税賠(8)









 本日は、平成元年(ワ)第569号 、判決 平成5年11月24日、出典 判例タイムズ870号199頁 について検討します。














 X(代表者A)及びB社(代表者A)は、昭和59年11月、Y税理士との間で、税務顧問契約を締結し、税務代理、記帳代行等を委託した。


  Aは、同60年5月ころ、Yに対し、Xを解散し、株主たる地位に基づき、有利な残余財産の分配を受けたいとの税務相談をした。


 その趣旨は、XのB社に対する貸金債権を貸倒損失として損金処理し、これとX所有の不動産の売却によって発生する売却益とを相殺勘定することが許されるかどうかというにあった。



  AはYの教示(教示1)によりB社をまず解散させ、これによりXの昭和61年度の決算において、右貸金債権を損金の額に算入することが可能になったが、同61年4月1日から租税特別措置法が修正され、直近1年間に生じた欠損金は損金に算入できないことになった。



  Xは、Yの教示を信じ、同62年3月、X所有の不動産を売却した。


  右不動産は、同法にいう「特定の資産」として買換特例の適用が可能であったため、YはAにその利用を教示し、これによりAは買換えに適合する物件の買収交渉をした。


  Xは、同年8月ころ、Yから神戸税務署と話し合いがつき、同年度にXを解散すれば、前記欠損金を損金算入できることになったと教示され(教示2)、買収交渉を中止し、Xを解散させた。


 しかるに、Yが解散確定申告において同族会社の留保金額に対する税額の申告を忘れたため、Xは税務署から修正申告及び延滞税の支払いを求められ、また、Aの退職金について源泉徴収の納税通知を受け、さらに欠損金の損金算入を否認された。


  本件は、XからYに対し、Yが正当な税務処理をしなかったために被った損害として2746万円の賠償を求めた事案である。



  Yは、損金処理の方法について神戸税務署の担当者と話がついていたが、Xの本店が後に尼崎市に移転し、所轄署が尼崎税務署となって意見が異なったため、Xに異議申立てをするか、修正申告をするかの指示を依頼したが、これに対する連絡がなかったなどと反論した。


  本判決は、右退職金に係る源泉税の不納付加算税、延滞税の損害については、Yの責任を否定したが、その他の損害については、税務顧問契約に違反すると認め、Yに2713万円の損害賠償を命じた。




  専門職にある者が業務の委任を受けた場合、当該専門職の水準に照らした事務処理が期待され、これに反し、依頼者に損害を与えた場合、不完全履行などとして損害賠償責任を追求される。


 その典型的な事例は医療過誤訴訟、弁護過誤訴訟であったが、最近では、税理士、公認会計士、建築士等に対する訴訟もよく見受けられる(税理士に対する損害賠償訴訟として、岐阜地大垣支判昭61・11・28判時1243号112頁、横浜地判平1・8・7判時1334号214頁、東京地判平2・8・31本誌751号148頁。いずれも棄却事例)。


 本判決は、専門職にある者の業務遂行について慎重であるべきことを教えている。










 




裁判所の判断から





 一1 請求原因(一)の各事実は、当事者間に争いがない。


  2 〈書証番号略〉と原告会社代表者本人の供述(以下「原告供述」という。)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和三二年一〇月四日設立された株式会社であり、その発行済株式総数は一九、六〇〇株であって、林節は、昭和五〇年五月頃までに右株式の多数を取得して、その代表取締役に就任したこと、訴外会社は、昭和五〇年五月一四日設立された株式会社であり、その発行済株式総数は二〇、〇〇〇株であって、林節は、昭和五五年一〇月までに右株式の多数を取得して、その代表取締役に就任したことが認められる。



 二 請求原因(二)、(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

 三1 請求原因(四)(1)の事実は、当事者間に争いがない。




 2 原告供述によれば、林節は、大正三年六月一一日生で、昭和六〇年当時七〇才に達していたこと、原告は、本件不動産のほか、もと神戸市中央区古湊通のガレージ(一〇〇坪)、同区栄町通五丁目の事務所(七〇坪)を所有していたが、右ガレージを昭和五六年に、右事務所を昭和五七年頃に順次売却して、その代金を訴外会社に貸付け、その経営を援助してきたが、その貸付債権は多額に上っていたことが認められる。




 3 請求原因(四)(2)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告に対し、本外契約甲に基づき、原告会社の解散に関する税務相談をしたことは、当事者間に争いがない。



 4 また、請求原因(財四(3)の事実は、当事者間に争いがない。


 5 請求原因(四)(4)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告から、原告の訴外会社に対する貸金債権を貸倒損失として損金算入すること、これと本外不動産の譲渡益との相殺勘定が可能であるとの本外教示(一)を受けたことは、当事者間に争いがない。




 6 原告供述と弁論の全趣旨によれば、原告(代表者林節)は、昭和六〇年五月頃、被告に対し、右3ないし5認定の相談をし、被告から、訴外会社に対する貸倒損失を確定するために、まず訴外会社を解散させる必要があるとの教示(本外教示(一))を受けたことが認められ、被告本人の供述(以下「被告供述」という。)中右認定に反する部分は、前掲証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。






 四 1請求原因(五)の事実は、当事者間に争いがない。



 2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、原告の代表者林節は、右三6認定の本外教示(一)を信頼して訴外会社の解散を決意し、訴外会社の代表者として、本外契約乙に基づき、被告に対し、その解散に関する税務処理の代行を委託したことが認められ、被告供述中右認定に反する部分は前記証拠と対比して採用することができず、他に認定を左右するに足りる証拠はない。

  そして、請求原因(六)(1)のその余の事実及び同(2)ないし(4)の各事実は、当事者間に争いがない。



 3 法人が他に貸金債権を有する場合において、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、担保の差入や他からの融資を受ける見込みもなく、事業の再興が望めないような場合のように、右債権が回収不能であることが客観的に確認できる場合には、右債権を貸倒損失として損金算入が許されると解するのが相当である。



 4 それゆえ、本外においても前記三1、四2の各認定事実と原告供述によって認められる訴外会社が競争業者が多くて収益性に乏しく、資産を有しないため担保提供を受けることができず、却って原告のみから多額の融資を受けて辛うじて存続してきたため、原告からの貸金債務が累積していった事実を併せ考えると、右3の法理に照らし、前記2認定の貸金債権額を原告の貸倒損失として、法人税法上損金算入が許されると解するのが相当である。



 五 請求原因(七)、(八)の各事実は、当事者間に争いがない。


 六1 同(九)の事実のうち、原告が昭和六二年三月三日、本外不動産を原告主張のとおり売却し、金一億三九四九万七五〇九円の本外売買差益が発生したことは、当事者間に争いがない。


 2 原告供述によれば、原告が本外不動産を売却するにいたったのは、原告が被告から前記三5認定のとおり本外教示(一)を受けてこれを信頼したためであることが認められる。





 七 請求原因(一〇)の事実は、当事者間に争いがない。


 八1 請求原因(一一)(1)の事実は、当事者間に争いがない。


 2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、請求原因(一一)(2)の事実が認められる。


 3 原告供述と被告供述によれば、請求原因(一一)(3)の事実が認められる。


 4 同(一一)(4)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告の教示に従って買換資産の買収交渉を中止したことは、当事者間に争いがない。


 5 原告供述によれば、同(一一)(4)のその余の事実が認められる。


 九 請求原因(一二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。


 一〇 請求原因(一三)の各事実は、当事者間に争いがない。


 一一1 請求原因(一四)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。


 2 右1の事実によれば、同(一四)(3)の事実が認められる。


 一二 請求原因(一五)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。


 2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、同(一五)(3)の事実が認められる。





 3 〈書証番号略〉および弁論の全趣旨によれば、請求原因(一五)(4)ないし(8)の各事実が認められる。



 一三1 原告供述によれば、請求原因(一六)の事実のうち、原告が本外不動産の売却によって、その保有する資産は金融資産のみとなり、かつ解散によって営業を廃止したから、もはや収益(益金)は発生しなくなったことが認められる。


 2 法人税法第一四条によれば、法人が事業年度の中途において解散をした場合には、当該事業年度関始の日から解散の日までの期間が一事業年度とみなされる。


 3 そして、同法第一〇四条によれば、清算中の内国普通法人は、その残余財産が確定した場合には、その確定した日の翌日から一月以内に、税務署長に対し、清算確定申告をしなければならない。


 4 そこで、原告は、昭和六二年一一月一八日に前記九認定のとおり本件解散確定申告をしたものである。


 5 そして、同法第九三条第一項によれば、内国普通法人の解散による清算所得の金額は、その残余財産の価額からその解散の時における資本等の金額と利益積立金額等との合計額を控除した金額とされる。


 6 しかし、右解散時点において、繰越欠損金が残存していたとしても、これは右5の控除科目である「資本等の金額と利益積立金額等」には含まれないから、原告とレては、解散によって益金取得の機会を喪失した以上、前記五認定の本件欠損金を繰越して損金算入することにより、法人税の課税所得の範囲を減縮し、それによって減税を受ける機会を喪失したものということができる。



 7 被告は、原告の業績が悪く、解散がなくても本件欠損金を控除する余地はなかったから、原告に被害はない旨抗弁するけれども、たとえ原告に営業収益が期待できなくても、原告には他方で多額の本件売買差益があり、これと本件欠損金の相殺勘定の余地が残っていたのであるから、被告主張の右抗弁は失当である。




 一四1 請求原因(一七)(1)の事実のうち、原告(代表者林節)が昭和六二年度中に解散したことは、当事者間に争いがない。



 2 原告供述によれば、原告(代表者林節)は、被告の本件教示(二)によって、右のとおり解散したことが認められる。


 3 請求原因(一七)(3)イ(被告の税務処理による原告への課税額)の事実は、当事者間に争いがない。


 4 そして、原告が解散をせず、買換特例の適用を受け、昭和六三年度において本件欠損金と相殺勘定をして、同額を損金として右繰延益金から控除して、法人税の課税所得の計算をした場合における原告に対する課税額が請求原因(一七)(3)ロのとおり二八〇四万九七六八円となることも、当事者間に争いがない。


 5 そこで、前記3認定の五四九一万二六二〇円から右4認定の二八〇四万九七六八円を控除すると、残額は、金二六八六万二八五二円となる。


 6 右5認定の金二六八六万二八五二円が解散により原告が節税できなかった金額ということができ、原告は、前記一二3認定のとおり、これを納付している。



 一五1 法人が所有不動産を売却し、その売却益を次期以降に繰延べるには、旧措置法第六五条の八第一項所定の買換特例の適用を受けなければならない。



 2 そして、前記二認定のとおり、原告は、青色申告法人であるが、法人税法第五七条第一項によれば、青色申告法人は、各事業年度開始の日前五年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額がある場合には、当該金額に相当する金額は、当該各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しえるものとされている。


 3 しかし、右2の原則は、旧措置法第六六条の一三第一項によって修正され、同条項によれば、法人の昭和六一年四月一日から昭和六三年三月三一日までの間に終了する各事業年度の所得に係る法人税法第五七条第一項の規定の適用については、同項中「開始した事業年度」とあるのは、「開始した事業年度(当該事業年度開始の日前一年以内に開始した事業年度を除く。)」とされた。




 4 そして、前記二認定のとおり、原告の事業年度の終了日は一二月三一日であるから、昭和六二年度の確定申告については、右3の法理により直近一年間に発生した欠損金である本件欠損金の損金算入は許されないこととなる。

  また、このことは、原告が本件不動産売却後で昭和六二年中に解散した場合の解散確定申告(本件解散確定申告も同じ。)についても妥当する。




 5 そこで、原告が本件欠損金の損金算人を実現するためには、右2、3の法理に照らし、昭和六三年(ないし昭和六六年)の確定申告において実現しなければならないこととなる。



 一六1前記一四4の認定事実と右一五5の認定事実を併せ考えると、原告が被告に希望していたように、本件不動産の売買差益と本件欠損金の相殺勘定による法人税等の節税という目的を実現するためには、昭和六二年度において買換特例の適用を受けて右差益を昭和六三年度まで繰延べ、かつ同年度確定申告において右売買差益(益金)から昭和六一年度欠損金(損金)を控除しなければならなかったのである。



2 そして、前記一1認定のような被告の職歴および税理士としての資格・経験等に鑑みると、被告には、前記法人税法及び租税特別措置法の各規定の法意を十分理解しておくべき職務上の義務があったというべきである。




3 そうすると、被告としては、税務相談を内容とする本件契約甲(委任契約)に基づき、原告に対し、右1判示のような適正な税務処理上の教示をし、かつそれに適合する税務の代理及び代行をして税務相談の目的を達成すべき債務を負担していたといわなければならない。


4 ところが、被告は、原告に対し、前記ハ3認定のように本件教示(二)をしているのである。


5 しかし、右教示の内容のうち、「神戸税務署と話し合いがつき、昭和六二年度に原告会社を解散した場合には、その解散確定申告において、昭和六一年度に発生した本件欠損金六六一九万七一四二円を損金算入し利益控除に利用できることとなった」旨の部分 については、 被告供述中に神戸税務署の担当官から旧措置法第六六条の一三の規定の解釈として、そのようになる旨の教示を受けたので、被告もそのように信じた旨の部分がみられるけれども、同条文自体に照らし、そのように解釈できず、他にそのように解釈しうる法的根拠も見当たらないことに徴すると、右部分は採用することができない。なお、仮にそのような事実があったとしても、被告の税理士としての租税に関する法令に精通すべき職務上の義務を何ら軽減するものではなく、前記2の義務には何ら影響はないというべきである。



6 そうすると、本件教示(ニ)は、右1において説示した適正な税務処理に照らし、客観的に誤りであったということができる。


7 従って、被告は、前記のような税務相談を内容とする本件契約甲に基つき、原告に対し、適正な教示ないしは税務指導をなすべき債務を負担しているにもかかわらず、誤った教示(本件教示(ニ))を行なったという不完全な履行をしたものといわなければならない。


8 原告は、この誤った教示を信頼した結果、買換資産の取得を中止して、買換特例の適用を受ける機会を失なって、本件売買差益の繰延ができなくなり、また昭和六二年度中に解散したため、本件欠損金の損金算入ができなくなったものである。


9 原告は、それによって、前記一四6認定の損害を被ったものであり、かつ右損害は 告の右7の不完全履行と相当因果関係がある損害と認められるから、被告は、原告に対し、前記のような税務相談を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害金二六八六万二八五二円を賠償すべき責任があるといわなければならない。


 10 被告は、原告が会社継続の決議をしていれば欠損金の損金算入ができたのに、これを怠った過失があるから過失相殺すべきである旨主張するけれども、原告は、その唯一の営業用資産である本件不動産を売却した当該年度(昭和六二年度)においてその買換資産の予定を申告しておらず、本件売買差益の繰延べの機会をすでに失っていること、また、原告会社は、右売却によりその唯一の営業用資産を失い、原告清算人林節の年齢からみても原告会社に新たな収益はもはや期待できないことに鑑みれば、被告の主張するような原告会社の継続を原告会社(清算人林節)に期待することは困難と言わざるを得ない。

  そうすると、原告には被告主張のような過失はなかったというべきであるから、被告主張の右抗弁は失当である。




 11 次に被告は、解散による清算所得の確定における残余財産の価額の計算にあたり、過去に欠損金が生じていれば、その分残余財産が減少し、課税の面で考慮される旨主張し、一部因果関係を否認ないしは損益相殺の抗弁を主張するので以下判断する。


  (一) ところで、解散による清算所得に対する法人税は、法人税が取得原価主義によっているところから生じる資産の含み益を解散により法人が消滅する前に実現させて清算して課税することを主たる目的とする財産法的視点によるものであるのに対し、貸倒損失等による欠損金の繰延制度は、継続企業の税負担を調整することを目的とした損益法的視点によるものであり、両者その目的(および計算方法)を異にし、欠損金の繰延制度を利用するかどうかは解散による清算所得の確定にはなんら影響を及ぼさないというべきである。


  (二) なるほど、被告が主張するように過去の事業年度において、貸倒損失による欠損金が生じていれば、当該事業年度における会社財産の減少を通じて清算所得確定の際の残余財産の価額の減少に結果として反映され、したがって、その分清算所得に対する法人税の減少に反映されてくるといえる(なお、過去の事業年度において控除できなかった欠損金を、清算所得の段階であらたに残余財産の算定にあたり控除することができないことは清算所得に対する法人税の目的〔および計算方法〕に照らし明らかであるから、被告の主張を善解する。)。


 しかしながら、本件においては、昭和六一年度に生じた本件欠損金を繰延べ控除できなかったことによって、多額の法人税等を納付せざるを得なくなった損害が問題となっているのであり、右(一)において説示したように損益法的視点から継続企業の税負担を調整することを目的とした欠損金の繰延べ控除制度を利用するかどうかということは、財産法的視点からの清算所得の確定になんら影響を及ぼさないのであるから、被告の主張は原告会社の損害をなんら左右するものではなく、その主張は損益法的視点による各事業年度の所得計算と財産法的視点による清算所得計算とを混同したものであり、主張自体理由がないというべきである。




 一七 1 法人税法第六七条によれば、内国法人である同族会社の留保金額について特別の法人税が課税されることとなっているところ、被告は、前記一〇認定のとおり、同族会社の留保金額に対する特別の法人税の税額の申告を失念したため、原告は、延滞税二六万七六〇〇円の課税を受けてこれを納付した。


 2 従って原告は、被告の租税に関する法令に精通し、適正な納税義務の実現を図るべき職務上の注意義務を怠った右1の不完全履行によって、右1の延滞税額相当の損害を被ったもので、かつ相当因果関係があると認められるから、被告は、原告に対し、税務代理を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。


 一八 1 退職手当金の所得に係る所得税の源泉徴収義務者が納期限を徒過して納税告知を受けた場合には、国税通則法第六七条により不納付加算税、第六〇条により延滞税が課税される。


 2 そして、右退職手当金の源泉徴収所得税の納期限が退職手当金支給月の翌月一〇日であることは所得税法第一九九条の規定に照らして明らかである。


 3 それゆえ、原告から、本件契約甲に基づき税務代理の委託を受けた税理士たる被告は、当然右1、2の各規定を了知しているべき職務上の義務がある。


 4 そして、被告が原告に対し、原告会社が林節に対して支給した本件退職金の源泉徴収所得税および納付期限を教示しなかったため、原告に対し、不納付加算税および延滞税が課税されたことは当事者間に争いがないのであるから、特段の事情のないかぎり被告には、本件契約甲に基づき、職務上当然なすべき教示、指導ないし手続代行等の税務代理をしなかった不完全な履行があるというべきである。


 5 そこで、以下、被告主張の抗弁(五)について検討する。


 (一) 原告が本件退職金の源泉徴収所得税(本税)を納付したのは昭和六二年一一月二〇日であることは当事者間に争いがない。


  (二) そして、右争いのない事実、〈書証番号略〉、原告供述(後記認定に反する部分は除く)および被告供述によれば、林節が被告に本件退職金の相談を持ち掛けたのは原告会社が解散した昭和六二年九月二〇日以降であり、その話の過程で本件退職金が四五〇〇万円と決まったこと、そして同年一〇月中旬頃、現実に本件退職金が林節に支給されたが、原告会社が株主総会の承認のもと、その解散の日である昭和六二年九月二〇日に本件退職金を支給したように帳簿を作成していたことから、被告としても本件退職金の支給年月日を右解散の日に遡らせて確定申告(〈書証番号略〉)をしたことが認められる。


  (三) 従って、右認定事実に照らせば、被告にはおよそ本件退職金の納付期限を教示する機会がなかったというべく、被告主張の抗弁(五)の事実社これを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。


 6 そうすると、被告には、原告の前記のような税務指導ないし税務代理を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく右不納付加算税・延滞税相当三三万六三〇〇円の損害賠償請求につき、責めに帰すべき事由はないから、原告のこの請求は理由はない。


 一九 そこで、前記一六 9 認定の損害金二六八六万二八五二円、前記一七 2 認定の損害金二六万七六〇〇円を合計すると、金二七一三万〇四五二円となる。


 二〇 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、前記本件契約甲(委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償として、金二七一三万〇四五二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年四月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。


 (裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井 浩 裁判官山田 整)