何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由(5)





 同高裁例、他の争点を検討します。
















(2) 控訴人らの被控訴人らに対する慰謝料請求権の有無



  【控訴人らの主張】



  ア 被控訴人らは、住基法に基づき、各被控訴人の電子計算機と電気通信回線を接続し、控訴人らの本人確認情報を大阪府に提供している。これは、被控訴人らの各市長が、公権力の行使として、職務を行うにつきなした行為である。被控訴人らの各市長は、住基ネットに接続すれば、控訴人らの本人確認情報が、住民登録をした地方自治体から外部に漏出し、これにより控訴人らの上記の権利が侵害されることは容易に認識予見できたものであるから、被控訴人らの各市長には、故意又は過失がある。



  イ 控訴人らは、被控訴人らの地方公共団体に住む一般市民である。控訴人らは、前記控訴人ら主張のとおり権利を侵害され、各五万円を下らない精神的損害を受けた。



  ウ よって、控訴人らは、それぞれ住所を有する自治体の被控訴人らに対し、国家賠償法一条に基づき慰謝料各五万円及びこれに対する違法行為(住基法施行)の日である平成一四年八月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。







  【被控訴人らの主張】




  ア 住民票コードを住民票に記載したり、本人確認情報を住基ネット上に保有したり、法定事務について本人確認情報を行政機関等に提供したりするだけで控訴人らの権利を侵害するものといえないことは、前記被控訴人らの主張のとおりである。



  イ 国家賠償法上の違法性が認められるためには、被控訴人らの公務員が個別の国民に対する職務上の法的義務に違反したことが必要である(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)。そして、被控訴人らの各市長の行為について違法性が認められるためには、各人が「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と」当該行為をしたことが必要である(最高裁判所平成五年三月一一日第一小法廷判決・民集四七巻四号二八六三頁)。



  被控訴人らの各市長が住基法に基づいて実施することは、その職務上の法的義務に違反するものではなく、被控訴人ら各市長に上記の注意義務違反行為がないことは明らかであり、その行為は、国容賠償法一条一項の違法性を有するものではない。したがって、控訴人らの慰謝料請求は理由がない。











  (3) 控訴人丁川ら四名の差止め請求権の有無と差止め請求の可否




  【控訴人らの主張(当審追加)】




  ア 住民の住基ネット離脱請求権




   (ア) 住基ネットにより、住民のプライバシー情報が漏出し、これにより控訴人らのプライバシーの権利が侵害され、あるいはその侵害の具体的かつ急迫の危険がある場合には、これを回避するため、差止め請求権の一内容として住基ネット離脱請求権(妨害排除としての住民票コードの削除、妨害予防としての住基ネット使用による本人確認情報の大阪府知事への通知の差止め)が認められる。



   (イ) 上記住基ネット離脱請求権は、次のところからも実定法上の根拠を有するものである。



  個人情報保護法三六条は、「何人も、自己を本人とする保有個人情報が次の各号のいずれかに該当すると思料するときは、この法律の定めるところにより、当該保有個人情報を保有する行政機関の長に対し、当該各号に定める措置を請求することができる。」として、



当該保有個人情報の利用の停止、消去、又は提供の停止が請求できることを規定している。これは、行政機関が保有する個人情報の処理について、情報主体たる個人情報の自己の削除を求める権利及び自己情報の利用提供を拒否する権利を認めるものであり、一定の条件下における本人の個人識別情報の差止め請求の一態様として、利用の停止、消去又は提供の停止請求権を認めようとするものである。



これを住基ネットに即していえば、行政機関が保有する個人識別情報である四情報について、これを住基ネットで運用されることによる第三者への個人識別情報の流出・漏えいを防止し、もって人格権としてのプライバシー権を保護することが必要である。このためには、住基ネットからの離脱を認めるほかはない。このための具体的な離脱の方法は住民票コードの削除を求めることであり、このことが同法の規定する利用の停止請求権を構成する。したがって、住基ネットからの離脱請求権は実定法上の根拠を有するものといってよい。






   (ウ) OECD八原則自己情報コントロール権



  OECD八原則とは、一九八〇年九月三〇日OECD(経済協力開発機構)理事会勧告により定められたものであり、日本もその加盟国となっているものであり、



(1)収集制限の原則、


(2)データ内容の原則、


(3)目的明確化の原則、


(4)利用制限の原則、


(5)安全保護の原則、


(6)公開の原則、


(7)個人参加の原則、


(8)責任の原則と呼ばれるものである。




このうち個人参加の原則は、個人の権利として、



(ア)データ管理者が自己に関するデータを有しているか否かについて、データ管理者又はその他の者から確認を求める権利、



(イ)自己に関するデータを合理的な期間内に、もし必要なら過度にならない費用による合理的な方法で自己にわかりやすい形で自己に知らしめることを求める権利、



(ウ)上記請求が拒否された場合にはそのような拒否に対して異議を申し立てる権利、



(エ)異議が認められた場合には、そのデータを消去、修正、完全化、補正させることができる権利を内容とするものである。





このような個人参加の原則は、OECD勧告においては、データ保護の核心部分として理解されており、個人の自己情報コントロール権を裏付けるものである。そのための法的整備こそがプライバシー保護法となるものであり、OECD加盟国たる我が国に課せられた義務といってよい。



ところが、住民基本台帳法はこの点において極めて不十分である。このためOECD八原則の趣旨に照らせば、現行法上、保護が不十分な自己情報コントロール権について、これを補完するものとして住基ネットからの離脱請求権が認められるべきである。










   (エ) 人格権に基づく差止め請求権に関する判例



  最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決(民集四〇巻四号八七二頁)は、名誉を違法に侵害された者は、損害賠償又は名誉回復のための処分を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると判示している。


本件において控訴人らが主張するプライバシー権は、まさに同判決のいう人格権としての名誉権と同質性を有する重大な保護法益である。同最高裁判決の趣旨からすれば、プライバシー権も排他性を有する人格的権利であり、権利侵害行為に対して妨害排除請求権の行使として侵害行為の差止め請求が認められるべきは当然である。






   (オ) 離脱請求権行使の合理性



   a 離脱請求権は、住基ネットの運用自体の差止めを求めるものではなく、それを請求する特定の個人についてのみ住民票コード番号を削除することにより、容易に住基ネットからの離脱を可能とするものである。このため離脱請求を認容することによる住基ネット制度全体への影響も少なく、プライバシーの侵害行為に対し、侵害を回避するための最小限度の措置により救済が可能となる。したがって、具体的な権利救済方法としても合理的かつ妥当なものである。



   b 住民票コード番号を付することにより控訴人らのプライバシー情報を住基ネット上におくことは、第三者からのアクセスを容易にし、プライバシー情報に対する侵害の危険性は、個別の登録住所地において、住民票の不正交付により受ける個々の権利の侵害とは比較にならないほど甚大である。



   c 仮に住基ネットからの離脱を認めても、住基ネットそのものの運用を困難にするものではなく、当該個人情報自体は登録住所地の市町村に登録されたままであるから、住民基本台帳制度の趣旨を没却することもなく、公共性を阻害することはない。また、控訴人らのような特定個人の住民票コード番号を削除しても何ら制度の障害とはならず、被控訴人らが被る損害はまったくないといってよい。これに対し、離脱が認められないことによる控訴人らのプライバシー権の侵害による不利益の重大性及び危険性は計り知れないものである。受忍限度論によってこのような重大な人格権侵害が許容されるべきでないことは明らかである。



   d 離脱を実行するための手続費用



  控訴人らが住基ネットから離脱するに必要な措置は、単に住民票コード番号を削除するだけであるから、被控訴人らとしても極めて容易になし得ることである。このため、被控訴人らにおいて格別の費用等損害が新たに発生することもない。しかも、実際に住基ネットから離脱した国立市、矢祭町、杉並区、横浜市等の自治体においても、何ら行政上の不都合や障害は発生していない。





   (カ) 以上のとおりであり、控訴人らの同意もないまま、一方的に控訴人らについて住民票コード番号が付されて住基ネット上に控訴人らの個人情報が流出されており、第三者に漏出される危険性は極めて高いものである。したがって、このような危険を回避するため、速やかに控訴人らの住民票コード番号の削除請求及び控訴人らの本人確認情報の大阪府知事への通知に対する差止め請求が認められるべきである。




   (キ) 訴えの追加的変更について



  a 控訴人丁川ら四名は、原審において、同控訴人らがそれぞれ住所を有する被控訴人らに対して、住基ネットを使用しての本人確認情報の大阪府送受信の差止等を求める追加的訴えの変更を申立てたが、原審裁判所は、従前の控訴人らの慰謝料請求と請求の基礎に同一性がないとして訴えの変更を認めなかった。


しかし、控訴人らが、慰謝料の支払を求めたのは、控訴人らのプライバシー等の権利を侵害したことによる精神的損害の賠償を求めたものであり、これにプライバシー等の人格権に基づく妨害排除・予防として本人確認情報の差止め請求を追加したに過ぎないものであるから、


被侵害利益も同じであり、訴訟資料、証拠資料を審理において共通に利用でき、かつ、両請求の主張が社会生活上同一事象、同一紛争、同一権利侵害を基礎としているものであり、請求の基礎に同一性がある。


原審裁判所が、控訴人丁川ら四名の訴え変更の申立てを却下したのは失当である。





   b 被控訴人らは、差止め請求は民事訴訟の形式を取りながら実質的には公権力の行使、不行使に関する訴訟であるとして、両請求の内容が大きく異なり、当審において追加的請求を審理するに当たっては、被控訴人らの同意を必要とすべきであると主張する。しかし、控訴人丁川ら四名が求める差止め請求は、行政事件としての処分の取り消しを求めているのではなく、プライバシー等の人格権に基づく妨害排除請求権に基づく差止めを民事訴訟手続によって求めているのであり、被控訴人らの審級の利益を害するものではない。




   c 仮に、当審において控訴人丁川ら四名の差止め請求について審理することが実質的に被控訴人らの審級の利益を害するものであるならば、上記差止め請求については、原審に差戻されるべきである。





  【被控訴人らの主張】



  ア 訴えの追加的変更について



  (ア) 控訴人丁川ら四名は住基法により大阪府知事に対して本人確認情報の送信を公法上義務付けられている各市長に対して、控訴人らの一部に係る本人確認情報を送信しないように義務付けるものであるから実質的には公権力の行使、不行使に関する訴訟ともいうべきである。そうすると、従前の控訴人らの慰謝料請求と追加的請求の被侵害利益は共通であるとしても、その実質的な内容は異なるものといわざるを得ず、請求の基礎の同一性を欠くというべきである。




   (イ) 仮に、請求の基礎の同一性を欠くものでないとしても、実質的には義務付け訴訟であり、無名抗告訴訟ともいうべきであるから、当審において追加的変更を認めて審理するに当たっては、被控訴人箕面市、同吹田市及び同守口市の審級の利益を害さないように、同意が必要であると解すべきである。そして、上記被控訴人らは、上記同意を予定していないから、訴えの変更は許されないというべきである。





  イ 差止め請求について




  (ア) 差止め請求が認められるためには、



(1)差止めができる排他的権利があること、



(2)違法な権利侵害の危険性があること及び



(3)差止めの必要性があることが必要である。





   (イ) 差止めができる排他的権利の不存在


   a 控訴人丁川ら四名は、差止め請求の根拠として、憲法一三条で保障されたプライバシーの権利(自己情報コントロール権)を主張しているが、その自己情報コントロール権は憲法一三条で保障された権利といえないことは、被控訴人ら主張のとおりである。


   b また、控訴人丁川ら四名は、プライバシーの権利を人格権として基礎づけ、プライバシーの権利の一態様である公権力から監視されない権利や自己情報コントロール権を根拠に差止めを求めているとみる余地もあるが、プライバシーについては、その概念自体が不明確であり、統一的な理解を得られないことから、現段階ではプライバシーを保護する利益を排他的を有する絶対権ないし支配権としての人格権に属するものととらえ、これを根拠に差止めが認容される状況にない(名誉権が、歴史が古く、内容も一義的であって、権利としての成熟性が高いことから、人格権として排他性を認めることに異論がないのと異なる。)。プライバシーの侵害のみを理由として、差止め請求を認めることはできないというべきである。



   (ウ) プライバシーの権利等の侵害やその危険性の不存在



  住基ネットのセキュリティは十分なものであり、住基ネットに人格権を侵害する危険性がないことは、前記被控訴人らの主張のとおりである。




   (エ) 住民の一部の差止めを許容することの不合理性




  住基ネットは、本人確認情報を、国の機関等、都道府県、市町村で共有することにより、行政コストの削減を図ることを一つの重要な行政目的とする全国民、全員参加の制度である。そして、一部でも不参加があると、本人確認情報の共有がなされなくなるから、国の機関等などにおいて、従来のシステムや事務処理を存置せざるを得ないこととなり、住基法の予定する効果を達成することは不可能になる。



  また、住基ネットは、市町村間をネットワーク化し、住民基本台帳事務の広域化、効率化を図ることを一つの重要な行政目的としているところ、不参加を認めることにより、ネットワークが寸断され、他の市町村の効率化が阻害されることは明らかである。このような事態は住基法のおよそ想定するところではなく、情報通信技術を利用して、住民サービスの向上と行政事務の効率化を図ることを目的とした住基法の意義を没却し、住基ネットの存在そのものを否定することにほかならない。




   (オ) したがって、住民の一部の者の住基ネットの使用を差止めることは、住基法は予定しておらず、許されないことというべきであるから、控訴人らの差止め請求は理由がない。