自転車裁判






 本日は自動車運転過失致死,道路交通法違反被告事件、東京高等裁判所判決/平成25年(う)第178号

、判決平成25年6月7日について検討します。




【判示事項】



 自動車の運転中に人身事故を起こした事案につき,運転者に過失が認められない場合であっても「自己の運転に起因して人に傷害を負わせる交通事故を起こした」との評価ができるとして,道路交通法上の救護義務があるとした事例






LLI/DB 判例秘書登載より引用







【解  説】




1 本件については事案の詳細が掲載されておらず,具体的な事実関係は必ずしも明らかではないが,被告人が自動車を運転していた際,進路前方の路上に倒れていた被害者を轢過して死亡させたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等の必要な措置を講じなかった,という経緯のようである。被告人は自動車運転過失致死及び道路交通法違反(いわゆる救護義務違反)の罪で起訴されたが,前者については過失が否定されたものと思われる。


 本判決は,その上で,自動車の運転者に事故を起こしたことについての過失が認められない場合であっても救護義務を免れるものではないと判断し,被告人に道路交通法違反の成立を認めた。以下ではこの点についてコメントする。




2 運転者の過失がない場合にも道路交通法上の救護義務が発生するかについてはかねてから議論がある。古くは大審院判例にもこれをみることができ,後掲①は,自動車取締令25条の規定(道路交通法の救護義務に相当)について,「自動車交通の取締の必要上設けられしものなれば(中略),自動車の運転がその結果の発生に対して唯一の原因を為せると否と,また自動車を運転する者に故意過失の責むべきものあると否とは固より之を問うを要せざるものと解す」旨を判示した(原文は漢字仮名交じり文であり,旧字体等は適宜改めた)。

         

 その後の裁判例も,結論としては,事故の発生について運転者に過失があると否とを問わずに救護義務を負わせる方向で足並みを揃えているようである。後掲②は,業務上過失傷害罪(当時)について自動車を運転していた被告人の過失を否定した上で,「被告人はその運転する自動車により被害者との衝突傷害事故が発生したことを知りながら被害者の救護等法律の定める必要な措置を講じないでその場を逃走したものと認むべく,その所為は,道路交通法第72条第1項前段,第117条に該当する」として,救護義務違反の成立を認めた。後掲③及び④はいずれも故意に事故を起こした事案であるが,「故意犯である刑法上の傷害罪にあたる行為であつても,それが本件の如く車両等の交通によるものと認められるかぎり,これについて特に同条項の適用を除外すベき理由は見当らない」として救護義務違反を免れないと判示している。いずれの裁判例も基本的な発想は上記大審院判例と同様といえ,救護義務を定めた道路交通法72条の立法趣旨を行政目的,具体的には,道路交通の安全を害する状態が生じた場合,負傷者の救護と交通秩序の回復を速やかに図る必要があるという点に求める考え方に立っている。この目的を達するためには,現場にいる事故当事者等にまずもって各種の措置を行わせるべきであり,これは事故発生についての刑事責任とは関係ない行政上の要請ないし義務である,と解するわけである。

      



3 ところで,道路交通法中,救護義務の罰則規定については改正がなされており,平成19年法律第90号によって法117条2項が新設された。救護義務違反があった場合において,「その人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるとき」に,刑罰を加重する規定である(懲役刑の上限を5年から10年に変更)。また,運転者以外の乗務員等については従来から一段軽い罰則が用意されている(道路交通法117条の5第1号)。このように,立場によって救護義務違反に対する刑罰に差をつけることは,上述の理解に対し疑問を生じさせないではない。純粋な行政目的に尽きるのであれば,その立場を問わず,現場に居合わせた者に等しく義務を負わせるべきとの考えもあり得るからである(後掲a)。

         



 しかし,本判決は,運転者に過失が認められない人身事故についても上記加重規定を適用した。一般に,同項の「運転に起因」とは,当該運転者の運転と交通事故による人の死傷との間に相当因果関係が認められる場合のことをいうと理解されているが(後掲b),それは,交通事故の発生につき運転者に故意・過失がある場合に限定されるものではないとの立場をとったわけである。上述の疑問に直接答える説示は含まれていないが,事故への関与の度合いに応じて,行政上の必要から救護等を要求する程度を変えていると理解することも十分可能であろう。本判決は新設された法117条2項にいわゆる「運転に起因するもの」の意義を明らかにすると共に,この法改正と従前からの裁判例をなお整合的に理解できることを示したものといえ,実務上参考になると思われる。





3 引用した裁判例等



       [裁判例]

        ① 大判大15.12.23(大審院刑事判例集5巻12号586頁)

        ② 東京高判昭44.12.17(高等裁判所刑事判例集22巻6号951頁)

        ③ 大阪高判昭44.1.27(判例タイムズ235号287頁)

        ④ 東京高判昭47.12.6(判例タイムズ289号316頁)

       [文献]

        a 岡野光雄「運転者の過失がない場合と道路交通法72条1項前段の罪」:別冊ジュリスト48号242頁以下収録

        b 道路交通執務研究会編著「執務資料道路交通法解説」16訂版1243頁

        (LIC提供)









       理   由


 自動車を運転中,進路前方の路上に倒れていた被害者に自車前部を衝突させた上,れき過し,同人に骨盤骨折等の傷害を負わせた事案においては,運転者に過失が認められない場合であっても,「自己の運転に起因して人に傷害を負わせる交通事故を起こした」と評価できるから,救護義務違反の点は道路交通法117条2項,同条1項,72条1項前段に該当する。




    【主文は出典に掲載されておりません。】




第百十七条  車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

2  前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

 

 

(交通事故の場合の措置)

第七十二条  交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

2  前項後段の規定により報告を受けたもよりの警察署の警察官は、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止するため必要があると認めるときは、当該報告をした運転者に対し、警察官が現場に到着するまで現場を去つてはならない旨を命ずることができる。

3  前二項の場合において、現場にある警察官は、当該車両等の運転者等に対し、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な指示をすることができる。

4  緊急自動車若しくは傷病者を運搬中の車両又は乗合自動車、トロリーバス若しくは路面電車で当該業務に従事中のものの運転者は、当該業務のため引き続き当該車両等を運転する必要があるときは、第一項の規定にかかわらず、その他の乗務員に第一項前段に規定する措置を講じさせ、又は同項後段に規定する報告をさせて、当該車両等の運転を継続することができる。

   (罰則 第一項前段については第百十七条第一項、同条第二項、第百十七条の五第一号 第一項後段については第百十九条第一項第十号 第二項については第百二十条第一項第十一号の二)




LLI/DB 判例秘書登載より引用