偽り、その他不正の行為(8)



裁判所の判断を検討します。







争点




 したがって,本件の争点は,次の各点である。



(1)原告が,「隠ぺい又は仮装」の行為によって,本件土地の譲渡に係る所得税を免れた事実があるか否か。(争点1)


(2)原告が所得金額を過少に申告したことについて,通則法65条4項に規定する正当な理由があるか否か。(争点2)


(3)原告が,通則法70条5項に規定する偽りその他不正の行為によって,税額を免れた事実があるか否か。(争点3)




第3 当裁判所の判断


1 各項末尾掲記の証拠によれば,以下の各事実が認められる。


(1)平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係るAの供述


 Aは,東京地方検察庁検察官検事に対し,次のとおり供述した。


ア Aが原告と知り合ったのは,平成3年2月下旬ころのことであり,C(以下「C」という。)の紹介によるものであった。


 Aは,Cと一緒に,原告の研究所を訪ね,原告と会い,原告から,本件土地の譲渡に係る所得税の確定申告について,納税額を正規の金額より安くしてほしいという意味の依頼を受けた。その際,A及びCが,原告から示された本件土地の購入関係,譲渡関係の書類や,原告から聞かされた購入,譲渡の内容などを基にして本件土地譲渡に係る税額を試算したところ,約2600万円の税金を納めなければならないことが分かったため,


 Aは,原告に対し,「本当なら2600万円くらいの税金を払わなければいかんが,税金分,手数料などすべて含めて1800万円で手続してあげますよ。」と言った。


 なお,Aとしては,本件脱税工作を行えば,結局,全く譲渡所得に係る所得税を納付しなくともすむことから,原告から預かった1800万円については,これを自己が取得するつもりであった。


 これに対し,原告は,Aに「先生,申告の件ですが,1800万円でお願いします。」などと言って,平成2年分の所得税の不正な申告を依頼した。



イ 原告は,Aに対し,平成3年3月6日,同人の指示に従い,現金1800万円を支払った。このほかに,原告は,Aに対し,これとは別に5万円を交付しているところ,Aは,これをなぜ交付されたかについては思い出せなかったが,金額からみて,相談料,書面の書き料といった名目で支払われたのではないかと思われた。


ウ Aは,原告のほか,4名の納税義務者から平成2年分の不動産の譲渡所得の脱税を請け負い,そのうち,原告を含む4名から報酬を受け取り,かっ,Aに関係する譲渡所得についても脱税を企図し,Bに対し,原告ほか6名の納税義務者に係る脱税協力行為を行うことを依頼することとした。


 Bが,Aからの原告ら7名分の脱税に係る依頼を,前年までと同様,承諾したことから,Aは,各所轄の税務署に対し,原告ら7名が荻窪税務署管内に転居したとの虚偽の通知をするとともに,Bに対しては,平成3年3月から5月にかけて,順次,5回にわたり,脱税協力に対する謝礼として,合計850万円の金員を交付した。

(乙3,同4)




(2)平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係るBの供述


 Bは,東京地方検察庁検察官検事に対し,次のとおり供述した。


ア Bは,平成2年分の所得税に関し,Aからの依頼に応じて,原告を含む7名分の事績書を抜き取り,これを破棄しているが,原告に係る事績書の抜取り及び破棄の依頼を受けたのは,平成3年2月24日のことであった。


イ Aは,Bに対し,原告を含む7名分の脱税協力行為に対する報酬として,合計850万円を,平成3年3月4日から同年5月8日にかけて,順次5回に分けて交付した。

(乙5ないし同7)




(3)平成2年分の譲渡所得に係る所得税の脱税に係る原告の供述


ア 原告は,東京地方検察庁において,原告の所得税法違反被疑事件の被疑者として取調べを受け,平成3年11月30日,担当の検察官検事が作成した,次のとおりの内容の供述調書に,署名,指印をした。なお,原告は,同月13日から同月30日まで,身柄を拘束されることなく,約6,7回にわたる取調べを受けたものであり,1日当たりの取調時間は,長いときで3,4時間,短いときは2時間程度というものであった。




a 原告は,本件土地を売却したことから,平成2年分の譲渡所得に係る所得税の確定申告について,これをどのようにすべきかを考えていたところ,原告の知り合いであったCからAを紹介され,代々木に所在する原告の研究所事務所でAと会った。


b この際,Aは,原告に対し,概算の税額等につき,用紙に数額等をメモしながら説明し(以下,このメモを「本件メモ」という。),本来納めるべき税額は2310万円であると説明した。その算定に際して,経費に加えられた紹介料356万円,草刈費用600万円については,実際に支払ったことがなかったにもかかわらず,税額の計算に加えられていた。



c そして,Aは,「全部で1800万円でやってあげます。」などと言って,概算で算出した税額2310万円よりもさらに安い1800万円の金額で平成2年分の譲渡所得に係る所得税の納税が全て済むようにするとの趣旨の話をし,また,「800万円くらい得をしますよ。」といった話をした。



 原告は,具体的にどのようにして税金を安くすることができるのかまでは分からなかったが,税金のプロである税理士だからこそ,何かうまい手を使って税金を安く済ませることができるのだと思った。



 しかも,もともと支払っていない虚偽の費用を計算に入れて税額を計算したうえ,その税額よりもさらに800万円も安く済ませると言っていたことから,税務署に分からないように虚偽の費用を計算に盛り込むなどして虚偽の申告を行い,不正に税金を安く済ませるのだということは,原告にも理解できた。



 原告は,その際,不正に税金を免れたことが税務署に発覚した場合のことを考えて,Aに依頼することに躊躇し,「考えさせて下さい。」と言って返答を留保したが,後日,Aに申告を全て任せようと決意し,電話でAに対して,「申告の件をよろしくお願いします。」などと言って,申告をAに依頼した。



d そして,原告は,平成3年3月6日,Aから,前記の1800万円に加えて「確定申告の手数料として5万円払って下さい。」と言われたことから,現金1805万円をAに支払った。



e その後,平成3年3月15日をすぎてしばらくたった後,原告は,無事に申告が済んだのかが心配になり,原告の妻に電話をさせて,Aに尋ねたところ,原告の妻は,Aから申告はきちんと済んでいると言われたとのことであった。



イ 原告は,上記の取調期間中である平成3年11月21日に,原告の当時の住所地における東京国税局職員の事情聴取に対し


 Aが,私にまかせてもらえれば1800万円に安くしてくれると話したことから,これに乗ってしまったものであり,「Aに税金が安くなるともちかけられそれにのり不正な申告をしたことは私の不徳の致すところで非常に申訳なく思っています」と述べた。

(乙8,同9)



(4)本件メモの記載内容



ア 本件メモの最上部には,「平成2年9月19日」,「売却◎ 130,000」との記載がある。

 また,そのすぐ下には「購入 △69,000」との記載があるほか,購入に係る費用として,「登記 300」,「印紙 100」等の記載があり,その合計「△2,470」との記載があり,さらに,売却に係る費用として,「草刈 600」,「印紙 100」などの記載があり,その合計として「△4,660」と記載されている。なお,その上段には,「内紹介料356万・・・国際学芸生活文化研究会有限会社」と付記されている。


 そして,以上の金額の合計として,「76,130」との記載がされ,差引額として,「54,000」と記載されている。



イ 上記の差引額の下には,「地方税8%,国税40%」との記載があり,その右には「48%」と記載され,その真下に「25,920」,さらには「18,000」と記載されている。



ウ そして,その記載の左側には,「54000-780=4620」,「4620×(1÷2)=2310」との記載があり,「2310」の右には,「正」を丸で囲った記載がある。「正」を丸で囲った部分からは矢印が伸びており,その矢印の先は,前記の「18,000」との記載を指している。

(乙8)