税賠(4)




 本日からは東京地方裁判所判決/平成9年(ワ)第13748号 、 平成10年9月18日判決、 判例タイムズ1002号202頁、について検討します。











請求原因



 1窪田隆良は平成六年一月九日死亡して相続が開始し、法定相続人は、その妻である原告窪田かづ子、長男である原告窪田博、長女である原告窪田典子、養子である原告窪田裕一の四名である。



 2亡窪田隆良の相続財産は、そのほとんどが不動産であった。



 3原告らは、税理士である被告に対し、平成六年二月ころ、相続税の申告手続を依頼し、また、原告らは被告の求めに応じ、相続税の申告に関して、平成六年一二月二六日に二〇〇万円、平成七年七月二七日に一〇〇万円の合計三〇〇万円を支払った。





 4原告らは、被告に対し、右依頼にあたって、



 (一)相続人間には遺産分割をめぐって何らの紛争もないこと、


 (二)被相続人亡窪田市太郎に関する相続税の支払も残っており、原告らにとって相続税の負担が大変厳しいものであること、


 (三)そのため、将来の相続のことは特段考慮することなく、専ら今回の相続税額を低くしてもらいたいこと、を重ねて説明し、被告もこれを了解した。







 5被告は、平成六年一〇月、遺産分割協議書を作成して原告かづ子に示した上、原告かづ子が所持していた他の原告を含む相続人全員の印鑑を押印させ、同月二八日、右遺産分割協議書を含む必要書類を整えて、船橋税務署長宛に相続税の申告手続を行った。




 6ところが、被告が行った税務申告に関し、次のとおりの事実が判明した。



 (一)被告の作成した申告書類には、原告らが被告に提示した資料から当然判明するはずの住宅金融公庫からの二億円余りの借入金が脱漏していたばかりか、債務控除として計上できる右借入金利息分一〇二万一七七六円のほか、平成五年分・六年分の固定資産税及び平成五年分未払住民税合計五二九万一〇〇〇円の総合計六三一万二七七六円が漏れていた。




 (二)本件では、相次相続控除分として、限度額二三四五万五四二〇円の税額控除が受けられるはずであったが、この控除を全く受けていない。




 (三)遺産分割協議書作成に際しては、住宅金融公庫からの借入金債務の存在を念頭に置いていないために、借入金全額を原告かづ子が負担するものとし、その結果、配偶者の税額軽減措置を限度額いっぱいに利用できなかった。





 7前項(一)ないし(三)を踏まえて申告すべき内容は、別紙「本来申告すべき相続税の内容」記載のとおりである。



  原告博、原告典子及び原告裕一は、被告に代えて福島晴雄税理士に依頼し、船橋税務署長に更正を求め、前項(一)及び(二)に記載した点を認めさせて更正の決定を受け、合計一六九九万九五〇〇円の減額を受けることができた。右更正の決定の内容は、別紙「更正の決定その三」のとおりである。




 8原告らの依頼の趣旨に反した被告の前記税務申告は、被告の過失に基づくものであり、これによって原告らは次のとおり損害を被った。




 (一)過大に納めた相続税額分

  原告典子  三〇一二万一七〇〇円



 (二)被告に支払った申告費用分

  原告かづ子、原告博、原告典子、原告裕一         各七五万円



 (三)福島税理士に支払った税理士報酬

  原告博、原告典子、原告裕一各一〇五万円




 9よって、原告らは被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載の金具の支払を求める。









請求原因に対する認否





 1請求原因1ないし3の事実は認める。



 2同4のうち、(一)は認める。



(二)のうち、被相続人亡窪田市太郎に関する相続税の支払が残っていた事実は認めるが、相続税の負担が原告らに大変厳しいという点は大げさである。他の相続事案に比べると、その負担はそれほど厳しいものではなかった。



(三)のうち、今回の相続税額を低くしてもらいたいとの依頼があった事実は認める。しかし、相続開始後の節税は税法上限定されているから、節税にも自ずから限界がある。しかも、相続税の節税を考えるには、将来の相続のことを考慮すべきは当然であり、被告はそのことを原告らに説明し、納得の上依頼を受けた。



したがって、将来の相続のことは特段考慮することなく、専ら今回のみの節税を依頼し、被告の了解を得たとの主張は否認する。





 3同5の事実は認める。ただし、遺産分割は原告らの間で協議がなされ、合意に達したものであり、被告は右合意に基づいて遺産分割協議書を作成したのである。



 4同6のうち、(一)の事実は認める。



 ただし、住宅金融公庫からの借入金については、被告が何度も原告らに確認したが、原告らはそのたびにないといっていたものである。



平成五年分の固定資産税及び住民税についても、原告らからは未払いであるとの報告はなかった。





(二)の事実は認める。(三)の事実は争う。



  配偶者控除を確実に限度額まで用いるための方法としては、各相続人がすべての財産を各々の法定相続分ずつ相続して共有とする方法や、原告かづ子が全部の財産を相続する方法などが考えられる。



しかし、すべての財産を共有とすると、相続税の物納が困難となる。また、すべての財産を原告かづ子が相続するならば、



 今回の相続において窪田家にとって一番良い土地を物納財産とするよう税務署から求められる恐れが大きくなるし、将来予想される原告かづ子の相続における相続税額が高額となることが予想され、窪田家にとって損となる可能性がある。そのため、原告らの意向を十分に生かし総合して納税者に有利な相続とするためには、原告かづ子の相続分をぴったり二分の一とするよう遺産分割の協議をすベきことになる。




  ところが、亡隆良の遺産には不動産が多く、その中には空室の多い貸家等まで含まれているため、その評価について納税者の見解と税務署の見解が異なるおそれがある。


配偶者控除の適用を受けるためには、遺産分割が完了していることが必要であるため、当初の納税者の評価を前提として遺産分割をすることになるが、これらの物件の評価が税務署にも是認されるとは限らない。



 後に税務署で評価の見直しがあり、その結果配偶者の相続分が五〇パーセントでなくなる可能性もある。しかも、相続発生当時、亡隆良は、父である亡市太郎の相続の件で既に八年間も係争中であったため、亡隆良の遺産の範囲そのものがどのように変わるか確定できない状況であった。






  このような理由から、配偶者控除を限度いっぱいに用いることは困難になる可能性があった。


  住宅金融公庫からの二億円余りの借入れについては、被告は、住宅金融公庫から融資を受けることが決定しているが、まだ融資が実行されていないと聞いていた。



 被告が右融資の実行がされていることを知ったのは、平成七年一一月二八日、税務調査が終わった後に原告かづ子が持ってきた書類を見た際である。被告は、平成六年一〇月二六日、原告かづ子及び原告博に会い、被告の作成に係る遺産分割協議書を二人に示して、財産及び債務に計上漏れがないか確認した。これに対し、原告かづ子と原告博は、財産及び債務に計上漏れがないと返答した。被相続人にいくらの債務があるかは、相続人の方が十分認識しているものであり、しかも、二億円余りもの多額の債務を相続人である原告らが発見できず、資料を提供しなかったこと自体不自然である。原告らは、自ら負うべき責めを被告に転化しようとして被告を責めているのである。





 5同7及び8の事実は争う。






 二 抗弁



  原告らは、被告から相続税申告書や遺産分割協議書を申告期限から約五〇日前に送付されているので、これを確認する時間的余裕があり、また、被告から説明を受ける機会もあった。



一方、二億円余りの借入れは原告らの相続した借入金の三分の一にも当たる巨額なものであり、一目瞭然である。したがって、二億円余りの借入金の計上漏れに気がつかないままに申告したことについて、原告らには相当の落ち度がある。



  また、原告らは、被告から、「相続財産に関することで何かあったら直ちにいってください」と繰り返しいわれているにもかかわらず、



 平成六年一一月二五日、住宅金融公庫総額決定通知を被告に一言も相談せずに提出している。もしこの時点で被告に相談があれば、二億円余りの借入金について、原告らが希望するような取扱いもできた。この点についても原告らに相当の落ち度がある。



  被告は、平成九年四月上旬の原告らとの電話でのやり取りの中で、被告が税務署にかけあって、相次相続控除等の控除をする余地及び遺産分割に関してのやり直しをすることが考えられることを話しているのに、原告らは遺産分割に関してはそのような試みをしなかった。



 現に相次相続控除については減額更正の嘆願が認められているように、遺産分割についても、そのような試みをしていれば、現在原告らが求めているような遺産分割方法となる可能性はあった。したがって、そのような試みをしなかった原告らにも相当の落ち度がある。