プライバシー権(10)



 本日は最高裁判所第3小法廷判決/平成9年(行ツ)第21号 、判決 平成13年12月18日 、最高裁判所民事判例集55巻7号1603頁について検討します。






【判示事項】



 公文書の公開等に関する条例(昭和六一年兵庫県条例第三号)に基づき個人情報の記録された公文書の公開請求を本人及びその配偶者が共同でした場合に当該情報が個人情報に関する非公開事由を定めた同条例八条一号に該当するとしてされた非公開決定が違法とされた事例 









【判決要旨】



公文書の公開等に関する条例(昭和六一年兵庫県条例第三号)に基づき個人情報の記録された公文書の公開請求を本人及びその配偶者が共同でした場合に、当該公開請求自体から本人自身による請求であることが明らかであり、同条例には自己の個人情報の開示を請求することを許さない趣旨の規定等は存在せず、当時、兵庫県では個人情報保護制度が採用されていなかったという事実関係の下においては、当該情報が個人情報に関する非公開事由を定めた同条例八条一号に該当するとしてされた非公開決定は違法である。















理   由





  上告代理人岸本昌己、同藤井俊信、同西馬克幸 同松田洋通、同前田啓一郎、同石井孝一、同小倉豊道の上告理由について




一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。




 (1) 被上告人甲野花子とその夫である被上告人甲野太郎は、平成五年九月七曰、公文書の公開等に関する条例(昭和六一年兵庫県条例第三号。以下「本件条例」という。なお、本件条例は平成一二年兵庫県条例第六号により廃止された。)五条に基づき、本件条例の実施機関である上告人に対し、被上告人甲野花子の平成五年五月七日の分娩に関する診療報酬明細書(以下「本件文書」という。)の公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。



 (2) 本件条例八条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開を行わないことができる。」とした上で、



その一号において、「個人の思想、宗教、健康状態、病歴、住所、家族関係、資格、学歴、職歴、所属団体、所得、資産等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定している。





 (3) 上告人は、平成五年九月二〇日、被上告人らに対し、本件文書に記録されている情報は、個人の健康状態等心身の状況等に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないものであり、本件条例八条一号に該当するとして、これを公開しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。





 (4) 本件処分がされた当時、兵庫県には、その機関が保有する個人情報を本人に開示する制度等を定めた条例はなかった



(なお、その後、個人情報の保護に関する条例(平成八年兵庫県条例第二四号。以下「個人情報保護条例」という。)が制定され、平成九年四月一日に施行された。)。





二 本件条例は、兵庫県においていわゆる情報公開制度を採用し、広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認めることなどにより、地方自治の本旨に即した県政の推進と県民生活の向上に寄与することを目的として制定されたものである(本件条例一条)。




一方、後に制定された個人情報保護条例は、同県において、いわゆる個人情報保護制度を採用し、個人情報の開示及び訂正を求める権利を認めることなどにより、個人の権利利益を保護することを目的として制定されたものである(個人情報保護条例一条)。





上記の二つの制度は、本来、異なる目的を有するものであって、公文書を公開ないし開示する相手方の範囲も異なり、請求を拒否すべき場合について配慮すべき事情も異なるものである。




そして、地方公共団体が公文書の公開に関する条例を制定するに当たり、どのような請求権を認め、その要件や手続をどのようなものとするかは、基本的には当該地方公共団体の立法政策にゆだねられているところである。





したがって、広く県民等に公文書の公開を請求する権利を認める条例に基づいて公文書の公開を請求する場合には、本来は、請求者は、県民等の一人として所定の要件の下において請求に係る公文書の公開を受けることができるにとどまり、そこに記録されている情報が自己の個人情報であることを理由に、公文書の開示を特別に受けることができるものではない。






  しかしながら、情報公開制度も個人情報保護制度も、広く地方公共団体において採用され、又は近い採来における採用が検討されているものであって、



兵庫県においても、昭和六一年に本件条例が制定されて情報公開制度が採用され、



平成八年に個人情報保護条例が制定されて個人情報保護制度が採用されたものであるところ、



本件処分がされたのは、本件条例制定後個人情報保護条例制定前の平成五年のことであったというのである。



このように、情報公開制度が先に採用され、いまだ個人情報保護制度が採用されていない段階においては、被上告人らが同県の実施機関に対し公文書の開示を求める方法は、情報公開制度において認められている請求を行う方法に限られている。



情報公開制度と個人情報保護制度は、前記のように異なる目的を有する別個の制度ではあるが、互いに相いれない性質のものではなく、むしろ、相互に補完し合って公の情報の開示を実現するための制度ということができるのである。




とりわけ、本件において問題とされる個人に関する情報が情報公開制度において非公開とすべき情報とされるのは、個人情報保護制度が保護の対象とする個人の権利利益と同一の権利利益を保護するためであると解されるのであり、この点において、



両者はいわば表裏の関係にあるということができ、本件のような情報公開制度は、限定列挙された非公開情報に該当する場合にのみ例外的に公開請求を拒否することが許されるものである。



これらのことにかんがみれば、個人情報保護制度が採用されていない状況の下において、情報公開制度に基づいてされた自己の個人情報の開示請求については、そのような請求を許さない趣旨の規定が置かれている場合等は格別、


当該個人の上記権利利益を害さないことが請求自体において明らかなときは、個人に関する情報であることを理由に請求を拒否することはできないと解するのが、条例の合理的な解釈というべきである。



もっとも、当該地方公共団体において個人情報保護制度を採用した場合に個人情報の開示を認めるべき要件をどのように定めるかが決定されていない時点において、同制度の下において採用される可能性のある種々の配慮をしないままに情報公開制度に基づいて本人への個人情報の開示を認めることには、予期しない不都合な事態を生ずるおそれがないとはいえないが、他の非公開事由の定めの合理的な解釈適用により解決が図られる問題であると考えられる。




 三 このような観点から、本件処分の適否を検討する。




本件処分は、本件文書が個人の健康状態等心身の状況に関する情報であって本件条例八条一号に該当するとしてされたものであるところ、



当該個人というのが公開請求をした被上告人甲野花子であることは、本件公開請求それ自体において明らかであったものと考えられる。



そして、同号が、特定の個人が識別され得る情報のうち、通常他人に知られたくないと認められるものを公開しないことができると規定しているのは、



当該個人の権利利益を保護するためであることが明らかである。



また、本件条例には自己の個人情報の開示を請求することを許さない趣旨の規定等は存しない。



そうすると、当該個人が自ら公開請求をしている場合には、当該個人及びこれと共同で請求をしているその配偶者に請求に係る公文書が開示されても、



当該個人の権利利益が害されるおそれはなく、



当該請求に限っては同号により非公開とすべき理由がないものということができる。




これらによれば、個人情報保護制度が採用されていない状況においては、本件公開請求については同号に該当しないものとして許否を決すべきであり、


同号に該当することを理由に本件文書を公開しないものとすることはできないと解さざるを得ない。



本件処分が違法であるとした原審の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。



  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。



 (裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 奥田昌道 濱田邦夫)












  上告代理人岸本昌己、同藤井俊信、同西馬克幸、同松田洋通、同前田啓一郎、同石井孝一、同小倉豊道の上告理由



  原判決には、以下に述べるとおり、公文書の公開等に関する条例(昭和六一年兵庫県条例第三号。以下「本件条例」という。)の解釈適用の誤りがあり、その違法が判決に影響を及ぼしていることは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。



 一、本件条例第五条には「次に掲げるものは、実施機関に対し、公文書の公開(第五号に掲げるものにあっては、当該利害関係に係る公文書の公開に限る。)を請求することができる。(1)県内に住所を有する者(2)県内に事務所又は事業所を有する個人及び法人その他の団体 (3)県内の事務所又は事業所に勤務する者 (4)県内の学校に在学する者 (5)前各号に掲げるもののほか、実施機関が行う事務事業に利害関係を有するもの」と規定され、第八条には、同条各号所定のいずれかの情報が記録されている公文書については、公文書の公開を行わないことができる旨が規定され、その第一号に「(1)個人の思想、宗教、健康状態、病歴、住所、家族関係、資格、学歴、職歴、所属団体、所得、資産等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定している。



  そして、上告人が公開を行わないこととした公文書は、


「社会保険単独の者であって被保険者であるものに係る診療報酬明細書(入院分)用」で療養の給付、老人医療及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令(昭和五一年厚生省令第三六号)の様式第二(二)に基づいて作成されたものであって、



訴外乙山産婦人科における被上告人甲野花子の平成五年五月七日の分娩に係る入院加療に関する情報(具体的には、


同被上告人に係る保険者番号、被保険者証の記号・番号、氏名、性別、生年、傷病名、保険医療機関の所在地及び名称、診療開始日、診療実日数並びに捻薬、注射、処置等)が記載されたものであり、


同被上告人の健康状態あるいは病歴等に関する情報であって、特定の個人が識別され得るものである。そして、そこに記録された情報は、通常他人に知られたくないと認められるものである。





 二、原判決は、本件条例第八条各号の規定は、



公文書は広く一般に公開されるべきであるとの原則の例外的規定であるから、


その規定の趣旨に即してできる限り狭く解するのが相当であるとし(判決理由一、1)、


同条第一号により公開しないことができるとされている公文書については、個人のプライバシー保護の要請が存在しない限り、たとえ個人情報の記載された公文書であっても、原則に戻って公開としなければならない(判決理由一、2)とした上で、



上告人に対し、被上告人甲野花子の平成五年五月七日の分娩に関し「乙山産婦人科」から兵庫県社会保険診療報酬支払基金に提出し、


須磨社会保険事務所に送付された診療報酬明細書(以下「本件公文書」という。)は、


同被上告人の個人情報に関する公文書であって、そのプライバシーの保護が要請されるのはもっぱら同被上告人の利益のためであるから、


同被上告人が自ら本件公文書の公開を請求する場合には、プライバシー保護の要請はなんら存在せず、


これを非公開とすべき理由はないといわざるをえないのであって、


この場合、本件公文書は本件条例第八条第一号の公文書に該当するものではないというべきである(判決理由一、3)と判示する。







  しかし、このように本件条例第八条を解釈することは、本件条例の定めを逸脱した恣意的な解釈であり、本件条例の解釈適用を誤った法令違反がある。






 (一) 本件条例に基づく公文書公開請求権の内容




  



(1) 憲法第二一条は、国民が国家機関等に情報の提供を求めうる具体的な権利まで保障したものではない。



具体的な公文書の公開請求権は、憲法から直接導き出されるものではなく、それを具体的に定めた法律、条例によりはじめて認められるものであり、


しかもその法律、条例に定められた要件のもとに認められる権利であって、


いかなる公文書を公開の対象とするかは立法政策上の問題である。


したがって、その条文中に、公開を認めない場合が規定されているときには、そのような非公開文書を除外した公文書の公開請求権が具体的な請求権として付与されたとみるべきであって、


一般的包括的な公文書公開請求権なるものが当然に(アプリオリに)存在していて、非公開条項はそのような当然の請求権を制限する条項であるといった考えはとるべきではない。



  してみれば、本件条例の公文書公開請求権も、


本件条例によってそこに規定する要件のもとに創設された権利なのであるから、


公開の対象文書か非公開の対象文書かは本件条例の解釈適用により決せられるベきものであるところ、


条例は、各条項の文言に即しながらその制定の趣旨に従って合理的にこれを解釈すべきであり、


制定者の立法意思は尊重されるべきであって、


条例制定者の意思と離れた解釈を持ち込むことは許されない。





  また、「知る権利」は憲法に基づく権利であるとしても、


その内容は、憲法上はなんら明示されているわけではなく、条例その他の立法によってはじめて具体的になるのであって、


しかも当該権利の内容をいかるものとするかは制定者の立法改策の問題である。


したがって、本件条例に基づく公文書公開請求権の権利内容がいかなるものであるかは、本件条例を制定した立法者の立法意思、趣旨及びその文言に即して決定されなければならない。







  


(2) 本件条例第八条は「公開を行わないことができる公文書」を定めるという形式を採ってはいるが、


その内容は、単に権利を制限する規定ではなく、


法令又は条例の制限によるものはもとより、個人のプライバシー、あるいは法人の事業活動、公共の安全と秩序維持、県と国等との関係、合議制機関の議事運営、実施機関が行う事務事業に係る意思形成上の支障、あるいは当該事務事業の公正、円滑な執行等諸々の観点から公開すべきものと公開しないことができるものを分類し、そこに公開しないことができるとしたもの以外の公文書は公開するということを規定しているのであって、



その実質は、公開の実体的要件を定めたものとみられるのである。



そこでは、公開をすることによって得られる利益とプライバシーあるいは円滑な行政の必要等公開されることによって影響を受ける側の利益の両者が考慮され、


そのバランスの上に公開請求権が認められているのであるから、その公開請求権は、この条例の趣旨に従って解釈されるべきであって、


「公開を行わないことができる公文書」の範囲をできる限り狭く解すべきであるといった原判決の見解は当を得ないものである(東京高等裁判所平成二年九月一三日判決、判例時報一三六二号二六頁参照)。




  しかるところ、本件条例が創設した公文書公開制度は、県民等の誰にでも公開すべき公文書と誰にでも公開を行わない公文書を区別して公開、非公開を決めることとしているのであり、



第八条において右のとおり、公開すべきものと、公開を行わないことができるものとを分類し、公開を行わないことができるもの似外の公文書は公開することとしたものである。




  このことは、次の理由からも明らかである。





  


(イ) 条例の文言上請求権者と請求公文書の個別的な関係如何によって公開、非公開の結果を異にするような規定文言は全く無く、条例の文言上第八条各号に該当する情報が記録されている公文書については請求権者の如何に拘わらず非公開とするものと規定したものと読むのが素直な解釈である。



  さらに、本件条例第八条第一号は「通常他人に知られたくないと認められるもの」と規定し、同号に規定する情報は、特定の個人の主観的判断のいかんを問わず、社会通念に照らして他人に知られたくないと思うことが通常であると認められる情報をいうものと解すべきであることからしても、請求権者とその請求に係る公文書に記録されている情報との関係の如何によって公文書の公開を請求する権利の内容が異なるものではないのである。



  


(ロ) 本件条例は、昭和六一年に、公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開及び情報提供の推進に関して必要な事項を定めることにより、地方自治の本旨に即した県政の推進と県民生活の向上に寄与することを目的として、兵庫県が制定したものである。そして、本件条例の制定趣旨を示すものとしては、本件条例の制定に先立って設置された兵庫県情報公開懇話会の報告(以下「報告」という。)及び本件条例制定後作成された公文書の公開等に関する条例の解釈運用の手引(なお、乙第七号証は、改訂版であるが、当初作成時は昭和六一年九月。以下「手引」という。)が存在する。



  


(a)このうち、報告は、大学関係者、法曹関係者等からなるメンバーにより構成される右懇話会(別添一)による審議結果の成果として、兵庫県知事に報告されたものであるが、


報告によれば、「公文書公開制度と自己情報開示制度とは、その性質、法技術的な対応のあり方において異なるところがあり、また、自己情報開示制度は、総合的なプライバシー保護の体系の中で考慮される必要がある。したがって、自己情報開示制度を含めたプライバシーの保護については、公文書公開制度とは別途に検討されるべき課題である。」とされ、


その説明においては、「懇話会では、公文書公開制度の中に自己情報開示制度を盛り込むべきであるとする意見もあったが、大勢は、自己情報開示制度は、自己情報開示請求の例外の定め方や、訂正権の認め方などについて、なお検討すべき困難な課題があり、さらに、自己情報開示制度は個人情報の収集、管理、利用に関する規制等というプライバシー保護の体系の中で本格的に取り組まれるべきものであるという判断であった。」とされている。



  つまり、報告においては、公文書公開制度と自己情報開示制度とは厳に区別し、立法技術的には公文書公開の条例の中に自己情報開示に関する特別の規定を設けることは可能であるとは考えられるものの、兵庫県の公文書公開制度としては、自己情報開示制度は切り離して検討されるべきものとされている。



  なお、右懇話会においても、将来的には自己情報開示制度の必要性があることを認識した上で、「プライバシー保護の体系的な制度化を速やかに行うことが困難であるということであれば、その制度化へ向けて検討を行う一方で、自己情報については、最小限の配慮として、当面、情報提供に努める必要があろう。」とし、



その説明においても、「自己情報開示制度も、県の保有する情報にアクセスする権利を保障するという点においては公文書公開制度と共通する側面を有することもあるので、プライバシー保護の体系的な制度化へ向けて検討を行う一方で、自己情報については、当面、自己の資格試験の結果等について可能な限り情報提供に努める必要があるとした。」とされている。



  しかし、ここで述べられている自己情報の提供は守秘義務のない情報について純粋に地方自治体の任意の意思に基づき実施するものであり、公文書公開制度によるものではないのであって、右に述べた本件条例の解釈適用に影響を与える趣旨のものではない。





  このように、報告においては、公文書公開制度と自己情報開示制度とを厳に区分したうえで、自己情報については、公文書公開請求権に基づく公文書公開とは別に情報提供に努めることが必要であるとしているのである。




  

(b)手引についても、本件条例第八条第一号に関して「適用除外事項は、請求者のいかんにかかわらず一律に適用されるものであることを前提としていることから、個人のプライバシーに関する情報が記録されている公文書については、当該本人から請求があっても公開できないものである。」



とその解説において明示しており、当該適用除外事項の適用は本件条例上請求権者のいかんにかかわらず一律になされるものであって、同号に規定する情報が記録された公文書については、当該情報に係る本人からの請求があった場合においてもその適用に異なるところはないものとしている。




  また、第一審判決が判示するとおり、「自己情報の開示請求を認める場合には、少なくとも、開示できない場合についての規定、本人確認についての規定、それに関連して、運転免許証など公的確認手段のない場合どうすればよいのか、また、本人でないとされた場合、その決定は争いうるのかについての規定、プライバシー放棄の意思確認の規定及び当該公文書のうち自己情報部分の限定方法などの開示の方法に関する規定等をあらかじめ設けておく必要があるが、本件条例は、自己情報の開示に関する事項を何ら規定していない」(第一審判決三、二、4)という点も、本件条例第八条第一号を解釈する上において見逃してはならない重要な点である。





  


(3) 以上述べたとおり、本件条例第八条第一号の制定趣旨は極めて明確であり、適用除外事項の適用について原審が判示するように、同号に規定する情報が記録された公文書については、当該情報に係る本人からの請求があった場合においても、本人以外の者から請求があった場合と、その適用を同一にすべきである。



  本件条例第八条第一号を原判決の如くに解し、本人による請求による場合に同号所定の公文書の公開をすることは公文書公開制度について定めた本件条例によって自己情報開示を認めることになり、これは右(2)で述べたところから明らかな本件条例の趣旨、及び文言に反し、結局、本件条例に反するものというべきである。





  


(4) 本件公文書は、被上告人甲野花子の平成五年五月七日分娩に関し「乙山産婦人科」から兵庫県社会保険診療報酬支払基金に提出し、須磨社会保険事務所に送付された診療報酬明細書であり、その記載事項からしてこれが本件条例第八条第一号に規定されている「個人の・・・・・・健康状態、病歴、住所・・・・・・に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもの」であり、「通常他人に知られたくないと認められるもの」に該ることは明らかであり、この事実は原判決も前提としているところである。




  しかるところ、原判決は本件条例の趣旨、文言を逸脱若しくは反して、前記のとおり請求者が自己の個人情報に関する公文書の公開を請求する場合、その公文書は本件条例第八条第一号の公文書に該当しないと解釈して、本件公文書の非公開を認めなかったものであるが、原判決のこの解釈が誤りであることは明らかである。



  原判決は、上告人の本件条例第八条の解釈を「制度の趣旨を無視し、文理にとらわれた形式論というよりほかはない。」と判示するが(判決理由一、2)、これは右に述べたような本件条例の趣旨や文言を無視した独自の解釈で誤ったものである。



  公文書公開制度を創設したがゆえに、当該制度が全く想定していない自己情報の開示を認めることになるといったことは、立法者の意思を無視する一方的な解釈であって、三権分立をも侵すおそれのある解釈といわざるを得ない。




  



(5) 若し、原審判示のとおりに本件条例を解釈した場合、例えば、がん患者に係る本件公文書と同様の状況(民間病院において受診した場合)にある診療報酬明細書を請求されたとすると、


どういうことになるであろうか。当該公文書が、本件条例第八条第一号の公文書に該当しないとすれば、同条に規定する非公開文書に該らないことになるので、当該情報に係る本人が本件条例第五条に規定する請求権者に該当する以上、当該公文書は、本件条例上の公開すべき公文書に該当することになり、本件条例第七条の規定により、公開せざるを得ないことになる。




  ところが、自己の情報といえども、自己情報の開示制度を定めた多くめ地方自治体の個人情報保護条例における如く当該情報を本人が知った場合に生じるおそれのある諸問題に対する配慮、その他必要な事項を制度的に整備したうえで開示が実施される必要があるのであり、


それが整備されていない公文書公開制度に便乗して自己情報の開示をするようなことは本件条例は全く予定していないのである。



  原判決の解釈は、県民の公文書の公開請求に名をかりて自己情報の開示を認めることになり、これは第一審判決が判示する「いわばつまみ食い的な規定による情報公開条例の保護規定」(第一審判決第三、二、4)をもって、実質的に個人情報の開示を進めることにつながるのであって、到底容認されるものではなく、公文書公開制度と自己情報開示制度の制度的な相違に関する経験則にも反するものというべきである。







  


(6) 兵庫県は、自己情報開示制度が立法政策上必要であるという認識に基づき平成八年一〇月八日に自己情報開示制度を定めた個人情報の保護に関する条例・(平成八年兵庫県条例第二四号。以下「保護条例」という。)を制定し、同月九日に公布するに至った(別添二)。



  その基本的な趣旨、内容は乙第一四号証の「兵庫県における個人情報保護制度の在り方について(報告こにそったものであり、自己情報が記載された本件条例第八条第一号に該当する公文書については本人による開示請求が保護条例によって一定の条件のもとに可能となったものである。




  


(7) 以上のような公文書公開制度と自己情報開示制度との条例上の取扱いは他府県でも同様なのである。






  


(イ) 先ず、京都府では、府の公文書公開制度を京都府情報公開条例(昭和六三年京都府条例第一七号)で定めているが、その第五条において公文書の公開しないことができる公文書の範囲を規定し、その第一号において「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、個人が特定され得るもののうち、通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」を掲げており、他には自己情報の開示に関する事項は何ら規定していなかったが、平成八年一月九日に京都府個人情報保護条例(平戍八年京都府条例第一号)を公布し、府の自己情報開示制度をプライバシー保護の体系の中で定めるに至ったのである。京都府は、公文書公開制度と自己情報開示制度について兵庫県と同様の理解に立って条例を制定してきたのであって、京都府情報公開条例においては自己情報開示請求権は認められていないのである。また、先に述べたがんの診療報酬明細書の問題についても、兵庫県の保護条例第一七条第三号の規定に相当するものを条例上規定しているのである(第一三条第五号)。



  


(ロ) 埼玉県では、埼玉県行政情報公開条例(昭和五七年埼玉県条例第六七号)において、県の公文書公開制度を定めているが、埼玉県個人情報保護条例(平成六年埼玉県条例第五号)が平成六年一〇月一日に施行されたことに伴う改正前の同公開条例の規定は、その第六条において行政情報の公開しないことができる公文書の範囲を規定し、その第一号において「通常他人に知られたくない個人に関する情報」を掲げ、また、その第七条において「実施機関は、前条第一項の規定にかかわらず、同項第一号に該当する行政情報について、本人から公開の請求があった場合は、当該行政情報を公開しなければならない。ただし、当該行政情報が同項第二号から第五号までの一に該当するときは、この限りでない。」として自己情報開示を立法技術上公文書公開制度に関する条例の中に特別に(第七条という)明文規定を加えて規定したものであって、原審が判示するような公文書公開請求権に関する条項の解釈として自己情報の公開請求を認めたものではないのである。この点からしても判るとおり、同公開条例第六条第一号による非公開公文書には請求者本人の自己情報に係る公文書も含まれることは明らかである。そう解さなければ第七条の存在意味がなくなるのである。



  また、このようにして自己情報の開示を規定したため、たとえ本人請求の場合であっても開示しないことができる旨の規定も設けて自己情報開示に関するてあてをしているのである。



  ところが、個人情報保護条例の制定により、この第七条に相当する自己情報開示制度が規定されるに至ったので、同条は不要となり、改正によって削除されたのである(同条例附則第三項)。このことは、公文書公開制度と自己情報開示制度について兵庫県と同様の理解に立って、自己情報開示制度がプライバシー保護の整備された体系をもった個人情報保護条例の中で本格的に取り組まれるべきものと考えたからである。



  


(ハ) 大阪府においても、埼玉県と同様である。大阪府では、大阪府公文書公開等条例(昭和五九年大阪府条例第二号)で、府の公文書公開制度を定めているが、その第二章を「公文書の公開」とし、その第八条において公文書の公開をしないことができる公文書を、また、その第九条において公文書の公開をしてはならない公文書の範囲を規定し、同条第一号において「個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態、・・・・・・所得等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」を掲げるとともに、その第三章を「公文書の本人開示及び自己情報に係る記載の訂正」とし、その第一七条において自己情報開示制度を定めている。すなわち、大阪府においても、個人情報保護条例が制定されていない当時には、自己情報開示制度を立法技術的に公文書公開制度の中に特別に明文をもって規定したものであって、右公文書公開条例についても、原審が判示するよう抵公文書公開請求権の解釈として自己情報の開示請求が認められるのではなく、公開請求権とは別に自己情報開示に関する第一七条の規定に基づいて認められるのである。また、同条においては、自己情報の開示請求が認められる場合も、たとえ本人であっても開示しないことができるとする規定や、公文書公開請求に係る手続規定とは別に自己情報開示請求に係る手続規定等も規定されているのである。



  ところで、大阪府においても、大阪府個人情報保護条例(平成八年大阪府条例第二号)が平成八年三月二九日に公布されるに至り、当該条例の中で自己情報開示制度が規定されるに至ったので、大阪府公文書公開等条例第三章は不要となり、改正によって削除されたのである(大阪府個人情報保護条例附則第三項)。このことは、公文書公開制度と自己情報開示制度について兵庫県と同様の理解に立って、自己情報開示制度がプライバシー保護の整備された体系をもった個人情報保護条例の中で本格的に取り組まれるべきものと考えたからである。




  (ニ) 原判決の本件条例第八条第一号の解釈は、以上の他府県における公文書公開制度と自己情報開示制度に関する条例の解釈運用にも反し、これを無視したものであって不当である。




  


(8) なお、診療報酬明細書については、最近、京都市や大阪市において、医師名や病名等を除く部分を開示する事例がみられるが、これは、それぞれの市の個人情報保護条例に基づく開示請求に対して本人に開示したものであって、公文書公開制度を定めた市の条例に基づいてではないのである。あくまで、自己情報開示制度において本人に対して開示したのであって、誰にでも公開するものとはされていないので、念のため申し添える。






 (二) 公文書公開制度と自己情報開示制度との相違




  


(1) 公文書公開制度とは、公文書の公開を請求する権利を保障する制度である。そして、同制度は、開かれた行政の実現のため、公文書は広く一般に公開されるべきであるとの理念の下、公文書は原則として公開すべきものとされ、個人等の私的な権利利益や公的な利益との調整を図る必要性から、一定の範囲の公文書については、公開しないとするものであって、公文書は請求権者の誰にでも公開すべき情報が記載されているものと誰にも公開できない情報が記載されているものとに一般的・画一的に峻別され、また、公開される公文書の範囲は請求者によって異ならないのである。



  

(2) これに対し、自己情報開示制度とは、プライバシーの権利の中心をなすとされる自己情報の開示を求める権利を保障する制度である。


  同制度は、本来的には、個人のプライバシー保護の総合的な体系として個人情報保護制度の中に位置付けられるものである。


  そして、同制度においては、個人のプライバシーの保護を図るため、自己情報は本人に開示すべきであるとの考えから自己情報は原則として開示すべきものとし、ただ第三者の権利利益及び公共の利益を保護する必要性から、一定の自己情報については本人であっても開示しないものとするのである。ここにおいては、個人情報は、当該情報の本人に開示すべき情報と本人であっても開示できない情報とに峻別されるのである。



  


(3) 自己情報開示制度においては、プライバシーの権利そのものが問題となるのに対し、公文書公開制度においてプライバシーの権利が問題となるのは、公文書の公開によってプライバシーの権利が侵害されることがあり得るので、公開に当たってプライバシーの権利に対する一定の配慮ないし調整が必要となるという場面においてであるに過ぎず、公文書公開制度が、プライバシーの権利を具体化するものではない。



  

(4) 以上のように、公文書公開制度と自己情報開示制度とは、行政機関が保有する情報にアクセスする権利を保障するという点において、共通する側面を有することもあるが、両制度は、制度の趣旨・目的を全く異にした本質的に別個の制度であり、その性質、法技術的な対応のあり方においては明確な差があるのである。

  


したがって、このように本質的に異なる制度を、一方の制度を創設するために制定された条例の解釈において他の制度を創設したのと同様の結果になるような解釈をしようとする原判決には、本件条例の定めを逸脱しているというべく、法令の恣意的な解釈適用があるというべきである。




 三、以上のとおり、公文書公開請求権が本件条例の制定により具体的な権利として創設されたものであって、専ら条例の文言に即しつつ立法趣旨にしたがってこれが解釈適用されるべきであり、


本件条例とりわけ第八条第一号の文言及び立法の趣旨が同号に該当する公文書である以上請求者が当該公文書記載の情報の本人であると否とを問わず非公開とすべきものとされていることは明らかであるのに、



原判決は、これを正当に理解せず、無視、逸脱して本件公文書について被上告人が公開を請求する場合には本件条例同号の公文書に該当しないと解釈したもので、その解釈が誤りであることは明らかである。





 四、最近の診療報酬明細書をめぐる動向



  厚生省は原則非開示の方針を示していたが、最近に至り、その方針を変更し、患者本人から診療報酬明細書について照会があった場合には、医師と患者の信頼関係が大事であり、それを開示することで、診療上、支障があってはならないため、病名を含めて医療機関に事前に連絡して問題がなければ開示しても差し支えないのではないかとの考えを示すに至った旨の新聞報道がなされた。



しかし、いずれにしても本件条例による公開請求として本件公文書の公開請求権がないことには変わりがない。

  


仮りに、任意の意思に基づき開示される場合、又は個人情報保護条例によって開示される場合があってもそれは本件条例による公文書公開とは全く別個のことである。




 五、結論



  以上のとおり原判決には本件条例の解釈適用の誤りがあり、それは、判決の結論を決定的に左右するものであるから、判決に影響を及ぼすことは明らかである。



  別添一、二〈略〉