みんぽー要綱仮案(10)



意思表示の受領能力(民法第98条の2関係)


民法第98条の2の規律を次のように改めるものとする。


(1) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しない状態であったときは、その意思

 表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、その法定代理人がその意思表示を知っ

 た後又は意思能力を回復した相手方がその意思表示を知った後は、この限りでない。


(2) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に未成年者又は成年被後見人であったときは、その意

 思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、その法定代理人がその意思表示を知

 った後は、この限りでない。(民法第98条の2と同文)






 原告らが、被相続人の死亡によって相続した財産に係る相続税の申告をしたところ、処分行政庁から、それぞれ、更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため、主位的に、これらの取消しを、予備的に、これらの無効確認を求める事案で、民事訴訟法102条が訴訟無能力者である未成年者、成年被後見人に対する送達はその法定代理人とする旨定めていることからして、被保佐人については、同条は適用されず、送達は被保佐人に宛ててすることになると解されるところ(同法31条、32条参照)、税務行政庁がする処分の通知書である各通知書の送達について、民訴法上の上記取扱いと別異に解すべき根拠に乏しいことからすれば、本件各通知書の送達は被保佐人に対してすべきであり、保佐人に対してこれを送達しても、当該送達は効力を生じないというべきである、と判示した事例。





広島地方裁判所(第一審)、平成23年 8月31日判決、税務訴訟資料261号順号11744




 



事実及び理由




第1 請求


1 原告甲の請求


(1)主位的請求

 主文1項と同旨(広島東税務署長が平成20年7月3日付けで原告甲の平成16年12月31日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。)

(2)予備的請求

 広島東税務署長が平成20年7月3日付けで原告甲の平成16年12月31日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定はいずれも無効であることを確認する。


2 原告乙の請求


(1)主位的請求

 広島東税務署長が平成20年7月3日付けで原告乙の平成16年12月31日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。


(2)予備的請求

 広島東税務署長が平成20年7月3日付けで原告乙の平成16年12月31日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定はいずれも無効であることを確認する。



第2 事案の概要

 本件は、原告らが、被相続人の死亡によって相続した財産に係る相続税の申告をしたところ、処分行政庁から、それぞれ、更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため、主位的に、これらの取消しを、予備的に、これらの無効確認を求める事案である。


1 前提事実(当事者間で争いがないか又は弁論の全趣旨及び後掲の証拠により容易に認定できる事実)


(1)丙(以下「丙」という。)は、平成16年12月31日、死亡した。その相続人は、夫である原告甲(以下「原告甲」という。)、長女である原告乙(以下「原告乙」という。)及び二女である丁の3名である。


(2)原告ら及び丁は、平成17年10月31日、丙の死亡によって相続した財産に係る相続税の申告をした(乙10)。


(3)原告甲は、平成18年8月21日、広島家庭裁判所において、保佐開始の審判を受け、保佐人として原告乙が選任された。


(4)処分行政庁は、原告甲に対し、平成20年7月3日付けで、原告甲の平成16年12月31日相続開始に係る相続税について、更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、これらを併せて「本件各処分1」という。)をした。


 処分行政庁は、原告乙に対し、平成20年7月3日付けで、原告乙の平成16年12月31日相続開始に係る相続税について、更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、これらを併せて「本件各処分2」という。)をした。


 なお、本件各処分1及び本件各処分2に係る更正通知書(国税通則法28条1項)及び賦課決定通知書(同法32条3項)の送達の効力には、後記のとおり、争いがある。



(5)平成21年1月20日、処分行政庁に対し、原告甲は本件各処分1の、原告乙は本件各処分2の、各取消しを求める各異議申立てをしたところ(乙3、4)、処分行政庁は、同年3月18日付けで、原告らそれぞれに対し、上記各異議申立てはいずれも不服申立期間を経過した不適法なものであるとして、これを却下する旨の各決定をした(甲1、3)。



(6)平成21年4月23日、国税不服審判所長に対し、原告甲は本件各処分1の、原告乙は本件各処分2の取消しを求める審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、同年6月10日付けで、上記(5)の各異議申立てはいずれも不服申立期間を経過した不適法なものであるとして、上記各審査請求を却下する旨の各裁決をした(甲2、4)。




2 争点

(1)本案前

 原告らは、本件各処分1及び本件各処分2について,異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経たか否か。

(2)本案

ア 本件各処分1及び本件各処分2は適法であるか否か。 

イ 本件各処分1及び本件各処分2に無効事由はあるか否か。




3 争点に関する当事者の主張

(1)争点(1)(原告らは、本件各処分1及び本件各処分2について、異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経たか否か)について



【被告の主張】

 本件各処分1及び本件各処分2の取消しを求める訴えは、異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができない(不服申立前置、国税通則法115条1項)。

 次のアのとおり、原告甲は本件各処分1について、原告乙は本件各処分2について、いずれも、不服申立期間を徒過した後に異議申立てをしている。したがって、本件各処分1及び本件各処分2の取消しを求める訴えは、適法な異議申立てを経たものとはいえず、不服申立前置の要件を満たさないから、いずれも不適法である。


ア 異議申立ての適法性

 本件各処分1ないし本件各処分2についての異議申立ては、本件各処分1ないし本件各処分2があったことを知った日(又は本件各処分1ないし本件各処分2に係る通知を受けた日)の翌日から起算して2か月以内にしなければならない(同法77条1項)。


 広島東税務署の職員である戊国税調査官(以下「戊調査官」という。)は、平成20年7月3日、本件各処分1に係る更正通知書及び賦課決定通知書(以下、これらを併せて「本件各通知書1」という。)並びに本件各処分2に係る更正通知書及び賦課決定通知書(以下、これらを併せて「本件各通知書2」という。)を送達するために、原告乙が居住する住居(東京都練馬区所在。以下「原告乙宅」という。)を訪れた。戊調査官は、原告らが不在であったため、原告乙宅の郵便受けに、本件各通知書1及び本件各通知書2を差し置く方法で送達した(各差置送達が適法にされたことについては後記イ及びウのとおり。)。


 しかるに、原告らは、処分行政庁に対し、上記各送達の日から不服申立期間である2か月が経過した後である平成21年1月20日、本件各処分1及び本件各処分2の取消しを求めて異議申立てをした。


 このように、本件各処分1及び本件各処分2についての上記異議申立ては、いずれも上記不服申立期間経過後にされたものであり、また、原告らには、上記不服申立期間内に異議申立てをしなかったことについてやむを得ない理由(同法77条3項)もない。


 したがって、本件各処分1及び本件各処分2についての異議申立ては、不服申立期間を徒過したものとして、いずれも不適法である。


イ 本件各通知書1の送達の適法性

(ア)上記アのとおり、戊調査官は、原告乙宅の郵便受けに、本件各通知書1を差し置く方法で送達した。


 差置送達は、送達を受けるべき者が、その者の住所又は居所(送達すべき場所)にいない場合にすることができる(同法12条5項2号)。


 そして、住所とは、その者の生活の本拠をいうところ、原告甲の生活の本拠は、


〔1〕原告乙宅が、原告甲所有の不動産であること、

〔2〕原告乙宅の表札には「甲 乙」と表示されていたこと、

〔3〕原告甲は、本件各通知書1の送達当時、高齢者向けのグループホームに入所していたところ、同グループホームは一時的な滞在先に過ぎないこと、

〔4〕原告甲の荷物や貴重品等が原告乙宅で管理されていたと思われること、

〔5〕原告甲は、今後一人暮らしが困難であり、住民票上の住所地(東京都杉並区)に戻ることはないと予測されること、

〔6〕原告乙は、原告甲の実娘で保佐人であることなどからすれば、原告乙宅であったというべきである。


 したがって、本件各通知書1の送達は、原告甲の住所に送達したといえるから、差置送達の要件(同法12条5項2号)を満たし、適法である。


(イ)仮に、原告乙宅が原告甲の住所ないし居所に当たらないとしても、次のとおり、本件各通知書1の送達は適法である。


a 原告甲の実娘で保佐人でもある原告乙は、原告甲の財産管理及び身上監護の少なくとも相当部分を行っており、原告甲の郵便物についても、原告乙が管理していたといえる。そうすると、原告甲は、原告乙に対し、遅くとも、グループホームに入った時点で、明示又は黙示に、郵便物の受領権限を与えていたというべきである。


 したがって、本件各通知書1の送達は、原告甲の郵便物の受領権限を有する原告乙に対して行われたから、適法である。


b 原告乙が郵便物の受領権限を授与されていなかったとしても、表見代理の規定である民法109条、110条が適用ないし類推適用されるので、本件各通知書1の送達は、適法である。


 すなわち、原告乙は、保佐人として財産管理等について何らかの代理権を付与されていたし、そうでないとしても、原告甲は、被相続人丙の相続に係る手続全般を行う旨の権限を原告乙に授与した旨表示していたといえるので、上記表見代理の規定が適用ないし類推適用される。


c 送達を受けるべき者が被保佐人である場合には、保佐人の住所又は居所に送達をしても、当該送達は適法であるというべきである。なぜなら、税務行政庁がする処分の通知の送達については民訴法上の規定より緩やかに認められるところ、被保佐人は、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者であり、実質的にみても、保佐人の住所に送達することは被保佐人の権利保護に資する場合が多いからである。

 しかして、本件各通知書1の送達は、原告甲の保佐人である原告乙に対して行われたから、適法である。


(ウ)仮に、本件各通知書1の送達が上記(ア)及び(イ)の理由で適法にならないとしても、本件では、原告甲の住所又は居所は不明で、本件各通知書1を保佐人である原告乙宅に送達することが最も適切であったから、信義則上、本件各通知書1の送達は適法である。


 すなわち、原告甲は、本件各通知書1の送達時点において、その住民票上の住所には不在であり、原告甲の住所地へ送達しても、原告甲が本件各通知書1を了知することを望めなかった。また、戊調査官が原告乙に対し原告甲が生活していたとされる上記グループホームの所在地を確認しても、原告乙は答えようとしなかったから、原告甲の住所又は居所は不明であった。


 そうすると、本件各通知書1の送達については、公示送達をするべきであったということになる。他方で、上記(ア)及び(イ)のとおり、原告乙宅は、原告甲に対する本件各通知書1を送達するために適切な場所であった。そして、公示送達と原告乙宅への送達を比較すると、後者の方法がより原告甲の権利保護に資する方法であることは明らかであるから、信義則上、原告乙宅に本件各通知書1を送達したことは適法である。



ウ 本件各通知書2の送達の適法性

 上記アのとおり、戊調査官は、原告乙が不在であったため、原告乙が居住する原告乙宅の郵便受けに、本件各通知書2を差し置く方法で送達した。

 したがって、本件各通知書2の送達は、差置送達の要件(国税通則法12条5項2号)を満たし、適法である。






【原告らの主張】

 処分行政庁がした本件各通知書1及び本件各通知書2の差置送達は、次のア、イのとおり、違憲、違法なものである。したがって、本件においては、差置送達が適法であることを前提として、差置送達があった日の翌日を不服申立期間の起算日(国税通則法77条1項)とすることはできず、原告らが平成21年1月20日に処分行政庁に対し異議申立てをした時点で、不服申立期間を経過していたとはいえない。また、仮に、原告らが異議申立てをした時点で、不服申立期間を経過していたとしても、期間経過についてやむを得ない理由(同法77条3項)があった。したがって、本件各処分1及び本件各処分2に係る異議申立てはいずれも適法にされているし、これらに係る審査請求も、適法な異議申立てを経たものとして適法である。



ア 差置送達の違憲性

 憲法31条が規定する適正手続の保障は、刑事手続のみならず、行政手続にも及ぶ。


 国税通則法12条5項2号が規定する差置送達は、送達を受けるべき者が送達すべき場所にいない場合にすることができるところ、不在という一事をもって、差置送達を可能にしており、民事訴訟法が規定する送達手続と比較しても、緩やかな要件で差置送達を許容している。


 また、一般的に、差置送達の必要性として、


〔1〕租税の賦課徴収に関する処分は大量かつ反復して行われるから、簡易迅速にその処分を送達する必要性がある、

〔2〕租税の賦課権については除斥期間、徴収権については消滅時効が規定されているから、送達を受けるべき者がたとえ不在であっても、送達の効力を生じさせる必要性があるなどといわれているものの、いずれも説得的な説明ではなく、差置送達の必要性を論証できていない。


 これらのことからすれば、国税通則法12条5項2号が規定する差置送達は、憲法31条が規定する適正手続の水準に達しておらず、同条に反して、違憲であるというべきである。


 したがって、本件各通知書1及び本件各通知書2の差置送達は、違憲、違法なものである。


イ 本件各通知書1の送達の違法性

 被保佐人に対する通知は、被保佐人に送達をすべきであり、保佐人に対して送達をしても、当該送達は効力を生じないというべきである。


 本件において、原告甲に対する本件各通知書1は、原告甲の保佐人である原告乙宛てで、原告乙宅に送達されたのであるから、本件各通知書1の送達は、違法であり、効力を生じない。


 被告は、原告乙宅が、原告甲の生活の本拠であり、原告甲の住所ないし居所に当たると主張する。しかし、原告甲は、原告乙宅に居住したことはなく、原告甲の荷物、家具、貴重品等が保管されたこともない。原告甲は、住民票上の住所地(東京都杉並区)で、一人暮らしをしていた。したがって、原告乙宅が原告甲の住所ないし居所にあたるとはいえない。


 被告は、また、原告甲が原告乙に対し郵便物の受領権限を授与したというが、そのような事実はない。


 被告は、本件各通知書1の送達について、表見代理の規定である民法109条、110条が適用ないし類推適用されると主張するが、この主張は否認ないし争う。原告甲の保佐人である原告乙は、同意権及び取消権を有するのみであり、代理権を有していない。


 被告は、原告乙宅に本件各通知書1を送達したことが信義則上適法であると主張する。しかし、処分行政庁は、原告乙に対し、本件各通知書1を送達するために、原告甲が入所するグループホームの所在地を確認すべきであったにもかかわらず、それを怠った。また、処分行政庁は、原告甲に対し、本件各通知書1を送達するために、送達場所の確認をしなかった。これらのことからすれば、信義則を理由に、本件各通知書1の送達が適法であるとはいえない。


 

(2)争点(2)ア(本件各処分1及び本件各処分2は適法であるか否か)について



(3)争点(2)イ(本件各処分1及び本件各処分2に無効事由はあるか否か)について





第3 当裁判所の判断


1 争点(1)(原告らは、本件各処分1及び本件各処分2について、異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経たか否か)について


(1)本件各通知書1及び本件各通知書2の送達の適法性について


ア 原告らは、差置送達を規定した国税通則法12条5項2号が憲法31条に反して違憲であり、したがって、処分行政庁がした本件各通知書1及び本件各通知書2の差置送達は、違憲、違法なものである旨主張する。


 しかしながら、国税通則法12条5項2号が、民訴法171条3項の場合とは異なり、受送達者不在の場合に書類の差し置きによる差置送達を認めたのは、租税の賦課徴収に関する処分等が各年又は各月ごとに大量かつ反復的に行われることから、限られた職員で限られた期間内に大量の納税者につき適正かつ公正な税務執行を実現するため、簡易迅速に当該処分の内容を記載した書面を送達して処分の効力を生じさせる必要がある上、租税の賦課権についての除斥期間(国税通則法70条、71条)や徴収権についての消滅時効(同法72条)が極めて短期のものとして規定されているため、受送達者が、意図的に、又は、偶然にその居宅に不在である場合にも送達を可能にする必要があるからである。


 そうでなければ、除斥期間等の徒過によって、不誠実な納税者をして法定の納税義務や租税の徴収を免れさせるおそれがあり、その結果、租税の賦課徴収の公平を図ることが困難となり、租税収入を確保し得なくなる。


 また、国税通則法12条1項の郵便による送達では送達の効力発生時点について争いが生ずる余地がある(同条2項参照)。


 同法が郵便による送達のほかに受送達者不在の場合の差置送達を認めているのは、まさにこれらの要請に沿うものであって、合理的な方法であるというべきである(地方税法20条3項2号も同趣旨の規定である。)。


 このような国税に関する処分等の特殊性に基づく差置送達の目的ないし必要性、合理性からすると、仮に差置送達という方法により、国民の権利利益が何らかの制限を受けることがあり得るとしても、これを規定した国税通則法12条5項2号が、直ちに憲法31条に反するとはいえない。この点に関する原告らの主張は採用することができない。



イ 次に、原告らは、本件において、原告甲に対する本件各通知書1は、原告甲の保佐人である原告乙宛てで、原告乙宅に送達されたのであるから、本件各通知書1の送達は、違法であり、無効である旨主張する。


(ア)証拠(乙1、12、14の3)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。


a 原告甲は、広島市に住んでいたが、平成19年1月9日、東京都杉並区に転居した。

 原告乙は、東京都練馬区に居住している。


b 処分行政庁の職員である戊調査官は、平成19年8月、原告らに対する相続税の調査に着手した。戊調査官は、同月3日、相続税申告書に記載されている原告甲の住所である広島市に臨場したが、原告甲は不在で、しかも、ポストに郵便物が溜まっているなど長期不在がうかがえたので、同月7日、原告乙に対し、原告甲の所在を確認したところ、原告甲は認知症を発症しており、現在は、東京都内の家に移らせ面倒を見ている旨、相続の手続きに関しては原告乙が窓口になっている旨、原告乙が原告甲の保佐人となっている旨の回答を受けたことから、原告らの相続税調査については、原告乙を通して進めていくことにした。


c 戊調査官は、相続税調査に伴い、原告らの預貯金等について調査したところ、原告らが相続税の申告書で明記した相続財産以外に、丙名義の利付国債3口(合計3000万4066円)が相続財産として漏れていることを把握した。


d 処分行政庁は、丙名義の利付国債3口(合計3000万4066円)が相続財産として漏れており、それに対して修正申告が必要であるとして、原告乙に対し、修正申告のしょうようを行ったところ、原告らは、修正申告に応じなかった。


e 他方、戊調査官は、平成20年1月ないし2月ころ、相続税調査のため、原告乙に電話連絡した際、原告乙から、原告甲は今一人暮らしをしているが、もう限界なので老人ホームに入れたい、原告甲の認知症がひどくなかなか受入れてくれる老人ホームがないとの話を聞いた。また、戊調査官は、同年5月、原告乙に電話連絡した際、今後原告甲に対する修正申告のしょうようのことや原告甲に対する書類の送付について確認しておく必要があると思い、原告乙に対し、老人ホームの所在地について尋ねたところ、原告乙は、杉並区のグループホームに入りましたが、所在地は教えられない旨返事した。


f 戊調査官は、原告乙に修正申告の必要性を電話で説明するのは困難であると考え、平成20年6月13日、原告乙宅に、原告乙宛て及び原告甲宛ての修正申告の各しょうよう文書を簡易書留で郵送したが、原告乙がこれらを受領していないことが判明したため、再度、普通郵便で、これらの文書を、原告乙宅に送付した。


g 戊調査官は、平成20年7月3日、原告らに対する相続税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(本件各処分1及び本件各処分2)を行うため、原告乙宅(上記東京都練馬区所在)において、「甲保佐人 乙様」と宛名書きされた封筒に入れた本件各通知書1及び「乙様」と宛名書きされた封筒に入れた本件各通知書2を、原告乙に対して交付送達を行おうとしたところ(上記fの経過で、郵送では原告乙が受け取らない可能性があった。)、原告乙が不在であったため、これらの各通知書を、原告乙宅の郵便受けに差し置いて送達した。


(イ)以上の事実関係を前提として、本件各通知書1の送達の適法性について検討する。


a 原告甲が、平成18年8月21日、広島家庭裁判所において、保佐開始の審判を受け、保佐人として原告乙が選任されたことは、上記前提事実のとおりである。


 ところで、被保佐人は、意思表示の受領能力を有する(民法98条の2参照)から、訴訟無能力者(未成年者、成年被後見人)の場合とは異なって、本件各通知書1の送達は被保佐人に対してすべきであり(民事訴訟法102条参照)、保佐人に対してこれを送達しても、当該送達は違法なものとして効力を生じないというべきである。


 上記(ア)認定のとおり、本件各通知書1は、原告甲の保佐人である原告乙宛で、原告乙宅に送達されたのであるから、本件各通知書1の送達は、違法なものとして効力を生じないというべきである

b 被告は、本件各通知書1は、原告甲の住所である原告乙宅に差置送達されたもので適法である旨主張する。


 しかしながら、証拠(甲5、乙9、14の3、17、20)及び弁論の全趣旨によれば、原告甲が、原告乙宅の不動産の所有者であること、原告乙宅の表札には「甲 乙」と表示されていることが認められるものの、他方、原告甲は、平成18年4月下旬ころ、広島市から、東京都杉並区に転居して一人暮らしをしていたこと、原告甲は、平成19年末ころ、Aにあるグループホーム「B」に入所し、本件各通知書1の送達時も同所にいたこと、原告乙宅には原告甲の荷物、家具、貴重品の類が保管されたことはなく、原告甲が原告乙宅で生活したことはないこと、上記「甲 乙」と表示された表札は、平成16年ころに原告乙が設置したものであるが、原告乙がこのような表札を設置したのは、原告乙にとって、原告乙宅は実家である「甲」の家という意識があったし、離婚等で旧姓「甲」を使うときにも便利であると考えたからであることが認められ、これらの事情に照らすと、本件各通知書1の送達時の原告の住所が原告乙宅であったとは決して認めることはできない。この点に関する被告の主張は採用できない。


c 被告は、原告甲は、同原告の実娘で保佐人でもある原告乙に対し、遅くとも原告甲がグループホームに入所した時点で、明示又は黙示に、郵便物の受領権限を与えていたから、本件各通知書1の送達は適法である旨主張する。


 しかしながら、原告甲が原告乙に対して、原告甲の郵便物について、原告乙の住所で原告乙が受領するように要請したりしたことをうかがわせるような事情は見当たらず、他に、原告甲が原告乙に対し、原告甲の郵便物に係る受領権限を与えていたこと基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。この点に関する被告の主張も採用できない。


d 被告は、原告乙は、原告甲の保佐人として財産管理等について何らかの代理権を原告甲から付与されていたし、そうでないとしても、原告甲は被相続人丙の相続に係る手続全般を行う旨の権限を原告乙に授与した旨表示していたといえるので、表見代理の規定である民法109条、110条が適用ないし類推適用され、本件各通知書1の送達は適法である旨主張する。


 しかしながら、仮に、送達手続について、上記各規定が適用ないし類推適用されるとしても、保佐人は、成年後見人と異なり当然には代理権を有せず(ただし、家庭裁判所は、本人、配偶者等の請求によって、被保佐人のために特定の法律行為について保佐人に代理権を付与する旨に審判をすることができる(民法876条の4第1項))、原告乙において、原告甲の保佐人として原告甲から財産管理等について何らかの代理権を付与されていたことを認めるに足りる証拠はないし,原告甲が、被相続人丙の相続に係る手続全般を行う旨の権限を原告乙に授与した旨表示していたことを認めるに足りる証拠もない。この点に関する被告の主張も採用できない。



e 被告は、被保佐人は、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者であり、実質的にみても、保佐人の住所に送達することは、被保佐人の権利保護に資する場合が多いから、送達を受けるべき者が被保佐人である場合には、保佐人の住所又は居所に送達をしても、当該送達は適法であるというべきところ、本件各通知書1の送達は、原告甲の保佐人である原告乙に対して行われたから、適法である旨主張する。 


 しかしながら、民事訴訟法102条が訴訟無能力者である未成年者、成年被後見人に対する送達はその法定代理人とする旨定めていることからして、被保佐人については、同条は適用されず、送達は被保佐人に宛ててすることになると解されるところ(同法31条、32条参照)、


 税務行政庁がする処分の通知書である本件各通知書1の送達について、民訴法上の上記取扱いと別異に解すべき根拠に乏しいことからすれば、上記aのとおり、本件各通知書1の送達は被保佐人に対してすべきであり、保佐人に対してこれを送達しても、当該送達は効力を生じないというべきである。

 したがって、この点に関する被告の上記主張も採用できない。


f 被告は、上記第2の3(1)【被告の主張】イ(ウ)の諸事情からして、本件では、原告甲の住所又は居所は不明であり、本件各通知書1を保佐人である原告乙宅に送達することが最も適切であったから、信義則上、本件各通知書1の送達は適法である旨主張する。


 しかしながら、上記したとおり、原告甲が原告乙宅で生活していたという実態はなく、また、原告乙は、原告甲の保佐人というだけで、原告甲への郵便物の受領権限を有していたわけでもない。さらに、上記(ア)の認定事実によれば、戊調査官は、原告乙から、原告甲が広島市から東京都杉並区の住居に転居した後、グループホームに転居したとの話を聞き、原告乙に対し、同ホームの所在地を確認したが、原告乙が回答を拒否したことが認められるところ、戊調査官において、原告乙に対し、本件各通知書1のような税務行政庁がする処分の通知書という重要書類の送達のためには上記グループホームの所在地の確認が是非とも必要である旨告げた上で、原告乙にその確認を求めるようなことをしたことをうかがわせるような証拠はなく、戊調査官が、原告乙に対し、上記のように告げた上で、上記グループホームの所在地の確認を求めていたら、原告乙の対応も変わっていた可能性がある。また、処分行政庁としては、原告乙から上記グループホームの所在地を聞き出せなかったとしても、他の手段、方法を駆使し、上記グループホームの所在地を確認するなどして原告甲の居住、生活の実態を把握する努力をすべきであったと考えられるが、処分行政庁において、これらの手段、方法を尽くしたことをうかがわせるような証拠もない。これらの点を考慮すると、戊調査官が原告乙から上記グループホームについての所在地確認を拒否されたとしても、そのことから、直ちに、被告主張のように、本件各通知書1の送達を受けるべき者である原告甲の住所及び居所が明らかでないとして、原告甲に対する本件各通知書1の送達をするためには公示送達をすべきであったなどとはいえない。

 以上によれば、被告主張のような諸事情を十分考慮しても、原告乙宅への本件各通知書1の送達を、信義則上、適法とすべきであるとまでは決していえない。この点に関する被告の主張も採用できない。


ウ 次に、本件各通知書2の送達の適法性について検討するに、上記イ(ア)認定のとおり、戊調査官は、平成20年7月3日、原告乙に係る本件各通知書2を送達するために、原告乙が居住し生活している原告乙宅を訪れたところ、原告乙が不在であったため、原告乙宅の郵便受けに、本件各通知書2を差し置く方法で送達したことが認められる。


 このように、戊調査官は、原告乙がその住所に不在であったために、本件各通知書2を差置送達したというのであるから、上記差置送達の要件(国税通則法12条5項2号)を満たすというべきであり、したがって、本件各通知書2の送達は適法であったというべきである。




(2)原告甲は、本件各処分1について、異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経たかについて


ア 異議申立ては、処分があったことを知った日(処分に係る通知を受けた場合には、その受けた日)の翌日から起算して2か月以内にしなければならない(国税通則法77条1項)。


 上記(1)イのとおり、処分行政庁による本件各通知書1の送達は違法であったから、本件において、同送達があった日とされる平成20年7月3日は、処分に係る通知を受けた日に当たらないというべきである。他方、証拠(乙3)によれば、原告甲は、平成21年1月6日に、本件各処分1があったことを知ったことが認められるので、上記不服申立期間は、その翌日から起算されることになる。


 しかして、上記前提事実(5)のとおり、原告甲は、処分行政庁に対し、上記平成21年1月6日の翌日から起算して2か月以内である同月20日に、本件各処分1の取消しを求めて異議申立てをしたのであるから、本件各処分1についての異議申立ては、不服申立期間内にされたものとして、適法であったというべきである。


イ 審査請求は、異議決定書の謄本の送達があった日の翌日から起算して1か月以内にしなければならない(同法77条2項)。


 上記前提事実(5)及び(6)のとおり、原告甲は、平成21年3月18日付けで、本件各処分1についての異議申立てを却下する旨の決定を受け、その翌日から起算して1か月以内である同年4月23日に、本件各処分1の取消しを求める審査請求をした。また、原告甲は、上記アのとおり、適法な異議申立てを前置している。


 したがって、本件各処分1についての審査請求も適法であったというべきである。


ウ このように、原告甲は、本件各処分1について、適法な異議申立て及び審査請求をしたにもかかわらず、上記前提事実(5)、(6)のとおり、不適法な異議申立てないし審査請求であるとして、処分行政庁から却下決定を受け、国税不服審判所長から却下裁決を受けた。


 ところで、当該処分行政庁又は国税不服審判所長に対して、適法な異議申立て又は審査請求があったにもかかわらず、当該処分行政庁又は国税不服審判所長が、誤ってこれを不適法として却下した場合には、当該却下決定ないし却下裁決は、同法115条1項が規定する異議申立てについての決定ないし審査請求についての裁決に当たると解すべきである(最高裁昭和34年(オ)第973号同36年7月21日第二小法廷判決・民集15巻7号1966頁参照。)。


 したがって、原告甲の本件各処分1の取消しを求める訴えは、本件各処分1について、異議申立てについての決定、審査請求についての裁決を経たものとして、不服申立前置の要件(同法115条1項)を満たし、適法であるというべきである。


(3)原告乙は、本件各処分2について、異議申立てに対する決定及び審査請求に対する裁決を経たかについて


ア 上記(1)ウのとおり、本件各通知書2の送達は適法であったから、異議申立期間は、送達があった日の翌日から起算される。


 しかして、上記前提事実(5)のとおり、原告乙は、処分行政庁に対し、平成20年7月3日の翌日から起算して2か月を経過した後である平成21年1月20日に、本件各処分2の取消しを求めて異議申立てをしたというのであり、また、上記不服申立期間内に異議申立てをすることができなかったことについて、原告乙においてやむを得ない理由(国税通則法77条3項)があったことと認めるに足りる的確な証拠もない。


 そうすると、本件各処分2についての異議申立ては、不服申立期間を経過したものとして、不適法であるというべきである。


イ したがって、原告乙の本件各処分2の取消しを求める訴えは、本件各処分2について、適法な異議申立てに対する決定を経たとはいえず、不服申立前置の要件(同法115条1項)を満たさないから、不適法であるというべきである。