偽り、その他不正の行為(23)




裁判所の判断を検討します。







1 争点(1)について検討する。


 通則法70条5項は,納税者本人が偽りその他不正の行為を行った場合に限らず,納税者から委任を受けた者が偽りその他不正の行為を行い,これにより納税者が税額の全部又は一部を免れた場合にも適用されるものと解すべきであるところ(本件上告審判決参照),本件において,控訴人が平成2年分の所得税の申告手続をD税理士に委任し,同税理士が偽りその他不正の行為を行い,これにより納税者である控訴人が平成2年分の所得税に係る税額の一部を免れたことについては争いがないから,同条5項2号の期間内にされた本件各賦課決定処分に,同条4項に規定する除斥期間経過後であることの違法は認められない。


 この点につき,控訴人は,D税理士の行為は,控訴人による委任の範囲を越えたものであるから,上記上告審判決の判断の拘束力は及ばないと主張する。しかし,通則法70条は,課税(賦課)権について時的限界を規定するものであり,通則法73条3項に規定する徴収権の消滅時効と同様,納税義務自体の消長又は納税義務の多寡を規定するものではない。そして,通則法70条5項は,同条4項で賦課権の除斥期間を規定した国税についても,偽りその他不正の行為による申告行為等,課税当局の発見,調査が妨げられるような事情があった場合に,その例外を規定するものであって,これは偽りその他不正の行為をした者への制裁を目的としたものではない。したがって,納税者,その補助者又は代理人によるものであっても,納税者の納税義務の確定手続において客観的に「偽りその他不正の行為により全部又は一部の税額を免れ」たとの事実がある場合には,納税者自身が具体的な偽りその他不正の行為を意図し,又は指示したか否かを問うことなく,同条5項が適用されるものと解すべきであり,本件上告審判決の上記説示も同趣旨を説くものと解すべきである。






2 過少申告加算税について


(1)申告納税額につき修正申告又は更正がされたときは,新たに納付すべきこととなった税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税が課せられる(通則法65条1項)。これは,過少申告に対して経済的不利益を与えることにより,より正確な申告を一般的に奨励し,申告納税方式による税の税額の確定を円滑ならしめることを目的とするものであり,過少申告となったことの原因や,納税者の認識や過失の有無を問うものではない。



(2)もっとも,納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて,単なる租税法令の不知又は誤解を超えて,真にやむを得ない理由があるときは,「正当な理由」があるものとして,その正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除して,過少申告加算税を算出することとなる(通則法65条4項)。そして,この過少申告加算税の例外事由である「正当な理由」の主張立証責任は,納税者にあるものと解すべきである(最高裁平成11年6月10日第一小法廷判決・裁判集民事193号315頁参照)。



(3)また,過少申告加算税の要件を満たす場合で,納税者が課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,又は仮装し,その隠ぺいし,又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは,過少申告加算税に代えて,重加算税が賦課される(通則法68条1項)。重加算税の制度は,税務行政を混乱させて余分な徴税コストを負担させたという国家的損失を補填させるとともに,一般的に正確な申告を奨励するに止まらず,悪質な納税義務違反に対するより大きな経済的制裁を課することにより悪質な納税義務違反行為への誘因を減殺し,申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。そして,この制度目的及び法の文理に従えば,重加算税の賦課要件としては,過少申告の計算の基礎となるべき事実につき客観的に隠ぺい又は仮装の行為があり,この隠ぺい,仮装の行為に合わせた申告がされるというだけでは足りず,その隠ぺい,仮装の行為が納税者の行為と評価し得る(納税者に帰責すべき)事由が必要である。もっとも,この場合,納税者自身が資料の隠匿,隠ぺい又は仮装等の積極的な行為をすることまでの必要はなく,当該隠ぺい又は仮装の行為をした補助者又は代理人が過少申告の計算の基礎となるべき事実につき架空経費の計上などの違法な手段により税額を減少させようと企図していることを了知していたなど,隠ぺい又は仮装の行為がされることを容認し,その間に意思の連絡がある場合には,上記通則法68条1項所定の重加算税の賦課の要件を充足するものというべきである。


また,補助者又は代理人のした隠ぺい又は仮装の行為が納税者の意図し又は委任した行為とその態様を異にし,又はその態様において過大であったとしても,納税者の目的が納税の一部又は全部を免れることにある以上,隠ぺい又は仮装の行為の態様を異にし又はその態様が過大であることは納税者の目的に反するものではないから,特段の事情のない限り,納税者は使者又は代理人による当該隠ぺい又は仮装の行為をも容認していたものと推認される。


 この点につき,被控訴人は,納税者が納税手続を他人に委任した場合には受任者の行為は原則としてその効果が本人たる納税者に帰属し,納税者の行為と同一視すべきであると主張するが,上記のとおり重加算税が納税者の悪質な行為への誘因を減殺することにあることからすれば,上記の意思連絡等がある場合に限定されないとしても,受任者の隠ぺい又は仮装行為を納税者自身に帰責すべき事由が存することを要すると解すべきである。

 そして,重加算税が過少申告加算税の加重形態であることからすれば,その要件は,課税庁において立証すべきものと解すべきである。



(4)通則法65条の規定による過少申告加算税と同法68条1項の規定による重加算税とは,相互に無関係な別個独立の処分ではなく,上記のとおり重加算税は過少申告加算税の加重形態として理解されるから,重加算税賦課決定は,過少申告加算税において賦課されるべき一定の税額に加重額に当たる一定の金額を加えた額の税を賦課する処分として,過少申告加算税の賦課に相当する部分をその中に含んでいるものと解される(最高裁昭和58年10月27日第一小法廷判決・民集37巻8号1196頁参照)。


 したがって,同法68条1項による重加算税の賦課決定に対する取消訴訟において,同項所定の加重事由は認められないが,同法65条所定の過少申告加算税の賦課要件の存在が認められる場合には,上記賦課決定のうち過少申告加算税額に相当する額を超える部分のみを取り消すことができるものと解するのが相当である。