税賠(6)

 

 

 

 

 

 本日は東京高等裁判所 平成6年(ネ)第3109号 損害賠償請求控訴事件 平成7年6月19日判決、判例タイムズ904号140頁を検討します。

 

 

 

 





 Aは平成元年12月9日に死亡し、相続人として子ら9名(代襲相続人を含む)がいたが、二女Bのみに遺産の全部を相続させるとの遺言が存在した。



  Bは、相続税の申告と延納許可申請手続をC税理士に委任し、税務署長から延納許可を得ていた。

しかし、長女X1、五男X2、六男X3の希望により遺産分割協議が行われ、同3年8月27日、同協議が成立した。




 Yは、公認会計士兼税理士であるが、妻がX1の娘と友人であったため、同年4月ころからXらの相談に乗り、遺産分割協議が成立した場合の納税額を計算するなどしたが、Xらから報酬をとらなかった。





 XらはYに相続税の修正申告を依頼することとなり、同年9月、Yの海外出張中にYの事務所で委任状に署名捺印した。




 Yは帰国後、Xらのため税務署長に修正申告手続をしたが、期限後であったため、相続税の納付義務が直ちに発生し、納付までの間、延滞税(最初の2か月間は年7・3パーセント、その後は年14・6パーセント)が賦課されることとなった。





 XらはYに対し、委任契約の債務不履行であるとして、延滞税と利子税の差額金及び慰謝料の支払いを求めた。









  第一審横浜地判平6・7・15は、XらとY間の委任契約には、相続税延納許可申請手続は含まれておらず、延納許可申請をしなかったことの非はXらにあるとして請求を棄却した。






  本控訴審判決は、同様の事実関係のもとにおいて結論を逆転し、税理士としては、相続税の申告に当たり、相続税の納付がいつ必要であるかを説明し、納付が可能でない場合には、延納許可申請の手続をするかどうか意思確認をすべき義務があるとした。






 認容された損害額は、延滞税と利子税の差額の1年分に止められ、さらにXらの過失が3割として斟酌された。




  本件は、無償の税務代理において、委任契約違反が問われ、当事者が明示的に依頼しなかった事項についてまで委任契約の効力が及ぶとされた点で注目される。








 税理士の委任契約違反が認められた事例として、


東京地判平4・7・31判時1463号88頁、


神戸地判平5・11・24●本誌870号199頁、



否定された事例として、



岐阜地大垣支判昭61・11・28判時1243号112頁、


横浜地判平1・8・7判時1334号214頁、


東京地判平2・8・31●本誌751号148頁がある。














 裁判所の判断



争点に対する判断




  一 前記原判決第二、一の事実、証拠(以下に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、本件の経緯について次の各事実が認められる。






   1 てつの相続人は、長女の控訴人越部、二女の西村光子、三男の中澤博次郎、五男の控訴人益次郎、六男の控訴人良次郎、二男の亡中澤精次郎の代襲相続人中澤禎次郎ら三名及び四男の亡越部健次郎の代襲相続人である越部聡次郎の九名であった。てつは、西村光子に全財産を相続させる旨の遺言をしていたが、控訴人越部らの希望で改めて遺産分割協議をすることとし、控訴人越部、同益次郎、同良次郎、西村光子が吉田税理士の紹介により若井弁護士に依頼し、中澤禎次郎ら三名は伊豆隆義弁護士に、中澤博次郎は栂野泰二弁護士に、及び越部聡次郎は菊地史憲弁護士に依頼して、遺産分割協議を進めていた。控訴人越部は、東京都大田区田園調布の土地の一部を現実に確保することを強く希望し、中澤聡次郎は現物の取得ではなく代償金の支払を受けることを希望していたことや遺産分割協議とは別に生前に共同相続人が贈与を受けていた川越の土地の中澤博次郎、越部聡次郎の共有持分を控訴人越部側で買い受けるため、控訴人越部は相当額の資金を必要としていた。控訴人越部は、遺産の中に預貯金類がなく手元にも現金がなかったので、遺産の一部を売却して、その資金に充てることを予定していた。(甲第六号証、控訴人越部、証人若井)








   2 控訴人越部は、早くしないと土地の売却が難しくなるので、弁護士同士の話し合いが進展しないことに不満を抱いており、若井弁護士に対して遺産分割協議を早急に成立させるように説得してくれる協力者を探していたところ、被控訴人の妻が控訴人越部の娘の友人であり、たまたま控訴人越部の家に遊びに来た際、遺産分割協議のことが話題となって、控訴人越部は、被控訴人の妻に対し、被控訴人に手助けをしてほしいと依頼した。被控訴人は、手助けができることがあれば手伝ってもよいと考え、平成三年四月一七日、控訴人越部宅を訪ね、事情を聞くとともに、控訴人越部から、吉田税理士作成の西村光子の相続税申告書の写し、当時の遺産分割協議の案文、吉田税理士作成の遺産分割案を前提とする相続税の賦課から納付までのシミユレーションを記載した書面を資料として見せられた。被控訴人は、控訴人越部に対し、吉田税理士がいる限り税理士として仕事を受けることはできないが手伝いはしようと答えた。(乙第六号証の一、控訴人越部、被控訴人)










   3 被控訴人は、平成三年四月二七日、控訴人越部の依頼により、控訴人越部、同良次郎及び西村光子とともに若井弁護士の事務所に赴き、若井弁護士及び同事務所に来ていた吉田税理士事務所の仙頭税理士に対し、遺産分割協議を速やかに成立させられるよう若井弁護士と控訴人らとの意思疎通を円滑にするための補助的役割を頼まれたこと、吉田税理士が関与しているので税理士としては仕事はしない旨自らの立場を説明した。しかし、控訴人越部や西村光子は、吉田税理士に対して報酬が高いなどと不満を持ち、以後吉田税理士に依頼するつもりがない旨若井弁護士に述べていたが、控訴人越部らが吉田税理士の関与を明確に断った形跡はない。











   4 被控訴人は、平成三年六月八日、若井弁護士の事務所を訪ね、若井弁護士から、控訴人越部が支払うべき代償金や立退料等の資金調達を確実にできる確約が欲しいとの希望を聞き、住友銀行飯田橋支店の小川支店長(控訴人越部の娘の同級生)と相談したが、中澤博次郎が遺産の土地に担保設定をすることに同意しなかったため、同銀行の融資ができず、結局、同銀行系列の東京総合信用株式会社からの融資の見込みがついたので、その旨を若井弁護士に伝えた。(被控訴人、証人若井)








   5 平成三年八月上旬には、各相続人間での遺産分割の合意が実質的に成立した。これに先立つ同年六月一〇日、西村光子が申告した相続税(延納手続がとられていた。)の第一回分(本税)一六三三万七六〇〇円が納付されており、利子税の納付も予定されていたところ、若井弁護士は、被控訴人に対し、右第一回の納付税額(本税及び利子税)の各相続人の取得遺産の割合に応じた負担額の計算を依頼し、被控訴人は、同月一四日、「第一回分納相続税及び利子税の各自負担分一覧表」(乙第二号証)を作成して、若井弁護士に送付した。右乙第二号証は、被控訴人の指示を受けた被控訴人の事務所の瀬川税理士が、吉田税理士が西村光子の相続税申告書に用いた遺産の評価等の資料に基づき、相続税の修正申告書の用紙に必要な事項を記載して各相続人の相続税額を計算し(乙第一号証の一ないし四)、その計算結果によって作成したものである。(甲第八号証、乙第二号証、証人若井、被控訴人本人)










   6 吉田税理士は、平成二年一二月中に西村光子名義の相続税の申告手続等の報酬請求書を西村光子宛に送付し、さらに、平成三年になって再度請求書を送付したが、控訴人越部や西村光子はその支払をしていなかった。そのため、前記遺産分割に伴う修正申告(期限後申告)の手続を吉田税理士に依頼できる状況にはなく、若井弁護士は、平成三年八月上旬ころ、被控訴人に対して、「修正申告は乙野さんがやるほかないではないか。」と述べ、被控訴人も、やらなければ仕方がない旨若井弁護士に答えた。しかし、若井弁護士が控訴人らに代わって修正申告手続を被控訴人に依頼したわけではない。(証人若井)









   7 平成三年八月二七日、遺産分割協議書の調印が完了して遺産分割協議が成立した。この遺産分割協議書には、控訴人越部が中澤聡次郎に対し、遺産分割の代償金として八三四四万五〇〇〇円を平成三年一二月末日限り支払うこと(遅延損害金年八パーセントの合意がある。)、控訴人越部、中澤博次郎、控訴人益次郎は、田園調布の土地の一部(四一四・〇三平方メートル)共有取得する部分を平成三年一二月末日までに売却すること(この代金から前記の代償金の支払が予定されている。)の定めがある。(甲第三号証)











   8 被控訴人は、同年九月四日からイギリスに出張するので、瀬川税理士に対し、準備してあった相続税の修正申告書に控訴人らから判子をもらうよう指示し、控訴人越部に対しては、修正申告は自分が不在につき事務所の瀬川税理士にさせるので、同月一一日に控訴人らの実印と印鑑証明書を事務所に持参するように指示した。

  控訴人越部、同良次郎は、同日、被控訴人の事務所において、瀬川税理士に控訴人らの印鑑証明書を交付し、同税理士が準備した相続税の修正申告書(甲第二号証)の必要箇所に控訴人らの実印を捺印し、控訴人ら作成名義の委任状(甲第一号証の一、二)に署名、押印した(控訴人益次郎の署名、押印は控訴人越部が代行した。)。右委任状には、委任事項として、「1 平成元年一二月九日死亡した被相続人中沢てつの相続財産について所轄税務署長に対し相続税の修正申告をなし、また当該申告に係わる税務調査に対して立会説明をなすこと。2 上記の行為に不随する税理士法二条の一切の税理士業務を行うこと。」との記載がある。

  被控訴人は、帰国後、右相続税の修正申告書の作成税理士欄に署名捺印したうえ、これを川越税務署長宛に郵送し、右申告書は、平成三年九月二五日受理された。なお、右申告書によれば、債務を控除した遺産の総額は、一〇億一一四八万三〇〇〇円であり、控訴人ら三名が納付すべき相続税の本税額の合計は二億二五三九万八四〇〇円である。(甲第一号証の一、二、第二号証、第六号証、控訴人越部、被控訴人)







   9 右の修正申告書(法律的には期限後申告である。)を提出した日が、申告に係る相続税の納付すべき日となり、納付すべき相続税を完納しない場合には、その翌日から延滞税が賦課されることになる(国税通則法六〇条)。延滞税の税率は原則として年一四・六パーセントであり、利子税の税率は、本件にあっては年四・八パーセントである。

  控訴人越部は、それまでにも売却予定の土地を売りに出していたが、修正申告書を提出した時点では、具体的な買主が決まってはいなかった。(甲第八号証、控訴人越部)








   10 控訴人越部は、平成三年一二月ころ川越税務署長からの督促状を受け取ったことを被控訴人に連絡し、相続した土地を同月中に売却する予定が事情により不可能となったと説明した。被控訴人は、同月一一日、控訴人越部と共に関東信越国税局に赴いた。国税局の担当官は、控訴人越部に、督促から差押えへの徴収手続を説明し、被控訴人は、控訴人越部が相続した土地を売却して納付するので、売却予定の共有の土地ではなく、控訴人越部が単独で相続した土地を差し押さえてほしい旨の希望を述べ、担当官からその趣旨を了解した旨の返答を得た。さらに、被控訴人は、平成四年一月一六日、若井弁護士を伴って国税局に赴き、遺産分割の経過とその後の履行状況を説明した。(乙第六号証の五、証人若井、控訴人越部、被控訴人)







   11 被控訴人は、控訴人らに対し、本件の修正申告についての報酬の請求をしていない。(被控訴人)




   12 控訴人らは、納付すべき相続税について、延納許可申請をするかどうかについて、被控訴人、瀬川税理士、若井弁護士などに相談したことはない。(控訴人)




   13 控訴人益次郎、同良次郎は、相続した川越の土地を売却して、平成四年一〇月二九日に相続税を完納した。(甲第六号証、弁論の全趣旨)













  二 争点1(委任契約の成立とその内容)について




  1 前記認定の事実経過に照らせば、控訴人らが主張する平成三年四月に被控訴人に対して相続税の修正申告に関する一切の手続を委任した事実を認めることはできない。右主張に沿う甲第六号証(控訴人越部の陳述書)の記載や控訴人越部の供述は、若井証言等に照らして採用できない。平成三年四月の時点では、前記認定のとおり遺産分割協議が速やかに成立するよう若井弁護士との連絡をすることを依頼しただけである。








   2 しかし、遺産分割協議が成立した後、被控訴人が瀬川税理士に控訴人らの修正申告の準備を指示するとともに、控訴人越部に対し修正申告は瀬川税理士にさせる旨連絡し、控訴人らが平成三年九月一一日被控訴人の事務所において、修正申告書に捺印をし、委任状を作成して印鑑証明書とともに、瀬川税理士に交付し、被控訴人が右修正申告書を所轄税務署長に提出しているといった事実経過に照らせば、控訴人らが右委任状に記載の修正申告及びこれに伴う税理士業務を被控訴人に依頼し、被控訴人がこれを受任したと認めることができる。











  被控訴人は、好意により修正申告書を作成しただけであり、税理士業務の委任を受けていない旨主張するが、控訴人らからの委任状を受領するに当たり(直接受領したのは瀬川税理士であるが、被控訴人も申告書の提出に当たって、委任状の受領は認識していたものと推認できる。)、税理士業務を受任するものではないことを説明したことはなく、税理士がその業務に関する委任状を徴求したことは、その委任状に記載の委任事項についての業務を受任したものというべきである。






このことは、同年八月に、若井弁護士から、修正申告は被控訴人がやるほかないではないかと言われ、被控訴人も、やらなければ仕方がないと答えていたことからも裏付けられる。報酬の約束の有無は、委任契約の成立を左右するものとはいえない。











   3 次に、控訴人らは、右委任契約には当然相続税の延納許可申請手続が含まれる旨主張するが、前記認定のとおり延納許可申請をするかどうかについて話が出たことはなく、控訴人らが被控訴人に差し入れた委任状にも延納許可申請をすることの委任事項の記載はないのであるから、延納許可申請をすることが委任の内容となっていたと認めることはできない。控訴人らが延納許可申請をしてほしいと思っていたとしても、内心に止どまる限り、契約の内容とならないことは当然のことである。





  なお、前記委任状の委任事項の2項には、「上記行為に付随する税理士法第二条の一切の税理士業務」が掲げられており、税理士法二条一項一号の税務代理の定義として、「租税に関する法令若しくは行政不服審査法の規定に基づく申告、申請、請求若しくは不服申立て」が掲げられており、延納許可申請手続も相続税の申告の付随業務と解することができ、右委任状の記載によって延納許可申請手続の代理権の根拠となりうるが、そのことと具体的に延納許可申請手続を委任したこととは別個の事柄である。








   4 したがって、委任契約の内容は、委任状の委任事項のとおり、相続税の修正申告及びこれに関する税務調査に立ち会い説明することということになる。











  三 争点2(委任契約上の債務不履行の有無)について




  1 控訴人らは、被控訴人には、相続税の修正申告に当たって、修正申告に係る相続税の納付につき、控訴人らに過剰な負担を負わせないように務め、相続税の一括納付が困難なときは、右修正申告に併せて相続税の延納許可申請手続をなさしめるべき注意義務(助言、指導義務)があったと主張する。





   2 税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とするものである(税理士法一条)。

  税理士は税務の専門家であるから、税務に関する法令、実務の専門知識を駆使して、依頼者の要望に適切に応ずべき義務がある。すなわち、相続税の修正申告手続を受任した場合には、善良な管理者として依頼者の利益に配慮する義務があることはもちろんであり(民法六四四条)、税理士法上の義務として、法令に適合した適切な申告をすべきことは当然であるが、法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるというべきである。





そして、租税の申告(税額の確定作業)に伴い租税の納付が必要となるのであり、依頼者に納付の時期及び方法について周知させる必要がある。被控訴人の事務所においても、通常の相続税の申告に当たっては、必要な場合には延納許可申請等の手続も申告に併せて行い、納付書の受渡しも行うようにスケジュールが組まれている(平成五年九月一七日被控訴人準備書面)。









  特に、本件においては、相続税の修正申告(期限後申告)であり、その遺産総額は一〇億円を超え、控訴人らの納付すべき相続税の合計額は二億二五三九万八四〇〇円の多額にのぼり、延納の手続をしなければ、申告書を提出した日に全額を納付しなければならず、納付を完了しない場合には、その翌日から延滞税(最初の二か月間は年七・三パーセント、その後は一四・六パーセント。ただし、滞納処分の差押があれば、七・三パーセントとなる。)が賦課されるのに対して、延納の許可を得れば年四・八パーセントの利子税の負担で済むことになるのであって、






延納の許可を受けるかどうかによって、控訴人らが負担する附帯税の額に大きな差があるものである。そして、控訴人らは、相続税を相続する土地の売却代金から支払うことを予定していたのであり、遺産分割協議の成立までの間に売却の手配をしていたものの、確実に売却できる見込みがあったわけではなく、若井弁護士から遺産分割協議の成立に伴い支払が予定される代償金等の支払の確保を依頼され、東京総合信用株式会社との交渉に当たった被控訴人としては、その事情を承知していたものと推認できる。そして、相続税の延納許可を得ることによって、控訴人らに特別不利益が生ずることはない。したがって、本件においては、相続税の修正申告に当たっては、相続税の納付がいつ必要であるのかを控訴人らに説明し、その納付が可能であるかどうかを確認し、これができない場合には、延納許可申請の手続きをするかどうかについて控訴人らの意思を確認する義務があるというべきである。







このような納付についての指導、助言を行うことは、本件の事情のもとにおいては、単なるサービスというものではなく、相続税の確定申告に伴う付随的義務であり、この懈怠については債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。











  なお、税理士法二条には税理士の行う業務を限定的に列挙しているが、これは税理士の資格がない者に税理士業務を行うことを禁じること(税理士法五二条)のためにその範囲を明確にするためであって、税理士が受任する事務を限定したり、税理士の責任を負うべき事務の範囲を限定する趣旨のものと解することはできない。








   3 被控訴人は、控訴人らには延納許可申請手続をする意思がなかった旨主張するので検討する。

  たしかに、控訴人らは相続税を長期間の分割によって支払うのではなく、相続した土地を売却することによって相続税を納付することを予定していたものである。そして、遺産分割協議書では、田園調布の土地の一部(共有で取得した部分)を平成三年一二月末日までに売却して、その代金を控訴人越部の中澤聡次郎に対する代償金の支払に充てることを約定している。しかし、前記のとおり、相続税の修正申告書を提出した平成三年九月時点において、確実に売却できる見込みがあったわけではなく、延納許可を得ることによって、控訴人らに不利益が生ずることはないのであるから、被控訴人が延納許可手続についての助言をしていたならば、控訴人らは、その手続を依頼したものと推認することができる。






控訴人らの代理人として遺産分割協議の事務に携わっていた若井弁護士も証人尋問において、控訴人らが相続した土地の売却がすぐにはできないから、修正申告においては延納許可申請手続がされるものと考えていたと証言しているところである。

  控訴人越部は、平成三年一二月一一日、被控訴人と共に国税局に赴いた際、担当官に差押手続に入ることの説明を受けたにもかかわらず、被控訴人に延納許可申請手続をしなかったことについて苦情を申し出なかったけれども(被控訴人本人によって認められる。)、そのことから直ちに控訴人越部が延納許可申請手続をしなかったことに異議がなかったものと即断するわけにはいかない。








   4 以上のとおり、被控訴人には、控訴人らから受任した相続税の修正申告手続の事務処理に当たり、延納許可申請手続をすることについて控訴人らに助言、指導をすべき義務を怠った点に債務不履行があったものと認めることができ、これによる控訴人らの後記の損害を賠償する義務がある。









  四 争点3(控訴人らの損害)について


  1 控訴人らは、延滞税額と延納許可を受けた場合の利子税額との差額を損害とし、控訴人越部については相続税を納付すべき日の翌日である平成三年九月二六日から平成五年四月三〇日まで、その余の控訴人らについては、平成三年九月二六日から相続税を完納した平成四年一〇月二九日までの期間についての右の差額を損害として請求する。

  しかし、控訴人らは、相続した土地を売却して相続税を納付することを予定していたものであり、長期間にわたる延納を予定していたものではないから、本件において相当因果関係がある延滞税と利子税との差額の損害は、相続した土地を売却するについて相当と認められる期間の損害に限られると解すべきであり、その期間は、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、修正申告書を提出した日から一年間と認めるのが相当である。








   2 そうすると、控訴人らの損害は次のとおりとなる。

    (一) 控訴人越部につき

 (1) 延滞税額一六一八万六七〇〇円

  本税額一億七六三九万八八〇〇円、延滞税率は、納付すべき日の翌日から二か月間は年七・三パーセント(国税通則法六〇条二項ただし書)、その後の期間で国税局による滞納処分としての差押えの日の前日である平成四年二月二七日までは年一四・六パーセント(同項本文)、右差押えの日以後は年七・三パーセント(同法六三条五項)による。

  (2) 利子税額 八四六万六七〇〇円延納の期間を二〇年間とし、その場合本件に適用される利子税率年四・八パーセントによる。

  (3) 差額   七七二万〇〇〇〇円

    (二) 控訴人益次郎

  (1) 延滞税額 五二四万四九〇〇円

  本税額三九一九万九七〇〇円、延滞税率は、納付すべき日の翌日から二か月間は年七・三パーセント、その後は年一四・六パーセントによる。

  (2) 利子税額 一八八万一一〇〇円延納の期間を二〇年間とし、その場合本件に適用される利子税率年四・八パーセントによる。

  (3) 差額   三三六万三八〇〇円

    (三) 控訴人良次郎

  (1) 延滞税額 一三一万〇二〇〇円

  本税額九七九万九九〇〇円、延滞税率は、納付すべき日の翌日から二か月間は年七・三パーセント、その後は年一四・六パーセントによる。

  (2) 利子税額  四六万九九〇〇円延納の期間を二〇年間とし、その場合本件に適用される利子税率年四・八パーセントによる。

  (3) 差額    八四万〇三〇〇円

    (四) 控訴人ら三名の損害合計額一一九二万四一〇〇円










   3 過失相殺について


 ところで、すでに認定したとおり、本件の相続については、まず西村光子が単独で遺産の全部を相続したものとして、期限内に相続税の確定申告をしており、相続した土地に抵当権を設定して延納の許可を得ていたものであり、控訴人らは、当然相続税の延納の手続があること、そのために抵当権等の担保の提供が必要であることは熟知していたものと認められる。



そして、被控訴人に相続税の修正申告を委任するに当たり、納付手続について被控訴人あるいはその事務所の税理士に対して質問し、延納許可申請手続をするかどうかについて相談することは期待できないことではなかったと認められるから、被控訴人の前記の債務不履行について控訴人らにも過失があったと認めることができる。控訴人らの過失割合は、被控訴人が税務の専門家であることその他本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、それぞれ三割とするのが相当である。






  前項の控訴人らの損害額から、右過失割合の三割を控除すると、控訴人らの損害額は、控訴人越部が五四〇万四〇〇〇円、控訴人中澤益次郎が二三五万四六六〇円、控訴人中澤良次郎が五八万八二一〇円(以上合計八三四万六八七〇円)になる。

  なお、民法四一八条による過失相殺は、債務者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができる(最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四五四頁)。




  五 むすび


 以上の次第で、控訴人の本件請求は、控訴人越部につき五四〇万四〇〇〇円、控訴人中澤益次郎につき二三五万四六六〇円、控訴人中澤良次郎につき五八万八二一〇円とこれらの金員に対する本件訴状が被控訴人に送達されたことが記録上明らかな平成五年五月二三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。したがって、本件請求を全部棄却した原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。



  (裁判長裁判官 高橋欣一 裁判官 矢崎秀一 裁判官 浅香紀久雄)

 




 主   文


  一 原判決を次のとおり変更する。



   1 被控訴人は、控訴人越部隆子に対し金五四〇万四〇〇〇円、控訴人中澤益次郎に対し金二三五万四六六〇円、控訴人中澤良次郎に対し金五八万八二一〇円、及び右各金員に対する平成五年五月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。



   2 控訴人らのその余の請求を棄却する。



  二 訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その三を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。



  三 この判決は、第一項の1につき仮に執行することができる。