偽り、その他不正の行為(2)




 引き続き、課税庁とのやり取りを検討します。






(被告の主張に対する原告の答弁および反論)




一、原告が昭和三七年分所得税に関してした納税申告等の行為は法第七〇条二項四号所定の「偽りその他不正の行為」には該当しない。


(一) 原告は昭和三七年頃、愛知ヤクルト(代表取締役、平野己之助)から金五〇〇万円を受領した。


(二) しかし、右の金五〇〇万円は以下の事実にて明らかなように愛知ヤクルトからの借受金である。即ち、



1 原告は昭和三〇年四月頃より、愛知県下で初めて、個人で「ヤクルト」の販売事業を開始し、同年一一月名古屋ヤクルトを設立してその代表取締役となり、「ヤクルト」の製造および販売を行うようになつた。



2 ところが名古屋ヤクルトの関係者がヤクルトの類似品を製造、販売するようになつたので原告は昭和三二年初め頃、事実上、同社より退き、訴外平野己之助が同社を監督することになつたが、同人が愛知ヤクルトを設立するに至り、名古屋ヤクルトの事業は愛知ヤクルトに承継され、原告は名実とも従前の職務から退くことになつた。



3 しかし、原告自身には従前の職務において何等の背信的な行為がなく、右の如き名古屋ヤクルトから愛知ヤクルトへの事業の承継も原告の自発的承諾と株式会社ヤクルト本社(以下、ヤクルト本社という。当時の代表取締役、永松昇)の斡旋によつて円満になされた関係からヤクルト本社及び愛知ヤクルト(代表取締役、平野己之助)は、原告の従来のヤクルト販売開発の功労に対する感謝と不本意ながら名古屋ヤクルトの事業から退くことになつた原告の精神的苦痛に対する慰藉の意味で、愛知ヤクルトから原告に対し、将来、引き続き顧問料名義で手取り毎月金五万円程度を支給することを認め、事実原告が右事業から退いた後、愛知ヤクルトから原告に対し顧問料名義で毎月手取り金五万円が支給されていたが、右金員の支給は一〇ケ月程度で一方的に中止された。



4 そこで、原告が愛知ヤクルトに対し右支給の続行を強く希望していたところ、原告はその後三重県下においてヤクルトの製造、販売の事業に従事することになり、昭和三七年頃、数百万円の資金を必要とするに至つた。



 そこで再び前記永松昇等の斡旋により愛知ヤクルトと原告との間で、顧問料を復活し、愛知ヤクルトは原告に対し、今後毎月金七万円を支給する



 原告の必要資金五〇〇万円については、愛知ヤクルトがこれを貸付ける。右金五〇〇万円の返済および顧問料の支払については、原告が毎月受領する顧問料について右金五〇〇万円を返済してゆき、返済完了と同時に愛知ヤクルトは右顧問料の支払を打切るとの合意が成立した。




5 原告は、右合意に基づき、愛知ヤクルトから金五〇〇万円を借り受け、他方、同社から月々金七万円の顧問料の支給を受け、同顧問料にて、右金五〇〇万円の借受金を返済していた。




(三) 右(二)のとおり、右(一)の金五〇〇万円は借受金であり、また原告は愛知ヤクルトから顧問料を受領していたのであるから、原告がその旨の納税申告等をしたことは、偽り又は不正の行為ではない。



 仮に、右(一)の金五〇〇万円が原告の所得の対象になるとしても原告は、右(二)の事情等から、同金五〇〇万円を借受金であり愛知ヤクルトより月々受領する顧問料でこれを返済しているものと信じていた。


 従つて原告の右のような納税申告等は、脱税を意図してなされたものではなく、法第七〇条二項四号所定の「偽りその他不正の行為」に該当しない。



二、また、請求原因三記載の名古屋国税局長の裁決では、重加算税賦課決定を取消した理由として「原告が事実の一部を偽装したとは認めがたい」と判断されているところ、同局長の右判断は当然被告を拘束する。従つて、被告は原告が偽りその他不正の行為をしたとの理由で法定申告期限より三年を経過した日以後に更正処分をすることはできない。








(原告の反論二に対する被告の再反論)




一、裁決の拘束力については行政不服審査法第四三条に規定されているが、同規定の意味は審査庁が原処分を取消した場合に関係行政庁(原処分庁ないし異議申立庁等)は裁決に反して原処分を適法有効なものとして取り扱うことはできないという趣旨であり、拘束力の内容については、一般に、処分庁は取消裁決を受けた処分について、その裁決で排斥された理由と同じ理由で再更正処分をすることはできないと解されている。



 ところで、原告主張の名古屋国税局長の裁決は、「原告が事実の一部を仮装したと認めがたいから、重加算税を賦課決定した原処分は相当でない」としたもの、即ち、重加算税の賦課決定の可否の判断において「原告が事実の一部を偽装したと認めがたい」としてこれを取消したものであるから被告は右裁決により、右裁決で排斥された理由と同一の理由で再び原告に対し、重加算税の賦課決定をすることができないという拘束を受けるだけであり


 更正決定等の期間制限(法第七〇条二項四号所定の「偽りその他不正の行為」に該当するかどうか)についての観点からは、何らの拘束を受けるものではない。



二、また、法第六八条一項所定の「隠ぺいし又は仮装し」(重加算税賦課の要件)と法第七〇条二項四号所定の「偽りその他不正の行為」(更正等の期間制限の特別要件)とは全く同一の概念ではなく、後者の方が前者よりも広い概念である。