税賠(5)






 先日の裁判例、争点から検討します。












争点



 1被告が亡隆良の相続税の申告手続を行った際に、住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行い、配偶者の税額軽減措置を限度額いっぱいに利用できないこととなったことが、被告の過失といえるか。



 2被告の右行為に過失があった場合の原告らの損害の額



 3原告らに過失相殺の対象となる過失があったといえるか。









 第三 争点に対する判断




 一 被告が亡隆良の相続税の申告手続を行った際に、住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行い、配偶者の税額軽減措置を限度額いっぱいに利用できないこととなったことが、被告の過失といえるか。




 1原告らが、税理士である被告に対し、平成六年二月ころ、相続税の申告手続を依頼したこと、原告らが右依頼に当たり被告に対し、相続人間には遺産分割をめぐって何らの紛争もないこと、被相続人亡窪田市太郎に関する相続税の支払も残っているので、原告らとしては、今回の相続税額をできる限り低くしてもらいたいと考えていることを被告に伝えたこと、被告が右相続税の申告手続の前提として、亡隆良の遺産に関する分割協議書案を作成し、相続人全員の押印を得て、これを相続税の申告に使用したことは、当事者間に争いがない。






 2原告らは、被告が右相続税申告書類を作成するに際し、住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置かないまま遺産分割協議書作成の事務を行い、その結果、原告らは配偶者の税額軽減措置を限度額いっぱいに利用できないこととなったと主張するので、この点について判断する。




 (一)被告は、その本人尋問において、遺産分割協議書案を作成する際に、原告らに対して資料を提示するよう促していたにもかかわらず、原告らから住宅金融公庫からの借入れに関する資料の提示が全くなかった旨供述し、被告本人尋問から認められるい被告の税理士としての経験及び事務処理状況からみて、被告が右借入れの存在を示す明らかな資料の提示を受けているにもかかわらず、右借入れを前提としない遺産分割協議書案を作成したとは考えがたいから、被告は、右供述のとおり、住宅金融公庫からの借入れに関する明瞭な資料を入手しないまま遺産分割協議書案を作成したものと認められる。



  しかし、被告本人尋問の結果によれば、被告は、右相続税の申告作業を税理士や公認会計士の資格を持っている他の職員と共同して行っていたこと、右相続税の申告作業前の所得税の確定申告の段階で、確定申告の作業の時期だけに手伝いに来てくれる公認会計士である職員が、亡隆良が建築資金の借入れ入金やその支払用に使っていた銀行告座の通帳(甲第七号証)の提出を受けたこと、その通帳には、住宅金融公庫からの借入金の入金を示すものとして、平成五年七月二九日付けで「ジュウコウ 120、000、000」及び同年一一月二九日付けで「ジュウコウチュウカンキン 80、320、274」と記載されていたことが認められる。





  右認定事実によれば、被告の税理士としての事務の履行補助者である職員が住宅金融公庫からの二億円余りの借入れについて明瞭に記載された資料の提出を原告らの側から受け取っていたことが認められるのであるから、被告としては、亡隆良の相続税の申告事務を行うにあたり、原告らの側から、右借入れを認識すべき明瞭な資料の提出を受けていたものと認めるのが相当である。









(二)被告は、右認定のとおり、原告らの側から、右借入金債務の存在を認識すべき明瞭な資料の提出を受けていたものであり、しかも、相続人間に遺産分割に関する争いがなく、被告の助言を受け入れうる態勢にあることを承知しており、また、原告らか当面の相続税の額をできる限り少なくしてもらいたいとの希望を持っていることも承知していたのであるから、対価を得て税務事務を行う被告としては、原告らが遺産分割協議をする際の資料ないし選択肢の一つとして、右借入金債務の存在を念頭に置いて、その場合に原告かづ子の配偶者控除をできる限り多く使えるような遺産分割協議の方法はどうであるかについて、遺産分割協議書案の提示又はそれに代わる助言をすべき職務上の義務があったといえる。







(三)ところが、被告は、住宅金融公庫からの二億円余りの借入金債務の存在を現実に認識しておらず、その結果、少ない額の配偶者控除しか得られない遺産分割協議書案のみを原告らに提示し、原告らにとってより有利な遺産分割の案がありうることを提示ないし助言しなかったのであり、



 これによって、原告らは、より有利な税務申告の方法を検討する機会を失ったものである。したがって、被告にはこの点について過失があり、被告の右過失のある事務は、原告らに対し、不法行為を構成するものというべきである。









 (四)もっとも、弁論の全趣旨によれば、亡隆良の遺産には不動産が多く、その中には空室の多い貸家等まで含まれているため、その評価について納税者の見解と税務署の見解が異なる現実のおそれがあったことが認められ、また、依頼者から当面の税額を少なく申告したいとの希望があったとしても、それでは後の税額が不相当に大きくなるような場合には、その旨の助言をするのが対価を得て税務処理を行う者としての務めであり、さらに、そもそも遺産分割をどのように行うかは相続人が各自の意思で決定することであることからすると、相続人に対し配偶者控除が限度額いっぱい使えるような遺産分割を勧めることが税理士の職務上の注意義務であるということはできない。しかし、そうであるとしても、被告が本件税務申告事務を行うについて右のとおり過失があったことは否定できない。











 二 原告らの損害


 1福島税理士に支払った税理士報酬


  原告博本人尋問の結果によれば、原告らは被告の税務申告事務に疑問を感じ、福島税理士に依頼して税務申告の見直しをしてもらったところ、配偶者控除に関する問題を含め、いくつかの問題点が分かり、配偶者控除の問題以外の問題点については、原告らの希望どおりの更正が認められ、合計一六九九万九五〇〇円の減額を受けることができたものの、配偶者控除については、更正の方法を見いだすことができなかったこと、原告らは福島税理士に対し、右見直しの事務の対価として、原告博、原告典子及び原告裕一において、各一〇五万円の報酬を支払ったことが認められる。


  前記一認定の被告の過失の内容からみて、福島税理士が被告の税務申告の見直しの事務の対価として原告博、原告典子及び原告裕一が支払った金員は、右原告らの損害と認めることができる。





 2過大に納めた相続税額分


  被告が住宅金融公庫からの二億円余りの借入金債務の存在を現実に認識しておらず、その結果、少ない額の配偶者控除しか得られない遺産分割協議書案のみを原告らに提示し、原告らにとってより有利な遺産分割の案がありうることを示さず、これによって、原告らは、より有利な税務申告の方法を検討する機会を失ったものであり、弁論の全趣旨によれば、仮に配偶者控除を最大限使用したとすれば、計算上は、原告典子において、今回の税務申告においては、三〇一二万一七〇〇円の相続税を少なく納付すれば足りたことが認められる。

  しかし、次のような問題があるので、この金額の全額が原告典子の損害であるということはできない。





 (一)前記一認定のとおり、亡隆良の遺産には不動産が多く、その中には空室の多い貸家等まで含まれているため、その評価について納税者の見解と税務署の見解が異なるおそれがあったことが認められるのであり、本件においては、後に税務署で評価の見直しがあり、その結果配偶者の相続分が五〇パーセントでなくなる可能性も、現実に相当程度あった。



 (二)原告典子は、被告の作成した遺産分割協議書案に基づく遺産分割協議により、現実に分割に係る遺産を取得したのであり、原告かづ子と原告典子の年齢及び家族関係を考慮すると、原告かづ子の配偶者控除を最大限に利用する遺産分割協議をした場合には、後に生じる相続において原告典子の相続税が増加する蓋然性が高い。この点は、原告典子の損害の減額要素として考慮すべきことになる。



 (三)遺産分割をどのように行うかは相続人が各自の意思で決定することであり、相続人に対し配偶者控除が限度額いっぱい使えるような遺産分割を勧めることが税理士の職務上の注意義務であるということはできない。

右のような要素を考慮した場合、原告典子が納付した相続税額のうちどの程度の金額を損害として認容すべきであるかが問題となるが、右(一)ないし(三)のうち、特に(二)の問題については、将来どのような順序でどのような相続が起こるか、その場合の相続税制がどのようになっているかの予測がかなり困難である。したがって、本件においては、裁判所において、民事訴訟法二四八条の趣旨も考慮の上、諸般の要素を考慮して、相当な損害額を認定するほかない。





 原告らが被告に相続税の申告事務の処理を依頼した際、相続人間には遺産分割をめぐって何らの紛争もなかったこと、被相続人亡窪田市太郎に関する相続税の支払も残っているので、原告らとしては、今回の相続税額をできる限り低くしてもらいたいと考えていることを被告に伝えたこと、亡隆良の遺産には不動産が多く、その中には空室の多い貸家等まで含まれているため、その評価について納税者の見解と税務署の見解が異なる現実のおそれがあったこと、被告の過失の態様、被告の過失に対応した原告らの資料の提供及び点検の態様、原告らが次回以降の相続においてどの程度の相続税を支払うべきこととなるかについての現時点での大まかな予測その他の諸般の事情を考慮すると、原告典子の相続税納付に関して生じた損害は、九〇〇万円(理論上の今回の最小の納付税額と現実に納付した税額の差額の約三〇パーセント、原告らが被告に対して支払った税理士報酬の額の三倍に当たる金額)と認めるのが相当である。









 3被告に支払った申告費用分

  原告らが被告に支払った相続税申告費用は、被告が行った相続税申告事務の対価として支払われたものであり、被告の過失によって原告らに生じた損害については、別途、賠償されるべきものとして認定している。したがって、原告らが被告に支払った相続税申告費用は、原告らの損害の中に加えられるべきではない。






 三 過失相殺の要否

  被告らは、被告の不法行為に関し、原告らにも過失があったとして、いくつかの事実を摘示する。しかし、これらの事実を直ちに原告らの過失と評価することはできず、また、原告典子の損害を算定するに際しては、被告が指摘する事実関係も総合考慮の一要素として検討しているのであるから、被告らの過失相殺の主張は理由がない。



 四 結論

  以上のとおり、原告らの請求は、原告博において一〇五万円、原告典子において一〇〇五万円、原告裕一において一〇五万円及びこれらに対する平成九年七月一九日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余は理由がない。よって、主文のとおり判決する。




 (裁判官園尾隆司)




主   文


 一 被告は原告窪田博に対し金一〇五万円、原告窪田典子に対し金一〇〇五万円、原告窪田裕一に対し金一〇五万円及びこれらに対する平成九年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。


 二 原告窪田かづ子の請求並びに原告窪田博、原告窪田典子及び原告窪田裕一のその余の請求をいずれも棄却する。


 三 訴訟費用のうち、原告窪田博、原告窪田典子及び原告窪田裕一に生じた費用の二分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。


 四 この判決の第一項は仮に執行することができる。