税賠(3)





 先日の判決例の続きを検討します。





 






(2) 原告らの被った損害(争点(2))




  (原告らの主張)






  ア 原告らは、亡春夫の(1)アないしウの債務不履行により、


 東京国税局の税務調査を受けた結果、国税当局から、


 本件申告書による相続税の申告については、


 亡太郎の海外資産が相続財産から漏れていること


 及び丙山社の株式は発行済の全株式が亡太郎に帰属していると認められるから、


 原告花子及び原告松夫の持株とされた合計二万五〇九五株が相続財産から漏れていることを指摘されたため、


 これを反映させた修正申告をせざるを得なくなり、さらに重加算税及び過少申告加算税の賦課決定も受けたため、修正申告に係る相続税のみならず、重加算税、過少申告加算税及び延滞税の納付を余儀なくされた。




  その結果、原告らは、実際に納付した相続税の本税並びに重加算税、過少申告加算税及び延滞税の合計額(原告花子につき二億三一〇八万三二〇〇円、原告松夫につき六七八八万七六〇〇円、原告竹子及び原告梅子につき各一七四二万六三〇〇円)から、修正申告と同一内容の申告を当初からしていた場合に各種の控除も受けた上で納付すべきであった相続税額(原告花子につき一億一四九一万〇九〇〇円、原告松夫につき六四七二万五五〇〇円、原告竹子及び原告梅子につき各一六八九万四五〇〇円)を控除した額、すなわち、原告花子につき一億一六一七万二三〇〇円、原告松夫につき三一六万二一〇〇円、原告竹子及び原告梅子につき各五三万一八〇〇円の損害を被った。







  イ 原告らは、亡春夫の作成した本件申告書により上記アの損害を被ったのであるから、


 原告らが本件委任契約に基づいて亡春夫に支払った報酬、すなわち、原告花子につき二二〇万円、原告松夫につき一二〇万円、原告竹子及び原告梅子につき各一五万円も亡春夫の債務不履行による損害となる。

















  (被告らの主張)




  原告らの主張する損害の発生は、すべて否認ないし争う。






















 第三 争点に対する判断

  一 争点(1)(亡春夫の債務不履行の存否)について





 (1) 認定事実

  前記争いのない事実等並びに《証拠略》によれば、次の事実が認められる。



  ア 本件委任契約の締結

  亡春夫は、平成五年から平成八年までの間及び平成一四年から平成一九年まで、亡太郎及び原告花子の個人の税務申告並びに甲田社の税務申告を引き受けており、また、亡太郎の母である甲野二江の相続に関する税務申告も引き受けていたことから、原告らは、同年二月下旬ころ、亡春夫との間で本件委任契約を締結して、亡太郎の死亡に伴う相続に関する一切の税務申告を委任した。




  イ 亡春夫の委任事務の処理等

  亡春夫は、まず、平成一九年三月一三日に亡太郎の準確定申告を行い、同月二八日には亡太郎の消費税の確定申告も行った上で、原告花子に対し、相続税の申告に必要な資料の提供を求めた。そこで、原告花子は、平成一九年五月から同年七月にかけて、亡春夫に対し、その指示に係る預貯金の通帳、株券等の資料を提供した。


  亡春夫は、平成一九年一〇月六日ころに亡太郎の遺産についての遺産分割協議書案を完成させ、これを原告花子に交付するとともに、同月中旬ころには、本件申告書を完成させて、同月二二日ころ、その内容を原告花子に説明するとともに、各相続人に署名捺印してもらうよう依頼した。さらに、亡春夫は、同月三一日、本郷税務署長に本件申告書を提出し、原告らは、法定納期限までに、申告に係る相続税として、原告花子は三〇八四万六八〇〇円を、原告松夫は四三一五万八四〇〇円を、原告竹子及び原告梅子は各一三二六万五三〇〇円をそれぞれ納付した。






  ウ 亡太郎の海外資産の取扱い

 亡春夫は、かつて亡太郎の所得税の確定申告をした際に、亡太郎の海外における医療費に関する資料を受け取った経験があったことから、亡太郎は海外資産を保有している可能性が高いと認識していた。しかし、亡春夫は、本件委任契約締結後、原告花子あるいはその余の原告らに対して、亡太郎の海外資産に関する資料の提供を求めたり、海外資産の有無についての調査を求めたりしたことはなかった。

  また、原告花子は、亡太郎が海外に別荘を保有しており、預金も有していることを認識していたが、別荘の所有形態や預金の具体的な内容を把握しておらず、これらの点に関する資料も手元になかった。そのうえ、亡春夫から亡太郎の海外資産について資料の提供も調査も求められなかったことから、原告花子をはじめとする原告らは、相続税の申告に当たって、海外資産について特に調査をすることもなく、また、亡春夫に海外資産に関する何らの資料も提供しなかった。


  そして、亡春夫も亡太郎の海外資産は全く存在しないものとして、本件申告書を作成し、原告らの相続税の申告を行った(亡春夫の陳述書(乙一)中には、亡春夫が亡太郎の相続税の申告手続を依頼された際に、原告花子に対し、国内・海外を問わず、すべての財産が相続税の申告の対象となることを説明した上で、すべての相続財産に関する資料を提出するよう指示した旨の記載部分があるが、そのような指示は全くなかったとする原告花子の供述に照らして、亡春夫の陳述書の上記記載部分は採用することができない。)。


  その後、平成二〇年八月七日から東京国税局による税務調査が開始され、調査初日の同日には、東京国税局の調査官が原告花子宅を訪れて、原告花子及び同席していた亡春夫から事情を聴取した。その際、原告花子は、調査官から亡太郎の海外資産について尋ねられたが、分からない旨を答えた。そして、同日、調査官が帰った後に、原告花子が同人宅の応接間で亡春夫に対し、「海外の資産について私が調べましょうか。」と尋ねたところ、亡春夫は、「お国が違うからいい。」「分かったらば分かった時点で考えましょう。」などと答えた(亡春夫の陳述書(乙一)には、この点についても、このような発言をしたことはない旨の記載部分があるが


 原告花子及び原告梅子の各供述並びに原告梅子の陳述書(甲二七)に照らして、亡春夫の陳述書の上記記載部分は採用することができない。)。






  エ 丙山社の株主構成

  丙山社は、亡太郎の生前は、亡太郎が経営の一切を取り仕切っていたため、原告らは、亡太郎が同社を完全に支配していることは認識していたものの、同社の株主構成がどうなっているのかについて明確な認識はなかった。もっとも、原告花子は、本件委任契約締結後、相続財産のうち丙山社の株式については、これから同社を経営していく原告松夫の相続分が原告花子の相続分より少し多くなるように分けて欲しい旨の希望を伝えていた。

  亡春夫は、丙山社の株主構成を調べるため、平成一九年八月下旬、丙山社を訪ね、代表取締役である原告松夫から同社の過去三年分の法人税の申告書の提示を受けて、同申告書別表二において同社の発行済株式総数が九万株であり、亡太郎の持株数がそのうちの六万四九〇五株であるとされていることを確認したが、その余の二万五〇九五株については、同別表二においても帰属が明らかでなく、原告松夫に尋ねても原告花子に尋ねてもその帰属は不明であった。




  しかし、亡春夫は、平成一九年一〇月一八日、亡太郎の持株数が六万四九〇五株、原告花子の持株数が一万〇七九五株、原告松夫の持株数が一万四三〇〇株である旨を記載した平成一七年一月二七日現在の丙山社の株主名簿を自ら作成して、これを原告松夫に示し、このとおりの前提で相続税の申告をする旨を述べ、実際にも、原告らの相続税の申告書には、相続財産である丙山社の株式は六万四九〇五株であり、原告花子が三万三三〇五株、原告松夫が三万一六〇〇株をそれぞれ相続したものと記載し、二万五〇九五株は相続財産に含まれないことを前提として、原告らの相続税を申告した。






  オ 亡春夫が本件委任契約を解消した経緯

  亡春夫は、原告らと本件委任契約を締結した平成一九年ころまでは、それまでと同様に税理士としての仕事をこなしていたが、平成二〇年六月にパーキンソン病と診断され投薬治療を受け始めて以降、徐々に健康が優れなくなり、仕事も減らすようにしていた。

  亡春夫は、東京国税局の税務調査が継続していた平成二〇年一一月二三日に、原告花子に対し、「今回の相続税の件につきましては、見解の相違があり申し訳ありません。私は、故甲野太郎氏の相続財産につきまして、そのすべては分かりませんので、交付を受けた資料に基づき遺産分割協議書と税務申告書等を作成したものです。後から判明した財産につきましては、修正申告をすればよいと考えておりました。今後とも私の出来ることはおこないますので、何なりと申し付けください。」と記載したファクシミリを送信したが、その五日後の同月二八日には、原告花子に対し、「私の体調上の事情により、意思の疎通が円滑にいかなくなりましたので、故甲野太郎氏の相続税に係る代理契約及び甲野花子様・株式会社甲田に係る税務・会計顧問契約については、平成二〇年一一月三〇日をもって解消します。」と記載したファクシミリを送信して、本件委任契約を解除する旨の意思表示をした。











  (2) 債務不履行の存否についての判断

  ア 税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命としているから(税理士法一条参照)、税務申告の委任を受けたときは、委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、税務申告が適正に行われるよう、専門家として高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うものと解される。

  したがって、税務申告の委任を受けた税理士は、申告書を作成するに際して、基本的に委任者から提供された資料や委任者からの指示説明に依拠することはもとより当然のことであるが、委任者から提供された資料が不充分であったり、委任者の指示説明が不適切であるために、これに依拠して申告書を作成すると適正な税務申告がされないおそれがあるときは、委任者に対して追加の資料提供や調査を指示し、不充分な点や不適切な点を是正した上で税務申告を行う義務を負うものというべきである。

  以下、このような観点から、亡春夫が本件委任契約に基づく善管注意義務に違反したか否かについて検討する。










  イ 亡太郎の海外財産の取扱いについて

 上記(1)で認定した事実によれば、亡春夫は、亡太郎が海外資産を有する可能性が高いことを認識していたのであるから、原告らの相続税の申告に際して海外資産が相続財産から漏れることがないように、原告らに対して、海外資産に関する資料の提出を求めるとともに、そのような資料が手元に存在しないのであれば、海外資産の存否及びその内容を調査するよう指示すべきであった。しかるに、亡春夫は、これらの措置を何ら執ることなく(かえって、東京国税局の税務調査が始まってからも、原告花子に対して、海外資産の調査の必要はないなどと誤った指示をしている。)、漫然と、原告花子から交付を受けた亡太郎の国内資産に関する資料のみに依拠して本件申告書を作成し、原告らの相続税を申告しているのであり、このような亡春夫の行為は、税務の専門家として適正に相続税の申告をすべき注意義務に違反したものであるといわざるを得ない。






  ウ 丙山社の株主構成について

 上記(1)で認定した事実によれば、丙山社の発行済株式総数九万株のうち六万四九〇五株は同社の法人税申告書別表二において亡太郎の持株とされていたものの、それ以外の二万五〇九五株の帰属は原告らに尋ねても不明な状態にあったのであるから、



 亡春夫としては、適正な税務申告を行う観点から、この二万五〇九五株が亡太郎の相続財産である可能性をも考慮して、その帰属について、原告らを初めとする丙山社の関係者の認識を確認するなどして可能な限りの調査を行い、その結果に基づいて原告らの相続税を申告すべきであった。しかるに、亡春夫は、原告花子及び原告松夫からの事情聴取以外に特段の調査をしていないにもかかわらず、二万五〇九五株は原告花子及び原告松夫に帰属するものと速断し作成権限もないのに、これを裏付ける平成一七年一月二七日現在の丙山社の株主名簿まで作成した上で、二万五〇九五株は亡太郎の相続財産ではないことを前提として本件申告書を作成しているのであり、このような亡春夫の行為は、税務の専門家として適正に相続税の申告をすべき注意義務に違反したものであるといわざるを得ない。





  なお、被告らは、亡春夫は原告花子から、その持分が原告松夫のそれを若干上回るように分配することを指示されたために、二万五〇九五株のうち一万二五九五株を原告花子に、一万二五〇〇株を原告松夫に帰属させたかのように主張する。確かに、前記(1)エのとおり、原告花子が亡春夫に対して、相続財産のうち丙山社の株式については原告松夫の相続分が原告花子の相続分より少し多くなるように分けて欲しい旨の希望を伝えた事実は認められるが、これは、あくまでも原告花子が相続財産である丙山社の株式の分割方法を指示したに止まるものというべきであって、このような指示があったからといって、亡春夫が相応な根拠もないのに相続財産であるか否かが不明確な二万五〇九五株を相続財産に含めて処理することが許されるわけではないから、被告らの上記主張は失当である。







  エ 本件委任契約の解消の経緯について

 上記(1)で認定した事実によれば、亡春夫が本件委任契約を解除した理由は、体調の悪化により意思の疎通が円滑にいかなくなったことを理由とするものであると認められる(被告らは、原告花子が亡春夫に対して、電話で事実上の解任の意思を伝えたことが本件委任契約解除の理由であるかのように主張し、亡春夫の陳述書(乙一)にも、これに沿う記載部分があるが、亡春夫が本件委任契約を解除するために原告花子に送ったファクシミリには、原告花子から事実上の解任の意思を伝えられたことを窺わせる記載はないこと、原告花子は、電話で事実上の解任の意思を伝えたことなどなくむしろ、亡春夫が突然、辞任したためにびっくりした旨の供述をしており、原告松夫も、亡春夫からのファクシミリを受け取った原告花子が困惑して電話を掛けてきた旨を供述していることに照らして、亡春夫の陳述書中の上記記載部分は採用することができず、他に、被告らの主張を認めるに足りる証拠はない。)。



  ところで、委任契約においては、各当事者は、債務不履行等の特別の理由がなくても自由に契約を解除することが許され、例外的に、当事者の一方が「相手方に不利な時期」に解除したときに限り、その当事者は相手方の損害を賠償しなければならないものとされている(民法六五一条)。そして「相手方に不利益な時期」(同条二項)とは、受任者からの解除の場合には、委任者が自ら又は他の者に委任して委任事務を処理するのに支障を生ずるような時期をいうと解されるところ、本件において、亡春夫は、原告らの相続税に関する税務調査が進行していた平成二〇年一一月三〇日をもって本件委任契約を解除しているが、《証拠略》によれば、原告らは、亡春夫とは別に税理士法人丁川事務所に税務調査ヘの立会等を委任し、同年一〇月一一日からは同税理士法人の税理士が税務調査に立ち会っていること、しかも、同日ころには、相続財産のうち国内資産についての調査は事実上終了しており、国内資産に関する修正申告の内容も亡春夫の関与の下に原告らと国税当局との間で合意された状態にあったこと、同日以降は、亡春夫の作成した本件申告書に記載のなかった海外資産についての調査が行われており、その調査の過程で亡春夫は本件委託契約を解除したものであること、税務調査の結果を受けて平成二一年二月一七日に本郷税務署長に提出した本件修正申告書も同税理士法人が作成したことがそれぞれ認められ、これらの事実に鑑みると、平成二〇年一一月三〇日に亡春夫が本件委任契約を解除し、税務調査への立会事務を行わないことになっても、このことにより原告らが損害を被ったとは認めがたい。したがって、亡春夫が原告らに不利な時期に本件委任契約を解除したものと認めることはできず、これを理由とする原告らの損害賠償請求は理由がないというべきである。








  二 争点(2)(原告らの被った損害)について



 (1)ア 上記一を前提に考えると、亡春夫の相続人である被告らは、原告らに対し、亡春夫の本件委任契約上の債務不履行、すなわち、



①海外資産の確認、調査義務の懈怠(上記一(2)イ参照)及び



②丙山社の株主構成についての調査義務の懈怠(同ウ参照)という




善管注意義務違反と相当因果関係のある損害を賠償すべきである。




  イ 海外資産の確認、調査義務の懈怠に基づく損害

  前記争いのない事実等及び《証拠略》によれば、原告らの相続税に関する税務調査の結果、亡太郎はアメリカ合衆国ハワイ州に、土地賃借権、家屋(コンドミニアム)、有価証券(株式)、預金(当座・普通・定期)等合計三億五七〇七万六八六一円の資産を有していたことが判明したこと、そのため、原告らは、これを反映させた修正申告をせざるを得なくなり、さらに、原告花子は、これらの海外資産を隠ぺいしたとして重加算税を賦課され、これを納付するとともに、修正申告に際しても海外資産の相続については配偶者の相続税の軽減を受けられなかった(相続税法一九条の二第五項)ことが認められる。



  そして、亡春夫が善管注意義務を尽くして、原告らに対し、亡太郎の海外資産に関する資料の提供を求め、手元に資料が存在しないのであれば調査するよう指示していたとすれば、本件申告書の作成前に亡太郎の海外資産の存在が判明し、亡春夫は、これを本件申告書に反映して原告らの相続税を申告したものと認められるから、



原告花子が重加算税を賦課されて納付した四五〇三万八〇〇〇円は、亡春夫の善管注意義務違反により原告花子が被った損害というべきである。



 また、《証拠略》によれば、原告花子は、相続税法一九条の二により、修正申告後の相続税の総額(四億三七三一万二八〇〇円)の二分の一(法定相続分)に相当する金額の相続税額の軽減を受けられたはずであったところ、海外資産の隠ぺいを認定されたために、これに係る相続税について相続税額の軽減を受けることができず(同条五項)、実際には一億五七六三万八九五〇円の軽減しか受けられなかったことが認められる。したがって、軽減額の差額に相当する六一〇一万七四五〇円も亡春夫の上記善管注意義務違反により原告花子が被った損害というべきである。




  そうすると、被告らは、原告花子の被った合計一億〇六〇五万五四五〇円の損害について、その法定相続分に応じて、被告夏子は五三〇二万七七二五円を、被告秋子及び被告冬夫は各二六五一万三八六二円(一円未満切り捨て)をそれぞれ賠償すべきである。

   (なお、厳密には、原告花子の納付した延滞税八四七万七九〇〇円のうち上記の隠ぺい行為が認定されたために増額している部分(国税通則法六一条参照)は、亡春夫の上記善管注意義務違反による損害というべきであるが、本件においては、増額分の金額を認定するに足りる証拠が提出されていないから、これを損害と認めることはできない。)





  ウ 丙山社の株主構成についての調査義務の懈怠に基づく損害

  前記争いのない事実等及び《証拠略》によれば、原告らの相続税に関する税務調査の結果、国税当局から、丙山社の株式は発行済株式総数九万株のすべてが亡太郎に帰属するものであると認定され、したがって、二万五〇九五株(財産の価額としては六五〇四万六二四〇円)について相続財産から申告が漏れていると指摘されたこと、また、税務調査の結果、上記丙山社の株式二万五〇九五株以外にも、本件申告書に記載された相続財産から漏れていた財産として、投資信託、定期預金、定額貯金、預託金、未収給与等が存在することが判明し、加えて、本件申告書における土地や株式の評価誤り等も発見されたことから、亡太郎の相続財産の額は、原告花子による隠ぺいを認定された海外資産三億五七〇七万六八六一円のほか、一億四九八七万六四五九円増額したこと、そのため、原告らは、この一億四九八七万六四五九円の相続財産の増額を修正申告に反映させることとなるとともに、この増額に伴う増差税額に対して過少申告加算税を賦課され、原告花子において一六三万九〇〇〇円、原告松夫において二一五万六〇〇〇円、原告竹子及び原告梅子において各三六万二〇〇〇円をそれぞれ納付したことが認められる。



  しかしながら、亡春夫が、丙山社の株式のうち帰属が不明であった二万五〇九五株について調査を尽くすべき善管注意義務に違反したことは前示のとおりであるものの、他方において、丙山社の法人税申告書別表二には、上記二万五〇九五株の帰属について記載がなかったこと、亡春夫が原告らの相続税の申告手続を行った当時に、この別表二以外に同社の株主構成を明らかにする客観的資料が存在したことを認めるに足りる証拠はなく、また、税務調査の結果として、この点に関する新たな客観的資料が発見されたことを認めるに足りる証拠もないこと、さらに、丙山社の代表者である原告松夫は、その本人尋問において、丙山社の全株式が亡太郎に帰属していたか否かは正直言って分からない旨を述べていることに鑑みると、亡春夫が丙山社の株主構成について調査を尽くしたとしても、相応の根拠をもって二万五〇九五株が亡太郎に帰属していたとの認識に至ったかについては疑問があるものといわざるを得ない。



 そうすると、亡春夫の丙山社の株主構成についての調査義務の懈怠と丙山社の株式二万五〇九五株が相続財産に含まれるとされ、これにより相続財産の価額が増額したことに伴って原告らに過少申告加算税が賦課されたこととの間には相当因果関係は認められないというべきである。




  なお、原告らが賦課された過少申告加算税は、上記のとおり、相続財産の価額が一億四九八七万六四五九円増額したことに伴う増差税額に対して賦課されたものであるから、過少申告加算税のうち、上記丙山社の株式二万五〇九五株以外の相続財産の存在が判明したこと等に基づくものが亡春夫の債務不履行(善管注意義務違反)と相当因果関係を有するものでないことは明らかである。




  また、原告らが納付した延滞税は、修正申告に係る相続税本税の納付が延滞したことにより発生したものであるが、上記のとおり、修正申告に係る本税の増額分のうち、過少申告加算税の賦課の対象となった国内資産等の増額一億四九八七万六四五九円の係る部分については、過少申告加算税の納付と亡春夫の債務不履行との間の相当因果関係が認められないのと同様に、この部分に基因する延滞税の納付についても亡春夫の債務不履行との間の相当因果関係が認められないこととなる。したがって、原告松夫、原告竹子及び原告梅子の納付した延滞税は、いずれも亡春夫の債務不履行による損害とは認められないし、原告花子の納付した延滞税のうち、上記国内資産等の増額部分に係る金額も同様である(原告花子の納付した延滞税のうち、重加算税の賦課の対象となった海外資産の増額に係る部分については、上記イの末尾に説示のとおりである。)。





  (2) 亡春夫に支払った報酬について

 原告らは、本件委任契約に基づいて原告らが亡春夫に支払った報酬相当額も亡春夫の債務不履行(善管注意義務違反行為)による損害であると主張し、その賠償を求めている。しかしながら、亡春夫の債務不履行(海外資産の確認、調査義務の懈怠及び丙山社の株主構成についての調査義務の懈怠)と原告らが亡春夫に報酬を支払ったこととの間に相当因果関係を認めることはできないから(なお、委任契約が債務不履行を理由として解除された場合であっても、解除の効果は将来に向かってのみ生ずる(六五二条により準用される六二〇条)から、既に受領した報酬の返還は要しない。)、亡春夫に支払った報酬相当額の損害賠償請求は理由がない。





  (3) 遅延損害金について

 原告らは、被告らに対する損害賠償金について商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求しているが、税理士は商法四条にいう商人に当たらないと解されるから、遅延損害金は民法所定の年五分の割合による限度において認容すべきである。




  三 よって、原告花子の被告らに対する請求は、主文第一項ないし第三項に掲記する限度で理由があるから認容し、原告花子の被告らに対するその余の請求並びに原告松夫、原告竹子及び原告梅子の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。





          (裁判官 深山卓也)





 主   文



  一 被告丁原夏子は、原告甲野花子に対し、五三〇二万七七二五円及びこれに対する平成二一年一〇月二九

   日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。


  二 被告戊田秋子は、原告甲野花子に対し、二六五一万三八六二円及びこれに対する平成二一年一〇月二九

   日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。


  三 被告丁原冬夫は、原告甲野花子に対し、二六五一万三八六二円及びこれに対する平成二一年一〇月二九

   日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。




  四 原告甲野花子のその余の請求を棄却する。

  五 原告甲野松夫、原告乙山竹子及び原告丙川梅子の請求をいずれも棄却する。


  六 訴訟費用は、原告甲野花子と被告らとの間に生じたものは、これを九分し、その一を原告甲野花子の、その四を被告丁原夏子の、その二を被告戊田秋子の、その二を被告丁原冬夫の各負担とし、原告甲野松夫、原告乙山竹子及び原告丙川梅子と被告らとの間に生じたものは、それぞれ原告甲野松夫、原告乙山竹子及び原告丙川梅子の負担とする。


  七 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。