隠ぺい又は仮装(55)



裁判所の判断を検討します。








理   由



一、 請求原因1、2の事実および3のうち本件土地の売却の時期を除くその余の事実は当事者間に争いがない。


二、 よつて、本件土地が原告から奥内豊吉に売却された時期について判断する。



1 原本の存在およびその成立に争いのない乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証および証人奥内豊吉の証言によれば、次の事実が認められる。



 奥内は、貸ビル業を営む者であるところ、貸ビルの建築用地に充てるため、本件土地の買受を希望し、昭和四二年一二月ごろからその所有者である原告と売買の交渉を始めた。そして昭和四三年四月ごろには、本件土地の売買につき両者はほぼ合意に達し、同年五月二一日、売買代金を八九七〇万円として売買契約が締結され、右契約に従い、奥内は同日原告に対し手附金として二〇〇〇万円を支払つた(右売買代金が八九七〇万円であることは当事者間に争いがない)。


 また、残代金については、次のとおり分割のうえいずれも現金で支払うものとし、所有権移転登記手続の日は、最終残代金支払の日の同年一二月二五日と定められた。



昭和四三年八月二五日 二〇〇〇万円

同年一〇月二五日   二〇〇〇万円

同年一二月二〇日   一〇〇〇万円

同年同月二五日    一九七〇万円


 右売買代金は、ほぼ約定のとおり奥内から原告に対し支払われたが、本件土地を買受けるについて、奥内は手持資金の余裕がなかつたため、買受資金の全額を大阪府民信用組合から借受けた。

以上のとおり認められる。



2 さらに、成立に争いのない乙第三、第九、第一〇号証、証人前田俊雄、同末沢正純の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、自己が代表取締役をしている訴外会社が昭和四四年一〇月ごろから昭和四五年三月ごろにかけて、法人税法違反の嫌疑で大阪国税局査察官から査察を受けた際、原告の資産と訴外会社の資産とを区別するため、同会社の経理担当者に命じて、原告の動産、不動産別の財産目録および収支計算書を作成させ、これらを確認書あるいは陳述書として、右査察官および浪速税務署長に対し提出したが、



 右動産目録においては、奥内から支払われた本件土地代金の全額を昭和四三年中に収受し、そのうち一四〇〇万円を訴外会社傘下の株式会社とり菊北店に貸付けた他は、すべて定期預金あるいは通知預金として処理した旨、また収支計算書においても、本件土地代金はその全額が同年中に収受されたものとして、それぞれ記帳され、


 一方不動産目録においては、本件土地が同年五月に奥内に売却されたものとして記帳されていることが、それぞれ認められるのであり、右各事実もまた本件土地が昭和四三年中に奥内に売却されたことを窺わせるものといえよう。



 なお、証人前田俊雄の証言中には、右各書類の記載は、査察官の指示のままに記帳されたものであつて、真実を表現しているのではないとの供述が見受けられるけれども、右供述は信用できない。




3 原告は、昭和四三年中に奥内から収受した八九七〇万円は、本件土地の売買代金ではなく、同人から借受けたものであつて、右金員の授受は本件土地が昭和四三年中に売買されたことを示すものではなく、本件土地は昭和四四年以降に売買されたのであると主張するが、右主張に沿うかに見える甲第二、第一六号証、証人前田俊雄の証言および原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく措信できず、他に右主張事実を窺わせるに足る証拠はない。






三、 総所得金額について判断する。



1 二の事実によると、原告の昭和四三年分譲渡所得にかかる総収入金額は八九七〇万円であり、その取得費が一四三〇万円であることは当事者間に争いがないので、譲渡益は七五四〇万円となる。


 そして成立に争いのない甲第三、第四号証によれば、原告が本件土地を取得したのは昭和三五年であることが認められるから、総所得金額に算入される譲渡所得の金額は、右譲渡益から特別控除額三〇万円を控除した金額の二分の一に相当する三七五五万円ということになる。




2 原告の昭和四三年分の不動産所得金額七万五五八一円、雑所得金額二九万〇七八〇円、給与所得金額五三四万五〇〇〇円については当事者間に争いがないから,これらに右譲渡所得金額を加えた四三二六万一三六一円が原告の同年分の総所得金額である。





四、 次に、重加算税賦課決定の当否について判断する。

 

 昭和四三年分所得税の確定申告において本件土地の売却による譲渡所得全額について確定申告がなかつたことは、当事者間に争いがない。



 本件土地が昭和四三年五月二一日に原告から奥内に売却され、同年中に原告がその代金全額を受領したことは前叙のとおりであるから、原告は本件土地の売却が昭和四三年になされ、その譲渡所得が昭和四三年中に発生したことについて当然認識していたものと推認されるところ、



 前掲乙第二号証によれば、原告は右確定申告の後、昭和四五年一月中旬ごろ本件土地が昭和四四年一二月二五日に売買されたかのように仮装するため、その旨の売買契約証書を作成し、奥内に右仮装につき協力を求めたことが認められるから、



 右事実をもあわせ考えると、原告は右確定申告において、昭和四三年分譲渡所得金額の計算の基礎となるべき土地売却の事実を隠ぺいする意思をもつて、本件譲渡所得につき申告をしなかつたものと認めざるを得ない。



 ところで、国税通則法第六八条の重加算税は、事実の隠ぺい又は仮装に基づく過少申告あるいは無申告による納税義務違反の発生を防止し、もつて申告納税の実を挙げるために、行政上の措置として本来の租税に附加して租税の形式により賦課されるものであつて、刑罰とはその性質を異にするものと解すべきであるから、不能犯のごとき刑法の理論は当然には重加算税の課徴につき適用されないものというべきである。




 なお付言するに、本件重加算税は、原告が昭和四三年分所得税の確定申告をするにあたり、本件土地の同年における売買を隠ぺいしてこれによる譲渡所得について申告をしなかつたことに付し賦課されたものであつて、その後の原告の所為は、右確定申告時において原告が隠ぺい又は仮装の意思を有していたか否かを否定するための資料となるにすぎない。したがつて、原告が主張するごとく、昭和四四年一二月二五日付売買契約証書を作成した昭和四五年一月七日の時点で被告がすでに昭和四三年五月二一日付売買の事実を確知していたとしても(その時期は、原告の主張によつても、昭和四三年分所得税の確定申告後の昭和四四年一〇月一四日である)、右事実は重加算税賦課の要件事実である隠ぺい又は仮装の意思に消長を来すものではない。



五、 以上の事実によれば、被告のした本件各処分には、原告主張のごとき違法はないから、原告の本訴請求は失当として棄却する。