税賠(12)





 本日は 東京地方裁判所判決/平成11年(ワ)第11889号 、判決 平成13年10月30日、 判例タイムズ1101号192頁について検討します。








一 本件は、税理士の専門家責任が問われたケースである。



  Xらは、税理士Yに、相続税申告手続を委任したが、Yは、申告の際に相続財産の評価を誤り、不適切な書類を添付したため、本来納付すべき相続税よりも高額の相続税を課税された。そのため、Xらは、別の税理士Aに税務署長に対する減額更正の嘆願申請を委任したが、その結果、申請の一部につき総額で六〇〇〇万円余減額された。


  そこで、Xらは、Yに対し、本来納付すべき額は減額更正の嘆願申請したものすべてであるとして、実際に減額更正された後の課税額との差額及び税理士Aに対して支払った報酬を債務不履行に基づき損害賠償請求をした。なお、本件で相続人として相続税申告手続をしたのは五人いるが、Yはそのうちの一人の配偶者である。本件訴訟を提起したのは五人のうちXら二人であるという事情がある。



  本件の争点は、〈1〉Yに、相続財産の評価及び相続税申告手続に関して注意義務違反があったか、〈2〉Xらの被った損害の有無及び額であった。



  二 本判決は、要旨次のとおり判示して、Xらの請求を棄却した。


  すなわち、本判決は、


(1)税務代理を委任された税理士は、専門家として租税関係法令及び実務に精通し、委任の趣旨に従って誠実に実務を処理し、特別の事情がない限り、法令に適合する範囲内で依頼者にとって最も有利な方法を選択して依頼者の利益の最大限確保すべき義務がある。したがって、Yには、相続税額算定の前提となる相続財産の評価に当たっては、それが、土地の場合には、使用状況・権利関係を調査して土地の利用区分の判断、奥行短小補正率、間口狭小補正率等評価額を減ずる要素についての調査判断をして、価額を過大に算定することなく適切に評価して申告すべき義務がある。


(2)奥行短小補正率、間口狭小補正率を適用するためには、申告書の作成に当たり、当該土地の形状を具体的に把握する必要があるが、Yが用意するように求めた土地の実測図をXら相続人は用意することをせず、依頼を受任し方針が決まったときから申告期限までは一週間しか時間的余裕がなく、Y自らが本件土地を計測することを期待できなかったから、Yは税理士としての善管注意義務に違反したとはいえない。


(3)土地利用状況の調査については、Yは権利関係を判断するために使用権原、建物の建築時期、地代の額等をXら相続人に尋ねたものの、そうした資料は用意されず、地代は煙草銭程度という趣旨の発言をしていたこと等からすると、土地利用区分を自用地として評価したのは、時間的制約からして不合理とはいえず、Yは税理士としての善管注意義務に違反したとはいえない。


(4)Yは、一筆の土地について借地権を転貸しているものと評価しながら、誤って、これと矛盾する内容の「借地権の使用貸借に関する確認書」を提出したことにより、税務署から、転貸借地権と評価されないことになったが、過誤があったとしても、本来あるべき評価がされたものであるから、Xらに損害は発生していない旨判示したのである。



  三 本件は、税理士が相続税申告手続をした後、減額更正された場合において、依頼者が資料提供等の協力をせず、時間的制約があった等の事情のあるときは、相続財産の評価及び相続税申告手続に関し善管注意義務違反があるとは認められないとされたケースである。


 


















判断





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(1)依頼者から税務代理の委任を受けた税理士は、専門家として租税関係法令及び実務に精通し、委任の趣旨に従って誠実に事務を処理し、特別の事情のない限り、法令に適合する範囲内で依頼者にとって最も有利な方法を選択して依頼者の利益を最大限確保すべき職務上の義務があるというべきである。そうすると、相続税申告日の作成及び申告手続を受任した税理士てある被告としては、相続税額の算定の前提となる相続財産の評価にあたっては、法令の許す範囲内で、相続税の負担が最も小さくなるように評価した上で、税務申告代理事務を行うべき義務があるということができる。

 したがって、被告は、本件土地の評価にあたっては、その使用状況や権利関係を調査して土地の利用区分を適切に判断するとともに、奥行短小補正率や間口狭小補正率等評価額を減ずる要素について、法令上の要件があるか否かを調査し、要件がある場合にはこれを適用するなど、価額を過大に算定することがないよう適切に評価して申告する義務があるというべきである。

 以上を前提に、本件土地の評価及び相続税申告手続について、被告に善管注意義務違反があったか否かにつき検討する。




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ところが、本件においては、前記1(2)(5)(11)のとおり、被告が再三相続人らに対して本件土地の実測図を用意するよう求めていたにもかかわらず、本件申告日を作成するまでに実測図が用意されなかった上、前記1(10)(11)のとおり、被告が再度相続人らの依頼を受任したときから申告期限までは九日間、法定相続 に従って相続税申告白を作成する方針が決まったときから申告期限までは一週間しか時間的余裕がなかったものであって、時期的にも盆休みのころで、被告が、本人尋問において「上記期間内には他の用件もあり、本件申告書の作成にかかりきりになることはできなかった」旨供述していることにも照らすと、被告が自ら本件土地を計測するなどして実測図に代わる資料を得るような調査をすることを当然に期待できる状況にあったとまではいうことはできない。

 そして、前記1(10)(11)のとおり、相続人らは、申告期限を”過して無申告加算税が賦課されるのを回避するために、申告期限までに時間的余裕がないことを認識しながら、いったんは途中で受任を断られた被告に再度相続税申告手続を依頼したものであり、そのため、被告は、相続人らに対し、「現存する資料から分かる範囲で相続財産を評価せざるを得ない」旨を説明してこれを受任したものである。すなわち、相続人らは、被告が自ら本件土地を計測するなどするような調査を期待できる状況になかったことを認識していたものということができる。

 さらに、被告は相続人トミ子の夫であるから、本件申告書作成にあたっては通常の業務の場合以上に極力税額が少なくなるように努めるはずであって、相続人らの不利になるような事務を行うことは考えにくいというべきところ、依頼者である相続人らが提供した関係資料が十分でない上、時間的制約の中において、被告が奥行や間口の長さ等を含む本件土地の形状を具体的に把握することができなかったのはやむを得ないというほかない。

 以上によれば、被告が別表3、7の土地について奥行短小補正率を、別表12の土地について間口狭小補正率を適用しなかったことは、本件事実関係のもとにおいては、税理士として委任契約上の善管注意義務違反に違反するものということはできない




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ところで、被相続人所有の土地が建物所有目的で賃貸されている場合、相続税額算定の前提としての相続財産の評価においては、土地の価額から借地権の価額を控除することとされているが、その借地権の有無については、名目にとらわれず、賃貸人と賃借人の関係、権利金の授受の有無及び額、地代の額等の要素を総合し、客観的に借地権の価額に見合う権利関係があるか否かについて、課税の平等の観点から実質的に判断されるべきである。したがって、相続税申告書の作成を受任した税理士としては、法令通達や実務慣行をふまえ、当該土地の実質的な利用状況を調査して借地権の有無を判断しなければならないということができる。





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本件においては、前記1(2)(5)(11)によれば、被告は、最初に税務相談を受けたときから、相続人らに対し、借地については地代額等の権利関係を明らかにするよう求め、各相続人の使用部分については、権利関係を判断するために使用権原、建物の建築時期、地代の額等を尋ねたが、「地代の額は煙草銭程度である」との話が出た他は、相続人らの間で口論となったため協力が得られず、被告が上記依頼をいったん断った後で再度相続人らの依頼を受け、本件申告書を作成するまでの間に、上記権利関係を明らかにするための資料は用意されなかったというのである。

 上記のような本件事実関係の下において、被告は、前記1(12)のとおり、別表4、11の土地については、いずれも鶴藏の娘夫婦が自宅を建てて使用していたもの、別表6の土地については、借地人の死亡後は清司が無償て使用していたものと認識していたが、経験則上親が子に無償て土地を使わせることは珍しいことではないこと、同じく鶴藏の娘夫婦である被告夫婦が自宅を建てて使用していた別表13の土地の一部について権利金の授受はなー、贈与税も課税されていないこと(後記(4)ウ)、上記のとおり、相続人らが「地代は煙草銭程度である」という趣旨の発言をしていたことを総合すると、被告が、別表4、6、11の土地について、使用者の使用権の価額を零と評価し、利用区分を被相続人の自用地として評価したのは、前記(2)イのような時間的制約のもとでは必ずしも不合理であるということはできず、税理士としての委任契約上の善管注意義務違反にあたるということはできない





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確かに、前記1(13)のとおり、被告は、「使用貸借に関する確認書」があることを見落として、本件申告書にこれと矛盾する内容の記載をしたまま一緒に提出したというのであって、このことは税理士として基本的な確認作業を怠ったものといわざるを得ない。しかし、前記1(4)のとおり、この確認書は、清司が税務署の教示を受けて、別表14の土地の地主、借地人、使用者の三者間て権利関係を確認したものであるからこれを尊重すべきものであり、仮に本件申告時に被告が上記確認書の存在を認識した場合に、これを提出せずに転貸借地権として申告すべき義務がないことは当然であって、前記1(16)のとおり、被告が修正申告したことによって結果的に当該土地について上記認定のとおり然るべき評価がされたというにすぎない。

 そうすると、被告が上記確認日を見落として提出したことが過誤にあたるとしても、原告らには何ら損害が発生していないというほかない



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