代理権授与の表示による表見代理(民法第109条関係)
民法第109条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が
第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えら
れていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。(民法第109条
と同文)
(2) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が
第三者との間で行為をしたとすれば(1)によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者と
の間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその他人の代理権があると信ずべき正当な
理由があるときに限り、当該行為について、その責任を負う。
代理権消滅後の表見代理(民法第112条関係)
民法第112条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との
間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただ
し、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
(2) 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者と
の間で行為をしたとすれば(1)によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でそ
の代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があ
るときに限り、当該行為について、その責任を負う。
無権代理人の責任(民法第117条関係)
民法第117条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを
除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
(2) (1)は、次のいずれかに該当するときは、適用しない。
ア 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
イ 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかった
とき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、
この限りでない。
ウ 他人の代理人として契約をした者が行為能力を有しなかったとき。
判例タイムズ
1. 民法117条2項にいう「過失」と重大な過失
2. 無権代理行為につき表見代理の成立要件が存在する場合と無権代理人の責任
最高裁判所第三小法廷(上告審)、昭和62年 7月 7日 判決、判例タイムズ647号101頁
判決 理由
記録によれば、本件は、上告人が夫である訴外千葉幸雄の代理人として被上告人との間で締結した本件各連帯保証契約について、被上告人が上告人に対し、民法一一七条一項に基づき、その履行を求める事案であるところ、
上告人が、抗弁として、右各契約の相手方である被上告人には上告人に代理権がないことを知らないことにつき過失があった旨主張したのに対し、
原審は、同法一一七条に基づく無権代理人の責任は、本人側の責任を原因とする表見代理によっては保護を受けることのできない場合の相手方を救済し、もって取引の安全を確保しようとするもので、
無権代理人の責任を原因とするものであるから、
同条二項にいう「相手方が過失により代理権がないことを知らなかったとき」とは、相手方を保護することが却って信義則ないし公平の原理に反することになる場合、
すなわち相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合を指すものと解されるとしたうえ、
原審の認定した事実関係のもとにおいては、
右無権代理行為の相手方である被上告人には右の意味における重大な過失があったとは認められないとして、上告人の右抗弁を排斥し、被上告人の請求を認容すべきものとしている。
しかしながら、民法は、過失と重大な過失とを明らかに区別して規定しており、
重大な過失を要件とするときは特にその旨を明記しているから
(例えば、九五条、四七〇条、六九八条)、
単に「過失」と規定している場合には、その明文に反してこれを「重大な過失」と解釈することは、そのように解すべき特段の合理的な理由がある場合を除き、許されないというべきである。
そして、同法一一七条による無権代理人の責任は、無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、
相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、
法律が特別に認めた無過失責任であり、
同条二項が「前項ノ規定ハ相手方カ代理権ナキコトヲ知リタルトキ若クハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ之ヲ適用セス」と規定しているのは、
同条一項が無権代理人に無過失責任という重い責任を負わせたところから、
相手方において代理権のないことを知っていたとき若しくはこれを知らなかったことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、
無権代理人の免責を認めたものと解されるのであって、
その趣旨に徴すると、右の「過失」は重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。
また、表見代理の成立が認められ、代理行為の法律効果が本人に及ぶことが裁判上確定された場合には、無権代理人の責任を認める余地がないことは明らかであるが、無権代理人の責任をもって表見代理が成立しない場合における補充的な責任すなわち表見代理によっては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度であると解すべき根拠はなく、
右両者は、互いに独立した制度であると解するのが相当である。
したがって、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合においても、表見代理の主張をすると否とは相手方の自由であると解すべきであるから、
相手方は、表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し同法一一七条の責任を問うことができるものと解するのが相当である(最高裁昭和三一年(オ)第六二九号同三三年六月一七日第三小法廷判決・民集一二巻一〇号一五三二頁参照)。
そして、表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反するというべきであり、
したがって、右の場合、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することはできないものと解するのが相当である。
そうすると、無権代理人の責任は表見代理が成立しない場合の補充的な責任であるとの見解に立って、民法一一七条二項の「過失」を悪意に近いほどの重大な過失に限られるものと解し、本件においては右の重大な過失が認められないとして、上告人の前示抗弁を排斥した原審の判断には、同法一一七条の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、被上告人に同条二項にいう過失があったか否かの点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。