ほ脱犯(3)ー国税局WAN繁華街管理システム ミセダス? おみやげ?




 大阪地方裁判所判決/平成25年(わ)第4180号、平成25年(わ)第4441号、平成25年(わ)第4775号 、判決 平成27年4月17日 、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。





【判示事項】 被告人(犯行当時,国税調査官)は,従前から内部資料を提供するなどして癒着していたAらと共謀し,無予告の税務調査の日程を漏えいし,税務調査に先立つ対象法人B側の打合せに参加して,主要な証拠のねつ造に関与し,Bに法人税ほ脱を成功させたうえ,不正な職務行為に対する謝礼の趣旨で,現金120万円を受け取るなど賄賂を収受した事案。被告人に前科前歴がないことや懲戒免職処分により一定の社会的制裁を受けているといった事情考慮しても,その程度は限定的で実刑が相当であるとして,懲役2年,追徴金120万円を言渡した事例 











   









主   文


  被告人を懲役2年に処する。

  未決勾留日数中240日をその刑に算入する。

  被告人から金120万円を追徴する。

  訴訟費用は被告人の負担とする。


        






理   由


  【犯行に至る経緯】

  被告人は,平成22年7月から大阪国税局西税務署法人課税第2部門上席国税調査官として,同部門に設置された特別調査班に所属し,法人税等の課税標準の調査等に関する事務に従事していたものである。





  ホストクラブを経営する株式会社A1(以下「A1」という。)は,設立当初から継続的に多額の売上を除外する方法により所得を秘匿して虚偽の法人税確定申告書を管轄税務署に提出していたところ,税理士としてA1の法人税の確定申告手続に関与していたB1は,A1が設立年数から考えると税務調査が入る可能性が高い時期に入ったことから,A1に対する税務調査を,以前から親密な関係を築き,これまでも税務署の内部情報を提供してもらうなどしていた被告人に担当してもらい,国税調査官にA1の売上除外額の一部のみをあえて把握させて調査を終了させ,真の売上除外額の発覚を回避するとともに,A1の代表取締役であったC1が同社の設立前に個人でホストクラブを経営していた時期についての税務調査を回避しようと考えた。





 そこで,B1は,まず平成22年9月か10月頃,C1に被告人を紹介するとともに,C1にA1の経営する店舗「□□」へ被告人を案内させ,その際,被告人は,C1らに,店の売上を示すグラフ等は取り外すように助言するなどした。


 またB1は,C1に指示して,同年12月にはA1の本店所在地を当時の南税務署管内から被告人の勤務していた西税務署管内に移転させた上でその移転登記も行った。


 被告人は,その頃上司に,南税務署管内からホストクラブが管内に転入してくるので税務調査を行いたい旨話し,上司から,A1の税務調査の主担となるよう指示され,平成23年1月に入ると,A1に関する情報収集等税務調査の事前準備を始めた。


 その後,同年4月25日頃,A1に対する税務調査を同年6月2日に実施することとなったため(この日程は,その後延期された。),被告人は,その日時をB1に連絡した。



 同年5月28日,B1は,被告人同席のもと,C1や,B1と同じく税理士としてA1の法人税の確定申告手続に関与していたD1らと,A1に対する税務調査の際に,売上除外額の一部のみを把握させ,それをもって調査を終わらせる方策を話し合い,税務調査当日にC1が売上除外の証拠として現金500万円やメルセデス・ベンツ(以下「ベンツ」という。)を購入した領収証などを所持しておくこと,A1の申告上の売上に真実の売上額よりも少額の売上額となるように,根拠のない適当な金額を上乗せしたデータを作成し,これをSDカードに記録しておくこと,それらを税務調査当日は自然な形で見つかるようにすることなどについてもあらかじめ話し合い,被告人もその内容を了解していた。







  



【罪となるべき事実】




  被告人は,前記のとおり,大阪国税局西税務署法人課税第2部門上席国税調査官として,法人税等の課税標準の調査等に関する事務に従事していたものであるが,



 第1


 1 平成23年7月21日及び翌22日に行われた特別調査班の選定会議及び打合せにおいて,A1に対する無予告での税務調査を,同月28日の午後零時半から実施することが決定され,被告人もその旨知ったことから,同月22日頃,大阪府内,兵庫県内又はその周辺にいるB1に対し,電話で,前記部門が無予告で税務調査を行う先として選定したA1に対する税務調査の日程につき,同月28日の午後零時半に着手する旨教示し,もって職務上知ることのできた秘密を漏らし(平成25年10月4日付起訴状記載の公訴事実第1),



 2 B1,D1及びC1と共謀の上,前記「犯行に至る経緯」記載のとおり,国税調査官にA1の売上除外額の一部のみをあえて把握させて税務調査を終了させ,真の売上除外額の発覚を回避しようと考え,平成23年7月28日,大阪市西区(以下略)にあったA1の事務所において,C1が,被告人とともに同社に対する税務調査に従事していたE1上席国税調査官に対し,かねて打合せのとおり,SDカードに記録された虚偽過少の売上金額の電磁的記録を提示し,「SDカードのデータが本当の売上です。」などと言うとともに,売上を除外した資金であるかのように見せかけるためにあらかじめ用意して所持していた現金380万円について,「売上を抜いたお金です。」などと言い,A1の売上除外金額等について虚偽過少の答弁をし,もって税務署の職員の検査に関し偽りの記録をした帳簿書類に代わる電磁的記録を提示するとともに,質問に対して偽りの答弁をし(平成25年9月18日付起訴状記載の公訴事実),



 3 継続的に売上を除外する方法により所得を秘匿して虚偽の法人税確定申告書を提出していたA1に対する税務調査の担当者として,B1及びC1らが,売上除外額の一部のみをあえて国税調査官に把握させて真の売上除外額の発覚を回避しようとしたことに応じ,前記「犯行に至る経緯」記載のとおり,事前に,C1らとともに,SDカードに記録された虚偽過少の売上金額の電磁的記録を提示して売上除外金額等につき虚偽過少の答弁をする旨打合せをした上,B1に税務調査の日程を教示し,さらに,税務調査において,C1が,E1に対し,前記打合せに基づいて虚偽過少の答弁をした際,それが発覚しないよう取り計らったことなどに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら,同年9月10日頃,大阪市浪速区(以下略)税理士法人F1事務所において,B1から,現金120万円の供与を受け,もって自己の職務上不正な行為をしたことに関し賄賂を収受し(平成25年10月23日付起訴状記載の公訴事実),



 第2 平成23年10月4日頃,前記税理士法人F1事務所又はその周辺において,直接又は同法人関係者を介して,B1に対し,大阪国税局及び管内の税務署職員,非常勤職員が利用することができるもので,


税務調査の調査対象者選定等に活用する大阪国税局WAN繁華街管理システム(MISEDAS)内に管理された風俗店△△奈良に関する情報が記載された書面を手交し,もって職務上知ることのできた秘密を漏らした(平成25年10月4日付起訴状記載の公訴事実第2)。





  【証拠の標目】

  括弧内の数字は,検察官請求証拠等関係カードに記載され,かつ,証拠の欄外に記載された番号を示す。

 判示事実全部(判示犯行に至る経緯を含む。)について

 ・被告人の公判供述

  ・被告人の裁判官調書(乙18),申述書謄本(乙22)

  ・証人D1,G1,H1の各公判供述

  ・G1の検察官調書謄本(甲21)

 判示犯行に至る経緯について

 ・被告人の検察官調書(乙2,3,19)

  ・I1(甲83),D1(甲95〈謄本〉)の各検察官調書

 判示犯行に至る経緯及び第1の事実全部(判示罪となるべき事実の冒頭事実を含む。)について

 ・被告人の検察官調書(乙4ないし6,15)

  ・証人C1,J1,K1,E1の各公判供述

  ・E1(甲18〈不同意部分を除く。〉),G1(甲22〈不同意部分を除く。〉),K1(甲23〈不同意部分を除く。〉)の各検察官調書謄本

  ・査察官報告書抄本(甲128,131)

 判示第1の事実全部(判示罪となるべき事実の冒頭事実を含む。)について

 ・被告人の検察官調書(乙7ないし9)

  ・証人L1の公判供述

  ・E1(甲19),K1(甲24〈不同意部分を除く。〉),M1(甲25〈不同意部分を除く。〉)の各検察官調書謄本

  ・査察官報告書抄本(甲126,127),捜査報告書(甲10〈謄本〉,121,122,129,134)

 判示犯行に至る経緯,第1の1,3及び第2(判示罪となるべき事実の冒頭事実を含む。)の各事実について

 ・N1(甲66),O1(甲67)の各検察官調書

  ・捜査報告書(甲135),捜査関係事項照会回答書謄本(甲85)

 判示犯行に至る経緯,第1の1及び3の各事実について

 ・被告人の検察官調書(乙12)

 判示第1の1及び3の各事実について

 ・O1の検察官調書(甲68)

  ・捜査報告書(甲107)

 判示犯行に至る経緯,第1の2及び3の各事実について

 ・J1(甲12,13),P1(甲15ないし17),C1(甲29,31ないし33),D1(甲39ないし45,53)の各検察官調書謄本

  ・査察官調査書謄本(甲4ないし6,8,9),捜査報告書謄本(甲11)

  ・証明書謄本(甲2,3),履歴事項全部証明書謄本(甲1)

 判示第1の2及び3の各事実について

 ・D1の検察官調書謄本(甲52〈不同意部分を除く。〉)

  ・証明書謄本(甲62,63,132,133)

 判示第1の3及び第2の各事実について

 ・写真撮影報告書謄本(甲64)

 判示第1の2の事実について

 ・捜査報告書(甲123)

 判示第1の3の事実について

 ・被告人の検察官調書(乙17)

  ・Q1(甲89,90),R1(甲91),D1(甲94〈謄本〉)の各検察官調書

  ・捜査報告書(甲86ないし88)

 判示第2の事実について

 ・被告人の検察官調書(乙13,14)

  ・証人S1及びT1の各公判供述

  ・U1(甲69),V1(甲70),W1(甲71),E1(甲73),Z1(甲74),A2(甲76,78),I1(甲84)の各検察官調書

  ・捜査報告書(甲65,109,110,136)

  













 第1 本件の争点


  弁護人は,平成23年7月28日のA1に対する税務調査(以下「本件税務調査」という。)に関して,次のように主張する。


  国家公務員法違反(判示第1の1)について,


①本件税務調査の日時は,国家公務員法100条1項における「秘密」には該当しない。法人税法違反(判示第1の2)について,


②本件税務調査においてC1のした答弁や提示したSDカードのデータについて,被告人は,A1が経営していたホストクラブのうちの店舗「□□」(以下「□□」という。)の売上データに虚偽の金額を上乗せしたものであると認識しており,虚偽過少の電磁的記録の提示及び虚偽過少の答弁をすることの故意がなく,これを前提とする共謀もなかった。加重収賄(判示第1の3)について,


③被告人は,B1から現金120万円を受け取ったことはない。そして,被告人も,②及び③について,概ねこれに沿う供述をする。



  また,大阪国税局WAN繁華街管理システム(MISEDAS,以下「ミセダス」と表記する。)に管理された風俗店△△奈良に関する情報が記載された書面(以下「本件書面」という。)の交付に係る国家公務員法違反(判示第2)について,弁護人は,


④実体的な主張として,本件書面をB1に渡した犯人が被告人であるとの証明がされていないこと,訴訟法上の主張として,訴因の特定が不十分であることをそれぞれ主張している。




  当裁判所は,これらの争点すべてについて,弁護人の主張及びこれに沿う被告人の主張を排斥し,判示のとおりの事実を認定したので,以下,その理由を説明する。




 第2 本件税務調査に関する国家公務員法違反(争点①)及び法人税法違反(争点②)について



1 前提となる事実関係


   関係各証拠によれば,以下の事実が優に認められる。


  (1) A1の申告状況等


    C1は,個人でホストクラブの店舗□□と店舗「◇◇」(以下「◇◇」という。)を経営していたが,税金の申告をしていなかったところ,平成20年頃に顧問契約を結ぶこととなった税理士法人F1(以下「F1」という。)を主宰するB1から,税務調査に備えて会社を設立することを勧められ,同年10月15日にA1を設立し,A1が両店舗を経営することになった。


    A1の設立後,同社の関与税理士がF1となり,法人税の確定申告はD1が担当することになった。C1と,その下で稼働するJ1は,A1の法人税の脱税をB1に依頼し,B1からその指示を受けたD1は,A1の売上を一部除外して所得を減らすことにし,C1らが持参した売上日報等に基づき,F1側においてA1の決算書類を改ざんし,これにより,A1は,1期目の平成21年9月の決算期(以下「平成21年9月期」という。他の決算期についても同様に表記する。)については,□□の売上は除外せず◇◇のカード売上以外の売上を除外する方法により法人税を脱税し,その後,2期目の平成22年9月期(平成22年11月29日申告)については,□□と◇◇の売上のそれぞれ一部を除外する方法により脱税した。



  (2) 本件税務調査に至るまでのA1側及び西税務署の動きと被告人の関与状況等

   ア B1は,A1が設立3期目を迎え,税務調査が入る可能性が高い時期に入ったと考えたことから,かねてから親密な関係を築き,これまでも税務署内部の情報を提供してもらうなどしていた被告人に,A1の税務調査を実施してもらい,C1が個人で経営していた頃の脱税に目をつぶらせ,A1については適正な修正申告を行った場合に支払わなくてはならない税金額よりも少額の税金を支払うことで税務調査を終結させようと考えて,平成22年9月か10月頃,C1及びJ1に,その旨の説明をし,A1の本店を被告人が所属する西税務署管内の大阪市西区に移転するよう指示し,C1はこれを了承した。こうしたB1の意向は,D1も把握していた。

     平成22年11月13日,C1とJ1は,F1事務所において,B1から被告人を紹介され,被告人は,同日,B1,D1,C1及びJ1とともに,□□の店舗兼事務所を訪れた。

     A1は,平成22年12月頃,本店所在地を同市中央区(以下略)から同市西区(以下略)(以下「A1の事務所」という。)に移転し,平成23年1月初め頃に税務署にその旨を届け出て,法人税の管轄税務署は南税務署から西税務署に変更された。



   イ 西税務署の法人課税第2部門の特別調査班に所属していた被告人は,平成22年12月頃,チーフであるE1に対して,ホストクラブを経営している会社が南税務署管内から西税務署管内に移転してくるという報告をし,特別調査班においてA1の税務調査を行うことになり,その主担は被告人となった。

     平成23年4月25日,西税務署内において,税務調査着手に先立って税務署長の事前承認の決裁等を得るための選定会議が開催され,A1に対して,事前予告をせずに税務調査を行うこと,その着手日は同年6月2日とすることなどが決まり,被告人は,その旨をB1に伝えた。



   ウ これを受け,平成23年5月28日に,F1事務所において,税務調査が実施されることに備えた事前打合せが行われた(以下「本件打合せ」という。)。その参加者は,B1,D1,C1,J1及び被告人の5人であり,被告人以外の4人は,この税務調査によって,A1の真実の売上除外額よりも少ない売上除外額を国税調査官に把握させるにとどめることで,A1が本来納付すべき税金額よりも少額の税金を修正申告によって納付することで税務調査を終結させ,併せてC1がA1設立以前に個人で□□等を経営していた時期について税務調査が入らないようにする意図,目的を有していた(被告人がこの意図,目的を認識していたのかについては,後に検討する。)。



     本件打合せでは,前記目的を達成するために,



 税務調査当日に,売上除外の証拠として,C1が所有しているベンツを1300万円で購入した際の領収証をA1の事務所にある金庫内に置いておくこと,



 同じく売上除外の証拠としてC1が現金500万円ほどを持っておくことをB1が提案し,


 被告人も,◇◇の賃貸借契約書を□□の店舗の金庫に保管しておくことを提案し,了解された。


 また,申告用の売上データが残っていたことから,その売上データに1か月あたり数百万円程度を上乗せしたデータを数か月分作成し,それをSDカードに保存しておき,C1が税務調査当日にそのSDカードを持っておくこともB1から提案され,そのとおりにすることも合意された(このデータを被告人がA1のデータと認識していたのかについては,後に検討する。)。


 そして,税務調査当日の進め方についても,C1は,税務調査の際,売上除外について国税調査官から追及されてもすぐには認めずに,ある程度追及されてから認めること,SDカードを含む証拠品については,あらかじめ用意していたことは隠して被告人が見つけたような形をとり,普通の税務調査のように装うことが了解された。

     


 税務調査の際に提供するSDカードについては,本件打合せに基づき,J1が,まず申告用の売上データのページに掛かっているリンクを外して1枚の画像として保存する方法を被告人から教えてもらい,その後は,J1が,前記合意に従って,A1の申告用の売上データのうち,平成20年11月分から平成21年2月分の4か月分の各売上データに,それぞれ240万円から300万円の金額を上乗せしたデータを作成し,それをSDカード(以下「本件SDカード」という。)に保存した。




   エ A1に対する税務調査は,当初予定されていた日には実施されず,平成23年7月21日に行われた新たな事務年度最初の選定会議において,同月28日に行うことが決まり,同月22日の打合せで,着手の時間を午後零時半とすることが決まった。被告人は,同月22日頃,B1に対して,A1に対する税務調査の着手日時,着手場所がA1の事務所と□□の店舗であること,A1の事務所には被告人が行くことを電話で伝えた。






  (3) 本件税務調査当日の状況



    平成23年7月28日,本件税務調査が実施され,A1の事務所の現況調査は被告人とE1上席国税調査官の2人が,□□の店舗の現況調査はK1上席国税調査官及びZ1財務事務官らがそれぞれ担当した。その際,A1の事務所にはC1らが,□□の事務所にはJ1らがおり,これらの者が税務調査に応対した。


    本件税務調査では,本件打合せのとおり,まず,被告人が,A1の事務所の金庫からベンツの領収証を,C1のかばんから現金380万円を,C1の財布から本件SDカードを発見した。被告人がA1の事務所のパソコンで本件SDカードの内容を確認すると,「決算資料」という名前のフォルダで,公表された決算の資料データが保存されていたほか,「A1」という名前のフォルダで,平成20年11月ないし平成21年2月までの4か月間の売上集計表が保存されていたが,それは,同時期の公表されている売上集計表の金額とは異なっていた。また,□□の店舗からは,客の依頼に応じて買ったたばこなどの代金として客から受け取った現金や◇◇の賃貸借契約書などが発見された。


    C1は,被告人やE1からの質問に対し,当初,売上の一部を除外していることを認めていなかったが,しばらくして売上の一部を除外していることを認める供述をし,売上除外で得た資金でベンツを購入したことや,所持していた現金が売上除外によって得た現金であることを供述し,本件SDカードに保存されている金額の意味についても説明した。その後,被告人の指示に従って,C1は,これらの内容についての確認書を作成した。





  (4) 税務調査実施後の状況



    本件税務調査実施後,被告人は,平成23年8月3日付で検討事項一覧表という,上司への報告及び調査先との修正申告額の折衝等に用いるための資料を作成した。平成23年8月3日及び同月5日にD1が西税務署に来署し,被告人などが前記検討事項一覧表を示すなどして修正申告の慫慂を行うとともに,本件SDカードの数字を基に推計された増差所得の金額等についての折衝が行われた。その結果,増差所得の金額及び修正申告に応じることの双方についてA1側との合意が成立し,A1は,これに基づき,平成23年9月1日,平成21年9月期分と平成22年9月期分の修正申告を行った。





 2 法人税法違反(争点②)について



 (1) 平成23年5月28日の打合せの趣旨及び内容



    「前提となる事実関係」(以下「前記前提事実」という。)のとおり,平成23年5月28日に行われた本件打合せは,B1,D1,C1,J1の4名としては,本件税務調査によって,A1の真実の売上除外額よりも少ない売上除外額を国税調査官に把握させるにとどめることで,A1が本来納付すべき税金額よりも少額の税金額を修正申告によって納付することで税務調査を終結させ,併せてC1がA1設立前に個人で□□等を経営していた時期について税務調査が入らないようにすることを目的としていたことは,明らかである(この点は,弁護人も争わない。)。そして,この本件打合せでは,その目的達成のための手段が議論され,その一つとして本件税務調査当日までに本件SDカードが作成されたのである。



    したがって,本件打合せに参加した被告人を除く4名としては,その目的達成のためには,□□と◇◇を併せたA1全体として税務調査を受けることが必要であり,かつ,それを想定していたといえ,本件SDカードに記録された数字についても,あくまでも法人であるA1全体の売上除外額として国税調査官に把握させる必要があったといえる。また,本件SDカードに記録された数字の基になった公表売上は,平成21年9月期から,□□と◇◇の両方の売上が含まれていたのであるから,上記4名としては,公表売上に一定額を上乗せして作成した本件SDカードに記録された数字が,□□のみの売上を意味すると考える基礎自体がないといえる。



    仮に,被告人が供述するように,国税調査官が,本件SDカードのデータが□□のみの売上除外のデータに過ぎないと把握してしまうと,◇◇の存在は既に明らかであるから,A1に対する税務調査はこれで終了することなく,◇◇の売上等に関しても税務調査が続き,A1の納付税額の増加や,C1の個人経営時代の収益に対する税務調査がなされるリスクを抱え込むことになる。したがって,税理士であるB1やD1も加わった本件打合せで,そのようなリスクのある,目的達成にとって意味のない内容の打合せがなされるはずがない。




  (2) 本件SDカードについてのC1の説明

    本件税務調査における本件SDカードのデータの説明に関し,C1は,A1の売上という趣旨で「そのデータが本当の売上です」旨の説明をしたと証言し,被告人も,C1が「□□」という限定をせずに説明したことは認めているから,前記(1)で検討したC1らの目的から考えても,C1は,A1全体の売上という趣旨で本件SDカードのデータを説明したと認められる。





  (3) 被告人の認識及び共謀について



  ア 以上の検討によれば,B1やD1,C1らは,意思を相通じて,本件SDカードのデータから,□□及び◇◇を合わせたA1全体としての売上除外額を把握させる目的で本件SDカードのデータを作成することとし,その趣旨で本件SDカードは作成され,C1は,本件税務調査の際に,その趣旨で本件SDカードのデータについて虚偽過少答弁をしたと認められる。


   イ そこで,被告人が,B1やC1らのそのような目的を認識し,虚偽過少答弁をすることを共謀したといえるかについて検討する。


     そもそも,前記前提事実のとおり,B1は,前述したA1らの脱税目的を達成するために,被告人が本件税務調査を担当するように被告人に依頼をするなど段取りをし,そのとおりになると,その脱税のための本件打合せに被告人を参加させたのであるから,そこでは,当然に,被告人がA1の脱税に関する不正行為に協力することが予定されているといえる。また本件税務調査の際に,事情を知らない被告人以外の国税調査官をだます必要があるから,被告人を含む本件税務調査に関わるB1ら5名は,脱税方法に関する認識を共有して口裏を合わせ,本件税務調査における役割分担を決めることが必要となる。そして,被告人は,本件税務調査当日,前記前提事実のとおり,現に本件打合せで決められた役割に沿って行動している。



     本件打合せに出席した被告人の意図,目的に関し,被告人は,公判廷において,打合せに参加したのは,帳簿データや伝票が廃棄されているため,具体的な不正を把握できない可能性があるため,A1の不正に関する情報を得ようと考えたためであり,本件SDカードは,推計計算により売上除外額を計算することの困難性から,本件税務調査において何の証拠も見つからなかったときの保険として用意してもらったと供述する。しかし,被告人は,本件打合せにおいて,前記前提事実(2)ウ記載のB1らに協力する対応はしたが,それ以上の,A1の売上除外に関するより多くの情報を引き出す行動には出ていない。また,本件SDカードは,税理士であるB1やD1が関与のもと前述した脱税目的を達成するために作成されたものであり,本件SDカードのデータでA1の売上を推計計算してもらう脱税目的達成のための重要なツールとして作成されたことは,前述のとおり明らかである。したがって,被告人の前記供述は,いずれも到底信用することができない。



     したがって,このようなこれまでの経緯や本件打合せの内容,本件税務調査における被告人の行動等を考えれば,本件SDカードの意味や本件税務調査を受ける目的について,被告人のみが他の4人と異なる認識を持っていたと考えることは到底できず,被告人は,B1やC1らの前記脱税目的を認識した上で協力したと考えるのが自然である。



     そして,被告人は,B1が売上データに上乗せする金額を1月あたり100万円から300万円と指示した際,C1やJ1が「そんな額でいいんですか,1日分ですよ。」などと明らかに少ないという趣旨の発言を聞いたことを公判においても認めているから,被告人は,本件打合せの際に,本件SDカードのデータが真実の売上を反映していない虚偽過少のデータであることを明確に認識しつつ,本件SDカードの作成に協力したと認めることができる。



   ウ これに対し,被告人は,公判廷において,本件SDカードに保存されていた改ざん後の売上データは,□□の売上に根拠のない適当な金額が上乗せされたものと認識しており,A1の売上データとして記録されているとの認識はなく,本件税務調査の処理も,□□に関してのものである旨供述する。



     しかし,まず本件打合せに参加した被告人以外の4名は,本件SDカードをA1の売上を表すものとして国税調査官に把握させる目的で作成したことは,前述のとおり明らかであり,本件打合せの際に本件SDカードについて,□□や◇◇といった店舗の別を意識した議論がされていないことは被告人も認めるところである。したがって,C1やB1の協力者として税務調査を行う立場の被告人のみが,本件SDカードの意味を勘違いをしていたというようなことは,当時の状況や被告人の立場からしても,到底,考えられないことは,前述したとおりである。



     また,西税務署は,本件税務調査に先立って,A1が□□以外の◇◇という店舗を経営していたことは,被告人の報告もあり既に把握していたし,被告人は,本件打合せで,◇◇の事務所の賃貸借契約書を本件税務調査で発見できるように提案したり,本件税務調査時にC1に平成21年9月期の申告について◇◇の売上は反映させていない旨の確認書をC1に作成させたりしているから,被告人としても,本件税務調査において,◇◇を含めたA1の収益に関する情報をC1に提出させようとしていたことは明らかである。そして,A1の収益を把握する上で本件SDカードが重要な役割を果たすことは,被告人も,その職責上,当然に認識していたと認められる。



 さらに,本件税務調査後にA1に対する税務調査の経過及び結果を記載し,保管するために作成された税務署内部の文書では,本件SDカードのデータはA1の実際の売上を表す数字として位置づけられており,それが□□のみの売上であると考えられるような表記は一切ない。また,平成23年8月以降複数回にわたって作成された検討事項一覧表の全てにおいて,平成21年9月期と平成22年9月期のA1の増差所得の金額を算出するにあたり,両期の資産・負債勘定において,「保証金」「◇◇分」として各500万円の計上がされており,これは,被告人が本件税務調査の際に見つかるように段取りした◇◇の賃貸借契約書に基づくものであって,被告人が,平成21年9月期の増差所得額の算出において,◇◇の売上除外を含めた処理をしようとしていたことの証左といえる。


     よって,被告人の前記公判供述は,到底信用できない。



   エ そして,被告人の捜査段階の各供述調書の中核部分は,以上の客観証拠等を踏まえた検討結果に合致する合理的な内容であり,信用することができる。



   オ 以上の事情に照らせば,被告人は,本件SDカードはA1の真実の売上額が記載されたものとして扱うというB1やC1らと同じ認識のもと,B1,D1,C1と,本件税務調査によってA1の真実の売上除外額よりも少ない売上除外額を国税調査官に把握させることを共謀したと認めることができる。



     なお,A1の平成21年9月期の税務処理に関する弁護人の主張は,本件争点との関連性が必ずしも明らかではないが,◇◇の簿外経費が不明なまま処理が終わっているとの主張については,その点が分からなくても資産面の裏付けから所得の割り出しは可能といえるから,採用できない。



 また,本件税務調査時にC1が作成した平成21年9月期の申告について◇◇の売上は反映させていない旨の確認書が,法人税決議書(甲10)等には綴られず,別冊資料に綴られているのは,平成21年9月期のA1の申告は◇◇の売上が抜かれていると理解していた被告人(この点,D1は,前記前提事実(1)のとおりに被告人に説明したと証言するが,被告人がC1に◇◇の売上除外に関する前記確認書を作成させていることを踏まえると,平成21年9月期のA1の税務処理に関する被告人の理解は,被告人供述のとおりであると認められる。)が,本件税務調査後に本件SDカードの内容を検討すると,そのデータは被告人が◇◇の売上が抜かれていると考えていた平成21年9月期の一時期の売上データに根拠のない数字を上乗せしたものであり,他方で,本件税務調査による平成21年9月期の検討は,平成22年9月期のように□□と◇◇の売上が別途に検討されたものにはなっていないことから,この◇◇に関する確認書を法人税決議書に綴ってしまうと,平成21年9月期の◇◇の売上についての調査,検討が不十分と判断される可能性があり,前記脱税目的を達成できなくなるリスクが生じることから,綴らなかったと考えれば説明のつくものである。



     したがって,いずれも,前記認定に影響する事情ではない。



     よって,被告人には,虚偽過少の電磁的記録の提示及び虚偽過少の答弁をすることにつき故意があり,共謀もあったことが認められ,判示第1の2の事実が認められる。





 3 国家公務員法違反(争点①)について


  まず,国家公務員法100条1項の「秘密」とは,非公知の事実であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解される(最決昭和52年12月19日刑集31巻7号1053頁,最決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁)。


   本件税務調査について検討すると,本件税務調査は無予告の税務調査であり,その日時は,国税局の当該税務調査関係者以外の第三者には知らせない事実であるから,非公知の事実である。そして,無予告の税務調査は,調査対象者に対して調査の事前予告をすると,証拠の隠滅等によって,調査対象者のありのままの実態の把握や申告内容の適正さの確認ができなくなり,税務調査の実効性が確保できない事案について実施されるものである。そうすると,無予告税務調査の事案においては,現金監査などの調査手法を教示しなくとも,その日時を対象者に教示すれば,それによって帳簿類の破棄や隠滅などがなされ税務調査の実効性が確保できなくなるおそれが高いから,その日時は税務調査の目的達成のため,実質的にも秘密として保護するに値するものというべきである。


   よって,本件税務調査の日時は,国家公務員法100条1項の「秘密」に該当する。



   なお,弁護人は,本件打合せ等において資料等の準備がされており,本件税務調査当日にいかなる事実が出てくるかは決まっているから,本件税務調査の日時は,実質的に秘密として保護するに値するとはいえない旨主張する。



   しかし,弁護人の主張は,実質的には,無予告の税務調査を行う側と調査を受ける側とが事前に真実の売上等を隠蔽するための口裏合わせをするといった不正行為が既にされているのであれば,証拠の隠滅などがされる余地はなく,税務調査を無予告で行う実質的な意味がないから,無予告の税務調査の日時は,国家公務員法100条1項の「秘密」でなくなるというものであって,暴論というべきである。



 無予告の税務調査の日時が実質的に秘密として保護に値するかは,そのような不正行為がされない,通常の税務調査を前提に判断すべきである。また,そのような不正行為が行われた本件においても,本件税務調査の日程が知らされたことによって,C1は,本件打合せに従って具体的な準備行為を始めることができており,無予告の税務調査の趣旨は,本件税務調査の日時の教示によって十分潜脱されている。

   よって,弁護人の主張は到底採用できない。





 第3 加重収賄(争点③)について



1 争点判断の中核となる証拠


   被告人は,捜査段階における検察官の取調べ及びB1を被疑者とする贈賄被疑事件における刑事訴訟法227条による証人尋問の双方において,120万円をB1から受け取ったことについて,具体的かつ詳細な供述をして認めていた(なお,3回目の勾留となった加重収賄での被疑者勾留の後半は黙秘をしている。)。このため,争点③の判断にあたっては,これら被告人の捜査段階における自白(以下,検察官に対する供述及び別事件の証人としての証言の双方を指すものとする。)の信用性判断が中核となる。



 2 捜査段階の自白の信用性等の検討



  (1) 取調べ初期の自白が,その後一貫して維持されていること


  ア 被告人は,平成25年8月28日午後6時38分に法人税法違反の被疑事実で通常逮捕されたが(当裁判所に顕著な事実),同日,逮捕に先立つ任意同行後の午後2時過ぎ頃から行われた任意取調べにおいて,金銭の授受について付随的に事情を聴取された際,本件税務調査に関する謝礼の趣旨で,B1から現金120万円を受け取ったこと,受け取った時期がA1に対する本件税務調査後,A1の修正申告がされた平成23年9月1日と近接した時期であったことを,取調べ開始から数時間以内には認め,受け取った状況等についても具体的に供述している。そして,被告人は,逮捕状執行後の弁解録取手続においても,これと同様の供述をし,録音録画された同手続の取調べDVDの様子からも,取調官からA1の税務調査に関して謝礼をもらっているのではないかと尋ねられ,逡巡する様子を見せながらも,素直に自発的にはっきりと上記供述をしたというB2検事の証言に沿う供述態度を見て取ることができる。この点,被告人作成の被疑者ノートの同日欄を見ても(この日の欄の記載は,同年9月4日に書いたものである。),この点の取調べについての不満は記載されておらず,検察官からの誘導があったとの事実も認められない。


     もっとも,被告人は,同年10月4日に加重収賄の被疑事実で通常逮捕されたが,以後は供述調書が一通も作成されていない。しかし,その間の被疑者ノートの記載を見ても,120万円の受取りについては一貫して認めており,120万円を受け取った日についての記憶が曖昧になっていることを述べているにすぎない。このような経緯は,家族にまで取調べが及んでいることへの不満等から,黙秘したり感情の浮き沈みが激しくなったりして調書作成に至らなかったが,120万円を受け取ったのが平成23年9月10日だったかどうか分からなくなったという点以外は,その授受及び趣旨については一貫して認めていたというB2検事の証言に符合する。



     このように,被告人は,当時,現職の国税調査官であったが,本件税務調査における不正行為に関連してB1から120万円を受け取ったという自らの刑事責任に極めて大きな影響を与える不利益な事実を,逮捕前の検察官からの初めての,かつ,任意の取調べにおいて,検察官から不当な取調べを受けたわけでもないのに,取調べ開始から数時間以内には認める供述をしているのである。



   イ また,被告人は,逮捕後も,受取日が曖昧になった点以外は,時系列順に,B1を被疑者とする贈賄被疑事件での裁判所における証人尋問,加重収賄の事実での弁解録取手続,勾留質問,国税庁監察官の事情聴取と様々な場面で同様の供述をして,公訴提起に至るまで,一貫して自白を維持している。


   ウ このような供述状況から,捜査段階の自白には高い信用性が認められる。




  (2) 当時の口座からの出金状況との整合性


   ア 被告人は,毎月父母に,12万円ないし15万円を生活費等として手渡しているところ,その原資は,給与振込口座である被告人名義のゆうちょ銀行口座であるが,その取引履歴をみると,平成23年8月18日から平成24年1月14日までの期間以外は,それ以前もそれ以後も,給与の振込み後しばらくして,毎月定期的に10万円を超える金額の引出しがあるのに対し,上記の期間においては,給与やボーナスの振込みはあるのに,10万円を超える金額の引出しが一切ない。このことからすると,被告人がB1から現金120万円を受け取り,これを生活費として費消したという被告人の捜査段階の供述は,かかる口座からの出金状況からも一定程度裏付けられているといえる。



   イ この点,被告人は,公判廷において,要旨,総勢10名ほどで名古屋へ出張する予定があった調査案件があり,平成23年7月2日から同年8月19日にかけての4回に分けて,後輩の飲食代金を出せるよう多めの金額を出金し,自宅の手提げ金庫に入れていたが,出張がなくなったため,上記期間はこれを使っていたので,口座から現金を引き出す必要がなかったと供述している。


     しかし,この別件の税務調査は,9月中旬の着手予定であったから,着手日の1か月以上も前にそのための現金を繰り返し引き出すというのは不自然だし,また,この時期は,通常の時期よりも,両親に賞与後の10万円を渡したり,異動期の歓送迎会や夏季休暇中の家族旅行等多額の出費が必要であったりしたことを考えると,合理性に欠ける供述である。




  (3) その他信用性を支える事情


    また,120万円の受取り時期についても,A1の修正申告が行われた平成23年9月1日以降の日時であることを手掛かりとして,被告人が逮捕当日に供述したETCの使用履歴などにも整合する内容であり,他の証拠関係とも符合する。


    さらに,被告人は,捜査段階で,B1から渡された封筒に「120」と書いてあったことから,渡された金額が120万円であると思ったこと,当該封筒が被告人が取引をしていない銀行の封筒であり,その封筒の中に現金を入れて金庫の中に保管しておくのが嫌な気がしたため,封筒を捨てたこと等の供述は,検察官の創作で記載できるような内容ではない。



  (4) なお,弁護人は,被告人に対する取調べの全過程において録音録画がされていないため,取調べにおいて供述の誘導等がされたなどとして,被告人の捜査段階の供述の任意性に疑いを差し挟むべきである旨主張する。


    確かに本件では,被告人の取調べの全過程の録音録画はされていないが,供述の任意性に疑いを入れるような具体的事情は見あたらないし,前述したようにB1を被疑者とする贈賄被疑事件における刑事訴訟法227条による証人尋問においても,被告人は,検察官に対する供述と概ね一致する内容を詳細に語っているのである。


    したがって,弁護人の主張は採用できない。





 3 被告人の公判供述の不合理性


   これに対し,被告人は,公判廷において,本件税務調査に対する報酬は受け取っておらず,逮捕前の検察官からの取調べで認めた理由について,頭の中で100万円のイメージが浮かんで勘違いして答えてしまったが,きれいな数字の金額は,不正資金のイメージがあるため,端数を付して120万円と言ったなどと供述する。


   しかし,賄賂の授受という被告人にとって重大な事項が尋ねられている場面で,一切金員を受け取っていないのに,100万円のイメージが浮かんで勘違いするという話自体が理解し難い上,100万円にしろ120万円にしろ,賄賂である以上は不正資金であることに変わりはないから,不正資金のイメージを回避するために120万円と言ったという供述も不合理で説得力に欠ける。


   また被告人は,B1から平成25年1月ないし2月頃に子供の学費として100万円を借り入れていることとの記憶の混同から,捜査段階において120万円の受取りを認めた旨供述する。


しかし,この借入れは被告人の逮捕と比較的近接した時期のものである上,その目的は,子供の学費の工面であり,最終的には学資保険の返戻金で返済したというのであるから,賄賂の受け取りとこうした借入れとの記憶の混同というのは考え難い。


   なお,弁護人は,120万円の支払について,F1側で作成されていた裏帳簿である分配表にその旨の記載がないことを指摘するが,分配表は,F1への顧問先等からの入金を誰にどのように分配するのかを記載したものにすぎず,分配された資金の使途先まで記載される性質のものではない。そうすると,分配表に記載がないことから,B1が被告人に120万円を支払っていないことが裏付けられるものではない。




 4 小括


  (1) 以上によれば,被告人の捜査段階の供述は,十分信用することができ,公判供述は信用することができない。したがって,被告人がB1から120万円を受け取ったことが認められ,その受取りの時期は,ETCや被告人の携帯電話にインストールされていたゲームの位置情報などから,平成23年9月10日頃であると認められる。



  (2) 現金120万円の賄賂性とその認識



    被告人が,B1から120万円を受け取った時期は,A1の修正申告がされた同月1日と近接している。また,前述のとおり,被告人は,A1に対する本件税務調査において,税務署職員の立場からA1側の不正行為に加担し,本件打合せにおいて事前にA1側の関係者と虚偽過少の答弁をする旨協議した上,B1に本件税務調査の日程を教示し,本件税務調査当日は,本件打合せに基づき,C1がE1らに対し,虚偽過少の答弁をした際,それが発覚しないように取り計らうなどの職務に関連する不正行為を行った結果,A1は,真実の売上除外額の発覚を免れており,同社の修正申告時期と近接した時期にB1から120万円を受け取っていることからすると,この120万円は,本件税務調査における不正行為に対する謝礼の趣旨を有する対価であるといえ,被告人もそのことを十分認識していたといえる。


   よって,被告人に加重収賄罪が成立する。



 第4 本件書面の交付に関する国家公務員法違反(争点④)について



1 被告人の犯人性について



 (1) ミセダス内に管理された事業者の店舗等に関する情報は,大阪国税局及びその管内の税務署職員等のみが知ることができ,税務調査の対象の選定に利用される非公開情報であり,国家公務員法上の秘密性を有するものである。A2公認会計士事務所で差し押さえられたUSBメモリー内に,ファイル名「111004_照会内容」と題するワード文書が保存されていたが,このワード文書の内容とミセダス内に管理された風俗店△△奈良店の情報(以下「本件ミセダス情報」という。)を比較すると,いずれも非常に詳細で情報量も多いところ,店舗IDの数字の1桁が違うという些細な食い違いがあるくらいで,両者は高い精度で一致しており,このワード文書は本件ミセダス情報が記載されたものであると認めることができる。


そして,これは,平成23年10月頃に,B1の子であるA2(以下「A2」という。)が,B1から,清書しておくようにと手書きの書面を渡されて,それと同じ内容を入力して保存したものと認められ,税務署職員等ではないB1が本件ミセダス情報の内容を記載した文書を保有していた以上,B1は,税務署職員を通じ,直接又は間接にこれを入手したといえる。



  (2)ア 風俗店△△奈良店を経営していたS1は,平成23年9月頃にB1と初めて会い,同月中にB1と顧問契約を締結した後,同月半ばに,B1に対して,大阪,京都,奈良の3店舗で,△△の屋号でデリバリーヘルスを経営しているという話をしたこと,B1から,同月半ば過ぎから同月末頃にかけて,国税にいる知り合いを通じて,国税当局がS1に関してどの程度の調査を実施しているか調べてやろうかと持ちかけられたことが認められる。そうすると,B1としては,同月半ば以降に△△に関する情報を必要とするに至ったということができるが,ミセダスに記録された情報は随時更新されるものであることからすれば,B1としては,平成23年9月と近接した時点でのミセダスに記録された情報を必要としていたというべきである。



     そこで,平成23年9月と近接した時点での本件ミセダス情報に関するアクセス履歴についてみると,同年10月4日に被告人のユーザーIDにより,「△△奈良店」と「奈良△△」の各ミセダス情報が続けて閲覧,印刷されていることが認められる。なお,平成23年中,これ以外には,同年8月9日と同年12月22日に,T1のユーザーIDにより,「奈良△△」を閲覧した履歴があるが,「△△奈良店」は閲覧していない。さらに,被告人のユーザーIDによる上記検索の直前には,被告人のユーザーIDにより,「S1」について課税事績検索と印刷が行われていることも認められる。



     そして,A2が入力して保存した前記ワード文書には,△△奈良店に加え,奈良△△に関する情報も入力されており,被告人の閲覧履歴と合致するのに対し,T1の閲覧履歴とは合致しない。



     また,A2のデータ作成手法を踏まえると,A2が作成した前記データのタイトルである「111004_照会内容」の数字部分は,日付を意味すると考えるのが合理的である。そして,この数字部分からは,平成23年10月4日という日付がうかがわれ,これは被告人が本件ミセダス情報を閲覧した日と同一である。仮に,同日のうちにB1とA2が会っていなかったとしても,A2は,B1から手渡されたメモなどに日付が記載されている場合には,後日それをデータ化した際にその日付をファイル名に含めて記録することがあるため,B1から渡された書面に10月4日という日付が記載されていた可能性もあり,これは被告人が本件ミセダス情報を閲覧した日と合致する。そして,平成23年10月4日にB1とA2が会っていなかったとしても,同日に検索した本件ミセダス情報を,同日付けのファイル名で,後日作成,保存することは可能であるから,弁護人が主張するような無理があるとはいえない。



     いずれにしろ,B1がA2にデータ化を指示した本件ミセダス情報は,被告人から入手した情報といってよい。



     これらのほか,弁護人は,B1が情報の入手元の発覚を危惧していたのであれば,印刷日を本件書面に記載することの不自然さをも指摘するが,仮定的な主張に過ぎず,それほど不自然であるともいえない。





   イ 以上の検討に加え,前記(1)のとおり,ミセダスに記録された奈良△△及び△△奈良店の情報と,A2が入力したデータの情報がほぼ完全に一致していることに照らし,被告人が書面に印刷されたこれらのミセダスの情報をB1あるいはF1関係者に渡したという被告人の捜査段階の供述は信用性が高い。



   ウ これらによれば,被告人が直接又はF1関係者を介してB1に本件書面を交付したことが,合理的な疑いなく認められる。




  (3) そのほか,平成23年10月4日における被告人,B1,D1及びI1の各行動状況に関する関係各証拠やA2が作成した前記データのタイトル等を踏まえれば,被告人が同日頃に,F1の事務所又はその周辺において,直接又はF1の関係者を介して,B1に対して,本件書面を交付したことも認められる。







 2 小括

   以上によれば,判示第2のとおりの事実が認められる。なお,本件公訴事実の日時,場所,受渡し方法には幅があるが,他の犯罪事実との識別は十分可能であり,証拠上可能な限度で具体化されているから,訴因の特定に問題はない。







  【法令の適用】

  被告人の判示第1の1及び第2の各所為は,いずれも国家公務員法109条12号(100条1項前段)に,判示第1の2の所為のうち,虚偽の電磁的記録提示の点は,刑法60条,平成23年法律第114号による改正前の法人税法162条3号に,前記電磁的記録に関する虚偽の答弁及び現金に関する虚偽の答弁の点は,いずれも,刑法60条,前記改正前の法人税法162条2号に,判示第1の3の所為は,刑法197条の3第2項,1項にそれぞれ該当するが,判示第1の2の虚偽の電磁的記録提示と各虚偽答弁とは1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により犯情の最も重い虚偽の電磁的記録提示の罪の刑で処断することとし,判示第1の1,2及び第2の各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第1の3の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその刑に算入することとし,被告人が判示第1の3の犯行により収受した賄賂は没収することができないので,同法197条の5後段によりその価額金120万円を被告人から追徴することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。



  【量刑の理由】

 1 現役の国税調査官であった被告人は,悪質事案等の税務調査を通じ,法人税の適正な賦課徴収を責務とする,西税務署に設置された特別調査班という部署の次席として,事案処理などを任される立場にあったところ,従前から内部資料を提供することなどを通じて癒着していたB1らと共謀し,その地位を悪用して,無予告の税務調査の日程を漏えいし,税務調査に先立つ対象法人側の打合せに参加し,主要な証拠のねつ造にまで自ら関与したのであり,不正行為への関与の程度は積極的かつ重大である。被告人のこうした行為は,本来不正行為を取り締まる立場の者が不正行為そのものに協力した行為といえ,悪質な犯行である。また,その結果,A1は法人税ほ脱に成功しており,被告人の不正行為によって,税の適正な賦課徴収事務の根幹が侵害されたといえ,この点は,被告人の責任をより重くする事情として評価すべきである。さらに,被告人は,このような国税調査官の職務の根幹にかかわる不正な職務行為に対する謝礼の趣旨で,B1から比較的多額の現金を受け取っており,この点も,かなり悪質である。また,被告人は,A1に関する一連の事件の後も,B1へ内部情報を提供するという税務署職員としての地位を利用した不正行為を繰り返しており,被告人の職業的倫理観,規範意識は,相当歪んだものになっていたというほかない。


   本件各犯行は,公平中立に租税の賦課徴収を行うという税務行政に対する国民の信頼を根幹から揺るがしかねないものである。そして,これらがB1との継続的な癒着関係を背景とし,税務署職員としての立場を悪用しての行為でもあることを考えると,その悪質性の程度は高く,被告人の行為には強い非難が妥当する。


 2 その他の事情を検討するに,被告人が,捜査段階において事実関係を素直に供述して真相の解明に協力したといえることは,被告人の量刑を考える上で考慮すべきである。しかし,被告人は,公判廷において,その捜査段階の供述を翻して自己の責任を否認し,開き直りとも取れる言動を繰り返しており,真摯な反省の情はうかがえず,この点をも踏まえると,捜査段階における自白を量刑上考慮するといっても限度があるといわざるを得ない。また,被告人に前科前歴がないことや懲戒免職処分により一定の社会的制裁を受けているといった事情も量刑上考慮するが,その程度は限定的である。


 3 以上の検討によれば,被告人の刑事責任は重く,実刑が相当であり,前記被告人のために酌むべき事情は,刑期の面で考慮することとした。


  よって,主文のとおり判決する。


 (求刑 懲役3年,主文同旨の追徴)

   平成27年4月17日

     大阪地方裁判所第12刑事部

         裁判長裁判官  遠藤邦彦

            裁判官  臼倉尭史

   裁判官宇田美穂は転補のため署名押印することができない。

         裁判長裁判官  遠藤邦彦