隠ぺい又は仮装(54)



 本日からは、大阪地方裁判所(第一審)、昭和50年 5月20日判決、税務訴訟資料81号602頁について検討します。






一、 請求原因



1 原告は昭和四四年三月一四日被告に対し昭和四三年分所得税につき総所得金額を五七一万一三六一円として確定申告をしたところ、被告は昭和四五年一〇月一四日総所得金額を四三二六万一三六一円とする更正および重加算税六六三万七二〇〇円を賦課する決定をし、その頃原告にその旨通知した。



2 そこで、原告は同年一一月一六日被告に対し右処分につき異議申立てをしたが、被告は昭和四六年二月一二日これを棄却するとの決定をし、その頃原告にその旨通知したので、原告は同年三月五日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は同年一一月二二日これを棄却するとの裁決をし、その頃原告にその旨通知した。



3 しかし、前記確定申告にかかる総所得金額と更正にかかる総所得金額との差額三七五五万円は、原告がその所有の大阪市西区靭本町四丁目一一九番一宅地三二〇・三三平方メートルおよび同区京町堀五丁目一五九番宅地二九九・七〇平方メートル(右二筆の土地を、以下本件土地という)を奥内豊吉に売却したことによる譲渡所得であるところ、原告が本件土地を奥内に売却したのは昭和四四年一二月二五日か、さもなくば昭和四五年一月上旬であつて、昭和四三年中ではない。

 したがつて、右譲渡によつて生じた所得は昭和四三年分所得税の課税対象にはならないから、本件更正および重加算税賦課決定は違法である。







請求原因に対する認否



1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3は、本件土地の売却の年月日を争い、その余の事実は認める。



三、被告の主張


1 原告の昭和四三年分の総所得金額について


(一) 原告の昭和四三年分の総所得金額およびその内訳は、次のとおりである。

1 不動産所得金額  七万五五八一円

2 雑所得金額   二九万〇七八〇円

3 給与所得金額 五三四万五〇〇〇円

4 譲渡所得金額    三七五五万円

5 総所得金額 四三二六万一三六一円



(二) 右の譲渡所得金額三七五五万円は、本件土地の売却にかかる譲渡所得であるが、その内訳は次のとおりである。

1 収入金額      八九七〇万円

2 取得費       一四三〇万円

3 譲渡益(1‐2)  七五四〇万円

4 特別控除額       三〇万円

5 譲渡所得金額((3‐4)×0.5) 三七五五万円



(三) 原告が本件土地を奥内に売却した日は、昭和四三年五月二一日である。したがつて、本件譲渡所得が昭和四三年分総所得金額に帰属することは明らかである。



2 重加算税賦課決定について


 原告は昭和四三年五月二一日本件土地を奥内に売却し、その旨の売買契約証書の作成を経たが、昭和四四年一月一七日に至り、政府において、税制調査会の答申を受けて、昭和四四年分所得税の申告から、土地の譲渡益については、現行の超過累進課税方式に代えて分離比例課税方式を採用するとの税制改正要綱が閣議決定された。原告は右税制改正要綱を知るや、新税制の適用を受けるため、前記売買の事実を秘し、昭和四三年分所得税の確定申告書に本件譲渡所得を記載しないまま、昭和四四年三月一四日被告に対し昭和四三年分所得税の確定申告をした。

 原告が、右確定申告にあたり、本件譲渡所得の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたことは、原告がその後本件土地の売買の日を昭和四四年一二月二五日と仮装するため、奥内の協力を得て右日付の売買契約証書を作成したことからも明らかである。

 そこで、被告は国税通則法第六八条第一項、第六五条第一項に基づき、原告に対し本件重加算税賦課処分に及んだのである。


3 よつて、被告が原告に対して行つた本件各処分は適法である。







被告の主張に対する認否



1 被告の主張1(一)の総所得金額の内訳のうち、譲渡所得の存在は争い、その余は認める。

 同1(二)のうち、本件土地の売却金額が八九七〇万円であることおよび本件土地の取得費が一四三〇万円であることは、認める。


同1(三)の事実は争う。


2 同2の事実は争う。






被告の主張に対する反論



1 本件土地売買の経緯は次のとおりであつて、その成立した日は、前記主張のとおり、昭和四四年一二月二五日か、さもなくば昭和四五年一月上旬である。


(一) 原告は、昭和四三年二月ごろ、奥内との間に次のような契約をした。


1 奥内は原告に対し、合計八九七〇万円を次のように五回にわたつて無利息で貸付ける(消費貸借の予約)。

昭和四三年五月二一日 二〇〇〇万円

同年八月二五日    二〇〇〇万円

同年一〇月二五日   二〇〇〇万円

同年一二月二〇日   一〇〇〇万円

同年同月二五日    一九七〇万円


2 原告は、奥内の希望に応じて、昭和四四年一月一日以降の同人が指定する日に、同人に対し本件土地を代金八九七〇万円で売渡し(売買一方の予約)、その場合には前項の借受金をもつて右売買代金に充当する(相殺予約)。


(二) 原告は右契約に従い各期日に奥内から合計八九七〇万円を借受け、奥内は昭和四五年一月上旬原告に対し、本件土地売買の予約を昭和四四年一二月二五日に遡つて完結し、右貸金と売買代金とを相殺する旨の意思表示をし、ここに本件土地の売買契約が成立した。


2 仮に、本件譲渡所得が昭和四三年中に生ずるものと解されるとすれば、原告が同年分所得税の確定申告において右譲渡所得を申告しなかつたのは、本件土地の売買を昭和四四年一月一日以降に成立すべきものと誤解したことによるのであるから、原告には右譲渡所得の不申告について隠ぺい又は仮装の故意はなかつた。


 また、原告が昭和四五年一月七日に昭和四四年一二月二五日付売買契約証書を作成したことをもつて、原告に隠ぺい仮装の故意があつたというのであれば、大阪国税局査察官は昭和四四年一〇月一四日、原告が代表取締役として主宰する株式会社登利菊製材所(以下、訴外会社という)に対し、法人税法違反の嫌疑で査察を行つた際偶然昭和四三年五月二一日付の本件土地売買契約証書を発見し、これによつて被告は右売買の事実を確知したのであるから、右事実の隠ぺい仮装はもはや客観的に不可能である。隠ぺい仮装が客観的に不可能な場合は、刑法の不能犯の理論によつて、いかなる所為も隠ぺい仮装に該当しないというべきである。