遺産分割の錯誤(9)




 本件へのあてはめについて検討します。







そこで,原告P3について,上記の特段の事情の有無を検討する。



ア まず,上記(2)〔1〕についてみるに,




(a)前提事実(4)ア及び(5)イ(ア)のとおり,


 原告P3は,平成15年6月19日,第1次遺産分割に基づき,相続税の申告をし,その約5か月後の同年11月6日に,株式の分割の錯誤(本件会社の株式の配分数の錯誤)を理由として,更正の請求をしており,


 更正請求期間内(同年6月24日の法定申告期限から1年以内)に,


 第1次遺産分割のうち本件会社の株式の配分に係る部分の錯誤による無効を理由として,


 国税通則法23条1項1号の規定による更正の請求をしたものと認められ,


 また,



(b)原告P3は,課税庁の調査時の指摘,修正申告の勧奨,更正処分等を受ける前に,いまだ税務調査も始まっていない段階で,相続人らが自ら課税負担の前提事項の錯誤があることに気付いたため,上記更正の請求をしたのであり,更正処分がされたのも,更正の請求の日から約1年後の平成16年11月19日であったことが認められるので,本件は上記(2)〔1〕に該当するものと認められる。





イ 次に,上記(2)〔2〕についてみるに,



 原告P3が第1次遺産分割により取得した経済的成果は,一定数の本件会社の株式の帰属であるが,第1次遺産分割のうち本件会社の株式の配分に係る部分が無効であり,



 更正請求期間内に,原告P3の取得する本件会社の株式数を減ずる内容の第2次遺産分割がされたことにより(なお,同期間内に,これに基づく本件会社の株式名簿の名義書換えもされた。),


 更正の請求の時点では,その減少分の株式は原告P1及び原告P4に確定的に帰属するに至っており,


 当該減少分の株式(15万4024株)につき,第1次遺産分割による原告P3の経済的成果は完全に消失しているものと認められるので,


 本件は上記(2)〔2〕に該当するものと認められる。





ウ さらに,上記(2)〔3〕についてみるに,



 前提事実及び上記1(1)の認定事実によれば,(a)上記1(2)のとおり,本件会社の株式の評価に係る配当還元方式の適用は,


 その適用の有無により評価額に合計約19億円の差異が生ずることから,


 遺産分割における重要な条件として当初から相続人らの間で明示的に協議されていた事項であり,


 相続人らが当該株式の評価方法を誤信して第1次遺産分割の合意に至ったのは,


 本件税理士の誤った助言に起因するもので,


 事柄の内容も税務の専門家でない相続人らにとって同税理士の助言の誤りに直ちに気付くのが容易なものとはいえないものであったこと,


(b)遺産分割の協議に際して,相続人らは,第1次遺産分割に基づく当初の申告を経て,


 自らその誤信に気付いた後,


 速やかに,


 配当還元方式の適用を受けられる内容に当該株式の配分方法を変更した第2次遺産分割の合意に至っていることが認められ,


 これらの経緯に照らすと,第1次遺産分割から第2次遺産分割への分割内容の変更は,やむを得ない事情により誤信の内容を是正する一回的なものであったと認められ,本件は上記(2)〔3〕に該当するものと認められる。





エ 以上によれば,前記認定の事実関係の下では,本件は上記(2)〔1〕ないし〔3〕のいずれにも該当し,


 更正の請求において課税負担の前提事項の錯誤を理由とする遺産分割の無効の主張を認めても上記(2)の弊害が生ずるおそれがなく,申告納税制度の趣旨・構造及び租税法上の信義則に反するとはいえないと認めるべき特段の事情がある場合に該当するものというべきである。







(4)



 ア したがって,原告P3は,更正請求期間内にした更正の請求において,処分行政庁に対し,第1次遺産分割のうち本件会社の株式の配分に係る部分の錯誤による無効を主張することができたものというべきであり,これにより当該株式の配分が無効とされる以上,課税の根拠となる相続財産である当該株式の取得を欠くことになるから、その錯誤による無効は,国税通則法23条1項1号にいう「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」との事由に該当するものと解される。




 そして,前記1(2)ウのとおり,第1次遺産分割の一部が要素の錯誤により無効であり,その余の部分は有効であって,更正請求期間内に当該無効の部分が第2次遺産分割により補充され,これらの遺産分割の効力は相続開始時に遡及している(民法909条)以上,



 申告書の記載に係る第1次遺産分割の配分内容に従った計算による税額が,第2次遺産分割(第1次遺産分割のうち有効である部分を含む。)の配分内容に従った計算による税額を上回るときは,国税通則法23条1項1号所定の「当該申告書の提出により納付すべき税額(中略)が過大であるとき」に該当するものとして,その差額の減額更正につき,同号の規定による更正の請求をすることができるものと解するのが相当である。




 

イ 他方で,遺産分割が要素の錯誤により無効であり,納税者がこれを主張し得る場合について,






 これをまだ遺産分割がされていない状態と同視し得るとすれば,更正の請求の手続として,まず,相続税法55条の規定による法定相続分等に従った計算に基づき,国税通則法23条1項1号による更正の請求又は修正申告等を経た上で,新たな遺産分割の配分内容に従った計算に基づき,改めて相続税法32条1号による更正の請求をするという手続も考えられ,上記アの手続との関係について検討を要する。





 そこで検討するに,相続税法32条各号は,国税通則法23条1項各号及び2項各号所定の一般的な更正の事由に該当しない場合であっても,相続,遺贈又は贈与により財産を取得した者の間の租税負担の公平を図るため,相続税に特有の更正の事由を定めるとともに,



 国税通則法23条1項及び2項所定の一般的な更正請求期間とは別個に特有の更正請求期間を定めており,このような相続税法32条各号の規定の趣旨・構造等に照らすと,同条各号は,国税通則法の通則規定に対する特則規定として,



 国税通則法の定める更正の事由に該当する場合のほか,


 これらに該当しない場合でも,同条各号所定の事由があれば同条所定の期間内に更正の請求ができるとしたものであって,


 国税通則法の定める更正の事由に該当する場合において,同条各号所定の更正の事由にも該当することがあるとしても,


 それによって,


 国税通則法の規定による更正の請求について更なる要件を加重してその請求を制限するものではなく,


 国税通則法の規定による更正の請求を排除するものでもないと解するのが相当である



 (なお,両者の関係に係る同趣旨の例規として,相続税法基本通達(昭和34年1月28日付け直資10国税庁長官通達)32-2参照)。



 そして,相続税法55条は,相続により取得した財産に係る相続税について申告書の提出又は更正若しくは決定をする場合において,当該相続により取得した財産の全部又は一部が共同相続人によってまだ分割されておらず,その後に当該財産の分割がされた場合についての二段階の処理方法を定める規定であり,まだ遺産分割がされていない場合を本来の適用対象とするものであって,既にされた遺産分割の全部又は一部が無効で新たな遺産分割がされている場合を同条の適用対象に含めるか否かは個別事案の評価の問題と解されるところ,



 本件においては,申告書の提出時を基準とすれば,第1次遺産分割の一部無効により相続財産の一部が未分割である状態と同視し得るものの,


 更正請求期間内に既に第2次遺産分割がされているため,


 更正の請求に基づく更正時を基準とすれば,相続財産の全部が既に分割されている場合に当たる以上,このような場合の更正の請求において同条に基づく二段階の処理が必須の手続として義務付けられるものとは解されないので,


 いずれにしても,同条に基づく二段階の方法により相続税法32条1号の規定による更正の請求をすることができると解し得ることをもって,


 上記アの直截的な方法により国税通則法23条1項1号の規定による更正の請求をすることが妨げられるものとは解されない。





ウ そうすると,原告P3が更正請求期間内にした国税通則法23条1項1号の規定による更正の請求により,処分行政庁は,第1次遺産分割のうち本件会社の株式の配分に係る部分が無効であり,当該株式の配分については第2次遺産分割の内容に従って計算がされるべきことを前提として,相続税額の減額更正に応ずべき義務を負うに至ったものと解するのが相当である。



エ なお,更正をすべき理由がない旨の通知処分と同時にされた増額更正処分の内容に更正をすべき理由がないとする趣旨が含まれている場合には,通知処分の取消しを求める利益はなく,更正処分の取消しを求めれば足り


 更正処分の取消訴訟において,更正の請求の事由の有無は,処分時における客観的な納付すべき税額の判断の前提となる減額更正の可否に係る手続要件として検討されることとなり,本件訴訟においても,これと同様の観点から検討の対象とされるものである。



3(1)以上によれば,原告P3の更正の請求は理由があり,同原告の納付すべき税額は,同原告が取得する本件会社の株式について配当還元方式により評価した価額を前提として,減額更正をすべきであったことになるので,同原告を含む原告らの納付すべき税額は,同原告が取得する本件会社の株式につき配当還元方式により評価した価額に基づいて原告らの本件相続に係る課税価格を算出し,これを前提として算定すべきものと認められる。



 そうすると,


(ア)本件相続により相続人らが取得した有価証券の価額の合計額は,別表3の2「有価証券の明細表」順号〔8〕の金額欄記載のとおり,4億3135万0641円となり,これを前提とする課税価格の合計額は,別表1の2「課税価格及び納付税額の計算明細表」順号〔11〕の合計欄記載のとおり,20億0351万5000円となり,相続税の総額は,別表2の2「税額算出表」順号〔6〕記載のとおり,8億7163万2700円となるものと認められ,その結果,


(イ)原告らが納付すべき税額は,別表1の2順号〔20〕の各原告欄に記載の金額となり,原告P10及び原告P11を除く原告らに賦課される過少申告加算税額は,別表11の2「過少申告加算税の明細表」D欄の各原告欄に記載の金額となるものと認められ,


(ウ)以上の詳細は,別紙3「課税の根拠及び計算(配当還元方式)」のとおりである。



(2)したがって,本件各更正処分及び本件各賦課決定のうち,納付すべき税額及び過少申告加算税額につき上記(1)(イ)の各金額を超える部分は,いずれも違法であるといわざるを得ず,その余の点について判断するまでもなく,その限度で取消しを免れない。



4 よって,原告らの請求は,上記3(2)の限度で理由があるから認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して,主文のとおり判決する。



東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官 岩井伸晃 裁判官 本間健裕 裁判官 倉澤守春