偽り、その他不正の行為(15)





 引き続き裁判所の判断です。

争点〔1〕(控訴人による隠ぺい又は仮装)について 







 当裁判所は,本件の事実関係の下においては,控訴人が通則法68条1項に規定する課税標準等を隠ぺいし,又は仮装し,これに基づき納税申告書を提出したと認めることができず,控訴人に対して重加算税を賦課することはできないと判断した。



(1)重加算税の賦課の要件


 過少申告をした納税者は,課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,又は仮装し,これに基づき納税申告書を提出したときは,重加算税を賦課される(通則法68条1項)。重加算税の制度は,これによって悪質な納税義務違反の発生を防止し,申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。この趣旨から,重加算税を賦課するためには,過少申告行為そのものが隠ぺい,仮装に当たるというだけでは足りず,過少申告行為そのものとは別に,隠ぺい,仮装と評価すべき行為があり,これに合わせた申告がされることを要する。しかしながら,納税者が,資料の隠匿等の積極的な行為をすることまでは必要でなく,当初から所得を過少に申告することを意図し,その意図を外部からも窺いうる特段の行動をした上,その意図に基づく過少申告をしたような場合,重加算税の賦課要件が満たされる。



(2)控訴人に対する重加算税の賦課

ア 税理士は,税務に関する専門家として,独立した公正な立場において,申告納税制度の理念にそって,納税義務者の信頼にこたえ,租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とし(税理士法1条),税理士となるには,一定の資格を必要とする(同法3条,4条)。このような公共的な使命を担う税理士は,委任者である納税義務者と税務当局のいずれにも偏しない独立した公正な立場で行動すべきものとされ,脱税の相談に応ずることを禁止され(同法36条),委任者が不正に国税を免れている事実等を知ったときは,その是正をするよう助言する義務を負い(同法41条の3),故意又は過失によって真正の事実に反して税務書類の作成をしたときは業務停止等の懲戒を受ける(同法45条)。



イ 《乙2》税理士は,前記のとおり,税務署を退職後,開業して程なくから脱税を実行しており,税務署員と共謀してする脱税であるにもかかわらず,控訴人の委任時まではもとより,発覚した平成9年まで25年余の長期間脱税が露見しなかった。税務当局が適正な徴税のために弛まぬ努力をし,脱税の摘発にも大きな成果を挙げてきた(公知の事実と言って良い。)我が国の実情の下では,税理士が,脱税の実績について顧客の評価を維持しながら,税務当局の追及を逃れて長く業務を継続することは不可能に近いと言って良いにもかかわらず,《乙2》税理士は,25年余の間,脱税の実行について税務当局の疑いを招いた形跡も窺うことができない。



ウ 控訴人は,《乙2》税理士から,前記メモを示され,税額2600万円が2310万円となるところ1800万円で足り,800万円得すると説明を受けており,税額を2310万円に減少させるについて費用を計上すると説明されたと認められるが,《乙2》税理士に委任すると,2600万円又は2310万円の税が1800万円で足りることとなる理由について,説明を受けておらず,これを求めてもいない。控訴人は,また,紹介料356万円を支払った事実がなく,留学生に謝礼を支払ったものの,草刈費用について裏付け資料がないことについて気づいていたと認められる。控訴人は,知人の《A》から,資格のある税理士であることについて確認を得た上で《乙2》税理士に委任し,1800万円を預託した経緯もある。



エ これらの事実,殊に,800万円も税が減少して得すると説明を受け,支出していないか,又は裏付けのない費用を経費として計上して示され,資格について知人に確認していることからすると,控訴人は,《乙2》税理士が違法な手段により税額を減少させるのではないかとの疑いを抱いたと推認される。


 しかしながら,国が資格を付与し,税法に違反する行為を法律で禁止され,懲戒をも課される我が国の税理士制度の下では,納税者は,税理士に対し,税務申告手続の煩わしさから解放されると共に,法律に違反しない方法と範囲で必要最小限の税負担となるように専門的知識と経験を発揮していわゆる節税をすることをも期待して委任するのであり,これを超えて,脱税をも意図して委任するのではない。



 控訴人も,経験したことのない多額の譲渡所得を得,譲渡所得税の申告手続の煩わしさからの解放と共に,いわゆる節税を意図して《乙2》税理士に委任したと推認されるものの,同税理士のした前記の説明に疑義を呈しなかったことを超えては,脱税を意図し,その意図に基づいて行動したと認めるには足りない。


 《乙2》税理士による前記各説明も,専門的知識に対する信頼の高さを逆手にとり,控訴人を騙す手段として,同税理士に委任することにより控訴人が受ける利益を誇張してされたに過ぎないことが事実経過から明らかで,25年余の長期間悪質な方法による脱税を実行してきた《乙2》税理士の真実の姿を知る者はともかく,税額の減少につき違法な手段によるのではないかとの疑いを抱いたとしても,税務署勤務の経験を有し,税務当局から脱税の疑いを抱かれることもなく永年業務に従事してきた,資格のある税理士によるものである以上、疑いを取り除くことなく委任したからといって,


 控訴人は,脱税を意図し,その意図に基づいて行動したと認めるには足りず,通則法68条1項に規定する課税標準等を隠ぺいし,又は仮装し,これに基づき納税申告書を提出した場合には当たらないというべきである。