税賠(11)



 本日は東京地方裁判所判決、平成元年(ワ)第10896号、判決 平成2年8月31日、 判例タイムズ751号148頁を検討します。



  本件は、Xらが税理士であるYに対して専門家責任を追及する税理士業務過誤訴訟である。


 Xらは、土地建物の買換えに当たり、Yに対して節税指導・買換え後の税務申告を委任した。


 Xらは、従前地でも貸駐車場をしており、買換え地でも貸駐車場をする予定であり、租税特別措置法37条所定の「特定の事業用資産の買換えの特例」の対象となることを期待していたところ、Yの指導不適切(駐車場の舗装、車止めの施設を作るべきことを告げなかった。)により、買換え地での駐車場が適用基準を満たしていない状態となった。


 そして、税務署から修正申告を求められたので、やむなくこれに応じた結果、計4300万円余の追加納税の必要を生じた。


 そこで、Xらは、Yの指導助言義務の不履行により追加納付金相当額の損害を被ったとして損害賠償請求したのが本件である。

 



 本判決は、要旨次のとおり判示して、Xらの請求を棄却した。


 すなわち、(1)本件特例の適用が認められるためには、「事業の用に供したもの」であることを要するが、その該当性判断はその資産の従前の利用状況・形態等を総合して客観的にされるべきもので、駐車場につき舗装、車止めの施設の有無がその要件ではなく、それに言及した通達も税務行政上の解釈指針にすぎないし、


(2)税務署の修正申告の勧めは、強制力を持つものでないから、修正申告により確定した納税義務が申告者以外の者の行為によったというためには、その者の行為がその申告の直接的契機になった等の特別の事情がある場合に限られるところ、


(3)買換え地と従前地の利用状況の同一性に鑑みるとYの本件特例該当についての判断にも根拠があり、修正申告にはYは反対していたこと等からすれば、本件追加納税はXらが自己の責任においてした申告の結果であり、右特別の事情は認められないから、Yの行為とXら主張の損害との間に相当因果関係を欠くものというべきである。


  本判決は、税理士が事業用資産の買換えの特例を受けるために必要な助言指導をしなかったため修正申告して追加納税を余儀なくされたという顧客の損害主張と税理士の行為との間に相当因果関係がないとされた事例である。


 関連先例として、税理士に対する所得申告手続懈怠等の委任契約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求が棄却された事例である岐阜地大垣支判昭61・11・28判時1243号112頁がみられる。


 税理士について専門家責任を追及した事例は、医師、弁護士、司法書士等に対する責任追及事例と比較して少ないが、本件は、右先例に続き税理士の責任を否定した事例として事例的意義があるといえよう。

 









当事者の主張




  一 請求原因




   1 原告らは、もと東京都大田区内に土地建物を所有(ただし、土地については一部借地)して住居及び事業(貸駐車場)の用に供していたものであるが、右土地建物の買換えをするに当たり、昭和六〇年一二月ころ、原告松田悟朗(以下「原告悟朗」という。)が原告ら全員を代表して、税理士である被告に対し、いわゆる節税を重視しての指導助言及び買換え後の税務申告を委任した。



   2 その後、原告らは、昭和六一年一月ころに右土地建物を売却した上、同年九月ころ、貸駐車場用地の買換えについて租税特別措置法三七条所定のいわゆる「特定の事業用資産の買換えの特例」(以下「本件特例」という。)の適用該当地域である横浜市緑区内に新たな土地建物を購入した。



   3 ところで、本件特例に関する国税庁の通達(措通三七-二一。以下「本件通達」という。)によれば、買換えにより取得した資産(以下「買換資産」という。)を事業の用に供したかどうかの判定について、「空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用している土地であっても、特別の施設を設けていないものを含む。)である土地、空家である建物等は、事業の用に供したものに該当しない。」とされており、舗装及び車止め等の特別の施設を設けていない駐車場については本件特例が適用されない旨の解釈指針が示されているところ、右通達の存在及び内容は、税理士にとっては基礎的な知識として当然知っておくべきものであった。


  しかるに、被告は、原告らが前記買換えにより取得した横浜市緑区内の土地に新たな駐車場(以下「本件駐車場」という。)を造るに当たり、従前と同様砂利敷きとすることを知っていたのであるから、原告らに対し、本件通達に基づき右駐車場に舗装等の特別の施設を設けるよう指導助言すべき義務があったにもかかわらずこれを怠り、砂利敷きの駐車場のまま本件特例の適用を受けられるものとして原告らの昭和六一年分の所得税の確定申告書を作成し、これに基づき昭和六二年三月に右確定申告をした。





   4 そのため、原告らは、昭和六三年五月末ころ、本件駐車場が本件特例の適用基準を満たしていないことを理由に税務署から修正申告を求められるに至り、その結果、国税及び地方税(加算税を含む。)として、原告悟朗において合計金二八六二万三二〇〇円、原告松田典孝において合計金四五二万二九〇〇円、原告松田孝司において合計金五五八万五七〇〇円、原告山崎知恵において合計金四五四万〇七〇〇円の各追加金(以下「本件納付金」と総称する。)を納付させられた。




   5 被告が、原告らに対し、本件駐車場について前記3の指導助言を行っていたならば、原告らは、本件特例の適用を受けることができ、本件納付金を納付することはなかったものであり、原告らは、被告の右指導助言義務の不履行により、本件納付金相当額の損害を被ったものというべきである。


  よって、原告らは、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求として、それぞれ右各損害金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年九月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。













  二 請求原因に対する被告の認否



   1 請求原因1、2の各事実は認める。



   2 同3のうち、本件通達の存在及び内容、並びに本件駐車場を造るに当たり被告が原告らに対して右通達に基づき舗装等の特別の施設を設けるよう指導助言をしなかったこと、及び被告が右駐車場について本件特例の適用を受けられるものとして原告らの昭和六一年分の所得税の確定申告書を作成し、これに基づき昭和六二年三月に右確定申告をしたことは認めるが、その余は争う。買換資産を駐車場として利用する場合において、舗装等の特別の施設を設けることは、本件特例の適用を受けるための要件ではなく、税務取扱上右特例の適用の有無を判断するに当たっての一要素となるものであるにすぎない。本件駐車場については、継続して事業の用に供することが明らかであったのであり、本件通達が、請求原因3における引用部分に引き続いて、「ただし、特別の施設は設けていないが、物品置場、駐車場等として常時使用している土地で事業の遂行上通常必要なものとして合理的であると認められる程度のものは、この限りでない。」としているのに該当するものである。




   3 同4の事実は不知。


   4 同5は争う。被告は、本件駐車場に本件特例の適用がない旨の税務署の認定については十分争う余地があるものと判断し、原告らに対して、修正申告をすることなく更正処分を受けた上で不服申立ての手続きを採ることを進言した。しかるに、原告らは、自らの判断で修正申告を行い本件納付金を納付したのであるから、仮に被告に原告ら主張のような指導助言義務違反があったとしても、これと原告らの請求原因5の主張にかかる損害との間に相当因果関係があるとはいえない。


 第三 証拠〈省略〉













        理   由




  一 請求原因1、2の各事実、同3のうち、本件通達の存在及び内容、並びに本件駐車場を造るに当たり被告が原告らに対して右通達に基づき舗装等の特別の施設を設けるよう指導助言をしなかったこと、及び被告が右駐車場について本件特例の適用を受けられるものとして原告らの昭和六一年分の所得税の確定申告書を作成し、これに基づき昭和六二年三月に右確定申告をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。


  二 原告らは、被告の誤った指導助言により本件納付金相当額の損害を被ったと主張するので判断する。


   1 前示一の争いのない事実、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(七)のとおり認められる。



    (一) 被告は、右確定申告に先立ち、原告悟朗から、原告らが東京都大田区内の前記譲渡資産を利用して過去一〇年以上にわたり砂利敷きロープ張りの状態で約三〇台を収容する貸駐車場を経営してきたが、本件駐車場についても、これと同様な状態で継続的に事業の用に供していくものであるとの説明を受けた。被告は、右のような状態であれば、本件特例の趣旨に合致し、脱税を図るものでもないので、本件特例の適用を受けられるものと判断し、原告悟朗に対し、両駐車場の写真を撮影して証拠資料を確保しておくように指示し、前示のとおりの確定申告書を作成し、申告をした。




    (二) 右確定申告から一年余りを経た昭和六三年五月中旬ころ、原告悟朗は、原告松田典孝の右確定申告に関して玉川税務署から呼出しを受け、同署へ出頭したが、その際、同署の担当官から本件駐車場の設備内容について質問を受け、砂利を敷いてロープを張っている旨説明した。




    (三) その後同月末ころ、原告悟朗は、再び玉川税務署から呼出しを受けたため、被告と共に同署へ出頭したところ、同署の担当官から、本件通達を示された上、買換資産を駐車場として利用する場合に本件特例の適用を受けるためには、コンクリート又はアスファルト舗装がなされ車止めが設けられていることが必要であり、砂利を敷いてロープを張っているだけの本件駐車場については本件特例の適用は認められないから、原告ら全員について右特例の適用がないものとして昭和六一年分の所得税の修正申告をするように勧められた。




    (四) そこで、原告悟朗は、本件駐車場に全面的にアスファルト舗装を施すとともに、東京国税局における税務相談も受ける等した上で、同年六月下旬ころ、本件駐車場について本件特例の適用を認めてもらうべく被告と共に玉川税務署へ陳情に赴いたが、同署の担当官の見解は変わらず、修正申告に応じない場合には更正処分をすることもやむを得ないと言われた。




    (五) そこで、原告悟朗と被告は善後策を協議し、その際、被告は、更正処分を受けた場合には不服申立ての手続を採って争うことを進言したが、原告悟朗は、玉川税務署の勧めに従って修正申告に応じることとし、原告松田典孝についての修正申告書の提出を被告に依頼した。被告はこれを作成した上で同月三〇日に同署に提出した。




    (六) 被告は、その余の原告ら三名についての修正申告書の作成も依頼されていたが、右三名の修正申告書が作成される前に、原告悟朗は、同月二〇日に緑税務署へ出頭し、その際、同署の担当官の勧めに従い、右三名についての修正申告書を自ら作成し、これを同署に提出した。




    (七) 原告らは、右(五)、(六)の各修正申告に基づき、本件納付金を納付した。



  以上のとおり認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。







   2 ところで、本件特例の適用が認められる要件は、租税特別措置法三七条に規定するところであって、同条の「買換資産」に該当するためには、「事業の用に供したもの」であることを要するが、右要件に該当するか否かは、当該資産の従前の利用状況、当該資産の形態等を総合して客観的に判断されるべきことであり、駐車場について、舗装及び車止めの施設の有無が、その要件でないことはいうまでもない。本件通達が、「空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用している土地であっても、特別の施設を設けていないものを含む。)である土地は、事業の用に供したものに該当しない。」としたのは、このような土地については、「事業の用に供した」ことが客観的に明らかでないことが多く、同条の適用を認めることが難しいとの税務行政上の解釈指針を示したものにすぎない。そして、税務署がする修正申告の勧めは、あくまで納税者の自発的な申告を促すものであり、それ自体に、何ら強制力を持つものでないから、納税者がこの勧めに応じて修正申告をするか否かは、当該納税者が自らの責任において判断決定すべきことであって、修正申告により確定した納税義務が、申告者以外の者の行為によったというためには、その者の行為が、当該修正申告をするために直接的な契機になった場合などの特別な事情のある場合に限られるというべきである。





 そして、本件において、原告らが、損害を被ったと主張する本件納付金の納付が、原告らの修正申告によるものであること、本件駐車場は、譲渡資産である駐車場と同様に、砂利敷きでロープを張ったものであり、譲渡資産と施設の状態に差異がなかったこと、原告は譲渡資産を利用して過去一〇年以上駐車場業を営んでおり、右の土地と買換資産の利用状態がほぼ同一である以上本件特例の適用が認められるとする被告の判断にも相当な根拠が存すること、右修正申告をすることについては、被告はこれに反対であって、当初の申告を維持して更正処分がされた場合には不服申立てをして争うことを勧めたが、



 原告らは、被告の意向に反し、修正申告をすることとし、原告松田典孝については被告に依頼し、その余の原告らについては自ら修正申告書の提出をしたことは、前示のとおりである。




 右の経緯に鑑みると、本件納付金の納付は、原告らが自らの責任においてした修正申告の結果であり、被告の申告指導が、右申告につき、直接的な契機をなすなどの特別な事情が存すると認めるに足りず、結局、被告の行為は、原告らの主張する損害との間に相当因果関係を欠くものというべきである。



  三 よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

   (裁判長裁判官筧 康生 裁判官土居葉子 裁判官寺本昌広)