教唆犯(2)






 本日は、最高裁判所刑事判例集 60巻9号 827頁 東京高等裁判所、平成16年12月6日判決について検討します。
















 

 

 

 

 

 

 

 

 本件控訴の趣意は,主任弁護人黒田修…及び弁護人逢坂芳雄共同作成の控訴趣意書(当審弁論を含む。)に記載されたとおりであり,これに対する答弁は,検察官宇井稔作成の答弁書に記載されたとおりであるから,それぞれこれらを引用する。

 

 論旨は,被告人を懲役1年10月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,破棄の上,改めて被告人に対し刑の執行を猶予して,被告人を社会内で更生させる機会を与えることを求める,というのである。

 

 そこで検討すると,本件のうち,法人税法違反は,スポーツイベントの企画及び興行等を目的とする株式会社ケイ・ワン(平成15年8月20日以降の商号は「株式会社K-1」。以下「ケイ・ワン」という。)の代表取締役であった被告人が,ケイ・ワンの代理人として同会社の法人税確定申告手続に関与していた税理士寺窪鎭史(以下「寺窪」という。)及び後記架空仕入等の計上に際して当該取引の相手方となった各会社の代表取締役ないし実質的経営者であった佐藤猛(以下「佐藤」という。)と共謀の上,ケイ・ワンの業務に関して法人税を免れようと企て,架空仕入を計上するなどの方法により,所得を秘匿した上,〈1)平成8年10.月1日から平成9年9月30日までの事業年度におけるケイ・ワンの実際所得金額が1億3927万1437円であったのに,所轄渋谷税務署長に対し,所得金額が7155万9804円で,これに対する法人税額が2115万8600円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,不正の行為により,正規の法人税額4655万0600円と上記申告税額との差額2539万2000円を免れ,(2)同様に,平

成9年10月1日から平成12年9月30日までの3事業年度にわたり,所轄渋谷税務署長に対し,ケイ・ワンの実際所得金額を偽る虚偽の法人税確定申告書を提出し,不正の行為により,正規の法人税額との差額,平成9年10.月1日から平成10年9月30日までの事業年度については3454万5400円,平成10年10月1日から平成11年9月30日までの事業年度については1億3110万6900円,平成11年10月1日から平成12年9月30日までの事業年度については1億1089万2000円をそれぞれ免れたという事案であり,

 

 

 証拠隠滅教唆は,被告人が,東京国税局査察部の国税犯則調査を受けているケイ・ワンの法人税法違反事件につき,平成11年9月期及び平成12年9月期の法人税に係る簿外経費をねっ造するため,平成13年11月上旬ころ,かねてからの知り合いである伊藤寿永光(以下「伊藤」という。)及びモハメド・サリムことモハメッド・セーリム(以下「セーリム」という。)に対し,ケイ・ワン主催のK--1大会へのマイク・タイソン出場に係る違約金条項を含むケイ・ワンとセーリムとの間の内容虚偽の契約書を作成するよう教唆し,伊藤及びセーリムをしてその旨決意させ,これら両名をして,共謀の上,そのころから同月下旬ころまでの間,東京都千代田区内幸町所在の帝国ホテル客室等において,セーリムがマイク・タイソンを前記大会に出場させること,ケイ・ワンはセーリムに対し,マ

イク・タイソンのファイトマネー1000万ドルのうち500万ドルを前払いすること及び契約不履行をした当事者は違約金500万ドルを支払うこと等を合意した旨のケイ・ワンとセーリムとの間の内容虚偽の契約書である書面2通を各作成の上,セーリムにおいてこれら書面に署名するなどに至らせ,伊藤及びセーリムによるケイ・ワンの前記法人税法違反事件に関する証拠偽造を教唆したという事案である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 まず,法人税法違反にっいてみると,ほ脱税額は,4事業年度で合計約3億0193万円の高額に及んでおり,ほ脱率も70%余と高く,その結果は重大である。

 

 

 その手口は,①ケイ・ワンの収益であるK-1大会関連商品の売上金を被告人の実弟や別の会社名義の預金口座に振り込むなどして売上を除外する,②共犯者である寺窪又は佐藤が管理し,又は実質的に経営する会社等にケイ・ワン所有の資金を送金し,これらを架空の外注費や仕入高等として計上する,③ケイ・ワンの第三者に対する貸付金を外注費等に振り替える,④K-1大会に選手を出場させた複数の団体に対し選手育成資金を提供するかのように装って架空経費を計上するというものである。商品の売上げを除外するに際しては,簿外口座に売上げを入金させて売上げを除外するにとどまらず,そのための仕入れ代金を簿外口座を作成したり,実際に資金を移動させて正当な取引に基づく資金移動であることを仮装するなどしているのであって,様々な手段を用いて計画的に敢行された犯行である。架空経費計上のための資金移動は,約3年半の間に15回も繰り返され,総額にして9億7200万円余に達しているが,そのうち相当額(佐藤の供述によれば約4億3100万円,被告人の供述によっても約3億3000万円以上)が被告人のもとに還流しており,多額の法人税を脱税したばかりでなく,大がかりな資金移動

等の工作の結果巨額の簿外資金を被告人個人の裏金として確保したもので,大胆な犯行でもある。

 

 

 

 

 さらに,ケイ・ワンに対する税務調査が入った後,被告人は,後記の証拠隠滅教唆を含む大がかりな罪証隠滅工作にも及んでおり,犯行後の情状も芳しくない。

 

 

 

 被告人は,ケイ・ワンの代表取締役であるとともに,その株式のほとんどを保有する実質上のオーナーでもあるところ,さらに,税理士である寺窪及び被告人の信頼の厚かった佐藤が関与し,両名が税務及び経理に余り詳しくない被告人に対し,具体的な脱税工作を教示,提案したり,脱税工作の一部を実行するなどの役割を果たしている。このようにして,被告人ら3名は,4事業年度にわたり,上記のような様々な手段を用いて,売上除外や架空経費の計上のための工作を繰り返して法人税をほ脱するという犯行に及んだものである。そうした中にあって,被告人は,各期の申告所得金額及び納税額等の大枠を決め,それに応じて共犯者が架空経費等の金額やケイ・ワンの資金の移動先などを考案してくると,これに承諾や指示を与え,所得の圧縮,裏金作りのための工作にも当たらせるなどしていた。このほか,選手育成費の架空計上は,被告人が発案したものであり,貸付金の経費への振替も,寺窪から損金に落とすことはできない旨告げられたにもかかわらず,被告人がなおも求めて実行させたものである。

 

 

 

 ケイ・ワン設立前から行っていたK-1大会関連商品の売上除外をケイ・ワンにおいても継続することを決めたのも被告人である。このように,本件脱税は,被告人が企て,主導することによって敢行された犯行であり,被告人は,本件の主犯として,共犯者の中で最も重い責任を免れない。

 

 

 

 

 

 所論は,被告人には個人的な利欲の目的がなく,実際にも個人的な利得はほとんど得ていない点を情状として評価すべきであると主張し,また,被告人は,脱税行為に及んだ動機として,ケイ・ワンが多額の損失を出した場合に備えて,K-1の破綻を防ぐための手もと資金を確保したかったことをあげ,さらに,前記のとおり被告人のもとに還流してきた裏金は,生活費等被告人の個人的な用途に使ったことはないと供述している。しかし,経営にいかに不安定な要因があるとしても,資金確保の手段として脱税が許されないことには,議論の余地がない。被告人は,

ケイ・ワンから9億7200万円余もの資金を流出させただけでなく,そのうち相当な額を,自己が自由に使うことのできる裏金として確保したものであって,そうした行為は,それ自体強い非難に値する。それらの資金を個人的な利欲目的に使用する意図がなく,現に使用してなかったとしても,それをもって有利に考慮すべき事情ということはできない。

 

 

 

 

 

  

 また,所論は,寺窪及び佐藤は,あたかも被告人の脱税を手伝うかのごとく装いながら,実際には自らの利得獲得に奔走し,多額の金銭を得ていたものであり,両名が主導権を握って被告人を犯行に誘い込んだといえるのであって,両名の本件脱税への関与の度合いには著しいものがあり,その悪質さは被告人の刑事責任の比重を軽減させるに十分である旨主張する。

 

 

 確かに,寺窪と佐藤は,架空経費計上による裏金を自己の借金の返済や経営する会社の事業資金等に充てたいという動機の下に,本件脱税行為に積極的に関与していた事実が認められる。しかし,寺窪及び佐藤のとった行動は,最終的にはすべて被告人の指示や,依頼に基づき,その了解を得て行われている。被告人は,ケイ・ワンの代表取締役であるとともに,実質上のオーナーでもあり,本件は,そのような立場にある被告人が,主犯として企画し,主導して,上記のような態様で実行したものである。寺窪,佐藤が,いかなる思惑や意図から犯行に関与し,その結果としていかに利益を得たとしても,そうした事情は,被告人の刑責を判断する上でおよそ考慮の余地がないというわけではないとしても,その根幹を左右するものではない。また,同じ理由から,寺窪及び佐藤の判決結果と被告人に対する原判決とを比較して被告人の量刑が重すぎることをいう所論も,採用するを得ない。

 

 

 

 

2 次に,証拠隠滅教唆は,平成13年9月3日ケイ・ワンに国税局の査察調査が入ったことから,被告人は,自分が逮捕されたり実刑判決を受けるようなことがあれば,ケイ・ワンがつぶれ,ひいてはK-1大会もなくなってしまうと強く怖れ,刑事事件や税務会計に詳しいと思っていた伊藤に相談したところ,脱税額を少なくする必要がある,架空でもよいから簿外経費を作って国税局に認めてもらうしかない,などというアドバイスを受けたことから,外国人有名プロボクサーをK-1大会に出場させるという計画に絡めて架空の経費を作出しようと思いついた。そして,被告人は,自らセーリムに連絡して協力を依頼し,その承諾を取り付けるなどするうち,伊藤から,契約不履行に基づく違約金が経費として認められることを利用して,違約金条項を盛り込んだ契約書を作ればよいと教えられ,セーリムを相手方としてその旨の虚偽の契約書を作成することを決意し,同年11月上旬,伊藤及びセーリムと3者で会合を持ち,伊藤及びセーリムに対しその作成方を依頼したものである。

 

 

 このように,本件は,既に前記の法人税法違反の犯行に及んでいた被告人が,国税局の査察調査に直面して,責任の追及を免れ,あるいは緩和するために違法行為を重ねたという犯行であり,そこに至る経緯や動機に酌むべきものはない。このことは,所論がいうように犯行の動機が,被告人個人の自己保身を目的としたものではなく,純粋にケイ・ワンやK-1大会の将来を考えてのことであるとしても変わるものではない。

 

 

 本件証拠隠滅教唆は,他人を犯罪に引き込んだという意味で強い非難に値するのみならず,外国人有名プロボクサーの名を使った上,経費に見合う原資を必要とすることなく,巨額の簿外経費が実在するような虚偽の外観を作り出したという極めて大胆かつ巧妙な犯行であって,その犯情は甚だ悪質といわなければならない。また,その後,伊藤とセーリムは,本件虚偽の契約書を真実のものであるとした民事訴訟を,当初セ刑集60巻9号833(871)

一リムの本国であるバングラデシュ人民共和国の裁判所に,次いで我が国の裁判所に,次々と係属させるなどして裁判所の訴訟手続をも利用しているところ,本件犯行が,これらの行為とも相まって,本件脱税の調査,捜査に大きな障害となったこと等もまた量刑上看過できない。

 

 

 

 所論は,原審における証拠調べに加え,当審において取り調べたセーリムの検察官に対する供述調書によれば,①本件罪証隠滅工作は,被告人ではなく,伊藤による主導的かつ計画的な犯行であることが明白になった,②伊藤が,金銭獲得目的のために被告人を利用し,あたかも被告人の刑事責任を軽減させてやるかのように装いながら,被告人及びセーリムを意のままに動かし,巨額の利益を手にしたことが明らかになったなどとして,これらの事実を量刑上十分に掛酌すべきである旨主張する。

 

 

 しかし,被告人は,逮捕,実刑を免れるための方策を伊藤に相談した上,その助言に乗って,罪証隠滅工作であることを十分に認識しながら,次々に伊藤の提案を了解し,資金も提供するなどしてきたものである。このように,本件を含む罪証隠滅工作を,自らの刑責を軽減する手段として採用することを決断し,これを実行するよう伊藤及びセーリムに求めたのは被告人にほかならないのであって,伊藤がいかなる意図や思惑からこれら罪証隠滅工作に関与したか,その結果どのような利益を得るに至ったかなどといった点が,被告人が負うべき責任の根幹を左右するものではないことは,法人税法違反について,寺窪,佐藤の関与に関し述べたと同様である。

 

 

 

 

 

 

3 所論は,①今やK--1は大きく成長し,我が国ばかりか,世界各国で人気のあるスポーツイベントとして定着しつつあることを考えると,これを守ろうとした被告人の心情には酌量の余地がある,②被告人が実刑判決を受けて服役することになれば,K-1の運営は回復不能の打撃を受け,消滅する怖れもあり,これは祉会的に大きな損失である,などと主張するが,いかなる事情があろうとも,脱税や証拠隠滅教唆などといった違法行為によってK-1を守ろうとすることに,酌むべき事情を見出すことはできない。

 

 

 

 K-1がそれだけ著名な存在であり,社会的影響も大きいというのであれば,なおさら厳正な責任追及が行われるべきであり,その上で正しく公正に発展させる必要性が高いともいえる。本件は,新聞やテレビで広く報道されるなど,社会に与えた影響も大きく,国民の納税意識に悪影響を及ぼすおそれも懸念されるところである。特に,被告人が述べるように,空手を通じ青少年を育成する手段としてK-1を作ったというのであれば,被告人の本件犯行が,これら若者に与えた影響も大きいこともまた考慮すべきである。本件量刑を考えるに当たっては,こうした観点も考慮に入れないわけにはいかない。

 

 

 

 以上のような事情を総合すると,被告人の刑事責任は重いというべきである。

 

 

 

 

 

 

4 他方,法人税法違反については,ケイ・ワンにおいて,修正申告の上,被告人が自らの名義で金融機関から借り受けた資金をも加えて本税及び付帯税の全額を完納していること,前記のとおり,共犯者である寺窪及び佐藤は,それぞれ自己の利益を得る動機で犯行の実現に関与しており,その意味で,被告人は,共犯者に付け込まれたという一面があることも否定できないこと,証拠隠滅教唆についても,犯行全般にわたって共者,とりわけ伊藤の存在,関与が大きいことなどの事情が認められるまた,被告人は,法人税法違反,証拠隠滅教唆のいずれの事実について

も逮捕された直後から事実関係を全面的に認め,反省,悔悟の情を示している。

 

 

 しかしながら,このように被告人にとって酌むべき諸事情を最大限考慮しても,上記の被告人の刑事責任の重さにかんがみると,被告人を懲役1年10月の実刑に処した原判決の量刑は,執行猶予を付さなかった点も含めて重過ぎて不当であるということはできない。論旨は理由がない。

 

 

 

 

5 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし(なお,原判決が掲げる罰条のうち,被告人の原判示第2の所為につき,刑法60条を付加する。),主文のとおり判決する。