遺産分割の錯誤(6)





裁判所の判断について検討します。









1 原告は,第1次遺産分割における本件会社の株式の配分につき,課税負担の前提事項(株式の評価方法)の錯誤があり,これが要素の錯誤に当たるとして,当該遺産分割が無効であると主張し,被告は,原告は課税負担の錯誤による法律行為の無効を法定申告期限後に主張することは許されないと主張するので,まず,前提問題として,第1次遺産分割の私法上の効力について検討する。




(1)前記前提事実,証拠(甲3ないし5)及び弁論の全趣旨を総合すると,第1次遺産分割及び第2次遺産分割の経緯として,前提事実のほか,次の事実が認められる。




ア 相続人らは,第1次遺産分割の協議に際し,相続税の負担等について本件税理士に相談しながら,配当還元方式の適用を受けられる方法で本件会社の株式を配分する方法を協議し,事前に,本件税理士から,当該株式の配分につき前提事実(3)アの配分方法によれば配当還元方式の適用を受けられるとの助言を受け,これに従い,当該株式の配分につき当該配分方法を採用した第1次遺産分割の合意に至った。



イ 本件税理士は,相続人らに上記助言をするに当たり,事前に,本件会社の株式につき,配当還元方式の適用の可否について丸亀税務署の職員に相談し,一般的な回答として,同方式を適用して差し支えない旨の回答を受け,その旨を相続人らに伝えた(ただし,評価通達の基準を充足する株式の配分をすればその適用を受け得る旨の一般的な回答の範囲を超えて,具体的に前提事実(3)アの配分方法によってその適用を受けられることまで回答を受けたことを認めるに足りる客観的な証拠はない。)。



ウ ところが,第1次遺産分割に基づく相続税の申告及び法定申告期限後,相続人らは,評価通達に基づく相互保有株式の控除の必要性を看過していたため前提事実(3)アの配分方法では配当還元方式の適用を受けられないことに気付いた。


 これは,処分行政庁の調査時の指摘,修正申告の勧奨,更正処分等を契機とするものではなく,税務調査の開始等の前に,相続人らが自ら気付いたものであった。



エ そこで,相続人らは,評価通達に基づく相互保有株式の控除をしても配当還元方式の適用を受けられるように,本件会社の株式の配分の方法を,前提事実(3)アから同(5)アの配分方法に変更し,


 これを採用した第2次遺産分割の合意に至った(なお,この合意に基づく本件会社の株主名簿の名義書換えも了した。)。


 相続人らが第2次遺産分割の合意(株主名簿の名義書換えを含む。)及びこれに基づく更正の請求又は修正申告をしたのは,法定申告期限後,更正請求期間内であった。




(2)そこで,前提事実及び上記(1)の認定事実を踏まえ,本件における課税負担の前提事項の錯誤が要素の錯誤に当たるか否か,その錯誤につき重大な過失があったか否かについて,以下検討する。




ア 前提事実及び上記(1)の認定事実によれば,第1次遺産分割の協議においては,本件会社の株式の評価につき,配当還元方式によるか類似業種比準方式によるかで合計約19億円の相違が生ずることとなることから(別表3,別表3の2参照),


 配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法を採ることを分割の方針として明示した上で,その方法について本件税理士に相談し,同税理士から所轄税務署との相談も踏まえた検討結果に基づく助言を受け,


 その助言に従い,配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法との誤信の下に,


 第1次遺産分割の合意に至っているものと認められることからすれば,


 原告P3が遺産分割により取得する株式について,配当還元方式による評価によることが,


 第1次遺産分割に当たっての重要な動機として明示的に表示され,


 第1次遺産分割の意思表示の内容となっていたものと認められ,


 かつ,


 その評価方法についての動機の錯誤がなかったならば相続人らはその意思表示をしなかったであろうと認められるから,


 第1次遺産分割のうち株式の配分に係る部分には要素の錯誤があったと認めるのが相当である。





イ 前提事実及び上記(1)の認定事実によれば,相続人らが本件会社の株式の評価方法を誤信したのは,


 本件税理士が評価通達上控除を要する関連会社の相互保有株式の存否の確認を怠って誤った助言をしたことに起因するものであり,


 事柄の内容も税務の専門家でない相続人らにとって同税理士の助言の誤りに直ちに気付くのが容易なものとはいえないと認められることからすれば,


 その誤信について,相続人らに過失があったことは否めないものの,


 過失の程度は通常要求される義務を著しく欠いているものとまでは認められず,相続人らに重大な過失があったということはできない。



ウ したがって,本件における遺産分割の私法上の効力については,


 第1次遺産分割のうち,本件会社の株式の配分に係る部分は,要素の錯誤により無効であり,


 その余の部分は有効であって,


 当該株式の配分に係る部分は,第2次遺産分割により補充されており,これらの遺産分割の効力は相続開始時に遡及して生じている(民法909条)というべきである


 (本件では,本件会社の株式以外の多数の不動産,他の有価証券,現金・預貯金,動産,貸付金債権等の相続財産の配分について錯誤はなく,



 前記認定の事実経過に徴すると,本件株式の配分に係る錯誤はそれ以外の財産の配分に何ら影響を及ぼすものではないと認められる以上,合意の内容としても対象財産の範囲で截然と区別し得る可分なものと評価できるので,当事者の合理的意思解釈及び法律関係の安定性の観点からも,第1次遺産分割のうち,本件会社の株式の配分に係る部分のみが一部無効となるものと解するのが相当である。)。