税賠(10)



 横浜地方裁判所判決/昭和61年(ワ)第2263号、判決 平成元年8月7日、 判例時報1334号214頁について検討します。




 【判示事項】 税理士に対する相続税納税猶予の要件についての説明義務違反を理由とする損害賠償請求が棄却された事例










当事者の主張



  一 請求原因



  1 原告は農業を営む者、被告は税理士を営む者である。


  2 原告の実父訴外甲野太郎(以下「太郎」という)は昭和五八年一月五日死亡し、原告外九名が相続人となった。


  3 原告は昭和五八年三月下旬ころ右相続人全員を代表して被告に対し、右相続税申告手続の税務代理を委任し、また、同年四月下旬ころ、右相続税の申告に関し、相続財産のうち原告が取得する予定であった別紙物件目録記載の農地(以下「本件農地」という)について租税特別措置法七〇条の六第一項の納税猶予(以下「本件納税猶予」という)の適用申請手続の税務代理を委任し、被告は右をいずれも受任した。なお、右委任及び受任当時右の遺産分割協議は成立していなかった。


  4 被告は本件相続税申告期限の最終日である昭和五八年七月五日相続財産未分割のままでの原告らの相続税申告手続をなしたが、その際、本件納税猶予の適用申請をしなかった。右遺産分割協議は右期限後成立し、本件農地は原告が取得した。被告は昭和五八年九月二四日右遺産分割に基づき相続税の修正申告書を税務署に提出し、その際原告の本件納税猶予の適用申請をしたが、これは要件を欠くものとされたため、右申告書を撤回し、同月二七日本件納税猶予の適用申請をしないものとする修正申告書を再提出した。結局、原告は本件納税猶予の適用を受けられなかった。


  5 本件納税猶予の制度は、農業経営を安定させるため、相続人が農地を相続して引き続き農業を営む場合には、相続税の一部の納税が猶予される制度であり、農業投資価格に基づいて計算した相続税額を超える通常の相続税額部分は、その相続人が死亡した場合、その相続人が農業を二〇年間継続した場合のいずれかに該当したときは納税を免除される制度であるところ、本件納税猶予の特例を受けるための法的要件(租税特別措置法七〇条の六第一項、第四項、第五項、同法施行令四〇条の五第一ないし第四項)は次のとおりである。


   (一) 被相続人が当該農地についてその死亡の日まで農業を営んでいたこと

  (二) 相続人が、相続税の申告書の提出期限までに相続により取得した農地にかかる農業経営を開始し、その後引き続きその農業経営を行うと認められる者として農業委員会が証明したこと

  (三) 被相続人から相続した農地のうち、その農業相続人の選択により相続税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨の記載があること

  (四) 相続税の申告期限までに納税猶予分の相続税に相当する担保を提出すること

 したがって、手続的には当該相続人が当該農地を相続した旨の遺産分割協議書、当該相続人に対する右農業委員会の証明書を相続税の申告書に添付し、かつ申告書に本件納税猶予の適用を受ける旨の記載がされることが必要である。




  6 また、申告書の提出期限までに遺産分割協議が成立しない場合でも、当該農地について農業相続人が相続することについて他の共同相続人の了解があれば、一部分割により本件納税猶予を受けることができる。


  7 したがって、税理士が本件納税猶予の適用申請手続の税務代理を受任した場合、委任者に対し、次の義務を負う。



   (一) 委任者に対し、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議書が作成されていなければならないことを説明し、仮に全相続財産の分割協議が成立しない場合は、当該農地の相続につき、一部分割協議書が作成されなければならないことを説明し、期限内に遺産分割協議書ないし一部分割協議書を作成させるよう促さなければならない。


   (二) 委任者に対し、前記農業委員会の適格者証明書が必要であることを説明し、これを申告期限内に取得するよう指示しなければならない。


   (三) 全体の遺産分割協議が申告期限までに整わない場合は、当該農地について農業相続人が相続することについて他の共同相続人の了解があることを確認し、一部分割の形で納税猶予の適用申請をしなければならない。




  8 ところで、原告の家は代々農業を営み、原告(長男)は農業後継者として小学校卒業以来太郎の農業を手伝ってきたものであったところ、相続財産中の本件農地は、相続開始当初から原告が分割取得することについて相続人間に争いがなかった。したがって、原告が被告から本件納税猶予の適用を受けるためには期限内に遺産分割協議書を作成させなければならないことを聞いておれば、申告期限までにその作成を急ぎ、協議ができたものである。仮に全体の分割協議が期限までに整わなかったとしても、右農地のみ一部分割して原告が取得する旨申告すれば、原告は本件納税猶予の適用を受け得たはずである。

  ところが、被告は、本件納税猶予の知識に欠けていたため、期限内に未分割のまま申告しても、期限後修正申告によって本件納税猶予制度の適用があるものと考え、原告に対しその旨説明し、結局、7の(一)、(二)の手続の説明及び同(ワ)の一部分割による本件納税猶予の適用申請手続を怠り、本件申告期限最終日である昭和五八年七月五日に相続税の申告をしたのであるが、その際に本件納税猶予の適用申請のための申告書類の作成及び提出をせず、その結果原告は本件納税猶予の適用を受けることができなくなったものである。











  9 原告の損害


   (一) 原告が支払った本件農地の相続税は金一〇五一万五六〇〇円であったところ、本件納税猶予の適用を受けていれば、本件農地に課せられる税額は金七五万四〇○円であり、その差額金九七六万五二〇〇円の損害を被った。


   (二) 相続税額が高額となり分納したため利子税金一〇〇万五九〇〇円の負担を余儀なくされ、同額の損害を被った。


   (三) 本訴提起を余儀なくされ弁護士費用金一七九万円の損害を被った。



  10 よって、原告は被告に対し、民法七○九条に基づき、損害金一二五六万一一〇○円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。














  二 請求原因に対する認否


  1 請求原因1ないし5の事実は認める。


  2 同6の事実は否認する。


  3 同7の事実のうち、税理士が本件納税猶予の適用申請手続の税務代理を受任した場合、委任者に対し、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議が成立していなければならないこと、主張の農業委員会の適格者証明書が必要であることを説明する義務を負うことは認め、その余の事実は否認する。

  農地のみ取得者が決まり、その余の相続財産について未分割である旨の遺産分割協議書に基き本件納税猶予の適用が受けられるか否かについては、法律、施行令、施行規則、通達には一切の記載がなく、法令上は期限内の全体の遺産分割協議書の作成とそれに基づく申告が要件となっている。したがって、税理士としては依頼者に対し右法律等に規定されている以上のことをアドバイスする義務はない。また、農業委員会の証明は、申告期限までに提出しなければ要件を欠き申請が無効となるものではなく、後日追完が認められる。


  4 同8の事実のうち、被告は本件申告期限最終日である昭和五八年七月五日に相続税の申告をしたが、その際本件納税猶予の適用申請のための申告書類の作成及び提出をしなかったこと、遺産分割協議は右期限後成立し本件農地は原告が取得したこと、原告が本件納税猶予の適用を受けなかったことは認め、原告の家は代々農業を営み、原告(長男)は農業後継者として小学校卒業以来太郎の農業を手伝ってきたものであったことは不知、その余の事実は否認する。

  被告は、原告が期限内に遺産分割協議書を提出しなかったので、原告の言う遺産分割協議書案に基づいて作成しておいた申告書を急遽未分割として各相続人が法定相続分にしたがって相続財産を取得したものとする申告書に作り直し、原告に本件納税猶予の適用がない旨説明し、これに各相続人の押印をもらって、税務署に提出したのである。


  5 同9の事実は否認する。















  三 被告の主張


  1 原、被告間の委任契約は、税理士法二条の税務代理についての委任契約であり、右税務代理とは、税務官公署に対する租税に関する法令等に基づく申告等につき代理し、または、当該申告等若しくは税務官公署の調査等に対してする主張、陳述につき代理又は代行することである。したがって、被告の任務は、被相続人太郎の相続税に関し相続人である原告らを代理して、遺産分割協議書に基づき相続税、租税特別措置法により原告らの相続税を計算して相続税申告書を作成し、これを提出して相続税の申告をすることであった。したがって、遺産分割協議書の作成に関することは被告の任務とはなっていないのである。また、原告は遺産分割協議がまとまらなかった理由等を被告に話していなかったものであり、いずれにしても、被告には原告主張のような、農地のみについての遺産分割協議が成立すれば租税特別措置法の適用が受けられる旨のアドバイスをすべき義務はなかった。

  なお、被告は、原告の農地を相続税の対象から除外したいとの意向を受けて、全体の遺産分割協議が成立しない場合は、被相続人の配偶者に本件農地を含めて相続財産の約半分を取得させ、その余を未分割とする案を提案したが、これも相続人間で合意にいたらなかったのである。


  2 原告は昭和四七年太郎から農地の一括生前贈与を受け、その贈与税を租税特別措置法七〇条の四により納税猶予を受けているが、その際本件土地が農地であるのにこれを除外した違法があった。また、本件相続開始の前年昭和五七年二月に自らこれを取り消して約七〇〇〇万円の納税をしているのであって、原告には農業継続の意思はない。したがって、原告が本件相続税の申告において本件納税猶予の適用を受けることは違法の疑いがある。


  3 原告が本件納税猶予の適用を受けられなかったのは、原告及び他の相続人間の遺産分割協議が紛糾し、相続税申告期間内に遺産分割協議が成立せず、右協議書が作成されなかったからである。また、農地についてのみの一部分割協議も成立するような状況ではなかった。

 第三 証拠《略》

















        理   由



   一 次の事実は当事者間に争いがない。


  1 原告は農業を営む者、被告は税理士を営む者である。


  2 原告の実父太郎は昭和五八年一月五日死亡し、原告外九名が相続人となった。


  3 原告は、昭和五八年三月下旬ころ右相続人全員を代表して被告に対し、右相続税申告手続の税務代理を委任し、また、同年四月下旬ころ右相続税の申告に関し、相続財産のうち原告が取得する予定であった本件農地について本件納税猶予の適用申請手続の税務代理を委任し、被告は右をいずれも受任した。右委任及び受任当時右の遺産分割協議は成立していなかった。


  4 被告は本件相続税申告期限の最終日である昭和五八年七月五日相続財産未分割のままでの原告らの相続税申告手続をなしたが、その際、本件納税猶予の適用申請はしなかった。右遺産分割協議は右期限後成立し、本件農地は原告が取得した。被告は昭和五八年九月二四日右遺産分割に基づき相続税の修正申告書を税務署に提出し、その際原告の本件納税猶予の適用申請をしたが、これは要件を欠くものとされたため、右申告書を撤回し、同月二七日本件納税猶予の適用申請をしないものとする修正申告書を再提出した。結局、原告は本件納税猶予の適用を受けられなかった。


   5 本件納税猶予の制度は、農業経営を安定させるため、相続人が農地を相続して引き続き農業を営む場合には、相続税の一部の納税が猶予される制度であり、農業投資価格に基づいて計算した相続税額を超える通常の相続税額部分は、その相続人が死亡した場合、その相続人が農業を二〇年間継続した場合のいずれがに該当したときは納税を免除される制度であるところ、本件納税猶予の特例を受けるための法的要件(租税特別措置法七〇条の六第一項、第四項、第五項等)は次のとおりである。


   (一) 被相続人が当該農地についてその死亡の日まで農業を営んでいたこと

  (二) 相続人が、相続税の申告書の提出期限までに相続により取得した農地にかかる農業経営を開始し、その後引き続きその農業経営を行うと認められる者として農業委員会が証明したこと

  (三) 被相続人から相続した農地のうち、その農業相続人の選択により相続税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨の記載があること

  (四) 相続税の申告期限までに納税猶予分の相続税に相当する担保を提出すること

 したがって、手続的には当該相続人が当該農地を相続した旨の遺産分割協議書、当該相続人に対する右農業委員会の証明書を相続税の申告書に添付し、かつ申告書に本件納税猶予の適用を受ける旨の記載がされることが必要である。





  二 《証拠略》によれば、本件納税猶予の適用を受けるには、農業承継者に当該農地が相続されることが明確になることが要件であって、仮に、相続税の申告書の提出期限までに全体の遺産分割協議が成立していない場合であっても、当該農地だけの一部分割協議が成立していれば、期限内申告書に右一部分割協議書を添付すれば右適用申請の要件を満たすものであることが認められる。


  したがって、税理士は、本件納税猶予の適用申請手続の税務代理を受任した場合、匿者に対し、本件納税猶予の適用申請を行うためには、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議書が作成されなければならないこと、即ち、全体の遺産分割協議書が作成されるべきであるが、仮にその作成ができなかったとしても、当該農地だけの」遺産分割協議書が作成されなければならないことを説明すべき義務が存するものというべきである。



  三 原告は、被告が原告に対し、相続税申告期限内に遺産分割協議書が作成されなかったとしても、遺産未分割のまま申告し、その後遺産分割協議書が作成されれば、期限後修正申告によって本件納税猶予制度の適用申請ができる旨説明し、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議書が作成されていなければならないこと、少なくとも本件農地の相続につき一部分割協議書が作成されなければならないことを説明しなかったと主張するので、検討する。



  1 《証拠略》によれば、被告は原告に対し、本件納税猶予の適用申請を行うためには、申告期限までに全体の遺産分割協議が成立しなくとも、同期限までに本件農地につき原告が相続する旨の一部分割協犠書が作成されれば足りる旨の説明を行わなかったことが認められる。

  《証拠判断略》



  2 かえって、《証拠略》によれば次の事実が認められる。


   (一) 被告は、原告から本件相続税申告手続の税務代理を委任された際、原告に対し、申告期限が昭和五八年七月五日であり、同日以前に遺産分割協議書を持参するよう述べ、原告もこれを了承した。また、被告は、本件納税猶予の適用申請手続を受任した際ないしその後、原告に対し、右適用を受けるためには申告期限までに遺産分割協議書が作成されることが必要である旨説明した(なお、相続税申告書の書式上遺産分割がなされていないと本件納税猶予の適用申請の記載ができないようになっている)。そして、被告は原告の分割予定案(原告を含む本家側が殆どの相続財産を取得し、本件農地は原告が取得するもの)に従った遺産分割協議書の文案(相続人が押印すれば完成するもの)を作成して原告に交付し、各人の捺印をもらってこれを完成させて持参するよう述べ、右分割案に従い、かつ本件納税猶予の適用申請をする旨記載した相続税申告書を作成して遺産分割協議書の完成を待った。



   (二) しかし、申告期限が迫っても原告が遺産分割協議書を持参しないため、被告は原告に対し何度も催促したが、原告はその都度、遺産分割の話がうまくまとまらないので待ってくれと回答した。

  原、被告は、同年七月一日ころ、申告期限が迫ってきたのに遺産分割の成立が困難となり、本件納税猶予の適用申請ができない状況となってきたため、相続税を軽減する他の方法を話し合い、原告は被告の助言により太郎の配偶者訴外甲野花子に本件農地を含む相続財産の半分を取得させる分割案(配偶者の相続分は非課税となる)で協議することを企図し、被告は右の分割案に沿った遺産分割協議書の文案(相続人が押印すれば完成するもの)を作成して原告に交付し、原告はその案で分家側と協議したが合意に至らなかった。



   (三) ついに右申告期限の前日に至っても遺産分割協議が成立せず、また右期限内に成立する見込もなくなり、原告はその旨被告に報告した。そこで、被告は未分割のまま法定相続分に従って相続税の申告書を作成し、申告期限の最終日である同年七月五日相続税の申告を行った。そして、右申告書には本件納税猶予適用申請の記載はせず、原告にもその旨報告した。




   (四) 遺産分割協議は同年九月二〇日ころ成立した。そこで、原告の依頼により、被告はこれに基づき同年九月二四日本件納税猶予の適用を求める旨記載した相続税の修正申告書を提出し、藤沢税務署の担当者に本件納税猶予の申請期間の延長を依頼したが、不可能である旨の回答がなされたため、本件納税猶予適用申請を除いた修正申告書に差し替えて同月二七日再提出し、その旨原告に報告した。


  以上の事実が認められ(る。)《証拠判断略》





  四 原告は、被告から本件農地だけの一部分割協議書の作成で足りる旨の説明を受けていれば、申告期限までに本件農地が原告に相続される旨の一部分割協議書の作成がなされ、本件納税猶予の適用申請ができたはずであると主張するので検討する。



  1 《証拠略》によれば、原告の家は代々農業を営み、原告(太郎の長男)は農業後継者として小学校卒業以来太郎の農業を手伝っていたこと、相続財産中の本件農地は相続開始当初から原告が農業承継者として取得することを希望している土地であったこと、他の相続人で農業を営んでいた者はなく本件農地の取得を希望していたものはいなかったこと、したがって、本件農地について原告が相続することについて相続人間で争いになったことはなかったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。



  2 しかしながら、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。


   (一) 原告は昭和四七年一一月太郎から当時存した農地すべて(約八四六五平方メートル)の生前一括贈与を受けた。また、原告は太郎が亡くなる直前の昭和五七年一一月末ころ太郎の相続を予見して原告の子供三名全員を太郎の養子とする養子縁組の手続をした。


  遺産分割協議は昭和五八年五月ころから申告期限までの間に数回行われたが、本家側(原告、太郎の配偶者訴外花子、原告の子供三名)と分家側(原告の兄弟五人)とで利害が異なり、分家側から、右養子縁組をしたこと、原告が農地の生前贈与を受けていたこと等の不満が出て紛糾し、分家側の一部の者が相当に感情的になり、原告が興奮した他の相続人から胸倉を掴まれたこともあった。


   (二) 原告が当初分家側の承諾を得られると考えていた遺産分割案は、不動産(約四二六九平方メートル)のすべてを本家側で取得し、分家側には各人に二、三〇〇万円の金銭を分与するものであったが、各種の分割案につき、時には興奮したりしながら約四ケ月にわたって協議が行われ、結局最終的に成立した分割内容は、不動産についても本家側(約二八〇六平方メートル)、分家側(約一四六三平方メートル)でそれぞれ取得する内容であった。


   (三) 右分割協議で双方で最も問題にしたのは、不動産をどのように分配するかの点、即ち、本家側にとってはいかに多くの不動産を取得するかの点であり、相続税軽減の問題は二次的な問題でしかなかった。

  以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。





  3 右2の認定事実及び三で認定の相続税申告の経緯に照らすと、太郎の遺産分割の協議は、原告が被告から相続税申告期限である昭和五八年七月五日までに分割協議を成立させるよう再三にわたり述べられていたにも拘らずこれができなかったほど難行していたものであり、その難行した理由は、不動産を本家側、分家側でどのように分配するかという点にあり、相続税の軽減の問題は二次的な問題でしかなかったというのであり、加えて、分家側の二部の者が原告に対し相当に感情的になっていたというのであるから、仮に原告が分家側の相続人に対し、本件納税猶予の適用のため本件農地の一部分割を求めたとしても、1の事実から申告期限内に右一部分割協議が成立し得たものと推認することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえって、右事実に照らせばその蓋然性は乏しかったものというべきである。



 五 なお、原告は、納税が猶予されたはずの金額をもって原告の損害であるとしてその金額を請求しているものであるが、仮に本件納税猶予の適用を受けたとしても、納税が猶予されるに留まり、当然に免除されるわけではないのであるから右主張の現実の損害が発生したということにはならない。


 また、《証拠略》によれば、農業を営んでいた者が同人の推定相続人である農業承継者に農地を生前一括贈与した場合は、本件納税猶予と同様の趣旨で同様の納税猶予がなされる制度があるところ、原告は、昭和四七年一一月太郎から農地(約八四六五平方メートル)の生前一括贈与を受け、農地の生前一括贈与に係る贈与税の納税猶予(租税特別措置法七〇条の四)の適用を受けていたが、昭和五七年二月自らの意思で右猶予を打切り、贈与税にそれまでの期間の利子税とを併せて約七〇〇〇万円を支払い、また右農地の一部は売却されていること、本件農地は市街化区域に存する農地であり、容易に宅地転用が可能であり、周辺の土地は区画整理事業により区画整理されて宅地化されることが予定されていることも認められる。




  六 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。



          (裁判官 宇田川 基)