偽り、その他不正の行為(21)





 東京高等裁判所(差戻控訴審)、平成18年 1月18日 判決、税務訴訟資料256号順号10265を検討します。









争点及び争点に関する当事者の主張





(1)賦課決定の除斥期間の例外を定める通則法70条5項の適用の有無




【被控訴人】


〔1〕控訴人は,重加算税を賦課されるべき「偽りその他不正の行為」によって本件土地の譲渡に係る所得税額を免れたのであるから,通則法70条5項の規定により,加算税の納税義務成立の日である法定申告期限の経過の時から7年を経過する前にされた本件各賦課決定処分は適法である。


〔2〕納税者から納税手続を受任した者の行為は,原則としてその効果が本人に帰属し,受任者の行為が納税者の行為と同一視でき,受任者による隠ぺい又は仮装の行為がされた以上,その選任,監督について納税者に過失がない場合を除き,受任者の申告の効果が納税者に帰属する。





【控訴人】


 控訴人には,脱税をする意思も脱税のための積極的な行為もなく,「偽りその他不正の行為によりその全部又は一部の税額を免れた」事実はないから,通則法70条4項の規定により,納税義務の成立の日から5年を経過した平成8年3月16日以後,平成2年分の所得税に係る加算税の賦課決定を行うことは許されない。


 なお,本件上告審判決は,控訴人が委任したD税理士に偽りその他不正の行為があればよいとするもののようであるが,D税理士の行為は,控訴人による委任の範囲を明白に越えてされており,上記上告審判決の判断の拘束力は及ばないものというべきである。










(2)重加算税の賦課要件たる通則法68条1項の事由の有無





【被控訴人】



〔1〕本件重加算税賦課決定処分の適法性



 控訴人は,下記のとおり,D税理士が控訴人の所得税をほ脱させることを容認した上で,具体的方法をD税理士に委ね,脱税報酬を含め,又はその全額が報酬に充てられても異存はないとの意思の下に,D税理士に対し,1805万円を支払い,D税理士が確定申告書を提出し,これにより,当初から所得を過少に申告することを意図した上で,同税理士の「隠ぺい又は仮装」の行為によって,本件土地の譲渡に係る所得税を免れた。


 すなわち,D税理士は,平成3年2月末ころ,控訴人から本件土地の譲渡所得に係る所得税について相談を受け,裏付け資料等を示されることなく事情を聴取しながら別紙2のメモ(以下「本件メモ」という。)を作成し,本件メモを控訴人に示しながら税額が約2600万円になると説明した。


 その際,経費に加えられた本件土地の購入に係る手数料207万円,本件土地の売却に係る買手の紹介料356万円及び草刈費用60万円については,実際には支払っていない架空経費であった。



 控訴人は,脱税手段の概略について説明を受け,購入手数料,紹介料及び草刈費用等の架空の経費を計上して税額を計算することを明確に認識しながら,これを積極的に認容し,納税額が約800万円低くなる理由について説明を受けることなく,D税理士に確定申告手続を依頼したものである。



 D税理士も,正規の税額を約2600万円という計算をしておきながら1800万円以内の納税しかせずに済まそうという話であるから,これがいわゆる脱税行為であることは控訴人も当然分かっているはずであると認識していた。



 控訴人は,D税理士が架空経費の計上など違法な手段により税額を減少させようと企図していることを了知していたものであるから,特段の事情のない限り,D税理士が本件土地の譲渡所得につき架空経費を計上するなど事実を隠ぺいし,又は仮装することを容認していたものと推認され,その間に意思の連絡があると認められるべきものであり,通則法68条1項所定の重加算税の賦課決定の要件は充足されている。




 仮に,控訴人がD税理士に支払った1800万円に納税資金が含まれるとしても,重加算税は,その対象について納税者の認識を考慮する必要はなく,客観的に生じた過少申告の結果に対して賦課され,控訴人が譲渡所得税の全額について脱税することまでは意図していなかったとしても,納税すべき額と1800万円の差額ではなく,納税を免れた金額の全額について賦課される。





〔2〕他人による隠ぺい又は仮装の行為


ア 通則法68条1項にいう「納税者」は,納税者本人に限られず納税者以外の者で,納税者本人と同視し得る者を含む。


イ 納税者が納税手続を他人に委任した場合,受任者の行為は原則としてその効果が本人たる納税者に帰属し,納税者の行為と同一視できるというべきで,受任者による隠ぺい又は仮装の行為がされた以上,その選任,監督について納税者に過失がないと認められる場合を除き,受任者の申告の効果が納税者に帰属し,重加算税の賦課要件を満たし,かつ,通則法70条5項の偽りその他不正の行為の要件を満たす。


ウ 本件において,D税理士は,控訴人から申告手続を依頼され,隠ぺい又は仮装の行為に及んでおり,D税理士の行為は控訴人の行為と同視し得るというべきで,控訴人は,D税理士が架空の経費を計上することを知りながら黙認し,確定申告書の内容を確認しておらず,選任,監督について過失がなかったとはいえないのであって,D税理士の隠ぺい又は仮装の行為についての控訴人の認識のいかんにかかわらず,重加算税の賦課要件が満たされる。





〔3〕税理士による隠ぺい又は仮装の行為


ア 税理士による隠ぺい又は仮装の行為について,当該税理士に委任した納税者に重加算税を賦課すべきかどうかは,税理士による当該行為によって生じた国家的損失を当該納税者の負担によって補填させるのが公平か,当該納税者に補填させず国家の損失,即ち,他の正当な申告納付義務の履行者全体の損失のまま止めることが公平かという観点から決すべきで,かかる観点からすれば,納税者が税理士に隠ぺい又は仮装の行為やそれに基づく過少申告を指示したか否か,あるいは,納税者が税理士による隠ぺい又は仮装の事実やその具体的方法を知悉していたか否かにかかわらず,税理士に納税手続を委任した以上,選任,監督に過失がないことを立証しない限り,当該税理士の行為は納税者の行為と同視すべきで,重加算税の賦課がされるべきである。



イ 控訴人は,D税理士から,税額約2600万円を2310万円に減額するに当たり,国際学芸生活文化研究会有限会社(以下「訴外会社」という。)に対する紹介料や本件土地の草刈費用等の架空経費を計上すると説明を受け,「全部で1800万円でやってあげますよ。」と言われ,脱税に当たると認識しつつ,納税と報酬を含めて1800万円で済むと考えて委任しており,職務の公正を疑わせる事情のあるD税理士の選任を中止することも,不正行為に及ぶことのないように監督することもなく,逆に,不正行為を利用して脱税を図ろうとしたのであり,選任,監督について過失がある。



〔4〕仮定主張

 控訴人が納税を免れた全額について重加算税の賦課要件を満たさないとしても,D税理士に渡した1800万円を超える部分は,控訴人とD税理士との委任契約の趣旨に基づくもので,少なくとも,重加算税の賦課要件を満たす。






【控訴人】



〔1〕D税理士は,控訴人から,平成2年分の所得税の申告及び納付の手続を受任し,1800万円を預かり,控訴人について虚偽の転入通知をし,E税務署員が課税資料を廃棄する方法により,控訴人の所得税申告を妨害し,1800万円を横領したのであり,控訴人は,不正行為に巻き込まれ,濡れ衣を着せられたのである。


 控訴人は,脱税する意思はなく,脱税のための積極的な行為もなかったものであり,D税理士も控訴人に対し,隠ぺい又は仮装の行為をする旨を表示したこともない。


 まして,控訴人は,D税理士が架空経費の計上など違法な手段により税額を減少させようと企図していることを了知していたことはなく,D税理士が本件土地の譲渡所得につき架空経費を計上するなど事実を隠ぺいし,又は仮装することを容認していたものでもなく,D税理士との間に意思の連絡があったものでもないから,通則法68条1項所定の重加算税の賦課決定の要件は充足されていない。



ア 控訴人の検察官に対する供述調書(乙8。以下「本件検面調書」という。)中には,D税理士から説明を受けた際,虚偽の経費を計上するなどして申告を行い,不正に税金を安く済ませることを理解しており,大変悪いことをしたと深く反省しているとの記載があるが,


 控訴人は,当初から脱税の意思はなかったと述べ,訂正を求めていたが,東京地検のF検事(以下「F検事」という。)から,連日にわたる取調べと台湾人は嘘つきで嫌いだとの差別的発言を受け,偽りの転居届をしたと決めつけられ,大学教授の地位を失うのではないかと混乱に陥り,当時,危篤状態にあった台湾在住の父親を訪問する必要があったほか、所得税法違反は公訴時効が成立していて起訴されることはなく,D税理士の責任のみを追及するためである等と言われ,取調べから免れるため,事実に反する供述調書に署名押印したものであり,上記供述部分は,任意性及び信用性を欠くものである。



 また,東京国税局調査官に対する聴取書(乙9)中にも,任せて貰えれば1800万円に安くしてくれると話されて乗ってしまい,「Dに税金が安くなると持ち掛けられそれにのり不正な申告をしたことは私の不徳の致すところで非常に申し訳なく思っています。」との部分があるが,控訴人は,上記のとおり,検察官から連日にわたる苛酷な取調べを受けて疲労困憊し,判断力が低下した状態にあり,事実と異なる聴取書に署名押印したのであり,上記部分も任意性及び信用性を欠くものである。 




イ 控訴人は,本件土地取得後,平成2年9月に売却するまでの3年間,留学生に年3回の草刈りと年1回の土留作業を依頼し,1回に4,5人の留学生が作業に従事し,アルバイト代として1人1回1万円を支給しており,これら草刈り等の費用として合計約60万円を負担していたので,D税理士がメモに記載した草刈費用は架空経費ではなく,控訴人には架空経費との認識はなかった。



ウ 本件メモのうち,「内紹介料356万・・・・・国際学芸生活文化研究会有限会社」との記載は,D税理士がメモしたものではない。平成3年3月になって控訴人が妻G(以下「G」という。)に本件メモを見せた際,Gが有限会社法研住販(以下「法研住販」という。)に仲介手数料を支払ったのであれば,法研住販を控訴人に紹介した訴外会社(Gが代表取締役をしている会社)にも紹介料を払って欲しいと言って,上記のとおり記載したものである。したがって,D税理士及び控訴人は,上記紹介料356万円を本件土地譲渡の際の経費とは全く考えていなかったものであり,架空経費計上の根拠となるものではない。


〔2〕D税理士は,所得税の申告手続を受任しながら,控訴人の意思とは全く反対に,E税務署員と共謀して,控訴人の納税資金を着服横領したのであり,控訴人のために行為をしたとはいえず,その法律効果が控訴人に帰属することはない。


〔3〕控訴人は,次のとおり,D税理士の選任及び監督について過失がなかった。


ア 控訴人は,税務知識がなく,知人のHに照会して,資格のある税理士であることを確認し,D税理士に対し,平成2年分の譲渡所得の申告手続を依頼した。


イ 控訴人は,D税理士に申告手続を委任し,納税資金1800万円を預け,税務代理報酬5万円を支払い,預り証及び領収書を受領しており,D税理士がE税務署員と共謀して納税資金を横領する意図であったことを知る由もなかった。


ウ 控訴人は,税務知識に乏しく,当時多忙を極めており,D税理士を信頼して申告手続を一任し,その後,妻Gを介して納税が完了したとの報告を受け,平成2年分の所得税の納税は終了したと考えていたのであり,D税理士について「職務の公正を疑わせる事情」は存在せず,選任を中止し,又は監督する必要を感じなかった。


〔4〕仮に,控訴人が本件メモに基づき架空経費の計上の方法による税額800万円に係る隠ぺい又は仮装について認容する意思を表示したとしても,D税理士が実行した事績書廃棄の方法による不申告についての意思の連絡はない。この場合,D税理士の意思は,事績書廃棄の方法による,税額2600万円の脱税であるから,控訴人とD税理士との間には,隠ぺい又は仮装の態様,目的とする金額がいずれにおいても全く一致せず,両者の間に意思の連絡は認められない。

 また,控訴人は,D税理士に対し,1800万円を納税資金として交付したものであり,1800万円に相応する所得額については,隠ぺい又は仮装の意思の連絡は全くなかったものである。



〔5〕本件は,控訴人の与り知らないところの土地の譲渡所得の課税資料に対する国の杜撰な管理に起因し,これに元及び現税務署員が結託したことから生じたもので,税務当局に重大な落度がみられるものであり,被控訴人が本税だけでなく,重加算税まで徴収しようとすることは,徴税権の濫用であり,本件重加算税賦課決定処分は違法である。