税賠(2)




 先日に引き続き、損害賠償請求事件(第1事件、第2事件)  東京地方裁判所判決/平成21年(ワ)第36719号、平成22年(ワ)第8566号 、 平成24年1月30日 判決、判例タイムズ1404号207頁を検討します。 


 









(1) 亡春夫の債務不履行の存否(争点(1))




  (原告らの主張)




  亡春夫が本件委任契約に基づいて原告らの相続税の申告手続を行うに際し、次のアないしウの債務不履行があった。








  ア 亡太郎の海外財産に関する確認、調査を怠ったこと



 原告花子は、亡太郎が海外に別荘と預金を有していたことから、亡春夫に相続税の申告手続に必要な資料を提供するに際して、海外資産はどうすればよいのかを尋ねたところ、


 亡春夫は、「海外の件は調べなくてよい。」「お国が違うんだからいいんだ。」などと誤った指示をし、海外資産について何ら確認、調査することなく国内資産のみを相続財産として本件申告書を作成し、原告らの相続税を申告した。











  イ 丙山社の株主構成を勝手に決めて相続税の申告したこと



 亡太郎は、生前、丙山社の経営の一切を取り仕切っていたため、原告らは、同社の株主構成がどのようになっているのかを全く認識していなかった。



 ところが、亡春夫は、原告らに相談することもなく、勝手に平成一七年一月二七日現在の同社の株主は、亡太郎、原告花子及び原告松夫であり、それぞれが六万四九〇五株、一万〇七九五株及び一万四三〇〇株を保有する旨を記載した株主名簿を作成し、これに基づいて、亡太郎の持株六万四九〇五株を相続財産として本件申告書を作成し、原告らの相続税を申告した。








  ウ 依頼者である原告らの不利な時期に委任事務を放り出して辞任したこと



 亡春夫は、税務調査が開始され、原告らが東京国税局から亡太郎の海外資産を調査して資料を提出するよう求められ、その対応に苦慮している時期に、自らの申告手続の誤りあるいは故意の過少申告が指摘されることを嫌って、一方的に委任事務を放り出して辞任した。














  (被告らの主張)



  原告らが亡春夫の債務不履行であると主張する各事実については、次のアないしウのとおり、すべて争う。







  ア 原告ら主張の債務不履行アについて




 亡春夫は、平成一九年二月下旬ころ、原告花子から相続に関する税務申告を委任された際、原告花子に対し、国内・海外を問わず、亡太郎の所有するすべての財産が申告の対象となることを説明した上で、すべての相続財産に関する資料を亡春夫に提供するよう指示した。




  ところが、平成一九年五月から七月にかけて、原告花子から提供された亡太郎の財産に関する資料には海外資産に関するものは全く存在しなかった。



 亡春夫は、渡された資料を前提として、遺産分割協議書を作成し、同年七月二五日ころ、これに原告らから実印の押なつを受けているが、当然のことながら、そこにも海外資産に関する記載はなかった。





  以上のとおり、亡春夫が海外資産についても申告が必要である旨を説明したにもかかわらず、



 原告らは、亡太郎の海外資産について資料を提出しなかっただけでなく、その存在についても一切言及せず、




 これを秘匿したというのが本件の真相であり、



 原告らは自分たちの資産隠しが発覚したことの責任を亡春夫に転嫁しようとしているのである。








  原告らは、亡春夫が海外資産については調べなくてよいと発言したと主張するが、亡春夫は、そのような発言をしていない。






 また、そのような発言をすることがあり得ないことは、相続によって財産を取得した個人で日本国内に住所を有するものが相続によって取得した「財産のすべて」について相続税の納税義務を負うこと(相続税法一条の三第一号、二条一項)は相続税申告のイロハに属すること、







 また、亡春夫は、長年にわたって国税の職員として徴税の職務を全うしてきただけでなく、税務大学校東京研修所の教育官や相続税を含む講座の講師を務めていたことからも明らかである。








  イ 原告ら主張の債務不履行イについて



 亡春夫は、平成一九年七月に遺産分割協議書を作成する前に、丙山社の株主構成を知るため、同社に赴き、代表取締役である原告松夫と面談した。



 その際、亡春夫が原告松夫に対して、過去三年分の丙山社の株主構成を教えて欲しいと依頼したところ、



 原告松夫は、同社の法人税申告書別表二を示し、



 同社の発行済株式総数九万株のうち六万四九〇五株が亡太郎名義のものであること、



 この持株数は過去三年間変更がないことを明らかにした。





 そこで、亡春夫は、亡太郎の持株数が六万四九〇五株であることを前提として、遺産分割協議書及び本件申告書を作成した。








  ところで、丙山社の法人税の申告は、同社の顧問税理士が行っており、同社の法人税申告書別表二も原告のあずかり知らないところで記載されたものであるから、




 亡春夫としては、法人税申告書別表二に記載された六万四九〇五株という亡太郎の持株数が正しいものであることを前提とした上で、





 遺産分割協議書及び本件申告書を作成する以外に方法はなかったのであり、この点について責められるべき点は全くない。








  さらに、亡春夫は、丙山社の発行済株式総数九万株から亡太郎の持株数六万四九〇五株を控除した二万五〇九五株の株主について、





 原告花子及び原告松夫に問い合わせたが、両者とも不明であるとの回答であった。






 そこで、亡春夫がこの点を原告花子に相談すると、亡太郎から相続した分を含めて原告花子の持分が原告松夫のそれを若干上回るように分けることを指示された。






 このため、二万五〇九五株についても、



 原告花子が一万二五九五株、原告松夫が一万二五〇〇株を保有することにして、発行済株式総数との関係で原告花子が五一%、原告松夫が四九%となるように処理したのである。





  なお、後に、国税当局から丙山社の発行済株式のすべてが相続財産であると認定されたとしても、それは亡春夫のあずかり知らぬところで、そのような認定がされたにすぎず、亡春夫は、亡太郎の持株数について客観的な資料に依拠して相続税の申告をしているのであるから、この点について責任を負うべき理由はない。









  ウ 原告ら主張の債務不履行ウについて



 亡春夫は、平成二〇年八月に東京国税局の税務調査が開始されて以降、



 同年九月、一〇月と東京国税局の担当官と連絡を取り、



 調査の行方を見守るとともに、



 東京国税局から原告らに対する照会に対応するなどしており、



 同年一一月二三日には、原告花子に対し、「今後とも私のできることは行いますので、何なりと申しつけください」などと記載したファクシミリを送信したのであるが、



 その後、原告花子から電話で、「もう会いたくない。他の税理士に依頼した。」と事実上の解任の意思を伝えられたことなどから、同月二八日に辞任の通知をファクシミリで送信したのである。