偽り、その他不正の行為(1)



 名古屋地方裁判所(第一審)、昭和46年 3月19日判決、税務訴訟資料62号344頁について検討します。








(原告の請求原因)




一、原告は昭和三八年五月三〇日、訴外鈴鹿税務署長(当時の管轄税務署長)に対し、原告の昭和三七年分所得税につき、次のとおり申告した。

 総所得金額    金二一四万三、三〇〇円

 (内訳)給与所得 金二一四万三、三〇〇円

 所得税額      金四〇万六、〇三六円


二、しかるに、被告は原告に対し、昭和四一年一〇月二八日附で昭和三七年分所得税につき次のとおり更正処分および重加算税の賦課決定をした。

 総所得金額    金七一四万三、三〇〇円

 (内訳)給与所得 金二一四万三、三〇〇円

 雑所得      金五〇〇万〇、〇〇〇円

 所得税額     金二五四万八、三〇〇円

 重加算税      金六四万二、六〇〇円


三、そこで原告は右処分につき昭和四一年一一月二九日被告に対し異議申立をしたが、同四二年二月二五日棄却されたので、同年三月二四日附で名古屋国税局長に対し審査請求をしたところ、同国税局長は次のとおり右更正処分の一部および重加算税賦課決定の全部を取消す旨の裁決をし、同四三年七月二日原告に通知した。

 総所得金額    金三八六万八、三〇〇円

 (内訳)給与所得 金一四四万三、三〇〇円

 雑所得 〇円

 一時所得     金二四二万五、〇〇〇円

 所得税額     金一〇五万九、五〇〇円


四、しかし、昭和三七年分所得税の法定申告期限が昭和三八年三月一五日であるから、被告は右期日より三年を経過した日である同四一年三月一五日以後においては原告の右納税申告につき更正処分をすることができない(国税通則法ー以下単に法というー第七〇条一項)。


 よつて昭和四一年一〇月二八日附でなされた前記二の処分(但し前記三の裁決により更正処分につき一部賦課決定につき全部、それぞれ取消された後のもの。以下本件処分という)は法第七〇条一項に違反するものであり、違法であるから、その取消を求める(なお、原告の昭和三七年分の所得の金額については争点としない)。







(原告の請求原因に対する被告の答弁)



請求原因一ないし三の各事実をいずれも認め、同四を争う。




(被告の主張)


一、原告は、次のとおり、原告の昭和三七年分所得税に関し、法第七〇条二項四号所定の「偽り、その他不正の行為」をした。


(一) 原告は訴外愛知ヤクルト株式会社(以下、愛知ヤクルトという)から昭和三七年三月三日に金二〇〇万円、同年五月一九日に金一〇〇万円、また、同社の代表取締役である訴外平野己之助から、その頃金二〇〇万円の合計金五〇〇万円を受領した。


(二) 右の金五〇〇万円は以下の事実にて明らかなように、当時のヤクルト業界の特殊経営およびそれにからむ内部事情等に基づき愛知ヤクルトおよび訴外平野己之助から原告に支払われたものであつて多面的な内容を有するものであるが、原告の所得の対象となるものであり、少くとも借受金には該当しない。


即ち



 原告は昭和三〇年一一月七日訴外名古屋ヤクルト製造株式会社(以下、名古屋ヤクルトという)を設立してその代表取締役となり「ヤクルト」の製造を行つていたが、同社の役員の中より、同社から分離し、「カ-ラ六〇」の名称でヤクルトの類似品を製造する者が現われたため原告はその責任をとつて同三二年四月一五日に退社し、同社も同年五月二三日に解散した。


 他方、訴外平野己之助は同年二月二六日に愛知ヤクルトを設立し、同年三月頃右名古屋ヤクルトの業務を承継した。そこで愛知ヤクルトは、同三三年頃、一時原告に対し月々金五万円程の顧問料名義の金員を支払つていたが、原告が同社に勤務していないのに右金員を支給するのはおかしいとの理由で、そのうち、右支給を打ち切り取りやめた。


 その後、原告は三重県へ転出し、昭和三七年当時には、株式会社ヤクルト三重処理工場の代表取締役および有限会社ヤクルト三重営業所の社員であつたところ、数百万円の資金を必要とするようになつたので、右金五万円程の支給が打ち切られた後、右昭和三七年頃までの間、同金員の支給について何らこれを請求したことがなかつたのにも拘らず、右資金の獲得のため、過去に愛知ヤクルトから月、金五万円程を支給されたことがあるのを口実にして同社と交渉した末、前記(一)のとおり金五〇〇万円を受領した。なお、右金五〇〇万円については、原告および愛知ヤクルトならびに訴外平野己之助とも、返済しあるいは返済を受けるつもりはなく、また実体は顧問料でもなかつた。



(三) ところが原告は、次のような行為をした。


1 原告は、右金五〇〇万円を受領し、相当所得があることを知りながら当該申告期限内に確定申告書を提出しなかつた。


2 原告は、昭和三八年頃、訴外鈴鹿税務署長からの呼出しにより同署に出頭した際、同署の直税課所得税係官に対し、右金五〇〇万円については何ら触れることなく、単に愛知ヤクルトからは金七〇万円の給与を得ているにすぎない旨を申し述べ、同係官の判断を誤らしめた。


3 原告は、昭和三七年に右金五〇〇万円を受領した他、訴外株式会社ヤクルト三重処理工場から金九七万五、三〇〇円および訴外有限会社ヤクルト三重営業所から金五八万八、〇〇〇円の各給与を得ていたにも拘らず、昭和三八年五月三〇日、訴外鈴鹿税務署長に対し原告の昭和三七年分所得税につき、総所得金額金二一四万三、三〇〇円(内訳給与所得、金二一四万三、三〇〇円)とする期限後申告をした。


4 原告は昭和四一年九月頃、被告の係官の質問に対し、愛知ヤクルトからの所得についてはすでに同三八年五月三〇日に訴外鈴鹿税務署長に給与所得として申告済である旨申し述べ、右金五〇〇万円の受領を素直に認めなかつた。そこで同係官が訴外小牧税務署長の愛知ヤクルトに対する調査事蹟に基づき右金五〇〇万円の受領の有無を追求したところ、原告は己むなく観念して、右金五〇〇万円の受領を認めるに至つた。


5 原告は愛知ヤクルトと共謀し、原告の課税負担を軽減させるため、同社より受領した金三〇〇万円につき、同社の経理上、あたかも同社が原告に右金額を貸付け、これを毎月顧問料として原告に支払う月額金七万円にて返還を受ける如く仮装経理をさせた(しかも、右顧問料名義の金員については、給与所得の源泉徴収票の交付を受けていた。)。


 なお、愛知ヤクルトは、訴外小牧税務署長がした同社の法人税についての更正処分(原告に対する右貸付金および給与の経理を否認したもの)につき、経理の不正を簡単に認めて異議申立をしなかつた。



(四) ところで、法第七〇条二項四号所定の「偽りその他不正の行為」とは、客観的に不正にして税の収納を減少せしめる虞れのある一切の行為、即ち社会通念上不正と認められる一切の行為を指称するものであるところ、右(三)記載の行為は右「偽りその他不正の行為」に該当する。


二、従つて、被告は原告の前記納税申告につき、法定申告期限である昭和三八年三月一五日から五年を経過する日まで更正処分をすることができる(法七〇条二項四号)。よつて、右期日から五年以内である昭和四一年一〇月二八日附でなされた本件処分は適法である。