偽り、その他不正の行為(16)





引き続き裁判所の判断です。








(3)前記認定判断を妨げうる事実,証拠等




ア 控訴人は,前記のとおり,《乙2》税理士に申告を委任し,納税のために1800万円を預託したのであり,このことは,同金員について「預り證」を受領し,別に税務代理報酬5万円を支払ったことから明らかである。《乙2》税理士は,前記のとおり,控訴人のために納税する意思はなく,騙し取る意思で1800万円を受領して領得したのであり,詐欺又は業務上横領の罪を犯したに他ならず,脱税報酬を含め,又は全額が報酬に充てられても異存はないとの趣旨の下に控訴人が上記金員を交付した(被控訴人の主張)と認めることは到底できない。脱税額(800万円。被控訴人主張)を上回る報酬(1800万円)を支払う者はいないし,そのような脱税の請負が業として成り立つ筈がない。


 

イ 控訴人は,《乙2》税理士から,紹介料356万円及び草刈費用60万円が経費となりうるとしてこれを計上したメモを示されたが,紹介料を出費しておらず,草刈費用の出費の裏付けとなる書類がないことに気づいていた。しかしながら,これらは,出費した事実について控訴人の説明に基づくこともなく,《乙2》税理士が記載した費用で,領収書の呈示を求めてもいないなど,費用を計上して税額を減少させる《乙2》税理士の説明も,本件の事実経過の下では,控訴人を騙す手段としてされたものであることからすれば,これらの出費の有無は意味を有しないと言うべきで,加えて,譲渡所得税の計算の過程は,委任を受けた税理士が依頼者に説明すべき性質の事柄であり,本件土地の譲渡の費用や税額について,委任前の税務相談の際はもとより,委任後においても,《乙2》税理士に疑問を呈したり,説明を求めたりした事実がないことをとらえて,控訴人が所得税を過少に申告する意図を有し,この意図を外部から窺いうる行動をしたと評価することはできない。控訴人は,また,平成2年分の確定申告書の控えの送付を受けておらず,預託した金員の過不足を尋ねてもいないが,受任した税理士において,委任者の要求を待たず,申告手続を終えたことを報告し,控えを送付し,預託を受けた金員に過不足があれば,その報告をすべきで,委任者が説明又は送付を求めなかったことを格別に評価することもできない。


ウ 控訴人は,従前,税理士に委任することなく確定申告し,平成元年分以降,銀行口座振替の方法により納税することとしており,平成2年分については,7100円が銀行振替により納税され,譲渡所得税の納税に充てるべき金員を《乙2》税理士に預託しているが,金員の預託は同税理士の指示に従ったにとどまると認められ,この事実に格別の意味を見出すことはできないし,同年度分の所得税7100円が銀行振替された事実も,譲渡所得税の納税のために同税理士に金員を預託した以上,異とするに足りず,格別の意味を見出すことはできない。





(4)《乙2》税理士及び控訴人の検察官等に対する供述



ア 《乙2》税理士は,平成9年12月,検察官に対し,要旨,控訴人から,本件土地の譲渡に係る所得税について,納税額を正規の金額より安くして欲しいと依頼を受け,控訴人に対し,本来2600万円くらいの税金を支払わなければならないが,税金,手数料などすべて含めて1800万円で手続できると告げたと供述した(乙4)。


 しかしながら,控訴人が《B》の紹介を得て《乙2》税理士に税務相談し,確定申告を委任するに至った前記認定の経緯と対比し,控訴人が《乙2》税理士に納税額を正規の金額より安くすることを依頼したとする部分は,裏付けに欠け,採用の限りではない。また,《乙2》税理士から税額が減少すると説明を受けて控訴人が委任したことが課税標準等を隠ぺいし,又は仮装し,これに基づき納税申告書を提出した場合に当たらないことは,先に判断したとおりである。



イ 控訴人は,平成9年11月ころ,検察官及び東京国税局調査官の事情聴取に対し,要旨,《乙2》税理士から税金が安くなるともちかけられて不正な申告をしたことが不徳の致すところであり,申し訳ないとの趣旨及び《乙2》税理士がメモ書きした経費が架空のものであることを認める趣旨の供述をしている(乙8,9)。


 しかしながら,控訴人は,税務署勤務の経歴を有する税理士と税務署員の共謀により騙し取られることなど露知らず,納税のために1800万円もの多額の金員を預託しており,前記認定の事実経過のとおり,税額の減少額の多さに疑いを抱いたものの


 《乙2》税理士による脱税の方法を知らず(領得されると知りながら,金員を預託する者はいない。),脱税の意図を知っていたと認めるにも到底足りない。


 控訴人の検察官等に対する前記供述は,平成2年の所得税の税務申告を委任して6年余を経,《乙2》税理士の脱税の事実等が発覚した後にされており,控訴人が,重大な犯罪に加担した結果となったことを知らされ,脱税を依頼した事実を認めて謝罪の意向を示すものであるが


 前記認定判断のとおり,《乙2》税理士に委任した当時,控訴人が所得税について脱税が行われることを知っていたと認めることはできない。


 また,控訴人は,前記のとおり,検察官に対し,保管していた本件土地の譲渡に関する書類及び《乙2》税理士から受領した書類,更には控訴人の脱税の意図を裏付けるものとして被控訴人もよりどころとする《乙2》税理士の記載した前記メモまでも提出しており,書類の保管及びその検察官への提出,いずれの点についても,控訴人が脱税を委任したとすれば,あまりに不可解な行動というべきである。


以上の事情を考慮すると,控訴人のこれらの供述は信用性に欠けるというべきである。