偽り、その他不正の行為(11)




争点〔1〕(隠ぺい又は仮装の行為。通則法68条1項)に関する当事者の主張









(1)被控訴人




ア 重加算税賦課決定の適法性


 控訴人は,下記のとおり,《乙2》税理士が控訴人の所得税をほ脱させることを容認した上で,具体的方法を同税理士に委ね,脱税報酬を含め,又はその全額が報酬に充てられても異存はないとの意思の下に,同税理士に対し,1805万円を支払い,同税理士が確定申告書を提出し,これにより,当初から所得を過少に申告することを意図した上で,その意図を外部からも窺いうる特段の行為をしたというべきで,「隠ぺい又は仮装」の行為によって,本件土地の譲渡に係る所得税を免れた。


(ア)控訴人は,《乙2》税理士からメモを示され,脱税手段の概略について説明を受け,紹介料や草刈り費などの架空の経費を計上して税額を計算することを明確に認識しながら,これを積極的に認容し,納税額が約800万円低くなる理由について説明を受けることもなく,《乙2》税理士に確定申告手続を依頼した。


(イ)控訴人が《乙2》税理士に支払った1800万円が納税資金を含むとしても,重加算税は,その対象について納税者の認識を考慮する必要はなく,客観的に生じた過少申告の結果に対して賦課され,控訴人が譲渡所得税の全額について脱税することまで意図していなかったとしても,納税すべき額と1800万円の差額ではなく,納税を免れた金額の全額について賦課される。



イ 他人による隠ぺい又は仮装の行為


(ア)通則法68条1項にいう「納税者」は,納税者本人に限られず納税者以外の者で,納税者本人と同視し得る者を含む。


(イ)重加算税は,課税要件事実の隠ぺい又は仮装行為と,これに基づく過少申告等の結果,税務行政を混乱させて余分な徴税コストを負担させたという国家的損失を補填させるとともに,正当な申告納付義務の履行者との公平負担を図ることを目的とする行政上の措置である。このような重加算税の意義及び法的性質を前提とすれば,客観的に隠ぺい又は仮装の行為が行われ,これによって,過少申告等の納税義務違反の状態が生じたことが重要であり,納税者自身が隠ぺい又は仮装の行為をしたか否かは,刑罰の場合ほどには意味を持たない。


(ウ)納税者が納税手続を他人に委任した場合,受任者の行為は原則としてその効果が本人たる納税者に帰属し,納税者の行為と同一視できるというべきで,受任者による隠ぺい又は仮装の行為がされた以上,その選任,監督について納税者に過失がないと認められる場合を除き,受任者の申告の効果が納税者に帰属し,重加算税の賦課要件を満たし,かつ,通則法70条5項の不正の行為の要件を満たす。


(エ)本件において,《乙2》税理士が,控訴人から申告手続を依頼され,隠ぺい又は仮装の行為に及んでおり,《乙2》税理士の行為は控訴人の行為と同視し得るというべきで,控訴人は,《乙2》税理士が架空の経費を計上することを知りながら黙認し,確定申告書の内容を確認しておらず,選任,監督について過失がなかったとはいえないのであって,《乙2》税理士の隠ぺい又は仮装の行為についての控訴人の認識のいかんにかかわらず,重加算税の賦課要件が満たされる。




ウ 税理士による隠ぺい又は仮装の行為


(ア)重加算税は,納税義務違反が課税要件事実を隠ぺいし,又は仮装する方法によって行われた場合に行政機関により課せられ,これによってかかる方法による納税義務違反の発生を防止し,もって徴税の実をあげようとする趣旨に出た行政上の措置で,その目的は,課税要件事実の隠ぺい又は仮装行為とそれに基づく過少申告等の結果,税務行政を混乱させて余分な徴税コストを負担させた国家的損失を補填させるとともに,正当な申告納付義務の履行者との公平負担を図ることにある。


(イ)税理士による隠ぺい又は仮装の行為について委任した納税者に重加算税を賦課すべきかどうかは,税理士による当該行為によって生じた国家的損失を当該納税者の負担によって補填させるのが公平か,当該納税者に補填させず,国家の損失,即ち,他の正当な申告納付義務の履行者全体の損失のまま止めることが公平かという観点から決すべきで,かかる観点からすれば,納税者が税理士に隠ぺい又は仮装やそれに基づく過少申告を指示したか否か,あるいは,納税者が税理士による隠ぺい又は仮装の事実や具体的方法を知悉しているか否かにかかわらず,税理士に納税手続を委任した以上,選任,監督に過失がないことを立証しない限り,当該税理士の行為は納税者の行為と同視すべきで,重加算税の賦課がされるべきである。


(ウ)納税者は,職務の公正を疑わせる事情がある場合,税理士の選任を中止し,又は解任するか,申告書等を点検するなどして厳重に監督すべきで,これを怠り,税理士による隠ぺい,仮装や,これに基づく過少申告を見逃した場合,選任,監督に過失があったものとして,重加算税の賦課を免れない。

 控訴人は,《乙2》税理士から,税額約2600万円を2310万円に減額するに当たり,国際学芸生活文化研究会有限会社に対する紹介料や本件土地の草刈り費用などの架空経費を計上すると説明を受け,「全部で1800万円でやってあげますよ。」と言われ,脱税に当たると認識しつつ,納税と報酬を含めて1800万円で済むと考えて委任しており,職務の公正を疑わせる事情のある《乙2》税理士の選任を中止することも,不正行為に及ぶことのないように監督することもなく,逆に,不正行為を利用して脱税を図ろうとしたのであり,選任,監督について過失がある。





エ 仮定主張(当審における新主張)


 控訴人が納税を免れた全額について重加算税の賦課要件を充たさないとしても,《乙2》税理士に渡した1800万円を超える部分は,控訴人と《乙2》税理士との委任契約の趣旨に基づくもので,少なくとも,重加算税の賦課要件を満たす。

















(2)控訴人




ア 《乙2》税理士は,控訴人から,平成2年分の所得税の申告及び納付を受任し,1800万円を預かり,前提事実のとおり,控訴人について虚偽の転入通知をし,《乙3》税務署員が課税資料を廃棄する方法により,控訴人の所得税申告を妨害し,1800万円を横領したのであり,控訴人は,不正行為に巻き込まれ,濡れ衣を着せられたのであって,脱税をする意思や脱税のための積極的な行為はない。



イ 控訴人の検察官に対する供述調書中には,《乙2》税理士から説明を受けた際,虚偽の経費を計上するなどして申告を行い,不正に税金を安く済ませることを理解しており,大変悪いことをしたと深く反省しているとの記載があるが,控訴人は,検事から,連日にわたる取調べと台湾人は嘘つきで嫌いだと差別的発言を受け,偽りの転居届をしたと決めつけられ,大学教授の地位を失うのではないかと混乱に陥り,当時,危篤状態にあった台湾在住の父親を訪問する必要があったほか,所得税法違反は公訴時効が成立していて起訴されることはなく,《乙2》税理士の責任のみを追及するためであるなどと言われ,取調べから免れるため,事実に反する供述をしたのであり,上記供述記載部分は,任意性及び信用性を欠く。



 また,東京国税局調査官に対する聴取書中にも,任せて貰えれば1800万円に安くしてくれると話されて乗ってしまい,「《乙2》に税金が安くなると持ち掛けられそれにのり不正な申告をしたことは私の不徳の致すところで非常に申訳なく思っています。」と述べたとの記載があるが,控訴人は,前記のとおり,検事から,連日にわたる苛酷な取調べを受けて疲労困憊し,判断力が低下した状態にあり,事実と異なる聴取書に署名押印したのであり,上記部分も,任意性及び信用性を欠く。




ウ 控訴人は,留学生に何度か頼んで草刈りを行っており,《乙2》税理士がメモに紹介料,草刈り費用を記載した際にも架空経費であるとの認識はなかった。


エ 《乙2》税理士は,所得税の申告手続を受任しながら,控訴人の意思とは全く反対に,《乙3》税務署員と共謀して,控訴人の納税資金を着服横領したのであり,控訴人のために行為したとはいえず,その法律効果が控訴人に帰属することはない。


オ 控訴人は,次のとおり,《乙2》税理士の選任及び監督について過失がなかった。


(ア)控訴人は,税務知識がなく,知人の《A》に照会して,資格のある税理士であることを確認し,《乙2》税理士に対し,平成2年分の譲渡所得の申告手続を依頼した。


(イ)控訴人は,《乙2》税理士に申告手続を委任し,納税資金1800万円を預け,税務代理報酬5万円を支払い,預り証及び領収書を受領しており,《乙2》税理士が《乙3》税務署員と共謀して納税資金を横領する意図であったことを知る由もなかった。


(ウ)控訴人は,税務知識に乏しく,当時多忙を極めており,《乙2》税理士を信頼して申告手続を一任し,その後,控訴人の妻を介して納税が完了したとの報告を受け,平成2年度の納税は終了したと考えたのであり,《乙2》税理士について「職務の公正を疑わせる事情」は存在せず,選任を中止し,又は監督する必要を感じなかった。