引き続き裁判所の判断です。
(2)分割内容自体の錯誤と異なり,
課税負担の錯誤に関しては,
それが要素の錯誤に該当する場合であっても,
我が国の租税法制が,相続税に関し,申告納税制度を採用し,申告義務の懈怠等に対し加算税等の制裁を課していること,
相続税の法定申告期限は相続の開始を知った日から原則として10月以内とされており,
申告者は,その間に取得財産の価値の軽重と課税負担の軽重等を相応に検討し忖度した上で相続税の申告を行い得ること等にかんがみると,
法定申告期限を経過した後も,更なる課税負担の軽減のみを目的とする課税負担の錯誤の主張を無制限に認め,
当該遺産分割が無効であるとして納税義務を免れさせたのでは,
租税法律関係が不安定となり,
納税者間の公平を害し,
申告納税制度の趣旨・構造に背馳することとなり,
このことは,
(a)申告者が,法定申告期限後の課税庁による申告内容の調査時の指摘,修正申告の勧奨,更正処分等を受けた後に自らの申告内容を翻し,更正請求期間内に更正の請求の手続を執ることなく,更正処分等の取消訴訟において錯誤無効を主張する場合,
(b)新たな遺産分割の合意による分割内容の変更をしていないため,当初の遺産分割の経済的成果が実質的に残存し得る場合,
(c)法定申告期限後に更なる課税負担の軽減のみを目的とする錯誤無効の主張を安易に繰り返す場合等には,
税法上の信義則の観点からも,看過し難い。
したがって,上記の申告納税制度の趣旨・構造及び税法上の信義則に照らすと,
申告者は,法定申告期限後は,課税庁に対し,原則として,課税負担又はその前提事項の錯誤を理由として当該遺産分割が無効であることを主張することはできず,
例外的にその主張が許されるのは,分割内容自体の錯誤との権衡等にも照らし,
〔1〕申告者が,更正請求期間内に,かつ,課税庁の調査時の指摘,修正申告の勧奨,更正処分等を受ける前に,自ら誤信に気付いて,更正の請求をし,
〔2〕更正請求期間内に,新たな遺産分割の合意による分割内容の変更をして,当初の遺産分割の経済的成果を完全に消失させており,
かつ,
〔3〕その分割内容の変更がやむを得ない事情により誤信の内容を是正する一回的なものであると認められる場合
のように,更正請求期間内にされた更正の請求においてその主張を認めても上記の弊害が生ずるおそれがなく,申告納税制度の趣旨・構造及び租税法上の信義則に反するとはいえないと認めるべき特段の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である
(なお,被告の指摘に係る最高裁平成18年(行ツ)第127号,同年(行ヒ)第149号同年10月6日第二小法廷決定・未公刊(乙13),同平成8年(行ツ)第240号同10年1月27日第三小法廷決定・税務訴訟資料230号152頁及び同平成13年(行ツ)第31号,同(行ヒ)第32号同年4月13日第二小法廷決定・税務訴訟資料250号順号8882頁は,
いずれも,申告者が,更正請求期間内(国税通則法23条1項所定の法定申告期限から1年の期間内)に更正の請求の手続を執ることなく,
上記期間の経過後に課税庁の調査時の指摘,修正申告の勧奨,更正処分等を受けたことを契機として課税負担の誤信に気付き,
更正処分等の取消訴訟において課税負担の錯誤による無効を主張した事案について,
課税庁に対する当該主張は許されないとした原審の判断を当該事案の事実関係の下において是認したものであり,
これらの事案とは異なり,上記の特段の事情がある場合に限りその例外を認めることは,これらの判例に抵触するものではないと解される。)。
なお,前記(1)のとおり,
租税法制上,法定申告期限後も,更正請求期間内は,法定の更正の請求の手続による限り,課税の根拠となった遺産分割の要素の錯誤による無効を理由とする相続税額の減額更正が手続的に許容されていることにかんがみると,
法定申告期限までに課税庁に生じた申告内容に対する信頼や租税法律関係の早期確定の要請等を勘案しても,
なお,
その無効の主張の制限について,更正請求期間内にされた更正の請求における上記の限度での例外を許容し得ないとまでは解し難い。