みんぽー要綱仮案(20)



不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法第724条関係)



民法第724条の規律を次のように改めるものとする。


 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合のいずれかに該当するときは、時効によって消滅する。


(1) 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。


(2) 不法行為の時から20年間行使しないとき。



生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効


人の生命又は身体の侵害による損害賠償の請求権について、次のような規律を設けるものとする。


(1) 4(1)に規定する時効期間を5年間とする。


(2) 1(2)に規定する時効期間を20年間とする。






 1. B型肝炎ウイルスに感染した患者が乳幼児期に受けた集団予防接種等とウイルス感染との間の因

  果関係を肯定するのが相当とされた事例 

 

2. 乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染しB型肝炎を発症したことによ

  る損害につきB型肝炎を発症した時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるとされた事

  例 





最高裁判所第二小法廷(上告審)、平成18年 6月16日判決、訟務月報53巻10号2757頁








判決理由(一部引用、筆者)


 乳幼児は,生体の防御機能が未完成であるため,B型肝炎ウイルスに感染してウイルスが肝細胞に侵入しても免疫機能が働かないため,ウイルスが肝臓にとどまったまま感染状態が持続することがあり,持続感染者となる。持続感染者となった場合でも,その後の経過の中でセロコンバージョンが起きれば,以後,肝炎を発症することはほとんどなくなる。しかし,セロコンバージョンが起きないまま成人期(20~30代)に入ると,B型肝炎ウイルスと免疫機能との共存状態が崩れて肝炎を発症することがあり,肝炎が持続すると慢性B型肝炎となり,肝細胞の破壊と再生が長期間継続され,肝硬変又は肝がんへと進行することがある。そして,持続感染者に最もなりやすいのは2,3歳ころまで(最年長で6歳ころまで)で,それ以後は,感染しても一過性の経過をたどることが多い。

オ 現在の我が国におけるB型肝炎ウイルスの持続感染者は,推定で約120万~140万人であるが,感染者の年齢層によって感染者比率に差異があり,40歳代以上の感染者比率は1~2%,30歳代以下の感染者比率は1%未満である。なお,昭和61年からHBe抗原陽性の母親から生まれた子を対象として,公費でワクチン等を使用した母子間感染阻止事業(母子感染の主要な経路は出生時の経胎盤と考えられることから,出生後に新生児に感染防止措置を施すこととしたもの)が開始された結果,昭和61年生まれ以降の世代における新たな持続感染者の発生はほとんどみられなくなった。







我が国における予防接種の経緯



 我が国では,予防接種法(昭和23年7月1日施行),結核予防法(昭和26年4月1日施行)等に基づき,集団予防接種等が実施されてきた。平成16年(受)第672号被上告人・同年(受)第673号上告人(第1審被告)国(以下「被告」という。)は,昭和23年厚生省告示第95号において,注射針の消毒は必ず被接種者1人ごとに行わなければならないことを定め,昭和25年厚生省告示第39号において,1人ごとの注射針の取替えを定めたが,我が国において上記医学的知見が形成された昭和26年以降も,集団予防接種等の実施機関に対して,注射器(針,筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を指導せず,注射器の連続使用の実態を放置していた。

 そして,原告らが集団予防接種等を受けた北海道内では,昭和44,45年ころ以降においては,集団BCG接種については管針法(接種部位の皮膚を緊張させ,懸濁液を塗った後,9本針植付けの管針を接種皮膚面に対してほぼ垂直に保ち,これを強く圧して行うもの)による1人1管針の方法が大勢を占めていたが,集団ツベルクリン反応検査については,注射針,注射筒とも連続使用され,その他の集団予防接種については,注射針は1人ごとに取り替えられたものの,注射筒,種痘針等は連続使用され,そのころ以前にされた集団予防接種等については,注射針,注射筒,種痘における種痘針,乱刺針とも,1人ごとに取り替えられずに連続使用された。また,原告X8が集団予防接種等を受けた際においては,集団BCG接種では1人ごとに管針が取り替えられたが,集団ツベルクリン反応検査では注射針が1人ごとに取り替えられたものの,同検査における注射筒については連続使用された。




 本件は,B型肝炎ウイルスに感染した原告らが,被告に対し,上記1(1)の各集団予防接種等(ただし,原告X8に対するBCG接種を除く。いずれも各原告が6歳までに接種等を受けたものであり,以下,これらを併せて「本件集団予防接種等」という。)によってB型肝炎ウイルスに感染し,さらに,原告X8を除く原告ら(以下,この4名を「X8を除く原告ら」という。)は,B型肝炎を発症して肉体的・精神的・社会的・経済的損害を被ったなどと主張し,国家賠償法1条1項に基づき,各1150万円及びこれに対する平成元年7月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

3 原審は,前記事実関係の下,次のとおり判断して,原告X3,同X4及び同X8の各請求を各550万円及びうち500万円に対する平成元年7月12日から,うち50万円に対する判決確定の日の翌日からそれぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却し,原告X1及び同X2の各請求を全部棄却すべきものとした。

(1)本件においては,原告らのB型肝炎ウイルス感染の原因が本件集団予防接種等であると認め得る直接証拠は見当たらず,また,疫学的な因果の連鎖を的確に示す客観的な事実を認め得る間接証拠も見当たらない。しかし,〔1〕X8を除く原告らがB型肝炎ウイルスに感染したのは,それぞれが本件集団予防接種等を受けた時期に対応する乳児期から小児期(6歳ころ)までであり,本件集団予防接種等とB型肝炎ウイルスの感染との間には,いずれの集団予防接種等に対応するのか具体的に特定できないものの,大枠ではあるが,疫学的観点からの時間的関係において因果関係を認め得る事実関係にあること,また,原告X8がB型肝炎ウイルスに感染したのは,生後11か月の期間(昭和58年▲月▲日~昭和59年4月22日)であり,同原告はこの間に集団ツベルクリン反応検査を受けていること,〔2〕上記1(2)~(4)に記載したようなB型肝炎ウイルスの感染の機序,これに関する知見及び本件集団予防接種等における注射針,注射筒等の使用方法によれば,本件集団予防接種等がいずれも通常人においてB型肝炎ウイルス感染の危険性を覚えることを客観的に排除し得ない状況で実施されたこと,〔3〕原告らのB型肝炎ウイルス感染の原因として考えられる他の具体的な原因が見当たらないことに照らすと,本件集団予防接種等と原告らのB型肝炎ウイルス感染との間の因果関係を肯定するのが相当である。




 我が国において,遅くとも昭和26年当時には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であり,黄だんを発症しない保菌者が存在すること,注射の際に,注射針のみならず注射筒を連続使用した場合にもウイルス感染が生じる危険性があることについて,医学的知見が形成されていたから,被告においては,遅くとも,原告X1が最初に集団ツベルクリン反応検査を受けた昭和26年当時には,集団予防接種等の際,注射針,注射筒を連続して使用するならば,被接種者間に血清肝炎ウイルスが感染するおそれがあることを当然に予見できたと認めるのが相当である。したがって,その当時,被告は,集団予防接種等において注射器の針を交換しない場合はもちろんのこと,針を交換しても肝炎ウイルスが感染する可能性があったことを認識し,又は認識することが十分に可能であり,本件集団予防接種等を実施するに当たっては,注射器(針,筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導してB型肝炎ウイルス感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った過失がある。

(3)本件集団予防接種等は,被告の伝染病予防行政の重要な施策として,被告からの細部にまでわたる指導に基づいて,各自治体により実施されたことが明らかであり,本件集団予防接種等が強制接種であったか勧奨接種であったかにかかわらず,被告の伝染病予防行政上の公権力の行使に当たるから,被告は,本件集団予防接種等によって生じた損害について,国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負う。





民法724条後段は,期間20年間の除斥期間を定めたものと解される。


 X8を除く原告らについては,B型肝炎ウイルスに感染した接種行為を特定することはできないところ,本件のようにいずれも乳幼児期に接種され,かつ,その最初から最後までのいずれについても感染の可能性が肯定され得る場合には,その最後の接種の時を除斥期間の始期とするのが相当である。


 そして,原告X3に対する最後の集団予防接種は昭和46年2月5日,同X1に対するそれは昭和33年3月12日,同X2に対するそれは昭和42年10月26日,同X4に対するそれは昭和45年2月4日であるから,同X3及び同X4の損害賠償請求権については,本件訴えの提起時(平成元年6月30日)には除斥期間が経過していないが,同X1及び同X2の損害賠償請求権については,除斥期間が経過していた。






 事実関係によれば,〔1〕乳幼児期にB型肝炎ウイルスに感染し,持続感染者となった場合,セロコンバージョンが起きることなく成人期(20~30代)に入ると,肝炎を発症することがあること,〔2〕原告X1は,昭和26年5月生まれで,同年9月~昭和33年3月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和59年8月ころ,B型肝炎と診断されたこと,〔3〕原告X2は,昭和36年7月生まれで,昭和37年1月~昭和42年10月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和61年10月,B型肝炎と診断されたことが認められる。そうすると,B型肝炎を発症したことによる損害は,その損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから,除斥期間の起算点は,加害行為(本件集団予防接種等)の時ではなく,損害の発生(B型肝炎の発症)の時というべきである。




 したがって,原告X1につき昭和33年3月から,同X2につき昭和42年10月から除斥期間を計算し,本件訴えの提起時(平成元年6月30日)には除斥期間の経過によって同原告らの損害賠償請求権が消滅していたとした原審の判断には,民法724条後段の解釈適用を誤った違法がある。そして,前記事実関係によれば,原告X1がB型肝炎を発症したのは昭和59年8月ころであり,同X2が発症したのは昭和61年10月ころであるとみるべきであるから,本件訴えの提起時には,いずれも除斥期間が経過していなかったことが明らかである。


 以上によれば,原告X1及び同X2の各請求を全部棄却すべきものとした原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち原告X1及び同X2に関する部分は,破棄を免れない。