日第一小法廷判決・集民143号75頁参照)。



そして,同項が同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する趣旨であることに鑑みれば,当該行為又は計算が,純粋経済人として不合理,不自然なもの,すなわち,経済的合理性を欠く場合には,独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり,このような取引に当たるかどうかについては,個別具体的な事案に即した検討を要するものというべきである。



  イ 被控訴人は,同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合であることを要する旨主張する。


  しかし,法人税法132条1項は,否認の要件として,同族会社の「行為又は計算で,これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」ことを求めているにとどまり,その文理上,否認対象となる同族会社の行為又は計算が,租税回避目的でされたことを要求してはいない。しかも,法人税法における同族会社の行為計算の否認規定については,昭和25年法律第72号による改正前の法人税法34条1項では,「同族会社の行為又は計算で法人税を免れる目的があると認められるものがある場合においては,その行為又は計算にかかわらず,政府の認めるところにより,課税標準を計算することができる。」と規定されていたところ,同改正により,「同族会社の行為又は計算で,これを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは,その行為又は計算にかかわらず,政府の認めるところにより,当該法人の課税標準又は欠損金額を計算することができる。」(同改正後の法人税法31条の2)と改められ,これとほぼ同内容の規定が,昭和40年法律第34号による全部改正後の法人税法132条1項にも引き継がれたのであって,法人税を免れる目的があることを適用の要件として文言上明示的に掲げていた点が改められたという改正の経緯もある。そうすると,法人税法132条1項の「不当」か否かを判断する上で,同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの,他方で,被控訴人が主張するように,当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること,すなわち,専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。


  しかも,法人の諸活動は,様々な目的や理由によって行われ得るのであって,必ずしも単一の目的や理由によって行われるとは限らないから,同族会社の行為又は計算が,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められるという要件の存否の判断は,極めて複雑で決め手に乏しいものとなり,被控訴人主張のような解釈を採用すれば,税務署長が法人税法132条1項所定の権限を行使することは事実上困難になるものと考えられる。そのような解釈は,同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため,当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み,同族会社と非同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項の趣旨を損ないかねないものというべきである。

  したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。



  ウ 被控訴人は,同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠く場合に,独立当事者間の通常の取引と異なっている場合を含むという解釈は,租税法律主義に反するとも主張する。


  しかし,同族会社の行為又は計算が,法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは,専ら経済的,実質的見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理,不自然なもの(経済的合理性を欠く)と認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきところ,上記解釈は,当該客観的,合理的基準をより具体化するものであって,これをもって,税務署長に包括的,一般的,白地的な課税処分権限を与えたもので租税法律主義に反するということができないことは,最高裁昭和53年判決の趣旨に徴して明らかというべきである。



  エ 以上によれば,同族会社の行為又は計算が,法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは,経済的合理性を欠く場合と認められるか否かという客観的,合理的基準に従って判断すべきものであり,経済的合理性を欠く場合には,独立当事者間の通常の取引と異なっている場合を含むものと解するのが相当である。




  (2) 本件一連の行為が,独立当事者間の通常の取引と異なるものであり,経済的合理性を欠くとの控訴人の主張について





 ア 本件一連の行為が,本件税額圧縮の実現のために一体的に行われたものか否かについて




 (ア) 処分行政庁は,本件各譲渡事業年度更正処分において,本件各譲渡を容認した場合には被控訴人の法人税の負担を不当に減少させる結果となるとして,法人税法132条1項を適用して本件各譲渡を否認し,本件各譲渡に係る譲渡損失額を本件各譲渡事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することを認めないとした(甲1,2,4)。そして,控訴人は,本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資,本件株式購入及び本件各譲渡)は,本件税額圧縮(Aグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国Aに還元すること)の実現のために一体的に行われたものであるから,本件一連の行為が,独立当事者間の通常の取引と異なり全体として経済的合理性を欠くのであれば,本件一連の行為を構成する本件各譲渡を容認した場合には,被控訴人の法人税の負担を「不当に」減少させる結果となると認められる旨主張する。

  そこで,本件一連の行為が,本件税額圧縮の実現のために一体的に行われたものと認められるか否かについて検討するに,前提事実に後掲の証拠等を併せれば,以下の事実が認められる。

  (あ) 米国Aは,その株式をニューヨーク証券取引所に上場し,同社及び同社によって直接又は間接に株式を保有されている子会社及び関連会社(2008年(平成20年)当時その数は700社を超えていた。)から成る企業グループ(Aグループ)の経営を率いる本部としての機能を有する株式会社であって,米国A及びAグループは,売上高1000億ドル余で,約170か国に事業を展開し,40万人を超える従業員を擁する多国籍企業グループである。米国Bは,米国Aにその持分の全部を保有される,米国Aの海外の関連会社を統括する持株会社である。(前提事実1(3))

  Aグループにおいては,米国Aが重要な経営方針の決定を行っており,Aグループ内において確立した配当方針は,各国の子会社等に対し,原則として各事業年度の利益の全額を米国Aへ利益還元することを求めるものであった。また,後記の日本再編プロジェクトを含む子会社の組織の再編も,グローバルな企業買収を円滑に進めて経営を効率化することを目指すと同時に,各国子会社の投資に向けられている資金効率を高めるという米国Aの方針に従って実行されたものであった。(甲17の1及び2,18,弁論の全趣旨)

  米国Aは,2001年(平成13年)から2004年(平成16年)にかけて,北米,欧州及び日本を含む事業上主要と考えられる地域に地域又は国単位の中間持株会社を置くことによる子会社の組織の再編をすることとし,日本においても,従前,米国Bの下に日本A,C及びDが,米国Aの下にEが子会社として置かれていたところ,日本A,C,D及びEを全て被控訴人の下に子会社として置くこととする組織の再編(日本再編プロジェクト)をすることとした。(前提事実3(1))

  (い) 被控訴人を中間持株会社として日本に設置するプロジェクト(日本再編プロジェクト)について,米国Aの目的は,①日本におけるAグループを成す会社を全て持株会社である被控訴人の下に統合すること,②被控訴人を米国Aが行う事業買収取引における日本の受皿会社とすること,③被控訴人をして資金のより効率的な配分を行う機能を担わせること及び④被控訴人をして日本において新規事業を行う場合の受皿会社とすることとされていたが,上記③の資金効率の改善には,日本Aから米国Aへの利益還元に係る日本の源泉所得税の負担を軽減し,国際的二重課税を回避するという目的が含まれていた。(甲23の1,48,54,弁論の全趣旨)

  すなわち,米国連邦税法上,米国外で課税された所得について当該外国で課された税額を法人税の額から控除すること(外国税額の控除)が認められており,各国から送金される配当等に対して各国政府によって課された源泉所得税は上記の外国税額の控除により調整されて国際的二重課税が排除されるのが原則である(前提事実2(5)イ(ウ))が,米国においては一定額以上の収入がある場合に税額控除,外国税額の控除を制限する制度があり,これにより控除が認められなかった本来の税額控除の対象となる額や外国税額の控除の対象となる額は将来の事業年度に持ち越される(税額控除の繰越し。ただし,所定のいわゆる繰越期間を経過するとこれを回収することができない。)。2002年(平成14年)頃,米国Aにおいては,税額控除の繰越しが多額(例えば,同年の米国Aの税額控除の繰越額は,22億3400万米ドル(当時の換算レートによる邦貨換算で約2678億5660万円))になっており,外国税額についても直近の事業年度で調整の対象とされず,直ちには国際的二重課税が解消されない状況にあった。(前提事実5(1)イ,甲27,48,49,75,乙63,弁論の全趣旨)

  (う) 被控訴人が中間持株会社となる前(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入がされる前)は,米国Bは,日本Aから直接に利益の還元を受けていた。米国Bが,日本Aから配当又は消却に伴う自己株式の取得による金銭の交付を受ける場合には(日本Aによる平成9年から平成12年までの配当又は自己株式の取得の状況は,前提事実4(1)に記載のとおり),外国法人である納税義務者(所得税法5条4項)として配当又はみなし配当の額の10%の源泉所得税(同法161条5号,178条,179条,212条1項,213条1項1号,日米租税旧条約12条2項(b))が課されており,日本Aが支払の際にこれを源泉徴収することにより,日本における課税関係は終了することになっていた。日本Aが米国Bへの支払の際に源泉徴収した源泉所得税の額は,米国Bが支払った米国外法人税の額として,米国Aの連結確定申告において外国税額の控除の対象となるが(前提事実2(5)イ(ウ),5(1)イ),上記(い)のとおり,米国Aは,その納税申告において,源泉所得税の額に係る外国税額の控除を受けることにより直ちに国際的二重課税を解消することができない状況にあった。

  (え) 他方,被控訴人が中間持株会社となった後(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入がされた後)は,米国Bは,被控訴人を介して日本Aからの利益の還元を受けることとなった。被控訴人は,日本Aから配当又は自己株式の取得による金銭の交付を受ける場合には,内国法人である納税義務者(所得税法5条3項)として配当又はみなし配当の額の20%の源泉所得税(同法174条2号,175条2号,212条3項,213条2項2号)が課されており,日本Aが被控訴人への支払の際にこれを源泉徴収するものの,被控訴人の法人税の額と調整されて被控訴人に課税所得がない場合には源泉所得税額の還付を受けることができる(法人税法68条1項,78条1項。平成14年譲渡については平成14年法律第79号による改正前の法人税法79条1項)。被控訴人は,課税所得が生じるような事業をしていなかったため,平成14年12月から平成17年12月にかけて,配当又は本件各譲渡(自己株式の取得による金銭の交付)の際に日本Aが源泉徴収した源泉所得税の額について,法人税の確定申告をすることによりその全額(総額約901億8000万円)の還付を受けた。(前提事実5(2)イ(ア)b,甲78の1ないし3,乙98,99,弁論の全趣旨)

  また,被控訴人は,日本Aから受けた配当及び本件各譲渡により交付を受けた金銭並びにこれらに係る還付を受けた源泉所得税相当額を米国Bに送金しているところ,被控訴人は,本件株式購入の代金(1兆9500億円)の大部分(1兆8182億2000万円)を米国Bとの間の消費貸借の目的(本件融資)として,負債額の大きい中間持株会社として設置されたことから(前提事実4(2)),被控訴人は,米国Bに送金すべき上記金銭の大部分を,日本の源泉所得税が課されない米国Bからの借入金(本件融資)の元本の返済として送金することができるようになった。当該借入金の利子の支払に当たる部分には,外国法人である米国Bを納税義務者とする支払金額の10%の源泉所得税が課され(所得税法161条6号,178条,179条,212条1項,213条1項1号,日米租税旧条約13条4項,日米租税新条約11条2項),被控訴人が支払の際にこれを源泉徴収することとなったが(これにより日本における課税関係は終了する。),上記のとおり元本返済分には課税されないため,従来に比べると源泉所得税が課される対象となる部分が大きく縮減した(平成14年12月期から平成17年12月期にかけて,被控訴人が上記利子の支払に当たる部分について徴収,納付した源泉所得税額は約25億9000万円であった。)。(前提事実5(2)イ(ア)b,乙98,弁論の全趣旨)

  (お) 以上のとおり,米国Bが日本の納税義務者として負担する源泉徴収税額は,被控訴人が日本Aの中間持株会社となった後は,その前と比較して大きく減少し,米国Aにとっては,日本における源泉所得税の負担を軽減し,国際的二重課税が直ちに調整されないという事態を改善する結果となった。このことは,被控訴人を中間持株会社を設置すること(日本再編プロジェクト)の財務面の目的として,米国Aにおいて当初から計画されていたことであった。(甲48,54)

  (イ) 上記(ア)の認定事実によれば,被控訴人を中間持株会社とすること,すなわち,本件各譲渡以外の本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入)は,日本Aから米国Aへの利益還元に係る日本の源泉所得税の負担を軽減すること,すなわち,控訴人が主張する本件税額圧縮の実現も重要な目的として,米国Aが決定した計画に従って実施されたものであることが明らかである。(なお,上記認定は,本件税額圧縮という目的の当不当を評価するものではない。)

  (ウ) しかし,本件各譲渡が,本件税額圧縮の実現のため,被控訴人の中間持株会社化(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入)と一体的に行われたことを認めるに足りる証拠はない。

  すなわち,被控訴人が中間持株会社となった後は,被控訴人が日本Aから利益の還元を受ける方法として,配当を受けるとしても,又は自己株式の取得による金銭の交付を受ける(本件各譲渡)としても,いずれの方法によっても,米国B(ひいては米国A)が負担する日本の源泉徴収税額が,それより前と比較して大きく減少することは同じであり(上記(ア)(え)及び(お)のとおり),被控訴人が日本Aから利益の還元を受ける方法として自己株式の取得による金銭の交付(本件各譲渡)の方法によることが,本件税額圧縮という目的を実現するために必要であったわけではない。現に,被控訴人が中間持株会社となった後も,被控訴人は,日本Aから自己株式の取得による金銭の交付を受ける方法(本件各譲渡)のほかに,平成15年3月,平成16年3月及び平成17年3月に配当を受ける方法によっても利益の還元を受け,これらの各配当に係る源泉所得税相当額も還付を受けて米国Bに送金しているのである(乙98)。

  (エ) なるほど,日本Aからの利益の還元の方法として,本件各譲渡をするかどうか,その内容や時期をどうするか等については,被控訴人を中間持株会社とすること(日本再編プロジェクト)と同様に,最終的に米国Aが決定したものと認められる(甲48,62の1ないし3,65,67,68)。しかし,被控訴人が中間持株会社となった後は,被控訴人が日本Aから利益の還元を受ける方法として,配当を受けるとしても,又は自己株式の取得による金銭の交付を受けるとしても,日本の源泉所得税の負担が軽減されることは同じである以上,米国Aとしては,日本の源泉所得税の軽減という目的ではなく,資金需要の必要性や資金効率の改善という観点から,利益還元の時期,規模,方法等を判断すれば足りることになる。

  実際にも,後掲の証拠等によれば,①平成14年4月上旬から同月中旬にかけて,米国Aと日本Aとの間で被控訴人が中間持株会社となった後の利益還元の方法について協議が行われたこと,②米国A側からは,暦年の終わりに近くなればなるほど各国の配当支払及び税務予測についてより正確な情報を得ることができるから,税額控除を最大限利用するため,日本Aからの送金を暦年のできるだけ遅い時期にして柔軟性を可能な限り確保したい,日本Aからの支払に伴い納付する日本の源泉所得税の還付を被控訴人において早期に受けるようにしたい等の意向が示され,他方,日本Aの側では,これまでも自己株式取得は行ってきたが例外的なものであり,大規模で定期的な自己株式取得は日本の慣行と異なり懸念がある等の意見が示されたこと,③協議の過程では,日本Aの事業年度末が12月末であるため配当の支払は3月頃となるが(当時の旧商法下では,事業年度末に決算し利益処分案を定時株主総会で決議し配当額を決定することとなっていた。),日本Aが3月に配当をした場合には,被控訴人の事業年度が12月末であるので,被控訴人が源泉所得税の還付を受けるのが翌年になってしまうこと等が問題点として認識されたこと,④それまでの協議を踏まえ,平成14年4月15日,米国Aから日本Aに対し,利益還元の方法について,3月の配当を原則とし必要な場合にのみ12月に自己株式取得をする,3月の配当(少額)及び9月の中間配当(相当額)を原則とし必要な場合にのみ12月に自己株式取得をする,3月の配当(少額)及び12月の中間配当(相当額)をする,3月の配当(少額又は無配)及び12月の自己株式取得(相当額)をするという4案が提示されたこと,⑤平成14年譲渡(自己株式の取得)を約2130億円の規模で実施することを米国Aが日本Aに指示したのは,米国Aにおける資金調達の必要性等が明らかになった後の同年12月になってからであったこと,⑥平成16年10月に米国において成立した米国雇用創出法により,米国の企業が平成17年中に所定の要件を満たした上で海外の子会社から配当を受けた場合には米国連邦税法に基づく所得税が軽減される措置を受けられることになったため,米国Aが日本Aからの利益の還元の時期を平成16年から平成17年に延期することとした結果,日本Aは,平成16年12月期においては自己株式の取得をしなかったこと,⑦平成18年5月我が国で会社法が施行されて株式会社の配当時期に制約がなくなった以降は,日本Aは,被控訴人への利益還元の方法として,自己株式取得をしておらず,専ら配当を行っていることが認められる(前提事実4(1),同(3)エ,甲62の1ないし3,65,弁論の全趣旨)。

  かかる認定事実に照らしても,米国Aは,被控訴人が中間持株会社となった後は,被控訴人が日本Aから利益の還元を受ける方法として,配当を受けるとしても,又は自己株式の取得による金銭の交付を受けるとしても,いずれの方法によっても,米国A(直接は米国B)が負担する日本の源泉徴収税額は同じように軽減されることを前提とした上で,その資金需要の必要性や資金効率の改善という観点から,日本Aからの利益の還元が,いかなる時期,規模,方法によることが望ましいかを判断していたことが明らかである。

  (オ) そうすると,本件各譲渡が,本件税額圧縮(Aグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国Aに還元すること)の実現のため,被控訴人の中間持株会社化(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入)と一体的に行われたという控訴人の主張は,本件全証拠によっても認めることができないというほかない。





  イ 本件一連の行為が,全体として独立当事者間の通常の取引と異なるものであり,経済的合理性を欠くとの控訴人の主張について



 本件各譲渡とそれ以外の本件一連の行為とは,その主体(本件各譲渡は被控訴人と日本A。米国Bによる被控訴人の持分取得は米国Bとデロイトであり,本件増資,本件融資及び本件株式購入は米国Bと被控訴人である。),時期(本件各譲渡は平成14年,平成15年及び平成17年の各12月。米国Bによる被控訴人の持分取得は平成14年2月であり,本件増資,本件融資及び本件株式購入は同年4月である。)及び内容が異なる上,上記アのとおり,本件税額圧縮という共通目的の実現のために一体的に行われたという控訴人の主張事実も認められない以上,本件一連の行為について,全体として経済的合理性を欠くかどうかを判断することが相当であるということはできない。

  そうすると,処分行政庁が法人税法132条1項に基づき本件各譲渡を否認したことが適法かどうかは,本件各譲渡がそれ自体で経済的合理性を欠くものと認められるかどうかによって判断されるべきものである。

  したがって,本件各譲渡以外の行為を含めた本件一連の行為が全体として経済的合理性を欠くのであれば,被控訴人の法人税を不当に減少させる結果となると認められるという控訴人の主張は採用することができないし,本件各譲渡以外の被控訴人の行為(本件融資,本件増資,本件株式購入)が,個別的に見ても経済的合理性を欠くとする控訴人の主張は,主張自体失当というほかない。









  ウ 本件各譲渡がそれ自体で独立当事者間の通常の取引と異なるものであり,経済的合理性を欠くとの控訴人の主張について



 (ア) 本件各譲渡の客観的な事実経緯

  (あ) 平成14年譲渡

  被控訴人は,平成14年12月20日,日本Aに対し,同社株式69万7000株を総額2129億9344万2000円(1株当たりの譲渡価額30万5586円)で譲渡し,同日,譲渡代金の額から源泉所得税の額を控除した1703億9475万3600円の送金を受けて,即日,米国Bに対し,上記の送金を受けた金員のうち1703億7800万円を本件融資に係る借入金の返済に充てるために送金した。また,被控訴人は,同月24日付けで,被控訴人が保有する日本A株式のうち69万7000株を処分価額2129億9344万2000円で日本Aに譲渡した旨の株式持分の処分報告書を財務大臣等に提出し,日本Aは,同日開催された取締役会において,取得した株式の全部を同日付けで消却する旨を決議した。

  ところが,日本Aは,平成15年1月6日に開催された取締役会において,平成14年12月20日付けで取得した自己株式の株式数が69万7000株でなく16万7497株であった(総額はそのまま。1株当たりの譲渡価額127万1625円)として,同月24日開催の取締役会における自己株式を消却する旨の決議について消却する株式数を69万7000株から16万7497株に修正する旨を決議した。被控訴人は,平成15年1月6日付けで,上記株式持分の処分報告書のうち譲渡した株式数を16万7497株と修正する内容に差し替えた報告書を財務大臣等に提出した。また,被控訴人は,譲渡した株式数等が修正されたことに伴って源泉所得税の額が修正されたため,日本Aから,平成14年12月30日,29億5913万5148円の追加の入金を受け,米国Bに対し,同額を送金した。

  平成14年譲渡の結果,平成14年12月期において,有価証券(日本A株式)の譲渡に係る譲渡損失額1981億9782万9185円が,被控訴人の所得の金額の計算上,損金の額に算入される金額として生じた。

                (以上につき,前提事実4(3)ア)

  (い) 平成15年譲渡

  被控訴人は,平成15年12月22日,日本Aに対し,同社の発行済株式の一部である1万8008株を228億9942万3000円(1株当たりの譲渡価額127万1625円)で譲渡し,同日,譲渡代金の額から源泉所得税の額を控除した186億7669万3140円の送金を受けて,即日,米国Bに対し,上記の送金を受けた金員のうち186億7198万4662円を本件融資に係る借入金の返済に充てるために送金した。日本Aの取締役会は,同日,取得した自己株式の全部を消却する旨を決議した。

  平成15年譲渡の結果,平成15年12月期において,有価証券(日本A株式)の譲渡に係る譲渡損失額213億1467万9431円が,被控訴人の所得の金額の計算上,損金の額に算入される金額として生じた。

                (以上につき,前提事実4(3)イ)

  (う) 平成17年譲渡

  日本Aは,平成17年3月31日開催の定時株主総会で,次期定時株主総会までの間に,被控訴人から,自己株式を,株式数の総数15万3000株,取得価額の総額1954億円をそれぞれ限度として取得することを決議した。

  被控訴人は,平成17年12月,日本Aに対し,同社株式15万3000株を1945億5862万5000円(1株当たりの譲渡価額127万1625円)で譲渡し,同月5日,譲渡代金の額から源泉所得税の額を控除した1584億4301万2779円の送金を受け,即日,米国Bに対し,同額を本件融資に係る借入金の返済に充てるために送金した。また,被控訴人は,同月8日付けで,被控訴人が保有する日本A株式のうち15万3000株を処分価額1945億5862万5000円で日本Aに譲渡した旨の株式持分の処分報告書を財務大臣等に提出した。

  ところが,日本Aは,自己株式の取得に充てることができる配当可能な限度額として正しい金額が1939億6330万5178円であったことが判明したとして,先にした定時株主総会における自己株式の取得についての決議が無効であるとし,平成17年12月28日改めて開催した定時株主総会で,次期の定時株主総会までの間に,被控訴人から,自己株式を,株式数の総数15万2531株,取得価額の総額1939億6330万5178円をそれぞれ限度として取得することを決議し,同日開催の取締役会で,株式数の総数15万2531株の自己株式を取得価額の総額1939億6223万2875円(1株当たりの譲渡価額127万1625円)で被控訴人から同日取得し,その取得した自己株式の全部を即日消却する旨を決議した。この結果,被控訴人は,日本Aから送金を受けていた額のうち4億8568万4791円を返金し,平成18年1月12日,上記の株式持分の処分報告書の内容のうち譲渡した株式の数量及び処分価額を修正したものを財務大臣等に提出した。

  平成17年譲渡の結果,平成17年12月期において,有価証券(日本A株式)の譲渡に係る譲渡損失額1800億7513万0754円が,被控訴人の所得の金額の計算上,損金の額に算入される金額として生じた。

                (以上につき,前提事実4(3)ウ)

  (イ) 検討

  (あ) 控訴人は,平成14年譲渡において当初決定されていた譲渡価額(1株当たり30万5586円)や,平成14年譲渡及び平成17年譲渡において譲渡株式数や価額が事後的に修正されたことを指摘して,平成14年譲渡や平成17年譲渡が独立当事者間の通常の取引と異なるものであり経済的合理性を欠く旨主張する。しかし,同族会社の行為又は計算が,法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは,税務署長が同項を適用して否認する最終的に行われた取引を対象として判断されるべきものである。控訴人が指摘するような,最終的に行われた取引の確定に至るまでの譲渡価額や譲渡株式数の修正等の事情は,独立当事者間の通常の取引とは異なる取引がされた可能性を示唆する事情にはなり得るとしても,それ自体では,最終的に行われた取引が,独立当事者間の通常の取引とは異なる取引であることを基礎付ける評価根拠事実にはなり得ないというべきである。

  (い) 控訴人は,本件株式購入における日本A株式の取得価額(1株当たり127万1625円)が本件各譲渡の時点における適正な価値を表していたものとはいい難いのに,被控訴人がこれをそのまま本件各譲渡における譲渡価額として引き継いでいるとして,本件各譲渡は,独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり経済的合理性を欠くとも主張する。

  しかし,平成14年4月に行われた本件株式購入の取得価額は,Aグループに属しない,いわゆるファイナンシャルアドバイザリーサービスの専門業者であるPwCAが同月作成したPwCA株式評価書(乙30)に基づいて決定されたものであるところ(前提事実4(2)),同評価書においては,日本A株式の価値は,DCF法により算定されており,その算定過程及び算定結果が不合理であると認めるに足りる証拠はない。そうすると,同年12月に行われた平成14年譲渡において,このような第三者評価を経て決定された本件株式購入における1株当たりの取得価額を直近の取引実例価額として参照し,これと同額の1株当たりの譲渡価額としたことをもって,独立当事者間の通常の取引と異なるものということはできないというべきである。

  なるほど,PwCA株式評価書におけるDCF法による算定は,平成14年から平成21年までの8年間に予測される日本Aの業績及びフリー・キャッシュ・フローに基づいて行われており,少なくとも,平成14年12月期から平成16年12月期までの営業利益及びフリー・キャッシュ・フローが相当程度増加するという予測を前提としていたところ(ただし,平成14年12月期のフリー・キャッシュ・フローは前期と比較して減少すると予測されていた。乙30),平成14年12月期から平成16年12月期までの日本Aの営業利益の実績値(フリー・キャッシュ・フロー自体の実績値は証拠上明らかではない。)は,それぞれ前期と比較すると減少するか(平成14年,平成15年),微増(平成16年)にとどまっており(甲79の3,乙82の1ないし3),結果として,同評価書が前提とした予測が実績とは必ずしも合致していないことが認められる。しかし,他方で,日本Aは本件各譲渡により自己株式取得をする度に取得した自己株式を直ちに消却していたから,1株当たりの価値が上昇する要素もあったといえること,日本Aが非上場会社であって容易に参照できる市場株価が存在しないこと,日本Aのような大規模に事業を行う企業(前提事実1(2))の株式価値を専門業者に依頼して算定するには高額の費用を要すると認められること(弁論の全趣旨)といった事情に照らせば,被控訴人が,平成15年譲渡及び平成17年譲渡をするに当たって,平成14年譲渡と同様に,本件株式購入時の取得価額と同一の価額での譲渡に応じたことをもって,独立当事者間の通常の取引と異なるとまでは認めることができないというべきである。

  (う) しかも,取得価額と同一の譲渡価額で日本Aによる自己株式の取得に応じても,日本Aから交付を受けた金銭のうちみなし配当の額(法人税法24条1項)は,同法23条1項(受取配当等の益金不算入)に基づき所得の計算上益金の額に算入されないこととなる一方,日本A株式の譲渡に係る譲渡損益の計算においては譲渡対価の額から控除されることになるため(同法61条の2第1項1号),益金に算入されないみなし配当の額がそのまま譲渡に係る譲渡損失額となって所得の金額の計算上損金の額に算入され(前提事実5(2)イ(ア)a),課税所得を打ち消すことになるから,被控訴人のように日本Aの親会社であるという関係にない独立当事者の内国法人であっても,取得価額と同一の譲渡価額で日本Aの自己株式の取得に応じる取引をすることは,十分あり得たということができる。(そのことは,平成22年法律第6号による改正後の法人税法23条3項が,自己株式としての取得が予定されている株式を取得した場合における当該株式に係るみなし配当の額に同条1項の受取配当等の益金不算入の規定を適用しないこととしたこと(完全支配関係がある発行法人による自己株式の取得には適用が除外されている。)からも窺える。)

  (え) そもそも,控訴人は,本件各譲渡が独立当事者間の通常の取引と異なると主張しているのにもかかわらず,独立当事者間の通常の取引であれば,どのような譲渡価額で各譲渡がされたはずであるのかについて,何ら具体的な主張立証をしていない。控訴人の主張は,本件各譲渡における譲渡価額の当否を問題にするのではなく,専ら,Aグループにおける親子会社関係にあった被控訴人と日本Aとの間でなければ本件各譲渡をすることはできなかったという意味で,独立当事者間の通常の取引と異なると主張するものと解したとしても,上記(い)及び(う)に説示したところからすれば,日本Aと親子会社関係にない独立当事者の内国法人であれば,取得価額と同じ譲渡価額で日本Aによる自己株式の取得に応じるという取引があり得なかったと認めることもできないというべきである。


  (ウ) 小括

  以上によれば,被控訴人がした本件各譲渡が,それ自体で独立当事者間の通常の取引と異なるものであり経済的合理性を欠くとの控訴人の主張は,採用することができない。







  エ 本件一連の行為を容認することが租税負担の公平維持という法人税法132条1項の趣旨に反するとの控訴人の主張について



 控訴人は,被控訴人に計上された約3995億円の有価証券譲渡に係る譲渡損失額は,法律の規定により計算上発生したみせかけの損失であり,本件一連の行為を容認することは,法人税法132条1項の趣旨に反する旨主張する。

  しかし,被控訴人に本件各譲渡事業年度において多額の繰越欠損金が生じることになったのは,被控訴人が本件各譲渡により日本Aから交付を受けた金銭が,法人税法24条1項5号(平成18年法律第10号による改正前のもの)に基づき,同社の資本等の金額のうち当該株式に対応する部分を超える部分(受領した対価の約93%)について配当の額とみなされ,当該みなし配当の額が,同法23条1項に基づき所得の計算上益金の額に算入されないこととなる一方,日本A株式の譲渡に係る譲渡損益の計算においては譲渡対価の額から控除されることになるため(同法61条の2第1項1号),益金に算入されないみなし配当の額がそのまま本件各譲渡に係る譲渡損失額となって,所得の金額の計算上損金の額に算入され,他に所得を生じるような特段の事業をしていない被控訴人においては,その金額に相当する金額が欠損金額として生じ,これが翌期以降の事業年度に繰り越されたことによるものである(前提事実5(2)イ(ア)a)。すなわち,本件各譲渡事業年度において被控訴人に多額の譲渡損失及び欠損金が生じたのは,本件各譲渡に法人税法の規定を適用した結果であって,これをもって見せかけの損失であるという控訴人の主張は,その故に直ちにその計上を否定すべきというものであれば,法律上の根拠を欠くものであって採用の余地はない。(なお,平成22年法律第6号による改正後の法人税法61条の2第16項により,内国法人が完全支配関係のある他の内国法人の自己株式の取得により金銭の交付を受けた場合には,その株式の譲渡損益の計算上,譲渡対価となる額は譲渡原価に相当する額とされ,譲渡損益額が計上されないこととなった。)

  そして,本件各譲渡を「不当」として法人税法132条1項に基づき否認することができるかどうかは,本件一連の行為ではなく,本件各譲渡それ自体が経済的合理性を欠くものと認められるかどうかによって判断されるべきものであること,本件各譲渡がそれ自体で経済的合理性を欠くとは認められないことは,既に説示したとおりである。そうすると,本件一連の行為を容認することが法人税法132条1項の趣旨に反するという控訴人の主張は,本件一連の行為を対象として「不当」性の判断をすべきものとしている点及び「不当」性の判断について経済的合理性を欠くと認められるかどうかという客観的,合理的基準に依拠しない点において既に失当であって,これを採用することはできない。



  (3) 争点1のまとめ


 以上のとおり,本件各譲渡が,本件税額圧縮の実現のため,それ以外の本件一連の行為(米国Bによる被控訴人の持分取得,本件増資,本件融資及び本件株式購入)と一体的に行われたという控訴人の主張を採用することはできないから,本件一連の行為が,独立当事者間の通常の取引と異なり全体として経済的合理性を欠くのであれば,本件一連の行為を構成する本件各譲渡を容認した場合には,被控訴人の法人税の負担を「不当に」減少させる結果となるとする控訴人の主張は,その前提を欠くもので失当であり,また,被控訴人がした本件各譲渡が,それ自体で独立当事者間の通常の取引と異なるものであり経済的合理性を欠くとの控訴人の主張も認められない。そうすると,本件各譲渡による有価証券の譲渡に係る譲渡損失額が本件各譲渡事業年度において被控訴人の所得の金額の計算上損金の額に算入されて欠損金額が生じたことによる法人税の負担の減少をもって,法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価することはできないというべきである。


  したがって,処分行政庁が被控訴人に対してした,法人税法132条1項を適用して本件各譲渡に係る譲渡損失額を本件各譲渡事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することを否認する旨の更正処分(本件各譲渡事業年度更正処分)は,その余の点を判断するまでもなく違法であり,当該否認を前提とする本件更正処分等は,いずれも違法であって取消しを免れない。





  2 結論


  上記1に説示したところに,本件全証拠及び弁論の全趣旨を併せれば,本件各事業年度の法人税に係る所得の金額若しくは連結所得の金額,納付すべき法人税の額又は翌期へ繰り越す欠損金額若しくは連結欠損金額については,原判決別紙8「本件各事業年度の法人税について」に記載のとおり認めることができ,被控訴人の請求はいずれも理由があり,これを認容すべきである。

  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。



     東京高等裁判所第20民事部

         裁判長裁判官  山田俊雄

            裁判官  佐藤美穂

            裁判官  徳岡 治